月曜日, 10月 03, 2016

記者の眼 - 「シン・ゴジラ」にみる、ニッポンのITインフラの虚構と現 実:ITpro

記者の眼 - 「シン・ゴジラ」にみる、ニッポンのITインフラの虚構と現実:ITpro
http://itpro.nikkeibp.co.jp/atcl/watcher/14/334361/092000668/

「シン・ゴジラ」にみる、ニッポンのITインフラの虚構と現実

※この記事には映画「シン・ゴジラ」の内容に関する記述が含まれています。

 「シン・ゴジラ」、堪能した。

 IT記者として、これほど心躍る映画があったろうか。

 とにかく、緊急時の政府対応におけるITの描かれ方が、過剰とも思えるほどリアルなのである。政府内に会議体が立ち上がるたび、キャスター付きの複写機が大部屋にゴロゴロと運ばれ、仮設のネットワークが構築され、作業用PCの山が積まれる。

 使うPCも組織ごとに異なる。私の記憶が正しければ、内閣府の職員は富士通か米アップル、環境省はパナソニック「Let'snote」、陸上自衛隊は同じくパナソニックの耐衝撃PC「TOUGHBOOK」を使っていた。

 シン・ゴジラには、「科学特捜隊」とか「NERV(ネルフ)本部」とかのような、放送当時の技術水準からかけ離れた空想的ITの出番はどこにもない。劇中の年代は不明だが、「現実(ニッポン) 対 虚構(ゴジラ)」というキャッチフレーズの通り、2016年現在のニッポンのリアルなITで、ゴジラに立ち向かっているのだ。

唯一の空想?「世界各地のスパコンで分散して演算する」

 ただその中で一点だけ、やや空想が混じっているようなITのユースケースがあった。ストーリーの中で、スーパーコンピュータが重要な役割を果たしたことだ。

 ネタバレにならないよう伏字で概要だけ言えば、ゴジラを凍結させる「ヤ○○○作戦」の実現可能性を検証するため、ゴジラが体内に持つ「○○○○○○膜」の分子構造を解析する必要あった。

 だが、国内のスパコンでは、作戦日までに演算が間に合わない。そこで主人公らは、世界のスパコンセンターに演算の分担を依頼し、見事に演算を完了させた――というものだ。

 シン・ゴジラの庵野秀明総監督がかつて手掛けた「新世紀エヴァンゲリオン」の旧劇場版(1997年公開)では、元々は日本で開発されたスパコンに対し、その後世界各地に設置された同型のスパコンがサイバー攻撃を仕掛ける、というシーンがあった。シン・ゴジラでは、逆に世界各地のスパコンが日本を助けてくれる構図となっており、胸が熱くなる展開だ。

 とはいえ、わずかな期間のうちに分子構造解析のプログラムを用意し、世界各地のスパコンにデータを配布し、分散して演算する…といったことは、現実には可能なのだろうか。リアルを追究したシン・ゴジラだからこそ、ここはリアルに考察してみたい。

スパコン運用技術者に聞きに行く

 シン・ゴジラの劇中では、日本のスパコンが構造解析のため演算している様が映し出される。筐体にあるのは「NEC」の名前と、どこかで見たことがある丸型のロゴマーク。おお、これは地球シミュレータの3代目ではないか。

 国産スパコン「地球シミュレータ」は、初代が2002年3月に登場。世界のスパコンランキングで2年半にわたって首位を保ち、世界に衝撃を与えた。2015年4月からは、3代目となる地球シミュレータが稼働している。

 「世界各地のスパコン連携は本当に可能なのか?」を知るには、地球シミュレータを運用する海洋研究開発機構(JAMSTEC)に直接聞くほかなかろう。

 というわけではるばる訪ねたのが、地球シミュレータが設置されているJAMSTEC横浜研究所。都心から1時間ほどの道行きである。

JAMSTECの横浜研究所

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 「確かに、撮影チームが訪れましたよ」と、JAMSTEC広報部の吉澤理氏は教えてくれた。JAMSTECは、庵野総監督のもとでシン・ゴジラの監督を務めた樋口真嗣氏の作品「日本沈没」(2006年公開)では、映画の構想段階から科学面でアドバイスし、撮影にも協力した。「その縁で、今回もお声がけいただいたのかもしれませんね」(吉澤氏)。ただ今回は、スパコンの技術に関するアドバイスは担当せず、撮影協力のみだったという。

 2015年4月に稼働した「3代目」は、NECが開発したベクトル型スパコンの最新機種「SX-ACE」を計80筐体(5120ノード)並べたもの。理論演算性能は「1.31ペタFLOPS」…つまり、1秒当たりの1310兆回の演算ができる。これは初代と比べて30倍以上の性能になる。

3代目の地球シミュレータ

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「シン・ゴジラ」劇中と同じ角度から撮影した地球シミュレータ

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初代(左)と2代目(右)の地球シミュレータの筐体も展示されている

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 地球シミュレータの運用を担当するJAMSTEC 地球情報基盤センター 情報システム部 基盤システムグループ グループリーダーの板倉憲一氏は「メモリー帯域が大きいベクトル機であるSX-ACEならではの特徴として、ソフトウエアによっては一般的なスパコン(スカラー機)と比べて3倍以上の実行効率を実現できます」と語る。

 10.6ペタFLOPSを誇る理化学研究所の「京」と比べると、理論演算性能では1/8ほどだが、実質的には「京」の半分近い演算性能を備えていることになる。

JAMSTEC 地球情報基盤センター 情報システム部 基盤システムグループ グループリーダーの板倉憲一氏

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 では早速、板倉氏に伺おう。シン・ゴジラのストーリーに沿えば、チームがSX-ACE対応の分子構造解析プログラムを短時間で用意し、世界各地にある同型のスパコンで同じプログラムを走らせていた――という筋書きになるのだろうか。

 「うーん、その想定では無理ですね」(板倉氏)。

 えっ。そうなの?

 「NECの『SX-ACE』の演算能力は、JAMSTEC、東北大学、大阪大学の3拠点に集中しています。海外にもSXシリーズのスパコンはありますが、小規模なものです」(板倉氏)。

 うーん、そうだった。国産のスパコンは残念ながら、海外では存在感はほとんどないのである。

 スパコンの主要市場である米国と欧州のうち、米国は政治的な理由から、日本製スパコンの輸入を認めなかった。そこでNECは、地球シミュレータと同型のSXシリーズを欧州市場で販売し、気象や海洋シミュレーションの用途で一定のシェアを得ていた。

 だが近年は、SXシリーズから米クレイのスパコンに置き換える動きが進み、SXシリーズは欧州市場での存在感を失いつつある。

 2015年11月にNECは、SX-ACEをドイツの研究拠点3か所に導入したことを発表した。だが、最も規模が大きいもので、キール大学の65.5テラFLOPS。JAMSTEC(1310テラTFLOPS)、東北大学(707テラFLOPS)、大阪大学(423テラFLOPS)と比べると、小規模と言わざるを得ない。

 このため「SX-ACEと同型のスパコンを使う」という前提では、「世界各地にあるスパコンの演算能力を動員した」というストーリーは描きにくいのだ。

 「なので『シン・ゴジラ』では、SXシリーズのようなベクトル型だけでなく、スカラー型やGPGPU型などのスパコンも動員し、それぞれに最適な分子構造解析ソフトウエアを用意し、演算させていたのではと推測できます」(板倉氏)。

 な、なるほど。ただ、商用の分子構造解析ソフトウエアを使うとしても、異なるスパコン、異なるソフトウエア同士でうまく連携できるものなのだろうか。

 「分子構造解析は、演算1回だけで終わるわけではありません。分子構造のパラメーターなど、条件を変えながら何度も演算を試行し、最適な条件を探る必要があります。『シン・ゴジラ』でも、世界各地のスパコンに、異なる条件での演算を分担してもらったのではないでしょうか」(板倉氏)。

 おお。そう考えると、「演算時間を劇的に短縮できた」というシン・ゴジラでの描写も納得できる。ようやく解が見つかった。

 ただ「ゴジラの来襲」はともかく、実際に日本が災害に見舞われ、対策のためスパコンの計算力が必要になった場合、即座に対処できるものなのだろうか?

 「はい、いつでも協力できるよう準備しています。東日本大震災が発生した当初、内部では『茨城や福島などからの風の流れのシミュレーションに使えないか』などと検討していました。残念ながら当時は、節電に協力する形で3日後にシステムを停止させましたが、要請があればすぐにスパコンを使えるよう備えていました」(板倉氏)。

 それは大変心強い話。こんな空想のテーマにお付き合いいただき、ありがとうございました。

日本のインターネットインフラは大丈夫か

 さて、「シン・ゴジラ」映画の話に戻ろう。終盤では、東京駅の近くで動きを止めていたゴジラに対して「ヤ○○○作戦」が決行される。人が避難して無人となった都心で、決死の作戦が…。

 その様子を映画館で見ていて、作戦の進捗以上に気になったことがあった。東京駅周辺、つまり東京都千代田区大手町あたりのビルが破壊され、人がいなくなるというのは、日本のITインフラにとって極めてマズい事態なのではなかろうか?

 大手町には、通信事業者が日本中に張り巡らせたネットワーク同士をつなぐ結節点「インターネットエクスチェンジ(IX)」が集中している。通信事業者は、このIXを通じ、お互いに通信を交換している。日本のインターネット網の「心臓」ともいえるITインフラだ。

 IXが集約する大手町が、ゴジラの火炎やビームで破壊されたり、避難のため保守要員がいなくなったら、何が起こるのか。クライマックスの無人新○○○弾や無人在○○○弾も目につかず、「この時点で、日本のインターネットはどうなったのだろう?」と気になってしまった。

 とはいえ、このテーマで通信事業者の広報に取材を依頼しても「我々のインフラは冗長化されており、問題ありません」といった杓子定規の回答しか返ってこない気がする。誰か、企画の趣旨を理解し、本音で語ってくれる方は…。

 そこでお話を伺ったのが、データセンター運営、さくらインターネットの田中邦裕社長である。サブカルチャーへの造詣も深く、「虚構をマジメに考察する」という企画の意図を理解いただける、と確信した次第だ。

さくらインターネットの田中邦裕社長

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 ゴジラが日本のインターネットインフラに与えた(かもしれない)影響について、田中社長へのインタビュー形式で解説しよう。

ゴジラが放った火炎は、東京都心のビルの低層部を広範囲に焼き、さらに火炎を収束させたビームが多くのビルを破壊しました。「日本のインターネットインフラは大丈夫か」と気が気ではありませんでしたが…。

 東京都心にあるインターネットインフラのうち、光ファイバー網については、ゴジラの火炎攻撃に対しても大きな損害はなかったかもしれません。東京では、鉄道や道路、地下鉄などに沿って光ファイバーが敷設されており、その大半は地下に敷設されています。

 一方で通信事業者間でデータを交換するインターネットエクスチェンジ(IX)は、大きな被害が出る可能性があります。

 日本のIXは、トラフィック換算で半分以上が大手町に集中しています。例えば、大阪から九州の間でデータを送信する場合も、データの多くは大手町を経由しているわけです。大手町のIXが停止すれば、日本のインターネットインフラは大打撃を受けます。固定網、携帯網を問わず、広範に通信障害が発生する可能性があります。

 IX施設の大半は、地下ではなく地上にあります。地下にある各社の光ファイバーを地上に引き上げ、光ケーブルの信号を電気信号に変換し、IPアドレスに従ってデータを交換しています。このビルが、ゴジラが吐く火炎やビームの直撃を受ければ、ひとたまりもないでしょう。

 直撃を受けなかったとしても、都心の住民に避難させていたとすれば、施設をメンテナンスする人もいなくなります。もちろん施設はリモートでも運用でき、停電が起こった場合には非常用発電装置が稼働しますが、2日ほどで燃料が切れます。あのゴジラがいる側まで燃料を補給しに行ける人を探すのは難しいでしょうね。

インターネットは元々、ある回線が切れても、別の回線を迂回して通信ができる仕様です。大手町がダメでも、他の経路を迂回して、通信を維持できないものでしょうか。

 理想的なメッシュ型ネットワークであればその通りですが、実際に日本に敷設されたネットワークは、その理想とはかけ離れているのが現状です。

 そもそも大手町にIXが集積したきっかけは、インターネット創成期、KDDI大手町ビルがIXの拠点になったことでした。IXは規模の経済が働き、多くの通信事業者が集まるほどIXのコスト効率が高まるため、その後もIXは大手町に集中しました。

 大阪にもIXはありますが、トラフィックでいえば大手町の1割未満です。大手町のIXが壊滅した場合、その役割を代替できるIXがあるとは到底思えません。さらに、IXに接続してはいても、通信事業者同士でデータを交換する「ピアリング契約」がなければ、通信はできません。

海外向けの通信はどうでしょうか。

 海外向けの通信も、多くが大手町を経由するため、影響は免れません。さらに、仮にゴジラが海底ケーブルにも被害を与えた場合、海外との通信が途絶してしまう可能性もあります。

 よく「大災害などの緊急時には、容量が逼迫する国内のITサービスより、海外にデータセンターがあるTwitterやFacebookが役立つ」などと言われることがあります。ですが、それは海外向けインターネット通信のインフラである海底ケーブルが生き残っていれば、の話です。

 海底ケーブルの陸揚局は、東日本向けは千葉か茨城、西日本向けは三重の伊勢志摩に集中しています。日本の海底ケーブルは、米国またはアジアと接続するものが大半なので、南東に開けた海岸が好まれます。

 東日本大震災では、東日本にある陸揚局の7、8割が被害を受け、米国への通信が危うく途絶するところでした。残った陸揚局を使って何とか切り抜けましたが、危ないところでした。

当の通信事業者は、ITインフラが少数の箇所に集中するリスクをどう捉えているのでしょうか。

 現場のエンジニアは、一極集中のリスクを理解しています。ですが、通信事業の経営層がそれを理解していません。「東京がダメになったら、もう仕方ない」と考える風潮すらあります。ここが一番の問題でしょうね。

(インタビュー終わり)

 人口数百万ほどの東京都心での被害が、全国1億人が使うITインフラに大ダメージを与え、経済を停滞させる。劇中では触れていないが、これがゴジラ凍結後の復興を大きく鈍らせた可能性もあるだろう。

 映画「シン・ゴジラ」が見せた虚構・現実は、ニッポンのITインフラの危機管理についても思いを巡らすきっかけになった。