月曜日, 11月 11, 2019

ビジネス特集 “天下の暴論” MMTから学ぶこと | NHKニュース 2019/5/29



ビジネス特集 “天下の暴論” MMTから学ぶこと | NHKニュース

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190529/amp/k10011933351000.html?__twitter_impression=true

“天下の暴論” MMTから学ぶこと

ビジネス特集


「国はどんなに借金をしても、その重荷で破綻することはない」と言い切って、積極的な財政出動をよびかけるアメリカ発の異端の経済理論=MMTが話題になっています。

最初に聞いた時、わたしは「天下の暴論」と思いました。長年、国の財政を取材し、借金が膨らみ続ける状況に警鐘をならす原稿を書き、解説してきた身にとって、借金を減らす努力を「全否定」するかのような経済理論は、「元も子もない」と思ったからです。日本の政府、中央銀行の関係者も含めて、そう思う人が多いでしょう。

ただ、暴論として片づけずに、世界一の経済大国アメリカで議論になっているわけを知りたいと、取材することにしました。
(アメリカ総局記者 野口修司)

異端の学説MMT

MMTは、「Modern Monetary Theory」という学説。その要点は、「自国の通貨を持つ国家は、債務返済に充てるお金を際限なく発行できるため、政府債務や財政赤字で破綻することはない」というもの。景気を上向かせ、雇用を生み出していくためにも、「政府は借金を気にせず、積極的に財政出動すべきだ」と説いています。

そして何より、巨額の借金を抱える日本が、この理論の正当性を示すモデルだとも言われています。少し詳しく知りたい人は、こちらの特集を読んでみてください。

お金がないなら刷ればいい!? https://www3.nhk.or.jp/news/html/20190426/k10011898081000.html

国はいくら借金しても大丈夫?驚きの経済理論“MMT”とはhttps://www.nhk.or.jp/ohayou/digest/2019/05/0519.html

日本は破綻していないじゃないか

私が取材に向かったのは、ニューヨークから車で北に2時間あまり。バード・カレッジのランダル・レイ教授。MMTを四半世紀にわたって研究している経済学者です。

にこやかに迎えてくれたレイ教授

日本のこともよく知っていて、穏やかな口調ながら、過激な発言をする方でした。

主流の経済学では、政府が財政政策に頼りすぎて借金が膨めば、通貨の信用が低下して金利は急上昇をもたらす。その結果、債務が雪だるま式に増え、返済不能に陥って破たんする、と考えられています。ですから、MMTは「あり得ない」異端の学説とみなされています。

が、レイ教授は、「日本を見てみろ、いろんなことを教えてくれる」と指摘します。

債務残高が対GDPで100%だろうが、200%を超えようが(日本は約240%)、日本は破たんしてないじゃないか。

私が言いたいのは、アクセルを踏んだまま成長をもっと加速させ、それを通じて、財政赤字を減らすようにするべきだ、ということ。

借金を抱えても金利が上がらない日本は、正統派の経済学者が財政赤字や対GDPの債務の大きさについて何と言おうと、真実ではないこと示している。日本は、正統派の予測を覆すいい判例なんだよ。

では、「お金を刷る」役回りの中央銀行は、どうなのか。際限なく通貨を発行するようなことが許されるのだろうか、と聞くと、こんな答えが返ってきました。

私たちは、中央銀行が「政府の銀行」として果たす役割を強調する。そう考えると、中央銀行の「独立性」は、そんなに重要ではない。

時々、「中央銀行は、政府がお金を使いすぎるのを止めることができる」と聞くが、中央銀行はノーとは言えない。彼らが政府の出す小切手を不渡りになんてできないからだ。

発言は、このように、かなり過激です。

日本は、MMTをどう見るか

こうした主張を日本の専門家はどうみるか。

私よりも先に(?)MMTに興味を持ち、今回、一緒に制作を進めた「おはよう日本」の趙ディレクターが取材にあたりました。

やはり多数意見は、財政規律が失われることを危惧し、否定的なものでした。(おはよう日本ディレクター 趙顯豎)

「MMTはNO。無駄な支出を増やすおそれ」
野口悠紀雄氏(元大蔵官僚、早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター顧問)
「たとえば社会保障など、継続的に予算(支出)が必要な部門では、一度、始めてしまえば、簡単にはやめられません。突然、『来月から年金を減らします』『保険料を上げます』などとしたら人の生死に関わりかねません。MMTは、支出がどんどんと際限なく膨らんでいく危うさを持つのです」

一方で、MMTに理解を示す専門家もいました。

「MMTは留保つきYES。経済の誤解正すきっかけに」
松尾匡教授(立命館大学/経済理論)
「政府は、まず税金を集めて、それを使っているというイメージがありますが、誤解です。家計や企業のように『財布』からお金を出して使っているわけではないのです。実際には、まず政府と中央銀行がお金を必要なだけ作って、民間から必要な財やサービスを買っています。その結果、お金を出しすぎてインフレが進まないよう、お金を回収する働きをするのが税金です。これは、MMT独自の見方ではなく、経済学者なら誰もが同意する事実でしょう」

若者が支持するMMT

では、アメリカで、このMMTがどうして話題にのぼるようになったのでしょう。それは、野党の民主党(系)の左派の人たちの「理論的支柱」のひとつだ、と注目されたからです。

2016年の大統領選挙でクリントン氏と民主党の指名を争ったバーニー・サンダース上院議員は、「国民皆保険」「大学の無償化」などを訴え、若者の支持を集めました。

サンダース氏

リーマンショックから10年あまり、景気回復と言うが、恩恵を受けたのは大企業や富裕層ばかりで、自分たちの生活は一向に良くならない。そんな社会的な閉塞感が、MMTを「救い」にしようとしたのです。

アメリカで「国民皆保険」をやろうとしたら、数十兆円、いや数百兆円を覚悟しなければなりません。「そんなお金、どこにあるの?」などと私は思ってしまいますが、サンダース氏を支持する若者は、MMT的な考え方を待っていたのだと思います。

そう、MMTなら、「費用がいくらかかるなんてどうでもいい。とんでもない額になるというけど、『だからなんだ』と」(レイ教授)。

なぜ、MMTが若者の支持を得ているか? レイ教授は、こう答えました。

『希望』を与えるからだと思う。これだけの支持が言わんとしていることは、『これまでたどってきた道は、基本的に絶望的な道だ』と。この道は、アメリカ社会の大部分を絶望的な結果に招いてしまっている。他の富裕国でも、絶望感はあると思う。そこへMMTがやってきて『別の道をやってみてもいいんだよ』と提示した」

ひるがえって、日本の若者は…

私は、ニューヨーク赴任前、日本の大学で非常勤講師をしていました。講義のあと、就活を控えた女子学生が聞くのです。

「先生、豊かな老後を過ごすには1億円必要と聞きました。どういう就職をしたら、1億円、ためられるでしょうか」

まだ、老後ではない私は答えられませんでした。今から社会に出ようという大学生が老後の心配をするー。聞くと、やはり、国の抱える巨額の借金が気になるんだそうです。

「このままいけば、医療も年金も信用できないし、持続できない。自分で守っていかないと」という彼女は、おそらく消費も倹約するでしょう。消費が伸びなければ金は回らないし、景気は良くなりません。

いくらレイ教授が「気にしなくていい」と言っても、日本の若者がMMTを広く受け入れる状況にはなさそうです。

MMTから何を学ぶか

今回、一緒に取材した趙ディレクターは、社会人3年目。取材を終えて、こう話しています。

「若者の将来不安は、自分の実感とも重なります。雇用や社会保障など、限られた“パイ”を奪い合うことになるかもしれない息苦しさを、同じ世代に感じることもあります。MMTは、そうした“パイ”の奪い合いから抜け出すために、別の手段がある?と考えるきっかけになるのでは、と思いました」

レイ教授自身も、MMTが異端視されていることをわかっています。そしてインタビューで次のように話しました。

MMTに対して批判が多いのは理解している。ただ、少なくとも以前より注目され、議論され、人々が疑問を持ってくれることはうれしいね。私は、これで議論が変わっていくと思っている。最終的には、MMTになるかと言えば、そうではないだろう。しかし、政策立案者や正統派経済学者の多くが、「債務の持続可能性」や「不可能性」という観念を考え直していることが明らかになりつつある。

“課題先進国”に新たに投げかけられたMMT

高齢化、少子化、人手不足、そして、低成長と低インフレ…。これから、多くの先進国が直面する問題を先取りしている“課題先進国”日本。

逆説的ですが、打ち出の小槌のようなMMTが話題になることで、改めて「日本はどう課題を解決していくか」が問われているように思います。「政府の役割」「政府支出の役割(つかいみち)」を、改めて考えるきっかけになって欲しいと思います。

アメリカ総局記者 
野口修司

平成4年入局
政治部、経済部、
ロンドン支局などをへて現職

おはよう日本
ディレクター 
趙顯豎

平成29年入局