土曜日, 4月 11, 2020

中野剛志#9 国際政治


「コロナ禍」でさらに緊張が高まる、日本を取り巻く国際政治の“残酷な真実” | 中野剛志さんに「MMTっておかしくないですか?」と聞いてみた | ダイヤモンド・オンライン
https://diamond.jp/articles/-/231351

「コロナ禍」でさらに緊張が高まる、 日本を取り巻く国際政治の“残酷な真実”

アメリカの覇権パワーが音を立てて崩れるなか、2000年代以降、日中の軍事力の格差は、飛躍的に拡大した。戦争を避けるためには、このような勢力不均衡をつくってはならなかったと中野剛志氏は指摘する。しかし、いまの日本では、財政担当は国防よりも目先の財政健全化を優先し、国防担当は「財政的に無理」と言われると反論できないのが実情。そのため、日本は非常に危険な状態にあると言わざるを得ないという。しかも、コロナ禍で各国が「自国中心主義」にならざるを得なくなっており、日本を取り巻く状況は厳しさをましていると指摘する。(構成:ダイヤモンド社 田中泰)

トランプ政権の外交政策は大失敗

――前回、冷戦後のアメリカの戦略ミスによって、アメリカのグローバル覇権はすでに大きく揺らいでいるとおっしゃいました。しかも、アメリカも、それをとっくに認めていると……。
中野 ええ。そのとおりです。
 2012年にアメリカの「国家情報会議」が公表した「グローバル・トレンド2030」という重要文書があります。これは、アメリカ政府が、少なくとも公式見解として、世界の中長期的な潮流をどのように見ているのかを知る上で、きわめて貴重な資料です。
 そして、この文書において、2030年までにグローバルな覇権国家としての地位を失うだろうと、アメリカ政府自身が正式に認めているんです。さらに、2020年代に中国がアメリカを抜いて世界最大の経済大国になると予測するとともに、世界のシーレーンに対するアメリカの海軍覇権は、中国の外洋海軍の強化に伴って消滅していくと想定しています。
 重要なのは、その予測が当たるかどうかではなく、2030年までに、世界はグローバル覇権国家の存在しない多極化した構造となると、アメリカが考えているということです。
――自らがグローバル覇権国家でなくなることを前提に、アメリカは国家戦略のシナリオを考えているわけですね?
中野 そういうことです。
 社会科学に「経路依存性」という概念があります。歴史的な事件や偶然の出来事が出発点となり、それがひとたび軌道に乗ると、人々はその軌道に従って行動するようになり、その結果、その軌道がますます固定化し、増幅していくことを指します。
 この概念になぞらえて言えば、アメリカのグローバル覇権の衰退は「経路依存性」を帯びており、さらに加速しているのが現在の世界なんです。一度、「経路依存性」が走り始めれば、そう簡単には止まりません。そして、その「経路依存性」をアメリカもとっくに認めているんです。
――トランプ政権になってから、中国との対立がさらに激化しています。これは、どう見るべきなんでしょうか?
中野 トランプ大統領の外交の大失敗と見るべきでしょう。かつてブレジンスキーが、「日米同盟によって中国の領土的な野心を牽制しつつも、東アジアを安定化させる地域大国である中国とアメリカの協調関係を維持する」という戦略を掲げ、オバマ政権が中東から東アジアに世界戦略の軸足を移したときにも、「中国との共存・協調」を基軸に据えていました。
 しかし、実に困ったことに、トランプ大統領は戦略性もなく、手当たり次第に挑発的な外交を行ったために、中国のみならず、イランとロシアとの関係もさらに悪化させてしまった。最も恐れなければならない三国を、明確に敵に回してしまったのです。
 その象徴が、2018年3月にトランプ大統領が前任者を解任して、国家安全保障問題担当大統領補佐官に任命したジョン・ボルトンです。彼は、大統領補佐官に就任する前に、イランへの爆撃や北朝鮮への先制攻撃を主張していたタカ派の人物です。
 実際、彼は、イランと北朝鮮への威嚇を狙って、シリアのアサド政権への軍事攻撃を後押ししたとされているし、イランへの攻撃計画準備を国防総省に指示したとも報道されました。グローバルな覇権国家としてのパワーを失ったアメリカが、このような挑発的な外交をしたら、世界から反撃をくらうのは当然のことでしょう。
 さすがに、トランプ大統領も「しまった」と思ったのでしょう。2019年9月にボルトンを解任しましたが、もはや手遅れでしょうね。日本にとって、非常に深刻な状況が刻一刻と迫っていると考えるべきです。
――どういうことですか?

「コロナ禍」でさらに緊張が高まる、 日本を取り巻く国際政治の“残酷な真実”

アメリカの失敗で、危険に晒される「日本」

中野 日本の安全保障が根本的に危ぶまれる状況に陥る可能性が高いということです。もちろん、現在のような不確実性の高い状況下にあって、今後、日本がどのような道を辿るのかを予測するのは容易ではありません。しかし、アメリカのグローバル覇権喪失という「経路依存性」が働いていることから、ある程度の方向性は見えてくるのです。
――米中戦争が起こりうるということですか?
中野 いえ。もちろん「ない」とは言い切れませんが、その可能性は低いと見たほうがいいでしょう。
 なぜなら中国は、アメリカと「世界の覇権」を争っているわけではなく、せいぜい東アジアにおける地域覇権国家になることを目指しているにすぎないからです。アメリカにしてみれば東アジアにおける覇権を維持しようとさえしなければ、中国の台頭は自国の安全保障にとって脅威とはなりません。
 アメリカは西半球の地域覇権国家、中国は東アジアの地域覇権国家として、両国は太平洋を挟んで十分に共存することができますからね。だから、アメリカには、かつてのソ連封じ込めとは違って、中国封じ込めに強い戦略的な動機がないんです。
 しかも、この20年間、アメリカはアフガニスタンやイラクにおける紛争の泥沼化と長期化によって、国民の多くが厭戦的になり、アメリカが「世界の警察官」として活動することを望まなくなっています。トランプが2016年の大統領選で「アメリカ・ファースト」を訴えたのも、その文脈の上にあるわけです。
 中国も、そのことをよく認識しています。習近平はかつて米中首脳会談において「太平洋には米中という二つの大国にとって十分な空間がある」と発言したことはよく知られています。中国はアメリカに対して、米中間の覇権戦争を避けたいのならば、東アジアから撤退せよと促しているんです。
 そして、アメリカの現実主義者たちの論調は「中国との紛争回避」がますます有力になっています。たとえば、政治学者のクリストファー・レインは、「地域の勢力均衡が中国に有利な方向へと移行している事実をアメリカが受け入れなければ、米中の紛争が起きるのはほぼ確実である」と述べ、アメリカが東アジアから軍事力を徐々に引きあげていくだろうと予測しています。
――在日米軍を縮小・撤退するということですか?
中野 それもあり得ると考えておくべきでしょう。アメリカにすれば、中国、ロシア、イランを敵に回して軍事的コストが上がっているのに、「なぜ自分たちが犠牲になって日本を守らなくてはならないのか」と考えるはずだからです。
 あるいは、「日米同盟は維持してやるが、その見返りに、さらなるベネフィットを寄越せ」と日本に要求してくる可能性が出てきたのかもしれない。実際、トランプ政権は、在日米軍を駐留させる経費負担を大幅に増やすように要求しています。
 ただし、経済的ベネフィットを提供するかわりに、日米同盟を維持してもらったところで、その程度のメリットのために、日本のために、アメリカが巨大な軍事力と市場を有する中国との戦争を覚悟するということはあり得ません。
 アメリカにとって日米同盟の主目的はあくまでも自国の安全保障なのであって、日本から得られる経済的利益は副次的な効果に過ぎません。日米同盟に軍事戦略上の意義がなくなれば、日本がいくら経済的利益を差し出したところで、アメリカは日本の安全を保障することはないのです。そもそも、たかだか経済的利益のために、自国の兵隊に「日本のために命を賭けて戦え」などと言えるはずがありません。
――たしかに、そうですね。

https://diamond.jp/articles/-/231351?page=3

「コロナ禍」でさらに緊張が高まる、 日本を取り巻く国際政治の“残酷な真実”

米中両国の「属国」になる可能性もある

中野 むしろ、尖閣諸島の領有権問題などをめぐって中国との軍事衝突の可能性を抱えている日本との同盟関係は、アメリカにとって、自国の戦略的な利益と無関係な無人島をめぐる紛争に巻き込まれる危険性をはらむものだと認識すべきです。ロシアのクリミア侵攻のときに、アメリカが軍事的な対抗を早々に放棄したことを想起しなければなりません。
 実際、アメリカ国家情報会議で分析業務を担当していたマシュー・バロウズも、「もし中国と衝突しても、アメリカが自動的に日本の味方をしてくれると、日本の指導者たちは誤解しているようだが、現実にはアメリカは自国の利益と中国の利益の間に折り合いをつけ、紛争は回避する可能性が高い」と述べています。
――厳しいですね……。
中野 もっと言えば、もしアメリカが中国を東アジア秩序の基軸と認めるとすると、中国に対抗しようとする日本は東アジアを不安定化させるおそれがあり、アメリカにとって好ましからざる国家ということになります。アメリカは、1992年の国防プラン・ガイドにおいて、日本を地域不安定化の撹乱要因として名指ししていたのですから、十分ありうることです。
 そうだとすると、アメリカは中国を地域覇権国家とする東アジア秩序を容認したうえで、日本に対しては、中国中心の東アジア秩序に従属することを求めることになるというシナリオもあり得ることになります。それは、日本が事実上、米中両国の「属国」としての地位に置かれることに等しいわけです。このような、日本にとって悪夢のようなシナリオも、決して非現実的ではないんです。
――そのような事態を防ぐには、日本は自主防衛について真剣に考える必要があるということですか?
中野 当然のことではないでしょうか?
 アメリカのグローバル覇権が後退すれば、東アジアにおいて中国の台頭を抑止することが困難になり、日米同盟を前提とした日本の安全保障戦略は根本から崩れることになるのは、自明のことだったはずです。にもかかわらず、アメリカの覇権国家としての寿命を縮めるイラク戦争を日本が支持していたというのは、皮肉と言う気になれないほど、愚かなことでした。
 しかも、2000年代に、中国が軍事費を年率二桁台のペースで増大させていたにもかかわらず、日本は財政再建を優先するために防衛費を削減しました。2003年以降の10年間で中国が軍事費を3.89倍にしたのに対して、日本の防衛費は0.95%と逆に減らしていたんです。
 その結果、日中の軍事力の格差は、飛躍的に拡大することになりました。戦争を避けるためには、このような勢力不均衡をつくってはならなかった。遅くとも、2000年代後半には、この現実に気づいて対応をするべきだったんです。
――ここで、財政の問題がかかわってくるんですね?

「コロナ禍」でさらに緊張が高まる、 日本を取り巻く国際政治の“残酷な真実”

「財政健全化」が戦争を招く!?

中野 そうです。これは歴史上、先例があるんです。第二次大戦前の、イギリス、フランスとドイツの関係です。
 第一次大戦後のフランスは、金本位制の下でフランの価値を維持するために均衡財政を志向していたため、1930年から33年にかけて軍事費を25%も削減し、1930年の軍事費の水準は1937年まで回復しませんでした。これに対して、1933年から38年までの間、ナチス・ドイツは軍事費を470%も増やしたんです。
 イギリスも同様です。当時のイギリスの政府内では大蔵省の影響力が支配的で、外務省がヨーロッパにおける政治的危機に対する積極的な関与を主張しましたが、大蔵省はこれに反対して宥和政策を唱えて、外務省を抑えました。しかも、大蔵省は、財政上の理由から、1939年3月まで陸軍の拡張に反対し続けたのです。
 このように、健全財政論のイデオロギーがフランスやイギリスを縛っていたために、ヨーロッパの勢力均衡の崩壊とナチス・ドイツの台頭を招いて、それが第二次世界対戦の勃発へとつながっていったんです。
――それと同じ過ちを日本は犯していると?
中野 ええ。戦争は国家間の勢力均衡が崩れたときに起きることは、歴史が教えることです。国家のあり方は他国との関係性において規定されるのですから、一国平和主義は幻想と認めなければなりません。隣国が軍事力を飛躍的に強化したときには、それに応じた戦略をもってパワー・バランスを維持しなければ、平和を保つことはできないんです。
――平和のためにこそ、国防の議論を真剣にすべきだと?
中野 そうです。ところが、いまの日本では、財政担当は国防よりも目先の財政健全化を優先し、国防担当は「財政的に無理」と言われると反論できないのが実情です。そのために、日本は「世界の現実」にまともに向き合うことができないでいます。非常に危険な状態にあると言わざるを得ないでしょう。
――そうなんですか……。
中野 それに、国際環境の不確実性がはなはだしく増大しているということは、エネルギー安全保障や食糧安全保障などのリスクも増大しているということです。第二次大戦後の日本は、エネルギー供給や食糧供給の大半を海外に依存しながら、経済的な繁栄を享受してきましたが、このような異例の国家運営が可能であったのも、アメリカという覇権に支えられた世界秩序があったからです。しかし、アメリカのグローバル覇権という前提が壊れた以上、かつての国家運営に安住することはできません。
 たとえば、日本の食糧自給率はきわめて低く、穀物の大半をアメリカからの輸入に頼っているのが現実です。現在までのところ、深刻な事態には至っていませんが、もし、物理的な供給が制限されるようなことになれば、食糧危機に陥ることになります。
 しかも、気候変動、水不足、人口増により、世界的な食糧不足が危険視される状況にあります。実際、アース・ポリシー研究所所長のレスター・ブラウンも「食糧を巡る新たな地政学」という論文で、食糧を巡る世界的な争奪戦が激化すると警鐘を鳴らしています。そして、食糧供給を巡る競争の激化で、第二次世界大戦後の国際協調の時代から、食糧ナショナリズムの時代へと移行したと述べているのです。
 さらに、現在のコロナ禍によって、世界中の国々が「自国中心主義」にならざるを得ない状況に陥っています。国連やWTOが、コロナ危機により食料の供給が寸断されるリスクを懸念しています(https://www.jiji.com/jc/article?k=20200403039911a&g=afp)。安全保障の観点からも、非常に危険な状況に陥りつつあると認識すべきでしょう。
――恐ろしい話ですね……。
中野 そのような時代に、日本が食糧安全保障を維持するためには、長期的な視点にたった国家政策が決定的に重要です。
 たとえば、イギリスは、第二次世界大戦後に食糧不足に陥り、アメリカからの援助を受けていました。1960年当時も、イギリスの穀物自給率(重量ベース)は52%にとどまっていたんです。
 しかしイギリスは、アメリカ依存からの脱却をめざして、1980年代に、100%を超える穀物自給率を達成しました。その間、実に20年のときが経っているのです。つまり、今から10〜20年の間に、私たちがどのように行動するかによって、将来の日本の安全保障はかかっているのです。
(次回に続く)
中野剛志(なかの・たけし)
1971年神奈川県生まれ。評論家。元・京都大学大学院工学研究科准教授。専門は政治経済思想。1996年、東京大学教養学部(国際関係論)卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。2000年よりエディンバラ大学大学院に留学し、政治思想を専攻。2001年に同大学院より優等修士号、2005年に博士号を取得。2003年、論文“Theorising Economic Nationalism”(Nations and Nationalism)でNations and Nationalism Prizeを受賞。主な著書に山本七平賞奨励賞を受賞した『日本思想史新論』(ちくま新書)、『TPP亡国論』『世界を戦争に導くグローバリズム』(集英社新書)、『富国と強兵』(東洋経済新報社)、『国力論』(以文社)、『国力とは何か』(講談社現代新書)、『保守とは何だろうか』(NHK出版新書)、『官僚の反逆』(幻冬社新書)、『目からウロコが落ちる奇跡の経済教室【基礎知識編】』『全国民が読んだら歴史が変わる奇跡の経済教室【戦略編】』(KKベストセラーズ)など。『MMT 現代貨幣理論入門』(東洋経済新報社)に序文を寄せた。