水曜日, 3月 01, 2017

平和の経済的帰結 The Economic Consequences of the Peace (1920)

                  ( 経済学マルクスリンク::::::::::
NAMs出版プロジェクト: ケインジアンの交差図 1936
http://nam-students.blogspot.jp/2015/03/blog-post_12.html
ケインズ『貨幣論』1929(1930)『貨幣改革論』1923:メモ
http://nam-students.blogspot.jp/2015/10/1979-john-maynard-keynes-treatise-money.html 
NAMs出版プロジェクト: バンコール(経済学)1940~2
http://nam-students.blogspot.jp/2016/08/blog-post_11.html

平和の経済的帰結 The Economic Consequences of the Peace (1920)

http://nam-students.blogspot.jp/2017/03/economic-consequences-of-peace-1920.html@

注解:浅田彰インタビュー2016 ゲンロン4 現代日本の批評Ⅲ 上 より[原文未使用改訂版]

http://nam-students.blogspot.jp/2017/03/blog-post_17.html


《ケインズの1919年の計画が実行されていれば、ヒトラーがドイツの首相になることはありえなかった。彼の助言が実行されなかったために生じた事態に関して、ケインズを責めることは、馬鹿げている。》
スキデルスキー『ケインズ2』邦訳650~1頁

ケインズ
平和の経済的帰結

The Economic Consequences of the Peace (1920) 


 本書執筆時点の1919年秋、私たちは幸運の死に絶えた季節にいる。過去五年の苦闘、恐怖、苦しみの反動がいま絶頂に達している。自分自身の物質的な福祉に関する目先の問題以上のものを感じたり気に掛けたりする力は、一時的に消えている。自分自身の直接体験や最悪の予測以外のことは、どんな大事件だろうと人々を動かせない。

各人の心には恐怖が生きる
それは荒廃を貪る極度の恐れ
それが真実と思うだけで軽蔑するものすべて
偽善と習慣がその心を作り
多くが信仰した神殿もいまやすり切れた。
人の資産にとって善をもたらすことは決してなく
しかももたらさないということを知らずにいる。
善は力を求めるが無為の涙を流すのみ。
強き者は善良さを求め、それよりひどいところは善良性が必須。
賢者は愛を求め、愛する者は知恵を求める。
こうして最高のものはすべて混乱し悪化している。
多くの者は強く豊かで公正となるはずが
苦しむ仲間たちに交じって暮らすと
だれも何も感じないかのようだ。自分が何をしているかさえわからない。*

 私たちはもはや忍耐の限界を超えて動かされ、休息が必要だ。現存する人類の生涯の中で、いまほど魂の普遍的な要素が輝きを失った時期はない。
 こうした理由から新世代の真の声はまだ口を開いて織らず、沈黙の反対もまだ形成されていない。未来の総意の形成に、私は本書を捧げる。 

おしまい


ケインズ「平和条約の経済的帰結」:「経済のトリセツ」

http://cruel.hatenablog.com/entry/20150726/1437917592

The Economic Consequences of the Peace - Online Library of Liberty

http://oll.libertyfund.org/titles/keynes-the-economic-consequences-of-the-peace


In this autumn of 1919, in which I write, we are at the dead season of our fortunes. The reaction from the exertions, the fears, and the sufferings of the past five years is at its height. Our power of feeling or caring beyond the immediate questions of our own material well-being is temporarily eclipsed. The greatest events outside our own direct experience and the most dreadful anticipations cannot move us.


                  In each human heart terror survives

The ruin it has gorged: the loftiest fear

All that they would disdain to think were true:

Hypocrisy and custom make their minds

The fanes of many a worship, now outworn.

They dare not devise good for man's estate,

And yet they know not that they do not dare.

The good want power but to weep barren tears.

The powerful goodness want: worse need for them.

The wise want love; and those who love want wisdom;

And all best things are thus confused to ill.

Many are strong and rich, and would be just,

But live among their suffering fellow-men

As if none felt: they know not what they do.


We have been moved already beyond endurance, and need rest. Never in the lifetime of men now living has the universal element in the soul of man burnt so dimly. 

For these reasons the true voice of the new generation has not yet spoken, and silent opinion is not yet formed. To the formation of the general opinion of the future I dedicate this book. 

THE END



Fury.
        In each human heart terror survives
The ravin it has gorged: the loftiest fear
All that they would disdain to think were true: [1.620]
Hypocrisy and custom make their minds
The fanes of many a worship, now outworn.
They dare not devise good for man's estate,
And yet they know not that they do not dare.
The good want power, but to weep barren tears. [1.625]
The powerful goodness want: worse need for them.
The wise want love; and those who love want wisdom;
And all best things are thus confused to ill.
Many are strong and rich, and would be just,
But live among their suffering fellow-men [1.630]
As if none felt: they know not what they do.

シェリー『鎖を解かれたプロメテウス』より

鎖を解かれたプロメテウス - Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/鎖を解かれたプロメテウス

『鎖を解かれたプロメテウス』(Prometheus Unbound )は、パーシー・シェリーの劇詩、クローゼット・ドラマ。『縛を解かれたプロミーシュース』という訳もあった。1820年ごろの作品。4幕物。ギリシャ神話に着想を得ている。


7章のまとめ:


1. 条約の改訂

2. 連合国側の負債整理

3. 国際融資と通貨改革

4. 中欧の対ロシア関係


byケインズ


(i) 石炭共同体を再編して全ヨーロッパに石炭を供給・配分するー種の共同システムを構築する。

(ii)(イギリスを含む)「自由貿易同盟」を立ち上げる。

(iii)ヨーロッパ再生のため「国際貸付」--食料原材料をアメリカから得るための借款と「保証基金」

からなる--を実施する。後者は、国際連盟加盟国からの拠出で設立されるベきである。それはー

種の国際救済機関であり、貨幣の全般的編の基盤とみなされる。


『危機の中のケインズ』平井俊顕223頁



スピノザ=無神論者だというレッテルが蔓延し、キリスト教の力が絶大だった1785年、『賢者ナータン』で知られる故レッシングが実はスピノザ主義者であったというヤーコビの証言が発表当時スキャンダルになった。これは、歴史的に言えばゲーテやカントなども巻き込み、汎神論論争というスピノザ評価のきっかけとなった事件である。

肝心のテクストは邦訳が入手困難だが、現在、日本のゲーテ研究者による年会誌『モルフォロギア』にヤコービによるメンデルスゾーン宛の手紙が連載されておりその一部を読むことができる。

なかでもヤコービとレッシングとの会話(1780年7月6日)が再現されている24号(2002年)所収のそれがハイライトだ。

この両者の会話はゲーテの「プロメテウス」という詩*をヤコービが見せるところから始まる。
「死んだ犬」「スピノザ以外の哲学はない」など、有名なフレーズが目をひくが、レッシングが自らをルター派の決定論者として規定している点が見のがせない。
そもそも当たり前のことだが、ヤーコビとスピノザ理解でズレがあるのだ。保守的なメンデルスゾーンとの間での齟齬はなおさらとも言えよう。

メンデルスゾーンによる反論を含め、多くの疑問はあるが、この会話をヤコービによる完全な作り話とは考えにくいし、作り話たとすればそれはそれで逆にヤーコビは凄い才能の持ち主だということになる(A・タルコフスキーがカスタネダのドンファンシリーズに関して、ペヨトル工房が出した本のなかで同じことを言っていた)。

ゲーテは『詩と真実』(第三部-第四部、章で言えば14-15章)でスピノザを称揚しているが、政治的に宗教上の隠れ蓑として利用しているような気もする。反キリスト教的な側面をスピノザのせいにしてゲーテ自身の責任にはならないようにして予防線を張っている節があるのだ。ドゥルーズはゲーテを批判しクライストを称揚したが、連結するテクスト(批判哲学的、ここでは表象論的な予防線を破壊するテクスト?)を称揚した彼らしい態度であり、一理あると思う。

さて、ゲーテを震撼させた「神を愛するものは神から愛されることを期待してはならない」(エチカ5:19より)というスピノザの言葉などは、自己と他者とが非対称的に存在する批判哲学を想起させて興味深い。他者の幸福と自己の完全性とが絶対の義務となるべきでありその逆はないとカントが『人倫の形而上学』で述べるとき、それはスピノザを別の形、別の側から補強していると考えれ得るのだ。

一般に感情的だと看做されがちなヤーコビは、メンデルスゾーンとの論争の後に出したヒューム論(1787)の中で、「物自体を仮定しなければカントの体系の中に入ることはできないし、しかも物自体によればカントの体系の中に留まれない」という有名な言葉を述べ、スピノザの側からカントの弱点を的確に指摘した。これなどは実はカント哲学にスピノザが含まれるというよりスピノザ哲学にカントが含まれることの証明でもあると思う。

というのはヤコービは自らアンチノミーとなることによってカントにとっての他者となりえたと言えなくもないからだ。ヤコービ本人、というよりもスピノザの哲学は批判哲学にとって物自体なのだ。そして、カント側から言えば、ヤコービの言葉通りカントは自らの哲学体系を三批判書はもとより遺稿に至るまで更新し続けたのだから、カントはヤコービの言葉通り(スピノザのエチカの通り?)にアンチノミーを体現し、そのアンチノミーを生きたとも言えるのではないか?

ともかく、カント(思考の方向を定める問題で言及)、ヘーゲル(小論理学で言及)を巻き込んだスピノザ問題は、今日的な課題を含んでいるように思える。

追記:
汎神論論争に関しては理想社版カント全集第12巻所収の「思考の方向を定める問題」とその解説が日本語文献のなかでは一番詳しいだろう。
関連文献は英訳されているので、岩波文庫で復刊された『賢者ナータン』とともに重要だ。
スピノザと批判哲学の相性は悪く、カントにとってスピノザは常に仮想敵だが、『オプス・ポストゥムム』ではスピノザへの接近が見られる(福谷茂の論考以外にこの遺稿の重要性を理解できている論文は見当たらない)。
岩波版新全集に所収されなかったのは本当に残念だ(監修の坂部恵氏の方針なのか?、経済的な問題なのか?)。
スピノザへの言及が多く含まれるカントの『オプス・ポストゥムム(遺稿集)』が邦訳されていない現在の日本はまだカントの批判哲学の文脈が支配的だが、これは哲学の実生活への影響力のなさを同時に意味する。日本ではカント研究が盛んで世界レベルにあると言う人もいるがこの現状を見る限りそうは言えないと思う。
物自体と超越論的仮象との混同を避けるためにも精査するべき遺稿なのだが、、、
さらにヤコービ及び汎神論論争に関してはヘーゲルが『ヘーゲル哲学史講義』(河出書房新社版だと下巻)でも少し触れている。


「プロメテウス」の詩の邦訳は以下で読める。
http://masatobariton.blog85.fc2.com/blog-entry-119.html
原詩↓
http://www.freeinquiry.com/prometheus.html


音声↓は、ヴォルフ作曲、ハンス・ホッター歌唱の「プロメテウス」。
13 Prometheus.mp3


Prometheus プロメテウス   詩:ゲーテ  日本語訳:井上雅人

Bedecke deinen Himmel, Zeus,
Mit Wolkendunst
Und übe, dem Knaben gleich,
Der Disteln köpft,
An Eichen dich und Bergeshöhn;
Mußt mir meine Erde
Doch lassen stehn
Und meine Hütte, die du nicht gebaut,
Und meinen Herd,
Um dessen Glut
Du mich beneidest.

おまえの空を覆うがいい、ゼウスよ 
そしておまえの力を試してみろ
薊の花の首をちぎる子供のように 
おまえの樫の木のそばで、山の頂で!
だが おれの大地はそのままにしておくのだ
おまえが建てたのではない 俺の小屋も
そして その炎のためにおまえが妬んでいる このおれの竃も

Ich kenne nichts Ärmeres
Unter der Sonn als euch, Götter!
Ihr nähret kümmerlich
Von Opfersteuern
Und Gebetshauch
Eure Majestät
Und darbtet, wären
Nicht Kinder und Bettler
Hoffnungsvolle Toren.

おれは 太陽の下で おまえたち神々ほど哀れなものたちを 他に知らぬ!
おまえたちは かろうじて 生贄の貢ぎ物と祈りの吐息とによって
おまえたちの尊厳を養い
もし 子供らや乞食らのような希望に溢れた愚かな者たちがいなければ
惨めなくらしを送ることになるのだ

Da ich ein Kind war,
Nicht wußte, wo aus noch ein,
Kehrt ich mein verirrtes Auge
Zur Sonne, als wenn drüber wär
Ein Ohr, zu hören meine Klage,
Ein Herz wie meins,
Sich des Bedrängten zu erbarmen.

おれが幼かった頃は
何もわからず おれは困惑した目を太陽に向けた
まるで その上に 俺の嘆きを聞き入れてくれる耳と
おれと同じ 苦しむ者を憐れむ心があるかのように ー

Wer half mir
Wider der Titanen Übermut?
Wer rettete vom Tode mich,
Von Sklaverei?
Hast du nicht alles selbst vollendet,
Heilig glühend Herz?
Und glühtest jung und gut,
Betrogen, Rettungsdank
Dem Schlafenden da droben?

だれが おれを高慢なティタンたちとの戦いから 助け出したのか?
だれが おれを奴隷のような暮らしから 死から救い出したのか?
お前自身が全て為し遂げたのではなかったか
神聖に燃えるおれの心よ
そして若々しく 善良に燃えたな?
天上で居眠りをしている者に騙され 救いの感謝を捧げて ー

Ich dich ehren? Wofür?
Hast du die Schmerzen gelindert
Je des Beladenen?
Hast du die Tränen gestillet
Je des Geängsteten?
Hat nicht mich zum Manne geschmiedet
Die allmächtige Zeit
Und das ewige Schicksal,
Meine Herrn und deine?

おれが おまえを敬う? 何のためにだ?
おまえは かつて 苦しむ者の苦痛を和らげたことはあったか?
おまえは かつて 不安におののく者の涙を鎮めた事はあったか?
おれを鍛え上げたのは 全能の時と永遠の運命ではなかったか?
俺の主人であり おまえの主人でもある ー

Wähntest du etwa,
Ich sollte das Leben hassen,
In Wüsten fliehen,
Weil nicht alle
Blütenträume reiften?

おまえは勘違いしているのではないか
おれが人生に嫌気をさして 砂漠にでも逃げ出すだろうなどと
花のような夢が全て実るわけではないからと ー

Hier sitz ich, forme Menschen
Nach meinem Bilde,
Ein Geschlecht, das mir gleich sei,
Zu leiden, zu weinen,
Zu genießen und zu freuen sich,
Und dein nich zu achten,
Wie ich!

おれはここに座り おれの姿をかたどり 人間をつくる
おれと同じような種族を
悩み、泣き、楽しみ、喜び、
そして おまえを敬ったりしない者を
おれと同じように!

Johann Wolfgang von Goethe, 1773


追記:
プルードンやシェリーなどの使用例をみると、西欧ではプロメテウスは反抗のシンボルなのだろうか?それはそれでかまわないがゲーテの詩はスピノザ理解には適当でないかもしれない。 


3 Comments:

Blogger yoji said...

収録作品:世界の名著 69 ケインズ ハロッド(69)/ケインズ - 紙の本 ...
honto.jp>...>経済・ビジネス>世界の名著 69 ケインズ ハロッド
作品, 著者, ページ. 若き日の信条, ケインズ 著. 自由放任の終焉, ケインズ 著. 私は 自由党員か, ケインズ 著. 貨幣改革論, ケインズ 著. 繁栄への道, ケインズ 著. 戦費調達 論, ケインズ 著. アメリカ合衆国とケインズプラン, ケインズ 著. 景気循環論, ハロッド 著 ...

この中では「貨幣改革論」1923よりも「繁栄への道」Means to Prosperity.1933がバンコールにつながる内容だ。

《ケインズの1919年の計画が実行されていれば、ヒトラーがドイツの首相になることはありえなかった。彼の助言が実行されなかったために生じた事態に関して、ケインズを責めることは、馬鹿げている。》
スキデルスキー『ケインズ2』邦訳650~1頁

6:02 午前  
Blogger yoji said...


 こんなことを言っても詮無い床屋政談にしかならないけれど 、八九年に冷戦が終結したあと 、西側はゴルバチョフを経済面などで 、もっと支援すべきでした 。第一次世界大戦後にドイツを叩きすぎたため 、ドイツを経済破綻からナチズムという道に追い込んだことへの反省から 、第二次大戦後 、アメリカをはじめとする連合国はマーシャル・プランという大規模な贈与を行うことでヨーロッパの復興を助け 、とくに旧ファシズム陣営をうまく手なずけた 。ところが冷戦終結時にはふたたびその反省が忘れられ 、ゴルバチョフがコケてソ連が元に戻った場合 (たしかにその可能性は小さくなかった )はいつでも叩けるようにしておこうという警戒心ばかりが先行して 、経済危機にあえぐ彼を助けようとしなかった 。結果 、彼は追い詰められ 、九一年にクーデターが起こり 、それを鎮圧して新たに大統領になったエリツィンがソ連を解体し 、いまのロシアをつくるわけです 。しかし 、エリツィンが急激な自由化・民営化というショック・セラピー (ナオミ・クライン )を強行した結果 、オリガルヒと呼ばれる新興財閥に富が集中する一方で 、民衆は飢えてめちゃめちゃな混乱状態になり 、結局それを収拾して秩序を再建するストロング・マンとしてプーチンが登場するんですね 。アメリカはいまプーチンを目の敵にしているけれど 、かつて自分たちがゴルバチョフを見捨て 、エリツィンに性急な資本主義的 「改革 」を押し付けた 、その結果としてプーチンが現れたということを 、もっとよく考えるべきでしょう 。むろんプーチンは乱暴すぎると思うけれど 、ロシアから見れば 、冷戦終結後 、アメリカを中心とする N A T Oがどんどん迫ってきたわけで 、危機感をつのらせるのは当然ですよ 。

6:13 午前  
Blogger yoji said...


《こんなことを言っても詮無い床屋政談にしかならないけれど 、八九年に冷戦が終結したあと 、
西側はゴルバチョフを経済面などで 、もっと支援すべきでした 。第一次世界大戦後にドイツを
叩きすぎたため 、ドイツを経済破綻からナチズムという道に追い込んだことへの反省から 、第
二次大戦後 、アメリカをはじめとする連合国はマーシャル・プランという大規模な贈与を行う
ことでヨーロッパの復興を助け 、とくに旧ファシズム陣営をうまく手なずけた 。ところが
冷戦終結時にはふたたびその反省が忘れられ 、ゴルバチョフがコケてソ連が元に戻った場合
(たしかにその可能性は小さくなかった )はいつでも叩けるようにしておこうという警戒心
ばかりが先行して 、経済危機にあえぐ彼を助けようとしなかった 。結果 、彼は追い詰められ 、
九一年にクーデターが起こり 、それを鎮圧して新たに大統領になったエリツィンがソ連を
解体し 、いまのロシアをつくるわけです 。しかし 、エリツィンが急激な自由化・民営化と
いうショック・セラピー (ナオミ・クライン )を強行した結果 、オリガルヒと呼ばれる
新興財閥に富が集中する一方で 、民衆は飢えてめちゃめちゃな混乱状態になり 、結局それを
収拾して秩序を再建するストロング・マンとしてプーチンが登場するんですね 。アメリカは
いまプーチンを目の敵にしているけれど 、かつて自分たちがゴルバチョフを見捨て 、エリツィン
に性急な資本主義的 「改革 」を押し付けた 、その結果としてプーチンが現れたということを 、
もっとよく考えるべきでしょう 。むろんプーチンは乱暴すぎると思うけれど 、ロシアから
見れば 、冷戦終結後 、アメリカを中心とする N A T Oがどんどん迫ってきたわけで 、
危機感をつのらせるのは当然ですよ 。》

5:59 午後  

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