火曜日, 7月 18, 2017

機会費用:フリードリヒ・フォン・ヴィーザー(Friedrich von Wieser)1914

アダム・スミス Smith, Adam『国富論』1776
シーニョア 1836
クールノー『富の理論の数学的原理に関する研究』岩波文庫:目次 1838

レオン・ワルラス Leon Walras 『純粋経済学要論 』1874:メモ

エッジワース(Francis Ysidro Edgeworth)1881
NAMs出版プロジェクト: ジェボンズのパラドックス - Wikipedia 1871
NAMs出版プロジェクト: 水とダイヤモンド (メンガー1871他)

"If among a nation of hunters, for example, it usually costs twice the labour to kill a beaver which it does to kill a deer, one beaver should naturally exchange for or be worth two deer. It is natural that what is usually the produce of two days or two hours labour, should be worth double of what is usually the produce of one day's or one hour's labour." 
(A. Smith , 1776: p.65).

"The phenomena of [alternative] costs are, therefore, a new proof of how greatly the objective conditions of the existence of goods influence the value of goods. How far the value of goods, in its final form of "cost value", is from being the mirror of that subjective fact from which it is derived -- the value of wants! The circumstance that cognate products are produced by different quantities of the same productive elements, brings their subjective valuations into a ratio, the terms of which are derived entirely from the objective conditions of production; while the impulses which call for their emergence...remain subjective, and thus prove the subjectivity of the source and nature of value."
(F. von Wieser, 1889: p.185)自然価値論


機会費用(きかいひよう、opportunity cost)とは、時間の使用・消費の有益性・効率性にまつわる経済学上の概念であり、複数ある選択肢の内、同一期間中に最大利益を生む選択肢とそれ以外の選択肢との利益の差のこと。最大利益を生む選択肢以外を選択する場合、その本来あり得た利益差の分を取り損ねていることになるので、その潜在的な損失分を他の選択肢を選ぶ上での費用(cost)と表現している。
似た概念として、機会損失(opportunity loss)があるが、機会費用(opportunity cost)が「ある選択を実行する」(ことで他の選択が実行できなかった)ことで生じる・生じた架空の費用(cost)・損失(loss)を表現する積極的概念なのに対して、機会損失(opprtunity loss)は単に(ある行為を)「実行できなかった・実行し損ねた(やり損ねた)」ことで生じる・生じた架空の損失(loss)を表現する消極的概念であり、ややニュアンスが異なる。法学における類似概念として、逸失利益があるが、こちらも機会費用(opportunity cost)よりは機会損失(opprtunity loss)に近い概念である。








  1. ^ ロバート・H・フランク 『日常の疑問を経済学で考える』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2013年、113頁。
  2. ^ ロバート・H・フランク 『日常の疑問を経済学で考える』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2013年、137頁。
  3. ^ ロバート・H・フランク 『日常の疑問を経済学で考える』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2013年、318頁。
  4. ^ 日本経済新聞社編 『世界を変えた経済学の名著』 日本経済新聞社〈日経ビジネス人文庫〉、2013年、120頁。


The term was coined in 1914 by Austrian economist Friedrich von Wieser in his book Theorie der gesellschaftlichen Wirtschaft.[4] The idea had been anticipated by previous writers including Benjamin Franklin and Frédéric Bastiat. Franklin coined the phrase "Time is Money", and spelt out the associated opportunity cost reasoning in his “Advice to a Young Tradesman” (1746): “Remember that Time is Money. He that can earn Ten Shillings a Day by his Labour, and goes abroad, or sits idle one half of that Day, tho’ he spends but Sixpence during his Diversion or Idleness, ought not to reckon That the only Expence; he has really spent or rather thrown away Five Shillings besides.”
Bastiat's 1848 essay "What Is Seen and What Is Not Seen" used opportunity cost reasoning in his critique of the broken window fallacy, and of what he saw as spurious arguments for public expenditure.

フリードリヒ・フォン・ヴィーザー - Wikipedia

フリードリヒ・フォン・ヴィーザー - Wikipedia




Naturliche Werth, 1889
  • ヴィーザーの2つの主要な貢献は、生産要素の価格は生産物価格により決定される、と主張する「転嫁」の理論、および、価値理論の基礎---新古典主義理論における主観主義者の柱としての「機会費用」理論である。
  • これらの考えを発展させる中で、ヴィーザーは限界効用(彼の造語である)の原理に基づく欠乏と資源配分---固定量の資源と限りない欲求---に関する研究へと、新古典主義経済学を確固として方向付けた、との名誉を与えてよいだろう。ヴィーザーの転嫁の理論は、その単純な原理がどこへでも適用されることを可能にした。費用を生産財の先行使用に換算して分析する、というヴィーザーの代替費用(まだ機会費用としては理解されていない)の理論は、アルフレッド・マーシャルの「実質費用」との間で、間もなく矛盾を生ずることになった。 
  • ヴィーザーは、代替費用の学説と転嫁の理論を注意深く詳述した『自然価値論』"Der natürliche Wert"、1889年)と、それらを現実の世界に適用しようとする意欲的な試みである『社会経済論』"Teorie der gesellschaftlichen Wirtschaft"、1914年)との2つの主著で有名である。


  • 経済計算論争は、経済効率についての厳密な計算を最高に重要とする彼の考えから始まった。価格は、とりわけ市場条件に関する情報を表現し、それゆえいかなる種類の経済活動に対しても必要である。社会主義経済はそれゆえ、稼動する為には価格機構を必要とするであろう。


  • 彼はまた、経済変化に対する企業家の重要性を強調した。彼によれば、それは「新しい経済の岸への案内人として現れる個々の企業家の英雄的介入」としてもたらされる。この案内人の考えは、後にヨゼフ・シュンペーターによって、経済革新の取り扱いの中で取り上げられた。


  • ほとんどすべてのオーストリア学派の経済学者と異なり、彼は「自由は秩序の体系に取って代わられなければならない。」と書いて、古典的自由主義を拒絶した。

フリードリッヒ・フォン・ヴィーゼル (Friedrich von Wieser)

フリードリッヒ・フォン・ヴィーゼル (Friedrich von Wieser), 1851-1926.

WWW 検索 cruel.org 検索
Photo of F.v.Wieser
 1851年ウィーンに生まれ、当初は社会学を学んだが、カール・メンガーの初期の オーストリア学派で、主導的な役割を果たす。同じく活躍したオイゲン・フォン・ベーム=バヴェルクは、同僚で幼なじみで義兄弟だ。
 ヴィーゼルとベーム=バヴェルクはウィーンで、1890 年代末から 1900 年代初頭にかけて、次世代のオーストリア学派を育てた。その中には L.フォン・ミーゼス, F.A. ハイエク、J.A. シュムペーターもいる。ヴィーゼルはウィーンとプラハの大学で教授を務めたが、1903 年にメンガーの後継者としてウィーンに招聘された。クールで超然とした雰囲気で生涯知られていたヴィーゼルだが、1917 年にはオーストリアの政治に参加することになる。
 ヴィーゼルの主要な業績の一つは「転嫁」の理論だ。これは要素価格が産出価格で決まる(これは古典派の考え方とは逆だ) 。もう一つは「代替費用」または「機会費用」を価値理論の基盤に据える考え方だ——これは新古典派理論における根本的な「主観主義」の柱だが、マーシャルら「実質費用」イギリス理論家たちには実質的に無視されてきたものだ。こうしたアイデアを発展させるにあたり、ヴィーゼルは新古典派経済学を、希少性と資源配分——資源は固定量しかなく、欲求は無限にある——にしっかり向け、そのすべてを限界効用原理で検討させた点で評価できる。当初はメンガーがこれをやろうとしたが、生産や要素にきちんと展開できなかった。ヴィーゼルの転嫁理論は、この一つの原理をあらゆるところに適用できるようにした。ヴィーゼルの代替費用理論とマーシャルの「実質費用」理論はすぐに対決モードに入った——ウィックスティードエッジワースもこの論争の一バージョンで丁々発止と渡り合ったし、後にはロビンスナイトヴァイナーも争った。だが今日では、これは折り合いが(おおむね)ついているといえる。これは現代の線形プログラミングと一般均衡理論からくる洞察によるところが大きい。
 ヴィーゼルは主要著書二冊で有名だ。『自然価値』 (1889) は代替費用ドクトリンと転嫁の理論を詳述したもので、『社会経済学』 (1914) はそれを現実世界に適用しようとする野心的な試みだ。


  • Über den Ursprung und die Hauptgesetze des Wirthschaftlichen Werthes, 1884.
  • "The Austrian School and the Theory of Value", 1891, EJ
  • "The Theory of Value", 1892, Annals of the American Academy of Political and Social Science
  • "Resumption of specie payments in Austria-Hungry", 1893, JPE.
  • Natural Value, 1889.
  • "The Austrian School of Economics", 1894, in Palgrave, editor, Dictionary of political economy
  • "Böhm-Bawerk", 1894, in Palgrave, editor, Dictionary of political economy
  • "Das wesen und der Hauptinhalt der theoretischen Nationalökonomie", 1911, Jahrbuch für Gesetzgebung VDR
  • Social Economics, 1914.
  • Das Gesetz der Macht, 1926.
  • "Geld", 1927, in Handworterbutch der Staats Wissenschaften
  • Gesammelte adhanlungen, 1929.



WIESER, von F. , Über den Ursprung und die Hauptgesetze des wirthschaftlichen Werthes. , Wien, Alfread Hölder, 1884, pp.xiv+214, 8vo.
              , Der Natürliche Werth. , Wien, Alfread Hölder, 1889, pp.xvi+239, 8vo.


 著者略歴:Wieser, F. F. von (1851-1926) 。ウィーンにおいて、代々のハプスブルグ帝国の官吏の家系に生まれる。父親は、軍の兵站官吏であり、イタリア戦争の功により貴族(後準男爵)に列せられる。会計院の副院長を務め、枢密顧問官の称号も得た人物である。地元の名門ギムナジュウムを経て、17歳でウィーン大学に入学、当然官吏(あるいは父親の望む代議士、弁護士としても)の途として、法学部(当時経済学も包含)で法律を学ぶ。学生時代は、ローレンツ・フォン・シュタイン(伊藤博文に憲法を講義したあの人物である)の経済学の講義には興味を示さず、若い頃からの歴史への関心を持続しスペンサーの社会学やトルストイの小説に感銘を受けた。卒業の年(1872)に大学の私講師であったメンガーの『国民経済学原理』を知り、友人であり後義弟となるベーム=バヴェルクとともに、経済学研究を志す。

 以下、『本源と主要法則』と『自然価値論』は、ほぼ同じ内容を扱っているため、併せて解説する。まずは、学派の伝道者としての両書の役割である。ヴィーザーは「限界効用Grenznutzen」の言葉を新鋳した。以後「限界効用」概念はオーストリア学派において経済分析の道具として頻繁に使用され、斯学派は(狭義の)「限界効用学派Grenznutzen Schule」と呼ばれるようになった。 
 「限界効用」を表すのに、革命者たる限界トリオは如何なる語を用いたか。ジェヴォンズが「最終効用度」final degree of utility, ワルラスが「希少性」rareté(あるいは「充足された最終欲望の強度」 intensité du dernierの語を用いたとすることはよく見られる所である。それでは、メンガーはどう表現したか。「彼特有の名称を用いなかった」(邦訳、p.14)(注1)とヴィーザーは言い、ハイエクも、「メンガーの著作すべてに特徴的なのは、ある現象にたいして完結明瞭な名前を付けるよりは、注意深い記述をすることに重点をおくことである。…このことの典型的な例はメンガーがヴィーザーによって導入された限界効用という用語をもちいず、価値を説明するときにはつねにいくらかぎこちないが正確な言いまわし」(2009、p.168-9)をしたとする。ヴィーザーが「限界効用」の用語を造り、定着させたのである。 

 これに対して、ヴィーザーは価値帰属問題を連立方程式で解こうとした。次はヴィーザー自身の例である。①生産要素の価値合計が生産物の価値に等しい、②生産要素が産業毎に一定の比率で結合される の仮定の下で、生産要素X,Y,Zの1単位の価値をx , y , z とするとき、三つの生産物の1単位の価値(右辺の値)は、現実の生産の観測から、次の方程式で表現できる。
 X + y =100,
  2x + 3z =200,
  4y + 5z =590
 この式を解いて得られた、x =40, y =60, z=70 が生産要素X,Y,Zの1単位の価値であり、これらの要素の「生産的貢献」とも呼ばれる。あらゆる「生産的貢献」の合計はあらゆる生産物の価値の合計と正確に一致する。「生産的所有の合計(方程式左辺のこと:引用者)は収益の全部価値(右辺のこと:同)に等価である。この収益の全部価値は、…完全にかつ残さずに、個々の生産要素にそれぞれ割当てられる」(邦訳、p.104)。メンガーが「喪失原理」で算出した「協働に依存する持ち分」(邦訳、p.107)の欠陥は免れているとヴィーザーは考える。
  以上全体としてヴィーザーの功績をまとめてみる。メンガーが顧みなかった、生産の効率を最初に考え、ヴィーザーの法則により生産に限界原理を導入した。そしてそれまで、別のものとして分離しがちであった、価値論と分配論を、生産物と生産要素の価値(価格)理論として統一的な説明を与えようとしたこと。ただし、生産物の価値が残りなく生産要素に帰属すること(生産物の完全分配問題)を解明しえなかった――それを定式化したのは独語「限界効用」を英訳(marginal utility)したウィークスティードである。また、ミーゼスやハイエクの先駆けとして、経済計算の問題を取り上げたことも重要であろう。


(注2)オット・ヴィンケルの本による。他の本には明記されていない。ヴィーザーは、この言葉を法律用語から借用したようである。『価値』「第三章 生産収益の自然的帰属」の「§20. 帰属の問題(Das Problem der Zurechnung.)」で書いている。
(注4)社会主義経済計算論争の始発点であったミーゼスの論文「社会主義共同体における経済計算」には本文、注を含めてヴィーザーの名が出ておらず、ブローグの言葉は本当かなという気がしないでもない(同論文の邦訳は注の部分に省略があるので、Hayek ed. “Collectivist Economic Planning”の英訳で注の部分も確認した)。もっとも、ブローグが言っているのは、MIses “Gemeinwirtschaft”1922のことかも知れない。この本は「集めて」手許にあるが独語で大部な為、確認していない。

  1. ヴィザア 大山千代雄訳 『自然価値論』 有斐閣、1937年 (上記では邦訳と表記:如何にも訳が古いため、根岸の引用部分等を参考に適宜訂正)
  2. A.E.オット/H.ヴィンケル 井上孝訳 『理論経済学の歴史』 東海大学出版会、1992年
  3. エミール・カウダー 斧田好雄訳 『限界効用理論の歴史』 嵯峨野書院、1979年
  4. 小泉信三 『近代経済思想史』 慶応通信、1987年
  5. シュンペーター 中山伊知郎・東畑精一監訳 『十大経済学者 マルクスからケインズまで』 日本評論社、1952年
  6. G.J.スティグラー 松浦保訳 『生産と分配の理論 ―限界生産力理論の形成期― 』 東洋経済新報社、1967年
  7. 長守善 『独逸経済学説史』 風間書房、1952年
  8. 長守善 「ヴィーザー」(山田雄三編 『近代経済学の生成 近代学説全集第9巻』 第5章)
  9. 根岸隆 『古典派経済学と近代経済学』 有斐閣、1981年
  10. ハイエク 八木紀一郎監訳 『思想史論集 ハイエク全集第Ⅱ期第7巻』 春秋社、2009年
  11. T.W.ハチスン 長守善他訳 『近代経済学説史』 東洋経済新報社、1957年
  12. マーク・ブローグ 中矢俊博訳 『ケインズ以前の100大経済学者』 同文館、1889年
  13. 松嶋敦茂 『現代経済学史 1870~1970』 名古屋大学出版会、1996年
  14. ルドウィヒ・フォン・ミーゼス 迫間真次郎訳 「社会主義共同体における経済計算」(村岡到編 『原典社会主義経済計算論争』 1996年 所収)
  15. メンガー 安井琢磨・八木紀一郎訳 『国民経済学原理』 日本経済評論社、1999年
  16. 八木紀一郎 『オーストリア経済思想史研究 ―中欧帝国と経済学者― 』 名古屋大学出版会、1988年
  17. Streissler, E. “Wieser, Friedrich, Freiherr von (1851-1926)” in The New Palgrave Dictionary of Economics, Macmillan, 1998


稀書自慢 西洋経済古書収集 copyright ©bookman

国立国会図書館デジタルコレクション - 自然価値論
ヴィザァ 著[他]

自然価値論 [167]
第一部 個人經濟における價値
第一章 價値の基礎理論
一 價値の根元/1
二 欲望滿足の價値/5
三 欲望飽滿についてのゴツセンの法則/7
四 飽和の度盛り/11
五 限界利用/14
六 將來の欲望滿足の價値/18
七 財貨の價値/22
八 個々の財貨の評價/25
九 蓄積されてゐる財貨の評價(一般的の價値法則、限界利用の法則)/28
一〇 價値の矛盾と價値運動の二分派/33
一一 價値の二律背反と價値の經濟上の役立ち/39
第二章 流通價値と自然價値
一二 價格/45
一三 主觀的意義の交換價値/55
一四 客觀的意義の交換價値(流通價値)/59
一五 流通價値の二律背反/64
一六 國民經濟における流通價値の役立ち/66
一七 自然價値/71
一八 社會主義者の價値說/76
第三章 生產收益の自然的歸屬
第一 歸屬の一般原則
一九 收益價値/80
二〇 歸屬の問題/83
二一 社會主義の問題の見方(勞働者の全生產收益請求權)/91
二二 これまでの解決の試み/95
二三 解決の原則 生產的寄與/101
二四 續き 寄與と協働/107
二五 續き 歸屬の經濟上の働らき/109
二六 續き 歸屬と限界法則/114
二七 個々の歸屬動因 (一)蓄積/119
二八 續き (二)需要と相補財貨/120
二九 續き (三)技術/124
三〇 續き (四)費用財貨の歸屬と獨占財貨の歸屬/127
三一 續き (五)特に優良な性質を有する生產因子の歸屬/132
第二 自然地代
三二 特に優良な性質を有する土地の差額地代(リカアドオ)/134
三三 特に優良な性質を有する地力の差額地代(リカアドオ)/137
三四 リカアドオ理論の批評/139
第三 自然的資本收益
三五 資本の生產性/145
三六 原始經濟と發達した經濟との資本收益計算/151
三七 總收益歸屬と純收益歸屬/154
第四章 土地、資本、勞働の自然價値
三八 緖言/158
三九 資本の價値と資本利子 (一)割引/161
四〇 續き (二)利率/167
四一 續き (三)利率の均一計算の法則/170
四二 續き (四)利率の變化/173
四三 續き (五)固定資本の評價/175
四四 續き (六)資本還元/178
四五 追加 (七)消費貸付と賃貸利子/180
四六 土地の價値/183
四七 勞働の價値/187
四八 生產財貨の價値―現在および將來の關心の間の競爭を考へて/191
第五章 生產物の自然的費用價値
四九 費用法則/197
五〇 費用の槪念/200
五一 費用法則の由來/203
五二 費用法則通用の諸條件/207
五三 決定的な費用の大いさ/210
五四 費用法則と一般的價値法則/212
五五 いはゆる勞働の生產費/215
五六 個々の費用要素 (一)序言/221
五七 續き (二)勞働/224
五八 續き (三)資本/232
五九 續き (四)資本利子/237
六〇 續き (五)地代/241
六一 國民經濟における個人經濟的價値の役立ち/245
第二部 國家經濟における價値
六二 緖言/251
六三 國家經濟の職分/255
六四 自然的國家經濟における價値/263
六五 經驗的國家經濟における價値/272
六六 集合的評價の根本法則/277

Opportunity Cost Doctrine
The Opportunity Cost Doctrine

"If costs are stated in terms of alternative commodities and all reference either to "sacrifice" or "outlays" simply omitted, we retain the scientific content of cost of production theory while side-tracking the sources of a century and a half of controversy."
(Frank H. KnightJournal of Political Economy, 1928: p.355).

Philip H. Wicksteed's (1910, 1914) depiction of "demand-and-supply" in pure exchange was geared to demonstrate the supremacy of the Austrianalternative cost (or opportunity cost or displacement cost) doctrine over the Marshallian real cost (or disutility cost or pain cost) doctrine. 
The concept of opportunity cost can be found in the works of many early economists (e.g. J.H. von ThEen, 1823; J.S. Mill, 1848; and, most notably, L. Walras, 1874), yet the opportunity cost doctrine was only explicitly introduced as an all-encompassing theory of cost in a seminar paper by Friedrich von Wieser (1876) and expounded in his later books (Wieser, 1884, 1889). It was quickly embraced by fellow Austrian economists such as Eugen von Böhm-Bawerk (1889, 1894), Paul Rosenstein-Rodan (1927) and, notably, Gottfried von Haberler (1930, 1933). The alternative cost doctrine was popularized in the English-speaking world by D.L. Green (1894), Frank A. Fetter (1904), Herbert J. Davenport (1908, 1913), Philip H. Wicksteed (1910, 1914), Frank H. Knight (1921, 1928) and Lionel Robbins (1930, 1932, 1934).
The Austrian opportunity cost doctrine is simple enough to explain: it boils down to claiming that relative prices reflect foregone opportunities. In terms of pure exchange, this is easy: for agent h, the cost of demanding D 1h units of good x1 is the offer of O2h units of good x2 he has to make. Thus, the price of good x1 in terms of x2 is the amount of good x2 that has to be offered (and thus foregone) to obtain a unit of good x1, i.e.
p1/p2 = O2h/D1h
So, for example, if to obtain 5 units of good x1, agent h needs to give up 15 units of good x2, then the price of good x1 in terms of x2 is 3. As market prices reflect the trade-off between goods a consumer faces, then perhaps we can be a bit more precise by analyzing it at the infinitesimal margin rather than taking clunky increments of net demands and offers. Doing so, we will find it is more convenient to simply write that, at the margin:
p1/p2 = -dx2h/dx1h
where dx1 is an infinitesimal net demand for good x1 and -dx2 is the corresponding offer. This was baptized by John Hicks (1939) as as the marginal rate of substitution between x1 and x2 The rest is well-known: the hedonistic, rational consumer will choose net demand and offers where -dx2h/dx1h= u1h/u2h, where u1h = ¶uh /¶x1 is the marginal is the marginal utility of good x1h and u2h = ¶ uh/¶ x2h is the marginal utility of good x2. So:
"The ratio of exchange of any two commodities will be the reciprocal of the ratio of the final degrees of utility [i.e. ratio of marginal utilities] of the quantities of the commodity available for consumption after exchange is completed." 
(W.S. Jevons, 1871: p.95).
This has been baptized by Maffeo Pantaleoni (1889: p.184) as "Wieser's Law".
All this is well-known and pretty much accepted by all modern Neoclassical economists. Why the fuss? The fuss arises when we consider the opportunity cost principle in the context of production. Suppose we have two goods, x1 and x2, but only one factor (call it v). Suppose that a unit of the factor can produce a unit of good x1, while a unit of the factor can produce two units of good x2. Consequently, in order to produce one unit of good x1, one foregoes the production of two units of x2; simlarly, to produce one unit of x2, one foregoes a half-unit of x1. Thus, in opportunity cost terms, x1 = 2x2 and x2 = x1/2. If prices must equal opportunity cost, then notice that it must be that p1/p2 = 2.
Now, suppose output prices such that p1/p2 = 3, i.e. a unit of x1 sells for 3 units of x2. In this case, a smart agent would try to produce an enormous amount of x1 and exchange it all for x2. For each unit of x1 produced, he receives 3 units of x3, thus he makes a "profit" of one unit of x3. Conversely, a stupid agent who specialized in the production of x2, would need to produce three units of x2 in order to acquire a unit of x1. Yet, if he simply modified his production process and produced the other good instead, he would be able to obtain 1.5 units of x1 by producing it using the same factors it would take to acquire 1 unit of x1 on the market. Thus, if output price ratio p1/p2 is greater than the opportunity cost of good x1 in terms of x2, then we would expect everyone to produce x1 and nobody to produce x2. Similarly, if p1/p2 is less than the opportunity cost, we would expect nobody to produce x1 and everybody to produce x2.
There might be a slight twinge in the heart of a true Neoclassical: it seems as if prices are determined "objectively" by opportunity costs; where does subjective things like utility and thus demand come into play as the determinant of price? The truth of the matter is that we have not necessarily established that output prices must equal opportunity costs in our example. In order to obtain price-opportunity cost equality, we must actually go to a wider example, one which uses at least two different factors (e.g. capital and labor) in the production of both goods x1 and x2.
To see why, consider Figure 1, where have drawn two production possibilities frontiers, PPF (straight line) and PPF¢ (bowed out from the origin) (the production possibility frontier is originally due to Abba Lerner (1932) and Gottfried von Haberler (1933: p.176)). The bowed-out shape of PPF¢reflects the fact that the proportion in which factors are released when reducing the production of good x1 are different from the proportions in which they are absorbed when increasing the production of good x2. In our earlier example, there was only one factor (v), and two outputs. Thus, when moving from the production of x1 to x2, the factor was absorbed in the same proportion as it was released, thus the relevant production possibilities frontier would be the linear PPF in Figure 1.

ppf.gif (4366 bytes)

Fig.1 - Production Possibilities Frontiers
The slope of any PPF is the opportunity cost of x1 in terms of x2. In the linear case of only one factor, the slope is constant -- in our example, simply -2. Thus, the linear case which is obtained when we have only one factor and two outputs is often referred to as the constant cost case. 
In the concave PPF¢ case, the opportunity cost changes as we change combinations of x1 and x2 produced. Specifically, the concave shape of PPF¢indicates that the more that is produced of good x1, the more and more we have to give up of x2, i.e. the greater the opportunity cost of x1 in terms of x2. Intuitively, this reflects, as Joan Robinson aptly put it, that "an increase in the output of any commodity turns the relative factor prices against itself" (Robinson, 1941). In a general context, if x1 is relatively intensive in capital and x2 is labor intensive, then as we move towards greater output of x1 and less of x2 (e.g. points e to f in Figure 1), the tighter the capital market becomes and the looser the labor market gets. Thus, as we increase x1the price of capital rises relative to labor so that it becomes costlier and costlier to produce more x1.
We can now see where demand begins to play a role. Consider first the linear case. Suppose conditions in the output market are such that p1/p2 = 2 is the output price. In this case, the entire linear PPF locus denotes the output combinations of x1 and x2 that will ensue. In other words, positions c = (x1c, x2e) and d = (x1d, x2f) in Figure 2 are equally possible. Obviously, then, the output level is indeterminate. 
If, however, output prices are such that p1/p2 > 2, then we have determinacy of an extreme sort: we will go to the corner solution x1m, where allfactors are dedicated to the production of x1 and none for x2. If p1/p2 < 2, we go to the other corner, x2m, and produce nothing of x1 and as much as possible of x2. These extremities were already alluded to earlier in our earlier linear example. Note that in these extreme cases, prices are notnecessarily equal to costs. 
The linear or constant cost case reflects exactly Adam Smith's famous example in his Wealth of Nations:
"If among a nation of hunters, for example, it usually costs twice the labour to kill a beaver which it does to kill a deer, one beaver should naturally exchange for or be worth two deer. It is natural that what is usually the produce of two days or two hours labour, should be worth double of what is usually the produce of one day's or one hour's labour." 
(A. Smith , 1776: p.65).
Notice the crucial importance that Smith's example has two outputs (beaver and deer) and one input (labor), thus implying that we must necessarily have a linear PPF as in Figure 1. As insisted by Knight (1928), Smith's argument that exchange values reflect relative labor costs can be reintrepreted in opportunity cost terms: a deer is worth two beaver not because of the fact that labor is involved, but rather because the cost of catching a deer were the two beavers that could be alternatively caught: "the cost of beaver is deer and the cost of deer is beaver, and that is the only objective and scientific content of the cost notion". (F.H. Knight, 1928).
Smith's assertion that prices equal relative labor costs (or, in Knightian interpretation, opportunity costs), implies that he is ruling out the corner solutions x1m and x2m in Figure 1, and thus the only thing that remains is that p1/p2 = 2, thus making demand irrelevant for the determination of prices. In such a case, prices are completely determined by the "objective" relative costs of production of beaver and deer. Note that, in this case, relative output levels are indeterminate, or rather must be determined by something else - exactly as the Classical theory argues they should be.
Suppose, however, that we have two inputs and two outputs, so that we obtain the concave PPF¢ in Figure 1. If prices are (p1/p2)*, then the price line will be tangent to PPF¢ at point e = (x1e, x2e). Equivalently, if prices are (p1/p2)¢ , then the price line will be tangent to PPF¢ at point f = (x1f, x2f). These are, in fact, the only efficient combinations of outputs corresponding to the relevant price ratio. Thus, output price are equal to opportunity costs, and yet utility-based demand, which helps determine output price, is really the main determinant of everything. Thus, Wieser's "Neoclassical" twist on the old Smithian cost theory seems to reduce itself to changing the technology of the system. 
Why would we necessarily produce at e in Figure 1 if prices were (p1/p2)*? Suppose not. Suppose we chose f instead at those prices. If so, then output prices are lower than the opportunity cost of x1 in terms of x2 implied by the slope of PPF¢ at point f¢ . This would lead to the kind of instability we saw earlier: people would move away from the production of x1 and towards the production of x2, i.e. driving us right back up the PPF¢ curve to point e. 
In sum, when viewed from the prism of opportunity costs, output prices must equal opportunity costs and thus it seems as if prices are governed by the "objective" phenomena of opportunity cost. But a more careful look indicates that it is demand, with its influence on output prices, that determines which opportunity costs are to prevail. Thus, prices and outputs, everything else are subjectively determined. In short, the opportunity cost doctrine is an "objective theory of value which is subjective". We find this stated clearly in Wieser:
"The phenomena of [alternative] costs are, therefore, a new proof of how greatly the objective conditions of the existence of goods influence the value of goods. How far the value of goods, in its final form of "cost value", is from being the mirror of that subjective fact from which it is derived -- the value of wants! The circumstance that cognate products are produced by different quantities of the same productive elements, brings their subjective valuations into a ratio, the terms of which are derived entirely from the objective conditions of production; while the impulses which call for their emergence...remain subjective, and thus prove the subjectivity of the source and nature of value."
(F. von Wieser, 1889: p.185)
and even more clearly in Knight:
"When any two commodities can be produced with the aid of the same resources of whatever sort, freely transferable from one use to the other, the prices of those commodities must in equilibrium be such that the alternative products of the same or equal units of resources exchange for each other. Price is determined by cost rather than utility, but by cost in a physical technical sense, not that of pain or sacrifice...Comparisons of sacrifice, however, may be and commonly are involved in greater or lesser degree, and the operation of the utility principle is the basis of the whole process of adjustment. This is the alternative cost theory which is definitely the product of the utility approach."
(F.H. Knight, 1931)
What about factors of production? These are governed by the Austrian principle of imputation (due to Carl Menger (1871) and Friedrich von Wieser (1889)): given output prices, we can determine what the factor prices will be. More specifically, a given point on the production possibilities curve will determine a particular division of factors between industries which, in turn, will determine the proportional factor prices (for a demonstration of this, see our survey of Paretian general equilibrium theory). 
One can go on with the exploitation of opportunity cost idea. As demonstrated famously by Gottfried von Haberler (1933), the principle of comparative advantage in international trade can be couched in opportunity cost terms. To see this consider the following simple linear example. Suppose there are two agents (A and B), each of which is endowed with an hour of labor which can be spent either on rabbit-hunting or deer-hunting. In one hour, A can catch 5 rabbits or 1 deer while B can catch 20 rabbits or 2 deer (they can do a little bit of both, but they each only have an hour to spend). Notice that B is more efficient at catching both rabbits and deer than A is, thus B has an absolute advantage in the production of both goods. The opportunity costs faced by agent A are easily computed: the opportunity cost of a deer is 5 rabbits, or, equivalently, the opportunity cost of a rabbit is 1/5 of a deer. For agent B, the opportunity cost of deer is 10 rabbits or, conversely, the opportunity cost of rabbit is 1/10 of a deer. 
Haberler argues that an agent has a comparative advantage in a good if he has a lower opportunity cost in that good. In this example, as is obvious, agent A has a lower opportunity cost (and thus a comparative advantage) of catching deer, while B has a lower opportunity cost (and thus a comparative advantage) of catching rabbits (in general, in any two-good, two-agent scenario, it will always be the case that if one agent has a lower opportunity cost in one thing, the other agent will necessarily have a lower opportunity cost in the other). 
Consequently, if specialization is to ensue according to the principle of comparative advantage, agent B should dedicate her entire hour to catching rabbits (20 of them), while agent A should dedicate his hour to catching deer (1 of them). They can then trade. Suppose B offers A six rabbits in exchange for the entire deer A has caught: such an offer can be made by B and will be accepted by A because both will better off as a result. To see this, note that after trading, A will have six rabbits (while before the trade, the best he could do was 5 rabbits). In contrast, after trading, B will have 1 deer and 14 rabbits (before trade, the best she could do was 1 deer and 10 rabbits). Thus, after specializing and trading, A is better off by a rabbit while B is better off by four rabbits.

Alfred Marshall was a compromiser: he did not consider the Marginalist Revolution of 1871-4 to be a complete repudiation of the Classical doctrinesof Smith, Ricardo and Mill. Instead, Marshall believed in the continuity between Classical and Neoclassical economics; that both theories, in the end, agreed that equilibrium prices were determined by demand and supply, but that each of them had been too "one-sided" about it. In particular, Marshall (1890: App.I) argued that the sole fault of the Classicals was that they concentrated too much on supply as a determinant of price and thus tended to ignore or understate the role of demand; in contrast, the fault of William Stanley Jevons and other Marginalists was that they concentrated far too much on demand and had ignored supply. Thus, he goes on to conclude, the Marginalist Revolution is less revolutionary that it makes itself seem: supply is determined by cost of production in the Ricardian fashion, demand is determined by utility in the Jevonian fashion, place both together and we have the determination of equilibrium price. As Marshall famously writes:
"We might as reasonably dispute whether it is the upper or the lower blade of a pair of scissors that cuts a piece of paper, as whether value is governed by utility or cost of production. It is true that when one blade is held still, and the cutting is effected by moving the other, we may say with careless brevity that the cutting is done by the second; but the statement is not strictly accurate, and is to be excused only so long as it claims to be merely a popular and not a strictly scientific account of what happens." 
(A. Marshall, 1890: p.290) 
The fact that Marshall was English and that the Marginalist Revolution was largely of Continental derivation may have had something to do with his reluctance to abandon the English Classical tradition. The convese fact that the Austrians were Continental Europeans may also have had something to do with their keen interest in debunking Ricardo and Mill. Whatever the reason, Marshallians and Austrians came to loggerheads over the "ultimate" determinant of value.
The Austrians and their allies did not dispute that there were "two blades to the scissors" in the determination of price in any one market; instead, they disputed Marshall's assertion that supply was determined by "cost of production". As Wicksteed (1910, 1914) so clearly demonstrated, viewed from the prism of opportunity cost, "supply is reverse demand". Thus:
"The only sense, then, in which cost of production can affect the value of one thing, is the sense in which it is itself the value of another thing. Thus, what has been variously termed "utility", "ophelimity", or "desiredness", is the sole and ultimate determinant of all exchange values"
(P.H. Wicksteed, 1910: p.391).
The Marshallians, notably Francis Y. Edgeworth (1894) and Jacob Viner (1932, 1937) took exception to the assertion that all cost was opportunity cost. What they noted was in fact, quite simple: if to acquire anything, one must "give up" something else, then we are effectively implying that there is ultimately a "fixed" amount of everything. But this, the Marshallians noted, is not necessarily true. Resources, they argued, can be regarded as fixed "in the short-run". But in the "longer run", more resources can be made available. For instance, capital may be built; labor can be increased, etc.
A great amount of ink was spent particularly on labor supply. Labor supply, the Marshallians claimed, was rather flexible. Increase the payments to labor, and "more" would be supplied. Consider the production of, say, scissors. As the output of scissors increases, costs of production increase because higher wages must be paid to labor to induce them to increase their supply. These are not, the Marshallians asserted, "opportunity costs", but "real costs": they compensate laborers for the "disutility" of work (a concept originally introduced by Jevons (1871: Ch. Ch.5)).
The Austrians were not caught off-guard by these examples. The resolution to the "alternative cost" vs. "real cost" dispute is readily apparent: what is the "disutility of labor" other than "displaced leisure"? Labor supply may be flexible, but time is fixed and so the worker must choose between work and leisure. Wages are paid not because producers must compensate workes for the "irksomeness" of labor, but rather because they must compensate laborers for foregoing leisure. Thus, Marshallian real costs are reducible to Austrian opportunity costs. 
[Note: in a moment of doubt, Frank Knight (1934) poses the question whether opportunity cost captures the idea that wages in agreeable jobs are lower than wages in irksome jobs? The resolution here is even simpler if we consider the jobs and their irksomeness/agreeableness to be joint goods: the higher wages paid to the laborer in the "irksome job" does not compensate for greater disutility of that job, but rather for the displaced "agreeable job".]
[Another note: the alternative cost-real cost debate flared up with particular vehemence in international trade theory, pitting the Austrian economist Gottfried von Haberler (1930, 1933: Ch. 12; 1951) versus real-cost advocate Jacob Viner (1932, 1937: Ch. 7), and seems to have lingered on for a while in that area. For a modern restatement and resolution in this context see Vanek (1959).]
In reducing the Marshallian examples of real costs to opportunity costs, the Austrians may seem to have won the upper hand, but they were forced to admit one thing: namely, that in the end, for this reduction to be possible, one must impose the assumption that something is fixed in availability which cannot be increased. In our labor example, time was fixed; if time was "extendable" by some way or another, the opportunity cost doctrine would collapse once again. Thus, the Austrians recognized that for the opportunity cost doctrine to work, there must always be a fixed stock of everything
In sum, with their examples, the Marshallians demonstrated time and time again that the opportunity cost doctrine relies on fixed resources. As such, the Marshallians crowed that the opportunity cost doctrine must necessarily be a "special case". When resources are fixed, then indeed "the ultimate standard of value", to use Böhm-Bawerk's term, is opportunity cost, but when resources are flexible, they argued, Marshallian theory comes into its own. 
We find some proponents of the alternative cost doctrine, such as Frank H. Knight (1934) and Lionel Robbins (1930, 1934), a bit troubled by the prospect of flexible resources. In terms of our earlier Figure 1, what will be the prices when the PPF is allowed to move around? However, their resolution was not to rethink the theory of costs to accommodate flexible resources but rather to claim that any economic problem is always ultimately characterized by fixed resources. This was particularly emphasized by Lionel Robbins in his famous Essay on the Nature and Significance of Economic Science (1932). Economics, he insisted, is exclusively concerned with scarcity: "Economics is the science which studies human behaviour as a relationship between ends and scarce means which have alternative uses." (Robbins, 1932: p.16).
Robbins's limitation of the scope of economics to the issue of allocation of fixed resouces was a wildly successful coup and summarized quite well the full meaning of the Marginalist Revolution. Value, as Jevons, Walras, Menger and virtually every Neoclassical since has asserted, derives from scarcity and scarcity cannot arise unless resources are fixed in one way or another. The entire Walrasian-Paretian general equilibrium edifice clearly stands only (and thus perhaps uneasily) on this concept. Of course, the Marginalists also noted that it is not enough that something is fixed in availability in order to have value; it must also be desired, i.e. scarcity is subjective. If value is derived from scarcity, then value is merely "the phenomena of demand acting on fixed stocks -- either of products, or factors or time -- or human capacity." (Robbins, 1933). 
It is evident that Robbins's reasoning is a bit circular. He claims that if something is not scarce, it does not have value and thus is not an economicconcern. Thus, economics necessarily deals only with the allocation of fixed resources. However, we only obtain the conclusion that value derives from scarcity if we assume there are fixed resources. But the Classical economists - Smith, Ricardo, Mill, etc. - would dispute this vehemently. For Classicals, at least since Cantillon, economics is about finding the rates of exchange between goods and the division of income between factors such that the economy can maintain a balanced circulation of goods and incomes. This is not about the "allocation of fixed resources": in Classical economics, all resources (labor and capital) are endogenous and thus not scarce over time. Yet the absence of scarcity does not stop the Classicals from deriving the "value" of goods quite explicitly, as was demonstrated with remarkable virtuosity by Piero Sraffa (1960).
In sum, the alternative cost-real cost dispute between the Austrians and Marshallians can only be said to have been resolved in favor of the Austrians if the basic premise of the Marginalist Revolution, that value derives from scarcity, is held to be true. Thus, the main contribution of the alternative cost debate was that it clarified what was the essence of the Marginalist Revolution of 1871-4 and to re-assert its fundamental message: that value is subjective (i.e. derived from scarcity) and not objective (i.e. from the need to maintain balanced circulation). Viewed from this vantage point, Marshall's musings are somewhat misleading: yes, Virginia, there was a Marginalist Revolution and it was very revolutionary indeed.
[Note: some commentators (e.g. Robbins, 1930) have argued that, underneath it all, Alfred Marshall held a theory of value which is closer in spirit to the Classical notion of balanced circulation than the Neoclassical one of scarcity. If one did make the argument the Marshall's "long-run" theory (flexible resources) is Classical, while his "short-run" theory (fixed resources) is Neoclassical, one could plausibly argue that then demand-and-supply determine prices only in the short-run, and not the long-run. Yet this would immediately remove Marshall from the Neoclassical pantheon: the argument that supply-and-demand determine exchange values only in the short-run is not novel, but taken right out of Ricardo and Mill! More acute attempts to account for Marshall's theory of value without sacrificing his Neoclassical credentials are found in Ragnar Frisch (1950) and Peter Newman (1960).]

E. v. Böhm-Bawerk (1889) Capital and Interest: Volume II - Positive Theory of Capital. 1959 translation, South Holland, Ill: Libertarian Press.
E. v. Böhm-Bawerk (1894) "The Ultimate Standard of Value", Annals of the American Academy, Vol. V, p.149-208.
J.M. Buchanan (1969) Choice and Cost: A inquiry in economic theory. Chicago: Markham.
H.J. Davenport (1908) Value and Distribution. Chicago.
H.J. Davenport (1913) The Economics of Enterprise. New York.
F.Y. Edgeworth (1894) "Professor Böhm-Bawerk on the Ultimate Standard of Value", Economic Journal, Vol. 4, p.518-21. Reprinted in Papers Concerning Political Economy, Vol. III, p.59-64. London: Macmillan.
F.A. Fetter (1904) Principles of Economics, 1911 edition, New York: Century.
R. Frisch (1950) "Alfred Marshall's Theory of Value", Economic Journal, Vol. 64, p.495-524.
D.L. Green (1894) "Opportunity Cost and Pain Cost", Quarterly Journal of Economics, Vol. 218-29.
G. v. Haberler (1930) "Die Theorie der komparativen Kosten und ihre Auswertung fE die BegrEdung des Freihandels", Weltwirtschaftliches Archiv, Vol. 32, p.353-70.
G. v. Haberler (1933) The Theory of International Trade: with applications to commercial policy. 1936 translation, New York: Macmillan. 
G. v. Haberler (1951) "Real Cost, Money Cost and Comparative Advantage", International Social Science Bulletin, p.54-58.
Lewis H. Haney (1912) "Opportunity Cost", American Economic Review, Vol. 2 (2), p. 590-600 
W.S. Jevons (1871) The Theory of Political Economy. Reprint of 1931 edition, Charlottesville, Virginia: Ibis.
F.H. Knight (1921) Risk, Uncertainty and Profit. 1933 reprint, London: L.S.E.
F. H. Knight (1928) "A Suggestion for Simplifying the Statement of the General Theory of Price", Journal of Political Economy, Vol. 36 (3), p.353-70.
F.H. Knight (1931) "Marginal Utility Economics", in E.R.A. Seligman, editor, Encyclopaedia of the Social Sciences, Vol. V, p.357-63. Reprinted in Knight, 1935, The Ethics of Competition: And other essays. 1951 edition, New York: A.M. Kelley.
F.H. Knight (1934) "The Common Sense of Political Economy (Wicksteed reprinted)", Journal of Political Economy, Vol. 42 (5), p.660-73.
A.P. Lerner (1932) "The Diagrammatical Representation of Cost Conditions in International Trade", Economica, Vol. 12, p.346-56.
A. Marshall (1890) Principles of Economics: An introductory volume. 1990 reprint of 1920 edition, Philadelphia: Porcupine.
P. Newman (1960) "The Erosion of Marshall's Theory of Value", Quarterly Journal of Economics, Vol. 74 (4), p.587-601.
M. Pantaleoni (1889) Pure Economics. 1898 translation, London: Macmillan.
L.C. Robbins (1930) "On a Certain Ambiguity in the Conception of Stationary Equilibrium", Economic Journal, Vol. 40, p.194-214.
L.C. Robbins (1932) An Essay on the Nature and Significance of Economic Science. 1984 edition, New York: New York University Press.
L.C. Robbins (1933) "Introduction", in Wicksteed, 1910.
L.C. Robbins (1934) "Remarks upon Certain Aspects of the Theory of Costs", Economic Journal, Vol. 44, p.1-18.
P. Rosenstein-Rodan (1927) "Grenznutzen", in Handworterbuch der Staatswissenschaft, Vol. 4.
J. Vanek (1959) "An Afterthought on the "Real-Cost-Opportunity Cost" Dispute and Some Aspects of General Equilibrium under Conditions of Variable Factor Supplies", Review of Economic Studies, Vol. 26 (3), p.198-208.
J. Viner (1932) "The Doctrine of Comparative Costs", Weltwirtschaftliches Archiv, Vol. 36 (2), p.356-414.
J. Viner (1937) Studies in the Theory of International Trade. New York: Harper.
P.H. Wicksteed (1910) The Common Sense of Political Economy. 1933 edition, London: Routledge and Kegan Paul.
P.H. Wicksteed (1914) "The Scope and Method of Political Economy in the Light of the "Marginal" Theory of Value and Distribution", Economic Journal, Vol. 24 (1), p.1-23.
F. von Wieser (1876) "Über das Verhältnis der Kosten zum Wert" ("On the Relation of Cost to Value"), reprinted in Wieser, Gesammelte Abhandlungen, p.377-404.
F. von Wieser (1884) Über den Ursprung und die Hauptgesetze des wirtschaftlichen Werthes
F. von Wieser (1889) Natural Value. 1971 reprint of 1893 translation, New York: Augustus M. Kelley.


国立国会図書館デジタルコレクション - 経済学名著翻訳叢書. 10
経済学名著翻訳叢書. 10 貨幣論集
著者 ヴィーザー
経済学名著翻訳刊行会 編
一 フリードリッヒ・フライヘル・フォン・ヴィーザー  エフ・アー・フォン・ハイエク/3
二 ヴィーザーの貨幣理論/29
一 貨幣の起原/31
二 貨幣の本質と職能/34
三 貨幣の價値/42
一 オーストリー-ハンガリーにおける正貨支拂の再開/75
二 貨幣の價値とその歷史的變動/109
三 貨幣の價値とその變動/147
一 財の個人的及び國民經濟的價値/150
二 貨幣の個人的及び國民經濟的交換價値/162
三 數量說と貨幣の價値の問題/171
四 貨幣の價値の變動/179
五 國際的貨幣價値とその變動/193
四 貨幣の價値の變動の測定について/207
五 貨幣の理論(貨幣槪論)/221
一 貨幣の起原/223
二 貨幣の職能と本質/231
三 鑄貨/239
四 貨幣と信用/244
五 貨幣在高と貨幣要量/255
六 貨幣の個別經濟的及び國民經濟的(主觀的及び客觀的)交換價値/261
七 客觀的貨幣價値の形成法則/270
八 金屬主義、名目主義及び貨幣職能學說/273
九 客觀的貨幣價値の變動の法則/278
(イ) 貨幣在高の增加の影響(インフレーション、減價)/279
(ロ) 貨幣要量の增加の結果としての增價の理論/289
(ハ) 貨幣經濟の發達と國民經濟的過程の集約化とによる貨幣の價値の決定/292
十 世界經濟における貨幣の價値/299
(イ) 貨幣の國際的交換價値/299
(ロ) 自由金本位制における貨幣の國際的爲替價値(本位相互間の價値)/300
(ハ) 自由銀本位制における貨幣の國際的爲替價値/304
(ニ) 紙幣インフレーションにおける貨幣の國際的爲替價値/305
(ホ) 停止せられた本位制における貨幣の國際的爲替價値/309
十一 貨幣の價値の安定/311


Blogger yoji said...

ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス(Ludwig Heinrich Edler von Mises、1881年9月29日 - 1973年10月10日)は、オーストリア=ハンガリー帝国出身の経済学者であり、現代自由主義思想に大きな影響を及ぼした。著名な弟子にフリードリヒ・ハイエクがいる。


オーストリア=ハンガリー帝国ガリツィア地方レンベルク(現ウクライナ, リヴィウ)

アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ウィーン大学 (1919-1934)
Institut Universitaire des Hautes Études Internationales, ジュネーヴ, スイス (1934-1940)
経済学, 政治経済学, 歴史哲学, 認識論, 合理主義, 古典的自由主義, 自由意志論
イマヌエル・カント, フレデリック・バスティア, オイゲン・フォン・ベーム=バヴェルク, フランツ・ブレンターノ, エトムント・フッサール, カール・メンガー, ジャン=バティスト・セイ, ジャック・テュルゴー, マックス・ウェーバー, フリードリヒ・フォン・ヴィーザー
モーリス・アレ, ベンジャミン・アンダーソン, ピーター・バウアー, ウォルター・ブロック, ジェイムズ・M・ブキャナン, ミルトン・フリードマン, フリードリヒ・ハイエク, ヘンリー・ハズリット, ジョン・ヒックス, ハンス=ハーマン・ホップ, ヘスース・ウエルタ・デ・ソト, ウィリアム・ハロルド・ハット, イスラエル・カーズナー, ルートヴィヒ・ラッハマン, オスカル・ランゲ, ロン・ポール, ラルフ・ライコ, ジョージ・レイズマン, ライオネル・ロビンズ, ルー・ロックウェル, マレー・ロスバード, ジョセフ・サレルノ, ピーター・シフ, ヨーゼフ・シュンペーター, アルフレート・シュッツ, ハンス・セノルツ, ヘンリー・サイモンズ, ヴァーノン・スミス
人間行動学, 経済計算論争, 方法二元論
略歴 編集
1881年 オーストリア・ハンガリーのレンベルク(ランベルグともいう。現・ウクライナのリヴィウ)に生まれる。父アルトゥールは金融・鉄道の事業で成功し、貴族になった。
1900年 ウィーン大学で法学を学ぶ
1903年 カール・メンガー『経済学原理』により経済学に目を開かれる。
1906年 ウィーン大学で法学博士号を取得。
1909年 - 1925年 当時半官であったオーストリア商工会議所に勤務。
1913年 - 1938年 ウィーン大学の教授を務めた(別の資料によれば1913年から1934年まで私講師として教えた)。
1934年 - 1940年 ジュネーブの上級国際研究所でも教授を務める。
1940年 アメリカ合衆国に亡命移住し、戦時中は自由な立場で教育や執筆活動をする。
1945年 ニューヨーク大学教授に就く。
1969年 退官。
1973年 92歳で死去。
人物 編集
門下生のイスラエル・カーズナーによる伝記に『ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス 生涯とその思想』(イスラエル・M・カーズナー/尾近裕幸訳、春秋社、2013年)がある。

7:43 午後  
Blogger yoji said...

1902年 Die Entwicklung des gutsherrlich-bäuerlichen Verhältnisses in Galizien (1772-1848).
1912年 Theorie des Geldes und der Umlaufsmittel.
1919年 Nation, Staat und Wirtschaft: Beiträge zur Politik and Geschichte der Zeit.
1920年 Die Wirtschaftsrechnung im sozialistischen Gemeinwesen.
1922年 Die Gemeinwirtshaft: Untersitchungen über den Sozialismus.
1923年 Die geldtheoretische Seite des Stabilisierungsproblems.
1924年 Theorie des Geldes und der Umlaufsmittel第2版. 東米雄訳『貨幣及び流通手段の理論』実業之日本社, 1949年. 日本経済評論社, 1980年, 2004年(オンデマンド版)
1927年 Liberalismus.
1928年 Geldwertstabilisierung and Konjunkturpolitik.
1929年 Kritik des Interventionismus: Untersuchungen zur Wirtschaftspolitik und Wirtschaftsideologie der Gegenwart.
1931年 Die Ursachen der Wirtschaftskrise: Ein Vortrag.
1932年 Die Wirtschaftsrechnung第2版
1933年 Grundprobleme der Nationalökonomie.
1934年 The Theory of Money and Credit(上記Theorie des Geldes und der Umlaufsmittelの英訳)
1936年 Socialism(上記Die Gemeinwirtschaftの英訳)
1940年 Nationalökonomie: Theorie des Handelns und Wirtschaftens.
1940年 Interventionism: An Economic Analysisを執筆(出版されたのは1998年)
1940年-1944年 アメリカ亡命を機にウィーン時代を振り返る自伝的文章を執筆
1944年 Omnipotent Government: The Rise of the Total State.
1944年 Total War and Bureaucracy.
1947年 Planned Chaos執筆(1951年のSocialismのエピローグとして掲載されるもの)
1949年 Human Action: A Treatise On Economics (上記Nationalökonomie: Theorie des Handelns und Wirtschaftensに基づいての英語版)
1951年 Socialism新版
1952年 Planning for Freedom: And Other Essays and Addresses.
1953年 The Theory of Money and Credit(新たに"Monetary Reconstruction"の章を含む)
1956年 The Anti-Capitalistic Mentality.
1957年 Theory and History.
1960年 Epistemological Problems of Economics(上記Grundprobleme der Nationalökonomieの英訳)
1962年 The Ultimate Foundation of Economic Science. 村田稔雄訳『経済科学の根底』日本経済評論社, 2002年
1962年 The Free and Prosperous Commonwealth(上記Liberalismusの英訳)
1963年 Human Action第2版
1966年 Human Action第3版. 村田稔雄訳『ヒューマン・アクション』春秋社, 1991年
1978年 Notes and Recollections. 上記の自伝的文章
1979年 Economic Policy: Thoughts for Today and Tomorrow. 村田稔雄訳『自由への決断--今日と明日を思索するミーゼスの経済学』広文社, 1980年. 1959年に行ったアルゼンチン旅行の際の講演記録
1998年 Interventionism: An Economic Analysis(上記1940年の著作)
ミーゼスの殆どの著書はmises instituteから無料ダウンロードできる。
関連項目 編集
リヒャルト・フォン・ミーゼス - 工学者。ルートヴィヒの弟。
脚注 編集
^ オーストリア学派 コトバンク 2018年8月21日閲覧。
^ 現在の左翼・リベラルの意味ではない
^ 『ヒューマン・アクション』ルートヴィヒ・フォン・ミーゼス著、村田稔雄訳、春秋社
外部リンク 編集
ミーゼス ルートヴィヒ・フォン:作家別作品リスト - 青空文庫

7:44 午後  


<< Home