【フリードマンによる序文付】
ハイエクの理論では市場主義と資本主義の区別がつかない。自由貨幣を使っても問題点が把握できていないということになる。
1944年にイギリスで刊行されたフリードリッヒ・ハイエク(独: Friedrich August von Hayek、1899年5月8日 - 1992年3月23日)の『隷属への道』(The Road to Serfdom, 以下. RS)は,(彼の)著作のうちこれまでに最も売れた本のひとつ...
http://www.press.uchicago.edu/ucp/books/book/chicago/R/bo4138549.html
The Road to Serfdom
Text and Documents--The Definitive Edition
304 pages
|
6 x 9
|
© 1944, 2007
THE ROAD TO SERFDOM
Preface to the Original Editions
Foreword to the 1956 American Paperback Edition
Preface to the 1976 Edition
Introduction
One The Abandoned Road
Two The Great Utopia
Three Individualism and Collectivism
Four The "Inevitability" of Planning
Five Planning and Democracy
Six Planning and the Rule of Law
Seven Economic Control and Totalitarianism
Eight Who, Whom?
Nine Security and Freedom
Ten Why the Worst Get on Top
Eleven The End of Truth
Twelve The Socialist Roots of Naziism
Thirteen The Totalitarians in Our Midst
Fourteen Material Conditions and Ideal Ends
Fifteen The Prospects of International Order
Sixteen Conclusion
Introduction to the 1994 Edition by Milton Friedman
出版社からのコメント
本書は第一次大戦、第二次大戦、その間の大恐慌を契機にファシズム、社会主義がゆっくりと確実に浸透していくさまを、克明に分析した古典的名著です。
「ケ
インズとハイエク」、「大きな政府と小さな政府」といった昨今よく聞く対立軸は本書を契機に生まれたといってよいでしょう。そうしたステレオタイプから、
イデオロギー的対立から、本書は読まずに批判、中傷、誤解されつづけてきましたが、現在ではその思想は正鵠を射たものとして、評価されています。
大不況のいまだから、自由主義とは、資本主義とはなにかを冷静に考えるうえで、学生、ビジネスマンにもお薦めの一冊。【フリードマンによる序文付】
内容(「BOOK」データベースより)
資本主義は本当に悪か!?“自由”と“市場”の価値を20世紀の歴史から説きあかす。
レビュー
本書は第一次大戦、第二次大戦、その間の大恐慌を契機にファシズム、社会主義がゆっくりと確実に浸透していくさまを、克明に分析した古典的名著です。
「ケ
インズとハイエク」、「大きな政府と小さな政府」といった昨今よく聞く対立軸は本書を契機に生まれたといってよいでしょう。そうしたステレオタイプから、
イデオロギー的対立から、本書は読まずに批判、中傷、誤解されつづけてきましたが、現在ではその思想は正鵠を射たものとして、評価されています。
大不況のいまだから、自由主義とは、資本主義とはなにかを冷静に考えるうえで、学生、ビジネスマンにもお薦めの一冊。【フリードマンによる序文付
(新装版1992年〜) 】--出版社からのコメント
著者について
1899年生まれ。オーストリア、ウィーン出身。経済学、政治学、法学、から心理学、哲学にまで横断する大思想家。社会主
義、全体主義批判を展開した『隷属への道(1944)』で一躍時の人に。その後、1974年ノーベル経済学賞受賞。1992年死去。著書に『自由の条件
(1960)』『法と立法と自由(1979)』(すべて春秋社)など。
単行本: 424ページ
出版社: 春秋社; 新装版 (2008/12/25)
言語: 日本語
http://www.arsvi.com/b1900/4100hf.htm
■引用
「発展の成功とともに人々の野心も大きくふくらんでいった。まさしく成功は、人々に野心的であっていいあらゆる権利を持っていると告げてきた。。だが、そ
れにつれて人々は、かつて望みを与えてくれた未来の約束は、それだけでは不十分だと思うようになった。進歩の速度ももっと速くあるべきだと思い始めた。」
(p.14)
「物質的改善が人々にもたらした、よりいっそう性急でとどまるところを知らない野心も、自由主義への反感となって表れた。」(p.17)
「どんな種類の集産主義的体制も共通して持っている特徴とは、あらゆる学派の社会主義者がこれまで愛好してきた言い方で述べるなら、ある決定的な社会的目標に向けて、社会全体の労働を計画的に組織化することだ、と言えるだろう。」(p.70)
「ファシズムや国家社会主義は、これら下層の中産階級を支持者の大部分として獲得していった。そういった人々の恨みは、教育や訓練を通じて指導者になるこ
とへの熱望を様々な形で吹き込まれてことや、そのおかげで彼ら自身、自分たちこそ管理階級の一員にふさわしいと見なすようになったことによって、いっそう
強くなっていった。また、若い世代は、社会主義教育によって利潤を儲(p.150)けることへの軽蔑を植えつけられていたので、リスクを伴う独立の職業に
就くことなと思いもよらぬと考え、安全が約束されているサラリーマンの地位にどんどん群がり集まるようになっていた。だが同時に彼らは、自分たちは受けた
教育から考えて当然高い所得と権力を与えられてしかるべきだと思い、それにふさわしい地位を要求してもいた。」(pp.150-151)
___________
参考:
産業連関表(レオンチェフ)
ハイエクが『価格と生産』(HAYEK, F.A., Prices and Production , London, George Routledge & sons, 1931)で展開した迂回生産の図(ハイエクの三角形、三角投資図表)もマルクスの再生産表式応用と言える(レオンチェフ『経済学の世界』103頁)。
追記:
森嶋通夫は資本論第二巻(特に,第2巻の第8章,12章,13章)をフォン・ノイマンモデルとの近似において評価しているが(『マルクスの経済学』第13章,単行本211頁)、レオンチェフの上記モデルこそがその具体例と言えるのだろう。
以下の書でもこの図解が解説しあされている。入門書では稀有。
ケインズとハイエク―貨幣と市場への問い (講談社現代新書) 新書 – 2011/12/16
以下は300頁を超える大部なので入門書とは言い難いが、この手の本に珍しく迂回生産についても言及している(89頁)。
ケインズとハイエク―貨幣と市場への問い (講談社現代新書)
松原 隆一郎; 新書
2011
89:
102:
Hayek, Freidrich August. von. 1931a. Reflections on the Pure Theory of Money of Mr. J.M.Keynes, Economica,11(33), August, 270-295.
――1931b. The Pure Theory of Money : II.ARejoinder, Economica, 11(34), November, 398-403.
――1932. Reflections on the Pure Theory of Money of Mr. J.M.Keynes Part II, Economica,12(35), February, 22-44.
Keynes, John Maynard. 1931. The Pure Theory of Money : I.AReply to Dr. Hayek, Economica,11 (34), November, 387-397.
#6:
Reflections on the Pure Theory of Money of Mr. J.M. Keynes | Mises Institute
Reflections on the Pure Theory of Money of Mr. J.M. Keynes
Reflections on the Pure Theory of Money of Mr JM Keynes_4.pdf
From Economica, No. 33 (August 1931) and No. 35 (February 1932).
参考:
カレツキが重要になる…
ハイエク全集 第1巻 貨幣理論と景気循環
タイトル 価格と生産
出版者 春秋社
出版年 1988.9
大きさ等 22cm 279,12p
注記 Monetary theory and the trade cycle./の翻訳
監修:西山千明,矢島鈞次 著者の肖像あり
注記 Price and production. 2nd ed./の翻訳
NDC分類 331.72
要旨
「景気変動の原因は貨幣的変化が起こす経済全体の不均衡にある」とし、ハイエクの名を世界に知らしめた「貨幣理論と景気循環」と、有名な三角図形を用いてその一層の展開を行った「価格と生産」の初期2作品を収録。ノーベル経済学賞に輝く先駆的業績。
目次
貨幣理論と景気循環(景気循環の問題;非貨幣的景気理論;貨幣的景気循環論;景気循環変動の基本的原因;景気循環論の未解決問題);価格と生産(貨幣の諸価格に及ぼす影響に関する諸理論;消費財生産と生産財生産との均衡条件;信用循環過程における価格メカニズムの作用;「弾力的」通貨に対する賛否;資本と産業変動―批判への回答)
ISBN等 4-393-62111-5
フリードリヒ・ハイエク - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/フリードリヒ・ハイエク
17 Comments:
「フリードマンは悪いけどハイエクは悪くない」という議論について | ASREAD
http://asread.info/archives/282
確かにマルクス主義は、ハイエクの批判で理論的に論破されています。格差社会という現実における対応という点では共産党に見るものがありましたが、今さらマルクス主義を持ち出してもどうしようもありません。先が無い状況で無理に突き進めば、破壊をともなう破滅が待っているだけでしょう。
それとは別に、「フリードマンは悪いけどハイエクは悪くない」という意見についてはよく考えてみる必要があります。確かに、ミルトン・フリードマンとF・A・ハイエクの考え方には無視できない相違があります。
ですが、私の見解ではフリードマンの提案が受け入れられないのは当然として、ハイエクの提案も受け入れられません。フリードマンとの相違にかかわらず、ハイエクの思想を拒絶することが後々重要になってくると思われるのです。フリードマンは悪いけど、ハイエクは悪くないという議論は間違っていると思うのです。ハイエクのマルクス主義批判が正しいからといって、代わりに提示されているハイエクの提案が正しいとは限りません。
貨幣理論と景気循環/価格と生産 ハイエク全集1-1 【新版】 | ハイエク, 古賀 勝次郎, 谷口 洋志, 佐野 晋一, 嶋中 雄二, 川俣 雅弘 2008
https://www.amazon.co.jp/dp/4393621719/
トップカスタマーレビュー
5つ星のうち 5.0まさか復刊されるとは
投稿者 USC VINE メンバー 投稿日 2008/8/24
形式: 単行本
復刊して、改訳されての出版となりました。ハイエクを世界で有名にしたあのハイエクの三角形が出てくる論文です。この論文がその後、ロンドン大学とケイムブリッジのケインズとの論争に発展するとこになります。然し、本書はケインズが「一般理論」の出版後にすっかり忘れ去られてしまいます。その後のハイエクは政治学や社会哲学に関心が移ってしまいます。ハイエクの経済学者としての限界が本書からも読み取れます。その後に発表される「利潤、利子および投資」でケインズの「一般理論」と同じ仮定で理論を立てますが。
古典を読むことによって新しいことを知ることも出来ます。読んで損はありません。
コメント 3人のお客様がこれが役に立ったと考えています. このレビューは参考になりましたか?
はい
いいえ
違反を報告
5つ星のうち 3.0骨太の経済古典
投稿者 Amazonのお客様 投稿日 2012/10/15
形式: 単行本
1920年〜1930年にかけて、経済学者が景気循環と貨幣との関係について何を考えていたのかがよく伝わってくる1冊です。
ハイエクはケインズ的な需要拡大やフリードマン的なマネーサプライの増大を介した政府による経済への介入を、延命措置をしたあげく不況を拡大させる要因となると断罪していますが、2008年以降の全世界的なケインズ及びフリードマン的政策の拡大を見るにつけ、ハイエクの警鐘が胸に響きます。
ところで、本書のあとがきにわが国の白川総裁の発言が引用されています。
「中央銀行の観点からすると、短期的な事情、目先の景気だけにフォーカスして金融政策の運営をする(中略)と、経済全体がインフレになっていく。その結果、経済はいったんは押し上げられるけれども、最終的には落ち込む。そういう歴史的な経緯を踏まえて、短期的な事情から金融政策を分離しようというのが中央銀行の独立性重視という主張だと思う」
訳者は上記発言を踏まえ、驚くほどハイエク的だと感じられるのは、私だけであろうかとの感想を記していますが、確かにその通りといった感じがします。
さて、本書を通じて、カントのアプリオリ(先験的)という言葉がよく使われているのに驚きました。やはり哲学の認識論はすべての学問の基盤になりうるんでしょうか。
また、余談ですが、ハイエクはかのヴィトゲンシュタインと従兄弟の関係にあるとのこと。ヨーロッパアカデミズムの縁に思いを馳せるとともに、一度挫折した論理哲学論考に再び挑戦しようかとも思いました。
コメント 1人のお客様がこれが役に立ったと考えています. このレビューは参考になりましたか?
はい
いいえ
違反を報告
両方のカスタマーレビューを表示(新しい順)
カスタマーレビューを書く
貨幣理論と景気循環;価格と生産 (ハイエク全集) 単行本 – 1988/9
F.A. ハイエク (著), 古賀 勝次郎 (翻訳), 佐野 晋一 (翻訳), 川俣 雅弘 (翻訳), 谷口 洋志 (翻訳), 嶋中 雄二 (翻訳)
5つ星のうち 5.0 1 件のカスタマーレビュー
ハイエク全集 第1巻 貨幣理論と景気循環
タイトル 価格と生産
出版者 春秋社
出版年 1988.9
大きさ等 22cm 279,12p
注記 Monetary theory and the trade cycle./の翻訳
監修:西山千明,矢島鈞次 著者の肖像あり
注記 Price and production. 2nd ed./の翻訳
NDC分類 331.72
件名 景気変動 ≪再検索≫
件名 貨幣 ≪再検索≫
件名 価格 ≪再検索≫
要旨 「景気変動の原因は貨幣的変化が起こす経済全体の不均衡にある」とし、ハイエクの名を
世界に知らしめた「貨幣理論と景気循環」と、有名な三角図形を用いてその一層の展開を
行った「価格と生産」の初期2作品を収録。ノーベル経済学賞に輝く先駆的業績。
目次 貨幣理論と景気循環(景気循環の問題;非貨幣的景気理論;貨幣的景気循環論;景気循環
変動の基本的原因;景気循環論の未解決問題);価格と生産(貨幣の諸価格に及ぼす影響
に関する諸理論;消費財生産と生産財生産との均衡条件;信用循環過程における価格メカ
ニズムの作用;「弾力的」通貨に対する賛否;資本と産業変動―批判への回答)
ISBN等 4-393-62111-5
書誌番号 3-0190305876
経済計算論争(けいざいけいさんろんそう、economic calculation controversy)とは、1920年代から30年代にかけて、社会主義経済の可能性について経済学者の間で起こった議論のこと。社会主義経済計算論争とも言う。オットー・ノイラートの「戦争経済から実物経済へ」に対してルートヴィヒ・フォン・ミーゼスが「社会主義共同体における経済計算」で反論したことが発端となった。
目次
問題の所在 編集
社会主義経済において、生産手段は公のものとされ、生産量は国家が決定するため、市場や価格は存在しないことになる。このような経済が現実に適用できるものか。
論争の内容 編集
否定論 編集
ミーゼスは、貨幣が存在しないとすれば価格もうまくつけられないとして可能性を否定した。フリードリヒ・ハイエクは、計算についてのすべての情報が集まらない以上、計算は不可能だとした。
肯定論 編集
ミーゼス、ハイエクの不可能論に対し、オスカル・ランゲは市場メカニズムを社会主義経済に導入することで社会主義は可能だと反論した。ランゲに同調した人物としては、アバ・ラーナーらがいる。
情報効率性に関する厚生経済学の定理 編集
関連項目 編集
市場社会主義
サイバーシン計画
この項目は、経済に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 経済学、プロジェクト 経済)。
メインメニューを開く
Wikipedia
1
編集このページをウォッチする別の言語で閲覧
経済計算論争
経済計算論争(けいざいけいさんろんそう、economic calculation controversy)とは、1920年代から30年代にかけて、社会主義経済の可能性について経済学者の間で起こった議論のこと。社会主義経済計算論争とも言う。オットー・ノイラートの「戦争経済から実物経済へ」に対してルートヴィヒ・フォン・ミーゼスが「社会主義共同体における経済計算」で反論したことが発端となった。
目次
問題の所在
論争の内容
否定論
肯定論
情報効率性に関する厚生経済学の定理
関連項目
問題の所在 編集
社会主義経済において、生産手段は公のものとされ、生産量は国家が決定するため、市場や価格は存在しないことになる。このような経済が現実に適用できるものか。
論争の内容 編集
否定論 編集
ミーゼスは、貨幣が存在しないとすれば価格もうまくつけられないとして可能性を否定した。フリードリヒ・ハイエクは、計算についてのすべての情報が集まらない以上、計算は不可能だとした。
肯定論 編集
ミーゼス、ハイエクの不可能論に対し、オスカル・ランゲは市場メカニズムを社会主義経済に導入することで社会主義は可能だと反論した。ランゲに同調した人物としては、アバ・ラーナーらがいる。
情報効率性に関する厚生経済学の定理 編集
関連項目 編集
市場社会主義
サイバーシン計画
この項目は、経済に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 経済学、プロジェクト 経済)。
ノート
最終編集: 6 年前、Addbot
関連ページ
フリードリヒ・フォン・ヴィーザー
オスカル・ランゲ
西部忠
Wikipedia
コンテンツは、特に記載されていない限り、CC BY-SA 3.0のもとで利用可能です。
プライバシーデスクトップ
メインメニューを開く
Wikipedia
1
編集このページをウォッチする別の言語で閲覧
経済計算論争
経済計算論争(けいざいけいさんろんそう、economic calculation controversy)とは、1920年代から30年代にかけて、社会主義経済の可能性について経済学者の間で起こった議論のこと。社会主義経済計算論争とも言う。オットー・ノイラートの「戦争経済から実物経済へ」に対してルートヴィヒ・フォン・ミーゼスが「社会主義共同体における経済計算」で反論したことが発端となった。
目次
問題の所在
論争の内容
否定論
肯定論
情報効率性に関する厚生経済学の定理
関連項目
問題の所在 編集
社会主義経済において、生産手段は公のものとされ、生産量は国家が決定するため、市場や価格は存在しないことになる。このような経済が現実に適用できるものか。
論争の内容 編集
否定論 編集
ミーゼスは、貨幣が存在しないとすれば価格もうまくつけられないとして可能性を否定した。フリードリヒ・ハイエクは、計算についてのすべての情報が集まらない以上、計算は不可能だとした。
肯定論 編集
ミーゼス、ハイエクの不可能論に対し、オスカル・ランゲは市場メカニズムを社会主義経済に導入することで社会主義は可能だと反論した。ランゲに同調した人物としては、アバ・ラーナーらがいる。
情報効率性に関する厚生経済学の定理 編集
関連項目 編集
市場社会主義
サイバーシン計画
この項目は、経済に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(ポータル 経済学、プロジェクト 経済)。
ノート
最終編集: 6 年前、Addbot
関連ページ
フリードリヒ・フォン・ヴィーザー
オスカル・ランゲ
西部忠
Wikipedia
コンテンツは、特に記載されていない限り、CC BY-SA 3.0のもとで利用可能です。
プライバシーデスクトップ
ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス(Ludwig Heinrich Edler von Mises、1881年9月29日 - 1973年10月10日)は、オーストリア=ハンガリー帝国出身の経済学者であり、現代自由主義思想に大きな影響を及ぼした。著名な弟子にフリードリヒ・ハイエクがいる。
ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス
オーストリア学派
生誕
1881年9月29日
オーストリア=ハンガリー帝国ガリツィア地方レンベルク(現ウクライナ, リヴィウ)
死没
1973年10月10日(92歳)
ニューヨーク州ニューヨークシティ
国籍
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
研究機関
ウィーン大学 (1919-1934)
Institut Universitaire des Hautes Études Internationales, ジュネーヴ, スイス (1934-1940)
ニューヨーク大学 (1945-1969)
研究分野
経済学, 政治経済学, 歴史哲学, 認識論, 合理主義, 古典的自由主義, 自由意志論
影響を
受けた人物
イマヌエル・カント, フレデリック・バスティア, オイゲン・フォン・ベーム=バヴェルク, フランツ・ブレンターノ, エトムント・フッサール, カール・メンガー, ジャン=バティスト・セイ, ジャック・テュルゴー, マックス・ウェーバー, フリードリヒ・フォン・ヴィーザー
影響を
与えた人物
モーリス・アレ, ベンジャミン・アンダーソン, ピーター・バウアー, ウォルター・ブロック, ジェイムズ・M・ブキャナン, ミルトン・フリードマン, フリードリヒ・ハイエク, ヘンリー・ハズリット, ジョン・ヒックス, ハンス=ハーマン・ホップ, ヘスース・ウエルタ・デ・ソト, ウィリアム・ハロルド・ハット, イスラエル・カーズナー, ルートヴィヒ・ラッハマン, オスカル・ランゲ, ロン・ポール, ラルフ・ライコ, ジョージ・レイズマン, ライオネル・ロビンズ, ルー・ロックウェル, マレー・ロスバード, ジョセフ・サレルノ, ピーター・シフ, ヨーゼフ・シュンペーター, アルフレート・シュッツ, ハンス・セノルツ, ヘンリー・サイモンズ, ヴァーノン・スミス
実績
人間行動学, 経済計算論争, 方法二元論
テンプレートを表示
目次
略歴
人物
著書
関連項目
脚注
外部リンク
略歴 編集
1881年 オーストリア・ハンガリーのレンベルク(ランベルグともいう。現・ウクライナのリヴィウ)に生まれる。父アルトゥールは金融・鉄道の事業で成功し、貴族になった。
1900年 ウィーン大学で法学を学ぶ
1903年 カール・メンガー『経済学原理』により経済学に目を開かれる。
1906年 ウィーン大学で法学博士号を取得。
オーストリア帝国財務省で勤務した。
1909年 - 1925年 当時半官であったオーストリア商工会議所に勤務。
1913年 - 1938年 ウィーン大学の教授を務めた(別の資料によれば1913年から1934年まで私講師として教えた)。
1934年 - 1940年 ジュネーブの上級国際研究所でも教授を務める。
1940年 アメリカ合衆国に亡命移住し、戦時中は自由な立場で教育や執筆活動をする。
1945年 ニューヨーク大学教授に就く。
1969年 退官。
1973年 92歳で死去。
人物 編集
オーストリア学派を代表する人物の一人と見なされている。ミーゼスやその弟子たちの流れを汲む学者は「新オーストリア学派(ネオオーストリアン)」と呼ばれるが、中心地はオーストリアではなくアメリカである[1]。
古典的自由主義のために広範な著述や講演をおこなった。
経済計算論争などで計画経済を鋭く批判したことで知られている。ミーゼスは福祉国家など大きな政府は介入主義であり、必ず経済を停滞させるとして過去の事例から批判している。ありとあらゆる種類の市場での現象への干渉行為は干渉の立案者やその支持者が求めている目的を果たせないだけではなく、逆に元の状態よりも悪化した結果と状況を残すだけだと述べている。さらにその非合理的で不適切だと明白になった干渉行為というものを是正しようとするために、干渉の追加で対処しようとすると市場経済が完全に破壊されて社会主義に到るまで干渉を継続させられるとしている。そのため、最終的に第三の道や福祉国家というのは必ず政府の介入の拡大と統制による全体主義を招き、市場経済を着実に社会主義と計画経済体制に転換させるものだと強く批判している。
ミーゼスはファシズムを左翼に分類した自由主義派[2]の経済学者で、弟子でノーベル経済学賞を受賞したフリードリヒ・ハイエクにはその思想が受け継がれている。ロシア型社会主義(科学的社会主義又は科学的共産主義)が「完全に官僚主義的で全ての工場・商店・農場が形式上国有化されている」のに対して、ドイツ型社会主義ことファシズムとは「もはや企業家は存在せず、企業経営責任者(独:Betriebsführer)のみが存在している。そして、これらの企業経営責任者は全て政府機関の命令に、無条件で服従しなければならない」という生産手段や経営資源の私有を名目上だけ認めている体制だと定義した。[3]。
貨幣的景気理論も有名である。
門下生のイスラエル・カーズナーによる伝記に『ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス 生涯とその思想』(イスラエル・M・カーズナー/尾近裕幸訳、春秋社、2013年)がある。
著書 編集
1902年 Die Entwicklung des gutsherrlich-bäuerlichen Verhältnisses in Galizien (1772-1848).
1912年 Theorie des Geldes und der Umlaufsmittel.
1919年 Nation, Staat und Wirtschaft: Beiträge zur Politik and Geschichte der Zeit.
1920年 Die Wirtschaftsrechnung im sozialistischen Gemeinwesen.
1922年 Die Gemeinwirtshaft: Untersitchungen über den Sozialismus.
1923年 Die geldtheoretische Seite des Stabilisierungsproblems.
1924年 Theorie des Geldes und der Umlaufsmittel第2版. 東米雄訳『貨幣及び流通手段の理論』実業之日本社, 1949年. 日本経済評論社, 1980年, 2004年(オンデマンド版)
1927年 Liberalismus.
1928年 Geldwertstabilisierung and Konjunkturpolitik.
1929年 Kritik des Interventionismus: Untersuchungen zur Wirtschaftspolitik und Wirtschaftsideologie der Gegenwart.
1931年 Die Ursachen der Wirtschaftskrise: Ein Vortrag.
1932年 Die Wirtschaftsrechnung第2版
1933年 Grundprobleme der Nationalökonomie.
1934年 The Theory of Money and Credit(上記Theorie des Geldes und der Umlaufsmittelの英訳)
1936年 Socialism(上記Die Gemeinwirtschaftの英訳)
1940年 Nationalökonomie: Theorie des Handelns und Wirtschaftens.
1940年 Interventionism: An Economic Analysisを執筆(出版されたのは1998年)
1940年-1944年 アメリカ亡命を機にウィーン時代を振り返る自伝的文章を執筆
1944年 Omnipotent Government: The Rise of the Total State.
1944年 Total War and Bureaucracy.
1947年 Planned Chaos執筆(1951年のSocialismのエピローグとして掲載されるもの)
1949年 Human Action: A Treatise On Economics (上記Nationalökonomie: Theorie des Handelns und Wirtschaftensに基づいての英語版)
1951年 Socialism新版
1952年 Planning for Freedom: And Other Essays and Addresses.
1953年 The Theory of Money and Credit(新たに"Monetary Reconstruction"の章を含む)
1956年 The Anti-Capitalistic Mentality.
1957年 Theory and History.
1960年 Epistemological Problems of Economics(上記Grundprobleme der Nationalökonomieの英訳)
1962年 The Ultimate Foundation of Economic Science. 村田稔雄訳『経済科学の根底』日本経済評論社, 2002年
1962年 The Free and Prosperous Commonwealth(上記Liberalismusの英訳)
1963年 Human Action第2版
1966年 Human Action第3版. 村田稔雄訳『ヒューマン・アクション』春秋社, 1991年
1978年 Notes and Recollections. 上記の自伝的文章
1979年 Economic Policy: Thoughts for Today and Tomorrow. 村田稔雄訳『自由への決断--今日と明日を思索するミーゼスの経済学』広文社, 1980年. 1959年に行ったアルゼンチン旅行の際の講演記録
1998年 Interventionism: An Economic Analysis(上記1940年の著作)
ミーゼスの殆どの著書はmises instituteから無料ダウンロードできる。
関連項目 編集
リヒャルト・フォン・ミーゼス - 工学者。ルートヴィヒの弟。
自由主義
リバタリアニズム
脚注 編集
^ オーストリア学派 コトバンク 2018年8月21日閲覧。
^ 現在の左翼・リベラルの意味ではない
^ 『ヒューマン・アクション』ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス著、村田稔雄訳、春秋社
外部リンク 編集
ミーゼス ルートヴィヒ・フォン:作家別作品リスト - 青空文庫
ハイエク、ハイエクを語る 単行本 – 2000/2/1
スティーヴン クレスゲ (編集), ライフ ウェナー (編集), Stephen Kresge (原著), Leif Wenar (原著), 嶋津 格 (翻訳)
5つ星のうち 4.0 2件のカスタマーレビュー
商品の説明
内容(「BOOK」データベースより)
激動の世紀を生きるとともに、市場経済、自由主義、法の支配の意味を考え抜いた思想家の、興味尽きない回想録。ハイエク自身の声が率直かつ明快に語りかける。
内容(「MARC」データベースより)
激動の世紀を生きるとともに、市場経済、自由主義、法の支配の意味を考え抜いた思想家・ハイエクの、興味尽きない回想録。今世紀最大の経済学者、社会学者であるハイエク自身の声が率直かつ明快に語りかける。
登録情報
単行本: 270ページ
出版社: 名古屋大学出版会 (2000/2/1)
言語: 日本語
ISBN-10: 4815803749
ISBN-13: 978-4815803742
5つ星のうち4.0ハイエク読本
2008年2月25日
「隷属への道」が読めない人には副読本になりそうです。
社会主義者のチャールズ・メリアム(著名な政治学者です!)との応対をメイナード・クルーガーがまとめたインタビューが載っています。話がまっったく噛み合っていないのが笑えるところですが、彼のいう「計画」が何を指すかいまひとつわからない人には参考になりそう。印象に残っているのは、設計主義が全体主義を呼んだんだとして通常の史観とは違うものを唱えるハイエクの姿。ここでも自由主義――人の行動から思いもつかないものが生まれる――の強調が見られます。
「隷属への道」で売れっ子学者になったのかと思いきや、案外学界からはああいうの書きやがって…として追い払われたとか。うーん、ヨーロッパの学会は閉鎖的だ。
自伝、貨幣に関する仕事、自由主義・市場・法についての仕事、心理学と経済学の架橋についての仕事(本人曰く、「感覚秩序」はもっともオリジナリティのあるものだとか:ハイエク全集の4巻に納められています)の三つについてハイエク本人へのインタビューがあります。彼の生きた時代のウィーンについて率直な感想が書かれています。ユダヤ人問題ってどこにでもあったようだ。
保守主義やネオコンの温床だとして毛嫌いする人にこそ読んでもらいたい。ハイエクの唱える自由主義は無責任なものではないし、彼自身保守主義ではないと言っている。新しいことを生むこと自体が自由の重要性なんだから。
もっと少なく読む
Hayek on Hayek: An Autobiographical Dialogue, Hayek, Kresge ...
www.press.uchicago.edu/ucp/books/.../bo3646351.html
The book Hayek on Hayek: An Autobiographical Dialogue, F. A. Hayek is published by University of Chicago Press.
Amazon | Hayek on Hayek: An Autobiographical Dialogue ... - アマゾン
www.amazon.co.jp/Hayek...Dialogue.../0226320626
更にAmazonならポイント還元本が多数。Friedrich A. Von Hayek, Stephen Kresge, Leif Wenar作品ほか、お急ぎ便対象商品 ...
Hayek on Hayek: An Autobiographical Dialogue (Supplement to the ...
www.amazon.com/Hayek...Dialogue.../0226320626
... (Supplement to the Collected Works of F.A. Hayek) [F. A. Hayek, Stephen Kresge, Leif Wenar] on Amazon.com.
(PDF) Hayek on Hayek: An Autobiographical Dialogue
www.researchgate.net/.../275613421_Hayek_on_Hayek...
Edited by Stephen Kresge and Leif Wenar,. Chicago: ... notes Hayek had written since 1945, and.
Hayek on Hayek: An Autobiographical Dialogue
Article (PDF Available) in Southern Economic Journal 62(1):294 · July 1995 with 190 Reads
ハイエク、ハイエクを語る
著者名等
ハイエク/〔述〕 ≪再検索≫
著者名等
スティーヴン・クレスゲ/編 ≪再検索≫
著者名等
ライフ・ウェナー/編 ≪再検索≫
著者名等
嶋津格/訳 ≪再検索≫
出版者
名古屋大学出版会
出版年
2000.01
大きさ等
20cm 270,19p
注記
Hayek on Hayek.
NDC分類
331.72
件名
ハイエク フリードリヒ・アウグスト・フォ
件名
Hayek Friedrich Augu
要旨
激動の世紀を生きるとともに、市場経済、自由主義、法の支配の意味を考え抜いた思想家の、興味尽きない回想録。ハイエク自身の声が率直かつ明快に語りかける。
目次
第1部 ウィーン‐ニューヨーク‐ウィーン;第2部 ロンドン;第3部 分かれ道;第4部 シカゴ‐フライブルク
内容
文献あり 索引あり
ISBN等
4-8158-0374-9
書誌番号
3-0200006251
Skousen,A/i(1991),Eco770mLCSO77Truzl,IlllnOIS,DowJones-Irwin(原田和明・野田麻理子訳『経済学改造講座』日本経済新聞社,1991年).Skousen,M.(1991),``TheGreatDepresslOn''lnBoeトteke,P.J.ed.,77LeEdgarCclmPn70花tOA7JSt77a71Eco7乙Om?CS,Vermont,EdwardElgar.Trautweln,H.(1994),"Hayek'sDoubleFallurelnBus1-nessCycleTheory・ANote''lnColonna,M.andHagemann,H.eds.,Morzeya77dBJl/SL′7~eSSCycle,Vermont
邦訳125頁より
オーストリア学派は不況を予想していた
ミーゼス、ハイエク、ソマリーらオーストリアの経済学者たちが、株式市場の崩壊と恐慌を完全に予
想していたという事実は、歴史的にみて面白いものの、ほとんど知られていない事実だ。彼らはこれら
事件がいつ起こるか、その日付を特定しようとしていたわけではないが、恐慌は避けられないと考え
ていた。オーストリア学派は、マネー増加によるインフレは生産と消費のバランスを崩すものであり、
こうした事態を正せるのは恐慌しかない、と教えていた。ミーゼスらは、消費者物価が安定していよう
がいまいが、景気の収縮は起こるとしてフィッシャーの物価安定を重視する考え方を退けた。オースト
リア学派は、マネタリストたちのように二〇年代後半の物価安定にだまされることはなかったのであ
る。
ミーゼスはすでに二四年の段階で、オーストリアの銀行、クレディット·アンシュタルトは倒産する
だろう、と予見していた。実際、クレディット·アンシュタルトは三一年に倒産し、欧州を大規模な不
況に追いやった。ミーゼスの生徒であるハイエクのタイミングはもっと正確だった。オーストリア景
気研究所の所長であったハイエクは二九年初めに、研究所の月報に発表したいくつかの論文の中で、連 不
邦準備理事会がインフレを助長するような政策をやめることを決めたので、米国の景気は数カ月以内に
崩壊しようと述べた。また、オーストリア学派は各国が金本位制を採用すれば、インフレが長期間続く
ような事態を避けられると主張した。
ハイエクはこう記している。「金本位制の下では、連邦準備理事会は、あえてマネーサプライを増
加させ続けようとはしないし、実際、できもしない。なぜなら金本位制の下ではマネー·サプライを増
加できる範囲が自動的に制限されるからだ。したがって、金本位制の下では、インフレを伴なった好景
気はあまり長くは続かない」。(注6)
(6)フリードリッヒ·A· ハイエクとのインタビューGold & Silver Neusletter. June 1975 (Newport Beach, Calif.: Monex
International),ライオネル·ロビンズがハイエクのPrices and Production. Ist ed. (London: George Routledge & Sons,
1931)の前書きで、ハイエクが米国の恐慌を予見していたことに触れている。
『経済学改造講座 -正統派への「有罪」宣告』 Economics on Trial
translator:原田和明(Harada Kazuaki)/野田麻里子(Noda Mariko) Publisher:日本経済新聞社(Nihon Keizai ShimbunSha)
1991/11
ISBN4-532-14070-6
ケインズ―歴史的時間から複雑系へ 単行本 – 1997/9/1
吉田 雅明 (著)
カスタマーレビューを書きませんか?
その他()の形式およびエディションを表示する
ハイエクによるケインズ図デジタル版?
ハイエクが世界恐慌を予見したという説は、ハイエクに詳しい人ほど触れないのが興味深い
確かなソースがないのだ
自分はある程度予見しただろうがソースとしてはお茶を濁した証言しかないので
当時のハイエク自身は確信を持てず、さらにその危惧は自分自身を裏切るものだったと思う
恐慌を避けるには政府の補助を必要とするというわけだからその理論は自身の理念とズレ、
その理論をその後発展させられなかった
それに対してキーンやハドソンのリーマンショックの 予見は
民間負債の重視というミンスキー譲りの理論が確定しているから意味がある
ハイエクの場合は彼が今生きていても次の金融危機を予見できない
コメントを投稿
<< Home