火曜日, 3月 31, 2015

弁証法の拒絶:ゴダール『さらば、愛の言葉よ』

                   (映画リンク::::::::::本頁

弁証法の拒絶:ゴダール『さらば、愛の言葉よ』
GODARD  "Adieu au langage" 

【物語】
「人妻と独身男が出逢う。ふたりは愛し合い、口論し、叩き合う。一匹の犬が町と田舎を彷徨う。季節はめぐり、男と女は再会する。犬は気付くとふたりのもとに落ち着く。他者が個人の中にいて、個人が他者の中にいる。そして登場人物は三人になる。かつての夫が全てを台無しにし、映画の第二幕が始まる。第一幕と同じようで、それでもどこか異なる。人類からメタファーへと移り、犬の啼き声と赤ん坊の泣き声で物語は終わる。」(プレスより)

ゴダールの3Dは、ドゥルーズがゴダール作品の特質として最初に指摘した、弁証法の拒絶の結実だ。映画内の章にも1(隠喩)と2(自然)はあるが3はない(『ソシアリスム』にはあったが)。エイゼンシュテインがその立体映画論において未来に存在を楽観視した民衆のための広場はそこにはないが、未来の代わりに現在がある。子供の代わりに犬がいる(『ソシアリスム』に続いてではあるが、デリダへの応答は珍しい*)。

夫婦から生まれる赤ん坊の隠喩はヘーゲルの弁証法のプロトタイプだが、ゴダールは音だけで処理する。
想像力がある者は現実に頼らない、ということだろう。

未来はないと言ったが、前半仕切りに流れるスラブ行進曲(音楽ではなく音への遡行、むしろ数学への傾倒)は、プーチンの暴走を予言している。ゴダールはプロセスをそのまま作品にしているが、未来を予言しているところもある。例えば、『ソシアリスム』冒頭に出ていた経済学者はシャルリーへのテロに巻き込まれて2015年に殺されている。

左右のカメラをわざとズラすシーンは2箇所。ともに男女の乖離を描いているが、すぐに元に戻る。モンタージュされないのだ。2Dではどういう処理になるのだろうか?
ちなみに同じく視差を扱って成功しているのは宮崎駿の風立ちぬ(冒頭メガネのシーン)くらいだろう。

3Dの効用は、望遠が使えず、画角が一定になり、人物に近づくしかなくなるために、かえって被写体が生き生きしてくることだ。

邦題が不評だが、ハードボイルド小説を踏まえた命名はこれまでのゴダール作品の流れからは正しい。しかし今回はもっと素のゴダールが出ている。
引用群はここではない何処かではなく(アフリカが記号的に使われるが)、日常を異化効果によって蘇らせる。『ソシアリスム』にあった資本への視点は消え、自然への視点が増えた。映画の引用は素材が3Dではないからか後退しており、それがいい方向性を示している。『リア王』の時のソニマージュ(における実験の体験)を立体映画でやり直している観がある。もっと私小説的なのだ。

政治的問題は男女間の問題(排泄と平等及び『アリア』的女性の叫びの変奏)に二重写しされる。
ゴッホの点描を見た後のような視覚の広がりを歴史的にゴダールは我々にもたらした。
普通の日本語字幕が浮き出て見えることで映像と観客との溝は広がるのだが、その溝が心地よい。

弁証法の拒絶は、同一化への希求の表れ(キリーロフ〜『中国女』でも描かれた〜)でもある。 

近年称えられたモナリザ3D絵画説と呼応して、実に刺激的な作品だった。

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以下の写真は『ソシアリズム』より


2015年シャルリー事件で殺された経済学者ベルナール・マリス(『資本主義と死の欲動』未邦訳)はゴダール『ソシアリスム』冒頭に出演していたそうだ。
http://fr.wikipedia.org/wiki/Bernard_Maris
http://www.outsideintokyo.jp/j/review/jeanlucgodard/

<第1楽章 こんな事ども>
(地中海の月明かりで)黒黒々とした海面。

経済学者ベルナール・マリス「(オフ)お金は公共財産だ。」
アリッサ(アガタ・クーチュール)「(オフ)水と同じ?」
マリス「(オフ)そうだ。」

同パンフより

Фильм социализм  Film socialisme 2010 godar
https://youtu.be/MTQJuyeSKgA
『ソシアリスム』より
2015年に殺された経済学者(ベルナール・マリス)
2015年にシャーリーへのテロで巻き込まれ殺された経済学者ベルナール・マリス(『資本主義と死の欲動』未邦訳)はゴダールソシアリスム冒頭に出演していたそうだ。
「新潮」201503鼎談の浅田彰発言参照
http://fr.wikipedia.org/wiki/Bernard_Maris
http://www.outsideintokyo.jp/j/review/jeanlucgodard/




『動物を追う、ゆえに私は〈動物で〉ある』: ジャック・デリダ, マリ=ルイーズ・マレ, 鵜飼 哲
http://www.amazon.co.jp/dp/448084743X/
内容紹介
猫に自らの裸を見られた体験から始まる講演など4編を収録。デカルト、カント、レヴィナス、ラカン、ハイデッガーを辿り直し、動物と人間の伝統的な対立関係を考察する。

デリダはブーバーの猫に関する考察に批判的だが(23頁)、明らかにレヴィナス経由でブーバーに負っている。43頁のゴダールが引用した猫からの視線は柄谷行人が引用したブーバーの考察そのものだ。矮小化した上でブーバーを批判しているのだ。なお本書第IV章でデリダはハイデガーの「3」へのこだわりを揶揄している(282頁他)。弁証法批判と言えよう。動物への視点も批判的にではあるがハイデガーからゴダールへと還流している。

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以下、参考サイト:



ゴダール『さらば、愛の言葉よ』(5)音楽


 『さらば、愛の言葉よ』で引用されている音楽は、おなじみのベートーヴェン交響曲第7番第二楽章をはじめ、シベリウスのワルツや交響曲第二番、あるいはシェーンベルクなど、多くはクラシックだ。中でも印象的なのは、繰り返し鳴らされる弦の低音で、これはチャイコフスキー『スラブ行進曲』の冒頭である…
 と、こう書くと、まるでそれが『スラブ行進曲』の始まりを予感させるか音楽であるかのように読めるかもしれないが、そうではない。この映画で鳴らされる弦の合奏は、ごく主観的に書くなら、禍々しい時代の予兆を感じさせるような陰にこもった響きであり、とても原曲の『スラブ行進曲』ような、勇ましい展開を期待できるものではない。これは他の引用にも言えることで、ベートーヴェンやシベリウスの交響曲が引用されているからといって、その楽章全体をきいたときの感慨が引用によって立ち上がるかといえば、そんなことはまるでない。
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デルタ関数とは

 デルタ関数とは、空間の一点にだけ存在する粒子を数式中に表現したいためにディラックによって発明された関数である。  理論上の話だが、ある一点において密度は無限大、 しかしその密度を積分して全体量を求めると有限量であるという性質が欲しかったのである。  イメージとしては次のような関数である。
   のところでだけ無限大となり、それ以外のところでは 0 である。  しかし無限大というのは数値ではなくて、限りなく大きくなる極限を考えるときのイメージに過ぎないので、 これを定義として使うのは数学的にふさわしくない。  しかも「0 を含む区間で積分すると有限の値になる」という性質もまだ言い表せていない。
 実は次のように定義しておけば万事解決することが分かる。
 ここで出てくる  は任意の実連続関数であるとする。  どんな形の関数  を使っても、デルタ関数と掛け合わせて積分すると、  での  の値だけが拾われて出てくるとするのである。
 なぜこれでうまく行くのかを説明しよう。  上の定義のところに、常に 1 であるような関数  を当てはめてみる。  すると次のように、デルタ関数を積分すると有限値である 1 になることが導かれる。
 さらに、どんな関数を使っても  における値  しか拾ってこないことから、  以外の区間での  の値はデルタ関数によって無効化されていることになる。  つまり、  以外の区間では  となっているのだと言えるだろう。
 というわけで、(1) 式や (2) 式では無限積分を使っているが、 積分区間に  を含んでいさえすれば同じ形の式が成り立っているとして良い。
 デルタ関数は関数に似てはいるが、実は関数ではない。  これを関数だと認めると、数学での分類の上ですっきりしない部分が出てくるらしいのである。  それで数学では関数 (function) ではなく超関数 (distribution) というものに分類されている。  しかし物理学徒はそのようなことには無頓着なのだ。
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はるの魂 丸目はるのSF論評


非Aの世界
THE WORLD OF NULL-A

A・E・ヴァン・ヴォークト
1945


 第二次世界大戦終戦の年に発表され、日本では文庫として1966年の冬に登場している。私は、1979年の第20版を所有している。300円。近年、新装版として再発行されたが、在庫限りのようである。
 SFの中では、歴史的作品として名高い。今回、おそらく初再読であるが、初読は高校生の頃だろう。どうにも、入り込めなかったのを覚えている。たしか、続編の「非Aの傀儡」も持っていて、読んでいたはずなのだが、手元にない。記憶もおぼつかない。
 今回、読み終えて、それでも腑に落ちない点があり、ちょっとネットで調べたら「一般意味論」とアリストテレス(A)の前提の否定についての解説を見つけ、ようやく得心がいった。20世紀初頭から1933年頃に形成された理論というか、考え方だったのだね。
 それを前提にしてヴォークトがSFに仕立て上げたわけだ。20世紀後半に、エコロジー思想が一部のSFに取り入れられていったように。ふうん。
 それで得心がいったからといって、どうなるものでもないのだが、その非A=一般意味論がある故に、話しがややこしくて、私には理解できなかった作品である。今も、すっきりしたとは言えない心持ちである。私の理解力は浅いのだ。
 さて、2006年の時点で読み直してみて、「機械」(世界をコントロールするコンピュータ)と、その機械が行うゲームによって職業などが決まるという社会や、拡張された脳、クローンと、同一性確保による記憶の移転での「無限の生」など、現代SFではナノテク・ヴァーチャルリアリティ技術・バイオ技術などによって表現される外挿が行われている点で、歴史的名作であろう。
 また、ひとつの考え方や方法論を外挿するとどのような作品が可能なのかを理解させる点でも、優れた作品かも知れない。
 話しはというと、非A者であるギルバート・ゴッセンは、機械によるゲームによって非A者の世界である金星に行くことを願っていた。しかし、自らの記憶が偽りのものであることを知った彼は、宇宙規模の陰謀に巻き込まれていることを知る。一度は殺され、その記憶があるのに、再び彼は生を得て、金星で目覚める。自分に一体何が起きているのか、誰が自分を殺そうとするのか、誰が自分を操っているのか、誰がどんな目的で彼の記憶を操作しているのか。様々な疑問を自ら解決しつつ、次第に判明する地球と金星の危機に対応するためにギルバート・ゴッセンは、彼をサポートする人たちとともに奮闘する。
 というところでよいのかな。
 つい先日読んだばかりなのに、私が非A人ではないばかりに、作品のイメージすらおぼつかない。とほほ。
 さてと、1945年に書かれた本作品だが、舞台は2560年。2018年に一般意味論協会が金星の非A的可能性を認識し、2100年代に非A的能力を伸ばすための機械によって選別された人が金星に来るようになっていた。舞台の2560年頃の地球人口50億人。金星には2億4千万人が暮らしている。
 大体、20世紀中葉の作品では地球人口が50億人ぐらいで、当時の予想人口の倍というのが多い。50億人は多かったのであろう。

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http://aiaikawa-rj.lyricnet.jp/2015/02/blog-post.html
昨年出た村上春樹の短編集『女のいない男たち』は、浮気する女たちのせいで傷つく男たちがテーマになっていた。ゴダールの『さらば、愛の言葉よ』のベースも人妻と独身男がおりなす物語ではあったが、女はなぜ簡単に二股をかけるのか?と糾弾する勢いの村上春樹に比べ、ゴダールはそんなことはどうでもよくて、大事なのは犬であるというのが結論だ。サルトルの『存在と無』、デリダの『動物ゆえに我あり』などが引用され、人間批判が展開される。

たとえば「登場人物って嫌い」と女が言う。
人は世の中に登場した瞬間から、他人に意味づけされる。その結果、他人の言葉はわかるが自分の言葉がわからない状態になる。登場人物とは、自分の言葉を失った人間のことなのだ。

たとえば「自由な生き物は干渉しあわない。手にした自由が互いを隔てるのだ」という言葉が愛犬ロクシ-の動画に重ねられる。
不自由な人間は、自由を求めて不毛に争い合うというわけだ。

たとえば、子供をつくろうと男に言われた女が「犬ならいいわ」と答える。
これほど未成熟な映画があるだろうか。ゴダールに理由なんてない。あるのはロクシ-への愛と3Dへの好奇心のみだ。
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動物を追う、ゆえに私は〈動物で〉ある (単行本): ジャック・デリダ, マリ=ルイーズ・マレ, 鵜飼 哲: 本
http://www.amazon.co.jp/dp/448084743X/

内容紹介

猫に自らの裸を見られた体験から始まる講演など4編を収録。デカルト、カント、レヴィナス、ラカン、ハイデッガーを辿り直し、動物と人間の伝統的な対立関係を考察する。



初稿:
ゴダールの3Dは、弁証法の拒絶だ。エイゼンシュテインがその立体映画論において未来に存在を楽観視した民衆のための広場はそこにはないが、未来の代わりに現在がある。子供の代わりに犬がいる(デリダへの応答は珍しい)。
夫婦から生まれる赤ん坊の隠喩はヘーゲルの弁証法のプロトタイプだが、ゴダールは音だけで処理する。
想像力がある者は現実に頼らない、ということだろう。
左右のカメラをわざとズラすシーンは2箇所。ともに男女の乖離を描いているが、すぐに元に戻る。モンタージュされないのだ。
2Dではどういう処理になるのだろうか?
ちなみに同じく視差を扱って成功しているのは宮崎駿の風立ちぬ(冒頭メガネのシーン)くらいだろう。
邦題が不評だが、ハードボイルド小説を踏まえた命名はこれまでのゴダール作品の流れからは正しい。しかし今回はもっと素のゴダールが出ている。
引用群はここではない何処かではなく、日常を異化効果によって蘇らせる。ソシアリスムにあった資本への視点は消え、自然への視点が増えた。『リア王』の時のソニマージュ(における実験の体験)を立体映画でやり直している観がある。もっと小説的なのだ。
政治的問題は男女間の問題に二重写しされる。
ゴッホの点描を見た後のような視覚の広がりを歴史的にゴダールは我々にもたらした。
普通の日本語字幕が浮き出て見えることで映像と観客との溝は広がるのだが、その溝が心地よい。
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621: 
浅田彰が『構造と力』で言及した伊藤高史の「SPACY」
Spacy 1981 - Takashi Ito
https://youtu.be/Mf18mahEAjo

《共産主義が一度だけ存在した
あのときだけだ
ウェンブリー・サッカー・スタジアムで--
ハンガリーが英国を
6対3で破ったときだ
英国の個人プレーに対し
ハンガリーは全員で戦った》
ゴダール『アワーミュージック』より

  Dans “Notre musique” (2004), Godard himself lance :
 « Le communisme a existé deux fois quarante-cinq minutes, au stade de Wembley, quand le Honved Budapest a battu la Hongrie par 6-3 (sic). Les Anglais jouaient individuel, les Hongrois jouaient ensemble » . 

Godard rend un bel hommage amer au Barça de Guardiola. - Interviews - Coupes d'Europe

Le casting improbable est un art : dans le nouveau (et “difficile ” –terme pudique) Jean-Luc Godard, “Film Socialisme”, projeté au Festival de Cannes dans la section Un Certain Regard et qui sort en salles mercredi, on croise Patti Smith, l'ex-tenniswoman Cathy Tanvier, le philosophe Alain Badiou et Andrés Iniesta. Le compère de Xavi au sein du milieu barcelonais, pourtant, n'apparaît pas en chair et en os mais le temps de quelques plans d'archives fulgurants, au milieu de maillots blancs mancuniens, au soir de la démonstration de force des Blaugranas en finale de Coupe d'Europe (2-0). 

Le football et Godard, une mélodie en sous-sol mais bien présente tout au long de son œuvre. Comme le montre la récente biographie que lui a consacré Antoine de Baecque (1), JLG est un vrai fan de sport –dans une de ses rares apparitions comme acteur, dans le “Paris nous appartient” de Rivette, on le voit à la terrasse d'un café parisien en train de lire L'Equipe, journal auquel il accorda un entretien remarqué en 2001. S'il est encore plus fan de tennis (le sport le plus cinégénique qui soit avec la boxe), JLG aime le foot, un art qu'il juge plus « vrai » que le cinéma, d'une certaine façon : « Dans les arts, on peut dire : ʺOn marque plein de butsʺ [...] et puis, si vous avez une grande gueule ou si vous êtes riche ou si vous êtes une vedette, on vous croit » , déclarait-il y a une quinzaine d'années. Comme toute passion, cet attachement a ses scènes originelles, comme celle-ci que le cinéaste racontait dans un entretien télévisé : « Je me souviens très bien de la fin de la guerre. Je jouais au football et quelqu'un est venu annoncer "La guerre est finie !". J'étais gardien de but et comme j'ai tourné la tête, j'ai pris un but » . Godard parle football comme il filme, à coups d'aphorismes fulgurants, paradoxaux ou obscurs ( « Je ne comprends pas pourquoi ils mettent une photo de Zidane en Une d'un magazine de foot, plutôt qu'une photo du ballon » ), mais aussi de plans splendides.

S'il n'a jamais réalisé de film sur le foot (contrairement à un de ses disciples, l'Allemand Hellmuth Costard, avec un essai de cinéma-vérité sur Georges Best, “Fussball wie noch nie”), le cinéaste franco-suisse a parsemé son œuvre de références footballistiques. Dans “Une femme est une femme” (1964), Jean-Claude Brialy joue au golf avec un balai dans son living en écoutant le commentaire radio d'un clasico : « Del Sol à Puskas, Puskas à Del Sol, Del Sol à Di Stefano, Di Stefano à Del Sol... Oh, je pleure parce que le Real est grand aujourd'hui...  » . Dans “Numéro deux” (1975), un petit garçon regarde à la télévision la percée victorieuse de Cruyff à la première minute de la finale de la Coupe du monde 1974 contre l'Allemagne, pendant que son grand-père lui demande de « mettre la troisième chaîne » . Dans “Notre musique” (2004), Godard himself lance : « Le communisme a existé deux fois quarante-cinq minutes, au stade de Wembley, quand le Honved Budapest a battu la Hongrie par 6-3 (sic). Les Anglais jouaient individuel, les Hongrois jouaient ensemble » . 

Godard n'aime donc que les équipes mythiques, mais qui ont acquis ce statut dans l'agonie. Après avoir tout raflé pendant cinq ans, le Real du milieu des sixties entame son déclin ; les Pays-Bas de Cruyff ont essuyé une défaite impensable face à l'Allemagne ; la grande Hongrie est victime de sa défaite contre la RFA à Berne et des évènements politiques au pays. Sport populaire, le foot est traversé par les pulsions (argent, voyeurisme, violence) de la société. « Pour Godard, c'est simple. Si un c'est la solitude et, sans doute, la folie ; et si deux, c'est toujours la dialectique du couple, [...] à partir de trois, c'est la guerre mondiale » , écrivait le critique Serge Daney. On imagine ce que ça peut donner à vingt-deux et 50.000 spectateurs... En 1979, “Sauve qui peut (la vie)”, sans doute le plus beau film de Godard, voit Dutronc lâcher des commentaires scabreux en regardant sa fille jouer au foot ( « T'as encore jamais eu envie de la caresser ou de l'enculer ? » ). “Soigne ta droite” (1987) se termine sur des images d'acteur rejouant, telle une mise au tombeau, le drame du Heysel, survenu deux ans plus tôt, entrecoupées de plans des Rita Mitsouko enregistrant l'album “The No Comprendo”. Et, peu après la finale du Mondial 2006, l'oracle de Rolle lâchait : « A la crucifixion du Christ, ils étaient dix-sept. A la première d'Hamlet, ils étaient cent cinquante. Mais, pour la finale du Mondial, ils étaient deux milliards de téléspectateurs » .

C'est d'ailleurs un genre de crucifixion que donnent à voir les plans d'Iniesta dans “Film Socialisme”. Au ralenti, le joueur s'effondre, trébuche contre un adversaire, finit au sol la tête collée au ballon. Avant et après, on voit des plans de Staline, d'Hitler, de Don Quichotte, d'avions, de canons, on entend flotter les noms d'Hemingway, Orwell, Dos Passos, les fantômes d'une guerre civile perdue par les Catalans. Quelques jours après une défaite, footballistique cette fois, contre l'Inter, Godard disait dans une interview aux Inrockuptibles apprécier le Barça de Guardiola, mais déplorait qu'il ne soit pas vraiment capable d'aligner plusieurs prestations de très haut niveau : « Barcelone n'arrive pas à tenir deux matchs de suite à son niveau. [...] Pourquoi n'y arrivent-ils pas ? Quand on n'y arrive pas, on fait moins de matchs » . Comme s'il y voyait la même splendeur inégale et fragile qu'il a souvent attribuée à ses propres films, lui qui disait : « Le cinéma, c'est faire durer un petit peu quelque chose d'extraordinaire » .
Jean-Marie Pottier 
(1) Godard, biographie, Grasset.

フィルムソシアリズムには倒されるイニエスタの下半身の映像が出てくる

9 Comments:

Blogger yoji said...


http://www.yukilove.net/dore.html
Top> The long 19th century> ドレフュス事件
ドレフュス事件

フランスは普仏戦争での敗北以来対独復讐のナショナリズムが生まれていた
90年代に入るとそれはカトリックのフランスを亡ぼすために
アングロ=サクソンやプロテスタントのドイツ人と結んだ
ユダヤ人の反仏陰謀が組織されているという風説を生むに至った

大不況期のユダヤ系金融資本の成長などへの国民的反発が背景にあった
反ユダヤ、右翼的ナショナリズムが共和国よりも祖国フランスを
という感情を拡大していた
共和国であるフランスが、専制君主国であるロシアと結んだのは
そういう状況下においてであった

この時期のフランスの病んだ精神状態を最もよくあらわしたのが
ドレフュス事件である

1894年参謀本部将校ドレフュス大尉はドイツのスパイ容疑で告発され
軍法会議で否認したにも関わらず南米ギアナの悪魔島に終身流刑の判決を受けていた
ドイツに併合されたアルザス出身のユダヤ人であったことが災いした
当時は、アルザスや東欧からのユダヤ系移民が急増したこともあって
反ユダヤ主義的世論が醸成されていたからだ
対独報復ジャーナリズムもこれに共鳴した

その後、ドレフュスの家族からの再審請求や
情報部長の「真犯人はエステルアジ少佐」という調査報告を
軍の権威の失墜を恐れてもみ消しを図り、情報部長を脅して左遷
形式的な裁判でエステルアジを「無罪」とし釈放した

1898年共和派の作家ゾラが大統領への公開質問状「私は糾弾する!」が発表されると
このスパイ事件はドレフュス個人の問題を超えて
人権と共和国を守ろうとする社会主義者や進歩的共和派と
祖国および軍の権威を守ろうとする軍部、右翼、教会、反ユダヤ主義との間の
闘争となり、国論を二分する冤罪事件に発展した

ゾラは名誉棄損で有罪判決を受けて亡命したが
左翼知識人、学生らが「人権同盟」を結成し再審を訴えた

急進共和派のクレマンソー、社会主義者ジャン・ジョレス
などもドレフュス派に加わった

事件は、偽証や証拠隠蔽工作が明るみに出て、ドレフュス派優位のうちに展開した
焦った右翼ナショナリストのクーデター未遂や再審派の新大統領ルーベ
に対する殴打事件がおこるなど
いっとき議会共和政が危機に瀕する事態にまで発展した

1899年レンヌ軍法会議の再審は懲役10年に減刑のうえ
有罪判決を再度下し、ヴァルデック=ルソー内閣が大統領令によって
特赦するという政治的決着がはかられた
これにより危機に面したフランス共和国は一応の安定に入った
無罪判決が下されたのはそれから7年後であった

この事件によりそれまで離合集散を繰り返していた共和主義諸派が
右翼ナショナリストに対抗するなかから
「議会共和政の防衛」を旗印に大同団結し
1901年「急進・急進社会党」という中道的国民政党を結成する
社会主義諸潮流もジョレス派を中心として議会主義に合流し
中道派内閣を補完する役割を担っていく

また軍部の権威失墜でイギリスと戦争する力を失い
後にファショダ事件でイギリスに譲歩することとなる

この事件は、欧州を侵食していた反ユダヤ思潮を根底に横たえながら
かかる状況下でのフランス知識人の開明性を実証する試金石ともなった
のちのシオニズムの運動と指導者となるヘルツルが
ユダヤ人国家の建設を求める本を書いたのは
このドレフュス事件のさいの反ユダヤ主義を目撃してからだった

このヘルツルの運動はパレスチナへ帰って建国を望むロシアのユダヤ人の
運動と合体し、1897年にはスイスのバーゼルで第一回シオニスト会議を
開いて、パレスチナにおけるユダヤ人国家の建設を決議するまでにいたった
ここにシオニズムの運動が出発した

ブーランジェ事件

11:25 午後  
Blogger yoji said...

ちなみにゴダールが最近作『さらば、愛の言葉よ』で引用しているのはドゥルーズではなく
デリダの動物論(『動物を追う、ゆえに私は〈動物で〉ある』)…

3:06 午前  
Blogger yoji said...

「自然のなかに裸はない。動物は、ゆえに、裸であるがゆえに裸ではない。」
― デリダ『動物を追う、ゆえに私は(動物で)ある』

※ゴダール『さらば、愛の言葉よ』でのデリダからの引用。邦訳P20・7~8行(文章の順序は入換あり)。


音声☞http://s-hayashi.tumblr.com/post/112133617589/il-ny-a-pas-de-nudit%C3%A9-dans-la-nature-et

4:55 午前  
Blogger yoji said...


《…ゴダールは弁証法に頼るような男ではありません。ゴダールで重要なのは、「2」でも
「3」でもないし、それ以外の数でもなくて、接続詞の「と」なのです。「と(ET)」の
用法はゴダールの核心にかかわる重要問題です。なぜ重要かというと、私たちの思考全体が、
おおむね動詞の《être》、つまり「ある(EST)」をもとにして成り立っているからです。…
「と」は特別な接続詞でも、特殊な関係でもなくなり、すべての関係を巻き込むようになる。
そして「と」の数が増えれば、それにあわせて関係の数も増えていく。「と」はあらゆる
関係を転覆させるだけでなく、「ある」という動詞なども残らず転覆させてしまうのです。
「……と……と……と」とたたみかける接続詞「と」の使用は創造的にどもることにつながり、
国語を外国語のようにあやつることにもつながる。そしてこれが、「ある」という動詞にも
とづく規範的で支配的な国語の使用と対立するのです。
 もちろん、「と」は多様性であり、多数性であり、自己同一性の破壊でもあるわけです。》
(「カイエ・デュ・シネマ」第二七一号、一九七六年十一月。邦訳『記号と事件』所収)

4:57 午前  
Blogger yoji said...

Il n’y a pas de nudité dans la nature. Et...
http://s-hayashi.tumblr.com/post/112133617589/il-ny-a-pas-de-nudité-dans-la-nature-et


32 notes
February 26, 2015
0 PLAYS →
Adieu au langage
Godard
Il n’y a pas de nudité dans la nature.
Et l’animal, donc, n’est pas nu parce qu’il est nu.

「自然のなかに裸はない。動物は、ゆえに、裸であるがゆえに裸ではない。」

― Jean-Luc GODARD (Adieu au langage)

L’animal, donc, n’est pas nu parce qu’il est nu. Il n’a pas le sentiment de sa nudité. Il n’y a pas de nudité « dans la nature ».

「動物は、ゆえに、裸であるがゆえに裸ではない。動物は自分が裸であるという感情を持たない。《自然のなかに》裸はないのだ。」

― Jacques DERRIDA (L’animal que donc je suis)
Filed under Godard Adieu au langage DERRIDA Jean-Luc Godard Jacques Derrida

5:24 午前  
Blogger yoji said...


シャーリーへのテロで巻き込まれ殺された経済学者ベルナール・マリス(『資本主義と死の欲動』)はゴダールソシアリスム冒頭に出演していたそうだ。
http://fr.wikipedia.org/wiki/Bernard_Maris
http://www.outsideintokyo.jp/j/review/jeanlucgodard/

<第1楽章 こんな事ども>
地中海の月明かりで黒光りする海面を微動だにしないフィックスのキャメラで捉えた、漆喰の黒が印象的な映像に続いて交わされる「お金は公共財産だ。」「水と同じ?」「そうだ。」という経済学者ベルナール・マリスとゴダール的美女アリッサ(アガタ・クーチュール)との会話で始まる<第1楽章 こんな事ども>は、マリスの「我々の前に開かれているものは、不可能な歴史に似ている。ゼロ地点のようなものに直面しているのだ」との発言に、「私は一度、無に出会った。ところが、思っていたよりもずっとつまらんものだった」とナチス・ドイツの崩壊とイスラエル建国の1948年を振り返る"フランスのジェームス・ボンド"と呼ばれる実在の元スパイ、ロベール・マルビエによる不穏な発言を豪華客船の船上で捉えながら、ゴダール一流のハードボイル探偵風ダイアローグと、船上を吹きすさぶ風の轟音、船内のディスコ(!)を捉えた低解像度の暴力的なデジタル映像&音像などが、いつも通りのぶっきらぼうさでソニマージュ的に編集され、そうした映像のどれもが、時間とともに足早に過ぎ去っていく。そんな中で目を引くのが、ゴダール曰く"帝国主義者ではない善きアメリカ人"パティ・スミスの存在感であり、「目的が帝国建設であれ、観光であれ」平面上を移動する「自己を主張する空間的フォルム」豪華客船ゴールデン・ウエブ号、そのものであるだろう。

3:06 午前  
Blogger yoji said...

《共産主義が一度だけ存在した
あのときだけだ
ウェンブリー・サッカー・スタジアムで--
ハンガリーが英国を
6対3で破ったときだ
英国の個人プレーに対し
ハンガリーは全員で戦った》
ゴダール『アワーミュージック』より


ourmusic godard
http://www.dailymotion.com/video/k50AiX8Pd1OsMj2uho2

1:27 午前  
Blogger yoji said...

Godard est un socio - SO FOOT.com
www.sofoot.com › godard-est-un-socio-...
2010/05/18 -

Dans “Notre musique” (2004), Godard himself lance :

« Le communisme a existé deux fois quarante-cinq minutes, au stade de Wembley, quand le Honved Budapest a battu la Hongrie par 6-3 ...



Sortie DVD - Notre musique et Eloge de l'amour de Jean-Luc Godard (Webzine n° 122 - décembre 2007) - Webzine de Cinergie.be
www.cinergie.be › webzine › notre_musi...
2007/12/11 - Et cette phrase percutante de JLG : « Le communisme a existé une fois en deux fois quarante-cinq minutes, au stade de Wembley, lorsque le Honved Budapest a battu l'Angleterre par 6 buts à 3 .
remue.net : Notre Musique/Jean-Luc Godard par Saad Chakali
remue.net › spip › article957
2005/08/30 - Godard est « Aussenseiter » comme dirait Enzo Traverso, c'est-à-dire travaillé par une forme d' ... Si Notre Musique se présente comme une enquête axée sur le thème romantique du double ainsi ...

1:38 午前  
Blogger yoji said...


http://www.sofoot.com/godard-est-un-socio-126453.html
S'il n'a jamais réalisé de film sur le foot (contrairement à un de ses disciples, l'Allemand Hellmuth Costard, avec un essai de cinéma-vérité sur Georges Best, “Fussball wie noch nie”), le cinéaste franco-suisse a parsemé son œuvre de références footballistiques. Dans “Une femme est une femme” (1964), Jean-Claude Brialy joue au golf avec un balai dans son living en écoutant le commentaire radio d'un clasico : « Del Sol à Puskas, Puskas à Del Sol, Del Sol à Di Stefano, Di Stefano à Del Sol... Oh, je pleure parce que le Real est grand aujourd'hui...  » . Dans “Numéro deux” (1975), un petit garçon regarde à la télévision la percée victorieuse de Cruyff à la première minute de la finale de la Coupe du monde 1974 contre l'Allemagne, pendant que son grand-père lui demande de « mettre la troisième chaîne » . Dans “Notre musique” (2004), Godard himself lance : « Le communisme a existé deux fois quarante-cinq minutes, au stade de Wembley, quand le Honved Budapest a battu la Hongrie par 6-3 (sic). Les Anglais jouaient individuel, les Hongrois jouaient ensemble » .

1:40 午前  

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