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1877-1941
ドイツの政治家・経済学者。社会民主党の理論的指導にあたった。
1910年に刊行された『金融資本論』は、かれの主著であるとともに、マルクス主義理論家としてのかれの名を一躍高めたものだが ―それは「資本主義の最近の発展に関する一研究」という副題をもつことからもわかるように、当時の修正主義論争に際して、帝国主義段階の経済的諸現象の理論的解明を企てたものであった。
序言で、ヒルファディングは述べている。
「本書では、最近の資本主義的発展の経済的諸貌象を科学的に把握するという試みがなされる。すなわち、この諸現象を、W.ペティに始まりマルクスにおいてその最高の表現を見出す古典的国民経済学の理論体系に、組入れるという試みである」
その際かれが注目したのは、近代資本主義の特徴をなす資本の集中過程であり、その最も高度な現象形態をなす「金融資本」という資本形態であった。
マルクスは『資本論』において、基底範疇である商品から出発して、一つの「巨大な商品集成」として資本制社会を描きだしたが ― マルクスの死後、エンゲルスの編集によって刊行された『資本論』の第三部第五篇「利子生み資本」第27章「資本主義的生産における信用の役割」に登場する株式会社は、かれの理論的上向(じょうこう)の最終範疇であった。
そこでかれは、株式会社を次のように規定した。
「それ自体として社会的生産様式の上に立っていて生産手段や労働力の社会的集積を前提している資本が、ここでは直接に、個人資本に対立する社会資本(直接に結合した諸個人の資本)の形態をとっており、このような資本の企業は個人企業に対立する社会企業として現われる。それは、資本主義的生産様式そのものの限界のなかでの、私的所有としての資本の廃止である」
『金融資本論』でヒルファディングは、マルクス『資本論』の理論的方法、すなわち冒頭の商品範疇から論理的に上向をとげていく資本一般の規定にしたがって ― 第一篇「貨幣と信用」、第二篇「資本の動員。擬制資本」、第三篇「金融資本と自由競争の制限」といった範疇転化を通じて、金融資本を定義した。
第三篇第14章「資本主義的独占と銀行。資本の金融資本への転化」で、彼は言う…
「現実には産業資本に転化されている銀行資本、したがって貨幣形態における資本を、私は金融資本と名づける。それは、所有者にたいしては常に貨幣形態を保持し、彼らによって貨幣資本、利子付資本の形態で投下されており、かつ彼らによって常に貨幣形態で回収されうる」
さらに
「金融資本は、株式会社の発展とともに発展し、産業の独占化をもってその頂点に達する」
帝国主義の経済学的説明には、ローザ・ルクセンブルクの『資本蓄積論』のように、マルクスの権威に逆らうものもないではなかったが - ヒルファディングの著書についていえばそれは、第4篇「金融資本と恐慌」、第5篇「金融資本の経済政策」と書き進められるなかで、次のような帝国主義の理解に到達した。
「その完成における金融資本は、資本寡頭制の手中における経済的および政治的絶対権力の最高段階を意味する。それは、資本貴族の独裁を完成する」
ホブソンの 『帝国主義論』が、イギリスをモデルに帝国主義の寄生性を強調したのに対して、ヒルファディングの 『金融資本論』は、イギリスよりも後進的、後発的な帝国主義国であるドイツをモデルにしたために、その特性として資本寡頭制にまで高まっていく資本の集中と集積を強調することになったとみられる。
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