月曜日, 11月 28, 2016

陽明学:メモ

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NAMs出版プロジェクト: 陽明学

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守屋訳伝習録より

陽明先生の本領先生は 、 『大学 』に記されている 「格物 」の解釈にあたって 、すべて旧本にもとづくのが正しいとされた 。これは 、先輩(の朱子など)が誤りだと主張したものである 。だから 、初めてそれを聞いたとき 、わたくしは大いに驚き 、そして疑問を禁じえなかった 。だがその後 、熟慮をかさね 、あれこれ検討を加え 、そのうえで先生に疑問をただした結果 、先生の説こそは 、水が冷たく 、火が熱いのと同じように 、永久に変わることのない絶対の真理であることが理解できた 。

先生、大学ノ格物ノ諸説ニ於イテ、悉ク旧本ヲ以ッテ正シトナス。蓋シ先儒ノ所謂誤本ナル者ナリ。愛始メテ聞イテ駭キ、スデニシテ疑イ、スデニシテ精ヲ殫シ思イヲ竭シ、参互錯綜シ、以ッテ先生ニ質ス。然ル後ニ先生ノ説ハ、水ノ寒キガ若ク、火ノ熱キガ若ク、断断乎トシテ百世以ッテ聖人ヲ俟チテ惑ワザル者ナルヲ知ル。


先生於大学格物諸説、悉以旧本為正。蓋先儒所謂本者也。愛始聞而駭、既而疑、已而殫精竭思、参互錯綜、以質於先生。然後知先生之説、若水之寒、若火之熱、断断乎百世以俟聖人而不惑者也。



■朱子学の拠って立つ原理は「性即理」であるが、この説によれば、「理」は個人の内なる理であると同時に、外なる事々物々の理でもある。したがって、「格物」によって知を完成する(致知)ためには、単に内なる理だけではなく、外なる理をも究めなければならない、というのが朱子学の主張であった。これに対し、王陽明は「心即理」を主張する。ここでもかれは、「心ハ即チ理ナリ。天下マタ心外ノ事、心外ノ理アランヤ」と言いきっている。人間世界のすべてのことが心の問題に帰着し、心を外にして世界は存在しないというのだ。つまり、人間の心こそ万物の主宰者であることを高らかに宣言し、心の主体性を強く前面に押し出してきたところに、陽明学の大きな特徴があった。


なぜ 「知行合一 」なのか 「知行合一 」についてたずねたところ 、先生はこう答えた 。 
「なぜわたしがそれを主張するようになったのか 、根本の意図を理解してほしい 。今 、
人々は学問するにあたって 、知と行を別々のものとみなしている 。それゆえ 、ある思念
が生じて 、それが不善だと承知していても 、まだ行なっていないからというわけで 、
それを禁じようとしない 。わたしがこのような知行合一を説くのは 、ほかでもない 、
少しでも思念が生じれば 、それがすなわち行ないであるということ 、さらに 、そこに
不善があれば 、すぐさま徹底的にそれを克服し 、いささかの不善といえども胸中に潜伏
させないようにすべきことを知ってほしいからだ 。これがわたしの主張の意図するところ
にほかならない 」

知行合一ヲ問ウ 。先生曰ク 、 「コレスベカラク我ガ立言ノ宗旨ヲ識ルベシ 。今人ノ学問ハ 、
タダ知行ヲ分カチテ両件ト作スニ因ッテノ故ニ 、一念発動シテ 、コレ不善ナリト雖モ 、
然レドモ却ッテイマダ曾テ行ナワザレバ 、便チ去キテ禁止セザルコトアリ 。我今箇ノ知行
合一ヲ説クハ 、正ニ人ニ一念ノ発動スル処ハ 、便チ即チコレ行ナエルコトナルヲ暁リ得 、
発動スル処ニ不善アレバ 、就チ這ノ不善ノ念ヲ克倒スルヲ要メ 、須要ズ徹根徹底シ 、那
ノ一念ノ不善ヲシテ潜伏シテ胸中ニ在ラシメズ 。コレハコレ我ガ立言ノ宗旨ナリ 」 。

問知行合一 。先生曰 、此須識我立言宗旨 。今人学問 、只因知行分作両件故 、有一念発動 、
雖是不善 、然却未曾行 、便不去禁止 。我今説箇知行合一 、正要人暁得一念発動処 、
便即是行了 、発動処有不善 、就将這不善的念克倒了 、須要徹根徹底 、不使那一念不善
潜伏在胸中 。此是我立言宗旨 。

____

…つぎの四カ条は 、 「四句教 」とも 「四字教 」とも呼ばれ 、陽明学の核心だとされている 。

一 、善なく悪なきは 、これ心の体
一 、善あり悪あるは 、これ意の動
一 、善を知り悪を知るは 、これ良知
一 、善をなし悪を去るは 、これ格物

汝中はまず先生のことばをあげた。「善もなく悪もないのが心の本体、善もあり悪もあるのが意の動、善を知り悪を知るのが良知、善をなし悪を去るのが格物、こう先生は言われた」


汝中、先生ノ教言ヲ挙ゲテ曰ク、「善ナク悪ナキハコレ心ノ体、善アリ悪アルハコレ意ノ動、善ヲ知リ悪ヲ知ルハコレ良知、善ヲナシ悪ヲ去ルハコレ格物」。


汝中挙先生教言曰、無善無悪是心之体、有善有悪是意之動、知善知悪是良知、為善去悪是格物。


心の本体には 、もともと善も悪もない 。だが 、ひとたび心が動くと 、さまざまな
感情欲望が起こって 、善と悪が生じる 。そこで 、良知によってそれを判別し 、
格物によって善をなし悪を去るのだという 。


四言教論 - 高瀬武次郎 - Google ブックス
http://books.google.co.jp/books?id=ZwQ5I_02MHUC&dq=%E5%



      知
 ___________
|  良知③|     |
|     |     |
|  +  |  +  |
|     |  格物④|
|_____|_____|行
| 意の動②|     | 
|     |  悪  |
|  +  |  +善 |
|①心の体 |     |
|_____|_____|


朱子学なら以下のようになるだろう。


      悪
 ___________
|     |良知  /|
|     |   / |
|     |  /  |
|     | /意の動|
|_____|/____|善
|心の体  |     | 
|     |     |
|     |     |
|     |   格物|
|_____|_____|


   _格物_

  __良知__

 ___意の動__

____心の体___


____

【中国】日本人が最も崇拝してきた古代中国の偉人、多くの中国人が聞いたことのない人物だった=中国メディア[11/29] [無断転載禁止]©2ch.net

1 : たんぽぽ ★@無断転載は禁止2016/11/29(火) 10:56:47.07 ID:CAP_USER
http://news.searchina.net/id/1623993?page=1

 日本には、中国の古代史や歴史上の人物に興味を抱き、研究する人が多い。中でもやはり一番人気が高いのは魏・呉・蜀による三国鼎立の時代だろうか。中国メディア・今日頭条は25日、「日本人が最も崇拝する中国人は曹操ではなく、多くの中国人が聞いたことのない人物だった」とする記事を掲載した。 

 記事は、「日本のネット上で行われた調査で、日本人が最も崇拝する中国人は曹操であるとの結果が出た、と言う人がいるが、これは間違いである」と説明。「本当に日本人が心から崇拝したのは、明代の聖人・王陽明だったのだ」と伝えた。 

 そして、王陽明が唱えた心学は明代に最も大きな影響力を持った哲学思想であり、「知行合一」(知識と行動は不可分のもの)という思想によって、孔子、孟子、朱熹と並び称される程の地位を確立したと説明。一方で、「歴史を知らない中国人でこの人物を知っている人は少ないだろう」としている。 

 記事は、王陽明の思想に心酔し崇拝した日本の人物について紹介。ロシアのバルチック艦隊を破った東郷平八郎のほか、倒幕のリーダーだった西郷隆盛、明治の元勲・伊藤博文、日露戦争の総指揮にあたった山縣有朋などの政治家、軍人を挙げた。また、三菱財閥の創始者・岩崎弥太郎、国立銀行の創始者・渋沢栄一、早稲田大学を創設した大隈重信、日本の経営界のカリスマ・稲森和夫氏も「王陽明の追随者である」と紹介した。 

 さらに、蒋介石がかつて「日本留学中、列車でも船でも多くの日本人が王陽明の『伝習録』を読み、精神を集中させて思索に耽っていた」とし、本人も書店に駆け込んで王陽明の著作を買いこみ研究するようになったと語ったというエピソードも併せて伝えた。 

 日本人の思想に影響を与えてきた中国の歴史上の人物は、枚挙に暇がない。大陸から伝わって来る様々な人物のエピソードや思想、講話を吸収し、現地の社会に合わせて消化する過程を繰り返してきたことで、日本人の思想は形作られてきたのだ。記事のように王陽明だけを「最も崇拝する人物」とするのは憚られるが、彼が日本人、そして日本の運命に多大な影響を与えた人物の1人であることは間違いないのである。

3 Comments:

Blogger yoji said...

守屋訳伝習録より

なぜ 「知行合一 」なのか 「知行合一 」についてたずねたところ 、先生はこう答えた 。
「なぜわたしがそれを主張するようになったのか 、根本の意図を理解してほしい 。今 、
人々は学問するにあたって 、知と行を別々のものとみなしている 。それゆえ 、ある思念
が生じて 、それが不善だと承知していても 、まだ行なっていないからというわけで 、
それを禁じようとしない 。わたしがこのような知行合一を説くのは 、ほかでもない 、
少しでも思念が生じれば 、それがすなわち行ないであるということ 、さらに 、そこに
不善があれば 、すぐさま徹底的にそれを克服し 、いささかの不善といえども胸中に潜伏
させないようにすべきことを知ってほしいからだ 。これがわたしの主張の意図するところ
にほかならない 」

知行合一ヲ問ウ 。先生曰ク 、 「コレスベカラク我ガ立言ノ宗旨ヲ識ルベシ 。今人ノ学問ハ 、
タダ知行ヲ分カチテ両件ト作スニ因ッテノ故ニ 、一念発動シテ 、コレ不善ナリト雖モ 、
然レドモ却ッテイマダ曾テ行ナワザレバ 、便チ去キテ禁止セザルコトアリ 。我今箇ノ知行
合一ヲ説クハ 、正ニ人ニ一念ノ発動スル処ハ 、便チ即チコレ行ナエルコトナルヲ暁リ得 、
発動スル処ニ不善アレバ 、就チ這ノ不善ノ念ヲ克倒スルヲ要メ 、須要ズ徹根徹底シ 、那
ノ一念ノ不善ヲシテ潜伏シテ胸中ニ在ラシメズ 。コレハコレ我ガ立言ノ宗旨ナリ 」 。

問知行合一 。先生曰 、此須識我立言宗旨 。今人学問 、只因知行分作両件故 、有一念発動 、
雖是不善 、然却未曾行 、便不去禁止 。我今説箇知行合一 、正要人暁得一念発動処 、
便即是行了 、発動処有不善 、就将這不善的念克倒了 、須要徹根徹底 、不使那一念不善
潜伏在胸中 。此是我立言宗旨 。

____

ここであげられているつぎの四カ条は 、 「四句教 」とも 「四字教 」とも呼ばれ 、
陽明学の核心だとされている 。

一 、善なく悪なきは 、これ心の体
一 、善あり悪あるは 、これ意の動
一 、善を知り悪を知るは 、これ良知
一 、善をなし悪を去るは 、これ格物

心の本体には 、もともと善も悪もない 。だが 、ひとたび心が動くと 、さまざまな
感情欲望が起こって 、善と悪が生じる 。そこで 、良知によってそれを判別し 、
格物によって善をなし悪を去るのだという 。

7:42 午後  
Blogger yoji said...


      知
 ___________
|  良知③|     |
|     |     |
|  +  |  +  |
|     |  格物④|
|_____|_____|行
| 意の動②|     | 
|     |  悪  |
|  +  |  +善 |
|①心の体 |     |
|_____|_____|


      悪
 ___________
|     |良知  /|
|     |   / |
|     |  /  |
|     | /意の動|
|_____|/____|善
|心の体  |     | 
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|     |   格物|
|_____|_____|



      悪
 ___________
|     |\ 良知 |
|     | \   |
|     |  \  |
|     |意の動\ |
|_____|____\|善
|     |     | 
|     |     |
| 心の体 | 格物  |
|     |     |
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      知
 ___________
|     |良知  /|
|     |   / |
| 意の動 |  /  |
|     | / 格物|
|_____|/____|行
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| 心の体 |     |
|     |     |
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      悪
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|     |良知  /|
|     |   / |
| 意の動 |  /  |
|     | / 格物|
|_____|/____|善
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| 心の体 |     |
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8:09 午後  
Blogger yoji said...

あの大西郷が傾倒した人物――春日潜庵 - 竹下和男のexamonics
http://blog.goo.ne.jp/takeshita-kazuo20/e/158a6ecaedb1b3f2e15b1429eddf952e
あの大西郷が傾倒した人物――春日潜庵

幕末における陽明学の泰斗といわれた人で春日潜庵(かすがせんあん、1811年~1878年)がい

る。


この人は京都久我家の諸大夫で、人物、学識、風貌ともに堂々として、真個豪傑の士といわれ、維新の

際に隠然たる重きをなした、西郷南洲さえも傾倒した人物である。
 
明治11年に67歳で他界したが、『潜庵遺稿』3巻がある。

安政の大獄では不思議にも逮捕を免かれたが、この人を救ったのが備中高梁(たかはし)の山田方谷

(ほうこく)という同じ陽明学派の学者である。山田方谷は幕府の老中であった板倉勝静の家老で、そ

うした方面からひそかに庇護(ひご)したようであるが、そのことを一言も潜庵にいわなかった。後に

なって人からその経緯を聞いた潜庵は、

「友となって恩を売らざること、かくのごとき人であるか」

といって非常に感激している。
 
西郷は自分だけが潜庵に傾倒するだけでなく、弟の小兵衛や村田新八らをも潜庵の門に入れて学ばせて

いる。

また、東の佐久間象山も、西の横井小楠も潜庵先生にだけは頭が上がらなかったといわれる。特に、横

井小楠は一目も二目も置いたらしい、尻尾を巻いて逃げたなんていう記録もある。ともかく、春日潜庵

というのは大変な人物であった。

                 
                 

◆ 春日潜庵の名言


●「人生劈頭(へきとう)一個の事あり、立志是れなり。」

 (人生のスタート時には大切な一事がある。それは志を立てるということだ。)


●「如何に弱き人といえども、その全力を単一の目的に集中すれば必ずその事を成し得べ

し。これに反していかに強き人といえども、多くの目的にその力を分散すれば一事だも成

しあたわず。」 
      
   (どんなに力の弱い人でもこれと決めて一心不乱に集中すれば大概のことはものになる)
   
●「自ら責むること厚ければ、何ぞ人を責むる暇あらんや。」

(自分のしたことについていつも反省を行い欠点を正すことに熱心な人は、他人の欠点をあげつらう余裕

はないはずだ)

参考文献

1. 太田虹村『春日潜庵伝』
2. 野口静雄『維新の哲人春日潜庵』
 3.  安岡正篤『東洋人物学』 

4:15 午後  

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