吉川洋(2000)『現代マクロ経済学』創文社
一 序論
マクロ経済学の「新古典派化」
「新しい」ケインズ経済学
新しいマクロ経済学を求めて ☆
二 景気循環の理論
Ramseyモデル
リアル・ビジネス・サイクル理論
ケインズ的アプローチ
金融政策と景気循環
三 経済成長論
Old Growth
New Growth Theory―内生的成長モデル
四 新しいマクロ経済学
価格と数量
生産要素の「不完全雇用」と生産性の部門間不均等
ルイス・モデル
需要と経済成長
残された課題
現代マクロ経済学
叢書名 創文社現代経済学選書
著者名等 吉川洋/著
出版者 創文社
出版年 2000.08
大きさ等 23cm 360p
注記 シリーズの監修者:熊谷尚夫
NDC分類331
件名 巨視的経済学
要旨
本書では論文を読む訓練を期し、いくつかのキーとなる論文について、式の展開も含めて丁寧に説明した。過去25年間のマクロ経済学を「批判的」に検討して、どのようなマクロ経済学を目ざすべきかを説明している。
目次
1 序論(マクロ経済学の「新古典派化」;「新しい」ケインズ経済学 ほか)
2 景気循環の理論(Ramseyモデル;リアル・ビジネス・サイクル理論 ほか)
3 経済成長論(Old Growth Theory;New Growth Theory―内生的成長モデル ほか)
4 新しいマクロ経済学(価格と数量;生産要素の「不完全雇用」と生産性の部門間不均等 ほか)
文献あり 索引あり
ISBN等 4-423-89512-9
355 名無しさん@お腹いっぱい。[] 2019/02/25(月) 01:40:01.62 ID:LYaKGmBl
塩沢由典「現代資本主義分析のための原理論:現代古典派価値論と宇野理論」(2017.5.8)
これに対し、『宇野理論を現代にどう活かすか』Newletter第20号と第21号
で横川信治、小幡道昭、江原慶が反論を試みているが、中心となる国際価値論については、
だれも反論できていない。
宇野弘蔵が国際価値論など不可能と言ったのにたいし、宇野原論以上に緻密な理論が出て
きてしまったのだから、宇野派がどうにもならないのは当然だろう。
☆
36:
17. 消費飽和と社会保障
前節までに述べてきたことで、国際価値論を除く古典派価値論の概要が示せたと思う。本節では、それをもとにきわめて簡単で粗い現状分析を試みてみよう。本節の以下に述べる内容に異論をもつ方は多いであろうが、それに対する賛否は、古典派価値論の妥当性にはほとんど関係がない。以下の議論は、理論の枠組みというより、現状認識に大いに依存しており、その認識が異なれば処方箋はとうぜん異なってくる。
ケインズは、消費需要が所得と消費性向の積により決まると考えた。景気が低迷して最終需要が伸び悩みであるとすれば、生産も雇用も伸びないから、所得増大は期待できない。この状況の中で消費需要を増大させるには、消費性向を高める以外にない。しかし、低所得時代あるいは中所得時代とちがい、日本では一方に消費飽和という現象を抱えている。したがって、利子率を下げて消費者ローンを増大させるなどによる消費刺激も、あまり期待できない。消費飽和は、人口の成長停止・後退と高齢化をのぞけば、日本経済の低成長を規定する大きな要因と考えられる。
この問題があまり議論されてこなかったのは、新古典派の経済学の理論構による。第一に、一般均衡モデルでは、消費飽和(消費者の効用飽和)は、公理として排除されている。第二に、一財モデルを基本とするマクロ経済学では、新製品導入や製品多様化による需要喚起が想像の世界から排除されている。後者については、Dixit-Stiglitz 効用関数をもちいた独占競争モデルが存在し、Paul Krugman の新貿易理論の基礎ともなっているが、それが一般的な成長理論と結び付けられることは珍しい。たとえば、Paul Romer (1986)やRobert Lucas (1988)の内生的成長理論では、研究開発による生産性上昇効果は取り入れられているが、消費飽和は考慮されていない。第三の要因としては、効用関数にhomothetic(比例拡大的)なものに限定され、ひとつの財を取り上げても、効用が飽和しないことになっていることが挙げられる。これなどは経験的に明確な反証のある仮定であるが、理論構成の簡単さのために無視され続けている。
新古典派とちがい、異端派の経済学のいくつかでは、消費飽和ないし需要飽和は重要な議題となっている。日本では吉川洋(2000)がはやくから需要飽和に注目しているほか、進化経済学の一分野の進化成長理論では、Pasinetti (1981)、Saviotti (1996; 2001)などの議論がある。塩沢由典(2010)の内編第2章「経済発展とはいかなる過程か」は、吉川洋(2000)をベースにしている。一人あたりの所得増を経済成長と定義すれば、経済成長のためには、(1)生産性の上昇と(2)需要創の2つが不可欠である。このような簡明な事実も、これまでの経済成長論ではあまり考察されてこなかった。ローマーやルーカスの成長理論が生産性上昇という供給側面に偏っているのは、(2)の需要創面での考察がかけているためと思われる。
消費飽和ないし需要飽和について議論するには、消費の絶対額と消費性向とを分けて考えなければならない。消費性向が一定ならば、所得が増えれば、消費額は増大する。消費飽和は、このような消費増大を否定するものではない。消費飽和は、所得の増大につれて、消費性向が低下する現象を意味する。日本経済の高度成長期には、「三種の神器」とか「3C」といった消費財が多くの家庭に購入可能になり、それら耐久消費財の急 な需要拡大が日本経済の成長を牽引した。成長が生産性向上と消費拡大を刺激し、それが経済成長の原動力となるという好循環が形成された。これに対し、現在では、多くの家庭で、所得がすこしぐらい増えても、とくに買いたいものがないという状況が生まれている。この事態に加えて、社会保障や財政の持続可能性への懐疑から、所得低迷にもかかわらず、貯蓄せざるをえない状況にひとびとは追い込まれている。これをマクロで見ると、高齢化の影響を受けて、全般的な消費性向は上昇し、国民経済全体の貯蓄率は低下を続けている。しかし、これは稼得世代と退職後世代の消費・貯蓄行動を平均化して見ていることから起こっている事実誤認である。
塩沢由典(2010)『関西経済論/原理と議題』晃洋書房。
小幡道昭(2016)「マルクス経済学を組み立てる」東京大学最終講義原稿、http://www.cirje.e.u-tokyo.ac.jp/research/dp/2016/2016cj273.pdf
吉川洋(2000)『現代マクロ経済学』創文社。
失われた10年の真因は何か (エコノミックスシリーズ) 単行本 – 2003/5
目次
第1章 構造改革なくして成長なし (林文夫)
第2章 「失われた10年」と産業構造の転換―なぜ新しい成長産業が生まれないのか(宮川努)
第3章 金融政策の機能停止はなぜ生じたのか(野口旭、岡田靖)
第4章 財政運営における「失われた10年」
第5章 不良債権が日本経済に与えた打撃
第6章 社会資本の地方への重点的整備の評価―効率性の観点から
第7章 産業空洞化が日本経済に与えた影響―貿易と雇用を中心に
座談会 何が90年代の経済停滞をもたらしたのか―諸説の検討と対策
日本経済の長期にわたる停滞理由は何か。未だ決着がついていないこの論争に一石を投じるべく、経済学者が実証的な分析を展開。日本経済の混迷の深さを明らかにし、的確かつ迅速な経済政策を提示する。
1.構造改革なくして成長なし 林文夫著
2.「失われた10年」と産業構造の転換 宮川努著
3.金融政策の機能停止はなぜ生じたのか 野口旭, 岡田靖著
4.財政運営における「失われた10年」 中里透著
5.不良債権が日本経済に与えた打撃 櫻川昌哉著
6.社会資本の地方への重点的整備の評価 三井清著
7.産業空洞化が日本経済に与えた影響 櫻井宏二郎著
座談会 何が90年代の経済停滞をもたらしたのか 小林慶一郎ほか述
吉川洋 (2003) 「林論文へのコメント:過ぎたるはなお及ばざるが如し!?」 東洋経済新報社 『失われた10年の真因は何か』 岩田規久男・宮川努編 pp. 21-24。
宮川努 (2003) 「失われた10年と産業構造の転換」東洋経済新報社『失われた10年の真因は何か』 岩田規久男・宮川努編 pp. 39-61。
最も参考になったカスタマーレビュー
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14階の冷戦
投稿者 mana 投稿日 2003/6/3
形式: 単行本
気鋭の経済学者がこれでもかというほど集って書き上げた論文集。
旧来のケインズ派の強い日本経済学の中で、
外国での評価の高い林文夫教授の論文をはじめにおき、
経済財政諮問会議の委員である吉川洋教授などの
ケインズ派の経済学者たちが強い反論を述べている。
また、林教授も反論への反論を述べており、
なかなか読み応えがある。
はたして、この10年の不況は供給側の問題なのか、
それとも需要側の問題なのか、
どちらが正しいかはみなさんに読んで判断してもらいたい。
上記の論文のみならず、
銀行による追い貸しの罪について書いた櫻川慶応大学教授などの論文なども
読む価値があろう。
ただ、テクニカルな議論が各論文でなされているので
経済学入門程度の知識は求められよう。
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今こそ読みたい意義ある経済論戦
投稿者 ノーツオンザロック 投稿日 2007/12/16
形式: 単行本
気鋭の経済学者が90年代からの10年とも15年ともいえる長期の経済停滞の原因とその処方をめぐって論戦をたたかわせる。
論戦の起点は、その「失われた10年」の原因は生産性の低下による、と説いた林文夫教授の「構造改革なくして成長なし」(オリジナルは「Hayashi & Prescott 2002」)。これに対し、経済財政諮問会議委員の吉川洋教授らのケインイジアンや野口旭教授らのリフレ派ら多士済々のメンバーが、需要サイドか供給サイドかの基本論を軸として論議を闘わせる。
すでに、本書より4年の歳月が経過し、その間に小泉−竹中改革が郵政民営化騒然たる雰囲気のなかに進行し、小泉退陣とともに幕を引いた。退陣とともに、「改革の影」としての「格差」、すなわち所得格差の拡大や地方切り捨てが声高に叫ばれた。現福田政権の運営には、改革姿勢の後退や復古の批判が強い中、サブプライムローンをきっかけとした景気後退懸念が強まっている。
林教授は、その後、チームを率いて「失われた10年の真因」論を深めていくが、本書で闘わされた論議を丁寧に検証し、反論や議論の深化をはかり政策提言など、成果を拡げていく。いわば生産性の低下という事象の指摘だけではなく、その要因を探る作業や、ケインズ的財政政策の有効性や日銀を中心とした金融政策の役割と効果の検証などである。その、作業の論点的要素が本書ではあまねく展開されており、いたずらな論戦ではないところにも本書の今日的意義があると思う。
日々流転する経済ジャーナリズムや経済政策談義、タレント学者のバラエティー番組的論戦ではなく、決して、時に流されるような軽薄な書ではない。
現代マクロ経済学
叢書名
創文社現代経済学選書 ≪再検索≫
著者名等
吉川洋/著 ≪再検索≫
出版者
創文社
出版年
2000.08
大きさ等
23cm 360p
注記
シリーズの監修者:熊谷尚夫
NDC分類
331
件名
巨視的経済学 ≪再検索≫
要旨
本書では論文を読む訓練を期し、いくつかのキーとなる論文について、式の展開も含めて丁寧に説明した。過去25年間のマクロ経済学を「批判的」に検討して、どのようなマクロ経済学を目ざすべきかを説明している。
目次
1 序論(マクロ経済学の「新古典派化」;「新しい」ケインズ経済学 ほか);2 景気循環の理論(Ramseyモデル;リアル・ビジネス・サイクル理論 ほか);3 経済成長論(Old Growth Theory;New Growth Theory―内生的成長モデル ほか);4 新しいマクロ経済学(価格と数量;生産要素の「不完全雇用」と生産性の部門間不均等 ほか)
内容
文献あり 索引あり
ISBN等
4-423-89512-9
フィッシャーは自分の価格理論を説明するためにポンプ、車輪、レバーやパイプでできた奇妙な機械を作り上げた。
これはフィリップス曲線のフィリップスに影響を及ぼした。
「〔『数学的研究』における〕連立方程式は,ワルラスが『純粋経済学要論』で示したそれと本質的に同じである。根本的な違いは,ただひとつ,私が一貫して限界効用を財の量の関数とあつかったのに対し,ワルラスは各財の量を価格の関数とした点である」(Fisher[1892]p4,訳iv頁)
交換方程式(貨幣数量説)
MV = PT ここで M はお金で、V は速度、P は価格水準
《Tは鉄何トンというような実質取引量である》
(吉川洋『経済学をつくった巨人たち』文庫版184頁)
フィッシャーはマネタリストではない。貨幣を可視化しただけだ。
数学への過信は数字への過信であり、数字への過信は貨幣への過信なのだ。
一般に近年の経済学では価格論への捨象が早すぎる。だから数字が自己目的化する。
貨幣への疑いがないからゲゼル減価マネー(フィッシャー『スタンプ貨幣』1933参照)の意義がわからない。