水曜日, 5月 16, 2018

「市場で再分配が可能」という前提を疑え 安田 洋祐 (やすだ・ようすけ)


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「市場で再分配が可能」という前提を疑え

安田 洋祐 (やすだ・ようすけ)

大阪大学経済学部准教授

安田 洋祐

大阪大学経済学部准教授。2002年東京大学経済学部卒。2007年、米プリンストン大学経済学部博士課程修了(Ph.D.)、同年から現職。専門はゲーム理論とマーケットデザイン。編著書に『学校選択制のデザイン ゲーム理論アプローチ』(NTT出版)がある。政策研究大学院大学を経て2014年4月から現職。Twitterアカウントは@yagena。

◇主な著書 
日本の難題をかたづけよう 経済、政治、教育、社会保障、エネルギー』(光文社新書) 2012
学校選択制のデザイン――ゲーム理論アプローチ』(エヌティティ出版) 2010

※このプロフィールは、著者が日経ビジネスオンラインに記事を最後に執筆した時点のものです。


2016年3月30日(水)

 日本を含め、いま世界各国で貧富の格差や不平等への関心が高まっている。先日、安倍首相と会談したノーベル経済学者のジョセフ・スティグリッツ米コロンビア大学教授が、著作などを通じて格差問題の是正や解決を世論に力強く訴えていることをご存知の方も多いだろう。

 トマ・ピケティ仏パリ経済大学教授の『21世紀の資本』が世界的なベストセラーになり、我々の経済格差に関する情報が大幅に新しくなったことも記憶に新しい。適切な政策的介入、あるいは何らかの大きな変革がない限り格差はますます拡大していき、世界経済や社会のシステム全体に悪影響を及ぼす。そうした懸念は、アカデミアの内外を問わず確実に広がっている。

 本稿では、この格差問題に触発されて、筆者がこのところ取り組んでいる新しい研究アイデアを紹介したい。格差問題が「問題」であり続けている大きな理由は、格差を解消するような再分配の実現が様々な理由から難しいからだ。

 富裕層から貧困層、持つ者から持たざる者へ簡単に富が分配できるのであれば、そもそも格差がここまで大きな問題になることはないだろう。では、やや極端な想定かもしれないが、もしも再分配が一切できなかったとしたら何が起こるだろうか。再分配ができないような状況でも、依然として市場は望ましい結果をもたらすのだろうか。筆者が現在取り組んでいるのはこうした問題だ。

 結論を少し先取りすると、再分配ができない、つまり社会全体で生み出したパイを分けることができない場合には、パイをできるだけ大きくする効率性の追求が必然的に不平等な結果を招いてしまう。価格を通じて需要と供給が一致するような競争的な市場は、功利主義者が唱えるような「最大多数の最大幸福」を達成することができない。

市場はそもそも「負け組」を最大化する仕組み

 むしろ、ある意味で受益者の数を最も少なくするような「最小人数の最大幸福」をもたらすことが分かった(「ある意味」が正確にどんな意味なのかは後半で説明しますので、しばしお付き合いをお願いします)。

 ざっくり言うと、市場は全体のパイを最大にする半面、そのパイを分かち合う「勝ち組」の人数を最も少なく、そこからこぼれ落ちる「負け組」の人数を最も多くするような不平等な仕組みなのである。

 当たり前の結論のように感じるかもしれないが、効率性と平等性のトレードオフを絶対に避けることができない、というのは新たな発見だ。ポイントは「絶対に」という部分である。再分配ができる、という従来の経済学の想定のもとでは、パイを大きくする過程で、各人の取り分がどうなるかは基本的に問題にならない。後から再分配によってどんな平等な形にでも分けることができるのであれば、パイを生み出す際にどんな不平等が発生しても修正できるからだ。

 そのため長らく経済学では、まずパイを最大化して(効率性)、その分け方は必要に応じて後から考える(平等性)という「二分法」で問題に対処してきた(この二分法はとても重要なので、後でもう一度詳しく説明します)。

 結果的に、どうすればパイを大きくすることができるかという効率性の問題については理解が深まったが、パイを生み出す際にどのような不平等・不公正が生じるかといった平等性・公平性の問題は正面から分析されてこなかったのである。それを真正面から分析したのが本稿、というわけだ。

 なぜ市場が勝者だけではなく同時に多くの敗者を生み出すのか、従来の研究が見落としていた「市場の限界」とはいったい何なのか。以下では、数値例やグラフなどを織り交ぜつつ、市場の根本的な性質に関わるこの重要な問題を、一緒に考えていきたい。

 まずは、潜在的な買い手と売り手が4人ずついる、ある架空の財の市場について考える(「架空ではなくて現実の市場について語れ」とお叱りの声が飛んできそうですが、この後の論点がググっと分かりやすくなりますので、しばらく我慢してお付き合いください…)。

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「市場で再分配が可能」という前提を疑え

格差問題の議論を通じて見えた市場の限界

2016年3月30日(水)

 買い手を財に対する金銭的な評価額(価値)の高い順にB1からB4で表し、売り手を生産費用の低い順にS1からS4で表すことにする。各買い手は1単位だけ財を需要し(2つ以上は要らない)、各売り手も1単位だけ財を供給する(2つ以上は作れない)状況を考える。買い手の価値は次の【表1】、売り手の費用は【表2】で与えられるとしよう。

【表1】買い手の金銭的な評価額

【表2】 売り手の生産/供給費用

まずは「消費者余剰」について考える

 これらの表の意味をきちんと理解するために、簡単な思考実験をしてみたい。いま、仮にB1がS2から700円で財を購入したとする。この時にB1に生じる金銭的な便益は、財に対する価値の1000円と価格の700円の差である300円となるだろう。経済学ではこれを(少し格好つけて)、「消費者余剰」と呼んでいる。

 S2の便益は価格の700円から費用の500円を引いた200円となり、「生産者余剰」と呼ばれる。これら二つの余剰を足し合わせた500円がこの取引全体から生じた便益となり、こちらは「総余剰」と呼ばれている。

 さて、ここで質問。上の例で、市場全体に生じる総余剰を最大にするためには、どうやって買い手と売り手を取引させるべきだろうか? そのとき取引される財の数はいくつになるだろうか? (ここでページをスクロールする手を止めて、ちょっとだけ自分の頭で考えてみてください!) 

 買い手と売り手の組み合わせにはいくつもパターンがあるので、どうすれば総余剰が一番大きくなるのかというのは、一見するとかなり難しい問題のように見える。しかし実は、初歩的な経済学さえ学べばこの質問には即答できる(答えられない経済学部生・卒業生の皆さんは反省して、きちんと復習しましょう)。

 答えの鍵を握るのは、「需要と供給」あるいは「市場均衡」という考え方だ。経済学に馴染みがなくても、需要曲線と供給曲線の交わる、いわゆる「バッテン」の図を見たことがある、という方は少なくないだろう。「市場均衡」と呼ばれるこの交点に従って取引が行われるとき、実は市場全体で生じる総余剰は最大となるのである。

 詳細は割愛するが、これよりも数量の多い取引や少ない取引は、ともに総余剰を減少されてしまう。結局、上の質問に答えるためには【表1】から需要曲線、【表2】から供給曲線をそれぞれスケッチして、両者の交点を求めれば良い。それを行ったのが次の【図1】になる。

【図1】

 曲線がギザギザの階段状なので少し見にくいかもしれないが、市場均衡において取引される数量が2となることが分かるだろう。その際に需給を一致させる均衡価格(p*)はただ一つの金額には定まらない(600円から700円の間であればいくらでも構わない)ので、ここでは650円であると仮定して話を進めていこう。

取引からこぼれる人がたくさん出てしまう!

 市場均衡では、650円よりも財への価値の高い買い手であるB1とB2が財を購入し、650円よりも費用が低いS1とS2がその財を販売する。このとき、各参加者が受け取る余剰は以下の【表3】で表される。

2016年3月30日(水)

【表3】市場均衡における各参加者の余剰(p^*=650)
消費者余剰および生産者余剰: 500 (=350+150)
総余剰: 1000 (=500+500)

 B1とS1が350円、B2とS2が150円の余剰をそれぞれ受け取り、全体の総余剰は1000円となる。市場価格よりも低い財の価値しか持たないB3とB4、高い費用のS3とS4は取引に参加することができないため、彼らの余剰は0円となる。

 市場均衡を実現するような「競争的な市場」は、総余剰というパイを最大化する、つまり取引に加わることのできる勝者たちの取り分を最大限に増やす一方、取引からこぼれ落ちる敗者も生み出す、という二面性を持った仕組みであることが分かる。(【図2】)

【図2】

 もちろん、勝者たちから敗者たちへの再配分、つまりパイの一部を分けることが可能であれば、取引からこぼれ落ちる参加者が出てくること自体は問題にならないかもしれない。なぜなら、次のような二分法によってきちんと対応することができるからだ。

【効率性と平等性の二分法】
1.まずパイの最大化を追求する(効率性)← 競争的な市場が自動的に達成
2.必要に応じてパイを分ける(平等性)← 政府・共同体などの政治に任せる

 実際、(筆者を含めて)多くの経済学者たちの頭の中には、こうした「効率性」と「平等性」の二分法、あるいは二段階アプローチが強烈に叩き込まれている。事後的な再分配によって、社会のニーズに適った平等な結果が(理論上は)いかようにも実現できるのであれば、経済学者がまず取り組むべき仕事は効率性の追求になるだろう。どうせ分けるなら、パイは大きければ大きいほど良い、そのために市場の歪みを是正してできるだけ競争的にすべし、というわけだ。

効率性アップ→再分配とはならない…

 エコノミストや経済学者が、「競争的な市場」や「市場メカニズム」に信頼を寄せている(一般の方からすると、過剰なまでにそう見える)背景には、こういった思考法がある。彼らがしばしば唱える、取引手数料を下げよ、価格情報を公開すべし、関税を撤廃せよ、などといった政策提言も、つまるところは効率性を高めるために「現実の経済取引を市場均衡にできるだけ近づけよう!」という試みに過ぎないのである。

 以上の二分法は、実際にやるかどうかはさておき、勝者から敗者への再分配を「やろうと思えば実現できる」状況であればかなり説得力を持つ。しかし、そうでなければその説得力は途端に失われるだろう。現実の世界で、平等な形でパイを分けることが難しい、あるいは不可能なのであれば、最初から効率性だけを追求するのではなく、より平等な結果を目指すべきではないだろうか。

 すなわち、平等性により配慮した市場制度の設計(マーケットデザイン)を考える意義があるのではないか。少なくとも、効率性だけに注目するのでなく、効率性と平等性のトレードオフくらいは意識する必要があるように筆者は感じる。

 何を隠そう、このトレードオフを明らかにすること、そして今まで(筆者の知る限り)明示的に指摘されてこなかった「市場の限界」あるいは「市場の欠点」を、専門家以外の方を含む多くの方に伝えることが、本稿を執筆した一番の動機なのである(よく知られた市場の問題点として、外部性や不完全競争、情報の非対称性などが引き起こす「市場の失敗」が挙げられる。本稿では、市場の失敗が全く無いような状況でも、市場に限界・欠点があるということを明らかにしていく)。

 では、市場均衡からこぼれ落ちた敗者たちにも余剰を与えることができるような、より平等な取引の方法はあるのだろうか。実は、そうした取引結果はきちんと存在する。以下では、市場均衡とは異なる2つの取引(それぞれX、Yと呼ぶことにする)を紹介しよう。


 Xでは、B1とS3、B2とS2、B3とS1に取引をさせる。ペア毎に取引価格は異なり、それぞれ買い手の価値と売り手の費用の平均値で売買が行われるとしよう。たとえば、B1-S3ペアでは、B1の価値1000円とS3の費用700円の平均である850円で財が売買される、といった具合だ。このような(個別)価格で取引が行われたとすると、各人が受け取る余剰は【表4】のようになる。

【表4】 Xにおける各参加者の余剰
総余剰: 900 (=150×6)

敗者にも分配できる取引の仕組みとは?

 総余剰は市場均衡のときの1000円から900円へと100円だけ減ってしまう一方で、取引を行うことができる参加者は4人から6人へと増えている。しかも、(そう数値を設定しているからなのだが)受益者6人が全員同じ150円という余剰を受け取っている。明らかに、市場均衡による結果(【表3】)よりもXの方がより平等な取引結果と言えるだろう。

 次に考えるYは、Xよりもさらに平等な結果をもたらす。Yでは、B1とS4、B2とS3、B3とS2、B4とS1に取引をさせる。Xと同様に、ペア毎の価格は買い手の価値と売り手の費用の平均金額としよう。このとき、参加者全員が50円を余剰として受け取ることができる(【表5】)。

 残念ながら総余剰はかなり減って400円となってしまうが、誰一人として取引からこぼれ落ちる負け組を生み出さない、極めて平等な結果と評価することができるだろう。

【表5】Yにおける各参加者の余剰
総余剰: 400 (=50×8)

 市場均衡、X、Yの三者の性質を比較した次の【表6】を見ながら、ここまでの分析をおさらいしてみよう。市場均衡は総余剰というパイを最大化する優れた仕組みである半面、その利益を獲得する勝ち組の人数が最も少ないという欠点を持つ。

 逆に、最も平等なYのもとでは、総余剰は小さくなるものの一人も負け組が出ない。さらに、政府や第三者による再分配に頼ることなく、全員で等しく利益を50円ずつ分けることに成功している。Xは両者の中間で、ある意味で両者の良いとこ取りをしているような結果と言えるだろう。このように、どの取引結果にも一長一短があることがうかがえる。

【表6】効率性と平等性のトレードオフ

 以上のような効率性と平等性のトレードオフは、勝ち組から負け組への再分配が禁止されているために生じていることに注意しよう。もしもどのような再分配も実現可能なのであれば、市場均衡によって総余剰を最大化し、それを全員で125円(=1000÷8)ずつ均等に分けることができる。

 こうすれば、効率性と平等性をどちらも損なわずに、ベストな結果を達成することができるのだ。これが、先ほど述べた二分法が成り立つ世界でのハッピーエンディングである。しかし、再分配が難しい、あるいは不可能であるという現実的な状況を考えると、【表6】が示しているようなトレードオフからは逃げることができない。

 それでは、競争的な市場が勝ち組を最も少なくする、あるいは負け組を最も多く生み出す、という市場に関するネガティブな結論は、どの程度一般的に成り立つのだろうか。紙幅の関係でここでは詳細に立ち入ることはできないが、実はほとんど無条件で成り立つ、という命題を筆者は最近証明した(関心のある方は、こちらから英語論文の草稿をダウンロードしてぜひご覧ください。証明は非常に単純で、大学院生なら間違いなく理解できます)。

 正確に言うと、次の2つの条件を満たすような望ましい取引結果の中で(通常これはたくさんある)、市場均衡は常に最も勝ち組の少ない結果と一致する、ことを明らかにした。

【二つの条件】
・取引を行うことによって損をするような参加者が一人もいない(個人合理性)
・誰の余剰も減らさずに誰かの余剰を増やすことができるような、全員にとって得になる他の取引結果を見つけることができない(パレート効率性)

 また、この発見を補完する関連命題として、右下がりの需要曲線、右上がりの供給曲線によって描かれるような通常の市場では、上の【二つの条件】を満たしつつ、市場均衡よりも多い勝ち組を生み出すような取引結果が必ず存在することも証明した。市場均衡のもとでは売買できないような売り手でも、費用が高すぎなければ、財に対して高い価値を持っている買い手を必ず見つけて(XにおけるS3とB1のペアのように)取引することができる、というのが証明のアイデアだ(【図3】のイメージを参照)。

 需要や供給が完全に水平なケースを除けば、市場均衡よりも多くの参加者をハッピーにするような結果が常に存在することを、この命題は保証している。

【図3】

格差問題の議論を通じて見えた市場の限界

2016年3月30日(水)

 これらの二つの命題は、一般に「競争的な市場は受益者の数を最小にする」ことを示唆している。社会にとって検討に値する(上の【二つの条件】を満たす)様々な取引結果の中で、市場メカニズムを司る「見えざる手」は、なんと最も不平等な結果を選んでしまうのだ! 

 話が抽象的で少しややこしくなってきたので、具体的な問題に当てはめて考えてみよう。例えば、政府が政策目標として失業率の低下を掲げているとする。そこで、雇用を増やし失業者を減らすためには、労働市場を競争的にして需要と供給の交点で雇用者数が決まるようにすれば良い、とアドバイスする経済学者がいたとしよう。

 しかし、これは非常にマズい政策提言かもしれない。なぜなら、上述した命題から、競争的な労働市場は勝ち組である雇用者の数を最も少なくしてしまうからだ。

 むしろ競争を減らして、労働者と企業間でより多くのペアが形成されるような環境作りを目指した方が失業率を下げられる可能性がある(どうやって実現すればよいかについてはよく分かりません。と言うとなんだか無責任に聞こえるかもしれませんが、競争的な労働市場を追い求めすぎるとかえって失業率が上がってしまうかもしれないという危険性は注目すべきだと思います)。

 ところで、「パイを最も大きくして、それを最小人数で分かち合う」という競争市場は、見方によっては格差を象徴するメカニズムとも言えるだろう。話の本筋からはやや脱線するが、格差問題を訴える識者やグループが、しばしば市場メカニズムやグローバリゼーションを批判対象としてやり玉にあげるのも、以上の分析を踏まえると案外理にかなっているのかもしれない(ただ、実際には単にイデオロギー的な理由で反対している人たちも少なくないようには感じます…)。

「非効率的」な方が効率的かもしれない?

 架空の財市場を題材にしながら、ここまで延々と「市場の限界」について分析を進めてきた。一つ注意して欲しいのは、限界が明らかとなったのはあくまで理論上の「競争的な市場」であって、現実の市場が競争的かどうか、つまり「市場価格を通じて需要と供給を一致させているかどうか」はまた別の問題である、という点だ。

 少し回りくどい言い方だったかもしれないので、次のように言い直そう。いくら競争市場が格差を生みやすいということが分かっても、現実の市場がこのような理由から格差を生んでいるかどうかまでは分からない。なぜなら、現実の市場には、取引の結果を市場均衡から遠ざける(かもしれない)様々な要因が働いているからだ。

 たとえば、労働市場におけるハローワーク、結婚市場における相談所、財市場における仲買人など、現実の市場には様々なマッチングサービスが存在する。彼らの目的は、市場の余剰を最大化することや、単一の価格を見出して需要と供給を一致させることではないかもしれない。おそらく、自分たちが仲介することによって生じる取引や契約の成立件数を増やすことを(少なくとも短期的な)目標とする場合が多いのではないだろうか。

 実際に、多くの仲介サービスへの支払いは、マッチングがうまくいったかどうかには大きく左右されるものの、成功時に依頼人が受け取る余剰の大きさには比例しない。こうした状況で仲介サービス業者が報酬を最大化しようとするならば、市場で成立する取引の数、つまり勝ち組の数をできるだけ増やそうとするインセンティブが働くだろう。

 その結果、仲介役として彼らが間に入ることによって、市場で実現されるマッチング結果は、市場均衡ではなく、それよりも多くのペアを生み出すより平等なものとなる可能性がある。そうだとすると、仲介サービスの存在が仮に市場均衡の成立を妨げていたとしても、「(経済学的な)非効率性を生む改善すべきサービス」と捉えるべきかどうかは大いに怪しい。

 こうした二分法の思考から自然と出てくるような見方ではなく、むしろ競争的な市場のもとでは取引相手が見つからないような、「潜在的な負け組を救っている優れたサービス」と見る方が妥当かもしれない。

 市場メカニズムによる「見えざる手」が生み出す格差を、仲介サービスという現実の「見える手」が抑え込んでいる。同様に、今まで非効率とばかり考えられていた制度や慣習なども、ひょっとすると平等性を高める「見える手」として重要な機能を担っているかもしれない――。

 こんな見方も、本稿が明らかにした効率性と平等性のトレードオフから生まれてくるだろう。再分配が可能であることを前提とした二分法の世界を離れて、この新たなトレードオフを考慮した経済分析、政策提言を行う経済学者が増えてくると、市場や経済の見方が大きく変わっていくかもしれない。

 今後、そうした大きな変革が起きることを期待しつつ、ひとまずは筆をおくことにしたい(小難しい論考を最後まで読んでくださった読者の皆様、どうもありがとうございました)。

■変更履歴

2ページ目冒頭「売り手を財に対する金銭的な評価額(価値)の高い順に~」は「買い手を財に対する金銭的な評価額(価値)の高い順に~」の誤りでした。訂正します。本文は修正済です。[2016/03/21 13:04]

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