金曜日, 9月 03, 2010

ライプニッツによる肉体-魂-ペンタグラムの素描 1663年頃。

以下、邦訳『モナドの窓』で紹介されていた、「ライプニッツによる肉体-魂-ペンタグラムの素描」。
(→法学リンク::::::
リンク:
ライプニッツの法学
http://yojiseki.exblog.jp/9855090/
http://nam-students.blogspot.com/2010/01/blog-post_28.html
ライプニッツとパスカル
http://nam-students.blogspot.com/2010/01/blog-post.html
ライプニッツ24の命題
http://nam-students.blogspot.com/2009/12/1690.html
ライプニッツ「第一の真理」(Primae Veritaes)
http://nam-students.blogspot.com/2009/01/primae-veritaes.html
バークリと微分積分
http://nam-students.blogspot.com/2010/01/blog-post_21.html
Leibniz:MetaphysicaI Consequences of the Principle...
http://nam-students.blogspot.jp/2012/11/test.html
ゲーデルとライプニッツ
http://nam-students.blogspot.jp/2012/11/blog-post_407.html
(番外:1755年のリスボンの大震災に関して(ヴォルテールとルソー)









Die Fenster der Monade: Gottfried Wilhem Leibniz' Theater der Natur und Kunst
著者: Horst Bredekamp
http://books.google.co.jp/books?id=iXoI8WBjwvUC
http://books.google.co.jp/books?id=iXoI8WBjwvUC&pg=PA18&img=1&zoom=3&hl=ja&sig=ACfU3U358Zl-E2LpTvBJNkrt4qCWKkwwsg



外        手
部 ______(p)______
作|      /触覚      |
用|     / a\      |
m|   d/善の極点\     |
(o)  /負荷 |知の\    (q)
口|味覚/ \  |抑止 \ 嗅覚|鼻
 | |   \ |(肉体点)  |
 | | 精 神\|    |  |
 | |知的活動 | 世 界|  |
 \ |(数学点)|\   |  /
  \|     有効な  像の提示
   \聴覚___|__c_|/視覚__
   (n) 悪の極点  (r) /  )
    耳\   b  /眼  /  /  外部客体からの光線
      \    /   /  /  
       \  /   (  /
        \/     \/遠近法の視野

あるいは、


          手
  _______(p)_______
外|        ⌒        |
部|       /触覚       |
作|      / ⌒ \      |
用|     /  a  \     |
m|   d/ 善の極点  \    |
(o)  /負荷 |知の   \  (q)鼻
口|味覚/( \  |抑止  )\ )嗅覚
 |(|    \ |(肉体点)|  |
 | |     \|     |  |
 | | 精 神  |     |  |
 | |知的活動  |\世 界 |  |
 \ |(数学点) | \   |  /
  \|      |有効な  像の提示
   \聴覚____|__c_\|/視覚__
   (n) 悪の極点  (r)   /  )
    耳\   b    /眼  /  /  外部客体からの光線
      \\____//   /  /  
       \    /   (  /
        \  /     \/遠近法の視野
         \/


ライプニッツによる肉体ー魂ーペンタグラムの素描 1663年頃。邦訳『モナドの窓』より

もちろん本来の図は正五角形である。
またケプラーの描いた惑星図のようにその内部には円を挟んでより小さい正五角形が描かれる。
             
初期ライプニッツの身体と精神を表現した図解として面白かった(p.18。邦訳10頁)。
右下から悟性に光が差し込む??ということらしい。
ピタゴラスみたいな図で已然神秘主義的だが、ライプニッツは結合法論のように、身体と精神とのいろいろな組み合わせを想定しているのではないだろうか?


『モナドの窓』全体の感想としては、ライプニッツ自身による図像はそれほど掲載されていないし、図像学的な断章の数々も紹介されているだけで整理されてはいない。
個人的にはかなり興味深いが(コメニウスを受け継いだ「普遍アトラス(=図帳)」計画?など)、一般には薦め難い本だ。



付録:


結び目のデッサン↓(ネズミではない)は、不明瞭から明瞭へと移行する思考の実例らしい、、、、
>(p)http://books.google.co.jp/books?id=iXoI8WBjwvUC&pg=PA13&img=1&zoom=3&hl=ja&sig=ACfU3U3UlO0dawvp2MWuBC_hZX4pPK5KzA&w=685
http://books.google.co.jp/books?id=iXoI8WBjwvUC&pg=PA191
本来右下に小さく描かれていたもの(『モナドの窓』原書p.191)




付録:
http://openisbn.com/preview/3050042710/

p43,p54,55,56,57,58
Gottfried Wilhelm Leibniz. Philosophische Schriften. Reprint: 1663-1672

Introduction
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Book Information:
Authors: Willy KabitzLeibniz-Forschungsstelle Der Universi
Publisher: Oldenbourg Akademieverlag
Pages: 605
Published: 2006-08-16
ISBN-10: 3050042710 ISBN-13: 9783050042718
Binding: Taschenbuc (Reprint des 2., durchges)
List Price: 74.80 EUR

















130 Comments:

Blogger yoji said...

http://www.dctp.tv/#/150-jahre-darwin-und-kein-ende/bredekamp_darwins-korallen/

『モナドの窓』の著者は『ダーウィンの珊瑚』という本をはじめ、ホッブズ、ガリレオに関しても図像学的書籍を出している。

2:07 午前  
Blogger yoji said...

『ダーウィンの珊瑚』(未邦訳)では「サンゴは多方向への成長が可能な自由度をもつばかりでなく、死んだ部分の枝が絶滅した種の化石と解釈されることで、進化の時間性をより明確に示すモデルになりうるもの」(田中純『イメージの自然史』34頁より)という主張がなされているそうだ。ちなみにダーウィンは最初は珊瑚礁の研究をしていて、サンゴ藻を採集した標本図?が残っている。

11:03 午後  
Blogger yoji said...

680 :考える名無しさん:2010/08/30(月) 07:27:47 0
産業図書から出た『モナドの窓』読んだ人っていますか?
681 :考える名無しさん[sage]:2010/09/02(木) 21:32:13 P
>>680
>モナドの窓
Die Fenster der Monade: Gottfried Wilhem Leibniz' Theater der Natur und Kunst
著者: Horst Bredekamp
http://books.google.co.jp/books?id=iXoI8WBjwvUC

http://books.google.co.jp/books?id=iXoI8WBjwvUC&pg=PA13&img=1&zoom=3&hl=ja&sig=ACfU3U3UlO0dawvp2MWuBC_hZX4pPK5KzA&w=685

http://www.amazon.de/Die-Fenster-Monade-Gottfried-Leibniz/dp/3050044918/

原書の図版はいくつか見られるようだ、、、、
682 :考える名無しさん[sage]:2010/09/03(金) 17:02:33 P
追記:

>モナドの窓

http://books.google.co.jp/books?id=iXoI8WBjwvUC
http://books.google.co.jp/books?id=iXoI8WBjwvUC&pg=PA18&img=1&zoom=3&hl=ja&sig=ACfU3U358Zl-E2LpTvBJNkrt4qCWKkwwsg
その後邦訳もざっと見たたが、初期ライプニッツの身体と精神を表現した図解が面白かった(p.18。邦訳10頁)。
右下から悟性に光が差し込む??ということらしい。
ピタゴラスみたいな図で已然神秘主義的だが、ライプニッツは結合法論のように、
身体と精神とのいろいろな組み合わせを想定しているのではないだろうか?

>>681の結び目のデッサン(ネズミではない)は、不明瞭から明瞭へと移行する思考の実例らしい、、、、
>(p)http://books.google.co.jp/books?id=iXoI8WBjwvUC&pg=PA13&img=1&zoom=3&hl=ja&sig=ACfU3U3UlO0dawvp2MWuBC_hZX4pPK5KzA&w=685
683 :追記の追記[sage]:2010/09/03(金) 18:49:01 P
http://books.google.co.jp/books?id=iXoI8WBjwvUC&pg=PA191
先に紹介した結び目の絵は、本来右下に小さく描かれていたもの(『モナドの窓』原書p.191)。

『モナドの窓』全体の感想としては、
ライプニッツ自身による図像はそれほど掲載されていないし、図像学的な断章の数々も紹介されてい
るだけで整理されてはいない。
個人的にはかなり興味深いが(コメニウスを受け継いだ「普遍アトラス」計画?など)、一般には薦
め難い本だ。

11:05 午後  
Blogger yoji said...

ホルスト・ブレーデカンプは『フィレンツェのサッカー』でジャック・カロ(17世紀)の銅版画などを論じ15世紀からあったイタリアサッカー(カルチョ)の図像学を展開している。

3:49 午前  
Blogger yoji said...

ライプニッツの法学

http://yojiseki.exblog.jp/9855090/

http://nam-students.blogspot.com/2010/01/blog-post_28.html

ライプニッツとパスカル

http://nam-students.blogspot.com/2010/01/blog-post.html


ライプニッツ24の命題

http://nam-students.blogspot.com/2009/12/1690.html

6:46 午前  
Blogger yoji said...

ライプニッツとゲーデル
http://yojiseki.exblog.jp/13061075/
「われわれはその事物によって他の事物を表示するために素数を使用するのである。」

(『普遍的記号法の原理』Elementa Characteristicae universalis ,1679「計算の原理」1679、邦訳ライプニッツ著作集1、64−5頁より)


ゲーデルの不完全性定理の素数を使うアイデアは、ライプニッツが先駆だ。ゲーデルは後にライプニッツばかり研究していて友人の数学者であるエルデシュになじられたと言う。

ライプニッツ再評価はどう考えてもラッセルの『ライプニッツ研究』が重要な位置を占めている。
復刊が待たれる。

10:14 午後  
Blogger yoji said...

ゲーデルとライプニッツ
http://yojiseki.exblog.jp/9138866/

ゲーデルの不完全定理の解説で一番解りやすいのは僕の知る限り、『はじめての現代数学』(瀬山士郎著)のそれだった。
以下引用です。

            内容
   | 1,  2,   ・・・,  n,   ・・・
___|____________________
f1(y)|f1(1) f1(2) ・・・ f1(n)  ・・・
f2(y)|f2(1) f2(2) ・・・ f2(n)  ・・・   
・  |・   ・    ・   ・
・  |・   ・     ・  ・
・  |・   ・      ・ ・
fn(y)|fn(1) fn(2) ・・・ fn(n)   ・・・
・  |・   ・        ・    ・  
・  |・   ・        ・     ・ 
・  |・   ・        ・      ・

 ¬は否定だから最後につけ加えればよいから、ヨxP(x,n,n)について考えてみよう。これは、「ゲーデル数がnである一変数 y を含む命題(すなわちfn(y) )の変数 y に数nを代入した命題の形式証明のゲーデル数となる x が存在する」という内容を持ち、したがって¬∃xP(x,n,n)はこれの否定、すなわち繰り返しを嫌わずに書けば「ゲーデル数がnである一変数 y を含む命題の変数yに数nを代入した命題の形式証明のゲーデル数となる x が存在しない」となる。
 ところが、ゲーデル数nを持つ一変数を持つ一変数yを含む命題とは fn(y)のことであり、fn(y)とはすなわち¬ヨxP(x,y,y)であった。すなわち上の文章を簡単に書けば,「¬∃xP(x,n,n)の形式証明は存在しない」ということで「¬∃xP(x,n,n)は証明できない」ということになる。ところが、この「 」内の命題こそ¬∃xP(x,n,n)に他ならない!
 ついにわれわれは「この命題は証明できない」のきちんとした数学的表現を入手すること
に成功したのである。


(略)
 ここで用いられた論法が一種の対角線論法であることに十分注意を払ってもらいたい。一変数の命題をすべて一列に並べ、f1(y) ,f2(y) ,・・・とし f1(1) , f1(2) ,・・・f n(n),・・・を考察するというのはまさしく対角線論法そのものである。カントールによって集合の階層構造を引き出すために考案された一線論法は,集合論内のパラドックスと絡まりあいながら、ゲーデルによる決定不能命題の発見という20世紀数最高の結果の一つを生み出すにいたったのである。

(以上、『はじめての現代数学』瀬山士郎著、講談社現代新書p161-163より。早川文庫より復刊)

瀬山氏は対角線論法の後に不完全性定理のもうひとつの肝であるゲーデル数(ゲーデルによる素因数分解を使ったコード化)について説明している。

本題は、(瀬山氏も触れいてないのだが)このゲーデル数のアイデアがライプニッツの結合法論そのものであるということだ。

これはあまり言及されないが、もっと知られていい。

ゲーデルは生前,ライプニッツ研究ばかりしている時期があって友人のエルデシュに怒られたこともあるようだが(「君が学者になったのは皆が君の研究をするためであって、君がライプニッツの研究をするためではない」)、ゲーデルの功績は先人の研究を受け継いだものでもあったのだ。

カントール(対角線論法)×ライプニッツ(結合法論)=ゲーデル(不完全性定理)

ということになるだろうか。

10:15 午後  
Blogger yoji said...

http://yojiseki.exblog.jp/i20/

10:18 午後  
Blogger yoji said...

普遍論争と「ヒュームの原理」

http://yojiseki.exblog.jp/10082812/
クワインは20世紀の論理学の三つの立場(論理主義/直観主義/形式主義)を普遍論争の3つの立場(実念論/概念論/唯名論)に対応させている(邦訳『論理的観点から』より)。

さて、論理主義の代表フレーゲに「ヒュームの原理」(略称HP)というものがある(命名はジュージ・ブーロス『フレーゲ哲学の最新像』)。数を認識する時、一対一対応が最も確実で、幾何学等の延長は不確実になるというものだ。

「ヒュー ムの原理」は、フレーゲの『算術の基礎』(§63、著作集2勁草書房122頁)において、デイヴィッド・ヒュームの『人間本性論』第1巻第3部第一節から の引用というかたちで言及されている。「例えば、二つの数を集成する各々の単位がそれぞれ常に相応するとき、我々は二つの数が等しいと宣言する。」(岩波 文庫人性論1p123)。

ヒュームはカントと対照させると、実念論の近代初期版と言える。実感を強調したヒュームは数学を分析的なものと 考え、あくまでも実体を重視した。カントはそれに対して数学を総合的なものと捉え、様相を擁護した。先のクワインの指摘はヒュームとフレーゲを実念論に位 置づけるものということになり、カント(唯名論者とする)との比較においては的確であることがわかる。

ちなみに、フレーゲの立場は、数学大系を準備しうるものだということがわかっており、再評価されている。
ライプニッツ影響もあるが(フレーゲはライプニッツの『不可識別者同一の原理』を支持しており、これは必然的にカント的空間論を採用しないことを意味する)、そこにヒュームの名前がでるのは面白い。

一対一対応は、秋山仁が数学を日常に見出すことができるといったときの四つの事例のなかのひとつである「靴を下駄箱に入れること」に相当するだろう。

そもそもクワインの冒頭の指摘も一対一対応だ。一対一対応を実念論者?スコトゥスのこだわった一義性に変換すれば神学にも応用できる考え方だ。

た だし、ゲーデルが破壊した形式主義に対して、唯名論は破壊されてはいない。また,ゲーデルはカントの哲学を新しい世界観(=例えば相対性理論)に対応して いないとは考えていなかった。ここに論理学(純粋)と哲学(非純粋)の対応と同時に浮かび上がる非対応があるような気がする。

再考したい。

参考サイト:
The Frege reader
著者: Gottlob Frege,Michael Beaney
http://books.google.co.jp/books?id=4ktC0UrG4V8C&pg=PA110&dq=hume+frege+63&lr=&as_brr=3&cd=13#v=onepage&q=hume%20frege%2063&f=false
When two numbers are so combined, as that the one has always an unite answering to every unite of the other, we pronounce them equal;

Hume
http://www.gutenberg.org/files/4705/4705-h/4705-h.htm#2H_4_0021

Wiki
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%92%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%81%AE%E5%8E%9F%E7%90%86


http://yojiseki.exblog.jp/12119936/
スピノザ、ヒューム、フレーゲ
フレーゲは自らの個数言明の理論に確証をもたらすものとして、(半ば批判的にではあるが)スピノザを引用している(邦訳『算術の基礎』49節、109頁。むろんフレーゲはスピノザとは逆に表象から概念が始まっても構わないと考えていて、この時点では実念論的ではない)。

「我々は物を共通の類に還元した後でのみその数の概念の下に考えることができる」(邦訳『スピノザ往復書簡集』書簡50、238頁)

スピノザが硬貨を例に挙げていることが重要なのだがここでは割愛する。
さらに、フレーゲは63節で数の一意的対応の根拠にヒュームを持ち出している(参考:旧投稿)。

ここにヒューム、スピノザは経験論、決定論の区別なく、数学の基礎に位置づけられる。
なお、フレーゲの試みはラッセル、より本質的にはゲーデルに破壊されたとはいえ、ゲーデル数と自然数の対応など、ゲーデルもフレーゲの理論を借り、突き詰めることでフレーゲ理論に反駁したという点が重要である。

今日まで、スピノザ、ヒュームが、カント(フレーゲは前掲書で「カントの改善」を試みたと言っている)によって神秘主義、懐疑主義者とされてしまった弊害は大きい(なおカントも『遺稿』ではスピノザの土俵に立ち返っているが)。

追記:
ネグリ、ハートは『野生のアノマリー』(邦訳297頁)『コモンウェルス』(未邦訳)で上記のスピノザの言説を引用し、政治学的に展開しているようである。
『野 生のアノマリー』はアルチュセールの影響を受け、あまりに政治的だったが(あまりに政治的なので、スピノザが硬貨を例に挙げたことの経済学的な重要さ〜プ ルードンの相互主義に通じる〜が理解できていないようだが)、それでも書誌的な研究はしっかりしていたし、彼らはそれを続けていることになる。

8:35 午前  
Blogger yoji said...

クワインが現代論理学の立場と普遍論争の立場を対照させていたが、これはデューイの影響が強いようだ。
『経験と自然』では唯名論が言及され、中公世界の名著所収の『論理学』ではウィトゲンシュタインとラッセルを原子論的実在論としていた。


ただ、大局としては明らかにウィトゲンシュタインなどは現代の唯名論だし、カントのそうした立場にも揺らぎはない

8:40 午前  
Blogger yoji said...

6巻
42-67 leibniz A Ⅵ

2:56 午前  
Blogger yoji said...

http://www.amazon.de/dp/3050042710/ref=rdr_ext_tmb

Gottfried Wilhelm Leibniz. Philosophische Schriften. Reprint: 1663-1672 [Taschenbuch]
Willy Kabitz (Herausgeber), Leibniz-Forschungsstelle der Universität Münster (Herausgeber)
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Leibniz, Gottfried Wilhelm, Freiherr von, 1646-1716
タイトル Works. 1923
Sämtliche Schriften und Briefe / Gottfried Wilhelm Leibniz ; herausgegeben von der Preussischen Akademie der Wissenschaften.
出版事項 Darmstadt : O. Reichl, 1923-<2005 >

http://wine.wul.waseda.ac.jp/search~S12*jpn?/aLeibniz%2C+Gottfried+Wilhelm%2C+Freiherr+von%2C+1646-1716./aleibniz+gottfried+wilhelm+freiherr+von+1646+1716/1%2C1%2C161%2CB/frameset&FF=aleibniz+gottfried+wilhelm+freiherr+von+1646+1716&161%2C%2C161

4:06 午前  
Blogger yoji said...

http://openisbn.com/preview/3050042710/

p58
Gottfried Wilhelm Leibniz. Philosophische Schriften. Reprint: 1663-1672

Introduction
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Book Information:
Authors: Willy KabitzLeibniz-Forschungsstelle Der Universi
Publisher: Oldenbourg Akademieverlag
Pages: 605
Published: 2006-08-16
ISBN-10: 3050042710 ISBN-13: 9783050042718
Binding: Taschenbuc (Reprint des 2., durchges)
List Price: 74.80 EUR

4:44 午前  
Blogger yoji said...

ゲーデルとライプニッツ
http://yojiseki.exblog.jp/9138866/

ゲーデルの不完全定理の解説で一番解りやすいのは僕の知る限り、『はじめての現代数学』(瀬山士郎著)のそれだった。
以下引用です。

            内容
   | 1,  2,   ・・・,  n,   ・・・
___|____________________
f1(y)|f1(1) f1(2) ・・・ f1(n)  ・・・
f2(y)|f2(1) f2(2) ・・・ f2(n)  ・・・   
・  |・   ・    ・   ・
・  |・   ・     ・  ・
・  |・   ・      ・ ・
fn(y)|fn(1) fn(2) ・・・ fn(n)   ・・・
・  |・   ・        ・    ・  
・  |・   ・        ・     ・ 
・  |・   ・        ・      ・

 ¬は否定だから最後につけ加えればよいから、ヨxP(x,n,n)について考えてみよう。これは、「ゲーデル数がnである一変数 y を含む命題(すなわちfn(y) )の変数 y に数nを代入した命題の形式証明のゲーデル数となる x が存在する」という内容を持ち、したがって¬∃xP(x,n,n)はこれの否定、すなわち繰り返しを嫌わずに書けば「ゲーデル数がnである一変数 y を含む命題の変数yに数nを代入した命題の形式証明のゲーデル数となる x が存在しない」となる。
 ところが、ゲーデル数nを持つ一変数を持つ一変数yを含む命題とは fn(y)のことであり、fn(y)とはすなわち¬ヨxP(x,y,y)であった。すなわち上の文章を簡単に書けば,「¬∃xP(x,n,n)の形式証明は存在しない」ということで「¬∃xP(x,n,n)は証明できない」ということになる。ところが、この「 」内の命題こそ¬∃xP(x,n,n)に他ならない!
 ついにわれわれは「この命題は証明できない」のきちんとした数学的表現を入手すること
に成功したのである。


(略)
 ここで用いられた論法が一種の対角線論法であることに十分注意を払ってもらいたい。一変数の命題をすべて一列に並べ、f1(y) ,f2(y) ,・・・とし f1(1) , f1(2) ,・・・f n(n),・・・を考察するというのはまさしく対角線論法そのものである。カントールによって集合の階層構造を引き出すために考案された一線論法は,集合論内のパラドックスと絡まりあいながら、ゲーデルによる決定不能命題の発見という20世紀数最高の結果の一つを生み出すにいたったのである。

(以上、『はじめての現代数学』瀬山士郎著、講談社現代新書p161-163より。早川文庫より復刊)

瀬山氏は対角線論法の後に不完全性定理のもうひとつの肝であるゲーデル数(ゲーデルによる素因数分解を使ったコード化)について説明している。

本題は、(瀬山氏も触れいてないのだが)このゲーデル数のアイデアがライプニッツの結合法論そのものであるということだ。

これはあまり言及されないが、もっと知られていい。


「われわれはその事物によって他の事物を表示するために素数を使用するのである。」

(『普遍的記号法の原理』Elementa Characteristicae universalis ,1679「計算の原理」1679、邦訳ライプニッツ著作集1、64−5頁より)

4:44 午前  
Blogger yoji said...


    国語

算数    理科
 

 社会  英語


学校関係者は
この五角形を本質的なものと見なすべきだろう

2:11 午前  
Blogger yoji said...


   |
 算数|国語
___|___
 理科|社会
   |

7:19 午前  
Blogger yoji said...

フローチャートの基礎


フローチャート(流れ図)

1. フローチャート記号

 プログラムを作成するときに、仕事(処理)を1つ1つの手順に分けて整理し、その順序を明確に表現した図記号と線で表したものをフローチャートという。
 次に、フローチャートで使用する主なフローチャート記号を整理しておく。

記 号 名 称 働 き
流れ線 流れ線 処理の順序を表す。順序を明確にするために、矢印を付けることもある。
端子 端子 処理の開始・終了を表す。
処理 処理 判断などの処理以外の処理を表す。
準備 準備 変数の宣言や初期値の設定などの処理を表す。
入出力 入出力 データの入出力を表す。
判断 判断 条件により、流れが二つ以上に分岐する処理を表す。
ループ端
ループ端 ループ端 繰り返しの開始と終了を表す。
書類 書類 プリンタなどへのデータ出力を表す。
定義済み処理 定義済み処理 別に用意した処理を利用することを表す。

 簡単なプログラムでは、特にフローチャートは必要ないが、複雑な処理をする プログラムを作成する場合、フローチャートを作ることで、有効に作成・修正が行える。
http://masudahp.web.fc2.com/flowchart/flow01.html

11:14 午前  
Blogger yoji said...

(x^2+y^2-1)^3-x^2y^3=0

http://www.wolframalpha.com/input/?i=%28x^2%2By^2-1%29^3-x^2y^3%3D0


サイクロイド

10:54 午前  
Blogger yoji said...

>>1
>(-1)×(-1)=(+)1

>マイナスとマイナスを掛けるとプラスになるを説明してください

    |
ー1  |
____|____
 |  |
 |__|ー1
    |

左辺のマイナスは番地、
右辺のプラスは面積。

マイナス番地にあっても面積はプラス。



     |
ー1   |
_____|____
 |   |
 | +1|
 |___|ー1
     |


左辺ーは座標としてのマイナスの番地記号、
右辺+は量としての面積を表す。

マイナス番地にあっても面積は面積。

10:06 午前  
Blogger yoji said...

http://i.huffpost.com/gen/767299/thumbs/s-ULAM-large.jpg
http://www.huffingtonpost.com/2012/09/12/abc-conjecture-shinichi-mochizuki-prime-numbers_n_1877692.html
When arranging the natural numbers in a spiral and emphasizing
the prime numbers, an intriguing and not fully explained pattern is
observed, called the Ulam spiral.

7:31 午前  
Blogger yoji said...

[71]9/19(水)21:56 P↓

(窓)http://hanamoriyashiki.blogspot.com/2010/10/blog-post.html
ルドゥーテ挿絵の『J. J. ルソーの植物学 La botanique de J.J. Rousseau 』
(邦訳全集第14巻所収)の全文は ”Botanicus Digital Library” の
(窓)http://www.botanicus.org/title/b12074470#
で閲覧、DL可。ちなみに挿絵は132頁から

5:59 午前  
Blogger yoji said...

[528]9/20(木)00:29 ID:B↓

望月新一の過去と現在の研究
(窓)http://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~motizuki/research-japanese.html

「IUTeich理論って何?」...「そっくりアニメ」による解説
(窓)http://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~motizuki/sokkuri-hausu-link-japanese.pdf

宇宙際Teichmuller理論の出発点は、

入れ子になっている宇宙の列

というイメージにある。このようなイメージは、古代に遡るものと思われ、本稿で取り上げる「そっくりハウス」
のアニメをはじめ、世界各地の様々な物語・神話に登場するものである。宇宙際Teichmuller理論(IUTeich)
の場合、それぞれの宇宙は、

通常の環論・スキーム論が有効な古典的数論幾何的舞台一式

に対応する。アニメの中では、この宇宙たちは「家」という形で表される。それぞれの古典的数論幾何的舞台
の中にテータ関数があるが、このテータ関数は、 「次の宇宙」との間の「フロベニオイド論的」 (=非スキーム
論的!Frobenioids I, II及び´ Etale Thetaを参照) 「橋渡し役」を果たすのである。アニメでは、このリンク役の  

テータ関数に対応するものは、 「小さな家」の中を覗き込む少女の目線

である。実際、少女の大きな目はテータ Θ のような形をしているように見えなくもない(笑) ! IUTeichでは、
ガロア群や数論的基本群 は、それぞれの宇宙の間を、膨張・圧縮されることなく同型なまま自由に往来できる
「不思議な物質」で出来ている。アニメでは、この「不思議な物質」に対応するものは、 「小さい家」 ・ 「大きい家」
の間をつなぐ「不思議な星たち」である。この

「クルクル回る星たち」の回転

は、IUTeich では、フロベニオイドの理論(Frobenioids I, II)における「エタール型物質」の性質を表しているものと
見ることもでき、またTopics IIIのモノ遠アーベル理論における「足し算と掛け算の回転」に対応しているものと見る
こともできる。IUTeichの最も深くかつ最も激しい部分は、この

Topics III のモノ遠アーベル理論や、エタール・テータ関数の様々な剛性性質

(後者については、´ Etale Thetaを参照)によって構成される、入れ子宇宙の列に対する標準的な分裂である。
この標準的な分裂は、pTeich(=p進Teichm¨ uller理論)における標準的な持ち上げ、あるいはもっと初等的な
理論では、Witt環のTeichm¨ uller代表元に対応している。 (因みに、p進の理論では、IUTeichのそれぞれの
「宇宙」は、個々の部分商 ‘pn/pn+1’ の正標数的代数幾何に対応する。 )

12:35 午後  
Blogger yoji said...

これを連想した
OFFRET (The Sacrifice) [1986]
http://www.youtube.com/watch?v=k4izcNMy4rY

12:38 午後  
Blogger yoji said...

[191]9/20(木)04:12 ID:P↓

Nebutan @Nebutan
証明に使われている「新たな数学的手法」の一部、「宇宙際Teichmu ?ller理論」の望月教授
による解説に「そっくりハウス」アニメが!
(窓)http://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~motizuki/sokkuri-hausu-link-japanese.pdf
しかし意味分からん/数学界最大の難問「ABC予想」解明か
(窓)http://www.nikkansports.com/general/news/f-gn-tp0-20120918-1019282.html
about 11 hours ago

12:39 午後  
Blogger yoji said...

https://cgi2.nhk.or.jp/minna/search/id.cgi?id=MIN200210_02

12:41 午後  
Blogger yoji said...

http://cgi2.nhk.or.jp/minna/search/index.cgi?id=MIN200210_02

12:42 午後  
Blogger yoji said...

http://avexnet.jp/id/anhkm/discography/product/AVBA-14794.html

12:47 午後  
Blogger yoji said...

イメージ 1. 「(a + b^n)/n = x、ゆえに神は存在する。ご返答願いたい」 オイラー

「(a + b^n)/n = x、ゆえに神あり」 オイラー

5:45 午前  
Blogger yoji said...

ライプニッツによる定式化 [編集]


ゴットフリート・ライプニッツ(1646年 - 1716年)
この問題を現在 議論されている形で初めて明確に定式化したのは、17世紀のドイツの哲学者ゴットフリート・ライプニッツ(1646年 - 1716年)である。ライプニッツは1697年の著作「事物の根本的起原」および1714年の著作「理性に基づく自然と恩寵の原理」で、存在の根拠を探る問題としてこの問いを定式化した。
現に存在するものの十分な理由は個々のもののうちにも、ものの全集合のうちにも、事物の系列のうちにも見出されえない。幾何学の原理の書物が永遠なものであって、その一部分は他から書きとられているものと想定してみよう。そのさい、たとえ現在の書物の(実在している)理由を、元になっている本から説明することができるとしても、何冊書物をさかのぼってみても、十分な理由にいたりえないことは明らかである。そのわけは、こういう書物がなぜずっと以前から実在しているか、いったいなぜ書物が実在しているか、またこういうふうに書いてあるのはなぜか、という疑問がいつも残るからである。

書物について真実であったこのことが、世界のさまざまな状態についても言える。なぜなら、次の状態が先立つ状態からなんらかの仕方で [たとえある変化法則によってであろうとも] 表されるからである。こうしてみれば、先立つ状態へどのようにさかのぼってみても、世界がなぜ(実在しないよりも)むしろ実在するか、またなぜこのようになっているかという、十分な理由を諸状態のうちに見いだすことはないであろう。

だからあなたは、世界が永遠であると仮定してみても、諸状態の継続しか考えない場合には、どの状態のうちにも、十分な理由を見いだすことはないであろう。いやどんな状態をとりだしても、その理由に達することはないであろう。そこで理由は、それとは別のところに問われなければならないことになる。

— ゴットフリート・ライプニッツ (1697年) 「事物の根本的起原」、清水富雄訳[6] (強調引用者)

自然学者として論じるのではなく、形而上学者として論じると、一般にはあまり用いられていない大原理を使うことになる。その原理とは「何事も十分な理由なしには起こらない」、言い換えると「どんなことでもそれが起こったならば、十分ものを知っている人にはなぜそれがこうなっていて別様にならないのかを決定するための十分な理由を示すことが必ずできる」というものである[注釈 3]。この原理を認めた上で、当然提出される第一の質問は「なぜ無ではなく、何かがあるのか」というものであろう。実際、何もなかった方が、なにかあるよりも簡単で容易であると言える。次に、事物が存在しなければならないということを認めた上で、「なぜ事物はこういうふうに実在しなければならないのか、別様であってはいけないのか」ということの理由を示すことができなければならない。

— ゴットフリート・ライプニッツ (1714年) 「理性に基づく自然と恩寵の原理」、山内志朗訳[7] (強調引用者)


6^ ライプニッツ (2005) pp. 203-204
^ 山内志朗 (2003) pp. 43-44

ゴットフリート・ライプニッツ 「事物の根本的起原」(ライプニッツ[著], 清水富雄[訳], 飯塚勝久[訳], 竹田篤司[訳] (2005) 『モナドロジー・形而上学叙説』 <中公クラシックス> 中央公論新社 ISBN 978-4326153381 収録)
翻訳元:Leibniz, G, W. (1697) "De rerum originatione radicali"
長綱啓典 (2011) 「ライプニッツにおける弁神論的思惟の根本動機」 晃洋書房 ISBN 978-4771022317
山内志朗 (2003) 「ライプニッツ ―なぜ私は世界にひとりしかいないのか」<シリーズ・哲学のエッセンス> NHK出版 ISBN 978-4-14-0093047

^ この原理のことを「充足理由律」という。

6:41 午前  
Blogger yoji said...

The End of Philosophy - 44 ページ - Google ブック検索結果
books.google.co.jp/books?isbn=0226323838
Martin Heidegger - 2003 - Philosophy
... vis primitiva activa. The metaphysical basic characteristic of the monadic
nature of Being appears in the progression of the first four statements: The ratio (
cur aliquid potius existat quam nihil) "debet esse in aliquo Ente Reali seu causa"
28 (n.

6:52 午前  
Blogger yoji said...

http://nam-students.blogspot.jp/2009/12/1690.html

 ライプニッツ『二十四の命題』
 Godefridus Guilielmus Leibnitius 24 thèses métaphysiques

 一 なぜ無ではなく、なにかが実在するのか、という根拠が自然のなかにある。これは、根拠なしにはないものも生じない(Nihil fit sine ratione )という大原理の帰結である。同様にまた、なぜなにか他のものではなく、むしろこのものが実在するかという根拠がなければならない。
1. Ratio est in Natura, cur aliquid potius existat quam nihil. Id consequens est magni illius principii, quod nihil fit sine ratione quemadmodum etiam cur hoc potius existat quam aliud rationem esse oportet.

6:53 午前  
Blogger yoji said...

[932]9/24(月)00:08 ID:O
物質は『空間』という入れ物の中に存在するのではなく
物質がまずはじめに存在しそれが空間自身を創造している、という
考え方と、非可換幾何学は深遠なレベルでつながっているらしい。

空間を必要としない幾何学の強力さもさることながら
>>920の言う1点しかない空間を土台とする幾何学も
とてつもなくスゴいらしい。これは絶対数学と呼ばれている。

7:00 午前  
Blogger yoji said...

「f = m a」と「E=mv^2」

現在、速度vに加速度v=atを加えることで運動量mvと運動エネルギーmv^2の関係(数式上は)は説明できる。
しかし、歴史的には運動法則から単純にエネルギーを考える人びとを説得するには長い時間がかかった。

ニュートンの説( 「f = m a」をエネルギーにそのまま適用する説)だと同型トラック二台が正面衝突すると、双方
の車が有していたエネルギーは全て消失したことになる(ボダニス『E=mc^2』邦訳74−5頁。以下は同書の要約)。

しかし、ライプニッツはエネルギーが増加すると考えた。消失せず、金属片を跳ね回らせたり…、騒乱はいつまでも
続く…(エネルギー保存の法則)。

デュ・シャトレ夫人(ライプニッツの宿敵ヴォルテールの恋人)が両者の違いに疑問をもったが、彼女が求める証拠
を、その仲間のオランダ人のウィレム・スフラーフェサンデがおこなっていた、重りを柔らかい土の上に落とす実験
の中に見出した。

E=mv^1が正しいとすれば、二番目の重りを一番目の二倍の速度で落とす場合、土に沈む深さも二倍になる。速度が
三倍ならば、深さも三倍になるはずだ。が、スフラーフェサンデの得た結果は違った。小さな真鍮の球を、前に落
としたときの二倍の速度で落としたところ、球は土の四倍の深さの穴を作ったのだ。速度を三倍にすると、深さは
九倍になった。

やがて、エネルギーはmv^2に等しいと考えるのが物理学者の常となった。(ライプニッツの宿敵)ヴォルテールは
恋人の死後にその説(もともとライプニッツのものなのに)の普及に貢献した。


デカルト=ニュートンの説と、ライプニッツの説をカントは調停しようとした(『活力測定考』)。その考察は
ライプニッツを貶めるものだったが、それはカントがライプニッツを理解しなかったためである。

とはいえライプニッツにも不理解の一旦の責任はある。わかり易い論文を書かなかった〜ニュートンの慣性の法則
を取り入れず、潜在的な力を死力、さらに加速度として現性化する力を活力と名付けたが、(形而上学を知的化す
るもので)一般には理解し難かった。

参考:

NHK高校講座
http://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/butsuri/archive/resume025.html
http://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/butsuri/archive/resume035.html
Newton's Laws - Second Law
http://www.youtube.com/watch?v=PF5zxdg9N5s

上記の模索の歴史は以下のアインシュタインが1905年に提唱した方程式にも繋がっていく。
Einstein's Proof of E=mc²
http://www.youtube.com/watch?v=hW7DW9NIO9M
(質料は凝縮されたエネルギーの究極の形である…)

3:22 午前  
Blogger yoji said...

「f = m a」と「E=mv^2」

現在、速度vに加速度v=atを加えることで運動量mvと運動エネルギーmv^2の関係は(数式上)説明できる。
しかし、歴史的には運動法則から単純にエネルギーを考える人びとを説得するには長い時間がかかった。

ニュートンの説( 「f = m a」をエネルギーにそのまま適用する説)だと同型トラック二台が正面衝突すると、双方
の車が有していたエネルギーは全て消失したことになる(ボダニス『E=mc^2』邦訳74−5頁。以下は同書の要約)。

しかし、ライプニッツはエネルギーが増加すると考えた。消失せず、金属片を跳ね回らせたり…、騒乱はいつまでも
続く…(エネルギー保存の法則)。

デュ・シャトレ夫人(ライプニッツの宿敵ヴォルテールの恋人)が両者の違いに疑問をもったが、彼女が求める証拠
を、その仲間のオランダ人のウィレム・スフラーフェサンデがおこなっていた、重りを柔らかい土の上に落とす実験
の中に見出した。

E=mv^1が正しいとすれば、二番目の重りを一番目の二倍の速度で落とす場合、土に沈む深さも二倍になる。速度が
三倍ならば、深さも三倍になるはずだ。が、スフラーフェサンデの得た結果は違った。小さな真鍮の球を、前に落
としたときの二倍の速度で落としたところ、球は土の四倍の深さの穴を作ったのだ。速度を三倍にすると、深さは
九倍になった。

やがて、エネルギーはmv^2に等しいと考えるのが物理学者の常となった。(ライプニッツの宿敵)ヴォルテールは
恋人の死後にその説(もともとライプニッツのものなのに)の普及に貢献した。


デカルト=ニュートンの説と、ライプニッツの説をカントは調停しようとした(『活力測定考』)。その考察は
ライプニッツを貶めるものだったが、それはカントがライプニッツを理解しなかったためである。

とはいえライプニッツにも不理解の責任の一端はある。わかり易い論文を書かなかった〜ニュートンの慣性の法則
を取り入れず、潜在的な力を死力、さらに加速度として現性化する力を活力と名付けたが、(形而上学を知的化す
るもので)一般には理解し難かった。

参考:

NHK高校講座
http://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/butsuri/archive/resume025.html
http://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/butsuri/archive/resume035.html
Newton's Laws - Second Law
http://www.youtube.com/watch?v=PF5zxdg9N5s

上記の模索の歴史は以下のアインシュタインが1905年に提唱した方程式にも繋がっていく。
Einstein's Proof of E=mc²
http://www.youtube.com/watch?v=hW7DW9NIO9M
(質料は凝縮されたエネルギーの究極の形である…)

3:26 午前  
Blogger yoji said...

f = m aは無限に拡大できるわけではない。どんなに加速しても光速を超えられない。

3:31 午前  
Blogger yoji said...

「f = m a」と「E=mv^2」

現在、速度vに加速度v=atを加えることで運動量mvと運動エネルギーmv^2の関係は(数式上)説明できる。
しかし、歴史的には運動法則から単純にエネルギーを考える人びとを説得するには長い時間がかかった。

ニュートンの説( 「f = m a」をエネルギーにそのまま適用する説)だと同型トラック二台が正面衝突すると、双方
の車が有していたエネルギーは全て消失したことになる(ボダニス『E=mc^2』邦訳74−5頁。以下は同書の要約)。

しかし、ライプニッツはエネルギーが増加?すると考えた。消失せず、金属片を跳ね回らせたり…、騒乱はいつまでも
続く…(エネルギー保存の法則)。

デュ・シャトレ夫人(ライプニッツの宿敵ヴォルテールの恋人)が両者の違いに疑問をもったが、彼女が求める証拠
を、その仲間のオランダ人のウィレム・スフラーフェサンデがおこなっていた、重りを柔らかい土の上に落とす実験
の中に見出した。

E=mv^1が正しいとすれば、二番目の重りを一番目の二倍の速度で落とす場合、土に沈む深さも二倍になる。速度が
三倍ならば、深さも三倍になるはずだ。が、スフラーフェサンデの得た結果は違った。小さな真鍮の球を、前に落
としたときの二倍の速度で落としたところ、球は土の四倍の深さの穴を作ったのだ。速度を三倍にすると、深さは
九倍になった。

やがて、エネルギーはmv^2に等しいと考えるのが物理学者の常となった。ヴォルテールは恋人の死後にその説(も
ともと宿敵のライプニッツのものなのに)の普及に貢献した。


デカルト=ニュートンの説と、ライプニッツの説をカントは調停しようとした(『活力測定考』)。その考察は
ライプニッツを貶めるものだったが、それはカントがライプニッツを理解しなかったためである。

とはいえライプニッツにも不理解の責任の一端はある。わかり易い論文を書かなかった〜ニュートンの慣性の法則
を取り入れず、潜在的な力を死力、さらに加速度として現性化する力を活力と名付けたが、(形而上学を知的化す
るもので)一般には理解し難かった。

参考:
NHK高校講座
http://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/butsuri/archive/resume025.html
http://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/butsuri/archive/resume035.html
Newton's Laws - Second Law
http://www.youtube.com/watch?v=PF5zxdg9N5s

上記の模索の歴史は以下のアインシュタインが1905年に提唱した方程式にも繋がっていく。
Einstein's Proof of E=mc²
(質料は凝縮されたエネルギーの究極の形である…)
http://www.youtube.com/watch?v=hW7DW9NIO9M
f = m aは無限に拡大できるわけではない。どんなに加速しても光速を超えられない。

3:34 午前  
Blogger yoji said...

「F= m a」と「E=mv^2」

現在、速度vに加速度v=atを加えることで運動量mvと運動エネルギーmv^2の関係は(数式上)説明できる。
しかし、歴史的には運動法則から単純にエネルギーを考える人びとを説得するには長い時間がかかった。

ニュートンの説( 「F= m a」をエネルギーにそのまま適用する説)だと同型トラック二台が正面衝突すると、双方
の車が有していたエネルギーは全て消失したことになる(ボダニス『E=mc^2』邦訳74−5頁。以下は同書の要約)。

しかし、ライプニッツはエネルギーが増加?すると考えた。消失せず、金属片を跳ね回らせたり…、騒乱はいつまでも
続く…(エネルギー保存の法則)。

デュ・シャトレ夫人(ライプニッツの宿敵ヴォルテールの恋人)が両者の違いに疑問をもったが、彼女が求める証拠
を、その仲間のオランダ人のウィレム・スフラーフェサンデがおこなっていた、重りを柔らかい土の上に落とす実験
の中に見出した。

E=mv^1が正しいとすれば、二番目の重りを一番目の二倍の速度で落とす場合、土に沈む深さも二倍になる。速度が
三倍ならば、深さも三倍になるはずだ。が、スフラーフェサンデの得た結果は違った。小さな真鍮の球を、前に落
としたときの二倍の速度で落としたところ、球は土の四倍の深さの穴を作ったのだ。速度を三倍にすると、深さは
九倍になった。

やがて、エネルギーはmv^2に等しいと考えるのが物理学者の常となった。ヴォルテールは恋人の死後にその説(も
ともと宿敵のライプニッツのものなのに)の普及に貢献した。


デカルト=ニュートンの説と、ライプニッツの説をカントは調停しようとした(『活力測定考』)。その考察は
ライプニッツを貶めるものだったが、それはカントがライプニッツを理解しなかったためである。

とはいえライプニッツにも不理解の責任の一端はある。わかり易い論文を書かなかった〜ニュートンの慣性の法則
を取り入れず、潜在的な力を死力、さらに加速度として現性化する力を活力と名付けたが、(形而上学を知的化す
るもので)一般には理解し難かった。

参考:
NHK高校講座
http://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/butsuri/archive/resume025.html
http://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/butsuri/archive/resume035.html
Newton's Laws - Second Law
http://www.youtube.com/watch?v=PF5zxdg9N5s

上記の模索の歴史は以下のアインシュタインが1905年に提唱した方程式にも繋がっていく。
Einstein's Proof of E=mc²
(質料は凝縮されたエネルギーの究極の形である…)
http://www.youtube.com/watch?v=hW7DW9NIO9M
F = m aは無限に拡大できるわけではない。どんなに加速しても光速を超えられない。

3:39 午前  
Blogger yoji said...

普遍計画143頁
スコラ学者は種は類に含まれるとする
ライプニッツは類は種に含まれる

金属の概念が金の概念に含まれるのだ
内包によって命題を解釈した

3:58 午前  
Blogger yoji said...

スピノザの図解をしたときの問題意識と重なる

4:00 午前  
Blogger yoji said...

[932]9/24(月)00:08 ID:O
物質は『空間』という入れ物の中に存在するのではなく
物質がまずはじめに存在しそれが空間自身を創造している、という
考え方と、非可換幾何学は深遠なレベルでつながっているらしい。

空間を必要としない幾何学の強力さもさることながら
>>920の言う1点しかない空間を土台とする幾何学も
とてつもなくスゴいらしい。これは絶対数学と呼ばれている。

6:13 午前  
Blogger yoji said...

テータ関数は二重周期でドーナツ型であらわせる?
http://www.geocities.jp/ikuro_kotaro/koramu/teta.htm

■テータ関数の応用(その1)
 三角関数は周期2πをもつ一変数一周期の実関数です(sin(x+2π)=sinx).他の周期はその整数倍2nπですから二重周期ではありません.指数関数exp(x)も複素数の世界にはいると,オイラーの等式
  exp(2πi)=1
よりexp(z+2πi)=exp(z)ですから周期2πiをもちますが,これも単周期関数です.
 
 ところが,アーベルとヤコビは一変数二重周期の複素関数,すなわち,
  f(z+p+q)=f(z+p)=f(z+q)=f(z)
を満たすような関数を発見し,さらに,ヤコビは二変数四重周期の関数
  f(z+a+b,w+c+d)=f(z,w)
を発見しています.このように,複素関数のなかには2重周期をもつものがありますが, こ れ は ド ー ナ ツ 面(円環面)上の関数と見ることができます.なぜなら,ドーナツ面は環状に並べられた円と考えることができるからです.
 
 ヤコビの楕円関数sn,cn,dnを三角関数に対応する2重周期関数とするならば,ヤコビのテータ関数は指数関数に対応する擬2重周期関数です.前回のコラムに掲げた保型形式やq展開(変数qはモジュラー関数の計算では常に登場する)との関連で,今回はヤコビのテータ関数について説明することにしますが,不思議なことにテータ関数は数学のみならず物理とも深く関わっています.
 
===================================
 
【1】テータ関数の定義
 
 まず,テータ関数の導入と定義にあたって,複素平面上の関数で,
  (1)f(z+1)=f(z)
  (2)f(z+τ)=ω(z)f(z)
を満足するものと考えることにします.(1)はfが周期Zをもつこと,(2)はτZは周期とはならないが,それに近いものであることを意味します.リウヴィルの定理により,2重周期を有する正則な関数は定数しかないので,2重周期性を少し緩めて定数でない関数を求めようという発想です.
 
 (1)(2)より
  ω(z)f(z)=f(z+τ)=f(z+1+τ)=ω(z+1)f(z+1)=ω(z+1)f(z)
したがって,ω(z+1)=ω(z)でなければなりませんから,
  ω(z)=cexp(-2πiz)
なる関数を採用することにします.
 
 一方,周期性の定義(1)より,q=exp(2πinz)のベキ級数としてフーリエ展開をもつので,(1)をフーリエ変換すると
  f(z)=Σanexp(2πinz)
また,
  Σanexp(2πin(z+τ))=f(z+τ)=ω(z)f(z)=cexp(-2πiz)Σanexp(2πinz)=cΣanexp(2πi(n-1)z)=cΣan+1exp(2πinz)
 
 ここで,exp(2πinz)の係数を比較すると,can+1=anexp(2πinτ),a0=1とおくと一般に
  an=c^(-n)exp(πin(n-1)τ)
となります.
 
 さらに,q=exp(πiτ),c=q^(-1)とおくことによって,an=q^(n^2),したがって,
  f(z)=Σq^(n^2)exp(2πinz)
あるいは,y=exp(πiz)とおくと
  f(z)=Σq^(n^2)y^(2n)
となります.
 
 これがθ3(z)の定義ですが,三角関数を用いると
  θ3(z)=Σq^(n^2)y^(2n)
       =1+2Σq^(n^2)cos(2nπz)
とも表されます.
 
 テータ関数は2変数z,τ(あるいはy,q)の関数なのですが,文献によっては
  q=exp(2πiτ)
  y=exp(2πiz)
としていることもあるので注意してください.
 
===================================
 
 ヤコビが定義したテータ関数はθ3を含めて4つあります.
  θ4(z)=Σ(-1)^nq^(n^2)y^(2n)
     =1+2Σ(-1)^nq^(n^2)cos(2nπz)
  θ2(z)=Σq^((n+1/2)^2)y^(2n+1)
     =2Σq^((n+1/2)^2)cos(2n+1)πz
  θ1(z)=1/iΣ(-1)^nq^((n+1/2)^2)y^(2n+1)
     =2Σ(-1)^nq^((n+1/2)^2)sin(2n+1)πz
 
 qの指数は整数Zや半整数Z+1/2の2乗ですが,このことから整数あるいは半整数のつくる1次元格子上の2次形式と理解することができます.そして,整数・半整数,交代・非交代の組合せから4つのテータ関数が定義されるというわけです.
 
 テータ関数はz+1,z+τに対して
  θ3(z+1)=θ3(z),θ3(z+τ)=Aθ3(z)
  θ4(z+1)=θ4(z),θ4(z+τ)=-Aθ4(z)
  θ2(z+1)=-θ2(z),θ2(z+τ)=Aθ2(z)
  θ1(z+1)=-θ1(z),θ1(z+τ)=-Aθ1(z)
    ここで,A=q^(-1)y^(-2)
 
 z+1/2,z+τ/2,z+1/2+τ/2に対して
  θ3→ θ4    Bθ2   iBθ1
  θ4→ θ3   iBθ1    Bθ2
  θ2→-θ1    Bθ3  -iBθ4
  θ1→ θ2   iBθ4    Bθ3   B=q^(-1/4)y^(-1)
を得ることができます.
 
===================================
 
【2】テータ関数の零点と無限積表示
 
  θ3(z+1)=θ3(z)
  θ3(z+τ)=Aθ3(z),A=q^(-1)y^(-2)
を拡張すると
  θ3(z+m+nτ)=q^(-n^2)y^(-2n)θ3(z)
ですが,テータ関数の零点が
  θ3(m+nτ+1/2+τ/2)=0   (m,nは整数)
(証明は帰納法による)であることより,テータ関数の無限積表示
  θ3(z)=Π(1-q^2m)(1+q^(2m-1)y^2)(1+q^(2m-1)y^(-2))
が得られます.
 
 同様に
  θ4(z+m+nτ)=(-1)^nq^(-n^2)y^(-2n)θ4(z)
  θ2(z+m+nτ)=(-1)^mq^(-n^2)y^(-2n)θ2(z)
  θ1(z+m+nτ)=(-1)^(m+n)q^(-n^2)y^(-2n)θ1(z)
  θ4(m+nτ+τ/2)=0
  θ2(m+nτ+1/2)=0
  θ1(m+nτ)=0
より
  θ4(z)=Π(1-q^2m)(1-q^(2m-1)y^2)(1-q^(2m-1)y^(-2))
  θ2(z)=2q^(1/4)cosπzΠ(1-q^2m)(1+q^2my^2)(1+q^2my^(-2))
  θ1(z)=2q^(1/4)sinπzΠ(1-q^2m)(1-q^2my^2)(1-q^2my^(-2))
 

5:28 午後  
Blogger yoji said...


===================================
 
 ヤコビのテータ関数
  θ3(z)=1+2Σq^(n^2)cos(2nπz)
は指数関数(周期関数)に対応しているのですが,ヤコビはテータ関数を使うことによって,ヤコビの楕円関数(二重周期関数)を表すことにも成功しています.
 
 このように楕円関数論ではθkがzについて擬2重周期(1,τ)をもつ関数として互いに関係する点に注目するのに対して,物理ではθkのτについてのモジュラー関数として着目します.
 
 そこで,簡単のため,z=0(y=1)とおいたものをθk(τ)とかくと,
  θ3(τ)=Π(1-q^2m)(1+q^(2m-1))^2
  θ4(τ)=Π(1-q^2m)(1-q^(2m-1))^2
  θ2(τ)=2q^(1/4)Π(1-q^2m)(1+q^2m)^2
  θ1(τ)=0
  θ1'(τ)=dθ1/dz|(z=0)=2πq^(1/4)Π(1-q^2m)^3
となります.
 
 また,これらより
  πθ2(τ)θ3(τ)θ4(τ)=θ1'(τ)
  θ3^4(τ)=θ2^4(τ)+θ4^4(τ)
などの関係式を導き出すことができます.
 
 ここからはデデキントのイータ関数との関係で
  q=exp(2πiτ)
としますが,周期性
  θ3(τ+1)=θ4(τ)
  θ4(τ+1)=θ3(τ)
  θ2(τ+1)=θ2(τ)exp(πi4)
双対性については,ポアソンの和公式を用いて求めます.
  θ3(-1/τ)=θ3(τ)(-iτ)^(1/2)
  θ4(-1/τ)=θ2(τ)(-iτ)^(1/2)
  θ2(-1/τ)=θ4(τ)(-iτ)^(1/2)
 
===================================
 
【3】テータ関数の応用
 
 ここのところやたらとΠの形の式がでてきましたが,テータ関数はヤコビの3重積公式
  Σq^(m^2)y^m=Π(1-q^2n)(1+yq^(2n-1))(1-yq^(2n-1))
にも結びついています.
 
 ヤコビの3重積公式は無限和と無限積を結びつける公式Σ=Πであって,その重要な応用として,
 (a)オイラーの五角数定理(1750年)
  Π(1-q^n)=Σ(-1)^mq^(m(3m-1)/2))   m(3m-1)/2は五角数
 (b)ヤコビの三角数定理(1829年)
  Π(1-q^n)^3=Σ(-1)^m(2m+1)q^((m^2+m)/2)   (m^2+m)/2は三角数
など,加法的整数論の有名な公式があります.
 
 また,テータ関数が物理で果たしている役割について述べると,デデキントのイータ関数(重さ1/2をもつモジュラー関数)
  η(z)=q^(1/24)Π(1-q^n),q=exp(2πiz)
の双対性
  η(-1/τ)=η(τ)(-iτ)^(1/2)
との類似から
  Z(τ,z)=θ3/η
と定義すると
  Z=q^(-1/24)Π(1+yq^(n-1/2))(1+y^(-1)q^(n-1/2))
 
 分配関数Zは本質的にはθ3なのですが,それをq展開すると
  Z=q^(-1/24){1+(y+y^(-1))q^(1/2)+q+(y+y^(-1))q^(3/2)+・・・}
そして,Zの各項q^ny^sの展開係数はエネルギーn,電荷sをもつ状態がいくつあるか(多重度)を与える物理学上の母関数となっているのです.
 
=================
 さらにこの式は超弦理論とも深い関わりがあるという・・・.ところで,1970年代,フェルマーの問題を征するために必要となるのが楕円曲線であることが明らかになりました.楕円曲線には,楕円曲線と三点で交わる直線で,そのうちの二つの交点の座標がわかれば他の一点の座標も計算でき,二つの点の座標が有理数ならば,他の一点の座標も有理数であるなどの性質をもっています(群構造).
 
 楕円曲線はフェルマー予想の解決で注目された曲線で,楕円関数でパラメトライズされる曲線で,歴史的にいうと楕円関数は楕円積分を源とし,楕円積分の逆関数として導入されました.1994年にはワイルズがフェルマー予想の証明を完成させましたが,同年は超弦理論のサイバーグ・ウィッテン解が発表された年でもあります.そしてどちらの仕事でも楕円曲線が中心的な役割を果たしています.
 =======

5:28 午後  
Blogger yoji said...

「われわれはその事物によって他の事物を表示するために素数を使用するのである。」

(『普遍的記号法の原理』Elementa Characteristicae universalis ,1679「計算の原理」1679、邦訳ライプニッツ著作集1、64−5頁より)

10:31 午後  
Blogger yoji said...

http://yojiseki.exblog.jp/7185445/

1+1=2? 
 Commented at 2012-09-28 14:46 x
ライプニッツは同じ部分を二重に足したら胴体がふたつになってしまうと
新知性論で述べている

10:54 午後  
Blogger yoji said...

現実のみに妥当する原理(充足理由律)は、矛盾律と真に同格であり、、、、、

ラッセル47頁

2:23 午前  
Blogger yoji said...

http://cache.yahoofs.jp/search/cache?c=D3RCClV5L84J&p=Gravesande+leibniz+1746&u=repository.kulib.kyoto-u.ac.jp%2Fdspace%2Fbitstream%2F2433%2F72809%2F1%2Fphs_3_39.pdf#search='Gravesande%20leibniz%201746'


活力論争とは何だったのか

11:29 午後  
Blogger yoji said...

http://www.chart.co.jp/subject/rika/scnet/38/sc38-4.pdf


科学史から何を学ぶか―ス・グラーフェサンデの実験を例に― コ ラ ム(Adobe PDF) 

11:37 午後  
Blogger yoji said...

http://search.yahoo.co.jp/search?p=Gravesande%20%201722&ei=UTF-8

合理力学の一例としての衝突理論 1720–1730年 (Adobe PDF) -htmlで見る
と言うのは,この直後の 1722 年,彼は『物体の衝突に関する新し. い理論の試み』と題 した論文を書くことになるからである(Gravesande 1722/1774). 以下ではこの新旧二 つの理論を順に検討する. 「旧い」理論を考察する上でまず踏まえておくべきなのは, ...
repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/.../2433/.../phs_6_17.pd...

11:43 午後  
Blogger yoji said...

https://picasaweb.google.com/lh/photo/wiTCDVCrbrNkBc_IZuhGpQ

Picasa ウェブ アルバム - Willem Jacob s'Gr...
One issue about which natural philosophers were very much divided in the 18th century was the 'force' of moving bodies. Was it proportional to their velocity (mv), as most English and French scientists thought, or to the square of the velocity (mv^2), as the German mathematician and philosopher Leibniz thought. This issue is known as the 'vis visa' or 'living force' controversy. In the article 'Essay d'une nouvelle theorie sur the choc de corps' published in 1722 by s'Gravesande, he took the side of Leibniz and his adherents. He came to his view through experiments he carried out with this fall apparatus. Brass balls of identical size but different weight are dropped from 4 different, equally spaced heights into a tray containing a layer of clay. The 'force' at which they land is derived from the depth of the impression.

12:58 午前  
Blogger yoji said...

http://image.search.yahoo.co.jp/search?ei=UTF-8&fr=applpd&p=s%27Gravesande+Leibniz+1722+vis#mode%3Ddetail%26index%3D12%26st%3D0


「s'Gravesande Leibniz 1722 vis」の検索結果 - Yahoo!検索(画像)

こちらが鮮明

1:00 午前  
Blogger yoji said...

http://www.refdag.nl/achtergrond/natuur-techniek/ketterse_kogels_toonden_ongelijk_newton_aan_1_624571


Ketterse kogels toonden ongelijk Newton aan - Natuur & Techniek - Reformatorisch Dagblad

1:02 午前  
Blogger yoji said...

http://www.refdag.nl/polopoly_fs/kleibakexperim_1_624625!image/1810328814.jpg

1:07 午前  
Blogger yoji said...

http://www.chart.co.jp/subject/rika/scnet/38/sc38-4.pdf
科学史から何を学ぶか―ス・グラーフェサンデの実験を例に― PDF

Ketterse kogels toonden ongelijk Newton aan - Natuur & Techniek - Reformatorisch Dagblad
http://www.refdag.nl/polopoly_fs/kleibakexperim_1_624625!image/1810328814.jpg


1:10 午前  
Blogger yoji said...

http://ci.nii.ac.jp/naid/110007147244

カントの方法 : 「活力測定考」における数学
Kants Methode : Mathematik in den Gedanken vonder wahren Schatzung der lebendigen krafte

1:15 午前  
Blogger yoji said...

http://ci.nii.ac.jp/lognavi?name=nels&lang=jp&type=pdf&id=ART0009093577

pdf

1:35 午前  
Blogger yoji said...


参考:

カントの方法 : 「活力測定考」における数学
中村修一
Kants Methode : Mathematik in den Gedanken vonder wahren Schatzung der lebendigen krafte
http://ci.nii.ac.jp/naid/110007147244
http://ci.nii.ac.jp/lognavi?name=nels&lang=jp&type=pdf&id=ART0009093577


科学史から何を学ぶか―ス・グラーフェサンデの実験を例に― PDF
http://www.chart.co.jp/subject/rika/scnet/38/sc38-4.pdf

Ketterse kogels toonden ongelijk Newton aan - Natuur & Techniek - Reformatorisch Dagblad
http://www.refdag.nl/polopoly_fs/kleibakexperim_1_624625!image/1810328814.jpg

1:50 午前  
Blogger yoji said...


参考:

カントの方法 : 「活力測定考」における数学
中村修一
Kants Methode : Mathematik in den Gedanken vonder wahren Schatzung der lebendigen krafte
http://ci.nii.ac.jp/naid/110007147244
http://ci.nii.ac.jp/lognavi?name=nels&lang=jp&type=pdf&id=ART0009093577
pdf

科学史から何を学ぶか―ス・グラーフェサンデの実験を例に― PDF
http://www.chart.co.jp/subject/rika/scnet/38/sc38-4.pdf

Ketterse kogels toonden ongelijk Newton aan - Natuur & Techniek - Reformatorisch Dagblad
http://www.refdag.nl/polopoly_fs/kleibakexperim_1_624625!image/1810328814.jpg

1:51 午前  
Blogger yoji said...

力の分子である死力は数学の考察対象
活力は形而上学の考察対象である

ただカントはライプニッツの死力を誤解し
慣性の法則も認めない
こちらはライプニッツも同じ

1:55 午前  
Blogger yoji said...


参考:

カントの方法 : 「活力測定考」における数学
中村修一
Kants Methode : Mathematik in den Gedanken vonder wahren Schatzung der lebendigen krafte
http://ci.nii.ac.jp/naid/110007147244
http://ci.nii.ac.jp/lognavi?name=nels&lang=jp&type=pdf&id=ART0009093577
pdf

科学史から何を学ぶか―ス・グラーフェサンデの実験を例に― PDF
http://www.chart.co.jp/subject/rika/scnet/38/sc38-4.pdf

Ketterse kogels toonden ongelijk Newton aan - Natuur & Techniek - Reformatorisch Dagblad
http://www.refdag.nl/polopoly_fs/kleibakexperim_1_624625!image/1810328814.jpg


カントにとって、力の分肢である死力は数学の考察対象
活力は形而上学の考察対象である

ただカントはライプニッツの死力を誤解し
慣性の法則も認めない(こちらはライプニッツも同じ)

1:57 午前  
Blogger yoji said...


参考:

カントの方法 : 「活力測定考」における数学
中村修一
Kants Methode : Mathematik in den Gedanken vonder wahren Schatzung der lebendigen krafte
http://ci.nii.ac.jp/naid/110007147244
http://ci.nii.ac.jp/lognavi?name=nels&lang=jp&type=pdf&id=ART0009093577
pdf

科学史から何を学ぶか―ス・グラーフェサンデの実験を例に― PDF
http://www.chart.co.jp/subject/rika/scnet/38/sc38-4.pdf

Ketterse kogels toonden ongelijk Newton aan - Natuur & Techniek - Reformatorisch Dagblad
http://www.refdag.nl/polopoly_fs/kleibakexperim_1_624625!image/1810328814.jpg


カントにとって、力の分肢である死力は数学の考察対象
活力は形而上学の考察対象である

ただカントはライプニッツの死力を誤解し
慣性の法則も認めない(こちらはライプニッツも同じ)

カントにとって死力は運動量、
活力は運動エネルギーだが、
ライプニッツの場合は死力は可能態として活力に瞬間毎に転化し得る

2:14 午前  
Blogger yoji said...

追記:
カントにとって死力は運動量、
活力は運動エネルギーだが、
ライプニッツの場合、死力は可能態であり活力として瞬間毎に転化し得る

2:17 午前  
Blogger yoji said...

追記:
カントにとって死力は運動量、
活力は運動エネルギーだが、
ライプニッツの場合、死力は可能態として活力に瞬間毎に転化し得る

2:18 午前  
Blogger yoji said...

ス・グラーフェサンデの実験に関してはこちらの方がいいかも
https://picasaweb.google.com/lh/photo/wiTCDVCrbrNkBc_IZuhGpQ

Picasa ウェブ アルバム - Willem Jacob s'Gr...
One issue about which natural philosophers were very much divided in the 18th century was the 'force' of moving bodies. Was it proportional to their velocity (mv), as most English and French scientists thought, or to the square of the velocity (mv^2), as the German mathematician and philosopher Leibniz thought. This issue is known as the 'vis visa' or 'living force' controversy. In the article 'Essay d'une nouvelle theorie sur the choc de corps' published in 1722 by s'Gravesande, he took the side of Leibniz and his adherents. He came to his view through experiments he carried out with this fall apparatus. Brass balls of identical size but different weight are dropped from 4 different, equally spaced heights into a tray containing a layer of clay. The 'force' at which they land is derived from the depth of the impression.

2:24 午前  
Blogger yoji said...

ス・グラーフェサンデの実験資料はこちらの方がいいかも
https://picasaweb.google.com/lh/photo/wiTCDVCrbrNkBc_IZuhGpQ

One issue about which natural philosophers were very much divided in the 18th century was the 'force' of moving bodies. Was it proportional to their
velocity (mv), as most English and French scientists thought, or to the square of the velocity (mv^2), as the German mathematician and philosopher
Leibniz thought. This issue is known as the 'vis visa' or 'living force' controversy. In the article 'Essay d'une nouvelle theorie sur the choc de corps'
published in 1722 by s'Gravesande, he took the side of Leibniz and his adherents. He came to his view through experiments he carried out with this
fall apparatus. Brass balls of identical size but different weight are dropped from 4 different, equally spaced heights into a tray containing a layer of clay.
The 'force' at which they land is derived from the depth of the impression.

2:26 午前  
Blogger yoji said...

この実験は『活力測定考』の最終章でカントも引用しているが(岩波版全集第一巻
207頁157節以下)、
衝突時の時間が考慮されていないという理解困難?な批判をしている

2:38 午前  
Blogger yoji said...

『活力測定考』には後のカント批判哲学の萌芽があるという
積極的な評価もある

2:40 午前  
Blogger yoji said...

ただし『活力測定考』には後のカント批判哲学の萌芽があるという
積極的な評価もある

(>>の中村論文もそのライン)

2:43 午前  
Blogger yoji said...

|________(感 性 論)________|_______(論 理 学)|要約|__|__|
|           |           |     |   分 析 論 (対概念)同一/相違
|           |           |     |     |     |一致/反対|
|           |           |     | 図式論 | 付録: |内的/外的|
|           |           |__原 則 分 析__|_反省概念の_規定/被規定
|           |           |原則の体系|     | 二義性 | a  b| 
|           |           |0_|分析|現象と可想|(ライプ |:注(無)|
|           |           | aーd、|根拠(初版| ニッツ)| c  d|

そのライプニッツ批判は不当だが
逆に両者の接点をあらわす


不可同一ー共存、作用
モナドーー時空

反省における可感界と可想混同

1:36 午前  
 yoji said...
4
2,3
1

3:07 午前  

5:42 午前  
Blogger yoji said...

|           |           |     |   分 析 論   |同一/相違|
|           |           |     |     |   (対概念)一致/反対
|           |           |     | 図式論 | 付録: |内的/外的|
|           |           |__原 則 分 析__|_反省概念の_規定/被規定
|           |           |原則の体系|     | 二義性 | a  b| 
|           |           |0_|分析|現象と可想|(対ライプ|:注(無)|
|           |           | aーd、|根拠(初版| ニッツ)| c  d|
原   理   論(感性論と論理学)______|総合|体系|、◯直観)|_____|_____|



カントの
そのライプニッツ批判は不当だが
逆に両者の接点をあらわす


不可同一ー共存、作用
モナドーー時空

反省における可感界と可想混同

1:36 午前  
 yoji said...
4
2,3
1

3:07 午前  

5:44 午前  
Blogger yoji said...

http://nam-students.blogspot.jp/2010/09/1663.html

ライプニッツ「第一の真理」(Primae Veritaes)1、4
http://nam-students.blogspot.com/2009/01/primae-veritaes.html
ライプニッツによる肉体-魂-ペンタグラムの素描 1663年頃。 2
http://nam-students.blogspot.jp/2010/09/1663.html
ライプニッツの法学2
http://yojiseki.exblog.jp/9855090/
http://nam-students.blogspot.com/2010/01/blog-post_28.html
バークリと微分積分 3
http://nam-students.blogspot.com/2010/01/blog-post_21.html
ライプニッツ24の命題 3、4
http://nam-students.blogspot.com/2009/12/1690.html
ライプニッツとパスカル
http://nam-students.blogspot.com/2010/01/blog-post.html

__原理______存在の分類__包摂___________主語__述語_____無限__________
1、矛盾律     同一的なもの 自立的包摂        神   属性     それ自身による〜
2、類比の原理   定義可能   相互的包摂        外延  関係     原因による〜 
3、充分理由律   条件づけ可能 一方向的局限可能包摂   内包  関係     内的極限を持つ〜の系列 
4、不可識別者同一 個体     一方向的局限不可能包摂  実体  様式、出来事 内的極限を持つ〜の系列


     \//////        無矛盾
      \////        2、類比の原理 
同一律    \//        /|(結合法)
同一的なもの  \        / ↑| 
    &  /_\______/__|______
 1、矛盾律    \/////分析的|//////
(例:        \///(潜在 ↓|//////
アルファベット)    \/ 的同一)|//////
            /\充分理由律|//////
___________/__\3  ↓  |//////
/////////// (記号法、  |//////
////////// 微分積分dy/dx)|//////
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
////////          ↑  |//////    
///////4、不可識別者同一の原理|//////

カントは結合法論を理解しなかった

5:47 午前  
Blogger yoji said...

|           |           |     |   分 析 論   |同一/相違|
|           |           |     |     |   (対概念)一致/反対
|           |           |     | 図式論 | 付録: |内的/外的|
|           |           |__原 則 分 析__|_反省概念の_規定/被規定
|           |           |原則の体系|     | 二義性 | a  b| 
|           |           |0_|分析|現象と可想|(対ライプ|:注(無)|
|           |           | aーd、|根拠(初版| ニッツ)| c  d|
原   理   論(感性論と論理学)______|総合|体系|、◯直観)|_____|_____|


カントのライプニッツ批判は不当だが
逆に両者の接点をあらわす

不可同一ー共存、作用
モナドーー時空

反省における可感界と可想を混同しているとされる

4
2,3
1

5:48 午前  
Blogger yoji said...

…力がそれの産出しう
る効果の量によって、例えばその力が所与の大きさと
種類の重い物体を持ちあげうる高さによって算定され
るべきであって、その力が物体に移し籠めうる速度に
よっては算定されるべきではないということが明らか
である。

「自然法則におけるデカルト…の顕著な誤謬…について」
ライプニッツ著作集第三巻388頁

…2倍だけ高い音を出すためには、弦が4
倍[の重さ]の錘で張らなければならないということ
にもなるのである。なぜならば錘は力能を表示し、弦の
音は振動の速度を表示するからである。しかし究極的
な理由は、運動それ自体はなんら絶対的で実在的なも
のではないということである。

「自然法則におけるデカルト…の顕著な誤謬…について」
ライプニッツ著作集第三巻395頁

8:40 午前  
Blogger yoji said...


    __
   /_/|
 A |_|/ C_
         |
         |
         |
         _
         | 
         |
         |
         _4       __
         |       /_/|
         |      /_/|| 
         |    B |_|/|
         _      |_|/    E_ 
         |       /_/|    | 
    __   |      /_/||    |1
   /_/|  |   (B)|_|/|    |
(A)|_|/ D_      |_|/    F_


…1ポンドの物体Aを4ヤードの高さCDまで持ちあげるのに要する力は、4ポンド
の物体Bを1ヤードの高さEFの高さにまで持ちあげるのに要する力に等しいと前提する。

…高さCDから落下した物体Aは、高さEFから落とした物体Bと正確に同じ大きさ
の力を獲得したになるということが帰結する。

…Dにおける物体Aの力とFにおける物体Bの力は等しい。

…力がそれの産出しうる効果の量によって、例えばその力が所与の大きさと種類の重い物体を
持ちあげうる高さによって算定するべきであって、その力が物体に移し籠めうる速度に
よっては算定されるべきではないことが明らかである。じっさい、同じ物体に2倍の
速度を与えるためには2倍に力ではなく、それよりも大きな力が必要とされるのである。

「自然法則に関するデカルトおよび他の学者たちの顕著な誤謬について‥」1686
邦訳『ライプニッツ著作集3』387〜8頁

10:21 午前  
Blogger yoji said...


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…1ポンドの物体Aを4ヤードの高さCDまで持ちあげるのに要する力は、4ポンド
の物体Bを1ヤードの高さEFの高さにまで持ちあげるのに要する力に等しいと前提する。

…高さCDから落下した物体Aは、高さEFから落とした物体Bと正確に同じ大きさ
の力を獲得したになるということが帰結する。

…Dにおける物体Aの力とFにおける物体Bの力は等しい。

…力がそれの産出しうる効果の量によって、例えばその力が所与の大きさと種類の重い物体を
持ちあげうる高さによって算定するべきであって、その力が物体に移し籠めうる速度に
よっては算定されるべきではないことが明らかである。じっさい、同じ物体に2倍の
速度を与えるためには2倍に力ではなく、それよりも大きな力が必要とされるのである。

「自然法則に関するデカルトおよび他の学者たちの顕著な誤謬について‥」1686
邦訳『ライプニッツ著作集3』387〜8頁





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        |速       /|   
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10:26 午前  
Blogger yoji said...


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…1ポンドの物体Aを4ヤードの高さCDまで持ちあげるのに要する力は、4ポンド
の物体Bを1ヤードの高さEFの高さにまで持ちあげるのに要する力に等しいと前提する。

…高さCDから落下した物体Aは、高さEFから落とした物体Bと正確に同じ大きさ
の力を獲得したになるということが帰結する。…Dにおける物体Aの力とFにおける物体Bの力は等しい。

…力がそれの産出しうる効果の量によって、例えばその力が所与の大きさと種類の重い物体を
持ちあげうる高さによって算定するべきであって、その力が物体に移し籠めうる速度に
よっては算定されるべきではないことが明らかである。じっさい、同じ物体に2倍の
速度を与えるためには2倍に力ではなく、それよりも大きな力が必要とされるのである。

「自然法則に関するデカルトおよび他の学者たちの顕著な誤謬について‥」1686
邦訳『ライプニッツ著作集3』387〜8頁

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10:28 午前  
Blogger yoji said...




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…1ポンドの物体Aを4ヤードの高さCDまで持ちあげるのに要する力は、4ポンド
の物体Bを1ヤードの高さEFの高さにまで持ちあげるのに要する力に等しいと前提する。

…高さCDから落下した物体Aは、高さEFから落とした物体Bと正確に同じ大きさ
の力を獲得したになるということが帰結する。…Dにおける物体Aの力とFにおける物体Bの力は等しい。

…力がそれの産出しうる効果の量によって、例えばその力が所与の大きさと種類の重い物体を
持ちあげうる高さによって算定するべきであって、その力が物体に移し籠めうる速度に
よっては算定されるべきではないことが明らかである。じっさい、同じ物体に2倍の
速度を与えるためには2倍に力ではなく、それよりも大きな力が必要とされるのである。

「自然法則に関するデカルトおよび他の学者たちの顕著な誤謬について‥」1686
(邦訳『ライプニッツ著作集3』387〜8頁)

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10:29 午前  
Blogger yoji said...

http://nam-students.blogspot.jp/2010/09/1663.html

ライプニッツ「第一の真理」(Primae Veritaes)1、4
http://nam-students.blogspot.com/2009/01/primae-veritaes.html
ライプニッツによる肉体-魂-ペンタグラムの素描 1663年頃。 2
http://nam-students.blogspot.jp/2010/09/1663.html
ライプニッツの法学2
http://yojiseki.exblog.jp/9855090/
http://nam-students.blogspot.com/2010/01/blog-post_28.html
バークリと微分積分 3
http://nam-students.blogspot.com/2010/01/blog-post_21.html
ライプニッツ24の命題 3、4
http://nam-students.blogspot.com/2009/12/1690.html
ライプニッツとパスカル
http://nam-students.blogspot.com/2010/01/blog-post.html

__原理______存在の分類__包摂___________主語__述語_____無限__________
1、矛盾律     同一的なもの 自立的包摂        神   属性     それ自身による〜
2、類比の原理   定義可能   相互的包摂        外延  関係     原因による〜 
3、充分理由律   条件づけ可能 一方向的局限可能包摂   内包  関係     内的極限を持つ〜の系列 
4、不可識別者同一 個体     一方向的局限不可能包摂  実体  様式、出来事 内的極限を持つ〜の系列


     \//////        無矛盾
      \////        2、類比の原理 
同一律    \//        /|(結合法)
同一的なもの  \        / ↑| 
    &  /_\______/__|______
 1、矛盾律    \/////分析的|//////
(例:        \///(潜在 ↓|//////
アルファベット)    \/ 的同一)|//////
            /\充分理由律|//////
___________/__\3  ↓  |//////
/////////// (記号法、  |//////
////////// 微分積分dy/dx)|//////
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
////////          ↑  |//////    
///////4、不可識別者同一の原理|//////

マルクスがプルードンの交換銀行論を理解出来なかったように
カントはライプニッツの結合法論を理解しなかった
それらは理想と現実を繋ぐ実践方法かつ統整的理念だった。
哲学も社会運動もこのために50〜100年遅れた。

8:17 午後  
Blogger yoji said...

結合法論がなければライプニッツの個々の真理はバラバラである
ラッセルがそれを訂正した

8:19 午後  
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ライプニッツ「第一の真理」(Primae Veritaes)1、4
http://nam-students.blogspot.com/2009/01/primae-veritaes.html
ライプニッツによる肉体-魂-ペンタグラムの素描 1663年頃。 2
http://nam-students.blogspot.jp/2010/09/1663.html
ライプニッツの法学2
http://yojiseki.exblog.jp/9855090/
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バークリと微分積分 3
http://nam-students.blogspot.com/2010/01/blog-post_21.html
ライプニッツ24の命題 3、4
http://nam-students.blogspot.com/2009/12/1690.html
ライプニッツとパスカル
http://nam-students.blogspot.com/2010/01/blog-post.html

__原理______存在の分類__包摂___________主語__述語_____無限__________
1、矛盾律     同一的なもの 自立的包摂        神   属性     それ自身による〜
2、類比の原理   定義可能   相互的包摂        外延  関係     原因による〜 
3、充分理由律   条件づけ可能 一方向的局限可能包摂   内包  関係     内的極限を持つ〜の系列 
4、不可識別者同一 個体     一方向的局限不可能包摂  実体  様式、出来事 内的極限を持つ〜の系列


     \//////        無矛盾
      \////        2、類比の原理 
同一律    \//        /|(結合法)
同一的なもの  \        / ↑| 
    &  /_\______/__|______
 1、矛盾律    \/////分析的|//////
(例:        \///(潜在 ↓|//////
アルファベット)    \/ 的同一)|//////
            /\充分理由律|//////
___________/__\3  ↓  |//////
/////////// (記号法、  |//////
////////// 微分積分dy/dx)|//////
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
////////          ↑  |//////    
///////4、不可識別者同一の原理|//////
//////     (モナド1/∞) |//////
(参照:ドゥルーズ『ライプニッツ』)

マルクスがプルードンの交換銀行論を理解出来なかったように
カントはライプニッツの結合法論を理解しなかった
それらは理想と現実を繋ぐ実践方法かつ統整的理念だった。
哲学も社会運動もこのために50〜100年遅れた。

9:27 午後  
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ライプニッツ「第一の真理」(Primae Veritaes)1、4
http://nam-students.blogspot.com/2009/01/primae-veritaes.html
ライプニッツによる肉体-魂-ペンタグラムの素描 1663年頃。 2
http://nam-students.blogspot.jp/2010/09/1663.html
ライプニッツの法学2
http://yojiseki.exblog.jp/9855090/
http://nam-students.blogspot.com/2010/01/blog-post_28.html
バークリと微分積分 3
http://nam-students.blogspot.com/2010/01/blog-post_21.html
ライプニッツ24の命題 3、4
http://nam-students.blogspot.com/2009/12/1690.html
ライプニッツとパスカル
http://nam-students.blogspot.com/2010/01/blog-post.html

__原理______存在の分類__包摂___________主語__述語_____無限__________
1、矛盾律     同一的なもの 自立的包摂        神   属性     それ自身による〜
2、類比の原理   定義可能   相互的包摂        外延  関係     原因による〜 
3、充分理由律   条件づけ可能 一方向的局限可能包摂   内包  関係     内的極限を持つ〜の系列 
4、不可識別者同一 個体     一方向的局限不可能包摂  実体  様式、出来事 内的極限を持つ〜の系列


     \//////        無矛盾
      \////        2、類比の原理 
同一律    \//        /|(結合法)
同一的なもの  \        / ↑| 
    &  /_\______/__|______
 1、矛盾律    \/////分析的|//////
(例:        \///(潜在 ↓|//////
アルファベット)    \/ 的同一)|//////
            /\充分理由律|//////
___________/__\3  ↓  |//////
/////////// (記号法、  |//////
////////// 微分積分dy/dx)|//////
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
////////          ↑  |//////    
///////4、不可識別者同一の原理|//////
//////     (モナド1/∞) |//////

(参照:ドゥルーズ『ライプニッツ』)

マルクスがプルードンの交換銀行論を理解出来なかったように
カントはライプニッツの結合法論を理解しなかった
それらは理想と現実を繋ぐ実践方法かつ統整的理念だった。
哲学も社会運動もこのために50〜100年遅れた。

結合法論がなければライプニッツの個々の真理はバラバラである。
ラッセルがそれを訂正した。


9:28 午後  
Blogger yoji said...


論理演算に先鞭をつけた「結合法論」
http://www.wisdomtex.com/Leibniz/1.html

 ライプニッツは哲学の教授資格取得論文に取り組み、1665年に「結合に関する算術的論議」(Disputatio arithmetica de complexionibus)を著した。ライプニッツはこの論文で教授資格を取得できなかったが、その内容は1966年の小論文「結合法論」(De Arte Combinatoria)に発展し、若き日のライプニッツの独創性を世に知らしめることになる。

11:50 午後  
Blogger yoji said...




論理演算に先鞭をつけた「結合法論」
http://www.wisdomtex.com/Leibniz/1.html

 ライプニッツは哲学の教授資格取得論文に取り組み、1665年に「結合に関する算術的論議」(Disputatio arithmetica de complexionibus)を著した。ライプニッツはこの論文で教授資格を取得できなかったが、その内容は1666年の小論文「結合法論」(De Arte Combinatoria)に発展し、若き日のライプニッツの独創性を世に知らしめることになる。

11:50 午後  
Blogger yoji said...

超越論的分析論、反省の二義性におけるカントのライプニッツ批判

////\    時間的    ///////
/←不可識別者同一 |  理由律→//////
//////\  過去   /////////
///////\  |  /////可想界//
////////\可感界///////////  
____ 空間的_\|/_空間的(=物自体)//___
//////////|\///////////
///////// | \//////////
//////// 未来  \/////////
////←モナド  | ←←時間空間/////
//////  時間的    \///////
 可想界       可感界

ライプニッツは悟性と感性を混同(←、→)、感性を知性化(←←)したと批判される。
カントは質料より形式を第一に置く。無は改めて空間として位置付けられる。
本来の時空図では過去と未来は上下逆。なお、上図は、

分量 性質
  +
関係 様相

の順を守っている。
(参考:ミンコフスキー時空図、湯川秀樹『物理講義』)

以文社版解説が簡潔で特に参考になる。上375頁〜


他にb248に活力論争を連想させるクッションに関する記述があり、
因果律としての時間関係が強調される。
第二版序文にもヴォルフ批判があるがこれも活力論争の名残りか?

相対性理論やリーマン幾何学を見るとカントはやはり一面的だ。
総合的な数学がカント自身を自己否定するだろう。


ライプニッツの原理

     \//////        無矛盾
      \////        2、類比の原理 
同一律    \//        /|(結合法)
同一的なもの  \        / ↑| 
    &  /_\______/__|______
 1、矛盾律    \/////分析的|//////
(例:        \///(潜在 ↓|//////
アルファベット)    \/ 的同一)|//////
            /\充分理由律|//////
___________/__\3  ↓  |//////
/////////// (記号法、  |//////
////////// 微分積分dy/dx)|//////
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
////////          ↑  |//////    
///////4、不可識別者同一の原理|//////
//////     (モナド1/∞) |//////

__原理______存在の分類__包摂___________主語__述語_____無限_________
1、矛盾律     同一的なもの 自立的包摂        神   属性     それ自身による〜
2、類比の原理   定義可能   相互的包摂        外延  関係     原因による〜 
3、充分理由律   条件づけ可能 一方向的局限可能包摂   内包  関係     内的極限を持つ〜の系列
4、不可識別者同一 個体     一方向的局限不可能包摂  実体  様式、出来事 内的極限を持つ〜の系列

(参照:ドゥルーズ『ライプニッツ』)

マルクスがプルードンの交換銀行論を理解出来なかったように、
カントはライプニッツの結合法論を理解出来なかった。
それらは理想と現実を繋ぐ実践方法かつ統整的理念だった。
哲学も社会運動もこのために50〜100年遅れた。

結合法論がなければライプニッツの個々の真理はバラバラである。
ラッセルがそれを訂正した。

なお結合法論はゲーデルの定理や認証システムに応用されている。
それがなければ無限の書籍の中にカントの書籍も埋もれてしまう。

12:11 午前  
Blogger yoji said...


>ニュートンの説( 「F= m a」をエネルギーにそのまま適用する説)だと同型トラック二台が正面衝突すると、双方
>の車が有していたエネルギーは全て消失したことになる(ボダニス『E=mc^2』邦訳74−5頁。以下は同書の要約)。

「負量の概念」1763でカントは運動量に関するこのタイプの一実験を神秘化する。
第一批判ではさらにこれを理由律批判の根拠とする。
(「負量」という概念で人間の悪を説明するまではいいが、、、)
しかし、この実験は何処にも神秘はない。むしろ二物体の衝突時に
運動エネルギーが放出される場合を検討すべきなのだ。
これもエネルギー保存の法則が確認されるだけだが、よりライプニッツに
近づく。
要するにカントはライプニッツを理解せずにライプニッツを批判した。
やはり結合法論への無理解が背後にある。

5:39 午後  
Blogger yoji said...


>ニュートンの説( 「F= m a」をエネルギーにそのまま適用する説)だと同型トラック二台が正面衝突すると、双方
>の車が有していたエネルギーは全て消失したことになる(ボダニス『E=mc^2』邦訳74−5頁。以下は同書の要約)。

「負量の概念」1763でカントは運動量に関するこのタイプの一実験を神秘化する。
第一批判ではさらにこれを理由律批判の根拠とする。
(「負量」という概念で人間の悪を説明するまではいいが、、、*)
しかし、この実験は何処にも神秘はない。むしろ二物体の衝突時に
運動エネルギーが放出される場合を検討すべきなのだ。
これもエネルギー保存の法則が確認されるだけだが、よりライプニッツに
近づく。
要するにカントはライプニッツを理解せずにライプニッツを批判した。
やはり結合法論への無理解が背後にある。


これも実はライプニッツの受け売りである。
カントはライプニッツを批判しつつライプニッツから盗んでいる。

ライプニッツの法学
http://nam-students.blogspot.com/2010/01/blog-post_28.html
http://yojiseki.exblog.jp/9855090/

5:44 午後  
Blogger yoji said...


>ニュートンの説( 「F= m a」をエネルギーにそのまま適用する説)だと同型トラック二台が正面衝突すると、双方
>の車が有していたエネルギーは全て消失したことになる(ボダニス『E=mc^2』邦訳74−5頁。以下は同書の要約)。

「負量の概念」1763でカントは運動量に関するこのタイプの一実験を神秘化する。
第一批判ではさらにこれを理由律批判の根拠とする(光文社文庫第三巻の解説が詳しい)。
(「負量」という概念で人間の悪を説明するまではいいが、、、*)
しかし、この実験は何処にも神秘はない。むしろ二物体の衝突時に
運動エネルギーが放出される場合を検討すべきなのだ。
これもエネルギー保存の法則が確認されるだけだが、よりライプニッツに
近づく。
要するにカントはライプニッツを理解せずにライプニッツを批判した。
やはり結合法論への無理解が背後にある。


これも実はライプニッツの受け売りである。
カントはライプニッツを批判しつつライプニッツから盗んでいる。

ライプニッツの法学
http://nam-students.blogspot.com/2010/01/blog-post_28.html
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5:47 午後  
Blogger yoji said...


>ニュートンの説( 「F= m a」をエネルギーにそのまま適用する説)だと同型トラック二台が正面衝突すると、双方
>の車が有していたエネルギーは全て消失したことになる(ボダニス『E=mc^2』邦訳74−5頁。以下は同書の要約)。

「負量の概念」1763でカントは運動量に関するこのタイプの一実験を神秘化する。
第一批判ではさらにこれを理由律批判(光文社文庫第三巻の解説が詳しい)の根拠とする。
(「負量」という概念で人間の悪を説明するまではいいが、、、*)
しかし、この実験は何処にも神秘はない。むしろ二物体の衝突時に
運動エネルギーが放出される場合を検討すべきなのだ。
これもエネルギー保存の法則が確認されるだけだが、よりライプニッツに
近づく。
要するにカントはライプニッツを理解せずにライプニッツを批判した。
やはり結合法論への無理解が背後にある。


これも実はライプニッツの受け売りである。
カントはライプニッツを批判しつつライプニッツから盗んでいる。

ライプニッツの法学
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5:48 午後  
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カントは「形而上学的認識の第一真理」1755で矛盾律と理由律、特に矛盾律を批判している。

5:54 午後  
Blogger yoji said...


>ニュートンの説( 「F= m a」をエネルギーにそのまま適用する説)だと同型トラック二台が正面衝突すると、双方
>の車が有していたエネルギーは全て消失したことになる(ボダニス『E=mc^2』邦訳74−5頁。以下は同書の要約)。

「負量の概念」1763でカントは運動量に関するこのタイプの一実験を神秘化する。
第一批判ではさらにこれを理由律批判(光文社文庫第三巻の解説が詳しい)の根拠とする*。
(「負量」という概念で人間の悪を説明するまではいいが、、、**)
しかし、この実験は何処にも神秘はない。むしろ二物体の衝突時に
運動エネルギーが放出される場合を検討すべきなのだ。
これもエネルギー保存の法則が確認されるだけだが、よりライプニッツに
近づく。
要するにカントはライプニッツを理解せずにライプニッツを批判した。
やはり結合法論への無理解が背後にある。

*カントは「形而上学的認識の第一真理」1755でも同じ論理で矛盾律と理由律を批判している。

**
これも実はライプニッツの受け売りである。
カントはライプニッツを批判しつつライプニッツから盗んでいる。

ライプニッツの法学
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http://yojiseki.exblog.jp/9855090/

6:02 午後  
Blogger yoji said...


>ニュートンの説( 「F= m a」をエネルギーにそのまま適用する説)だと同型トラック二台が正面衝突すると、双方
>の車が有していたエネルギーは全て消失したことになる(ボダニス『E=mc^2』邦訳74−5頁。以下は同書の要約)。

「負量の概念」1763でカントは運動量に関するこのタイプの一実験を神秘化する。
第一批判ではさらにこれを理由律批判(光文社文庫第三巻の解説が詳しい)の根拠とする*。
(「負量」という概念で人間の悪を説明するまではいいが、、、**)
しかし、この実験は何処にも神秘はない。むしろ二物体の衝突時に
運動エネルギーが放出される場合を検討すべきなのだ。
これもエネルギー保存の法則が確認されるだけだが、よりライプニッツに
近づく。
要するにカントはライプニッツを理解せずにライプニッツを批判した。
やはり結合法論への無理解が背後にある。

*カントは「形而上学的認識の第一真理」1755でも同じ論理で矛盾律と理由律を批判している。

**
これも実はライプニッツの受け売りである。
カントはライプニッツを批判しつつライプニッツから盗んでいる。

ライプニッツの法学
http://nam-students.blogspot.com/2010/01/blog-post_28.html
http://yojiseki.exblog.jp/9855090/

参照:理想社版カント全集第二巻

6:13 午後  
Blogger yoji said...


>ニュートンの説( 「F= m a」をエネルギーにそのまま適用する説)だと同型トラック二台が正面衝突すると、双方
>の車が有していたエネルギーは全て消失したことになる(ボダニス『E=mc^2』邦訳74−5頁。以下は同書の要約)。

「負量の概念」1763でカントは運動量に関するこのタイプの一実験を神秘化する。
第一批判ではさらにこれを理由律批判(光文社文庫第三巻の解説が詳しい)の根拠とする*。
(「負量」という概念で人間の悪を説明するまではいいが、、、**)
しかし、この実験は何処にも神秘はない。むしろ二物体の衝突時に
運動エネルギーが放出される場合を検討すべきなのだ。
これもエネルギー保存の法則が確認されるだけだが、よりライプニッツに
近づく。
要するにカントはライプニッツを理解せずにライプニッツを批判した。
やはり結合法論への無理解が背後にある。

*カントは「形而上学的認識の第一真理」1755でも同じ論理で矛盾律と理由律を批判している。
(参照:理想社版カント全集第二巻)

**
これも実はライプニッツの受け売りである。
カントはライプニッツを批判しつつライプニッツから盗んでいる。

ライプニッツの法学
http://nam-students.blogspot.com/2010/01/blog-post_28.html
http://yojiseki.exblog.jp/9855090/

6:15 午後  
Blogger yoji said...

相対性理論やリーマン幾何学を見るとカントはやはり一面的だ。
総合的な数学が今度はカント自身を自己否定するだろう。


ライプニッツの原理:メモ

     \//////        無矛盾
      \////        2、類比の原理 
同一律    \//        /|(結合法)
同一的なもの  \        / ↑| 
    &  /_\______/__|______
 1、矛盾律    \/////分析的|//////
(例:        \///(潜在 ↓|//////
アルファベット)    \/ 的同一)|//////
            /\充分理由律|//////
___________/__\3  ↓  |//////
/////////// (記号法、  |//////
////////// 微分積分dy/dx)|//////
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
////////          ↑  |//////    
///////4、不可識別者同一の原理|//////
//////     (モナド1/∞) |//////

__原理______存在の分類__包摂___________主語__述語_____無限_________
1、矛盾律     同一的なもの 自立的包摂        神   属性     それ自身による〜
2、類比の原理   定義可能   相互的包摂        外延  関係     原因による〜 
3、充分理由律   条件づけ可能 一方向的局限可能包摂   内包  関係     内的極限を持つ〜の系列
4、不可識別者同一 個体     一方向的局限不可能包摂  実体  様式、出来事 内的極限を持つ〜の系列

(参照:ドゥルーズ『ライプニッツ』)

マルクスがプルードンの交換銀行論を理解出来なかったように、
カントはライプニッツの結合法論を理解出来なかった。
それらは理想と現実を繋ぐ実践方法かつ統整的理念だった。
哲学も社会運動もこのために50〜100年遅れた。

結合法論がなければライプニッツの個々の真理はバラバラである。
ラッセルがそれを訂正した。

なお結合法論はゲーデルの定理や認証システムに応用されている。
それがなければ無限の書籍の中にカントの書籍も埋もれてしまう。

6:16 午後  
Blogger yoji said...


>ニュートンの説( 「F= m a」をエネルギーにそのまま適用する説)だと同型トラック二台が正面衝突すると、双方
>の車が有していたエネルギーは全て消失したことになる(ボダニス『E=mc^2』邦訳74−5頁。以下は同書の要約)。

「負量の概念」1763でカントは運動量に関するこのタイプの一実験を神秘化する。
第一批判ではさらにこれを理由律批判(光文社文庫第三巻の解説が詳しい)の根拠とする*。
(「負量」という概念で人間の悪を説明するまではいいが、、、**)
しかし、この実験は何処にも神秘はない。むしろ二物体の衝突時に運動エネルギーが
放出される場合を検討すべきなのだ。
これもエネルギー保存の法則が確認されるだけだが、よりライプニッツに近づく。
要するにカントはライプニッツを理解せずにライプニッツを批判した。
やはり結合法論への無理解が背後にある。

*カントは「形而上学的認識の第一真理」1755でも同じ論理で矛盾律と理由律を批判している。
(参照:理想社版カント全集第二巻)

**
これも実はライプニッツの受け売りである。
カントはライプニッツを批判しつつライプニッツから盗んでいる。

ライプニッツの法学http://d.hatena.ne.jp/theseus/comment?date=20090416

6:21 午後  
Blogger yoji said...

相対性理論やリーマン幾何学を見るとカントはやはり一面的だ。総合的な数学観が今度はカント自身を自己否定するだろう。


ライプニッツの原理:メモ

     \//////        無矛盾
      \////        2、類比の原理 
同一律    \//        /|(結合法)
同一的なもの  \        / ↑| 
    &  /_\______/__|______
 1、矛盾律    \/////分析的|//////
(例:        \///(潜在 ↓|//////
アルファベット)    \/ 的同一)|//////
            /\充分理由律|//////
___________/__\3  ↓  |//////
/////////// (記号法、  |//////
////////// 微分積分dy/dx)|//////
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
////////          ↑  |//////    
///////4、不可識別者同一の原理|//////
//////     (モナド1/∞) |//////

__原理______存在の分類__包摂___________主語__述語_____無限_________
1、矛盾律     同一的なもの 自立的包摂        神   属性     それ自身による〜
2、類比の原理   定義可能   相互的包摂        外延  関係     原因による〜 
3、充分理由律   条件づけ可能 一方向的局限可能包摂   内包  関係     内的極限を持つ〜の系列
4、不可識別者同一 個体     一方向的局限不可能包摂  実体  様式、出来事 内的極限を持つ〜の系列

(参照:ドゥルーズ『ライプニッツ』)

マルクスがプルードンの交換銀行論を理解出来なかったように、
カントはライプニッツの結合法論を理解出来なかった。
それらは理想と現実を繋ぐ実践方法かつ統整的理念だった。
哲学も社会運動もこのために50〜100年遅れた。

結合法論がなければライプニッツの個々の真理はバラバラである。
ラッセルがそれを訂正した。

なお結合法論はゲーデルの定理や認証システムに応用されている。
それがなければ無限の書籍の中にカントの書籍も埋もれてしまう。

6:23 午後  
Blogger yoji said...

相対性理論やリーマン幾何学を見るとカントはやはり一面的だ。総合的な数学観が今度はカント自身をも自己否定するだろう。


ライプニッツの原理:メモ

     \//////        無矛盾
      \////        2、類比の原理 
同一律    \//        /|(結合法)
同一的なもの  \        / ↑| 
    &  /_\______/__|______
 1、矛盾律    \/////分析的|//////
(例:        \///(潜在 ↓|//////
アルファベット)    \/ 的同一)|//////
            /\充分理由律|//////
___________/__\3  ↓  |//////
/////////// (記号法、  |//////
////////// 微分積分dy/dx)|//////
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
////////          ↑  |//////    
///////4、不可識別者同一の原理|//////
//////     (モナド1/∞) |//////

__原理______存在の分類__包摂___________主語__述語_____無限_________
1、矛盾律     同一的なもの 自立的包摂        神   属性     それ自身による〜
2、類比の原理   定義可能   相互的包摂        外延  関係     原因による〜 
3、充分理由律   条件づけ可能 一方向的局限可能包摂   内包  関係     内的極限を持つ〜の系列
4、不可識別者同一 個体     一方向的局限不可能包摂  実体  様式、出来事 内的極限を持つ〜の系列

(参照:ドゥルーズ『ライプニッツ』)

マルクスがプルードンの交換銀行論を理解出来なかったように、
カントはライプニッツの結合法論を理解出来なかった。
それらは理想と現実を繋ぐ実践方法かつ統整的理念だった。
哲学も社会運動もこのために50〜100年遅れた。

結合法論がなければライプニッツの個々の真理はバラバラである。
ラッセルがそれを訂正した。

なお結合法論はゲーデルの定理や認証システムに応用されている。
それがなければ無限の書籍の中にカントの書籍も埋もれてしまう。

6:23 午後  
Blogger yoji said...

>ニュートンの説( 「F= m a」をエネルギーにそのまま適用する説)だと同型トラック二台が正面衝突すると、双方
>の車が有していたエネルギーは全て消失したことになる(ボダニス『E=mc^2』邦訳74−5頁。以下は同書の要約)。

「負量の概念」1763でカントは運動量に関するこのタイプの一実験を神秘化する。
第一批判ではさらにこれを理由律批判(光文社文庫第三巻の解説が詳しい)の根拠とする*。
(「負量」という概念で人間の悪を説明するまではいいが、、、**)
しかし、この実験は何処にも神秘はない。むしろ二物体の衝突時に運動エネルギーが
放出される場合を検討すべきなのだ。
これもエネルギー保存の法則が確認されるだけだが、よりライプニッツに近づく。
要するにカントはライプニッツを理解せずにライプニッツを批判した。
やはり結合法論への無理解が背後にある。

*カントは「形而上学的認識の第一真理」1755でも同じ論理で矛盾律と理由律を批判している。
(参照:理想社版カント全集第二巻)

**
これも実はライプニッツの受け売りである。
カントはライプニッツを批判しつつライプニッツから盗んでいる。

ライプニッツの法学
http://d.hatena.ne.jp/theseus/comment?date=20090416

6:24 午後  
Blogger yoji said...

相対性理論やリーマン幾何学を見るとカントはやはり一面的だ。総合的な数学観が今度はカント自身をも自己否定するだろう。


ライプニッツの原理:メモ

     \//////        無矛盾
      \////        2、類比の原理 
同一律    \//        /|(結合法)
同一的なもの  \        / ↑| 
    &  /_\______/__|______
 1、矛盾律    \/////分析的|//////
(例:        \///(潜在 ↓|//////
アルファベット)    \/ 的同一)|//////
            /\充分理由律|//////
___________/__\3  ↓  |//////
/////////// (記号法、  |//////
////////// 微分積分dy/dx)|//////
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
////////          ↑  |//////    
///////4、不可識別者同一の原理|//////
//////     (モナド1/∞) |//////

__原理______存在の分類__包摂___________主語__述語_____無限_________
1、矛盾律     同一的なもの 自立的包摂        神   属性     それ自身による〜
2、類比の原理   定義可能   相互的包摂        外延  関係     原因による〜 
3、充分理由律   条件づけ可能 一方向的局限可能包摂   内包  関係     内的極限を持つ〜の系列
4、不可識別者同一 個体     一方向的局限不可能包摂  実体  様式、出来事 内的極限を持つ〜の系列

(参照:ドゥルーズ『ライプニッツ』)
http://homepage1.nifty.com/kurubushi/card66174.html

マルクスがプルードンの交換銀行論を理解出来なかったように、
カントはライプニッツの結合法論を理解出来なかった。
それらは理想と現実を繋ぐ実践方法かつ統整的理念だった。
哲学も社会運動もこのために50〜100年遅れた。

結合法論がなければライプニッツの個々の真理はバラバラである。
ラッセルがそれを訂正した。

なお結合法論はゲーデルの定理や認証システムに応用されている。
それがなければ無限の書籍の中にカントの書籍も埋もれてしまう。


6:31 午後  
Blogger yoji said...



相対性理論やリーマン幾何学を見るとカントはやはり一面的だ。総合的な数学観が今度はカント自身をも自己否定するだろう。


ライプニッツの原理:メモ

     \//////        無矛盾
      \////        2、類比の原理 
同一律    \//        /|(結合法)
同一的なもの  \        / ↑| 
    &  /_\______/__|______
 1、矛盾律    \/////分析的|//////
(例:        \///(潜在 ↓|//////
アルファベット)    \/ 的同一)|//////
            /\充分理由律|//////
___________/__\3  ↓  |//////
/////////// (記号法、  |//////
////////// 微分積分dy/dx)|//////
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
////////          ↑  |//////    
///////4、不可識別者同一の原理|//////
//////     (モナド1/∞) |//////

__原理______存在の分類__包摂___________主語__述語_____無限_________
1、矛盾律     同一的なもの 自立的包摂        神   属性     それ自身による〜
2、類比の原理   定義可能   相互的包摂        外延  関係     原因による〜 
3、充分理由律   条件づけ可能 一方向的局限可能包摂   内包  関係     内的極限を持つ〜の系列
4、不可識別者同一 個体     一方向的局限不可能包摂  実体  様式、出来事 内的極限を持つ〜の系列

(参照:ドゥルーズ『ライプニッツ』)
http://homepage1.nifty.com/kurubushi/card66174.html

マルクスがプルードンの交換銀行論を理解出来なかったように、カントはライプニッツの結合法論を理解出来なかった。
それらは理想と現実を繋ぐ実践方法かつ統整的理念だった。哲学も社会運動もこのために50〜100年遅れた。

結合法論がなければライプニッツの個々の真理はバラバラである。ラッセルが後にそれを訂正した。

なお結合法論はゲーデルの定理や認証システムに応用されている。それがなければ無限の書籍の中にカントの書籍も埋もれてしまうだろう。

6:35 午後  
Blogger yoji said...



>ニュートンの説( 「F= m a」をエネルギーにそのまま適用する説)だと同型トラック二台が正面衝突すると、双方
>の車が有していたエネルギーは全て消失したことになる(ボダニス『E=mc^2』邦訳74−5頁。以下は同書の要約)。

「負量の概念」1763でカントは運動量に関するこのタイプの一実験を神秘化する。
第一批判ではさらにこれを理由律批判(光文社文庫第三巻の解説が詳しい)の根拠とする*。
(「負量」という概念で人間の悪を説明するまではいいが、、、**)
しかし、この実験は何処にも神秘はない。むしろ二物体の衝突時に運動エネルギーが
放出される場合を検討すべきなのだ。
これもエネルギー保存の法則が確認されるだけだが、よりライプニッツに近づく。
要するにカントはライプニッツを理解せずにライプニッツを批判した。
やはり結合法論への無理解が背後にある。


カントは「形而上学的認識の第一真理」1755でも同じ論理で矛盾律と理由律を批判している。
(参照:理想社版カント全集第二巻)

**
これも実はライプニッツの受け売りである。
カントはライプニッツを批判しつつライプニッツから盗んでいる(「オプティミズム試論」1759
ではまだヴォルフの影響下にあることがわかる)。

ライプニッツの法学
http://d.hatena.ne.jp/theseus/comment?date=20090416

7:54 午後  
Blogger yoji said...

[352]10/8(月)23:41 P↓
Les Fronti?res de la th?orie logique
W. V. QUINE
Traduit par Jacques DERRIDA et Roger MARTIN.
(窓)http://nam-students.blogspot.jp/2010/02/quine-derrida.html

7:42 午前  
Blogger yoji said...

http://www.academia.edu/1404290/Bolzano_and_Hegel


Academia.edu | Bolzano & Hegel | Gaëtan Pégny

7:43 午前  
Blogger yoji said...

ヘーゲル批判
http://books.google.ca/books?id=oA1NDDirneQC&pg=PA31

Theory of Science: Attempt at a Detailed and in the Main Novel Exposition of ... - Bernard Bolzano - Google ブックス

Theory of Science: Attempt at a Detailed and in the Main Novel Exposition of ...
 著者: Bernard Bolzano


カント批判
http://books.google.ca/books?id=oA1NDDirneQC&pg=PA356

12:30 午前  
Blogger yoji said...

ボルツァーノ

ヘーゲル批判
http://books.google.ca/books?id=oA1NDDirneQC&pg=PA31


カント批判
http://books.google.ca/books?id=oA1NDDirneQC&pg=PA356

Theory of Science: Attempt at a Detailed and in the Main Novel Exposition of ...
 著者: Bernard Bolzano


12:31 午前  
Blogger yoji said...

ボルツァーノ

ヘーゲル批判
http://books.google.ca/books?id=oA1NDDirneQC&pg=PA31

カント批判
http://books.google.ca/books?id=oA1NDDirneQC&pg=PA356

Theory of Science: Attempt at a Detailed and in the Main Novel Exposition of ...
 著者: Bernard Bolzano

1837年『知識学Wissenschaftslehre』

諸学の基礎を「命題自体 Satz an sich」、「真理自体 Wahrheit an sich」、「表象自体 Vorstellung an sich」と三つの概念をもとに、客観主義的な論理学的な立場から打ちたてようと試みる。

12:35 午前  
Blogger yoji said...

物自体 - 《 Ding an sich 》

12:39 午前  
Blogger yoji said...

[161]9/28(金)00:11 P↓
(窓)http://russell-j.com/cool//03T-POST.HTM
ラッセル(著),細川董(訳)『ライプニッツの哲学』あとがき - バートランド・ラッセルのページ

「真理の一般的な条件が何であるかとか、命題の性質は何であるかという問題と、いかにし
て我々は何等かの真理を認識するに到るか、即ち出来事としての認識の起源は何であるかと
いう問題とは峻別されねばならぬ、この二つの問題は、とかく、デカルト以来混同されて来
ている。というのも、もし人がそれを知らないと仮定すれぱ、その真理は真理でなくなり、
知られて始めて真理となると人々は考えているからである。」

6:41 午前  
Blogger yoji said...

ロシアの技術を吸収した次のロケットがとても楽しみ ニヤニヤ

19 :名無しのひみつ:2012/10/26(金) 08:49:39.92 ID:/zlLJjKB
フェアリングの開放機構に電気式ラッチを採用したらしいw

日本は4回失敗と触れてるが、当時液体燃料ロケットと慣性航法装置は
極秘技術でアメリカは日本に渡さなかった。
じゃあという事でISASは固体燃料ロケットと卓上での軌道計算のみで
打ち上げてやれと挑戦。もちろん1回で成功するとは思ってないので
1号機搭載のおおすみの性能計算書の表紙には「サテライト」ではなく
「ハテライト?」と書かれていた。その後2号機は「シャテライト」、
3号機はもう大丈夫だろうという事で「サテライト」4号機はもう
待てないと「マテナイト」、遂に成功した5号機は「ハイライト」だった。

おおすみの成功後、アメリカは固体ロケットで軌道修正もせずに計算だけで
衛星を打ち上げた日本の変態ぶりに驚き頭を抱える。というのもL-4Sの
後継ロケットの固体燃料ロケットMシリーズ(後にはやぶさを打ち上げる
世界最大の固体ロケット、ミューⅤに結実する)の開発が始まったからだ。
慣性航法装置なしの固体燃料ロケットを軍事転用されればえらい事になる、と
危惧したアメリカは「もうわかったからヤメレ」とデルタロケットの技術移転
および慣性航法装置をくれて、それが現在のH-2シリーズの基礎となった。



4:46 午前  
Blogger yoji said...

ライプニッツ著作データ

7:48 午後  
Blogger yoji said...


ライプニッツ全著作・書簡のクロノロジー等作成

松尾, 雄二


http://hdl.handle.net/10458/541

2006-05


定期的に追加修正を加えていく予定。最新版は以下の URLで公開。
http://www.miyazaki-
u.ac.jp/ ̅e02701u/%83z%81%5b%83%80%83y%81%5b%83W%81i
%83%89%83C%83v%83j%83b%83c%81j/%83N%83%8d%83m%83%8d
%83W%81%5b%96%7b%95%b6.pdf

7:48 午後  
Blogger yoji said...

http://www.fuchu.or.jp/~d-logic/jp/lij.html

Leibniz in Japan

6:48 午後  
Blogger yoji said...

http://www.amazon.com/Leibniz-Philosophical-Everymans-University-Paperbacks/dp/0460119052
Leibniz: Philosophical Writings (Everyman's University Paperbacks): Freiherr von Leibniz Gottfried Wilhelm, G. H. R. Parkinson, Mary Morris: 9780460119054: Amazon.com: Books


Metaphysical Consequences of the Principle of Reason (1712)[Leibniz recognizes two thoughts: logical reasoning and sufficient reasoning.]

6:54 午後  
Blogger yoji said...

http://nam-students.blogspot.jp/2012/11/test.html
11月 18, 2012
Leibniz:MetaphysicaI Consequences of the Principle...


http://nam-students.blogspot.jp/2012/11/blog-post_407.html
11月 12, 2012
ゲーデルとライプニッツ:付リンク::::

10:02 午後  
Blogger yoji said...

[Gottfried Wilhelm Leibniz, Specimen inventorum de admirandis naturae generalis arcanis

「全自然の驚異的神秘の発見・小論」(1686頃)は『ライプニッツ試論』に邦訳が載っている。




事実真理と偶然的真理は
有理数と無理数に例えられる。

11:02 午後  
Blogger yoji said...


音楽建築原発政治中国歴史分類図像学

文学東洋思想プラトンアリストテレスリンク:::::

5:34 午前  
Blogger yoji said...

http://homepage1.nifty.com/kurubushi/card66174.html
プラトン × ライプニッツ

「観念」について

 ライプニッツの思想の出発点(そのすべてではないにしろ、その重要な一つ)は、書物にすれば2頁ほどのテキストの中にある。「観念とは何か」である。
 この草稿でライプニッツが言っているのは、次の二つのことである。
 1)観念はそれ自体として実在するものであること。
 2)観念の本質は「表出」にあること。
 デカルトもライプニッツも「観念」というものが存在することを認める。しかし、ライプニッツからすると、デカルトの言う「観念」は単に我々の意識にしかすぎない。それは主観的なものにすぎないのだ。これに対してライプニッツは、デカルト的な意識=主観性を超えて、観念はそれ自体として実在的なものであることを強調する。
 そして、そうした実在する観念の本質が「表出(表現)」である。ライプニッツは次のように言っている。
 「表出されるべきあるものの状態に対応する状態をその中に持っているようなものは、あるものを表出すると言われる。だが、こうした表出には様々なものがある。例えば、機械の模型は機械自身を表出しているし、平面上でのものの遠近図は立体を表出し、発話は思考や真理を表出し、記号は数を表出し、代数方程式は円その他の図形を表出する。そして、これらの表出に共通なのは、表出している〔側のものの〕諸状態を考察するだけで、表出される側のものの対応する諸性質の思考に至り得るということである。ここから明らかなことは、〔両者の〕状態にある種の類比が保たれてさえいれば、表出するものが表出されるものと類似している必要はない、ということである。」 ここで重要なのは、類似と類比の違いだ。
 例えば、アナモルフォーズを考えてみよう。アナモルフォーズというのは、絵画の一種で、円筒形の鏡に写して見るもの。普通の絵を見る場合、私たちはその絵を見ればそこに何が描いてあるのか分かる。ところが、アナモルフォーズの場合には、描かれているものは歪曲されていて異常な形をしている。そのままでは何が描かれているのかは分からない。つまり、アナモルフォーズの絵(「観念」)とその絵に描かれているもの(観念の対象となる「もの」)とは似ていない(類似していない)わけである。似ていないにもかかわらず、ある種の対応関係を持っていて、ある種の変換を加えてやれば(円筒形の鏡に写してやれば)元の形が分かる。こうした対応関係のことを、ライプニッツは「類比」と呼んでいるのである。
 これは、表現するものと表現されるものとは「似ていなければならない」という考えを破壊するものだった。言い換えれば、「観念」という考えの大本であるプラトンの考えを破壊するものだった。ライプニッツはある意味で、プラトンの考えから我々を自由にしてくれた。それが別の罠の始まりだったとしても。
 「観念」がある種の働きを持っている実在的な・存在論的なものであるという意味で、ライプニッツの「観念idea」はプラトンの「イデアidea」に似ている。だが、決定的に違っている部分がある。それは、プラトンの「イデア」は、基本的にその対象と「似ている」と考えられていた点だ。例えば、プラトンの考えでは、「赤さ」のイデアはやはり「赤い」。「赤い」ものの中でももうこれ以上ないくらい「赤い」ものが「赤さのイデア」なのだ。だがライプニッツの場合、「赤さ」の観念は「赤い」ものである必要がない。また、プラトンが最も重視し、「イデアの中のイデア」、キング・オブ・イデアと考えた「善のイデア」は、やはり善いものであり、もう光輝く、そりゃもう大変なものだ。だが、ライプニッツにとって「善の観念」は少しも「善い」ものである必要はないのだ。
 この考えは当時は画期的過ぎて分かり難かった。だが、現代の我々にとってはほぼ自明のことである(例えば、コンピュータの図像データと図像そのものは全く似ていない)。だからこそ却ってその意味ないし意義が捉えにくいかもしれない。

1:37 午後  
Blogger yoji said...


  ライプニッツ
   観 念
_延長_|_思惟_スピノザ
    |
   表 出

11:51 午後  
Blogger yoji said...


  ライプニッツ
   観 念
    |
_延長_|_思惟_スピノザ
    |
   表 出

11:51 午後  
Blogger yoji said...


yoji1:28 午前
参考:

「<規則に従う>ということは一つの実践である。そして、規則に従っていると信じていることは、規則に従っていることではない。だから、人は規則に<私的に>従うことができない。さもなければ、規則に従っていると信じていることが、規則に従っていることと同じことになってしまうだろうから。」

ウィトゲンシュタイン著、藤本隆志訳(1953/1976)『哲学探究』大修館書館、202節。
http://ir.lib.hiroshima-u.ac.jp/metadb/up/ZZT00001/CaseleResBull_22_277.pdf

ウィトゲンシュタインは直接ここでカントを批判したわけではないが、柄谷はこれをカント批判に転用している(定本トラクリ178頁)。

ボルツァーノと似たような批判だ。
カント全体的、総合的な規則を自明視している。


ラッセルのライプニッツ論にも似た指摘があった

返信

yoji1:35 午前
http://russell-j.com/cool//03T-POST.HTM
ラッセル(著),細川董(訳)『ライプニッツの哲学』あとがき - バートランド・ラッセルのページ

「真理の一般的な条件が何であるかとか、命題の性質は何であるかという問題と、いかにし
て我々は何等かの真理を認識するに到るか、即ち出来事としての認識の起源は何であるかと
いう問題とは峻別されねばならぬ、この二つの問題は、とかく、デカルト以来混同されて来
ている。というのも、もし人がそれを知らないと仮定すれぱ、その真理は真理でなくなり、
知られて始めて真理となると人々は考えているからである。」



ラッセル『ライプニッツの哲学』一章訳出 - 微空間 ―森 元斎の部屋―
http://d.hatena.ne.jp/bossadelic/20080209/1202495991
ラッセル(著),細川董(訳)『ライプニッツの哲学』あとがき - バートランド・ラッセルのページ(分館)
http://russell-j.com/cool//03T-POST.HTM

1:38 午前  
Blogger yoji said...

 先づ第一に彼自身の研究の出発点と同時に、その目的をも決定する、創造的直観の秘密について語っている箇所を次に引用する事が出来る。彼は本書一七一頁で、「哲学の問題は演繹以前に存すべきである。定義され得る観念とか、証明され得る命題は、単に従属的な哲学的興味にすぎないものである。定義しがたきもの及び証明しがたきものこそ強調さるべきであり、而も、ここでは、直観以外には、いかなる方法も有効ではないのである。」(下線筆者)と、自己の哲学的興味の所在と直観の有用性についてのべながら、一方で、叉この哲学的興味と直観が、実際に、このライプニッツ研究において如何に発揮せられたかの秘密を次の如く序文の中で、相当詳しく告白している。即ち、


「私は、大抵の定評のある註釈書を読み、大抵のライプニッツが書いた私の問題に関連のある論文を読んだ後と雖も、なお且つ、ライプニッツをして彼の多くの意見に導いた根拠に関しては、実は、何もわかっていない事がわかって来たのである。何故に彼は、モナドが、相互に作用し得ないと考えたか、如何にして彼は、識別し得ないものの同一性を信ずる様になったか、充足理由の法則によって彼は何を意味するか――これらのみならず他の多くの疑問はどうしても解かねばならぬものと考えられたが、然し何もわからなかった。私は――多くの他の人達が感じている如く――モナド論は、恐らく筋道が通っているが然し、全く勝手な、お伽噺の一種であると感じたのである。この点に関して私は、「形而上学叙説」及びアルノー宛の手紙を読んだ。俄に一条の光が、ライプニッツの哲学的大建築物のあらゆる最奥の隅々に投げられたのである。私は、大建築の基礎がどの様にすえられているか、その上、如何にして、その基礎から大建築の上部構造が視界に現われてくるかを見た。この表面上は気まぐれな体系も二三の簡単な前提から演繹されうるものであり、それらの前提は、それらからライプニッツが引き出した結論を除けば、大抵の哲学者でなくても、相当数の哲学者は、喜んで承認していたであろうと思われる。私に光明を投じたと思われる箇所は、他の人々にもやはり、その様に考えられるであろう事を望む事は、まんざら理由なきにしもあらずと思われる。この様な訳で私は、当然の帰結として、この様な箇所に含まれる説から始め、モナドの説を、少数の前提からの厳重な演繹として、出来るだけ明らかにする様努力して来た。かくして、当のモナドは、解説の出発点において、あらわれるのではなくして、推論の長い予備的な連鎖の後に於いて、あらわれるのである。更に、私は、かかる評価が正しいとするならば、ライプニッツの哲学者としての価値は、在来の説明から帰結されるような価値とは問題にならぬ程はるかに偉大であると言う事が考えられねばならないと思うのである。」(下線筆者)と。

 この二つの引用箇所を比較して読んでみる時、我々はライプニッツの創造的な哲学の秘密の鍵は、やはり創造的なラッセルの手によってのみ解かれ得たという事を私は痛切に感ずるのである。優れた書物程、表面は一見難解な多様性に富みながら、それにもかかわらず、それを一挙に解く何か秘密の鍵のようなものが存するものである。創造的な仕事を真に理解し、その秘密の鍵をよく解き得る者は、創造的な精神のみである事を私は再認識せしめられるのである。と同時に、私が本書に見出した魅力こそ、この稀有の創造性以外の何ものでもなかった筈である。創造性なき歴史的研究とか、批判のための批判とかは、共に死骸の上に死骸を加うるの類に過ぎず、私には何の興味もない。この点で私は、ペリー・ミラー氏の語っている、永久に共同研究に加わらず、書斎に一人こもり、自己の発掘事業の先頭に立って研究する、十九世紀的な厳かな孤立を守る人文科学者、「孤立せる狼」の姿(Perry Miller, The Plight of the Lone Wolf, The American Scholoar, Autumn 1956)に賛同せざるを得ない。この意味において近世において最も創造的な仕事をしたライプニッツを創造的に理解し批判する事によって、そこに自己の創造性をより以上に示さんとしたラッセルの狙いは、正に的を射ているといってよかろう。

4:11 午前  
Blogger yoji said...

 この為に己にさきの引用で明らかに見られた如く、一方で、彼の哲学的興味は、所謂形而上学が前提とするもの(モナド)の更に論証にあるとしながら、更にこの論証の前提 ―― 

一、悉くの命題は主辞と賓辞とをもっている。 
二、主辞は、様々な時に実存する性質の賓辞を持ちうる。(このような主辞は実体と呼ばれる) 
三、特定の時に実存を主張しない真なる命題は必然的であり、分析的であるが特別な場合、存在を主張するような真なる命題は、偶然的であり、綜合的である。後者は、究極原因に依存している。 
四、自我は実体である。 
五、表象は外界の知識即ち、我自身及び我の状態以外の他の実存についての知識を産出する。(本書四頁)―

― の認識が直観によらねばならないとするならば、かかる直観はラッセルにおいて如何なる構造を有していたかを我々は卒直に次に問わねばならない。ここにおいて我々は、予めいうならば、直観における彼の方法論的自覚に関しての哲学観を発見せねばならなくなる。即ち「モナド論証の前提の把握において方法論的自覚が直観の主軸を成して、そこに創造的直観を構成していたという事は、ラッセルの場合、見逃せない大きな特徴であるといえよう。この点に関し、次の引用は、ラッセル自らの確乎たる哲学観を表明するものとして重要であろう。彼はこう言っている。即ち「健全な哲学は、総て、命題分析から出発すべきであるという事は、余りにも明瞭な真理であって、論証の余地はあるまい。」(八頁)と。更に、彼は、「知られるものは常に命題である」という事について、「先験的な(a priori)認識において命題を知り、一方、表象において、実存を知ると想定されるが、これは誤りである。我々は、両方の場合に等しく命題を知るのである。表象において我々は何ものかが実存すると言う命題を知るのである。我々は、それがどの様なものであれ、単に、或るものを知るのでない事は、明瞭である。何故ならば単にあるということは単なる想像の中で現存しているに等しいから。表象が明白ならしむるものは、当の或るものが実存していると言う認識である。」(一六四頁)とのべている。

4:14 午前  
Blogger yoji said...

(→リンク::::::

4:44 午前  
Blogger yoji said...

表象文化論学会ニューズレター〈REPRE〉:研究ノート (2)
http://repre.org/repre/vol17/note/02/
前批判期のカントが、いわゆるライプニッツ゠ヴォルフ学派の影響下にあったことはよく知られている。カントの認識論の変遷は同学派の受容と、そこからの離反によって特徴づけられているといっても過言ではないのだが、三批判書が執筆される以前、遅くとも1769年頃からカントは、それ以前の形而上学者達の学説とは一線を画する独自の哲学体系の構築を目指すようになる。そしてその争点の中心には、対象によって触発されて表象を受け取る能力である感性(Sinnlichkeit)と、概念の能力である悟性(Verstand)を共通の源泉に由来する同種の認識様式として認めるか否か、という問題があった。

『認識、真理、観念についての省察』(1684)においてライプニッツは、認識(cognitio)の様式に明晰(clara)・曖昧(obscura)、そして判明(distincta)・混雑(confusa)という区分を導入した。これは直接には、デカルトの『哲学原理』(1644)第一部第四十五節における明晰、判明な認識に関する議論に端を発している。ある対象を他の対象から区別できる認識を明晰とし、明晰なもの以外に何も含まない認識を判明としたデカルトの主張をライプニッツは不十分として、そこに修正を加える。ライプニッツによれば、以前目にした対象をそれに似たものから識別し、再認(agnoscere)できるか否かによって認識は明晰か曖昧かに分かれる。そして全ての明晰な認識はまた、ある対象を他の対象から識別するために必要な徴表(nota)を言明できるか否かによって判明か混雑かに分かれる。つまり色・香り・味等の感覚によって対象を識別した明晰な認識も、その区別の根拠となる対象の特徴を説明できない場合は混雑な認識であり得る。重要なのは、ライプニッツにおける認識の区分は、対象の再認とその徴表の枚挙が可能か否かという観点からなされており、それは感覚と概念という認識する主観の側の表象能力の差異ではないということである。感覚による認識が曖昧であり得るのと同様に、確かな定義を持っていない概念も曖昧であり得る。その結果、感覚による認識と概念による認識は別種の表象様式としてではなく、同種の認識の判明さの等級としてのみ区別されることとなる。

感覚と概念に関するライプニッツの学説は、その後継であるバウムガルテンやマイヤーの認識論的前提となり、初期のカントも基本的にそれに従っていた。しかし、『純粋理性批判』(1781、第二版1787)において悟性の能力を直観(Anschauung)から区別することにより、カントはライプニッツとその学派からの離反を明白なものとした。カントによれば、対象の表象を受け取る心の受容性である感性は何も思考することができず、感官の対象を思考する能力である悟性は何も直観することができない。両者は全く別の認識源泉に由来する能力であり、どちらか一方が他方に優先することもないのである。例えば『プロレゴメナ』(1783)においてカントは、ライプニッツからの距離を示唆しつつこう述べている。「感性の本質は明晰さ(Klarheit)や曖昧さ(Dunkelheit)といった論理的区別にあるのではなく、認識そのものの起源における発生的(genetisch)区別にある」(AA IV 290)。ライプニッツにおける明晰さや曖昧さに基づいた認識の論理的区別は、感性的認識を知性的認識の単に混乱した表象様式として捉えているため、感覚とその上位の認識には連続性があり、その区別は本質的には存在しない。それに対してカントは、現象として現れる対象が主観の感官を触発する仕方の表象へと感性的認識を限定することで、認識の発生と起源の観点から諸々の認識の区別を試みようとしたのである。直観と悟性の区別について、カントは『判断力批判』への第一序論(1790)第八節の注にまたこう書いている。「概念の判明さ(Deutlichkeit)と混雑さ(Verworrenheit)による区別においては、概念の諸徴表(Merkmale)に向けられた注意力の程度に応じて、その諸徴表をどれだけ意識するかという度(Grad)が問題になるのであり、その限りにおいて一方の表象様式は他方の表象様式から種別的に(spezifisch)区別されない。直観と概念はしかし互いに種別的に区別される」(AA XX 226f.)。感性と悟性は、対象の特徴を枚挙する概念の判明さの度に依拠して区別される限り、その度の増減によって互いの表象様式に移行することができるため、種別的に区別されているとはいえない。カントにおいて両者は全く異なる認識源泉に由来する別種の認識能力であるため、悟性的認識がその判明さの度をいかに減じようと感性的認識へと連続的に移行することはなく、またその逆の移行も考えられないのである。

20世紀初頭における新カント派を中心としたカント再解釈の運動において、数学的、物理学的に基礎づけられたカントによる自然認識論の先駆者としてライプニッツに大きな関心が寄せられていたことは注目すべきである。ヴァルター・ベンヤミンもまたこうした同時代の動向に連動して前期の思考を形成していた。カントの『プロレゴメナ』を模したタイトルを付された『来るべき哲学のプログラムについて』(1918)に読まれるのは、カントの認識論以後に形而上学はいかにして可能か、という問いであり、この問いは形を変えて1920年代前半までのベンヤミンの諸々の著作の中で一貫して主題化されている。カント以後、大きな深淵によって無限に隔てられた直観と悟性という認識論の枠組みにいかなる修正を加え得るかという問いに、ベンヤミンは『ドイツ悲劇の根源』(1925)の「認識批判序章」においてライプニッツのモナド論を参照することで、一つの答えを導いている。そこに書かれるように、理念へと高められた存在は「自らの形姿(Figur)の中に密かに(verborgen)、他の理念界の縮約された(verkürzt)、曖昧な(verdunkelt)形姿を示す。それは、1686年の『形而上学叙説』のモナドがそうであるように、一つのモナドの中にそのつど他の全てのモナドが混雑に(undeutlich)ではあれ共に与えられているのと同様である」(Gesammelte Schriften I/1 228)。ここで言及される『形而上学叙説』の第二十四節においてライプニッツは、二年前に書かれた『認識、真理、観念についての省察』における認識様式の区分についての議論を再度要約して述べている。ベンヤミンもそれを読むことで、概念と自己意識によって反省されていない実体(モナド)の混雑な認識に着目していたのである。モナドにおいては、概念に基づいた判明な認識に至らない無意識の微小な知覚があることで、他の全てのモナドを自らの内に表出する無限の知覚作用を考えることができる。モナドは世界の全てを判明に認識することはできないにせよ、それは曖昧で混雑した像として一つのモナドの中に与えられているのである。ベンヤミンにとってモナド論の一つの意義は、カントにおける感性と悟性の二元論的な認識の区分には収まらない無意識的な知覚に注意を喚起したことにあると言えるだろう。

後期ベンヤミンの著作は、認識批判序章で示されたモナド論解釈に呼応するかのように、無意識的な知覚と記憶に焦点を合わせていく。そうした後期の著作を視野に入れながら、カント論からロマン主義論、ゲーテ論を経て悲劇論へと至る前期の諸々の著作を、ベンヤミンによる一貫した認識論への取り組みとして検討することが今後の研究の主な課題となるだろう。ベンヤミンが主に参照するフィヒテ、シュレーゲル、ゲーテといった思想家達が、カント以後の形而上学的思考の可能性という問題に直面した際、ライプニッツに少なからぬ関心を寄せたのは偶然ではない。ベンヤミンの思考もまた同じ問題意識の下に形成されていったのである。

茅野大樹(東京大学、フランクフルト大学)

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7:13 午後  
Blogger yoji said...

『認識、真理、観念についての省察』(1684)においてライプニッツは、認識(cognitio)の様式に明晰(clara)・曖昧(obscura)、そして判明(distincta)・混雑(confusa)という区分を導入した。

これは直接には、デカルトの『哲学原理』(1644)第一部第四十五節における明晰、判明な認識に関する議論に端を発している。ある対象を他の対象から区別できる認識を明晰とし、明晰なもの以外に何も含まない認識を判明としたデカルトの主張をライプニッツは不十分として、そこに修正を加える。

感覚と概念に関するライプニッツの学説は、その後継であるバウムガルテンやマイヤーの認識論的前提となり、初期のカントも基本的にそれに従っていた。しかし、『純粋理性批判』(1781、第二版1787)において悟性の能力を直観(Anschauung)から区別することにより、カントはライプニッツとその学派からの離反を明白なものとした。

例えば『プロレゴメナ』(1783)においてカントは、ライプニッツからの距離を示唆しつつこう述べている。「感性の本質は明晰さ(Klarheit)や曖昧さ(Dunkelheit)といった論理的区別にあるのではなく、認識そのものの起源における発生的(genetisch)区別にある」(AA IV 290)。

直観と悟性の区別について、カントは『判断力批判』への第一序論(1790)第八節の注にまたこう書いている。「概念の判明さ(Deutlichkeit)と混雑さ(Verworrenheit)による区別においては、概念の諸徴表(Merkmale)に向けられた注意力の程度に応じて、その諸徴表をどれだけ意識するかという度(Grad)が問題になるのであり、その限りにおいて一方の表象様式は他方の表象様式から種別的に(spezifisch)区別されない。直観と概念はしかし互いに種別的に区別される」(AA XX 226f.)。


『来るべき哲学のプログラムについて』(1918)に読まれるのは、カントの認識論以後に形而上学はいかにして可能か、という問いであり、この問いは形を変えて1920年代前半までのベンヤミンの諸々の著作の中で一貫して主題化されている。カント以後、大きな深淵によって無限に隔てられた直観と悟性という認識論の枠組みにいかなる修正を加え得るかという問いに、

ベンヤミンは『ドイツ悲劇の根源』(1925)の「認識批判序章」においてライプニッツのモナド論を参照することで、一つの答えを導いている。そこに書かれるように、理念へと高められた存在は「自らの形姿(Figur)の中に密かに(verborgen)、他の理念界の縮約された(verkürzt)、曖昧な(verdunkelt)形姿を示す。それは、1686年の『形而上学叙説』のモナドがそうであるように、一つのモナドの中にそのつど他の全てのモナドが混雑に(undeutlich)ではあれ共に与えられているのと同様である」(Gesammelte Schriften I/1 228)。

ここで言及される『形而上学叙説』の第二十四節においてライプニッツは、二年前に書かれた『認識、真理、観念についての省察』における認識様式の区分についての議論を再度要約して述べている。ベンヤミンもそれを読むことで、概念と自己意識によって反省されていない実体(モナド)の混雑な認識に着目していたのである。

12:24 午前  
Blogger yoji said...


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5:50 午後  
Blogger yoji said...

ライプニッツの図形は師匠のトマジウスの本1661に描かれたものらしい1663

参照:


Leibniz' Weg ins perspektivische Universum: eine Harmonie im Zeitalter der ...

著者: Hubertus Busche p59

thomasius 1661




Individuals, minds and bodies: themes from Leibniz
著者: Massimiliano Carrara  
p142



Leibniz, Gottfried Wilhelm, Freiherr von, 1646-1716
タイトル Works. 1923
Sämtliche Schriften und Briefe / Gottfried Wilhelm Leibniz ; herausgegeben von der Preussischen Akademie der Wissenschaften.
出版事項 Darmstadt : O. Reichl, 1923-<2005 >
中央 B2研究書庫 F134.1 00010 1:06 = Reihe 1,Bd.6 利用可能

11:01 午後  
Blogger yoji said...

このコメントは投稿者によって削除されました。

11:02 午後  
Blogger yoji said...

http://books.google.co.jp/books?id=lxtSYBtShVsC&pg=PA142

11:03 午後  
Blogger yoji said...

ライプニッツと造園革命 ヘレンハウゼン、ヴェルサイユと葉っぱの哲学
著者名等  ホルスト・ブレーデカンプ/著  ≪再検索≫
著者名等  原研二/訳  ≪再検索≫
著者等紹介 【ブレーデカンプ】1947年生まれ。93年以降フンボルト大学芸術史教授、2003
年以降ベルリン科学院永年フェロウ。その他プリンストン大学、ゲッティ・センター、ブ
ダペスト・コレギウムのフェロウを歴任。00年ジークムント・フロイト賞受賞ほか。
著者等紹介 【原】1978年東京大学人文科学科大学院独文学博士課程中退、名古屋大学教養部ドイ
ツ語講師。81年ウィーン大学人文学部演劇学科留学。86年東京都立大学人文学部独文
学研究室助教授。96年同教授。2007年大妻女子大学比較文化学部教授。主な著書「
シカネーダー」など。
出版者   産業図書
出版年   2014.7
大きさ等  22cm 199p
注記    Leibniz und die Revolution der Gartenkun
st.の翻訳
NDC分類 134.1
件名    庭園‐歴史  ≪再検索≫ ライプニツ,ゴットフリート・ヴィルヘルム
要旨    偉大なる哲学者ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツが庭園という制度に重大な
動機を与えていたとは、周知のことではなかった。ライプニッツが“自然と人工”をめぐ
る観念を抽出したのは、ハノーファの有名なヘレンハウゼン・バロック庭園における庭園
形成からだという。本書は、18世紀風景式庭園の席捲をもっと“造園革命”とする文化
史の常識を転倒させようという。風景式庭園のなだらかにカーブする遊歩道に認められて
きた自由の思想は、バロック庭園の輻輳した幾何学にこそある、幾何学こそが本来の庭園
革命なのだと。
目次    1 ヘレンハウゼン大庭園(主役たち:ゾフィー、ライプニッツ、ゾフィー・シャルロッ
テ;ヘレンハウゼン大庭園の史的階梯;ウード・フォン・アルフェンスレーベンと研究の
開始;バロック庭園と風景式庭園の狭間にいるライプニッツ);2 ヘレンハウゼンにお
けるライプニッツの活躍(実用、対話、省察;運河計画(1695‐1696);大噴水
の象徴学と造営(1701‐1720));3 ライプニッツのヘレンハウゼン・フィロ
ゾフィー(識別不能原理;ヴェルサイユと内在的な無限性;逸脱術(Die Kunst
 der Abweichung);モナドロジーの図化);4 バロック庭園の現代性
(風景式庭園の抱えた数々のパラドックス;多孔性バロック庭園;幾何学の自然らしさ;
ルクレーティウスの雲)
内容    バロック庭園の幾何学紋様には、不思議な原理が畳み込まれる。本書では、偉大なる哲学
者・ライプニッツの奇怪な線描メモを初めて解読する。「ヘレンハウゼン大庭園」「バロ
ック庭園の現代性」など4部で構成。
ISBN等 4-7828-0177-7
ISBN等 978-4-7828-0177-2
書誌番号  3-0500180134

4:30 午前  
Blogger yoji said...

ライプニッツの図形は師匠のトマジウスの本1661に描かれたものらしい1663

参照:
href="http://books.google.co.jp/books?id=xAI4Wtp0GBoC&printsec=frontcover&dq=busche+1997++leibniz&hl=ja&sa=X&ei=-bonT4uxB4rDmQXt_LDAAw&ved=0CDAQ6AEwAA#v=snippet&q=leib-seele-pentagon&f=false
Leibniz' Weg ins perspektivische Universum: eine Harmonie im Zeitalter der ...

著者: Hubertus Busche p59

thomasius 1661


href="http://books.google.co.jp/books?id=lxtSYBtShVsC&pg=PA142&lpg=PA142&dq=thomasius+1661+Philosophia+practica+lei!bniz+seele&source=bl&ots=XwNjusKtJk&sig=e3L110GQaw5hLtUBmwZeX76X6r0&hl
=ja&sa=X&ei=G74nT6P4LMLemAXd_LTTAw&ved=0CCIQ6AEwAA#v=onepage&q=thomasius
%201661%20Philosophia%20practica%20leibniz%20seele&f=false"

Individuals, minds and bodies: themes from Leibniz
著者: Massimiliano Carrara  
p142



Leibniz, Gottfried Wilhelm, Freiherr von, 1646-1716
タイトル Works. 1923
Sämtliche Schriften und Briefe / Gottfried Wilhelm Leibniz ; herausgegeben von der Preussischen Akademie der Wissenschaften.
出版事項 Darmstadt : O. Reichl, 1923-<2005 >
中央 B2研究書庫 F134.1 00010 1:06 = Reihe 1,Bd.6 利用可能

4:30 午前  
Blogger yoji said...

2013/06


http://www.chisen.co.jp/book/book_shosai/2013/155-0.html


酒井 潔著
本体価格6,000円
ISBN978-4-86285-155-0
A5判上製408頁

 
 【目次】
第Ⅰ部 伝統とライプニッツ
第1章 中世哲学の総合者としてのライプニッツ―― ratio と signum をめぐって
第2章 クザーヌスとライプニッツ――機能主義・関係・世界

第Ⅱ部 ライプニッツの個体論
第3章 個体と超越
第4章 自我と自己――ライプニッツの形而上学/心理学
第5章 『モナドロジー』から『判断力批判』へ――ドイツ啓蒙思想における個体の形而上学

第Ⅲ部 ライプニッツと現代哲学
第6章 モナド的主観の〈無窓性〉
第7章 ハイデッガーの思惟におけるライプニッツ受容の展開
第8章 若きデューイのライプニッツ研究
第9章 ライプニッツの自然言語論――その哲学的前提によせて

第Ⅳ部 比較思想とライプニッツ
第10章 アナロギアの論理と現代世界――多様性と調和の学的創造に向けて
第11章 宮澤賢治のモナドロジー

第Ⅴ部 (補遺)世界のライプニッツ研究
1 第五回国際ライプニッツ会議(1988年)報告
2 第六回国際ライプニッツ会議(1994年)報告
3 第七回国際ライプニッツ会議(2001年)報告
4 第八回国際ライプニッツ会議(2006年)報告
5 第九回国際ライプニッツ会議(2011年)報告
6 ハノーファー・ライプニッツ文書室(Leibniz-Archiv)について
7 ライプニッツ研究の現在――ライプニッツ研究マップ

あとがき/初出一覧/人名・事項索引/ドイツ語目次

4:41 午前  

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