木曜日, 5月 09, 2013

老子 第1、25章他:メモ

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100分de名著 老子 第1回 “道”に従って生きよ <新><全4回>
http://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2013048869SC000/?capid=nte001

「物有り混成し
  天地に先立ちて生ず 25章」

何かが混沌として運動しながら
天地よりも先に誕生した
天地のはじまりのとき物体の形も無い
このような状態を無と呼ぼう
無から天地が生まれ
天地から万物が生まれた
これを有と呼ぼう
無から有が生まれたのは道のはたらきによるものである
つまり無と有は道によって存在する
道それは万物創世の母であり
無限のエネルギーを持つものである



老子『道徳経』第二十五章  (別ブログ

有物混成、先天地生。寂兮寥兮、獨立而不改、周行而不殆。可以爲天下母。吾不知其名、字之曰道。
強爲之名曰大。大曰逝、逝曰遠、遠曰反。 故道大、天大、地大、王亦大。域中有四大。而王居其一焉。
人法地、地法天、天法道、道法自然。

物有り混成し、天地に先んじて生ず。寂(せき)たり、寞(ばく)たり、独立して改(かわ)らず、周行して殆(とど)まらず、以って天下の母と成すべし。吾れ其の名を知らず。これに字(あざな)して道という。
強いてこれが名を成して大と曰う。大なれば曰(ここ)に逝く。逝けばここに遠く、遠ければ曰に反(かえ)る。 故に道は大、天も大、王も亦(ま)た大なり。域中に四大あり。而して王は其の一に居る。
人は地に法(のっと)り、地は天に法り、天は道に法り、道は自然の法る

形はないが、混沌としたものがあり、天と地より先に存在していた。 音もなく、空漠。 あらゆるところに充ち、疲れることがない。 それは天下の母だといわれる。 その名は知られておらず、「道」と呼ぶだけである。
もし私が名をつけようとするなら、それを「大」と呼ぼう。 「大」は無制限に広がっていくことである。 無制限に広がるとは遠ざかることであり、 遠ざかるとは「近くに」返ってくることである。 このように「道」が大であるように、天も大、地も大、人もまた大である。 世界には四つの大があり、人はその一つの位置を占める。
 人は地に従い、地は天に従い、天は「道」に従い、「道」は「自然」に従う。

25. Beneath Abstraction
There is a mystery, Beneath abstraction, Silent, depthless, Alone, unchanging, Ubiquitous and liquid, The mother of nature. It has no name, but I call it "the Way";
It has no limit, but I call it "limitless".
Being limitless, it flows away forever; Flowing away forever, it returns to my self:
The Way is limitless, So nature is limitless, So the world is limitless, And so I am limitless.
For I am abstracted from the world, The world from nature, Nature from the Way, And the Way from what is beneath abstraction.

http://thetaobums.com/topic/27039-scholastic-study-did-lao-tze-create-tao-in-chapter-25/
Chapter 25
1. 有物混成
2. 先天地生
3. 寂兮寥兮
4. 獨立而不改
5. 周行而不殆
6. 可以為天地母
7. 吾不知其名
8. 強字之曰道
9. 強為之名曰大
10. 大曰逝
11. 逝曰遠
12. 遠曰反
13. 故道大
14. 天大
15. 地大
16. 人亦大
17. 域中有四大
18. 而人居其一焉
19. 人法地
20. 地法天
21. 天法道
22. 道法自然

Chapter 25
1. There was a thing formed by chaos;
2. Before the sky and earth were born;
3. Soundless and formless;
4. Independent but unchangeable;
5. Moving but never exhaust;
6. It may be the mother of the heaven and earth.
7. I don't know its name.
8. I'm reluctantly calling it "Tao".

9. I'm even more reluctant to have a name "Big" for it.
10.Big but dynamic;
11.Dynamic but far;
12.Far but reciprocating.
13.Therefore, Tao is great.
14.Sky is great.
15.Earth is great.
16.Human is great.
17.In space, there are four great's;
18.Thus human is one of them here.
19.Human follows Earth.
20.Earth follows Heaven .
21.Heaven follows Tao.
22.Tao follows its own nature.





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老 子 

老子の亡命の途上で道徳経が成立する言いつたえ
                       ブレヒト

         1
      七十のよわいを重ね、からだにはおとろえが来た
      師は、しかも、隠棲を迫られていた
      なぜなら、国ではまたもや善意が衰弱を
      そして悪意が蔓延を見せていた。
      で、師は結んだ、わらじのひもを。


         2
      荷ごしらえした、要るものを。ことのほか
      僅かだ。とはいってもあれこれとあった、
      たとえば、晩にはいつも咥えるキセルとか
      くりかえして読む小さい本とか。
      それから餅を、師は目分量ではかった。


         3
      住みなれた谷にもういちど眼をよろこばせ、さて忘れて
      山あいへの道をわけいった。
      みちみち、牡牛は新鮮な草を喰みつづけて
      たのしく歩を運んでいた。
      牛歩にもあせらぬ老師を乗せて。


         4
      しかし四日め、道はまた岩のあいだ──
      と、税関史がひとり、柵を構えて道をふさいだ。
      (課税対象になるものは?」──「何もない」
      牛をひく童子がつけ加えた、「このひとは先生だ」
      なるほど、じゃあカネメのものは持ってない。


         5
      が、男はふいに明るく
      たたみかけた、「では何を教える?」
      童子はいった、「水は柔軟で、つねに流れる、
      流れて、強大な岩に時とともにうちかってゆく。
      つまり、動かぬものがついに敗れる」


         6
      童子は牛を駆りたてた、
      いつか日はしだい暮れ
      ひとと牛は黒松の幹をまわって消えかけた、
      と、とつぜんぼくらの税関史は、生気にあふれ
      叫んだ、「おおい、待ってくれ!


         7
      じいさん、あの水のたとえは何かね、いってえ?」
      老人は牛をとどめた、「それに興味あるのか?」
      男はいった、「あっしゃあ、しがねえ
      税関史だ、でも何が何に勝つってのはおもしれえ。
      わかってるならしゃべってくれ!どうか


         8
      書いてってくれ、その子に口授するって手もある!
      出し惜しみして、あの世へ持ってっちゃいけない。
      わしらのとこに紙はある、墨もある
      晩メシだってある、それにあっしの家は近い。
      さあ、どうだい?」


         9
      老人は肩ごしにふりかえり
      男を見た。男の足は素足、服にはつぎがあたり
      ひたいにはひとすじの深い皺があった。
      ああ、ここで師に近づくのは、勝者ではなかった。
      師はつぶやいた。「おまえもやはり?」


         10
      ていちょうな願いをしりぞけるのに
      師は、どうやら、としをとりすぎていた。
      ききたまえ、師のはっきりしたことば、「答えは問う者に
      あたえられて当然だ」すると童子が、「それにもう冷えてきました」
      「よかろう、ちょっと泊まろう、ここに」


         11
      で、賢者は牡牛の背からおり
      七日のあいだ、童子を手助けとして書いた。
      税関史が食事をはこんだ(そんなおりおり
      きつくはなく、密輸業者らのことをこぼした
      そして、道徳経は成立した。


         12
      ある朝、童子の手から税関史は
      あの八十一章を受ける。
      ささやかな餞別に礼をのべ、ひとと牛は
      岩のかなたへ、松の幹をまわって消える。
      いってくれきみたち、誰が、この師にまさる礼をつくせる?


         13
      しかし、ぼくらが讃えるのは賢者だけではない、
      かれの名が書物の上にかがやいた機縁を思おう!
      まず賢者の智慧をもぎとるひとがいなくては、賢者の智慧もない。
      だから、あの税関史にも感謝しよう、
      かれがのぞまなかったら、すでに師の智慧はない。


 以上がベルトルム・ブレヒトの詩「老子の亡命の途上で道徳経が成立する 言いつたえ」(ブレヒトp131ベンヤミン著作集9よりの引用、ブレヒト全 集には載っていない。)であるが、ハンナ・アレントは此詩について以下のような解説をしている。

 『今世紀に書かれた詩のなかでも最も静穏で──奇妙な言い方だが──最も心の慰 められるものの一つである。ブレヒトの詩が多くそうであるようにこれも教育を目的 としているが、この場合は非暴力と智慧についてである。

 「柔らかい水も動いていれば、いつかは固い石に勝つ。わかるか。固いものが 負けるのだ」

  まさしくそうであった。この詩は戦争の初期にフランス政府がドイツからの亡命者を 強制収容所に入れる決定をしたときはまだ刊行されていなかった。しかし1939年春、 ヴァルター・ベンヤミンがデンマークにいたブレヒトを訪問してそれを持ち返ると、 ちょうど良い便りについてのうわさのように、こうした知恵が最も必要とされている ところで──慰めと忍耐と持久力の源泉として──急速に口から口へと伝えられた。』 (暗い時代の人々p295)  

 非暴力としての知恵に水の力をとらえたアレントではあるが、ベンヤミンは次のように 解説している。

 『この詩は、友情が詩人の表象世界のなかで演じている特別の役割を、明らかにする 手がかりとなるであろう。ブレヒトは友情に高い位置をあたえている。
 …
 さらにこの詩は、約束および理論とならんで、モラルをも含んでいる──つまり 動かぬものを打ち破ろうとしている人間は、友情を実現する機会をやりすごしては ならないのだ。』(ブレヒトp136-140ベンヤミン著作集9)



第四十章

反者道之動。弱者道之用。天下萬物生於有、有生於無。

反(はん)は道の動なり。弱(じゃく)は道の用なり。天下万物は有より生じ、有は無より生(しょう)ず。

あともどりするのが「道」の動きかたである。 たわみやすいのが「道」のはたらきである。 天下のあらゆるものは有から生まれる。 有は無から生まれる。

40. Motion and Use
The motion of the Way is to return; The use of the Way is to accept; All things come from the Way, And the Way comes from nothing.

第四十二章
道生一、一生二、二生三、三生萬物。 萬物負陰而抱陽、冲氣以爲和。 人之所惡、唯孤寡不殼。而王公以爲稱。故物或損之而益、或益之而損。 人之所教、我亦教之。強梁者不得其死。吾將以爲教父。

道は一を生じ、一は二を生じ、三は万物を生じる。万物は陰を負いて陽を抱き、沖気以って和を為す。 人の悪(にく)む所は、唯(た)だ孤(こ)、寡(か)、不穀(ふこく)なるも、而も王公は以って称と為す。故に物は或いはこれを損して益し、あるいはこれを益して損ず。
人の教うる所、我れも亦たこれを教えん。強梁者は其の死を得ず。吾れ将(まさ)に以って教えの父と為さんとす。

「道」から「一」が生み出される。 「一」から二つのものが生まれ、二つから三つのものが生まれ、 三つから万物が生み出される。 これらすべては肯定と否定の統一によって調和し、 あらゆるものによって包まれる。 長所もなく、価値もなく、孤立したものを誰れも好まない。 ところが、統治者はそれらのことばを自称して使っている。 このように、ものは価値を減らすことによって、かえって価値をふやし、 価値をふやすことによって、かえって価値を減らすのである。 昔の日とはこれを教えている。 「凶暴な人は凶暴さによって自分野人生を終える。」 これが基本的な標語である。

42. Mind
The Way bears sensation, Sensation bears memory, Sensation and memory bear abstraction, And abstraction bears all the world; Each thing in the world bears feeling and doing, And, imbued with mind, harmony with the Way.
As others have taught, so do I teach, "Who loses harmony opposes nature"; This is the root of my teaching.


http://www.fullbooks.com/Tao-Teh-King-by-Lao-Tze.html
42. 1. The Tao produced One; One produced Two; Two produced Three;
Three produced All things. All things leave behind them the Obscurity
(out of which they have come), and go forward to embrace the
Brightness (into which they have emerged), while they are harmonised
by the Breath of Vacancy.
2. What men dislike is to be orphans, to have little virtue, to be as
carriages without naves; and yet these are the designations which
kings and princes use for themselves. So it is that some things are
increased by being diminished, and others are diminished by being
increased.

3. What other men (thus) teach, I also teach. The violent and strong
do not die their natural death. I will make this the basis of my
teaching.

第四十二章注:

<「二」は天地を指す‥
「三」は天地に陰陽の気を加えて言ったもの‥>

(蜂屋邦夫2008岩波文庫204頁より)



第一章

道可道非常道。名可名非常名。
無名天地之始。有名萬物之母。
故常無欲以觀其妙。常有欲以觀其徼。 此兩者。同出而異名。同謂之玄。玄之又玄。
衆妙之門。

道の道とすべきは常の道に非ず。名の名とすべくは常の名に非ず。

名無きは天地の始め、名有るは万有の母。故に常無を以ってその妙を見んと欲し、常有を以ってその徼(きょう)を観んと欲す。此の両者は、同じきに出でて而も名を異にす。
同じきこれを玄と謂い、玄のまた玄は衆妙の門なり。

語りうる「道」は「道」そのものではない、名づけうる名は名そのものではない。名づけえないものが天地の始まりであり、名づけうるものは万物の母である。
だから、意図をもたない者が「道」に驚き、意図ある者はそのあらわれた結果しか見れない。
この二つは同じものである。
これらがあらわれて以来、名を異にする。
この同じものは神秘と呼ばれ、神秘から神秘へとあらゆる驚きの入口となる。

1. The Way
The Way that can be experienced is not true; The world that can be constructed is not true.
The Way manifests all that happens and may happen; The world represents all that exists and may exist.To experience without intention is to sense the world; To experience with intention is to anticipate the world. These two experiences are indistinguishable; Their construction differs but their effect is the same.
Beyond the gate of experience flows the Way, Which is ever greater and more subtle than the world.




〜〜〜〜〜〜〜


/道/逆説///逆説人//
22. Home

曲則全。枉則直、窪則盈。敝則新。少則得、多則惑。是以聖人、抱一爲天下式。 不自見故明、不自是故彰。不自伐故有功、不自矜故長。 夫惟不争、故天下莫能與之争。古之所謂曲則全者、豈虚言哉。誠全而歸之。

曲がっているものは完全に残る。
まっすぐであるために、身をかがめよ。
いっぱいになるために、くぼみがあるべきだ。
使いつくすことが、若返ることになる。
欲しい人はもっと得られるだろうし、たくさんもっている人は奪われるだろう。
だから、賢人は「一」をしっかりつかみ、天下の模範となる。
自分を見せびらかさないから、おのずからはっきりと見られ、
自分を主張しないから、きわだって見える。
信用を求めないから、信用をうけ、
うぬぼれないから、最高のものとなる。
争うことをしないから、天下の人で争えるものはいない。
「曲がっているものは完全に残る」という昔の言葉は真実で、
実際、人は完全でいることができるのである。
言葉によってでなく、ひとりでに起こってくるのである。




//徳//感覚学問//学//
20. Wandering

絶学無憂。唯之與阿、相去幾何。善之與惡、相去何若。人之所畏、不可不畏。荒兮其未央哉。 衆人熈熈、如享太牢。如春登臺。我獨泊兮其未兆、如嬰兒之未孩。儡儡兮若無所歸。衆人皆有餘、而我獨若遺。我愚人之心也哉、沌沌兮。 俗人昭昭、我獨昏昏。俗人察察、我獨悶々。澹兮其若海、兮若無止。衆人皆有以、而我獨頑似鄙。我獨異於人、而貴食母。

学ぶことをやめれば、憂いがなくなる。
敬意を表して「はい」というのと、非礼な「ああ」ということにどれほどの違いがあろう。
善と悪にどれほど違いがあろうか。
他人が恐れるところで、私もまた恐れなければならないだろうか。
これは何とばかげたことか。
人々は生けにえの祝宴を楽しみ、花咲く春の日に高台に登って楽しんでいるかのようだ。
私はただ一人、身じろぎもせず、何と静寂にしていることか。
ちょうどまだ笑ったことのない赤子のように。
戻るべき家ももたず、目的もなく私はさまよう。
人々は多くの野心と欲望をもっている。
私一人だけがこれらすべてを置き去りにしてきてようだ。
私はなんとなまくらだ。私の心はまったく愚かものの心だ。
人々は光り輝いているのに、私一人が暗く鈍い。
人々は賢く好奇心が強いのに、私一人がはっきりしなくて鈍い。
私は穏やかな海のように何と静かなことか。
私はなにものにも縛られず流されるようだ。
人々はすべて目的をもっている。
私一人が異様で、善くないもののようだ。
私には他人と違っているところがある。
私は「母」によって養われている。




http://nam-students.blogspot.jp/2013/05/blog-post_4105.html#note51
/道//発生論/原理(一、生)///
51. Nurture

道生之、徳畜之、 物形之、器成之。 是以萬物、莫不尊道而貴徳。 道之尊、徳之貴、夫莫之命、而常自然。
故道生之、徳畜之。長之育之、亭之毒之、養之覆之。生而不、爲而不恃、長而不宰、是謂玄徳。

「道」はすべてのものを生み出し、「徳」がそれらを養う。
ものはそれぞれの性質によって形づくられ、関係ある状態がそれらを満たす。
だから、あらゆるものはすべて「道」を敬い、「徳」を尊ぶ。
「道」が敬われ、「徳」が自然に尊ばれるのは、
誰かが命令するのではなく、自然にそうなるからである。
このように、「道」はすべてを生み出し、「徳」はそれらを養う。
それらを生み出し、育て、形を与え、特性を与え、かばい、守る。
それらを生み出しても、所有することはない。
はたらかせても、報いを期待せず、成熟しても、管理することをしない。
これは見えない「徳」と呼ばれる。


第八章
上善若水。水善利萬物、而不争。處衆人之所悪。故幾於道。
居善地、心善淵、與善仁、言善信、正善治、事善能、動善時。
夫唯不争、故無尤。

上善(じょうぜん)は水の若(ごと)し。水は善(よ)く万物を利して而(しか)も争わず。衆人の悪(にく)む所に処(お)る。故に道に幾(ちか)し。
居(きょ)には地を善しとし、心には淵(えん)なるを善しとし、与(まじわり)には仁を善しとし、言には信を善しとし、正には治を善しとし、事には能を善しとし、動には時を善しとす。
夫(そ)れ唯だ争わず、故に尤(とが)め無し。

最上の善とは水のようなものである
水はあらゆるものに利益を与え、争わない。
それは人の嫌う地味な場所でいつも満足している。
このように、水は「道」に近いものである。
我々は住むために、地味な場所を好む。
いろいろな考えのためには、奥深さを好む。
友だちとの交わりには、心やさしさを好む。
言葉には、誠実さを好む。
政治には、良き秩序を好む。
出来事においては、能力を好む。
行動においては、正しい時を好む。
このように、我々は争わないから、まちがうことはない。


8. Water
The best of man is like water, Which benefits all things, and does not contend with them, Which flows in places that others disdain, Where it is in harmony with the Way.
So the sage:
Lives within nature, Thinks within the deep, Gives within impartiality, Speaks within trust, Governs within order, Crafts within ability, Acts within opportunity.
He does not contend, and none contend against him.

http://nam-students.blogspot.jp/2013/05/blog-post_4105.html#note61
///政治///具体像///理想(國)//
61. Submission

大國者下流。天下之交、天下之牝。牝常以靜勝牡、以靜爲下。 故大國以下小國、則取小國。小國以下大國、則取大國。故或下以取、或下而取。大國不過欲兼畜人、小國不過欲入事人。夫兩者、各得其所欲、大者宜爲下。
大きな国はつつましく、貯水池のようである。
そこには、すべての流れが交わる。
それは天の受動性である。
受動性は静けさによっていつも能動性にまさる。
静けさは能動性よりも下位にある。
大きな国が小さな国よりも下位にあると、小さな国にまさり、
小さな国が大きな国よりも下位にあると、大きな国にまさる。
このように、つつましくなりながら、一方は他方にまさる。
あるいは、本来、低い地位にありながら、一方は他方にまさる。
大きな国はただ人々を導き、彼らを育てることを望む。
小さな国はただ他に従属し、たがいに仕事をすることを望む。
これらの国々がお互いに望みを叶えようとするならば、まず力のある大国の側がへりくだるべきである。



http://nam-students.blogspot.jp/2013/05/blog-post_4105.html#note80
///政治///具体像///理想(國)///
80. Utopia

小國寡民、使有什伯之器而不用。使民重死而不遠徙。雖有舟轝、無所乗之、雖有甲兵、無所陳之。使民復結繩而用之、甘其食、美其服、安其居、樂其俗。鄰國相望、雞犬之聲相聞、民至老死不相往來。

小さくて人口の少ない国がある。
数多くの道具があったとしても、誰れもそれを使わない。
人々は生命を大事にし、誰れも遠くに移住することを望まない。
船や車は役に立つが、誰れもそれらに乗らない。
すばらしい武器を所有していても、誰れもそれを使わない。
人々にもう一度、縄を結んで約束のしるしとしたような時代に戻らせ、
すばらしいごちそうで楽しませ、立派な服装を着させる。
自分の住居でおちつかせ、習慣を楽しませる。
隣の国はすぐ見えるところにあり、鶏の鳴き声や犬の吠えるのがきこえるけれど、
人々は互いに往き来することもなく、その人生を送るのである。


27 Comments:

Blogger yoji said...

沖(おき)
https://www2.chuo-u.ac.jp/philosophy/kishida/kango2-3.html‎
漢字の沖の意味は全く異なる。『大漢和辞典』には、①湧く、②虚しい、③中、④深い、⑤和らぐ、⑥調う、⑦至る、⑧升る、⑨いとけない、⑩わりこむ、⑪深く広いさま、などとある。もちろん、どれにも古典の使用例がある。 『老子』四十二章に「沖気以為和(沖気以て ...
omake10.html - Ne
www.ne.jp/asahi/kaze/kaze/omake10.html‎
道、一を生じ、一は二(陰陽)を生じ、二は三(陰陽と沖気)を生じ、三は万物を生ず。万物は陰を負い、陽 ... 沖気は万物を調和させる「気」ですが、これは人間の内部に第二意識という形で投影されているのではないかというのが私の考えです。 第一意識は個人的 ...
非論理的なもの - 思考の部屋 - Goo ブログ
blog.goo.ne.jp/sinanodaimon/e/a7fdc497b91785338a34395d4739a8b8‎
2010/03/01 – 道」が一を生み出し、一が二つのものを生み出し、二つのものが三つのものを生み出し、三つのものが万物を生み出す。万物は陰の気を背負って陽の気を胸に抱き、この二つのものを媒介する沖気(ちゅうき)によって調和をなしとげている。
老子 第四十二章 強梁なる者はその死を得ず|ちょんまげ英語日誌
blog.mage8.com/roushi-42‎
2010/03/17 – 万物は陰を負いて陽を抱き、沖気(ちゅうき)以(も)って和を為す。人の悪(にく)む所は、唯(た)だ孤(こ)・寡( ... 万物は陰の気を背負い、陽の気を胸に抱いて、これらを媒介する沖気によって調和している。人々は「孤(みなしご)」「寡(ひとりもの)」「不 ...

10:04 午後  
Blogger yoji said...

第四十二章注

「二」は天地を指す‥
「三」は天地に陰陽の気を加えて言ったもの‥

岩波文庫204頁
蜂屋邦夫2008


4:57 午前  
Blogger yoji said...

第2回 水のように生きる
【放送時間】
2013年5月15日(水)午後11:00~11:25/Eテレ(教育)
【再放送】
2013年5月22日(水)午前5:30~5:55/Eテレ(教育)
2013年5月22日(水)午後0:25~0:50/Eテレ(教育)
※放送時間は変更される場合があります
【ゲスト講師】
蜂屋邦夫(東京大学名誉教授)
老子は、固いものよりも、柔らかいものの方が強いとした。そして流れる水のように、柔軟に生きることをすすめた。また老子は、暴力的な力によらずに目的を果たすことが大切だと説いた。この思想はロシアの文豪・トルストイに大きな影響を与え、後にガンジーの無抵抗主義へと結びつく。第2回では、力に頼ることの愚かさと、弱者が強者に勝つ方法を学ぶ。

37,48,20,10,
8水,78水,
43柔,36,
22曲,

29,3,24,22,68,30,31

7:32 午前  
Blogger yoji said...

http://nam-students.blogspot.jp/2013/05/blog-post_4105.html#note61



///政治///具体像///理想(國)//
61. Submission

大國者下流。天下之交、天下之牝。牝常以靜勝牡、以靜爲下。 故大國以下小國、則取小國。小國以下大國、則取大國。故或下以取、或下而取。大國不過欲兼畜人、小國不過欲入事人。夫兩者、各得其所欲、大者宜爲下。

大きな国はつつましく、貯水池のようである。
そこには、すべての流れが交わる。
それは天の受動性である。
受動性は静けさによっていつも能動性にまさる。
静けさは能動性よりも下位にある。
大きな国が小さな国よりも下位にあると、小さな国にまさり、
小さな国が大きな国よりも下位にあると、大きな国にまさる。
このように、つつましくなりながら、一方は他方にまさる。
あるいは、本来、低い地位にありながら、一方は他方にまさる。
大きな国はただ人々を導き、彼らを育てることを望む。
小さな国はただ他に従属し、たがいに仕事をすることを望む。

7:22 午前  
Blogger yoji said...


http://nam-students.blogspot.jp/2013/05/blog-post_4105.html#note58


///政治//態度///統治(聖人)///
58. No End

其政悶悶、其民淳淳。其政察察、其民缺缺。
禍兮?之所倚、?兮禍之所伏。 孰知其極。其無正邪。正復爲奇、善復爲妖。人之迷、其日固久。
是以聖人、方而不割。廉而不■。直而不肆、光而不耀。

国が簡素で寛大に治められるとき、人々は誠実で正直である。
国が無上に猛烈な取り調べによって治められるとき、
人々は誤りやすく、不正直になる。
不運なときに、幸運があらわれ、幸運なときに、不運がひそんでいる。
誰れが最後の正しさを決定することができるのか。
あるいは、最後の正しさというのはいったいあるのだろうか。
正しさがうそに変わると、善は邪悪に変わる。
これは長らく人々を困惑させてきた。
賢者はものを扱うとき、自分の考えをしっかりともっているが、
しかし、鋭くはない。
彼は純粋であるが、害を及ぼすことはない。
彼はまっすぐであるが、激することはない。
彼には光があるが、きらびやかではない。

7:23 午前  
Blogger yoji said...


http://nam-students.blogspot.jp/2013/05/blog-post_4105.html#note80

///政治///具体像///理想(國)///
80. Utopia

小國寡民、使有什伯之器而不用。使民重死而不遠徙。雖有舟轝、無所乗之、雖有甲兵、無所陳之。使民復結繩而用之、甘其食、美其服、安其居、樂其俗。鄰國相望、雞犬之聲相聞、民至老死不相往來。


小さくて人口の少ない国がある。
数多くの道具があったとしても、誰れもそれを使わない。
人々は生命を大事にし、誰れも遠くに移住することを望まない。
船や車は役に立つが、誰れもそれらに乗らない。
すばらしい武器を所有していても、誰れもそれを使わない。
人々にもう一度、縄を結んで約束のしるしとしたような時代に戻らせ、
すばらしいごちそうで楽しませ、立派な服装を着させる。
自分の住居でおちつかせ、習慣を楽しませる。
隣の国はすぐ見えるところにあり、鶏の鳴き声や犬の吠えるのがきこえるけれど、
人々は互いに往き来することもなく、その人生を送るのである。

7:23 午前  
Blogger yoji said...


http://nam-students.blogspot.jp/2013/05/blog-post_4105.html#note29


///政治//態度///統治?(聖人)//
29. Ambition

將欲取天下而爲之、吾見不得已。天下神器。不可爲也。爲者敗之、執者失之。故物或行或隨、或呴或吹。或強或羸、或載或隳。是以聖人、去甚、去奢、去泰。


天下を治めようとするものたちが、どうにもできないことを私は知っている。
天下は神聖な器で、どうにもしようがないものだ。
それを扱うと失敗し、それに固執すると失ってしまう。
ものの性質は変化し、一方が行えば他方がまねをする。
一方がゆるやかに息をすれば、他方は激しく息づく。
一方は精力的であり、他方はおとなしい。
一方は背負い、他方は損なう。
だから、賢者は過度な行いを避け、わがままでなく、極端になることを避ける。



///政治//態度///統治(聖人)///
58. No End

其政悶悶、其民淳淳。其政察察、其民缺缺。
禍兮?之所倚、?兮禍之所伏。 孰知其極。其無正邪。正復爲奇、善復爲妖。人之迷、其日固久。
是以聖人、方而不割。廉而不■。直而不肆、光而不耀。

国が簡素で寛大に治められるとき、人々は誠実で正直である。
国が無上に猛烈な取り調べによって治められるとき、
人々は誤りやすく、不正直になる。
不運なときに、幸運があらわれ、幸運なときに、不運がひそんでいる。
誰れが最後の正しさを決定することができるのか。
あるいは、最後の正しさというのはいったいあるのだろうか。
正しさがうそに変わると、善は邪悪に変わる。
これは長らく人々を困惑させてきた。
賢者はものを扱うとき、自分の考えをしっかりともっているが、
しかし、鋭くはない。
彼は純粋であるが、害を及ぼすことはない。
彼はまっすぐであるが、激することはない。
彼には光があるが、きらびやかではない。

7:33 午前  
Blogger yoji said...


http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/22_roushi/
【放送時間】
2013年5月22日(水)午後11:00~11:25/Eテレ(教育)
【再放送】
2013年5月29日(水)午前5:30~5:55/Eテレ(教育)
2013年5月29日(水)午後0:25~0:50/Eテレ(教育)
※放送時間は変更される場合があります
【ゲスト講師】
蜂屋邦夫(東京大学名誉教授)
人間には自己顕示欲がある。自己顕示欲がぶつかりあうと、争いが起きる。そこで老子は、自己主張を控え、人々から敬愛を得るのが何より大事だとした。またその一方で、民衆のやる気や自主性を引き出すためには、何が必要なのかも説いている。第3回では、組織の中で生きる人間にとって、役に立つリーダー論を学び、人を生かす知恵を探っていく。

7:47 午前  
Blogger yoji said...

第4回 満ち足りた人生とは
【放送時間】
2013年5月29日(水)午後11:00~11:25/Eテレ(教育)
【再放送】
2013年6月5日(水)午前5:30~5:55/Eテレ(教育)
2013年6月5日(水)午後0:25~0:50/Eテレ(教育)
※放送時間は変更される場合があります
【ゲスト講師】
蜂屋邦夫(東京大学名誉教授)
【特別ゲスト】
ドリアン助川(詩人/作家/道化師)
柔軟な生き方を説いた老子は、過度の欲望を否定した。選択肢が多ければ多いほど、かえって悩みは増える。評価ばかりを気にして、自分と他人を比べることは、自分を苦しめてしまうことになる。人生における最大の不幸は、満足を知らないことなのだ。第4回では、老子のファンであり、老子の解説書も出しているドリアン助川さんを招き、満ち足りた人生とは何かについて語りあう。

7:47 午前  
Blogger yoji said...


http://nam-students.blogspot.jp/2013/05/blog-post_4105.html#notea12



/道/逆説///逆説人/
2. Abstraction     c

天下皆知美之爲美。斯惡已。皆知善之爲善。斯不善已。
故有無相生。難易相成。長短相較。高下相傾。音聲相和。前後相隨。
是以聖人。處無爲之事。行不言之教。
萬物作焉而不辭。生而不有。爲而不恃。功成而不居。
夫唯不居。是以不去。

美があまねく美として認められると、そこに醜さがでてくる。
善があまねく善として認められると、そこに不善がでてくる。
だから、有と無はたがいに生まれ、難と易はたがいに補いあい、長と短はたがいにそれぞれの位置をしめ、
高と低はたがいに矛盾し、声と音はたがいに調和しあい、前と後はたがいに順序をもつ。
だから、賢者は干渉しないでものごとを扱い、言葉のない教えをする。
万物は間断なく盛大である。
成長していっても、誰れもそれを所有しない。
仕事が成しとげられても、それに頼るものはいない。
達成されても、名声を求めるものはいない。
名声を求めないから、成功はつねにそこにある。

7:57 午前  
Blogger yoji said...


http://nam-students.blogspot.jp/2013/05/blog-post_4105.html#note51


/道//発生論/原理(一、生)///
51. Nurture

道生之、徳畜之、 物形之、器成之。 是以萬物、莫不尊道而貴徳。 道之尊、徳之貴、夫莫之命、而常自然。
故道生之、徳畜之。長之育之、亭之毒之、養之覆之。生而不、爲而不恃、長而不宰、是謂玄徳。

「道」はすべてのものを生み出し、「徳」がそれらを養う。
ものはそれぞれの性質によって形づくられ、関係ある状態がそれらを満たす。
だから、あらゆるものはすべて「道」を敬い、「徳」を尊ぶ。
「道」が敬われ、「徳」が自然に尊ばれるのは、
誰かが命令するのではなく、自然にそうなるからである。
このように、「道」はすべてを生み出し、「徳」はそれらを養う。
それらを生み出し、育て、形を与え、特性を与え、かばい、守る。
それらを生み出しても、所有することはない。
はたらかせても、報いを期待せず、成熟しても、管理することをしない。
これは見えない「徳」と呼ばれる。



/道//発生論//物理(冲、無)/
4. Limitless

道冲、而用之或不盈。淵兮似萬物之宗。
挫其鋭、解其紛、和其光、同其塵。
湛兮似或存。
吾不知誰之子、象帝之先。

「道」は無によってはたらき、満ちあふれたものではない。
それは深いところで、すべてのもとになるものである。
鋭さをにぶらせ、もつれを解きほぐし、光を和げ、地球を一つにしながら、それは残っている。
誰れが創ったかわからないが、神以前にそれがあったのは本当らしい。

8:05 午前  
Blogger yoji said...

http://nam-students.blogspot.jp/2013/05/blog-post_4105.html#note61



///政治///具体像///理想(國)//
61. Submission

大國者下流。天下之交、天下之牝。牝常以靜勝牡、以靜爲下。 故大國以下小國、則取小國。小國以下大國、則取大國。故或下以取、或下而取。大國不過欲兼畜人、小國不過欲入事人。夫兩者、各得其所欲、大者宜爲下。

大きな国はつつましく、貯水池のようである。
そこには、すべての流れが交わる。
それは天の受動性である。
受動性は静けさによっていつも能動性にまさる。
静けさは能動性よりも下位にある。
大きな国が小さな国よりも下位にあると、小さな国にまさり、
小さな国が大きな国よりも下位にあると、大きな国にまさる。
このように、つつましくなりながら、一方は他方にまさる。
あるいは、本来、低い地位にありながら、一方は他方にまさる。
大きな国はただ人々を導き、彼らを育てることを望む。
小さな国はただ他に従属し、たがいに仕事をすることを望む。


http://nam-students.blogspot.jp/2013/05/blog-post_4105.html#note51


/道//発生論/原理(一、生)///
51. Nurture

道生之、徳畜之、 物形之、器成之。 是以萬物、莫不尊道而貴徳。 道之尊、徳之貴、夫莫之命、而常自然。
故道生之、徳畜之。長之育之、亭之毒之、養之覆之。生而不、爲而不恃、長而不宰、是謂玄徳。

「道」はすべてのものを生み出し、「徳」がそれらを養う。
ものはそれぞれの性質によって形づくられ、関係ある状態がそれらを満たす。
だから、あらゆるものはすべて「道」を敬い、「徳」を尊ぶ。
「道」が敬われ、「徳」が自然に尊ばれるのは、
誰かが命令するのではなく、自然にそうなるからである。
このように、「道」はすべてを生み出し、「徳」はそれらを養う。
それらを生み出し、育て、形を与え、特性を与え、かばい、守る。
それらを生み出しても、所有することはない。
はたらかせても、報いを期待せず、成熟しても、管理することをしない。
これは見えない「徳」と呼ばれる。



/道//発生論//物理(冲、無)/
4. Limitless

道冲、而用之或不盈。淵兮似萬物之宗。
挫其鋭、解其紛、和其光、同其塵。
湛兮似或存。
吾不知誰之子、象帝之先。

「道」は無によってはたらき、満ちあふれたものではない。
それは深いところで、すべてのもとになるものである。
鋭さをにぶらせ、もつれを解きほぐし、光を和げ、地球を一つにしながら、それは残っている。
誰れが創ったかわからないが、神以前にそれがあったのは本当らしい。




http://nam-students.blogspot.jp/2013/05/blog-post_4105.html#note80

///政治///具体像///理想(國)///
80. Utopia

小國寡民、使有什伯之器而不用。使民重死而不遠徙。雖有舟轝、無所乗之、雖有甲兵、無所陳之。使民復結繩而用之、甘其食、美其服、安其居、樂其俗。鄰國相望、雞犬之聲相聞、民至老死不相往來。


小さくて人口の少ない国がある。
数多くの道具があったとしても、誰れもそれを使わない。
人々は生命を大事にし、誰れも遠くに移住することを望まない。
船や車は役に立つが、誰れもそれらに乗らない。
すばらしい武器を所有していても、誰れもそれを使わない。
人々にもう一度、縄を結んで約束のしるしとしたような時代に戻らせ、
すばらしいごちそうで楽しませ、立派な服装を着させる。
自分の住居でおちつかせ、習慣を楽しませる。
隣の国はすぐ見えるところにあり、鶏の鳴き声や犬の吠えるのがきこえるけれど、
人々は互いに往き来することもなく、その人生を送るのである。


8:14 午前  
Blogger yoji said...

http://nam-students.blogspot.jp/2013/05/blog-post_4105.html#note61



///政治///具体像///理想(國)//
61. Submission

大國者下流。天下之交、天下之牝。牝常以靜勝牡、以靜爲下。 故大國以下小國、則取小國。小國以下大國、則取大國。故或下以取、或下而取。大國不過欲兼畜人、小國不過欲入事人。夫兩者、各得其所欲、大者宜爲下。

大きな国はつつましく、貯水池のようである。
そこには、すべての流れが交わる。
それは天の受動性である。
受動性は静けさによっていつも能動性にまさる。
静けさは能動性よりも下位にある。
大きな国が小さな国よりも下位にあると、小さな国にまさり、
小さな国が大きな国よりも下位にあると、大きな国にまさる。
このように、つつましくなりながら、一方は他方にまさる。
あるいは、本来、低い地位にありながら、一方は他方にまさる。
大きな国はただ人々を導き、彼らを育てることを望む。
小さな国はただ他に従属し、たがいに仕事をすることを望む。


http://nam-students.blogspot.jp/2013/05/blog-post_4105.html#note51


/道//発生論/原理(一、生)///
51. Nurture

道生之、徳畜之、 物形之、器成之。 是以萬物、莫不尊道而貴徳。 道之尊、徳之貴、夫莫之命、而常自然。
故道生之、徳畜之。長之育之、亭之毒之、養之覆之。生而不、爲而不恃、長而不宰、是謂玄徳。

「道」はすべてのものを生み出し、「徳」がそれらを養う。
ものはそれぞれの性質によって形づくられ、関係ある状態がそれらを満たす。
だから、あらゆるものはすべて「道」を敬い、「徳」を尊ぶ。
「道」が敬われ、「徳」が自然に尊ばれるのは、
誰かが命令するのではなく、自然にそうなるからである。
このように、「道」はすべてを生み出し、「徳」はそれらを養う。
それらを生み出し、育て、形を与え、特性を与え、かばい、守る。
それらを生み出しても、所有することはない。
はたらかせても、報いを期待せず、成熟しても、管理することをしない。
これは見えない「徳」と呼ばれる。



http://nam-students.blogspot.jp/2013/05/blog-post_4105.html#note80

///政治///具体像///理想(國)///
80. Utopia

小國寡民、使有什伯之器而不用。使民重死而不遠徙。雖有舟轝、無所乗之、雖有甲兵、無所陳之。使民復結繩而用之、甘其食、美其服、安其居、樂其俗。鄰國相望、雞犬之聲相聞、民至老死不相往來。


小さくて人口の少ない国がある。
数多くの道具があったとしても、誰れもそれを使わない。
人々は生命を大事にし、誰れも遠くに移住することを望まない。
船や車は役に立つが、誰れもそれらに乗らない。
すばらしい武器を所有していても、誰れもそれを使わない。
人々にもう一度、縄を結んで約束のしるしとしたような時代に戻らせ、
すばらしいごちそうで楽しませ、立派な服装を着させる。
自分の住居でおちつかせ、習慣を楽しませる。
隣の国はすぐ見えるところにあり、鶏の鳴き声や犬の吠えるのがきこえるけれど、
人々は互いに往き来することもなく、その人生を送るのである。


8:15 午前  
Blogger yoji said...


http://nam-students.blogspot.jp/2013/05/blog-post_4105.html#note51

/道//発生論/原理(一、生)///
51. Nurture

道生之、徳畜之、 物形之、器成之。 是以萬物、莫不尊道而貴徳。 道之尊、徳之貴、夫莫之命、而常自然。
故道生之、徳畜之。長之育之、亭之毒之、養之覆之。生而不、爲而不恃、長而不宰、是謂玄徳。

「道」はすべてのものを生み出し、「徳」がそれらを養う。
ものはそれぞれの性質によって形づくられ、関係ある状態がそれらを満たす。
だから、あらゆるものはすべて「道」を敬い、「徳」を尊ぶ。
「道」が敬われ、「徳」が自然に尊ばれるのは、
誰かが命令するのではなく、自然にそうなるからである。
このように、「道」はすべてを生み出し、「徳」はそれらを養う。
それらを生み出し、育て、形を与え、特性を与え、かばい、守る。
それらを生み出しても、所有することはない。
はたらかせても、報いを期待せず、成熟しても、管理することをしない。
これは見えない「徳」と呼ばれる。


http://nam-students.blogspot.jp/2013/05/blog-post_4105.html#note61



///政治///具体像///理想(國)//
61. Submission

大國者下流。天下之交、天下之牝。牝常以靜勝牡、以靜爲下。 故大國以下小國、則取小國。小國以下大國、則取大國。故或下以取、或下而取。大國不過欲兼畜人、小國不過欲入事人。夫兩者、各得其所欲、大者宜爲下。

大きな国はつつましく、貯水池のようである。
そこには、すべての流れが交わる。
それは天の受動性である。
受動性は静けさによっていつも能動性にまさる。
静けさは能動性よりも下位にある。
大きな国が小さな国よりも下位にあると、小さな国にまさり、
小さな国が大きな国よりも下位にあると、大きな国にまさる。
このように、つつましくなりながら、一方は他方にまさる。
あるいは、本来、低い地位にありながら、一方は他方にまさる。
大きな国はただ人々を導き、彼らを育てることを望む。
小さな国はただ他に従属し、たがいに仕事をすることを望む。






http://nam-students.blogspot.jp/2013/05/blog-post_4105.html#note80

///政治///具体像///理想(國)///
80. Utopia

小國寡民、使有什伯之器而不用。使民重死而不遠徙。雖有舟轝、無所乗之、雖有甲兵、無所陳之。使民復結繩而用之、甘其食、美其服、安其居、樂其俗。鄰國相望、雞犬之聲相聞、民至老死不相往來。


小さくて人口の少ない国がある。
数多くの道具があったとしても、誰れもそれを使わない。
人々は生命を大事にし、誰れも遠くに移住することを望まない。
船や車は役に立つが、誰れもそれらに乗らない。
すばらしい武器を所有していても、誰れもそれを使わない。
人々にもう一度、縄を結んで約束のしるしとしたような時代に戻らせ、
すばらしいごちそうで楽しませ、立派な服装を着させる。
自分の住居でおちつかせ、習慣を楽しませる。
隣の国はすぐ見えるところにあり、鶏の鳴き声や犬の吠えるのがきこえるけれど、
人々は互いに往き来することもなく、その人生を送るのである。


8:17 午前  
Blogger yoji said...


///政治//態度//恐れ//
72. Revolution

民不畏威、則大威至矣。無狎其所居、無厭其所生。夫唯不厭、是以不厭。是以聖人、自知不自見、自愛不

人々が恐れをもたないとき、「根本的な恐怖」を経験する。
自分の住んでいる場所がせばめられないから、彼らは安心して生活している。
安心して生活しているから、彼らの生活は平和である。
それ故に、賢者は自分自身を知っているが、みずからを見せびらかさない。
自分自身を養うが、みずからを偉ぶらない。
小さな恐れを捨てるけれども、根本的な恐怖を経験する。

3:54 午後  
Blogger yoji said...


第七十二章
民不畏威、則大威至矣。無狎其所居、無厭其所生。夫唯不厭、是以不厭。是以聖人、自知不自見、自愛不自貴。故去彼取此。

民、威を畏(おそ)れざれば、すなわち大威(たいい)至らん。その居るところに狎(な)るることなかれ、その生ずるところを厭(ふさ)ぐことなかれ。それただ厭がず、ここをもって厭がれず。ここをもって聖人は、自らを知りて自らを見(しめ)さず、自らを愛して自らを貴(たっと)ばず。故にかれを去りてこれを取(と)る。

人々が恐れをもたないとき、「根本的な恐怖」を経験する。 自分の住んでいる場所がせばめられないから、彼らは安心して生活している。 安心して生活しているから、彼らの生活は平和である。 それ故に、賢者は自分自身を知っているが、みずからを見せびらかさない。 自分自身を養うが、みずからを偉ぶらない。 小さな恐れを捨てるけれども、根本的な恐怖を経験する。

72. Revolution
When people have nothing more to lose, Then revolution will result.
Do not take away their lands, And do not destroy their livelihoods; If your burden is not heavy then they will not shirk it.
The sage maintains himself but exacts no tribute, Values himself but requires no honours; He ignores abstraction and accepts substance.

3:58 午後  
Blogger yoji said...


第七十七章
天之道其猶張弓乎。?者抑之、下者擧之。有餘者損之、不足者補之。天之道損有餘而補不足。人之道則不然、損不足以奉有餘。孰能有餘以奉天下。唯有道者。是以聖人、爲而不恃、功成而不處、其不欲見賢。

天の道はそれなお弓を張るがごときか。高きものはこれを抑え、下(ひく)きものはこれを挙(あ)ぐ。余りあるものはこれを損(へら)し、足らざるものはこれを補う。天の道は余りあるを損(へら)して足らざるを補う。人の道はすなわち然(しか)らず、足らざるを損してもって余りあるに奉(ほう)ず。たれかよく余りあるをもって天下に奉ぜん。ただ有道の者のみ。ここをもって聖人は、なして恃(たの)まず、功成りて処(お)らず、それ賢を見(しめ)すことを欲(ほっ)せず。

自然の道は弓を引いた曲線に似ている。 上端のものは押し下げられ、下端のものは引き上げられる。 余りすぎは減らされ、足りないものは補われる。 自然の道は余っているものを減らし、足りないものを補うのである。 一方、人の道は足りないほうを減らし、余っているほうへ補うのである。 いったい余りすぎるものをもっていて天下の人々のためにおぎなうことのできる者は誰れか。 「道」を有した者だけがそれをできる。 それ故に、賢者はそれをするが、誰れがしているのかわからない。 成功しても、名声を求めない。 そして、他人よりも優れていることを見せびかすようなかことがあるだろうか。

77. Need
Is the action of nature not unlike drawing a bow? What is higher is pulled down, and what is lower is raised up; What is taller is shortened, and what is thinner is broadened; Nature's motion decreases those who have more than they need And increases those who need more than they have.
It is not so with Man. Man decreases those who need more than they have And increases those who have more than they need.
To give away what you do not need is to follow the Way. So the sage gives without expectation, Accomplishes without claiming credit, And has no desire for ostentation.

4:01 午後  
Blogger yoji said...

http://mage8.com/magetan/roushi07.html
第六十一章

原文
大國者下流。天下之交、天下之牝。牝常以靜勝牡。以靜爲下。故大國以下小國、則取小國、小國以下大國、則取大國。故或下以取、或下而取。大國不過欲兼畜人、小國不過欲入事人。夫兩者、各得其所欲、大者宜爲下。

書き下し文
大国は下流なり。天下の交(こう)、天下の牝(ひん)なり。牝は常に静(せい)を以(も)って牡(ぼ)に勝つ。静を以って下ることを為せばなり。故に大国以って小国に下れば、則(すなわ)ち小国を取り、小国以って大国に下れば、則ち大国を取る。故に或(ある)いは下りて以って取り、或いは下りて而(しか)して取る。大国は兼ねて人を畜(やしな)わんと欲するに過ぎず、小国は入りて人に事(つか)えんと欲するに過ぎず。それ両者、各々(おのおの)その欲する所を得んとせば、大なる者は宜(よろし)く下ることを為すべし。

英訳文
A big country is, so to speak, lower reaches of a large river. All things flow into it and it accept them like a female. A female stays calm and beats a male. It is because a female stays calm and is humble to a male. If a big country is humble to small countries, the big country will get obedience from small countries. If a small country is humble to a big country, the small country will get protection by the big country. So someone gets trust with being humble and someone else gets ease with being humble. This type of big country only wants to support people of small countries and small countries only want to serve the big country. If these countries want to fulfill their wishes, a big country should be the first to be humble.

現代語訳
大国というのは、言わば大河の下流の様なものだ。天下のあらゆる物が流れ込んで来る所であり、天下の全てを受け入れる牝(メス)である。牝は常に静かにじっとしていながら牡(オス)に勝つ。それは静けさを保ちながら、牡に対してへりくだっているからなのだ。その様に大国が小国にへりくだれば小国の服従を得て、小国が大国にへりくだれば大国の保護が得られる。こうしてある者はへりくだって信頼を得て、ある者はへりくだって安心を得る。この様な大国は小国の人々も養いたいと思うだけであり、小国はそんな大国の役に立ちたいと思うだけである。これらの国々がお互いに望みを叶えようとするならば、まず力のある大国の側がへりくだるべきである。

4:58 午後  
Blogger yoji said...



//徳//感覚学問//学//
20. Wandering

絶学無憂。唯之與阿、相去幾何。善之與惡、相去何若。人之所畏、不可不畏。荒兮其未央哉。 衆人熈熈、如享太牢。如春登臺。我獨泊兮其未兆、如嬰兒之未孩。儡儡兮若無所歸。衆人皆有餘、而我獨若遺。我愚人之心也哉、沌沌兮。 俗人昭昭、我獨昏昏。俗人察察、我獨悶々。澹兮其若海、兮若無止。衆人皆有以、而我獨頑似鄙。我獨異於人、而貴食母。

学ぶことをやめれば、憂いがなくなる。
敬意を表して「はい」というのと、非礼な「ああ」ということにどれほどの違いがあろう。
善と悪にどれほど違いがあろうか。
他人が恐れるところで、私もまた恐れなければならないだろうか。
これは何とばかげたことか。
人々は生けにえの祝宴を楽しみ、花咲く春の日に高台に登って楽しんでいるかのようだ。
私はただ一人、身じろぎもせず、何と静寂にしていることか。
ちょうどまだ笑ったことのない赤子のように。
戻るべき家ももたず、目的もなく私はさまよう。
人々は多くの野心と欲望をもっている。
私一人だけがこれらすべてを置き去りにしてきてようだ。
私はなんとなまくらだ。私の心はまったく愚かものの心だ。
人々は光り輝いているのに、私一人が暗く鈍い。
人々は賢く好奇心が強いのに、私一人がはっきりしなくて鈍い。
私は穏やかな海のように何と静かなことか。
私はなにものにも縛られず流されるようだ。
人々はすべて目的をもっている。
私一人が異様で、善くないもののようだ。
私には他人と違っているところがある。
私は「母」によって養われている。

7:52 午前  
Blogger yoji said...

///政治//態度///統治(聖人)///
58. No End

其政悶悶、其民淳淳。其政察察、其民缺缺。
禍兮?之所倚、?兮禍之所伏。 孰知其極。其無正邪。正復爲奇、善復爲妖。人之迷、其日固久。
是以聖人、方而不割。廉而不■。直而不肆、光而不耀。

国が簡素で寛大に治められるとき、人々は誠実で正直である。
国が無上に猛烈な取り調べによって治められるとき、
人々は誤りやすく、不正直になる。
不運なときに、幸運があらわれ、幸運なときに、不運がひそんでいる。
誰れが最後の正しさを決定することができるのか。
あるいは、最後の正しさというのはいったいあるのだろうか。
正しさがうそに変わると、善は邪悪に変わる。
これは長らく人々を困惑させてきた。
賢者はものを扱うとき、自分の考えをしっかりともっているが、
しかし、鋭くはない。
彼は純粋であるが、害を及ぼすことはない。
彼はまっすぐであるが、激することはない。
彼には光があるが、きらびやかではない。

2:52 午後  
Blogger yoji said...



//徳/徳日常//自身///
24. Indulgence

跂者不立。跨者不行。自見者不明。自是者不彰。自伐者無功。自矜者不長。其於道也、曰餘食贅行。物或惡之。故有道者不處。

つまさきで立つものは長く立つことはできない。
大股で歩くものは長く歩くことはできない。
見せびらかすものはすぐれていない。
みずから正しいと主張するものは、他よりきわだっているわけではない。
信用を求めるものは信用を得られない。
自分をほこるものは最高のものではない。
「道」の立場からいうと、これらすべては生物が好まない余分のものである。
だから、「道」を有する人はそんなところに留まらないのである。



6:40 午後  
Blogger yoji said...


/道/逆説///逆説人//
22. Home

曲則全。枉則直、窪則盈。敝則新。少則得、多則惑。是以聖人、抱一爲天下式。 不自見故明、不自是故彰。不自伐故有功、不自矜故長。 夫惟不争、故天下莫能與之争。古之所謂曲則全者、豈虚言哉。誠全而歸之。

曲がっているものは完全に残る。
まっすぐであるために、身をかがめよ。
いっぱいになるために、くぼみがあるべきだ。
使いつくすことが、若返ることになる。
欲しい人はもっと得られるだろうし、たくさんもっている人は奪われるだろう。
だから、賢人は「一」をしっかりつかみ、天下の模範となる。
自分を見せびらかさないから、おのずからはっきりと見られ、
自分を主張しないから、きわだって見える。
信用を求めないから、信用をうけ、
うぬぼれないから、最高のものとなる。
争うことをしないから、天下の人で争えるものはいない。
「曲がっているものは完全に残る」という昔の言葉は真実で、
実際、人は完全でいることができるのである。
言葉によってでなく、ひとりでに起こってくるのである。

10:53 午前  
Blogger yoji said...

25,-,25(40,42),1,22,20,51,8,61,80

7:48 午後  
Blogger yoji said...

25,-,25(40,42),1,22,20,/51,8,/61,80

7:50 午後  
Blogger yoji said...

25,-,25(40,42),1,22,20,/51,8,/61,80

1,25,51,22,42,40,8/20,/61,80

9:17 午後  
Blogger yoji said...

老子アニメ
http://www.nicovideo.jp/watch/sm22087844


25章 物有り混成し、天地に先んじて生ず。
02:05
2013/10/21
1
40章 天下万物は有より生じ、有は無より生(しょう)ず。
02:24
2013/10/21
2
42章 道は一を生じ、一は二を生じ、三は万物を生じる。…
02:49
2013/10/21
3
51章 「道」が敬われ、「徳」が自然に尊ばれるのは…自然にそうなるからである。
03:04
2013/10/21
4
8章 最上の善とは水のようなものである。
03:22
2013/10/21
5
61章 受動性は静けさによっていつも能動性にまさる。
05:09
2013/10/21
6
20章 学ぶことをやめれば、憂いがなくなる。
05:30
2013/10/21
7
80章 小國寡民 人々は生命を大事にし、誰れも遠くに移住することを望まない。
06:45
2013/10/21
8
老タン
00:38

9:47 午後  
Blogger yoji said...


https://aria.nikkei.com/atcl/column/19/020400061/082700013/?P=2

東京新聞・望月衣塑子 失恋、母の死…悲しみ脱した一冊

(上)苦しいとき、哀しいとき、迷ったときに開く「常備薬」のような本が私を強くした

日経BP2019.08.30
失恋に苦しむ自分を「俯瞰」する

望月 高校時代、失恋したときに出合ったのが、島田明徳先生の『「道(タオ)」の教え―無為自然に生きる』(PHP研究所)でした。島田先生は、母が通っていた気功教室の先生で、健康にいいからと、当時は家族全員で通っていたんです。

―― 手にとったきっかけが恋愛の悩みというのは、意外です。

望月 そうですか?(笑)。好きな人に振られるたびに悩んでいました。苦しくてつらい気持ちの中で、いったいこういう気持ちの浮き沈みって何なんだろうと思っていたんですね。


「無為自然に生きる」「私とは誰か」「愛について」などが論じられている。初めて手に取ったのは高校時代。本を開くと、半分以上の場所に線が引いてあった

 けれども、この本の中には、例えば犬を見たときに「かわいいな」と思うのは、自分のこれまでの価値観や経験の中から「こういうものがかわいい」という目で犬を見てそう思っているのだということ。現実には、そこにただ犬がいるだけで、そこに意味を付けるのは自分の心の動きなのだということが書かれていた。つまり、失恋して苦しいときはどんなにきれいな景色だとしても濁って見えてしまうけれども、そう見えてしまうのは自分の心がそう捉えているから。そう考えられるようになった。

 思春期の心が過敏なときでしたが、つらいな、苦しいな、と自分が思ったときに、「ああ、まだとらわれているな」と一歩距離を置くことができるようになりました。島田先生の気功教室に通う中で瞑想をするのも日常になっていて、その効果も大きかったように思います。

11:51 午後  

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