日曜日, 2月 05, 2017

ゲーデル@横浜 1940年2月

                 (論理学数学、リンク:::::::::
ゲーデルとライプニッツ:付リンク::::
http://nam-students.blogspot.jp/2012/11/blog-post_407.html
NAMs出版プロジェクト: ゲーデル@横浜 1940年2月
http://nam-students.blogspot.jp/2017/02/19402.html


ゲーデル@横浜 1940年2月

《ゲーデルたちが横浜に到着した2月2日には既にタフト号は出帆していたため、彼らはプレジデント・クリーヴランド号が入港する20日まで横浜に留まらぎるをえなかった。計画が変更になって彼らはますます不安になったが、予定が遅れて休養のとれる旅となったのはいいことだった。ゲーデルが見つけたアメリカ風のホテルでの滞在は「たいへんにすばらしいものだった」。アデーレは機会を見ては買い物をした。彼らが〔横浜を〕出発するとき、彼女は、記録されているように、「箱いっぱいの」買い物を持っていった[29](彼らのウイーンからの持参品の記録はないが、そう多くはなかったろう。大戦後、ゲーデルの兄が彼に書物や書類で詰まったトランクを送っているが、そのなかには請求書や受け取り、伝記作家以外にはほとんど価値のない覚書といったものも含まれていた)。》


[29]FC212213,1964年11月29日、12月16日。
FC:ゲーデル 母 兄の間の家族書簡。ウィーン国立図書館所蔵。

ロディカル・ディレンマ 
ゲーデルの生涯と不完全性定理
初版第1刷発行 2006年12月20日◎著者ジヨン・W.ドーソンJr

横浜ならバンドホテル以外考えられない。横浜のもう一つのニュー・パーク・ホテルは日本ホテル略史(運輸省,1946年)によれば1940年1月22日に焼失している。

バンドホテル - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/バンドホテル

1929年12月に木造2階建てのバンドホテルは創業した[1]関東大震災の被害を受けた横浜の本格的な復興が始まろうとしていた時期で、2年前にはホテルニューグランドが開業している[1]。海岸通りを意味する「バンド」の名の通り、ホテルは港の見える丘公園のふもとにあり、当時は目の前に海が広がっていた[1]。1930年には1階のホールで日本初の国際ダンス大会が開かれた[1][4]。1937年には、バンドホテルが舞台だと言われている淡谷のり子の「別れのブルース」が大ヒットした[4][5]
1940年、竹松がバンドホテルを購入する。前年にヨーロッパで第二次世界大戦が始まり戦争の影が濃くなっていた時期だが、アメリカから日本経由で欧州へ渡る外国人の旅行手続きを斡旋したり、敵国同士の外国人宿泊客を握手させるといった経営方針で、地元新聞から賞賛された。1942年半ばにかけて交換船に乗る外国人の宿泊に利用されたのち、ドイツ大使館と契約を結びドイツ軍専用のホテルとなる。コックや医者がドイツ人になり、Uボートの乗組員が宿泊した。ドイツ駐留所としての営業は、1945年5月にドイツが降伏するまで続いた[1]

  1. a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x 谷川泰司、竹之内知宣 「第一部 横浜市」『ランドマークが語る神奈川の100年』 読売新聞社横浜支局、有隣堂、2001年4月25日、44-49頁。ISBN 489660167X
戦後、一世を風靡したバンドホテル。その跡地は?[はまれぽ.com]
http://hamarepo.com/story.php?story_id=2229

日本ホテル略史
 出版者   運輸省
 出版年   1946.12序
 大きさ等  21cm 254p
 注記    元禄年間から昭和16年まで集録
 NDC分類 689.8
 件名    ホテル-歴史  
 書誌番号  3-0190369356


Logical Dilemmas

著者: J.W. Dawson, Jr.

出版元:A K Peters, Wellesley, Massachusetts

(掲載日: 2003年01月28日-02月09日の間)
とにかく、すごい本です。英語なので専門的興味のある人しか読まないかもしれませんが、今、和訳が進んでいるようですので、出たら買いましょう。内容もかなり専門的です。ただし、数学の本ではなく、あくまでゲーデルの伝記です。不完全性定理を理解するための本ではありません。歴史を理解するための本です。
内容は、ゲーデルの幼少時から、晩年までの伝記で、細かいことは、ここでは書けませんので、どういう風に素晴らしい本かということだけ書きます。
この本を読むと、日本国内でポピュラーなゲーデル本で、歴史に力を入れて書いてあるものの多くが、間違いだらけであることがわかってしまいます。私が、このWebサイトを始めた理由の一つは、あまりに国内のゲーデルについての情報が酷いからでしたが、それを知るきっかけの一つが、この本でした。私が書いた「ゲーデルの謎を解く」は、歴史を避けて書いたので、間違いが少なかったのですが、それでもタルスキとゲーデルの仕事の関係で間違いをやらかしました。これも国内の「常識」を信じてしまった失敗でしたが、その間違いに気づいたのもこの本を読んだからです。
繰り返し書きます。国内のゲーデル本で、歴史的経緯やエピソードが沢山書いてある本で、Dawson のこの本(1997年刊)以前の出版のものは、すべて間違いが相当あると思った方が無難です。そういう本を読んでゲーデルの個人史や数学基礎論の歴史を理解したと思っている方たちは、この本を読んで、まちがった知識を修正しましょう。早く和訳がでて、間違いを一掃してくれることを心待ちにしています。ただ、私の知人も多い、ゲーデル本の著者たちには、お気の毒ですが… 資料で裏をとらないで歴史を書くのは本当に怖いことです。
おそらく、ゲーデルの個人史についての専門書としては、これ以上の本は、今後、書けないでしょう。もし、ゲーデルがどこかに、秘密の日記を隠していたのが見つかったとか、そういうありえないことでもおきない限り、もう、ゲーデルについて何か新しいことを書くのは至難の業です。それくらい徹底して、資料と史実に基づいて書いてあります。何かの事件がありますと、ほぼ、100%、それの裏づけとなる資料・文献が引用してあります。この徹底ぶりが、とにかくすごい!これは、ものすごく手間のかかることですが、必ずやるべきことです。そうしませんと、歴史が無責任な世間話になってしまいます。そうなってしまったのが、国内のゲーデルについての解説や議論なのです。この本を読まないで、ゲーデルについてもっともらしいことをいますと、後で恥をかく可能性が非常に高いと思った方がよいでしょう。



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