Cuadras-Moratoのモデルでは、永久に耐久的な財1および2と、2期間で劣化して使用できなくなる非耐久的な財3の三つの財を考える。生産されたばかりの1期目の財3を財3.1、2期目の財3を財3.2として区別しよう。経済主体は無限期間生存し、それぞれタイプ1、2、3に分かれていて、それぞれのタイプを代表する主体が無数に存在する。タイプじの主体は財i (これを消費財という)を手に入れることでUiの効用を得て、生産コストDiで財i+1を生産するものとする(ただし、 i+1が3を越える場合は3で割つた余りとする)。どの主体も一度に一つしか財を保有できないものとする。各主体は、経済全体に各タイプの主体がそれぞれどの財を保有しているか、その比率について知っているものとする。各主体は市場でランダムに取引相手と出会い、お互いに保有する財を交換するか否かの意思決定を行う。お互いに交換に合意したときのみ交換が成立する。相手と同じ財を保有している場合は交換を行わないものとする。交換が成立し消費財を手に入れた主体は新しい財を生産して次の交換に備える。消費財を手に入れられなかった主体は引き続き同じ財を保有したまま次の交換に備える。なお、財3.2を保有していて消費財を手に入れられなかった主体は、財3.2を廃棄して新たに財を生産しなければならない。割引率をβとして、主体iは生涯にわたる効用と生産コストの差額である純利益の割引現在価値の期待値を最大にするような交換戦略をもちいると考える。ここで、主体iが財jをもって交換に参加した時に得られる生涯効用の期待値を評価関数Vijとする。では、どのような条件があれば、非耐久的な財3が交換の媒介物として商品貨幣になるのだろうか。
図1(a)では、タイプ1の主体とタイプ2の主体がはじめにそれぞれが生産した財2および財3.1を交換し、 続いてタイプ1の主体が手に入れた(すでに1期経過している)財3.2をタイプ3の主体の生産した財1と交換する様子を描いている。このように、財3が劣化してしまうまでの2期の間にタイプ2の主体からタイプ1の主体、そしてタイプ3の主体へと財3が流通することにより、すべての主体がそれぞれの消費財を手に入れることができる。すなわち、財3が交換の媒介物としての商品貨幣となったのである。なお、この交換プロセスにおいて、タイプ1の主体とタイプ3の主体との間の交換においてはお互いに相手が欲している財、すなわち消費財をもっているので交換が成立するのは自明であるが、タイプ1の主体とタイプ2の主体との間の交換は自明ではない。なぜなら、タイプ2の主体はタイプ1の主体がもっている財2が消費財なので交換を望むが、タイプ1の主体にとってはタイプ2の主体のもつ財3.1は消費財ではないので、交換を望むかどうかは自明ではないからである。では、タイプ1の主体が財2と財3.1を交換するための条件を考えてみよう。もしV13.2>V12ならば、タイプ1の主体にとって、財3.1を財2との交換によって手に入れた後、次期に財3.2をもって交換に参加する方が、財2を交換せずに保有したまま次期に交換に参加するよりも生涯効用の期待値が高いわけだから、このときタイプ1の主体は財2を財3.1と交換することになる。動的計画法によって計算すれば、V13.2>V12であるための必要十分条件U1/D1>5.2301であることがわかる。この条件が満たされていれば、非耐久的な財3が貨幣となりうるのである。
…
3 考察と展望
本論では、耐久性のない財がどのような条件で貨幣になりうるのかを探求したCuadras‐Moratoのモデルにもとづいた経済モデルを用いて実験室実験を行い、耐久性のない財が実際に貨幣にな)りうるのか否かを実証した。実験結果によれば、唯一実験設定に依存するタイプ1の主体の行動が理論的予測と整合
的であったので、耐久性のない財3が交換の媒介物としての商品貨幣となる場
合が高い頻度で観察された。また、永久に耐久的な財1は実験設定に依存せず
に常に商品貨幣になるのであるが、これも高い頻度で観察された。唯一理論的
予測と異なる結果だったのが、タイプ3の主体の行動で、そのために、理論的
予測と異なり、もう一つの永久に耐久的な財2も交換の媒介物となってしまっ
本研究では、均衡Aが成り立つようにUとDを設定したが、均衡Bが成り立
つ場合の実験結果と比較することがさらに必要であろう。また、タイプ3の主
体の理論から逸脱した行動が、全体の均衡の達成にどのような影響を与えるの
かはまだ定かではないので、タイプ3の主体の行動が理論的予測と一致する場
合と一致しない場合を、例えばコンピュータ・シミュレーションによって比較
検討することも今後の課題となろう。いずれにせよ、理論的には非耐久財が商
品貨幣となることはかなりデリケートな問題と考えられたが、本研究によれば
多少他の主体の均衡からの逸脱が見られようとも、非耐久財が商品貨幣となり
うるという実験結果が得られたことで、Cuadras-Moratoの理論的予測がかな
り頑健なものであることが確かめられたといえるだろう。
注
(1) William S. Jevons, Money and the Mechanism of Exchange, London: Henry S. King and Co.,1875.
(2) カール·マルクス著,武田隆夫ほか訳『経済学批判』岩波文庫、1859年、第2章4節貴金属、202~203ページ。
(3)Paul Einzig,Primitiwe Money,Oxford:Pergamon Press,1966
(4) Nobuhiro Kiyotaki and Randall Wright,“On money as a medium of exchange,"Journal of Political Economy,Vol.97,1989,pp.927‐954
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(5)Xavier Cuadras‐Morato,“Can ice cream be money?:perishable medium of exchange,''Journal of Economics · ,Vol.66,1997,pp 103‐125.
(5)Kiyotaki and wrightモデルについては、
実験室実験による研究にはPaul M. Brown “Experimental evidence on money as a medium of exchange," Journal of Economic Dynamics and Control, 20, 1996, pp.583-600 および John Duffy and Jack Ochs,“Emergence of money as a medium of exchange: an experimental study,”American Economic Review, 89, 1999, pp.847-877がある。コンピュータ·シミュレーションによる研究にはRaymon Marimon, Ellen McGrattan, Thomas J. Sargent, "Maney as a medium of exchange in an economy with artificially intelligent agents," Journal of Economic Dynamics & Control, 14, 1990, pp.329-373やErdem Bacscci, "Learning by imitation," Journal of Economic Dynamics & Control, 23, 1999, pp.1569-1585などがある。(7)経済的実験において、なぜこうした金銭的動機付けが必要かについては、Daniel Friedman and Shyam Sunder, Experimental Methods: A Primer, Cambridge University Press, 1995 (川越敏司、内木哲也、森徹、秋永利明訳『実験経済学の原理と方法』同文舘出版、1999年)を参照。
(8)この場合、タイプ3の主体は財3.1と財3.2のどちらでも交換を受け入れるので、これらを特に区別する必要はないので、財31と財32の場合の結果を合算した。
(9)この場合も注8と同様の理由により、3.1と財3.2の場合の結果を合算した。
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