土曜日, 3月 11, 2017

碧巌録


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NAMs出版プロジェクト: 臨済録
NAMs出版プロジェクト: 碧巌録
NAMs出版プロジェクト: 『宗門葛藤集』父母未生以前本來面目

Manual of Zen Buddhism by D.T. Suzuki 1935 便覧:解読 

http://nam-students.blogspot.jp/2017/05/manual-of-zen-buddhism-by-dt-suzuki.html


白隠作 達磨像



1 達磨不識
第一則 【達磨不職】 だるまふしき

垂示にいわく、山を隔てて煙を見れば早くも是れが火であると知り (隔山見煙、早知是火)、れんがの塀を隔てて角を見ればすぐに是れが牛であることを知る (隔牆見角、便知是牛)。ひとつを知れば三つを明らかにし (擧一明三) 見ただけで天秤の配分がわかることは (目機銖兩)、是れは禅宗にとっては日常に飲むお茶のようにあたりまえのことです (是衲僧家尋常茶飯)。世間の常識を断ち切って行き着くところは (至於截斷衆流)、東に湧き出て西に没し (東涌西沒)、たて横が逆であったり素直であったり (逆順縱横)、与えるのも奪うのも自由自在 (與奪自在)。まさにそんなような時 (正當恁麼時)、即座に答えてください (且道)、是れはどんな人の理解したところなのでしょう (是什麼人行履處)。わたしの心の中を覗いてみてください (看取雪竇葛藤看取)。

梁の武帝がだるま大師に質問します、
「聖人にとって一番大切なこととは (聖諦第一義) どんなものでしょうか? 」

だるまいわく 「城の中に聖人はいません (廓然無聖)」

武帝いわく 「わたしの前にいるあなたは誰ですか? (朕對者誰) 」

だるまいわく 「わかりません (不識)。」

武帝はだるま大師を国に迎えいれず (帝不契)。だるまはそのまま長江を渡って魏の国に入ります。武帝はしばらくたった後に志公を呼んでこのことを質問します。

志公いわく 「陛下はだるま大師のことを理解しようとしていないのではないですか? (陛下還識此人否) 」
武帝いわく 「お前の言うことはわからないな (不識)。」
志公いわく 「だるまという人は観音さまのお使いで (此是観音大士)、仏の極意を陛下にお伝えしたのだと思いますが (傳佛心印)。」

武帝は後悔してすぐに使いを遣わし出発させようとすると、志公がいわく「陛下が使いを出発させてだるま大師を連れ戻そうとするのは道にかなったこととはいえません (莫道陛下發使去請)、わが国土の (闔國) 人々みなを連れ戻しにいかせても、大師は戻っては来ないでしょう (佗亦不回)。」

聖諦廓然、何當辨的。
對朕者誰、還云不識。
因茲暗渡江、豈免生荊棘。
闔國人追不再來、千古萬古空相憶。
休相憶、清風匝地有何極。


聖人にとって大事なことが城の中とは、なんのことを言っているのでしょう?
武帝が目の前の者にあなたは誰かと聞けば、わからないと答えが返ります。
武帝の理解が暗いことを見て長江をわたり、どうしていばらが生えることを逃れられるでしょうか?
国中の人が追っても再びやって来ることはなく、はるかな昔より空という目に見えないものの記憶があるだけです。
それを想いだすことをやめ、風が地を巡ればどこに落ち着く場所が有るのでしょう?


師顧視左右云、這裏還有祖師麼。
自云、有。
喚來與老僧洗脚。


たとえばあなたの師匠が左右を振り返って言います、この場所のどこかにそんな祖師さまがいるのだろうか?
さらに自ら言うには、やっぱり居るようだ、と。
そして声を張り上げてこう言います、さあ、ご老師は来て下さい、足を洗ってさしあげましょう。


(まりび注) 廓然無聖は辞書その他に、からりと晴れてこころにわだかまりがないさま、などと解説されますが、これは意味がちょっと拡大解釈で、じっさいは 「周りを柵でかこまれたような場所に、聖なるものはいません 」 が一字一句訳、こころの本体は閉じ込められた場所にあるようで、さらにそこに聖人がいない様子というのは、認識できない (不職) ことであると答えています。

與老洗脚は禅話の定番表現で、真理があらわれるところには必ずだるま禅師が現れるので、そのときは老師の足を洗ってあげてください。



本則:
梁の武帝は達磨大師に聞いた、「仏法の根本義はどのようなものですか?」
達磨は言った、「からりと晴れ渡った青空のように「聖」も何も無いわい」。
武帝は言った、「朕に向かいそのようなことを言っているお前は一体何者だ?」
達磨は言った、「そんなことは識(し)らん」。
武帝は達磨の心を理解できなかった。達磨はついに江を渡って魏に去った。
後に武帝はこのことについて誌公に聞いた。誌公は言った、「陛下、この人が誰か分かりますか?」
武帝は、「知らん」と言った。
誌公は、「彼は仏心印を伝えに来た観世音菩薩ですよ」と言った。
武帝はこれを聞いて後悔した。彼は遂に使いを派遣して達磨を呼び戻そうとした。
誌公は言った、「陛下、使いを派遣して達磨を呼び戻そうとしてもだめですよ。国を挙げて呼び戻そうとしても彼は帰って来ないでしょう」。

6 日々是好日   

時間の問題を解するに、雲門の「日々是好日」という公案が好資料になる。これは『碧巌録』の第六則である。雲門文偃(*)は唐末五代の人で、雲門宗の始祖である。

雲門垂語して云く、十五日已前は汝に問わず、十五日已後、一句を道い将ち来れ。自ら代って云く、日日是れ好日。

…この日々是好日がわかれば、十五日以前がどうの、十五日以後がどうのというようなことは問題でないのだ。十五日──この只今、この現在、絶対の現在がわかれば、雲門は満足するのである。


鈴木大拙 
日本的霊性より

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33 一圓相  (一円相) 〈碧巌録・三三、六九〉
第三三則には、唐代の人で禅を修め後に尚書(宰相)の官職についた陳操が、唐末五代の仰宗の禅僧資福如宝と会ったときの話として、次のようなものが載っています。 

「陳操尚書、資福に看ゆ、福、来るを見て、便ち一円相を画す」

白隠画 一円相 


仏教の「三角四角」 | リバータリアン心理学研究所


libpsy.com>リバータリアン心理学研究所 TOP>心理学・精神医学
仏教で「三角四角」というのがある。 は円に通じ「縁」、 三角はバラモン教の ピラミッドの階級的な「社会」、 四角は普遍的な「法(ダンマ)」を表わしていると言われ ています。 密教(陰陽道の五大=道教=古代インド)では・・・


姫路城の城壁の窓が三角四角になっている意味 - ふとんでぬくぬく


3.ariken.info>ホーム>歴史のネタ
仏教の世界では形に意味があって、○は水、△は火、□は大地をあらわすんだそうです 。これはこの世を ... だといいます。 たとえば、お寺には五輪塔というものがあって、これ もよく見ると三角四角のパーツが組み合わさってできています。

丸・三角・四角・・・・仙崖和尚の禅画

仙厓《○△□》1819〜1828(文政2-文政11)年頃、紙本墨画、一幅、28.4×48.1cm、出光美術館

仙厓義梵 Sengai Gibon (1750-1837)
https://terebess.hu/zen/sengai.html
https://terebess.hu/zen/sengai/sengai58.jpg

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碧厳録79

鈴木大拙が禅と日本#2で引用。岩波新書30頁

http://www17.plala.or.jp/tozanji/teisyou/hekiganroku/hekigan8.html

第七十九則 投子一切仏声 
見ずや僧問ふう、如何なるか是れ仏。投子云く、仏。如何なるか是れ道。投子云く、道。如何なるか是れ禅。云く、禅。



http://www17.plala.or.jp/tozanji/teisyou/hekiganroku/hekigan8.html



第七十九則 投子一切仏声 

本則・挙す、僧、投子に問ふ、一切声は是れ仏声と。是なりや否や。(也虎鬚を撫ずることを解す。晴天霹靂を轟かす。自尿臭きを覚えず。)投子云く、是。(一般の人をれんー貝に兼ー殺す。身を売りて汝に与へ了れり。一辺に拈放す。是れ什麼の心行ぞ。)僧云く、和尚とくー尺に豚の月なしー沸碗鳴声すること莫れ。(只錐頭の利を見て、鑿頭の方を見ず。什麼と道ふぞ。果然として敗缺を納る。)投子便ち打つ。(著。好打。放過せば則ち不可。)又問ふ、そー鹿三つー言及び細語、皆第一義に帰すと、是なりや否や。(第二回虎鬚を撫ず。臓を抱いて屈と叫んで什麼か作ん。東西南北、猶ほ影響の有る在り。)投子云く、是。(又是れ身を売りて汝に与へ了れり。陥虎の機。也是れ什麼の心行ぞ。)僧云く、和尚を喚んで一頭の驢と作し得てん麼。(只錐頭の利を見て、鑿頭の方を見ず。逆水の波有りと雖も、只是れ頭上に角無し。血を含んで人にそそぐ。)投子便ち打つ。(著。放過す可からず。好打。柱杖未だ折るに到らず、什麼に因ってか便ち休し去る。) 

投子山大同、青原下三世。一切声はこれ仏声と、そ言及び細語皆第一義に帰す=涅般経に出ずと、声という声は仏の声であると、ただこう知って本当には知らぬ、それじゃなんにもならぬ、釈迦牟尼仏の声と姿とと知れるときに、一切ものみな無音に消えて、正に成仏とも云わず、かつて省みるなし、涙することわずかにあり。是非のらち外です。是なりや否やと聞く、すでにしてそ言、敗北。(虎の鬚をなでる、知らぬが仏ですかあっはっは。知ってなずるはかつて未だし。青天の霹靂を轟かす、うっふっふそりゃまたご苦労さん、自分の小便臭さを弁えずとさ、打つによし。)投子云く、是と、そうだよと云って、わなを仕掛けるんですか、是であるから是と、わなにはまるのは向こうの勝手、是にあらずの分をひっかかる。(一般の人をれん殺す、乗り合いバスの全員を馬鹿にした、是というすべからく是、知らぬまんまの三百代言を量産ですか、まあさ。身を売りて汝に与え了れり、さあどうするっていうんです、虎がおっかぶさった、寸毫の隙なし、命ないんです。)僧云く、とく沸は下痢のびちびち、碗鳴はお碗に熱湯を注ぐとじゅうじゅう鳴る、仏声という乙にすましやがって、かくの如くをなんとするってんです、はい、とく沸碗鳴声という代わりにぶっ叩いた、(錐の頭だけを見て、鑿の頭を見ず、のこぎりの談というのがある、我のこぎりの山、汝のこぎりの谷、どこまで行ってもらちあかんというのへ、我はさにあらずとだけ。敵をやっつける気鋭という、そんなものが仏教じゃないんです、敗缺これ。)投子便ち打つ、(根本に出直せという、壁立万仞です、わかりますか、うっふわかったら三十棒。)又問ふ、そー鹿が三つで騒々しいんですか、言、細語愚にも付かぬ2チャンネル語ですか、たいてい意味をなさんです、蚊の泣くようなぴいぴい声、第一義廓然無聖ですか、これが他にはなく、是なりや否や。(二回虎の鬚をなでる、どあほ。臓物を抱いて屈託です、人間みなこれをやっている、坐って姿勢をまっすぐにして矯正も、わがものと身心をよこしまにするあれば、不自然屈託です、仏に帰す、彼岸にわたって下さい、ぱーらみーたー。東西南北、猶ほ影響の有る在りでは不都合。)投子云く、是。(また身を売って与え了る、陥虎の機、心行なしほど恐ろしいんです、間髪を入れず。)僧云く、和尚を喚んで驢となし得てんや、そんじゃ馬鹿と呼んでもいいんかいって、うっふっふこの僧けっこう面白いや、馬鹿顔ぬうっと差し出そうか。(逆水の波、帰り打ちするには頭上に角なし、虎退治には龍だってのにさ。血を含んで人にそそぐ、太公望云く、風に因って火を吹く、力を用いること多少。血を含んで人にそそぐ、先ずその口汚れと。まあさ、はいご苦労さんてこと。意図ありゃおしまいなんですよ、見え見え。)投子すなわち打つ。(よく見よという、こは何事か、放過すべからず、まさにもって悟るによし。だがこれ未だ決着つかず、打ってのち如何、タレントの記者会見じゃないんだよってさ。) 

頌・投子投子。(灼然。天下這の実頭の老漢無し。人家の男女を教壊す。)機輪阻無し。(什麼の他を奈何ともする処か有らん。也些子有り。)一を放って二を得たり。(汝が眼晴を換卻す。什麼の処にか投子を見ん。)彼に同じく此に同じ。(恁麼に来るも也棒を喫し、不恁麼に来るも也棒を喫す。闍黎他に替るも、便ち打たん。)燐むべし限りなき潮を弄するの人。(叢林の中一箇半箇を放出す。這の両箇の漢を放出す。天下の衲僧恁麼に去らんことを要す。)畢竟還って潮中に落ちて死す。(可惜許。争奈せん這の圏簣を出で得ざることを。愁人愁人に向かって説くこと莫れ。)忽然として活せば、(禅床震動。山僧を驚殺して、也倒退三千ならしむ。)百川倒流して閙かつー活のまんなかに耳ーかつたらん。(嶮。徒に佇思するに労す。山僧敢て口を開かず、投子老漢也須らく是れ柱杖を拗折して始めて得べし。) 

投子尋常道ふ、汝総に道ふ、投子実頭なりと。忽然として山を下ること三歩せんに、人有りって汝に問ふうて、如何なか是れ投子実頭の処と道はば、汝作麼生か抵対せんと。見ずや僧問ふう、如何なるか是れ仏。投子云く、仏。如何なるか是れ道。投子云く、道。如何なるか是れ禅。云く、禅。また問ふ、月未だ円ならざる時如何。投子云く、三箇四箇を呑卻す。円なる後如何。七箇八箇を吐卻すと。投子かくの如くとは如何、こりゃものすごい、舌を巻いてわずかに投子投子と、こんな師家と倶に有る、他何をか云わんや、ぶった切られて死す。(灼然、真っ赤っかです、天下箇の実頭の老漢なし、かつてもまさに無し、今の世さらに皆無、もって人家の男女を教壊す、人あり家ありのぬるま湯ですか、どうしようもないです、首くうくる縄もなし年の暮れ、ちったあ爪の垢。)機輪阻てなし、だれがどうだから、道の進捗を思慮ってなどいう紆余曲折ないんです、もとまったく紆余局曲折なし。(些子有り、ちったあ効き目ありってね、どうです、効いたか。)一を放って二を得たり、是と応じて、相手の臓物屈託をさらけだす、もはや元へ復さず、痛烈一回に知る。(いずれの処にか投子を見ん、ぶち抜くとはこれ。)彼に同じく此に同じ、細言そ語も驢となしえてんやも、まったく同じ、臭い懐総まくり、払い切るんです。(投子にもの云う、てめえのことをさらけ出すだけなんです、醜悪もってする、棒を喫す、その醜悪をしゃっ面に貼り付け。)あわれむべし限りなき潮を弄するの人、潮ですか、とくふつ碗鳴声すること莫れ、一頭の驢と作し得てんやと、噂の問題、仏の話題ですか、もとそんなものないんです、投子便ち打つ、投子投子と、雪竇ならずも舌を巻く所以、(叢林にあって一箇半箇を放出す、うさんくさいのを追い出す、湊泊し難し、さあやって下さい、真正面ついに投子を見ず。)畢竟かえって潮中に落ちて死す、噂の中に溺れ死ぬ連中ばかりが、うっふ。(惜しいかなって云うんです、けんきはわな、わなにはまらずに死ぬんなら、大往生。てめえの仕掛けた罠ですか、そりゃあ本望ってね。)忽然として活せば、大死一番です。(禅床震動、わしを驚殺して、倒退三千ならしむ、はいまさにかくの如く。)百川倒流して閙かつかつたらん、いっぺんに世界中の音声です、かつは流水の声、閙はさわがしい。おっちでつんぼが人間満足に返るさま。(嶮。だからさ佇思することなかれ、行けったら行けばいい、投子柱杖を折って始めて得べし、ものみな叩く要なし、さあて仏とは何か、糠に釘ですか、だったら道へ。) 
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84

維摩経の内容として特徴的なのは、不二法門(ふにほうもん)といわれるものである。不二法門とは互いに相反する二つのものが、実は別々に存在するものではない、ということを説いている。例を挙げると、不善、罪と福、有漏(うろ)と無漏(むろ)、世間出世間無我生死(しょうじ)と涅槃煩悩菩提などは、みな相反する概念であるが、それらはもともと二つに分かれたものではなく、一つのものであるという。

たとえば、生死と涅槃を分けたとしても、もし生死の本性を見れば、そこに迷いも束縛も悟りもなく、生じることもなければ滅することもない。したがってこれを不二の法門に入るという。

これは、維摩が同席していた菩薩たちにどうすれば不二法門に入る事が出来るのか説明を促し、これらを菩薩たちが一つずつ不二の法門に入る事を説明すると、文殊菩薩が「すべてのことについて、言葉もなく、説明もなく、指示もなく、意識することもなく、すべての相互の問答を離れ超えている。これを不二法門に入るとなす」といい、我々は自分の見解を説明したので、今度は維摩の見解を説くように促したが、維摩は黙然として語らなかった。文殊はこれを見て「なるほど文字も言葉もない、これぞ真に不二法門に入る」と讃嘆した。

この場面は「維摩の一黙、雷の如し」として有名で、『碧巌録』の第84則「維摩不二」の禅の公案にまでなっている。

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88

「碧巌録・第88則 《玄沙の三種の病人》」|野狐禅RRPGのブログ

https://ameblo.jp/realroleplaying/entry-11630318436.html

【第88則 玄沙接物利生】


 【本則】


 玄沙が大衆に説法した。


 「各地の長老方はみな、衆生を導き、利を与えよと言う。


 もし三種の病人が来るのに出会ったら、どう教化したらいいのか?

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100 大巧は拙なるに似たり

鈴木大拙の大拙とは「大巧は拙なるに似たり」から採ったもので、『老子道徳経』と『碧巌録』が典拠であるという。

碧巌録』の第百則「巴陵吹毛剣」の頌(じゅ)に「不平を平(たいら)げんことを要するも、大巧は拙(せつ)なるが若(ごと)し」とあり、この「大巧は拙(せつ)なるが若(ごと)し」は『老子』第四十五章の、「大成(たいせい)は欠けたるが若(ごと)きも、其の用は弊(へい)せず。大盈(たいえい)は冲(むな)しきが若きも、其の用は窮まらず。大直(たいちょく)は屈せるが若く、大功は拙(せつ)なるが若く、(以下略)」からの引用。

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道得也三十棒、道不得也三十棒
出典は臨済録勘弁。宗門葛藤集が元ネタだが、上記の臨済録の方がダブルバインドを理解した言葉遣いになっている。

碧巌録が徳山の晩年の姿を伝えていて秀逸。


徳山 (宣鑑 ・七八〇 ―八六五 )は堂に来る時 、必ず長い棒を携えていた 。そして言う 、 「道い得るも三十棒 、道い得ざるも三十棒 」と 。これが彼の弟子達に言ったすべてであって 、彼はこれ以外何事も言わなかった 。

鈴木大拙「大肯定の禅」『禅学入門』より


ダブルバインドの作用
 禅の修業において、師は弟子を悟りに導くために、さまざまな手口を使う。そのなかの一つに、こういうのがある。師が弟子の頭上に棒をかざし、厳しい口調でこう言うのだ。「この棒が現実にここにあると言うのなら、これでお前を打つ。この棒が実在しないと言うのなら、お前をこれで打つ。何も言わなければ、これでお前を打つ。」分裂症者の人間はたえずこの弟子と同じ状況に身を置いているという感触をわれわれは抱いている。しかし彼は「悟り」とは逆の、「混乱」の方向へと導かれる。禅の修業僧なら、師から棒を奪い取るという策にも出られるだろう。そしてこの対応を、師が「よし」と認めることもぁるだろう。しかし分裂症者がそのような選択をとることは不可能だ。相手との関係に対して大胆になることは彼は許されていないし、彼の母親と禅師とでは、その目的も意識も大きく違っているのだ。
(ベイトソン「…理論化に向けて」『精神の生態学』2000年297頁)


Ma-tzu's Stick 

The stick of Chinese Zen Master Ma-tzu (709–788) is a famous koan that has been presented to students for many centuries. Ma-tzu held up a stick and then said, “If you call this a stick , I will hit you with it. If you don't call it a stick, I will hit you with it. Quickly, now, what is it?” The use of language in this koan creates the threat of punishment no matter how you answer. What should you say? You are faced with an insoluble problem, a double bind, what Gregory Bateson called “mutually contradictory commands being given by a person in authority with the threat of punishment if both commands were not carried out” (Low, 1995, p. 13).

Low, A. (1995). The world: A gateway: Commentaries on the Mumokan. Boston, MA: Charles E. Tuttle Co.,Ink.

https://books.google.com/books?id...
圜悟, 雪竇, 末木文美士 - 2003 - スニペット表示 - 他の版
僧「を食らうような者もいたもんだ」。 ... 馬祖の法嗣。『伝灯録』巻八に伝がある。〇法道卩仏法およびそれにかかわる発言、指導のあり方など。仏法仏道。第八九則本則評唱にもみえる。 0 何似卩「 ... 0 灼然卩福本はこの下に「著」の二字がある。〇正令当行 ...
芳賀幸四郎 - 1956 - スニペット表示 - 他の版
徳山の、臨済の喝、禾山の解銥、石鞏の弓はいづれも接得の鞏の為人度生の作略のことである。石鞏は修行者が入室してくるといっも、満月のようにしぼった弓に箭をっがえて修行者ある。石紫の弓とは、もと讯師であったが馬祖道一に偶然相見したのが縁 ...
https://books.google.com/books?id=T...
是同是別。馬祖見這僧來。便畫圓相云。入也。不入也。雙下兩關。使伊進退無門。這僧見義勇為。當仁不讓。蹈湯赴火。慣戰作家。祖便。當時若是萬松。接住拄杖。猛與一推。看他馬祖有何方便。却喫了。供欵道。和尚某甲不得。賴有此耳。馬祖秉殺活機。靠却拄杖便休。急流勇退。興盡而歸。雪竇拈云。二俱不了。和尚某甲不得。



碧巌録:1.1

日本で最もよく読まれる禅の本(公案集)に「碧巌録」と「無門関」がある。この二つの書物は特に臨済系の禅において尊重されている。
「碧巌録」は雪竇重顕(980~1052)と圜悟克勤(1063~1135)の2人の禅僧によって作られた。雲門派の禅僧である雪竇重顕は「景徳伝灯録」などから、古来の禅者の言行録100種を抜き出し「雪竇頌古百則」を作った。
「雪竇頌古百則」は本則と頌から成る。これに臨済宗楊岐派の熱血僧圜悟克勤が垂示、著語、評唱を付けたものが「碧巌録」である。
最初、雪竇重顕が作った「雪竇頌古百則」に圜悟克勤が垂示、著語、評唱を付けて完成させたものであるから、碧巌録は雪竇重顕と圜悟克勤の合作と言っても良いかも知れない。
しかし、圜悟克勤が碧巌録を完成させた時には雪竇重顕は既に死亡していたから、自分が作った「雪竇頌古百則」が碧巌録になったことは知らない。その意味で不思議な合作本といえる。
垂示とは序であるとともに一般論的なまとめである。著語とは寸評である。評唱とは批評である。
「碧巌録」は12世紀の初めに現在の形に成ったと考えられている。室町時代には日本の五山の禅僧達は「碧巌録」を禅の最も優れた教科書として愛読していたと言われる。
碧巌録に頻出する祖師は趙州従シン禅師(748~834、唐代)雲門文偃(864~949)禅師の2人である。雲門文偃の後半生は五代十国時代(907~960)にかかっているが唐代の人だと見なすことができる。このことからも禅は唐代にほぼ完成しているという結論は正しいと思われる。
雲門文偃が碧巌録に頻出するのは「雪竇頌古百則」の著者である雪竇重顕が雲門派の禅僧であったからであろう。碧巌録に出てくる趙州従シンの公案については 信心銘の『至道無難 唯嫌揀択 但無憎愛 洞然明白』という言葉と関係するものが四則と際立って多い。
その公案は
 第2則 :「趙州至道無難」、第57則:「趙州不揀択」、第58則:「趙州カ窟(かくつ)」、第59則:「趙州至道」
の4則である。
禅において信心銘の『至道無難 唯嫌揀択 但無憎愛 洞然明白』という言葉が如何に重要かを物語っている。
図1に示すように、「碧巌録」は垂示、本則、評唱、頌から成る文段構造になっている。


     釈迦牟尼仏
       ┃
     (27代略)
       ┃
      菩提達磨
       ┃
      慧可大祖
       ┃
     (3代略)
       ┃
      慧能大観
   ┏━━━┻━━━┓
 青原行思    南獄懐譲
   ┃       ┃
 石頭希遷    馬祖道一
   ┃    ┏━━┻━━━━━┓
 (以下略)  ┃        南泉普願
       百丈懐運      ┃
        ┣━━━━┓   趙州従諗
       黄檗希運 潙山霊祐
        ┃    ┃
       臨済義玄 香厳智閑

(曹洞宗) (臨済宗)








馬祖道一 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/馬祖道一
馬祖道一(ばそ どういつ、709年(景龍3年) - 788年(貞元4年))は、漢州(四川省)の出身で俗姓は馬氏。諡は大寂禅師
地元の羅漢寺の資州の処寂648年 - 734年)の下で出家し、益州の長松山などで修禅した後、南嶽(湖南省)に向かい、懐譲の法を嗣ぎ、洪州(江西省)の開元寺に移って法を広めた。その独自な禅風は代の士大夫階級に受け入れられて一大宗派洪州宗を築き、百丈懐海南泉普願など嗣法の弟子は88人を数え、それぞれが数多くの語録を残すので、後の禅宗に語録を重視する傾向をもたらし、やがてそれは公案を重視する臨済宗へと発展していった。
馬祖は、後世の禅僧の名に見られる道号などとは異なり、道一の俗姓である馬氏によるもの。そのニュアンスを日本語化すれば、「馬おじさん」や「馬家の師匠」と呼んでいるのと同じこととなる。柳田聖山が「純禅」と称する初期の禅宗徒の気風の一端を表すものである。
また、馬祖の生家は(み)を作っていたが、開悟の後、名声を得て故郷に里帰りした所、近所の老婆に、「なんだ、偉い坊さんが来たと思ったら、箕の屋の小せがれではないか」と言われ、それきり、故郷に帰らなかったというエピソードがある。
現在、彼の出身地である四川省において、馬祖学会が時たま開催されている。


頌:
一を去却し 七を拈得す
上下四維等匹なし
徐ろに行(ある)きて踏断す流水の声(おと) 
縦に観て写し出す飛禽の跡
草茸々 煙冪々
空生 厳(がん)畔(ぱん) 花狼藉
弾指して悲しむに堪えたり舜若多
動著すること莫れ
動著せば三十棒
  
注:
一:根源の一。万物一に帰すと言う場合の一.ここでは絶対平等の悟りの世界。下層無意識脳を中心にした脳宇宙を「一」で表現している。
去却:すて去る。
四維:東南、東北、西南、西北の四方向。
拈得す:取り出す。
等匹なし:ならぶものがない。
徐ろに行(ある)きて踏断す流水の声(おと):流れる水の上をゆったりと歩いて渡りきる(踏断)時に聞こえる水の音。
空生 厳畔 花狼藉:空生とは解空第一だと称されたブッダの十大弟子の一人須菩提(スブーティ)のこと。須菩提(スブーティ)が洞窟中で坐禅していると諸天がそれを賞して空中から花を雨降らしたと言う故事による。
弾指:パチンと指を弾いて鳴らす。ここでは批判的な意味で指を弾いて鳴らす。
舜若多:シュニャータ、虚空の神。

  

頌:
全ての事象(万物)は脳で 認識され展開する。脳内で起こる全ての事象(万物)は「一」である脳に帰着する。悟りの世界は特に下層無意識脳であり「絶対平等の無」の世界でもある。その「絶対平等の無」の悟りの世界は「寂滅為楽」の苦を超越した大安楽の世界であるがそこに尻を据えて落ち着いてはいけない。
「一」である脳から犬はワン、猫はニャンと生きている全ての事象(七、万物)が展開している。そこではそれぞれの存在が天地の間に比べるもののない尊厳性に輝いている(上下四維等匹なし)。その多の世界を在るがままに受容することが「日々これ好日」の消息といえるのである。
流れる水の上をゆったりと歩いて渡りきる(踏断)時には聞こえる流水の音と一体になる。目を見上げれば空を飛ぶ鳥と一体になって飛んでいる。一切を踏断した無の世界(本来無一物の状態の脳)は、あらゆるものを映し出す鏡のような働きを示すのである。
いかし、このような境地にいい気になって油断をすると草が茸々(ぼうぼう) と生え繁るように煩悩・妄想が出てくるし、煙が冪々(べきべき)と立ち込めて一寸先も見えなくなるようになる。
解空第一と称された須菩提(スブーティ、ブッダの十大弟子の一人)尊者が洞窟中で坐禅していると諸天がそれを称賛して空中から花を雨降らしたと伝えられる。
しかし、無相の空見に耽着しているのは坐禅の奴隷というもので弾指して批判すべきである。無の空見に落ちてはならない。もし空見に落ちたら三十棒を喰らわすぞ!


徳山行棒 Deshan Uses His Stick
徳山宣鑑 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/徳山宣鑑
徳山 宣鑑(とくざん せんがん、780年 - 865年)は、中国代の禅僧。 俗姓は周氏、剣南(四川省)の出身である。
古来、禅者の間では徳山の峻厳な禅風を表す「徳山の棒」は「臨済の喝」と並んで有名である。
Deshan Xuanjian - Wikipedia

碧巌録が徳山の晩年の姿を伝えていて秀逸。

https://books.google.com/books?isbn...
Daisetsu Teitaro Suzuki, Richard M. Jaffe - 2014 - プレビュー - 他の版
As to the use of a stick, there is one master noted for his liberal application of this instrument. Tokusan ( Deshan, 790–865)4 used to say, “When you say 'Yes,' you get thirty blows of my stick; when you say 'No,' you get thirty blows of my stick just the same.” The Zen monks generally carry a long staff in traveling from one ...

道得也三十棒、道不得也三十棒
出典は臨済録勘弁。宗門葛藤集が元ネタだが、上記の臨済録の方がダブルバインドを理解した言葉遣いになっている。


Thomas Yuho Kirchner, Nelson Foster & Ueda Shizuteru「Entangling Vines」
https://itun.es/jp/Hpt1Y.l

宗門葛藤集 Shūmon kattōshū (Entangling Vines)
http://terebess.hu/zen/entangling.html#b
Case 194: 徳山行棒 Deshan Uses His Stick 

At an informal lecture Deshan Xuanjian said, “Tonight I’ll answer no questions. Anyone who asks will get thirty blows.” At that moment a monk stepped forward and bowed. Deshan immediately struck him.

道得也三十棒 道不得也三十棒 ( 哲学・思想 ) - 九十九蓮 ブログ - Yahoo!ブログ
http://blogs.yahoo.co.jp/bairi3567/67714092.html?__ysp=5b6z5bGx6KGM5qOS
道得也三十棒 道不得也三十棒


道い得るも也三十棒 いいえるもさんじゅうぼう

道い得ざるも也三十棒 いいえざるもまたさんじゅうぼう


禅門においては、
臨済の、「喝」
徳山の、「棒」といわれるほどに、
唐代の禅匠、臨済義玄禅師は
修行者との禅問答において 「一喝」を飛ばして導き、

徳山宣鑑(とくさんせんかん)和尚は来る修行者には
棒を以って打ち据えて、少々荒っぽく、厳しく導いたという。


きちんと答ええても三十棒を食らわせ、
答えがなければ また三十棒を打つ。

応えても応えられなくても許すことがなかったというのは一般的感覚では理解できがたいことであるが、ここが徳山和尚の真の親切心なのである。


「徳山行棒(ぎょうぼう)」 の公案には


徳山小参に云く
「老僧、今夜、答話せず。問話の者あらば三十棒」。

時に僧あり、出でて礼拝す。山、すなわち打つ。

僧云く、
「それがし、話も未だ問わるざるに和尚、なんによってそれがしを打つ」


山云く、「汝はこれ什麼(いづれ)のところの人ぞ」。


云く、「新羅の人なり」。


山云く、
「汝、未だ船舷(せんげん)を跨(また)がざる時に
三十棒を与うるに好し」。  

僧、此処において省あり。




ある夜の小説法の時、徳山和尚は

今夜は何も言うまい、
何か聞きたいことが事あれば言うがよい。
             三十棒を以って応えよう」 と。

その時一人の僧が
問答をせんと進み出て礼拝したところ、
徳山はすかさず一棒を食らわす。


僧はびっくり

「和尚私はまだ何の問いかけもしてはおらぬのに、なぜ打つのか」
…と。


徳山はそんなことはお構いなしに


「お前さんは何処の出身の人かな」


僧云く、 「新羅から来ました」


徳山云く、
「さようか、汝がまだ新羅を出る船の船板を渡らぬ前に
             三十棒を食らわせておくべきだったよ」 …と。


僧はそこで始めて徳山の真意を解して悟った。


禅問答では理屈はいらない、
きちんと応えても、また応え切れなければ勿論、棒が飛ぶ。


なぜどうしてと言う理解を超えた処の
心証の見解(けんげ)でなければならないのだ。


一見むちゃくちゃな仕打ちに見えるかもしれない。

右でもなければ左でもない、
有でもなければ無でもない。

すべてを否定し、否定し否定しつくした
絶対的境涯を引き出す三十棒なのである。

打つ者も真剣、
者打たれる も真剣なるがゆえになりたつ境涯のぶっかり合いなのだ。

http://blogs.yahoo.co.jp/chilyarennjiyanoyasai/35481377.html    ←7・16・1317以降表示作品



ダブルバインドの作用
 禅の修業において、師は弟子を悟りに導くために、さまざまな手口を使う。そのなかの一つに、こういうのがある。師が弟子の頭上に棒をかざし、厳しい口調でこう言うのだ。「この棒が現実にここにあると言うのなら、これでお前を打つ。この棒が実在しないと言うのなら、お前をこれで打つ。何も言わなければ、これでお前を打つ。」分裂症者の人間はたえずこの弟子と同じ状況に身を置いているという感触をわれわれは抱いている。しかし彼は「悟り」とは逆の、「混乱」の方向へと導かれる。禅の修業僧なら、師から棒を奪い取るという策にも出られるだろう。そしてこの対応を、師が「よし」と認めることもぁるだろう。しかし分裂症者がそのような選択をとることは不可能だ。相手との関係に対して大胆になることは彼は許されていないし、彼の母親と禅師とでは、その目的も意識も大きく違っているのだ。
(ベイトソン「…理論化に向けて」『精神の生態学』2000年297頁)

参考:
《…徳山 (宣鑑 ・七八〇 ―八六五 )は堂に来る時 、必ず長い棒を携えていた 。そして言う 、 「道い得るも三十棒 、道い得ざるも三十棒 」と 。これが彼の弟子達に言ったすべてであって 、彼はこれ以外何事も言わなかった 。》
(鈴木大拙「大肯定の禅」『禅学入門』より)

臨済録勘弁
師聞第二代徳山埀示云、道得也三十棒、道不得也三十棒。

Thomas Yuho Kirchner, Nelson Foster & Ueda Shizuteru「Entangling Vines」
https://itun.es/jp/Hpt1Y.l 
宗門葛藤集 Case 194  徳山行棒 Deshan Uses His Stick



芳賀幸四郎 - 1956 - スニペット表示 - 他の版
徳山の、臨済の喝、禾山の解銥、石鞏の弓はいづれも接得の鞏の為人度生の作略のことである。石鞏は修行者が入室してくるといっも、満月のようにしぼった弓に箭をっがえて修行者ある。石紫の弓とは、もと讯師であったが馬祖道一に偶然相見したのが縁 ...



。。。。
NAMs出版プロジェクト: 血脈論 以心伝心、不立文字
http://nam-students.blogspot.jp/2017/03/blog-post_67.html

血脈論 以心伝心、不立文字


http://iriz.hanazono.ac.jp/data/zenseki_083.html 


 血脈論けちみゃくろん
一巻 続蔵2-15、『少室六門』 二、『禅門撮要』 上
菩提達磨に帰せられる作品。唐中期の出現。見性を強調し、達磨の血脈がそこにあるとする。『悟性論』『観心論』とともに、平安末期に日本に伝わり、達磨宗のよるところとなったようで、かつて金沢文庫にその本が存したという。抜隊の『塩山和泥合水集』にも引用があり、日本では広く読まれたらしい。続蔵に収める本は、紹興癸酉(1153)に見独老人任哲が付した序があり、おそらくは鎌倉時代に伝来したテキストであろう。 (禅籍解題 83)http://iriz.hanazono.ac.jp/frame/data_f00d3_t2009k.html


373b1,0,第六門血脈論。,0
373b2,0,三界興起同歸一心。前佛後佛以心傳心。,1
373b3,1,不立文字。,0
373b4,0,問曰。若不立文字。以何爲心。答曰。汝問吾。,0
373b5,0,即是汝心。吾答汝。即是吾心。吾若無心。,2

4:7

「碧巌録・第88則 《玄沙の三種の病人》」|野狐禅RRPGのブログ

https://ameblo.jp/realroleplaying/entry-11630318436.html

【第88則 玄沙接物利生】


 垂示に云う、


 初心者向けの方便は、どれも決まった型を打ち砕くものである。


 道理に深く立ち入って論ずるには、自由自在に動き回れるためのものでなければならない。


 相手の核心をずばり突いて、金の錠前とその奥のカンヌキを撃破した上で、法令を守りながら、きれいさっぱりと片付ける。


 さて、入り組んだところはどこにあるか?


 真理を見抜く目を持つ者は、取り上げてみなさい。


**


 【本則】


 玄沙が大衆に説法した。


 「各地の長老方はみな、衆生を導き、利を与えよと言う。


 もし三種の病人が来るのに出会ったら、どう教化したらいいのか?


 盲者には、鎚を手にして払子を立てたとしても、彼には見えない。

 

 聾者には、言葉を尽くして論じても、彼には聞こえない。


 唖者には、しゃべらせたとしても、彼はしゃべれない。


 どのように教化するのか?


 もし彼らを教化できないとしたら、仏法には霊験がないことになるぞ」


*


 僧は、雲門に教えを乞うた。


 雲門が言った、


「礼拝しなさい」。


 僧は礼拝して立ち上がった。


 雲門は挂杖で突こうとすると、僧は後退した。


 雲門が言った、


「お前は、盲者ではない」。


 次に雲門は言った、


「近寄りなさい」。


 僧が近づくと、雲門が言った、


「お前は、聾者ではない」。


 さらに、雲門が言った、


「解ったか?」。


 僧が言った、


「解りません」。


 すると雲門、


「お前は、唖者ではない」。


 僧はここで、はっと悟った。


**


 【頌】


盲聾瘖唖、

査絶機宣。

天上天下、

堪笑、堪悲。

離婁不辯正色、

師曠豈識玄糸。

争如独坐虚窓下、

葉落花開自有時。

復云、還会也無、

無孔鉄槌。


*


 頌って云う、


 盲や聾や唖には、


 対応する手段がない。


 しかし、天地のあらゆるところで、


 盲であっても、盲でないかもしれない。


 盲でなくても、盲であるかもしれない。


 視力が優れているからといって、正しい色が判別できるわけではない。


 張力が優れているからといって、奥深い調べがわかるのだろうか?


 音も色も形もない窓辺に一人坐ると、


 季節に合わせて、葉が落ちて、花が咲く。


 自分とは関係がないけれど、こちらの方がましだ。


 雪竇はさらに言う。


 「この意味がわかるだろうか? 穴がなくて棒を挿せないハンマーだ」


VII

GENSHA ON THE: THREE INVALIDS[1]

Preliminary Remark

When gates and courts are established, then there are twos, there are threes, there is a realm of multiplicities; when a deep discourse is carried on on the highest subjects of intuition a world of sevens and eights is thoroughly broken through. In whatever ways views and opinions may be presented, they are crushed to pieces so that the barricades even when they are of golden chains are successfully brushed aside. When orders are given from the highest quarters, all traces are wiped off, leaving nothing whereby trailing is made possible. When do we come across such a koan? Let one who has an eye on the forehead see to it.[2]

Illustrative Case

Gensha gave the following sermon:

"It is asserted by all the worthy masters of the present time that they are working for the benefit of all beings. [--Each keeps a shop according to his means.--Some are rich and others are poor.]

"This being the case, what will you do if there suddenly appear before you three kinds of invalids? [--By beating up the weeds, we mean to frighten snakes out.--As for me, it makes my eyes open wide and my mouth close.-We all have to beat a retreat even for three thousand 1i.]

"Those who are blind fail to see you even when you

[1. Hsuan-sha, 835-908. The following is a literal translation of Case LXXXVIII of the Pi-yen Chi, which is one of the most important and at the same time the most popular of Zen texts. The words in brackets in the "Illustrative Case" and in Seccho's verse are those of Yengo. As to the nature and composition of the Pi-yen Chi, see my Zen Essays, Series II, p. 237 et seq.

2. The Remark purposes to make the reader abandon his usual relative point of view so that he can reach the absolute ground of all things.]

hold up a mallet or a hossu. [--Blind to the very core.--This is no other than 'benefiting all beings'.--Not necessarily failing to see.]

"Those who are deaf fail to hear you even when you talk volubly enough. [--Deaf to the very core!--This is no other than 'benefiting all beings'.--Not necessarily altogether deaf.--That something is still unheard.]

"Those who are dumb fail to speak out, whatever under. standing they may have inwardly. [--Dumb to the very core!--This is no other than 'benefiting all beings'.--Not necessarily altogether dumb.--That something is still left untold of.]

"What treatment are you going to accord to such people? If you do not know how to go on with them, Buddhism must be said to be lacking in miraculous works." [--Quite true, this world-I am ready to give myself up with my hands folded.--"Benefiting" already accomplished!--"He then struck."]

A monk asked Ummon (Yun-men) to be enlightened. [--It is also important to go about and inquire.--Hit!]

Said Ummon, "You make bows." [--As the wind blows, the grass bends.--Ch'ua!]

When the monk rose from making bows, [--This monk's staff is broken!]

Ummon poked him with a staff, and the monk drew back. Said Ummon, "You are not blind then?" [--Blind to the very core!--Do not say that this monk has a failing eye-sight.]

Ummon now told him to approach, and the monk approached. [--Washed with a second dipperful of dirty water.--Kwan-non is come! To give a "Kwatz!" was better.] Said Ummon, "You are not deaf then?" [--Deaf to the very core!--Do not say that this monk is deaf in his ears.]

Ummon further continued, "Do you understand?" [--Why does he not feed him with the right forage?--Pity that he then uttered a word at all.]

"No, master, I do not," was the reply. [--A double koan!--What a pity!]

Ummon said, "You are not dumb then?" [--Dumb is to the very core!--What eloquence!--Do not say that this monk is dumb.]

The monk now grasped the point. [--Stretching the bow when the burglar is off.--What old bowl is he after?]

Commentary Notes

Gensha gives this sermon from his standpoint where he is now able to sit, after years of his study of Zen, in absolute nakedness with no trumpery trimmings about him, altogether shorn of imaginations and free from conceptualism. In those days there were many Zen monasteries each of which rivalled the others. Gensha used to give this sermon to his monks:

"It is asserted by all the worthy masters of the present time that they are working for the benefit of all beings. This being the case, what will you do if three kinds of invalids suddenly appear before you here? Those who are blind fail to see you even when you hold up a mallet or a hossu. Those who are deaf fail to hear you even when you may talk volubly enough. Those who are dumb fail to speak out whatever understanding they may have inwardly. What treatment are you going to accord to such people? If you do not know how to go on with them, Buddhism must be said to be lacking in miraculous works."

If people understand him here as merely making reference to the blind, to the deaf, to the dumb, they are vainly groping in the dark. Therefore, it is said that you are not to search for the meaning in the words which kill; you are requested to enter directly into the spirit itself of Gensha, when you will grasp the meaning.

As Gensha ordinarily tested his monks with this statement, a monk who was staying for some time with him one day accosted him when he came up to the Dharma-hall, and asked: "Will you allow me to present my way of reasoning about your sermon on the three invalids?" Gensha said, "Yes, you may go on." Whereupon the monk remarked, "Fare thee well, O master!" and left the room. Gensha said, "Not that, not that." We can see that this monk has fully grasped Gensha.

Later on, Hogen (Fa-yen, died 958) made this statement: "When I listened to Master Jizo (Ti-tsang) making reference is to this monk's remark, I was enabled to understand Gensha's sermon on the three invalids."

I ask you now. "[Here is a puzzle for you, O monks!] If that monk did not understand Gensha, how was it that Hogen made this statement of his? If that monk understood Gensha, why did the latter declare, 'Not that, not that'?"

One day Jizo said to Gensha, "I am told that you have given a sermon on the three invalids, is that so?" Gensha answered, "Yes." Jizo then said, "I have my eyes, cars, nose, and tongue; what treatment would you give me?" Gensha was quite satisfied with this request on the part of Jizo.

When Gensha is understood, you will realize that his spirit is not to be sought in words. You will also see that those who understand make themselves naturally distinguishable from the rest.

Later when a monk came to Ummon (Yun-men, died 949) and asked him about Gensha's sermon, Ummon was ready to demonstrate it in the following way, for he thoroughly understood Gensha. Said Ummon to the monk, "You make bows." When the monk rose from making bows, Ummon poked him with a staff, and the monk drew back. Said Ummon, "You are not blind then?" Ummon now told him to approach, and the monk approached. Said Ummon, "You are not deaf then?" Finally, he said, "Do you understand?" "No, master", being the reply, Ummon remarked, "You are not dumb then?" This made the monk grasp the point.

If this monk of Ummon's had any sort of understanding about Gensha, he would have kicked up the master's chair when he was told to make bows, and no more fussing would have been necessary. In the meantime let me ask you whether Ummon and Gensha both understood the problem in the same way, or not. I tell you that their understanding is directed to one point. That the ancient masters come out among us and make all kinds of contrivance is because they wish to see somebody bite their hook and be caught up. They thus make bitter remarks in order to have us see into the great event of this life.

My own master Goso (Wu-tsu, died 1104) had this to say: "Here is one who can talk well but has no understanding; here is another who understands but is unable to talk about it. When these two present themselves before you, how will you distinguish the one from the other? If you cannot make this discrimination, you cannot expect to free people from their bondage and attachment. But when you can, I will see to it that, as soon as you enter my gate, I put on a pair of sandals and run through the inside of your body several times even before you realize. In case, however, you fail to have an insight in this matter, what is the use of hunting around for an old bowl? Better be gone!"

Do you wish to know what is the ultimate meaning of these complications in regard to the blind, deaf, and dumb? Let us see what Seccho says about it.

Seccho's Remarks in Verse

Blind, deaf, dumb! [--Even before any word is uttered.--The three sense-organs are perfectly sound.--Already finished is one paragraph!]

Infinitely beyond the reach of imaginative contrivances! [--Where do you wish to hunt for it?--Is there anything here which permits your calculations?--What relationship have they after all?]

Above the heavens and below the heavens! [--Perfectly free is the working of Truth.--Thou hast said!]

How ludicrous! How disheartening! [--What is it that is so ludicrous, so disheartening?--Partly bright and partly dark.]

Li-lou does not know how to discriminate the right colour. [--Blind fellow!--A good craftsman leaves no trace.--Blind to the very core!]

How can Shih-k'uang recognize the mysterious tune? [--Deaf in his ears!--There is no way to appreciate the greatest merit.--Deaf to the very core!]

What life can compare with this?--Sitting alone quietly by the window, [--This is the way to go on.--Do not try to get your livelihood in a cave of ghosts.--Break up all at once this cask of coal tar!]

I observe the leaves fall and the flowers bloom as the seasons come and go. [--What season do you think it is now?--Do not regard this as doing-nothingness.--Today, morning is followed by evening; tomorrow, morning is followed by evening.]

Seccho now remarked: "Do you understand, or not?" [--"Repeated in the gatha."I

An iron bar without a hole! [--Coming up with your own confession!--Too bad that he was released too easily,--"Then he struck."]

Yengo's Comment on Seccho

"Blind, deaf, dumb!
Infinitely beyond the reach of imaginative contrivances!"

In this, Seccho has swept everything away for you what you see together with what you do not see, what you hear together with what you do not hear, and what you talk about together with what you cannot talk about. All these are completely brushed off, and you attain the life of the blind, deaf, and dumb. Here all your imaginations, contrivances' and calculations are once for all put an end to, they are no more made use of this is where lies the highest point of Zen, this is where we have true blindness, true deafness, and true dumbness, each in its artless and effectless aspect.

"Above the heavens and below the heavens!
How ludicrous! how disheartening!"

Here Seccho lifts up with one hand and with the other puts down. Tell me what he finds to be ludicrous, what he finds to be disheartening. It is ludicrous that this dumb person is not after all dumb, that this deaf one is not after all deaf; it is disheartening that the one who is not at all blind is blind for all that, and that the one who is not at all deaf is deaf for all that.

'Li-lou does not know how to discriminate the right colour."

When he is unable to discriminate between blue and yellow, red and white, he is certainly a blind man. He lived in the reign of the Emperor Huang. He is said to have been able to discern the point of a soft hair at a distance of one hundred steps. His eye-sight was extraordinary. When the Emperor Huang had a pleasure-trip to the River Chih, he dropped his precious jewel in the water and made Li fetch it up. But he failed. The Emperor made Ch'ih-kou search for it, but he also failed to locate it. Later Hsiang-wang was ordered to get it, and he got it. Hence:

"When Hsiang-wang goes down, the precious gem shines most brilliantly;
But where Li-lou walks about, the waves rise even to the sky."

When we come up to these higher spheres, even the eyes of Li-lou are incapacitated to distinguish which is the right colour.

"How can Shih-kuang recognize the mysterious tune?"

Shih-kuang was son of Ching-kuang of Chin in the province of Chiang in the Chou dynasty. His other name was Tzu-yeh. He could thoroughly distinguish the five sounds and the six notes, he could even hear the ants fight on the other side of a hill. When Chin and Ch'u were at war, Shih-kuang could tell, by merely quietly playing on the strings of his lute, that the engagement would surely be unfavourable for Chu. In spite of his extraordinary sensitiveness, Seccho (Hsueh-t'ou) declares that he is unable to recognize the mysterious tune. After all, one who is not at all deaf is really deaf in his ears. The most exquisite note in the higher spheres is indeed beyond the ear of Shih-kuang. Says Seccho: "I am not going to be a Li-lou, nor to be a Shih-kuang, but

"What life can compare with this?--Sitting alone quietly by the window,
I observe the leaves fall, the flowers bloom as the seasons come and go."

When one attains this stage of realization, seeing is no-seeing, hearing is no-hearing, preaching is no-preaching. When hungry one eats, when tired one sleeps. Let the leaves fall, let the flowers bloom as they like. When the leaves fall, I know it is the autumn; when the flowers bloom, I know it is the spring. Each season has its own features.

Having swept everything clean before you, Seccho now opens a passageway, saying: "Do you understand, or not?" He has done all he could for you, he is exhausted, only able to turn about and present to you this iron-bar without a hole. It is a most significant expression. Look and see with your own eyes! If you hesitate, you miss the mark for ever.

Yengo (Yuan-wu, the author of this commentary note) now raised his hossu and said, "Do you see?" He then struck his chair and said, "Do you hear?" Coming down from the chair, he said, "Was anything talked about?"


看脚下(かんきゃっか)
碧巌録』第二二則の頌に「象骨巖高人不到。到者須是弄蛇手。稜師備師不奈何。喪身失命有多少。韶陽知。重撥草。南北東西無處討。忽然突出拄杖杖頭。〓(才尢力)對雪峰大張口。大張口兮同閃電。剔起眉毛還不見。如今藏在乳峰前。來者一一看方便。師高聲喝云。看脚下。」(象骨は巌高くして人到らず、到る者はすべからく是れ蛇を弄する手なるべし。稜師、備師、いかんともせず。喪身失命多少かある。韶陽知って、重ねて草を撥う。南北東西討ぬるに処なし。忽然として拄杖頭を突き出し、雪峰に放対して大いに口を張る。大いに口を張るや閃電に同じ、眉毛を剔起るも還た見えず。如今、蔵して乳峰の前に在り、来る者は一一方便するを看よ。師、高声に喝して云く、脚下を看よ。)とある。象骨(ぞうこつ);福州(福建省)象骨山。『祖庭事苑』に「象骨、即雪峰之別山、以形似而稱。」(象骨、すなわち雪峰の別山、形似るを以って称す。)とある。稜師(りょうし);中国唐五代の禅僧・長慶慧稜(ちょうけいえりょう:854~932)。備師(びし);中国唐五代の禅僧・玄沙師備(げんしゃしび:835~908)。韶陽;雲門のこと。雲門大師が韶州雲門山に住するによる。剔起眉毛(てつきびもう);目を見開くこと。乳峰(にゅうほう);雪竇山のこと。『五燈會元』の五祖法演禪師章に「三佛侍師於一亭上夜話。及歸燈已滅。師於暗中曰。各人下一轉語。佛鑑曰。彩鳳舞丹霄。佛眼曰。鐵蛇橫古路。佛果曰。看脚下。師曰。滅吾宗者。乃克勤爾。」(三仏、師に侍し一亭上に夜話す。帰るに及び灯已滅す。師、暗中に曰く、各人一転語を下せと。仏鑑曰く、彩鳳、丹霄に舞う。仏眼曰く、鉄蛇、古路に横たわる。仏果曰く、脚下を看よ。師曰く、吾宗を滅する者は、すなわち克勤のみ。)とあり、圜悟克勤がその師五祖法演に示したところから特に喧伝されるようになる。三佛;五祖法演の弟子で「五祖下三佛」といわれる、佛果克勤、佛鑑慧懃、佛眼清遠の三人。「演門二勤一遠」ともいう。

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10 Comments:

Blogger yoji said...

以下、ヘーゲル(Georg Wilhelm Friedrich Hegel、1770- 1831)が1801年、大学で講義資格を得るための討論に際して事前に提出した12ヶ条からなる「討論テーゼ(Dissertationi philosophiae. De orbitis Planetarum decía en su segunda tesis)」(あるいはドイツ語で"Hegel's Habilitationsthesen")。ローゼンクランツが伝記で触れているが、残念ながら討論そのものの内容は残されていない(参考『ヘーゲル哲学の基本構造』中野肇308頁より)

参考サイト:
http://books.google.co.jp/books?id=uY4OAAAAQAAJ&pg=PA253&dq#v=onepage&q=&f=false

1. Contradictio est regula veri, non contradictio falsi.
2. Syllogismus est principium Idealismi.
3. Quadratum est lex naturae, triangulum mentis.
4. In Arithmetica vera nee additioni nisi unitatis ad dyadem, nee subtractioni nisi dyadis a triade neque triadi ut summae, neque unitati ut differentiae est locus.
5. Ut magnes est vectis naturalis, ita gravitas planetarum in solem pendulum naturale.
6. Idea est synthesis infiniti et finiti et philosophia omnis est in ideis.
7. philosophia critica caret ideis et imperfecta est Scepticismi forma.
8. Materia postulati rationis, quod philosophia critica exhibet, Cam ipsam philosophiam destruit, et principium est Spinozismi.
9. Status naturae non est injustus et eam ob causam, ex illo exeundum.
10. Principium scientiae moralis est reverentia fato habenda.
11. Virtus innocentiam tum agendi tum patiendi excludit.
12. Moralitas omnibus numeris absoluta virtuti repugnat.


1. 矛盾は真理の規則にして、非矛盾は虚偽の規則なり
2. 推論は観念論の原理なり
3. 四角形は自然の法則にして、三角形は精神の法則なり
4.真なる算術にては、一を二に加うるほかに加法はなく、三より二を引くほかに滅法はなし。また三は和と考うベからず、一は差と考うベからず
5. 磁石が自然の梃子であるように、太陽に向かう諸惑星の重力は自然の振り子である
6. 理念は有限と無限の総和にして、全哲学は理念のうちにあり
7. 批判哲学は理念を欠くがゆえに懐疑論の不完全なる形式なり
8. 批判哲学の樹立せる理性の要請なるものは、まさしくこの哲学そのものを破壊し、スピノザ主義の原則なり
9.自然状態は不義にあらず、さればこそこれより脱れ出でざるべからず
10. 道徳学の原理は運命に捧げられるべき畏敬なり
11. 徳は能動および受動いずれの無罪潔白をも排除す
12. すべてにおいて絶対的なる道徳は徳と矛盾す

和訳と対照しやすいように記述順をあらためると、

1. Contradictio est regula veri, non contradictio falsi.
1.矛盾は真理の規則にして、非矛盾は虚偽の規則なり

2. Syllogismus est principium Idealismi.
2.推論は観念論の原理なり

3. Quadratum est lex naturae, triangulum mentis.
3.四角形は自然の法則にして、三角形は精神の法則なり

10:57 午後  
Blogger yoji said...

風に吹かれて : 「投機」が禅語だなんて、信じられます・・・(@_@;)。
http://blog.livedoor.jp/ayabeda/archives/51265113.html
「投機」が禅語だなんて、信じられます・・・(@_@;)。5
カテゴリ自転車日記宗教のこと
アヤベーダayabeda Comment(0)Trackback(0)
株価小学館の日本国語大辞典によると、「投機」は・・・

1.仏語。禅宗で、修行者が仏祖の教えの要諦にかなって大悟すること。また学人(がくにん)の機と師家(しけ)の機とが一致すること。
2.機会をうまくとらえること。
3.偶然の利益・幸運をねらう行為。やま。「投機心(熟)」
4.市価の変動によって生じる差額を利益として得るために行う商取引。相場。「投機市場」

「投機」という言葉の変遷がよくわかる記述だが、禅の教えである「投機」を「相場」に応用した先人こそ、江戸時代の出羽国(山形県)の酒田(西廻り航路の港として繁栄していた)の天才相場師の本間宗久のようだ・・・酒田の本間家を豪商に導いたのは、宗久の投機の成功によるものだが、宗家から相場の危険故に追放された後、江戸の米相場で失敗し全財産を失う。

ここで宗久は故郷に戻り、禅寺で「非風非幡(幡=旗がはためくのは風が吹くからか?)」という公案(禅問答)に取り組んだ挙句、相場必勝法「三位(さんみ)の法」を編み出し、以後「百戦百勝」する・・・「ローソク足」の株価チャートも、「酒田五法」と言われる相場必勝の秘伝も、宗久が基盤を築いた故、酒田から発祥したのであり、「執着心をさらりと捨てて、平常心で事をなす」という禅の「無の境地」が相場への投機でも、根本の心得となるのである。

「武士は食わねど高楊子」というように、「穢銭思想(お金はキタナい)」という儒教と言霊信仰が結びついたせいで、日本人にとって投機や先物取引は「悪」であるとの思いが強い・・・先物取引は、現物取引では採算割れする可能性がある商品を、先だって取引することで、わずかな頭金だけで相場が上がっても下がっても、利益を出しうる価格で入手できるというメリットがあり、単なるギャンブラーを除けば、経済として必要な制度なのである。

「相場」という「泥沼」から、見事な「蓮華=ハス」の花が咲く・・・江戸時代の商人道は、本場シカゴに百年以上先だって、大阪の堂島にデリバティブの先物相場を形成したのである。

今朝は雨で、路面の乾いた昼前から、金武~高崎~愛宕山。

本日の走行距離:29km
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4:23 午後  
Blogger yoji said...

禅林墨跡 - Wikipedia
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/禅林墨跡
偈頌
詳細は「偈」を参照
偈頌(げじゅ、単に偈、または頌とも)とは、仏の教えを漢詩で書いたもの。内容は法語に似ているが、法語が散文体であるのに対し、偈頌は五言・七言の韻文体で表現している。遺偈・餞別偈・道号頌・投機偈(とうきのげ、師僧からの公案に対して修行僧が悟りの心境を詠んだ漢詩)などに細分される。古林清茂の『送幽禅人偈頌』、宗峰妙超の『渓林偈・南嶽偈』、無学祖元の『与長楽寺一翁偈語』などがある[3][4][14][63][68]。

4:24 午後  
Blogger yoji said...

以心伝心
伝心法要#12


以心伝心、不立文字
菩提達磨血脈論にあるが、六祖慧能禅師「六祖壇経」が最初らしい8-9c

12:32 午前  
Blogger yoji said...


六祖壇経
http://iriz.hanazono.ac.jp/frame/data_f00a_053.html
http://iriz.hanazono.ac.jp/frame/data_f00d3_t2007.html

12:35 午前  
Blogger yoji said...

世界古典文学全集 第36巻 A 禅家語録
出版者   筑摩書房
出版年   1972.12
大きさ等  23cm 519p 図版1枚
NDC分類 908
NDC分類 188.84
件名    禅宗-語録  ≪再検索≫
内容    内容:達摩二入四行論(柳田聖山訳) 六祖壇経(柳田聖山訳) 頓悟要門(平野宗浄訳
) 黄檗伝心法要(入矢義高訳) 臨済録(秋月竜☆訳) 趙州録(秋月竜☆訳) 各編
解題(柳田聖山)
書誌番号  3-0190166927


世界古典文学全集 第36巻 B 禅家語録
出版者   筑摩書房
出版年   1974.2
大きさ等  23cm 514,9p
注記    付(図1枚):中国禅宗地図
NDC分類 908
NDC分類 188.84
件名    禅宗-語録  ≪再検索≫
内容    内容:寒山詩 西谷啓治著. 三祖信心銘・永嘉証道歌 大森曹玄訳. 参同契・洞山宝
鏡三昧 鏡島元隆訳. 洞上五位頌 平田精耕訳. 〔イ〕山警策 梶谷宗忍訳. 十牛
図 柴山全慶訳. 坐禅儀 大森曹玄訳. 碧巌録 苧坂光龍ほか訳. 無門関 平田精
耕訳. 解説 西谷啓治著
書誌番号  3-0190123677

7:51 午前  
Blogger yoji said...

#84

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維摩経
『維摩経』 (ゆいまきょう、梵: Vimalakīrti-nirdeśa Sūtra ヴィマラキールティ・ニルデーシャ・スートラ[1])は、大乗仏教経典の一つ。別名『不可思議解脱経』(ふかしぎげだつきょう)。

サンスクリット原典[2]と、チベット語訳、3種の漢訳が残存する。漢訳は7種あったと伝わるが、支謙訳『維摩詰経』・鳩摩羅什訳『維摩詰所説経』・玄奘訳『説無垢称経』のみ残存する。一般に用いられるのは鳩摩羅什訳である。

日本でも、仏教伝来間もない頃から広く親しまれ、聖徳太子の三経義疏の一つ『維摩経義疏』を始め、今日まで多数の注釈書が著されている。

目次
概要 編集

維摩経は初期大乗仏典で、全編戯曲的な構成の展開で旧来の仏教の固定性を批判し在家者の立場から大乗仏教の軸たる「空思想」を高揚する。

内容は中インド・ヴァイシャーリーの長者ヴィマラキールティ(維摩詰、維摩、浄名)にまつわる物語である。

維摩が病気[3]になったので、釈迦が舎利弗・目連・迦葉などの弟子達や、弥勒菩薩などの菩薩にも見舞いを命じた。しかし、みな以前に維摩にやりこめられているため、誰も理由を述べて行こうとしない。そこで、文殊菩薩が見舞いに行き、維摩と対等に問答を行い、最後に維摩は究極の境地を沈黙によって示した。

維摩経は明らかに般若経典群の流れを引いているが、大きく違う点もある。

一般に般若経典は呪術的な面が強く、経自体を受持し読誦することの功徳を説くが、維摩経ではそういう面が希薄である。
般若経典では一般に「空」思想が繰り返し説かれるが、維摩経では「空」のような観念的なものではなく現実的な人生の機微から入って道を窮めることを軸としている。
不二法門 編集

維摩経の内容として特徴的なのは、不二法門(ふにほうもん)といわれるものである。不二法門とは互いに相反する二つのものが、実は別々に存在するものではない、ということを説いている。例を挙げると、生と滅、垢と浄、善と不善、罪と福、有漏(うろ)と無漏(むろ)、世間と出世間、我と無我、生死(しょうじ)と涅槃、煩悩と菩提などは、みな相反する概念であるが、それらはもともと二つに分かれたものではなく、一つのものであるという。

たとえば、生死と涅槃を分けたとしても、もし生死の本性を見れば、そこに迷いも束縛も悟りもなく、生じることもなければ滅することもない。したがってこれを不二の法門に入るという。

これは、維摩が同席していた菩薩たちにどうすれば不二法門に入る事が出来るのか説明を促し、これらを菩薩たちが一つずつ不二の法門に入る事を説明すると、文殊菩薩が「すべてのことについて、言葉もなく、説明もなく、指示もなく、意識することもなく、すべての相互の問答を離れ超えている。これを不二法門に入るとなす」といい、我々は自分の見解を説明したので、今度は維摩の見解を説くように促したが、維摩は黙然として語らなかった。文殊はこれを見て「なるほど文字も言葉もない、これぞ真に不二法門に入る」と讃嘆した。

この場面は「維摩の一黙、雷の如し」として有名で、『碧巌録』の第84則「維摩不二」の禅の公案にまでなっている。

原典・主な訳注 編集

渡邊海旭 『國譯維摩詰所説經』(國譯大藏經 第十巻 解題・原文) 国民文庫刊行会、1917年、原文は弘教藏より収録
同上(復刻) 第一書房、1974年 ISBN 978-4-8042-0251-8
長尾雅人 『維摩経、首楞厳三昧経』(新版) 中央公論社「大乗仏典7」、中公文庫、2002年 ISBN 978-4122040786、チベット語訳からの現代語訳、後者は丹治昭義と共訳。
『梵蔵漢対照 維摩經』、『智光明莊嚴經』解説、大正大学綜合仏教研究所梵語佛典研究会編、大正大学出版会、2004年 ISBN 4-924297-16-X
『梵蔵漢対照 維摩経』大正大学綜合仏教研究所梵語佛典研究会編、大正大学出版会、2004年 ISBN 4-924297-17-8
高橋尚夫[4]・西野翠[5] 『梵文和訳 維摩経』 春秋社、2011年 ISBN 978-4-393-11308-0
植木雅俊 『維摩経 梵漢和対照・現代語訳』 岩波書店、2011年 ISBN 978-4-00-025413-7(パピルス賞受賞)
石田瑞麿 『維摩経 不思議のさとり』 平凡社東洋文庫、1966年、ISBN 978-4582800678 漢訳仏典に基づく。
主な解説講話 編集
鎌田茂雄 『維摩経講話』 講談社学術文庫、1990年 ISBN 978-4-06-158919-3
紀野一義 『維摩経』 大蔵出版〈佛典講座〉 新装版、2004年 ISBN 978-4804354514
菅沼晃 『維摩経をよむ』 日本放送協会出版〈NHKライブラリー〉、1999年 ISBN 978-4140841020
増補改訂版 『誰でもわかる維摩経』 大法輪閣、2011年 ISBN 9784804613208
『ひろさちやの『維摩経』講話』 春秋社、2012年 ISBN 9784393135525
長尾雅人 『『維摩経』を読む』 岩波現代文庫(新版)、2014年 ISBN 978-4-00-600320-3。初刊は岩波書店、1986年
注・出典 編集

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^ 「ニルデーシャ」(nirdeśa)とは、「演説・説教」のこと。
^ それ以前は逸失したものと思われていたが、1999年に大正大学学術調査隊によって、チベット・ラサのポタラ宮のダライ・ラマの書斎で発見された。
^ この病気は、風邪や腹痛、伝染病などではない。維摩の言葉、「衆生が病むがゆえに、我もまた病む」は大乗仏教の慣用句となっている。
^ 大正大学教授
^ 大正大学総合仏教研究所研究員
関連項目 編集

居士
経集部 (大正蔵)
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7:13 午前  
Blogger yoji said...

意識と本質 東洋哲学の共時的構造化のために
本 質 直 観イスラーム哲学断章
禅における言語的意味の問題
対話と非対話禅問答についての一考察

井筒俊彦
岩波文庫

11:33 午後  
Blogger yoji said...

井筒
意識と本質
禅における…

「僧 肇 は『天地と我とは同根。万物は我れと一体』と言っているが、私にはどうもこの点がよくわからない」と言った人にたいして、南泉普願禅師は庭に咲く一株の花を指しつつ「世人のこの一株の花を見る見方はまるで夢でも見ているようなものだ」と言った(碧巌録、四十)。世人の目に映る感覚的花は花性をその本質として動きのとれぬように固定されたものである。花の花的側面だけはありありと見えているが、花の非花的側面は全

超収録からなど

禅の引用多数


意識と本質 東洋哲学の共時的構造化のために
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井筒俊彦
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11:33 午後  
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井筒
意識と本質


禅における…

「僧 肇 は『天地と我とは同根。万物は我れと一体』と言っているが、私にはどうもこの点がよくわからない」と言った人にたいして、南泉普願禅師は庭に咲く一株の花を指しつつ「世人のこの一株の花を見る見方はまるで夢でも見ているようなものだ」と言った(碧巌録、四十)。世人の目に映る感覚的花は花性をその本質として動きのとれぬように固定されたものである。花の花的側面だけはありありと見えているが、花の非花的側面は全

趙州録からなど

禅の引用多数


意識と本質 東洋哲学の共時的構造化のために
本 質 直 観イスラーム哲学断章
禅における言語的意味の問題 ☆
対話と非対話禅問答についての一考察

井筒俊彦
岩波文庫

11:38 午後  

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