宇野弘蔵『経済原論』再考(&『恐慌論』)
/\
/ \
/ 利子 \
/_c____\
/\ <分配論>/\
/ \ / b\
/③利潤 \ / 地代 \
/_a____\/______\
/\ /c
/ c\ 宇野弘蔵 資本の\
/ 資本 \ 『経済原論』 /再生産過程
/______\ /______\
/\<流通論> /\ /\ <生産論>/\
/ a\ ① / \ /②a\ / b\
/ 商品 \ / 貨幣 \ /資本の \ /資本の \
/______\/___b__\/_生産過程_\/_流通過程_\
(以下、『経済原論』29頁b37における『資本論』1:1:3:Dからの引用。貨幣形態)
< 20エレのリンネル =|
1着の上着 =|
10ポンドの茶 =|
40ポンドのコーヒー = 〉2オンスの金
1クォーターの小麦 =|
1/2トンの鉄 =|
x量の商品A =| >
原著では末尾にさらに「その他の商品 =」が加わる。
参考:http://blog.goo.ne.jp/sihonron/e/27b9d76ea3bfb8c1506781375bba957f
G____W
\ ↗︎
\/
/\
/ ↘︎
W____G____W'
\ ↗︎
\/
/\
/ ↘︎
W'____G____W''
\ ↗︎
\/
/\
/ ↘︎
W''____G
生産部面 流通市場 消費部面(著作集1:56参照)
< …商品は一般に売買されると流通界を脱して消費に入るのに反して、貨幣は商品の売買を
媒介しつつ常に流通市場に留まることになる。貨幣は、G-Wとしては価値尺度として機能
し、それを基礎としながらW-G-W'の関連においては流通手段として機能する。>
(宇野弘蔵『経済原論』岩波全書版32頁b41より)
<労働力自身を商品として買入れるとき始めて資本は自ら商品を生産しうることになるわけである。かくてこの形式は、
Pm
G__W/ ……P……W'__G' (Aは労働力、Pmは生産手段)
\A
ということになる。>
(宇野弘蔵『経済原論』岩波全書版43頁より)
b78
資本論1:17より
<「労働の価値及び価格」または「労賃」という現象形態は、現象となって現われる本質的な関係としての労働力の価値および価格とは区別されるのであって、このような現象形態については、すべての現象形態とその背後に隠されているものとについて言えるのと同じことが言えるのである。現象形態のほうは普通の思考形態として直接にひとりでに再生産されるが、その背後にあるものは科学によってはじめて発見されなければならない。古典派経済学は真実の事態にかなり近く迫っているが、それを意識的に定式化することはしていない。古典派経済学は、ブルジョアの皮にくるまれているかぎり、それができないのである。>
W'--G'・{
|g--w
というように、剰余価値部分は、資本の流通過程に、いわば附属的な流通をなすわけである。かくして資本は、その再生産過程を展開するのである。>(経済原論95~7頁)A'
る消費資料によって再生産される労働力は、資本のもとに種々なる生産部面に配分せられ、
前年度の生産物たる生産手段をもって、新に生産手段と消費資料とを生産するのであるが、
そしてまたそれは同時に生産手段の価値cに、新に労働によって形成せられるv+mの価値
を加えることになるのであるが、資本にとってはv部分は、c部分と共に先きに投じた資
本部分を回収する、いわば資本のー部分の再生産されたものとしてあらわれる。これに対し
てm部分は、v部分と同様に労働によって新しく形成せられた、いわゆる価値生産物をなす
にもかかわらず、資本にとってはその価値増殖分をなし、資本家の所得となるのである。労
働者の賃金もー般に所得といわれるが、それは労働力の商品の代価としてえられるものであ
って、資本家の所得とは全く異っている。いかにも資本家の所得も商品の代価としての貨幣
には相違ないが、それは剩余価値生産物の代価にすぎない。労働力商品の場合は、その代価
によって自分らの労慟によって生産された価値生産物を買戻すのである。しかもそれだけで
はない。労働者にとっては、労働力商品は販売してしまえぱ、それで済むというものではな
い。また実際、労働力は、他の商品と異って、商品として販売しても労働者の手を離れるわ
けではない。労働者はその労働力を資本の生産過程に消費して、新なる生産物と共に新なる
価値を生産し、剩余価値部分と共に労働力商品の代価として支払われた価値部分をも再生産
するのである。いいかえれぱ労働者は、その労働力商品の販売によって、自らの生産物を買
戻して労働力を再生産しつつ、また再び買戻すべき生産物を生産するのである。>
(宇野弘蔵『経済原論』131~2頁、再生産表式関連)A''
剰余価値の全資本に対する分配率を示し、資本家と資本家との関係をあらわすものになる。》
(宇野弘蔵『経済原論』3:1岩波全書版137頁)
《…資本は、その生産物に対象化された剰余価値部分を利潤として他の資本と平均的に分配
することを、土地所有によって阻止され、これを地代化するのである。》
(宇野弘蔵『経済原論』3:2岩波全書版192頁)
c
《利潤率に対する利子率の関係は、前者が一般に個々の資本にとってその投資部面を決定す
る基準となるのに対して、後者は個々の資本の運動中に生ずる遊休貨幣資本を資金として資
本家社会的に共同的に利用しつつ、利潤率の相違を補足的に均等化するものといってよい…。
…銀行資本は…間接的に剰余価値の生産増加に寄与することになる。》
(宇野弘蔵『経済原論』3:3:1岩波全書版208~9頁)
なぜマルクスは利潤、利子、地代の順で論じ、宇野は利潤、地代、利子の順で論じたのか。
宇野自身一応説明しているが、宇野にとって地代は恐慌とともに資本に内在するが、
マルクスにとって地代は本源的蓄積のように資本の外部を含む、ということだろう。
宇野が地代と利子の利潤における機能を対立的に捉えていることも特筆される。これはマルクスは
強調していない点だ。
《 信用制度に内在する二面的性格~~一面では、資本主義的生産のバネである他人の労働の搾取による致富を、もっとも純粋にまたもっとも巨大な賭博や詐欺の制度にまで発展させ、そして社会的富を搾取する少数者の数をますます局限するという性格、しかし他面では、新たな一生産様式への過渡形態をなすという性格、~~この二面性こそは、ロー*からイザーク・ペレール**に至るまでの信用の主要宣伝者に、山師と予言者との愉快な混合性格を与えるものである。》
《 信用制度に内在する二面的性格、~~一面では、資本制的生産の発条、すなわち、他人の労働の搾取による致富をもっとも純粋かつ巨大な賭博=および詐欺制度に発展させ、社会的富を搾取する少数者の数をますます制限するという性格、だが他面では、あらたな一生産様式への過渡形態をなすという性格、~~この二面性こそは、ロー*よりイザク・ペレール**にいたる信用の主要告知者にたいし、詐欺師で予言者だという彼らの愉快な混合性格を与えるものである。》
2012年05月02日12:26
カテゴリ経済
史上最初の経済学者にして詐欺師、ジョン・ロー
ファーガソンが解説しているように、ローマ帝国からソ連に至るまで、歴史上の大国が崩壊する最大の原因は財政破綻とインフレである(ソ連の場合は物不足という抑圧されたインフレ)。日本の江戸幕府が崩壊した原因も、各藩の財政が困窮して下級武士の生活が成り立たなくなったことだが、実物経済だったのでインフレは起こらなかった。
財政破綻でインフレが起こるのは、政府債務を返済するために中央銀行が銀行券を大量に発行するためで、現代でも国家破綻のほとんどはこのパターンだ。このしくみを発明したのがジョン・ローである。彼は史上最大の詐欺師として知られているが、「需要と供給で価格が決まる」という法則を発見した経済学の元祖であり、中央銀行や金融システムを発明した銀行家の元祖でもある。経済学者や銀行家が詐欺師に似ているのは偶然ではない。
ローはルイ15世の蔵相になり、政府債務を解消する天才的なスキームを提案した。彼は政府の債務をまかなうために王立銀行を設立して銀行券を発行させ、それを国立の西方会社(通称ミシシッピ会社)に貸し付けた。ミシシッピ会社は15億リーブルの銀行券を年3%の金利で政府に貸し、その資金を自社株の売却でまかなった。これは日銀が国債を引き受けて、その資金を日銀株でファイナンスするようなものだ。
ローはミシシッピ会社に一度も行ったことがなかったが、その事業の将来性を誇大に宣伝したので、この株式はバブルを発生させ、株価は額面の36倍になった。しかしミシシッピ会社の事業は実態がほとんどないことがわかってバブルは崩壊し、年率80%のハイパーインフレが起こった(このへんの事情は 北村行伸氏の解説にくわしい)。これによってフランスの財政は最終的に破綻し、民衆が蜂起してフランス革命を起こす原因となる。
ローの政策は、いわば史上初のリフレ政策だが、彼の最大の間違いは、貨幣が実体経済に中立ではなく、貨幣の増発で誰もが豊かになると考えたことだ。貨幣というのは本質的にバブルなので、誰もがその価値を信じていれば誰もが豊かになれるが、誰も信じなくなれば価値は失われる。それは国家の信認が失われるときでもある。
フランスと中国の王朝に共通しているのは、税率が意外に低いことだ。清の税率は5~10%で、ブルボン王朝の税率もそれぐらいだったと言われる。これは専制君主に思いやりがあるためではなく、納税者が税負担を搾取と考えて逃亡や反乱で抵抗するためだ。都市国家では軍備のために30%ぐらい課税されたが、市民は反乱を起こさなかった。負担と公共サービスの関係が明確だったからだ。
財政が行き詰まると政治家が中央銀行に通貨の増発を迫るのは、ブルボン王朝から現代の「デフレ脱却議連」に至るまで変わらない。それが最終的に破局をもたらすことも、ロゴフの示す通りだ。ただ租税反乱がアンシャン・レジームを打倒するほど大規模な「革命」になるためには、バブルとその崩壊という劇的な事件が必要だった。ローのリフレ政策は、財政危機を延期し、バブルを膨張させて、それが崩壊したとき全国民の生活が破綻する事態を作り出し、フランス革命の爆発的なエネルギーを生み出した。現代のリフレ派がそういう革命をめざしているとすれば、ローにも比肩する天才的な戦略である。
5つ星のうち4.0裏返しの信用論
2018年3月17日
形式: 文庫Amazonで購入
『恐慌論』岩波文庫(2010)[1953]
目次
はしがき
序論 ☆☆☆
一 典型的恐慌現象
二 恐慌論と外国貿易
三 恐慌現象における商業資本の役割
四 資本主義社会におけ恐慌の可能性と必然性
第一章 好況
一 好況期における資本の蓄積
二 信用の演ずる役割
三 投機的発展と物価騰貴 ☆
第二章 恐慌
一 利潤率と利子率との衝突
A 資本の蓄積の増進に伴う利潤率の低下
B 最好況期における利子率の昂騰
C いわゆる資本の欠乏
二 資本の過剰と人口の過剰
A 労働賃銀騰貴の限界
B 商品の過剰としての資本の過剰
C 「豊富の中の貧困」
三 資本価値の破壊
第三章 不況
一 再生産過程の停滞
二 生産方法の改善による新たなる蓄積の発足
三 好況への転換
第四章 景気循環の回転期間
第五章 資本主義社会における恐慌の必然性
一 機械的必然性と歴史的必然性 ☆☆
二 恐慌の必然性と崩壊の必然性
三 恐慌論と恐慌の分析
附 録
一 『資本論』における恐慌理論の難点
二 『資本論』における恐慌の必然的根拠の論証について
解 説(伊藤誠)
『資本論』の引用、本論では長谷部訳、付録は岩波文庫訳を採用。一箇所新日本出版社訳23頁。
『価値論』は『資本論』第1部を拡大、『恐慌論』は第3部を拡大している。『恐慌論』は『経済原論』に比べ第3部からの引用の割合が大きい。裏返しの信用論である。
『経済原論』の後は『経済政策論』(未文庫化)、そして『恐慌論』と読み進めるべきだ。
☆
116頁:
(1)いわゆるインフレーションが社会的に問題となるのは、政府が財政収入によって確保し得ない資金を紙幣その他の通貨の発行増加によって人為的に造出するとき、いわゆる通貨膨脹から生ずる物価騰貴が各種の社会層に種々異なった影響を及ぼすからであるが、好況期の信用膨脹に伴う物価騰貴にもこれをインフレーションとする場合が少なくない。両者の物価騰貴はその原因を異にするのであって混同してはならない。
☆☆
200頁:
(1)私自身はしかしマルクスがその『資本論』第一巻第一章「商品」で直ちに労働価値説を展開していることには納得し得ない疑問をもっている。
☆☆☆
23頁:
商品交換は,共同体の終わるところで,諸共同体が他. の諸共同体または他の諸共同体の諸成員と接触する点で,始まる。しかし,諸物がひとたび対外的共. 同生活で商品になれば, それらのものは反作用的に,内部的共同生活においても商品になる。
資本論翻訳委員会訳『資本論』第一巻a,新日本出版社,1997年,149頁。
多々参照されるのが、
英国恐慌史論 (邦訳1931年) ツガン=バラノフスキー