金曜日, 2月 24, 2017

「シュレーバー症例論」(1911)

        
         (フロイトリンク::::::::::

NAMs出版プロジェクト: "My name is Sigmund Freud"

http://nam-students.blogspot.jp/2010/10/my-name-is-sigmund-freud.html

NAMs出版プロジェクト: 「シュレーバー症例論」(1911)

http://nam-students.blogspot.jp/2017/02/1911.html

シュレーバーとは - はてなキーワード

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%B7%A5%E5%A5%EC%A1%BC%A5%D0%A1%BC

フロイトの「シュレーバー症例」(1911)のモデルとなった、ドレスデン控訴院民事部部長のダニエルパウルシュレーバーのこと。

中年期以降、妄想・強迫観念・異常体験などを主訴とする精神疾患を患う。1903年、自らの精神疾患を詳細に記述した『シュレーバー回想録』(旧題『ある神経病者の回想録』)を著す。同書はフロイトラカンに多くの影響を与えた。

ちなみに、現在日本で使われている「ラジオ体操」は、彼の父、モーリッツ・シュレーバー(1808~1861)の発案によるものである。


ダニエル・パウル・シュレーバー 1842-1911年。有能な司法官としてドレスデン控訴院部長に就任した直後,精神変調が再発,1900年に「回想録」の執筆を開始。本書は多くの者に衝撃を与えた。


参考:

NAMs出版プロジェクト: "My name is Sigmund Freud"

http://nam-students.blogspot.jp/2010/10/my-name-is-sigmund-freud.html

「シュレーバー症例論」(1911)は、心的エネルギーとしてのリビドー一元論へ移行するユングと、最終的に生の衝動、死の衝動という二元論を確立するフロイトの分岐点である。


シュレーバー(父モーリッツ):

Aerztliche Zimmer-Gymnastik: Mit 45 xylograph. Abbildungen - Daniel Gottlob Moritz Schreber - Google ブックス

https://books.google.co.jp/books?id=GqdAAAAAcAAJ



2009年度  修士論文 日本における学校体操の身体技法
 Physical Technique  of the School Gymnastics in Japan 
早稲田大学 大学院スポーツ科学研究科 スポーツ科学専攻  スポーツ文化研究領域 白石  哲士 
http://www.waseda.jp/sports/supoken/research/2009_2/5008A035.pdf
つまり、これらの体操は、軍事的なものと関係がなく、主に身体運動による健康の保持増進を目的として毎日一定時間行われるべき内容であった。そもそも、『榭中體操法図』はドイツ人の医学者、シュレーバー(Daniel Gottlob Moritz Schreber)の著書『医療的室内体操』(Ärztliche zimmergymnastik:1855 年初版)を基にして南校(現在の東京大学)が訳したもので、原本の『医療的室内体操』(Ärztliche zimmergymnastik)の身体運動の目的も身体の健康を保持増進させる為に行われるものだった。それは、『榭中體操法図』の中にも以下のように体操の目的として記載されている。 …略

Ärztliche zimmergymnastik:1855 


国立国会図書館デジタルコレクション - 榭中体操法図

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/860036


        『死の欲動』発見史

           ゲーテ             |
1808    『ファウスト』第一部         |
1833           第二部         |
                           潜
         シューペンハウアー         |         
1851「個人の運命に宿る〜意図についての超越的思弁」在
                           |
           ワーグナー           期
1876    「ジークフリート」初演        |
                           |
           ニーチェ            |
1883    『ツァラトゥストラ』         |
                           |
           フロイト            |
1900      『夢判断』            ?
            /\  
     ユング      シュピールライン          フロイト
1911 「変容の象徴1」 「分裂病の一症例の心理的内容」  「シュレーバー症例論」
     三つ共に初出はJahrbuch für psychoanalytische und psychopathologische Forschungen (1911)
            \/
            /\
1912 「変容の象徴」  「生成の原因としての破壊」
             /
           フロイト
1920     『快感原則の彼岸』

通常「シュレーバー症例論」★(1911,年鑑3)が、心的エネルギーとしてのリビドー一元論へ移行するユングと、最終的に生の衝動、死の衝動という二元論を確立するフロイトの分岐点とされる。  

★原題はPsychoanalytische Bemerkungen über einen autobiographisch beschriebenen Fall von Paranoia(Dementia paranoides)(「自伝的に記述されたパラノイア(妄想性痴呆)の一症例に関する精神分析的考察」)


《『年鑑』の同じ巻の他の執筆者も、シュレーバーの自伝に注目を向けるという幸運があった》フロイト,症例論補遺より


(シュレーバー『ある神経病者の回想録』はライプツィヒのオスヴァルト・ムッツェ社より一九〇三年に出版されたが親族が買い占めて燃やしたので入手困難だった。フロイトは自論を読む前に読んでおいて欲しかったが不可能だった。バタイユ、ラカン、ドゥルーズ、浅田彰らによる言及は単なる精神医学症例の枠を超えた文化現象となった。シュピールライン1911もシュレーバーに言及している。)


「死すべき運命にあろうとも、ああ、私はこのままでよいのだ、あなたの愛はあまりにも大きい。神が常に享受すればこそ、私は流転の中に入ったのだ」ワグナータンホイザー、回想録より孫引き


《何らかの仕方で他人の魂を奪い、その魂の犠牲の上にいっそう永い生命か、あるいは何かしら別の、死を超越して到達するような利益を手に入れることが可能であろうという観念が、すべての民族の伝説や詩において流布している。私は、例としてだが、ゲーテの『ファウスト』、バイロン卿の『マンフレッド』、ヴェーバーの《魔弾の射手》などを想い起こす。》回想録#2講談社学術文庫より


3者の論文が同時に載った1911年の年鑑第3巻。キーワードは1でも2でもなくて3だ。

『精神分析と精神病理学研究のための年鑑』

Jahrbuch für psychoanalytische und psychopathologische Forschungen (1911)
https://ia902702.us.archive.org/0/items/JahrbuchFuumlrPsychoanaly

tischeUndPsychopathologischeForschungen/jahrbuch_III_a_1911.pdf

 


 



オウムとは何だったのか



《ジル・ドゥルーズのわかりやすい言葉でいえば、この現実のほかにいろんな

可能性があるということではなく、ほかならぬこの現実が潜在性においていか

に多層的で豊かであるかを発見することが重要なんだ、と。そこのところを、

そのあとで出てきたSFやアニメやコンピュータ・ゲームの類は全部間違えて

いる。(略)本当はこの現実しかない、言い換えればメタロジックなんてもの

はないんだから。》浅田彰


http://frequency123.tumblr.com/post/144546614 リンク切れ

「オウムとは何だったのか」 『諸君! 1995年8月号』(文藝春秋)所収

http://d.hatena.ne.jp/kataru2000/20060616

『「オウム事件」をどう読むか』 (文藝春秋)再録 リンク切れ



  深い闇ととてつもない妄想


浅田 僕は宗教の問題を精神医学の問題に還元するのは基本的に反対なんです

が、麻原彰晃はフロイトやラカンが扱ったシュレーバー症例に明らかに似てい

ますよね。


中沢 全くそうですね。彼はある種のシュレーバーなんですよ。


浅田 十九世紀末のドイツの司法官ダニエル・パウル・シュレーバーというの

は、ものすごいパラノイアで、その妄想を克明に本に著した。しかも興味深い

のはシュレーバーと父親との関係です。モーリッツ・シュレーバーというこの

父親は、ミシェル・フーコーが近代社会の特徴だという規律。訓練の権化みた

いな人なんですね。子供の姿勢を正しくする運動を考案したり……。


中沢 ええ、姿勢を矯正するラジオ体操の原型の発明者ですね。


浅田 自然に親しむ運動を始めたりもして、いまでもドイツでは日曜菜園のこ

とをシュレーバー菜園と言っている。しかし、子供の姿勢を矯正したり、オナ

ニーや夢精を禁じたり、とにかく極端な人で、たしか顎の形を矯正するヘッド

・ギアのようなものまで作っている。この極端に厳格な父親の鏡像であるかの

ように、息子の方は性的イメージに満ちた極端な妄想体系をつくりあげてしま

った。神が自分の神経に向かって光線で接続してくるとかね。シュレーバーの

父親のヘッド・ギアに息子の神経言語をプラスすると、PSIと称するオウム

真理教のヘッド・ギアになってしまう。


中沢 麻原彰晃は独特の超論理を作りあげたため、シュレーバーのように自分

自身で苦しむことはなかったけど、根本は似てますね。


浅田 世界没落体験の中で被害妄想から誇大妄想に向かっていく。ただ、本当

のパラノイアならそのことでまともに苦しむのに対し、麻原彰晃はそうじゃな

かったわけだから、同一視はできないけれど、類似性はありますね。ともかく、

そこでもう一度父権原理を復活させてやれば正常に戻るという考え方があるけ

れど、実際にはモーリッツの父権原理の極端な貫徹がダニエルの妄想を生み出

したとも言えるわけだから、父権原理の回復というだけでは問題は解決しない。

また現に、戦後の日本の学校から企業や官庁に至る総動員体制は、きわめてモ

ーリッツ・シュレーバー的ですよね。


中沢 ラジオ体操的です。


浅田 その日本のラジオ体操の源流はシュレーバー体操らしい。そういう規律

・訓練体制が実際に学校でのいじめ問題などを生み出しているわけで、いじめ

から逃れる避難場所としてオウム真理教のようなものが機能していたことは事

実でしょう。冒頭に「宗教は民衆の阿片である」と言ったけれど、マルクスが

言っているのは、阿片が悪いというより、阿片が必要な現実がある以上、阿片

を使わぎるをえない、ということです。だから、いくら妄想から覚めて現実へ

回帰せよと言っても、現実がモーリッツ・シュレーバー的な父権原理にがんじ

がらめになっており、いじめ問題から始まって息をつく場所もないとなれば…

…。


Daniel Gottlob Moritz Schreber (* 15. Oktober 1808 in Leipzig; † 10. November 1861 ebenda) war ein deutscher Arzt und Hochschullehrer an der Universität Leipzig.










>シュレーバー


フロイトの欲動論と日本のラジオ体操とオウムのヘッドギアの原型はシュレーバー(親子)にあった。

シュレーバー『ある神経病者の回想録』はライプツィヒのオスヴァルト・ムッツェ社より

一九〇三年に出版されたが親族が買い占めて燃やしたので入手困難だった。フロイトは自

論を読む前に読んでおいて欲しかったが不可能だった。バタイユ、フーコー、ドゥルーズ、

浅田彰らによる言及は単なる精神医学症例の枠を超えた文化現象となった。シュピールライン

1911もシュレーバーに言及している。神経症的妄想で知られるがまともな文章もある。

《何らかの仕方で他人の魂を奪い、その魂の犠牲の上にいっそう永い生命か、あるいは何

かしら別の、死を超越して到達するような利益を手に入れることが可能であろうという

観念が、すべての民族の伝説や詩において流布している。私は、例としてだが、ゲーテの

『ファウスト』、バイロン卿の『マンフレッド』、ヴェーバーの《魔弾の射手》などを想い

起こす。》(シュレーバー回想録#2講談社学術文庫より)


これを論じた、(フロイトの)「シュレーバー症例論」(1911)は、心的エネルギーとして

のリビドー一元論へ移行するユングと、最終的に生の衝動、死の衝動という二元論を確立

するフロイトの分岐点である。

欲動論に貢献した、ユング「変容の象徴1」、シュピールライン、「分裂病の一症例の

心理的内容」、フロイトの 「シュレーバー症例論」、

 3論文共に初出は『精神分析と精神病理学研究のための年鑑』3(1911)である。


《『年鑑』の同じ巻の他の執筆者も、シュレーバーの自伝に注目を向けるという幸運が

あった》フロイト症例論補遺より  

(「自伝的に記述されたパラノイア(妄想性痴呆)の一症例に関する精神分析的考察」)。

初出雑誌(年鑑3)1911
https://ia902702.us.archive.org/0/items/JahrbuchFuumlrPsychoanaly

tischeUndPsychopathologischeForschungen/jahrbuch_III_a_1911.pdf


  



____


>ラジオ体操の源流


そもそもシュレーバーの父(1808~1861)は体操の考案者として知られていた。

日本における学校体操の身体技法 白石  哲士 (2009)

http://www.waseda.jp/sports/supoken/research/2009_2/5008A035.pdf

これらの体操は、軍事的なものと関係がなく、主に身体運動による健康の保持増進

を目的として毎日一定時間行われるべき内容であった。そもそも、『榭中體操法図』はドイツ

人の医学者、シュレーバー(Daniel Gottlob Moritz Schreber)の著書『医療的室内体操』

Ärztliche zimmergymnastik1855 年初版)を基にして南校(現在の東京大学)が訳した

もので、原本の『医療的室内体操』(Ärztliche zimmergymnastik)の身体運動の目的も

身体の健康を保持増進させる為に行われるものだった。それは、『榭中體操法図』の中に

も以下のように体操の目的として記載されている。 (略)》


原著1855  Aerztliche Zimmer-Gymnastik: - Daniel Gottlob Moritz Schreber 

https://books.google.co.jp/books?id=GqdAAAAAcAAJ

https://www.buchfreund.de/covers/10829/357133.jpg 表紙

    

国立国会図書館デジタルコレクション - 榭中体操法図(1872) 

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/860036

http://dl.ndl.go.jp/view/jpegOutput?itemId=info%3Andljp%2Fpid%2F860036&contentNo=2&outputScale=4



>ヘッドギア

Moritz Schreber – Wikipedia https://de.wikipedia.org/wiki/Moritz_Schreber

https://de.wikipedia.org/wiki/Moritz_Schreber#/media/Datei%3AKinnband_(Schreber).png


_____

バイロン『マンフレッド』

http://honsagashi.net/life/manhureddo.html

バイロン『マンフレッド』

マンフレッド

岩波書店

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バイロン『マンフレッド』…短い劇詩。ファウスト的な人物。いくつか引用してみる。

p.63「結局この男の覚えたのは私たちがよく知っている一事だけ――/つまり知識は幸福ではないということ、/学問とは無知を別の種類の無知と取りかえることに過ぎない、ということでございます。」

バイロンらしい言葉。ロマン主義。あらゆる知識を得、あらゆることが可能になったという肥大した自我。それが並んでいるところはいかにも退屈なのだが、これが「ヨーロッパの自負」というものだよなあと思いつつ読む。しかしその肥大した自我が女性との罪ある関係に悩むという、現代人から見るとある種のアンバランスがあるのが面白い感じがする。

p.79「わたくしも若いころには/そうした地上の幻想や、高尚な願望を持っておりました。たとえば、他人の心をわが心とし、国民の啓発者となり、どこかへ知らぬままにも/向上して行きたいなどという――いや墜落かもしれませぬ。/だが墜落にしても、山間の瀑布が、/目くるめく高みから身を躍らせて、/あわ立つ深淵の激動のさなかに/…/その淵の底深くに力強く横たわる、そのようなことを――だがそれも過ぎ去ったこと、わたくしの思い違いでした。」「と申しますのは?」「自分の性質を制することが出来なかったからでございます。およそ人を支配せんと欲するものは人に仕えねばなりませぬ。卑しい奴輩の/あいだにあって力ある者たらんと欲すれば、おもねり、哀願し、二六時中眼をくばり、/あらゆる場所に探りを入れ、虚偽の権化とならねばなりませぬ。大衆とは/そういうものなのです。わたくしは群れに/交わることをさげすみました、たとえ首領になるにしても――狼の群れであろうと。/獅子は一人ぼっちです。わたくしもそうなのです。」 うーん、この饒舌さ。一瞥して次に行ってしまえば一瞬だが、打ち出してみるとこんなにくどくどいろいろ言っていたのかと改めて驚く。「人を支配せんと欲するものは人に仕えねばなりませぬ」とはどこかで聞いた台詞だが、バイロンだったんだなあと思う。

p.98「過去においておれの力は、/お前の輩との契約によって購ったものではない。優れた学問によるのだ――難行苦行、奔放な勇気、/長期の徹宵、不屈の心力によるのだ。」 この台詞は明らかにファウストを意識している。マンフレッドはメフィストフェレスに魂を売ったファウストではない、と宣言しているわけである。これが近代人の自負というものだろう。18世紀後半と19世紀前半の絶対的な差。少なくとも主観的には。

p.21-25の呪詛が誰に向けられたものなのか、解説にいろいろ書いてあるが、よくわからない。あんまりぴんと来ない。特定の人間ではないような気がする。

最終的に、p.100「お前ごときものがおれを誘惑したのではない、誘惑できたわけもない。/おれはお前にだまされもしなかったし、お前の餌食でもない――/おれ自身がおれの破壊者だったのだ。そして今後も/それにかわりはない。――帰れ、見込み違いの悪鬼めら!/死の手はおれの上にある――が、おまえの手ではないのだ!」と叫んでマンフレッドは死んで行く。こういう明確な近代人像は実はあんまり読んだことがなかった気がする。


マンフレッド』(Manfred)は、バイロンによる劇詩1817年クローゼット・ドラマとして発表されたが、1824年コヴェント・ガーデンで上演された。シューマンチャイコフスキーによって音楽化された。ニーチェ超人思想にも影響を与えた。ゲーテの『ファウスト』からの影響があるとされる。

目次

あらすじ編集

アルプス山脈ユングフラウの城郭を舞台にマンフレッドと魔女、聖霊たちの形而上学的対話が展開される。人間でありながら、神ほどの万能感を獲得したマンフレッドは、愛する人を失うという過去を持つ。その悲痛な記憶を失いたくて、精霊を呼び出して、「忘却」をくれ、と要求する。精霊たちは、それはできないと言う。「獲得」は自由なのに「喪失」は思いのままにならぬと悟ったマンフレッドは、「喪失」の最高形態である「」の問題に立ち向かうのであった。

おもな登場人物編集

影響編集

本作が受けた影響編集

本作が与えた影響編集

  • 於母影:マンフレッドの一節を、森鴎外漢詩と日本語の詩に訳した詩文が収録されている。
  • 鎖を解かれたプロメテウス:交友があったロマン派詩人パーシー・シェリーのクローゼット・ドラマ
  • ゲーテ『ファウスト』第二部(1833年):ファウストとヘレネーの息子で、自由闊達な精神を持つがそのために早逝してしまうオイフォリオンは、バイロンがモデルと言われている。

関連項目編集

出典編集

  1. ^ 岩波文庫版 あとがき

外部リンク編集



1890年代にはいって流行病のように広がったニーチェ熱はもっぱら『ツァラトゥストラ』によるところが大きい。時代の空気漂うニーチェ熱のなかで、「永遠回帰」や「神の死」とならんで、「超人」という言葉はニーチェ思想の代名詞ともなった。ニーチェ自身は超人の何たるかを明確に規定しているわけでもなく、その受容も多分に『ツァラトゥストラ』の文体が醸し出す独特の雰囲気に浸った陶酔的な共鳴であった。彼らは超人の思想に、まだ明確には表現しえない新しい可能性を読み取っていた。その後の超人思想の受容においてもこの無規定性のゆえに多様な解釈がなされた。

1.『ツァラトゥストラ』以前における「超人思想」の萌芽
「超人」という言葉そのものは、けっしてニーチェの発明ではない。すでにルキアノスにhyperantroposという表現で見られ、ニーチェはそれを読んでいたと推測される。またヘルダー、ジャン・パウル、なかでもゲーテの『ファウスト』における用例も知っていたに間違いない。ニーチェが初めて「超人」という言葉を使っているのは、彼が若い頃愛読したバイロイトの戯曲『マンフレッド』に関してであり、マンフレッドを「霊を思いのままに制御できる超人」と形容している。〔BAW 2.10〕。超人には、マンフレッドやファウストのように通常の人間を超えた能力を持つ者という意味と、「人間とは克服されるなにものかである」という『ツァラトゥストラ』の表現に見られるような、人間自身の自己克服という意味が混じりあっている。すべての限界や束縛を超えて自由へと向かう人間として「超人」が考えられている点では、超人思想の萌芽はすでに初期にあると見てよい。

ニーチェ事典より
BAW: Friedrich Nietzsche: Frühe Schriften, ed. Hans Joachim Mette,Karl Schlechta, and Carl Koch, 2nd edn., 5 vols. (Munich:Beck, 1994)




症例シュレーバー(3)-フロイト再読11-村 井   朔1673.シュレーバーを読むラカン

https://dspace.wul.waseda.ac.jp/dspace/bitstream/2065/27590/1/035.pdf


ラカンのシュレーバー論は1953年からパリのサンタンヌ病院で始められた彼の弟子たちのための講義「セミネール」の第3年冒、今日出版されている書名で言えば、セミネール第3巻『精神病』のなかで主として述べられている。 1955年秋から1956年夏までの一年間、 25回の講義の大半がシュレーバー症例の解明にあてられており、ラカンにとってこの症例がいかに重要なものであったかが分かる。 :172



精神分析とスピリチュアルなもの - alacantonade

http://d.hatena.ne.jp/criticon/20110911/1315739550

* Jean Allouch : La psychanalyse est-elle un exercice spirituel? (EPEL, 2007)…
これからしばらく精神分析とスピリチュアルなものというテーマについて少しずつ考えてみることにした。

 今回は、ジャン・アルーシュの『精神分析はスピリチュアルな訓練か?』をとりあげる。

 アルーシュはラカンに精神分析を受けていた人で、すでに何冊もラカンについての本を書いている。論争性とユーモアにみちたエッセイがこの著者の持ち味。

 今回とりあげる本におけるアルーシュの狙いは、晩年のミシェル・フーコーが提出したある大胆な仮説を、フロイトおよびラカンのテクストをとおして検証しようとすることだ。

 その仮説とは、精神分析、とくにラカンの精神分析が、古代ギリシャ~ローマにおける自己陶冶の鍛錬(“自己への配慮”)を継承するスピリチュアルな実践であるとするものである。
 
 よく知られているように、晩年のフーコーは古代人が性の営みをとおして実践していた「自己のテクノロジー」を探求していた。ラカンの死の4ヶ月後の講義でフーコーは述べている。

 フーコーによれば、マルクス主義と精神分析の核心には、つぎのような二つの問いがある。まず、

  “主体の存在とは何か?”

 そして、この第一の問いから出てくる二つめの問い。

  “真理に到達することで主体のなかで変化しうるものは何か?”


 「真理」に到達することによって、「主体」はある変容をこうむる。この変容を、フーコーはスピリチュアルなプロセスと捉える。

 ラカンはフロイト以降ただひとり、精神分析の問題をまさに主体と真理のあいだの関係の問題にあらためて集約しようとしたひとであったのではないか[…]。つまりソクラテスであれニュッサのグレゴリオスであれ、こうした霊性の歴史的な伝統やその仲介者たちとはもちろんまったく無縁なかたちで、分析知そのものに属するようなかたちで、ラカンは歴史的にみれば本来霊性にかかわる問題を提起しようとしたのです。それは、真実を語るために支払わなくてはならない対価の問題と、主体が自身について、真実を語ることができ、そして語ったということが主体に及ぼす効果の問題です。この問題をふたたび出現させることで、ラカンは精神分析の内部に、霊性の最も一般的な姿であったあの<自己への配慮>をめぐる最古の伝統を、最古の問いかけを、最古の不安を実際に再出現させたのだと私は考えます。
(廣瀬浩司・原和之訳『主体の解釈学』筑摩書房)


 フロイトにもラカンにも「主体化」subjectivation という概念がある。この概念は、精神分析をとおして患者がなんからのかたちで変容するということを含意している。アルーシュは、この変容をスピリチュアルな変容あるいはイニシエーションとして捉えようとしている。

 一方で、「主体」および「真理」という術語は、ラカンにはあるが、フロイトにはない。それゆえ、ラカンはフロイトにもましてこの伝統に回帰したのだとアルーシュは考える。フロイトが心理学に近づけようとした精神分析を、ラカンは霊性のほうに引き戻そうとしたのだと。

 ラカンは、「精神医学とか心理学とは袂を分かち、たんに精神分析家であろうとした」(フーコー「精神分析の『解放者』、ラカン」)。つまり、ラカンはそのぶんだけ精神分析を純粋化して、スピリチュアルな実践としての本質をつきつめようとしたのだ。ラカンが精神分析の術語を一新しようと試みたのも、アルーシュによれば、精神分析を精神医学や心理学から引き離すためであるということになる。


 アルーシュは、いくつかの観点から、古代におけるスピリチュアルな実践と精神分析の共通点を挙げてみせる。

 たとえば、主体の変容が「他者」をつうじて実現されること。「自己への配慮」といっても、それは孤独に内面に向き合うということを意味せず、かならず他者を媒介として必要とすること(ガレノスによれば、人はおのれを愛し過ぎていて、自身の医者になることができない)。

 また、「自己への配慮」が「真実を語る」という実践と結びついていること。最晩年のフーコーは、「真理を語る」という意味のパレーシアという概念を探求しようとしていたのだった。

 あるいは、制度の存在。分析家の養成、学派といった精神分析の制度は、ふつうはその社会的機能においてとらえられることが多いが、実は本質的に霊的なイニシエーションにかかわるものだという。日常的には社会的機能が霊性というその本質を隠しているのだ。「パス」とか「カルテル」というラカン派に特有の分析家養成制度にそういう側面がみられることをアルーシュはほのめかす。

 アルーシュはそのほかに「金」(経済的・時間的「対価」)、「救済」、「カタルシス」、「自由連想」という観点から両者の共通点を考察しているが、いずれもおおざっぱなもので、アナロジーの枠を出ていない。


 アルーシュは、神経症においても、精神病においても、ラカンが見出していたのは、心理的な問題ではなく、スピリチュアルなレベルでの問題であるとしている。精神分析が癒すのは、スピリチュアルな問題なのである。

 その論拠としてアルーシュが引いてくるのは、たとえば、つぎのようなくだりである。

 たしかに、シュレーバーが女性への変容をなしとげたとき、神聖な受胎が起こるのだが、それについて、神が諸器官をつうじてのある謎めいた前進に関与する力がないことはあきらかである。……それゆえシュレーバーは、ある霊的な操作[une opération spirituelle ]によって、みずからのうちに、発病した頃にすでにそのきざしが知られていた萌芽状態の芽が目覚めるのを感じるだろう。
 おそらく、シュレーバーの創造物たちの新たな霊的な人類が、すべからく彼の胎内から産み落とされることで、現代の腐敗して呪われた人類が再生することになるのだ。
(「精神病のいかなる可能な治療においても前提となる一つの問題について」)


 ここで注目すべきは、シュレーバーの妄想が一種の霊的な世界の描写をその内容としていることではなく、原語の Geistige [Tätigkeiten]を、シュレーバー『回想録』の仏訳者が intellectuel などと訳しているのに対し、ラカンが spirituelと訳している事実だ。なお、ラカンは名高い「ローマ講演」においても、シュレーバーが苦しんでいた「霊的な厄介ごと(破局)」catastrophe spirituelle に言及している。そして、ほかならぬシュレーバー症例を考察する過程で練り上げられた概念「父の名」が、すぐれてスピリチュアルな含意をもっていることは指摘するまでもないであろう。


 あるいは、フロイトの『夢解釈』における「美人の肉屋の女房」について触れた一節。

 というのも、われわれの霊的なヒステリー患者[notre spirituelle hystérique](このように形容しているのはフロイトである)のこうした欲望、つまり、彼女が目覚めているときに抱くキャビアへの欲望のことであるが、この欲望は、満たされているのに、満たされていることを望まない女性の抱く欲望である。
(「治療の指針とその影響力の諸原則」)


 ヒステリー者が身を委ねる「満たされない欲望」は、宗教的な禁欲や殉教を思わせるところがあるが、ここでいう「霊的」なる形容詞が修辞にすぎないのか、あるいは、数行後に「肉屋の女房であってもなくても、世界中のあらゆる霊的なヒステリー者たち」という言い回しがあるところから、ラカンがヒステリーそのものを霊的な実体と見なしていると解釈すべきなのか、とアルーシュは問いかけている。


 こんな引用もある。ここでは、「霊的」という形容が、一見、否定的に使われているように読める。

 ここで確実に言えることは、フロイトは、行動主義とのこのような共謀をとりわけ見越して、みずからの道[voie]と正反対のものであると告発したことだ。分析にとって、分析がコミットしているように見える特殊な霊的な体制[la singulière régie spirituelle]からの出口がどうあるべきかは別として。
(「1956年における精神分析および精神分析家の養成の現状」)

1 Comments:

Blogger yoji said...

於母影
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  マンフレツト一節 ともし火に油をばいまひとたびそへてむ されど我いぬるまでたもたむとも思はず 我ねむるとはいへどまことのねむりならず 深き思ひのために絶えずくるしめられて むねは時計の如くひまなくうちさわぎつ わがふさぎし眼はうちにむかひてあけり されどなほ世の常のすがたかたちをそなふ なみだはすぐれ人の師とたのむ物ぞかし 世の中のかなしみは人々をさがしくす 多く才ある人は世に生ふる智恵の木の 命の木にはあらぬはかなさをなげくなり はや我は世中に学ばぬ道はあらず 天地の力もしり哲学をもきはめぬ そを皆我身のため用ひむとおもへども なほ我身にはたらず―人のためよき事し 人よりもまたわれによき事をむくはれぬ なほ我身にはたらず―我身にはあだのありき それにもそこなはれず多くはおのれかちぬ なほ我身にはたらず―よきもあしきも命も また勢も思も皆人の世にあれど おのれには砂の上にかゝる雨の心地す かのあやしき時より物とては恐れねど 其物を恐れぬ心は我身を責む のぞみもねがひもみなしたはしとはおもはず 我はさる物にては心をばうごかさず いざ我業はじめむくしくあやしき力 かぎりもなきこの世のさま/゛\の鬼神よ 此世をとりまきて風にすめる神/゛\よ けはしき山の上に行きかひする神らよ 地のそこ海のそこつねにすめる神らよ まもりの力をもていま汝等をいましめむ 汝等をよぶにのほれよとくこゝにあらはれよ まだきたらぬ―おのれはあやしき物のかしらの 恐しきしるしもて汝等をはふるはしめむ かならずしなぬ物のちからもてよびいでむ のぼれよとくのぼれよとくこゝにあらはれよ まだきたらぬ―汝等はおのれをばあざけるな 土地の神風の神我は猶おそろしき 力もて大そらに地獄の如くさまよふ くだかれし星くずのまもりもてよび出でむ 我むねをくるしむるおそろしき力もて 我ほとりにながらへおのが身にやどる おろしき思もてよびいでむあらはれよ   戯曲「曼弗列度」一節    魔  語 When the moon is on the wave, 波上繊月光●紛              ●はイトヘンに「升」 And the glow-worm in the grass,‥‥ 蛍火明滅穿碧叢 宵暗燐碧生古墳 陽炬高下跳沢中 星墜如雨光疾於電 梟唱梟和狐客驚顫 残月斜射千壑陰 風死林木渾絶音 正是威力加汝時 霊咒無仮誰脱羈 形体眠矣心不眠 中夜離枕頻色然 胸裡昏暈難得淪滅 心上迷念何可●結   ●は「螢」の上半分+「糸」 冥報常在渾不知 ●怯思友難暫離    ●はリッシンベンに「匡」 嗟汝之骨纒弔衣 嗟汝之体陰霧囲 霊咒無仮誰克争 栖息斯境応畢生 尋汝何必趨汝虚 憐汝心眼時対予 堪比空気無定容 相逐相迫常景従 行止●慄如有憂    ●はリッシンベンに「謬」の右側 疑念頻起回汝頭 回汝頭又驚汝心 予本非影無処尋 須記威力長不窮 蔵在乎汝胸臆間 予唱斯一篇咒詞 教汝居世歎数奇 何况空際曾下神 前路張設蹄与罠 何况風裡聞鬼音 朝暮傾奪歓喜心 休謂眠是天与安 衾枕冰冷成夢難 休謂初旭披汝襟 応願残日沈遠林 仮啼涙多溢巵満●    ●は「角」+「光」 汲烹幾回錬成薬精 詐交陥人臆生闇泉 血流自泉黒如密烟 笑容艶妖以持両端 化為●蛇向途上蟠 一双絳脣吸之得漿 殺生毒民甚於信霜 少如点塵刺心割腸 蠱乎毒平豈能比方 汝胸如鉄笑容可憐 汝情●知似無底淵    ●はハコガマエに「口」 汝眸子正倣君子顔 汝天性姦内含傲頑 汝多詭謀巧無等倫 汝何自崇敢云処仁 汝驕很心為人祷顛 汝如●因〔●因人名亞当之子〕刺痕宛然   ●はツチヘン+「可」 汝之罪盈満非可寛 即身只応作冥獄観 漿在●裡傾汝頭上    ●は「角」+「光」 涓滴攸触成汝深障 無睡無死歓事休 天裂星落何破愁 愁極招喚催命奴 奴不能到空嘆吁 看汝傍有魑魅狂攘 禁汝自不聞鎖鐺響 枯汝頭脳萎汝心髄 唯是三語云滅亡矣

4:26 午後  

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