http://www.freeassociations.org/
精神と自然 生きた世界の認識論
版情報 改訂版 普及版
著者名等 グレゴリー・ベイトソン/〔著〕
著者名等 佐藤良明/訳
出版者 新思索社
出版年 2006.10
大きさ等 19cm 325p
注記 Mind and nature./の翻訳(1979)
NDC分類 115
件名 認識論
要旨
ニューギニアの部落からサイバネティクスまで、また精神分裂の世界から生物の進化までを今世紀の知の辺境を跋渉した巨人が、深い言葉で綴る。“生きた世界の認識論”。
目次
1 イントロダクション
2 誰もが学校で習うこと
3 重なりとしての世界
4 精神過程を見分ける基準
5 重なりとしての関係
6 大いなる確率的過程
7 分類から過程へ
8 それで?
付記 時の関節が外れている
ISBN等 4-7835-1195-0
書誌番号 3-0206077489
MIND AND NATURE by Gregory Bateson
http://www.oikos.org/mind&nature.htm
MIND AND NATURE
A Necessary Unity
Gregory Bateson
CONTENTS
Acknowledgments
I Introduction
II Every Schoolboy Knows …
III Multiple Versions of the World
IV Criteria of Mental Process
V Multiple Versions of Relationship
VI The Great Stochastic Process
VII So What?
Appendix: Time is Out of Joint
Glossary
Index
https://i.imgur.com/k6v0siu.gif
EVERY SCHOOLBOY KNOWS … Bateson's “boot” puzzle
_____
| |
| |
| |
___ | |
/ \ | |
/ \| |
\ |
\___________|
EVERY SCHOOLBOY KNOWS … Bateson's “boot” puzzle
EVERY SCHOOLBOY KNOWS …
http://www.oikos.org/m&nschoolboy.htm5. THE DIVISION OF THE PERCEIVED UNIVERSE INTO PORTS AND WHOLE IS CONVENIENT AND MAY BE NECESSARY,*3 BUT NO NECESSITY DETERMINES HOW IT SHALL BE DONE
I have tried many times to reach this generality to classes of students and for this purpose have used Figure 1. The figure is presented to the class as a reasonably accurate chalk drawing on the blackboard, but without the letters marking the various angles. The class is asked to describe "it" in a page of written English. When each student has finished his or her description, we compare the results. They fall into several categories:
Figure 1
Evidently, from this and similar analogic or iconic descriptions, it would be difficult for the hearer of the description to reproduce the object.
Figure 2
No student has started from the statement "It’s made of chalk and blackboard." No student has ever used the method of the halftone block, dividing the surface of the blackboard into grid (arbitrarily rectangular) and reporting "yes" and "no" on whether each box of the grid contains or does not contain some part of the object. Of course, if the grid is coarse and the object small, a very large amount of information will be lost. (Imagine the case in which the entire object is smaller than the grid unit. The description will then consist of not more than four or less than one affirmation, according to how the divisions of the grid fall upon the object.) However, this is, in principle, how the halftone blocks of newspaper illustration are transmitted by electric impulse and, indeed, how television works.
Note that all these methods of description contribute nothing to an explanation of the object-the hexago-rectangle. Explanation must always grow out of description, but the description from which it grows will always necessarily contain arbitrary characteristics such as those exemplified here.
ベイトソン「誰もが学校で習うこと」『精神と自然』より
図1
_____
| |
| |
| |
___ | |
/ \ | |
/ \| |
\ |
\___________|
上の図をどう人に伝えるか?
EVERY SCHOOLBOY KNOWS …
http://www.oikos.org/m&nschoolboy.htmA_____B
| /|
| / |
| / |
F___G | / |
/ \ |/ |
E/ \/ |
\ /H |
\___/_______|
D C
EVERY SCHOOLBOY KNOWS …
http://www.oikos.org/m&nschoolboy.htmCheck out Gregory Bateson, designer
https://www.slideshare.net/HowardSilverman/bateson-as-a-designer-h-silverman?from_m_app=ios
お氣らくそうごうけんきゅうしょ: An Ecology of Mind
http://ori-japan.blogspot.jp/2011/08/ecology-of-mind.html
An Ecology of Mind
The major problems in the world are the result of the difference between how nature works and the way people think.
Gregory Bateson
世の中の主たる問題は、自然の摂理と人の思考の差異によって生じる結果である。
グレゴリー・ベイトソン
ノラ・ベイトソンさんプロデュースのドキュメンタリー
世界が瞬時につながってしまう時代に生きているなぁと感じるのは、グレゴリー・ベイトソンの末娘であるノラ・ベイトソンさんがFacebook にいたりする時。
ノラさんはグレゴリー・ベイトソンの晩年に近い時期のお生まれだと思ったので、ベイトソンとマーガレット・ミードの間に生まれた長女のメアリー・キャサリン・ベイトソンさんとは、母親も違うし、歳も親子くらい離れていたなぁと思ったわけです。
それで、「An Ecology of Mind 」と題されたサイトを覗くと、2010年に発表されたノラさん撮影・編集のグレゴリー・ベイトソンのドキュメンタリー映画「An Ecology of Mind」が発表され好評を得ている様子が伺えます。
http://www.anecologyofmind.com/thefilm.html
この映画のトレーラーを参照すると、「タオ自然学」の著者であるフリッチョフ・カプラ、元カリフォルニア州知事のジェリー・ブラウン、ベイトソンの長女のメリー・キャサリン等が出演しており、個人的には面白そうだと思っているので、これは観光旅行を兼ねて、観に行かないといけないなぁと考えているところです。
自然はいつも調和している
それで、このドキュメンタリーでベイトソンの言葉である。「The major problems in the world are the result of the difference between how nature works and the way people think.」が紹介されているわけですが、この言葉が非常に深いと思ってしまいます。
まず、この前提として、我々の外的世界にある自然は、例えば、ニュートン系のような単純な物理学の法則でいうと、人の思惑が入っていないためなのか、いつもどこか均衡するところで調和しています。
つまり、心配しないでも、水は低きに流れ、地球は太陽の周りを回っているというわけです。
それで、先ごろお亡くなりになったTOC(Theory of Constraint)の創始者であるエリアフ・ゴールドラット博士も自然は調和している・・・というようなことをおっしゃっていたように思います。
世の中の多くの問題は自然の摂理と、人の思考のレベルの違いから生まれている
それで、現代の科学というのは、感情も情動も身体もない客観的な観察者というのを置いて、外的な現象を記述してきていて、ラディカル構成主義や仏教のように、自己の投影としての世界と、世界の投影としての自己ということをあまり真剣に考えてこなかったというわけです。
グレゴリー・ベイトソンのエコロジーというのは、観察者と感情も情動も身体もある観察者として、外的世界と内的世界の循環をきちんと考えていきましょう・・・ということになるのだと思うのですが、
物理学の法則として調和している外的世界と、負のエントロピーを食べて自由に思惟をめぐらし勝手気ままに振舞うマインドの世界において、論理階型の異なるそれぞれの世界のギャップをどう埋めたら良いのか? これがベイトソンのマインドの理論の出発点のように思えてくるわけです。
それで、このあたりは禅の逸話で、月(実態)と月を指す指(実態のインデックス)はベイトソンのマインドの理論でいう論理階型が違うわけであり、一般意味論の創始者であるアルフレッド・コージブスキーの言ったように「地図はそれが指す土地そのものではない」であり、月と指、あるいは地図と土地の混同が世の中の存在する多くの問題につながっているという具合です。
もっとも、一般的なビジネスのコンテクストでは「地図と土地」の区別を付ける質問として、
外的世界のありようを基本的に動的なプロセスの連鎖として観察する質問(認識の抽象度を下げる) --- So What ?
内的世界の静的な信念・価値観としての理由を考える質問(認識の抽象度を上げる)―― Why so ?
を駆使して良い意味で二元論的な区別を付けるということがあるわけですが、この方向に加えて、
これとは逆に 「Pattern that connects - 結ばれあうパターン」として「地図と土地」の相互の循環を考えるということがベイトソン流ということになるのでしょう。
http://www.imprint.co.uk/books/Bateson_Intro.pdf (リンク切れ)
グレゴリー・ベイトソンは「プラトー」という語を、きわめて特殊なものを指すのに用いている。すなわち、さまざまな強度の連続する地帯、みずからの上に打ち震え、何かある頂点へ、あるいは外在的目標に向かうあらゆる方向づけを回避しつつ展開される地帯である。ベイトソンが実例として引いているのはバリ島文化であり、そこでは母子間の性的な戯れ、あるいは男同士の喧嘩はあの奇妙な強度の膠着状態を経由する。「一種の連続した強度のプラトーがオルガスムにとって代わっている」、戦争にあるいは頂点にとって代わっているのだ。西欧的精神の困った特徴は、もろもろの表現あるいは行為を、外在的または超越的諸目的に結びつけてしまうことだ──それらをそれ自体としての価値によって、一つの内在平面上で評価する代わりに(18)。例えば、一冊の本は章から構成されるかぎり、それなりの頂点、それなりの終着点をそなえている。
(18) Bateson, Vers une écologie de l'esprit, t. I, Ed. du Seuil, pp.125-126.〔ベイトソン『精神の生態学』佐伯泰樹・佐藤良明・高橋和久訳、思索社、1986、上181-182ページ〕「プラトー」という語が、古典的には、球根や、塊茎や、リゾームの研究において用いられていることに注意しよう。Dictionnaire de botanique de Baillon,《Bulbe》の項を参照。
0 Comments:
コメントを投稿
<< Home