月曜日, 12月 24, 2018

日銀のマイナス金利政策は銀行貸出を増加させたか?


https://www.rieti.go.jp/jp/publications/nts/18e086.html

日銀のマイナス金利政策は銀行貸出を増加させたか?


執筆者郡司 大志 (大東文化大学)
研究プロジェクト企業金融・企業行動ダイナミクス研究会
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このノンテクニカルサマリーは、分析結果を踏まえつつ、政策的含意を中心に大胆に記述したもので、DP・PDPの一部分ではありません。分析内容の詳細はDP・PDP本文をお読みください。また、ここに述べられている見解は執筆者個人の責任で発表するものであり、所属する組織および(独)経済産業研究所としての見解を示すものではありません。

産業フロンティアプログラム(第四期:2016〜2019年度)
「企業金融・企業行動ダイナミクス研究会」プロジェクト

本研究の目的は、日本銀行(以下、日銀)のマイナス金利政策が銀行貸出に及ぼした影響を推定することである。日本のインフレ率はすでに20年以上低水準であり、賃金の上昇率も同様に鈍い。そのため、通貨の番人である日銀にはインフレの実現について国民の強い期待があった。2013年に就任した黒田東彦日銀総裁は「量的・質的金融緩和」という大胆な政策を表明したものの、その成果は芳しくなかった。そこで日銀は、2016年2月から金融機関が日銀に預けている預金口座のうち一部にマイナスの金利を付ける制度を導入した。これがマイナス金利政策と呼ばれるものである。この政策によって銀行貸出が増え、経済全体の需要が増加すればインフレも実現すると考えられるため、その効果を統計的に検証することには意義があろう。

実は、日銀の預金の一部には以前からプラスの金利がついていた。これは金融機関に補助金を与えることが目的ではない。金融機関は余裕資金がある際には日銀に預けることもできるが、金融機関同士で貸し借りする市場で運用することもできるため、より高い金利がつく運用方法を選択する。日銀の預金にプラスの金利がついていて市場金利がそれ以下なのであれば、日銀に預けておいたほうが良い。すると、資金を借りたい金融機関はより高い金利を提示しないと借りることができない。その結果、市場の金利は日銀の預金につけられた金利と同じかそれを超える金利となる。つまり、日銀の預金金利は市場金利の下限になるのである。かつて市場金利は通常マイナスになることはないと考えられてきたのだが、日銀がマイナス金利政策を導入したことで、金融機関同士の貸借の市場では金利の下限がマイナスとなった。

マイナス金利の銀行への効果は大きく2つの経路が考えられる。先ず、マイナス金利政策は上記のように市場金利を引き下げるため、銀行は市場から影響を受ける。これはマイナス金利政策が銀行に与える間接的な効果である。他方で、日銀の預金がある一定額を超えた銀行はマイナス金利が適用され、マイナス金利政策の直接効果を受けることになる。本稿ではこの直接効果が銀行の貸出行動をどう変えたのかを検証した。

日銀のマイナス金利政策では、大雑把に言うと、2015年における日銀預金の平均残高を上回るとマイナス金利が課され、下回るとゼロあるいはプラスの金利が課された(実際には金利ゼロの調整残高があるため、2015年平均残高が正確な臨界値ではない)。政策が発表された2016年1月末の直前まで黒田日銀総裁はマイナス金利政策の導入を否定していたため、それよりも前の2015年末には実施は予想されていなかった。したがって、マイナス金利政策導入は自然実験とみなせる。さらに、マイナス金利が課される日銀預金残高に臨界値があることも推定に利用できる。日銀の預金が多い銀行と少ない銀行とでは、おそらく銀行の経営方針や経営環境などが異なるであろう。しかし、マイナス金利政策の臨界値である各銀行の日銀預金の2015年平均付近では、同じような性質を持つ銀行にほぼランダムにマイナス金利が課されたとみなすことができる。

そこで本稿では、この臨界値を若干上回った(マイナス金利が課された)銀行と若干下回った(マイナス金利が課されなかった)銀行の貸付増加率を比較した。当時の銀行および地方銀行のデータを用いて推定したのが下記の図である。横軸はマイナス金利が課される臨界値からの乖離率(プラスはマイナス金利)、縦軸は政策導入前から導入後にかけての貸付増加率を表している。臨界値前後で近似曲線に断絶が生じており、マイナス金利が課された銀行(臨界値の右側)では貸付増加率が低下していることがわかる。つまり、臨界値付近ではマイナス金利が課された銀行はそうでなかった銀行よりも貸付の増加率が相対的に低かったことになる。この傾向は様々な条件下での推定においても変わらなかった。

日銀のマイナス金利政策は市場金利の下限をマイナスの領域にまで引き下げることを可能にしたという点で重要である。しかし、日銀にブタ積みにされた預金にペナルティーを課して貸付を増加させる効果はないどころか、むしろ減らしさえする。もちろん、日銀は市場金利のさらなる低下を狙ってマイナス金利政策を導入したのであろうが、マイナス金利が課される銀行数をうまくコントロールしていかないと貸出にも影響が出かねない。

マイナス金利が課される銀行は少ないのだから、経済全体の貸出総額が増えていれば問題ないというのは早計である。もともと日銀の預金が多かった銀行というのはリスクを取らずに安全な運用を目指していたと考えられるが、そういった銀行の平均的な利益は低く、マイナス金利を課されることで利益をさらに下げてしまうことにもなる。ただでさえ金融自由化や長引く低金利によって銀行の利益への圧迫は続いているところに、さらに強い競争状態に銀行を晒せば、よりリスクの高い貸付や運用を行わざるを得ない。場合によっては不正に手を染める銀行も出てくる可能性もある。とりわけ注意すべきは不動産関連への貸付であろう。万策尽きた銀行同士が合併して銀行業全体が寡占的になることで、借り手や預金者に不利益が生じることも考えられる。仮に決済サービスに影響が出るようなことになれば、日銀は金融政策と金融システムの安定化のどちらを優先すべきか判断を迫られることになるだろう。

図