【緊急提言】暴走事故はドライバーだけの責任ではない!! 天才エンジニアが見抜くクルマが改善すべき点とは | 自動車情報誌「ベストカー」
ここ最近、毎日のように報道され、ますます社会問題化しつつある深刻な高齢ドライバーによる暴走事故。
そこで、今回本誌連載、激辛試乗でおなじみの元GT-R開発責任者、水野和敏氏からの緊急提言としてこの問題について水野氏からの提案を2回にわけて、お送りしよう。
聞き手はこちらも同じく本誌26日号連載『ザ・インタビュー』でおなじみのフェルディナント・ヤマグチ氏。
文:水野和敏、フェルディナント山口/まとめ:ベストカー編集部
ベストカー2019年7月26日号
■暴走事故にはドライバーにもクルマにも対策が必要だ(水野)
フェルディナント山口(以下:フェル):最近、高齢ドライバーによる暴走事故が相次いでいますが、水野さんはどのように思われますか?
水野和敏(以下:水野):あれはね、ハッキリ言わせてもらえば踏み間違いもあるけどクルマにも課題があり、両方の対策が必要だよ。
フェル:う〜ん、運転している高齢ドライバーが悪いだけではなく?
水野:例えば(HVなど)モーターつきのクルマのアクセルペダルとブレーキペダルの配置や出力制限など、設計を変える必要もあると思う。
なぜかと言うと、エンジンって2L NAだったら約3500回転以上吹かさないと、だいたい16.0kgmを超える大きなトルクは出ない。
だから仮にアクセルとブレーキペダルを両方共踏みしてしまっても、時間が少しあるし、音も異常に大きくなるから最大トルク回転数になる前に、ブレーキペダルを20〜30kg程度の力で踏めば減速できるし、MT車なら時には”エンスト〟もしてくれる。
フェル:なるほど。
水野:で、問題なのが、モーターの出力特性。実はモーターはスタートする時(発進時)に最大トルクが出て回転を上げるほどトルクは減少する特性、エンジンとは真逆の回転力の出方。
例えば……ガソリンエンジンで言うと、2L NAで最大トルクの出る3500回転程度まで回転を上げ、大きな排気音とともに急発進する「ローンチ・スタート」と一緒。
だから「アクセルとブレーキをともに踏んでしまうような踏み間違えをした時」に少し古いモデルで、最近のブレーキアシスト装備などのないクルマでは、60kg以上の大きな踏力でブレーキを踏まないと止まらないし、モーターはエンストもしてくれない。
ブレーキ性能でいえば、国土交通省が型式認定でブレーキ性能をテストする時は「80kgのペダル踏力で時速100kmから何mで停止するか」という規定です。足の悪い高齢者が自分の体重以上の力でペダルを踏めるのか?
フェル:ふうむ。
水野:だから私はモーターで発進するクルマには出力切り替えスイッチをつけて、「ノーマル」と「パワー」に分けるべきと思っています。
ノーマルの場合は発進時に5.0kgm程度のトルクしか出ないよう制限されていて、自覚してスイッチをパワーモードにした場合だけ最大トルク発進ができるようにすべきだと思う。
これはガソリンエンジン車が「ローンチ・スタートスイッチ」を装備していることと同じ。(暴走事故が)報道されているクルマはひと昔古いモデルでモーターを積んだクルマが多いし、運転者も杖に頼って歩いていることも多々あります。
■「アクセル全開でもブレーキを踏めば必ず止まる」は勘違い
フェル:私は単に人気車で販売台数も多いから、それに比例して事故も増えているのだと思っていました。今、販売されているクルマってどんなにスタート時にアクセルをベタ踏みしても、ブレーキを踏めば止まるじゃないですか?
水野:それは大きな勘違い。「止められること」の定義は何? アクセルは10kg以下の踏力で全開にできるけど、ブレーキでフル制動性能を出すには体重に等しい約80kg程度の踏力が必要なのです。
この違いが問題なのです。年老いた老人や女性がそんなブレーキ踏力を瞬間に出せますか?
ガソリンエンジンのクルマだって実はそうで、ローギアードのギア比構成で発進時に15.0〜20.0kgmものトルクを出されたら、ふつうに20kg程度の踏力でブレーキを踏んだって止まらない。アクセルとブレーキの共踏みを試してみるとわかるけど、止まらない。
フェル:えー! 私は売っているクルマって必ずブレーキで止まるものだと思い込んでいました。
水野:ガソリンエンジン車にはガソリン車ならではのよさがあったワケ。というのはガソリン車は1500回転以下だったらトルクは5〜6.0kgmしか出なくて、駆動力は弱い。だからふつうのブレーキ踏力でエンストもするし、停車もできた。
フェル:ははあ、そうだったのですか? なにかの資料で読んだのですが、市販車に関してはブレーキがアクセルに対して100%勝っているものだと思っていました。それは間違いだったと?
水野:特に長時間駐車した後で「ブレーキパッドが冷えて制動摩擦力が弱く、エンジンも始動直後でアイドル回転数が上がっている時」にブレーキのペダル踏力をいろいろと変えて自分で一度やってみればわかるけど、ブレーキってその程度のものなの。
フェル:そうでしたか……。
水野:モーターって低回転域で最大トルクがいきなり出る。だからモーターつきのクルマは0-100km/h加速性能がガソリンエンジン車より軒並み異常に速い。
ワンボックスや大衆車でこれを売りにした e-POWERとかいうコマーシャルが流れているでしょう。
モーターつきのクルマはFFが主流で、小型FF車は少しでも室内を広くするために運転席を前に出しているけど、タイヤハウスの出っ張りが右の足元にあるので、アクセルペダルは内側にオフセット配置されているが、これはFR方式のクルマに比較してブレーキ誤操作の条件は悪くなっている。
モーターはガソリンエンジンとはまったく違う特性なのにクルマ側の設計条件は何も変わっていない!! 本当にこれでいいのでしょうか?
フェル:確かにプリウスが続いている感はありますね。
水野:特定の車種を言うつもりもないし、一般論です。それともうひとつ。ガソリンエンジンは吹かすと音がするからエンジン回転が上がっていることがわかるし、警告にもなっています。
ドライバーにも警告できる。でもモーターは音がしない。30km/hまでは音もなく、最大トルクが出る。私は危ないことだと思うし、この対応が必要と思っています。
フェル:音が出ないというのは確かにそうですね。
■新技術への補助金よりもそれを使いこなすための指導をすべし
水野:未来の担い手、救世主としてEVだ、ハイブリッドだ自動運転だとマスコミや行政は調子づいているけど、「人の命が本当に新機構のなかで真剣に論議されているのか?」って。
正直なところ、高性能車を多く開発してきた私が、誤操作や誤発進に対しどれほど神経をすり減らして、特別なペダル配置や形状、フェールセーフ機構などを開発していたか……正直私の心のなかは一年中、はらわたが煮えくりかえっているんですよ。
フェル:なるほど。
水野:モーターのメカニズムや特徴がよくわかっていない年寄りや女性にエコカー減税で何十万円もの補助金を出したり、地球環境を話すだけで、音もなく最大トルクが出るクルマの特徴や注意点や間違った時の危険性を認識させる啓蒙活動はほとんどせず、むしろ従来のクルマと何も変わらないような説明……。
フェル:昨今の事故は起きるべくして起きていると?
水野:そう。エコカー減税で補助金を出しているクルマたちがその根源となっているケースも多い。
フェル:ふうむ、国が補助金を出してECOだけを推進していたけど、同時に新技術を安全に使うための市場指導も必要なのにほとんどやってこなかった。
水野:そういうこと。もう一度言うけど、モーターって音もなく発進時に最大トルクが出るから、間違って急発進した時に、日常使っている20kg以下程度の踏力でブレーキを踏んだって止めにくい。
さらに先ほど言ったように、室内を広くするために、FR車に比較して内側にオフセットされて取り付けられているFF車のアクセルとブレーキペダルの配置。
フェル:今のクルマってペダルをオフセットしないということがウリになっていますものね、マツダのデミオとか。
水野:で、以前からずっと危惧していたことが現実になってしまった。モノ凄い発進駆動力のあるR35GT-Rを開発した時に、ブレーキペダルの配置やストローク範囲と合わせてなぜオルガン式ペダルでなく、吊り下げ式ペダルにしたかの理由のひとつもこれ。
ブレーキペダル誤操作でアクセルも同時に共踏みした場合、吊り下げだと踏んでいくと、つま先が空振りしてくれる場合もあるのに対し、オルガン式はかかと部分が固定されているのでどこでも踏めてしまうから。
フェル:ペダルってオルガン方式のほうが危ないのですか?
水野:危ないか危なくないかはレイアウトとの関係やストローク量や操作力とのバランスなどで一概には言えないけど……。
フェル:でもマツダではコストのかかるオルガンペダルの採用をウリにしていますよ。
水野:うん、それは、雑誌の記事や欧州高級車のまねだけでなくもっと真剣に研究をしてほしい。
オルガンペダルの欠点は「踏んだ時にペダル面と靴底に滑りが必ず発生するために微妙な操作がしづらいこと」と「ペダル面の角度と靴底の角度が違うので、かかと角度を保持するためにアキレス腱付近の筋肉の負担が大きいこと」。
要は微妙な操作がしづらく、アキレス腱付近が疲労すること。
だから微妙なアクセル操作性が大事なレースカーはプッシュ・レバー方式を使うし、R35GT-Rでは踏んだ時にペダル面と靴底の滑りがまったくなく、ストロークできて、微妙な操作がしやすい軌跡を実現するために、あえて吊り下げ式を採用したの。
確かにオルガン式は高級感があって見栄えはいいけど、要はそのクルマの必要条件からペダル方式は決定するもので「全車オルガン式にしてお金をかけたからいいペダルです」とは私には言えません。
強力な駆動力に対して、微妙なアクセル操作が必要で、ブレーキとの共踏み誤操作リスクの低減を考えてGT-Rは吊り下げ式を使ったの。
■「先の先を読んだ仕事」をエンジニアはすべきだ
水野:発進駆動力が大きいクルマだから私はそこまで神経を遣い、操作や安全設計をやってきました。だからGT-Rの暴走事故って起きていないはずだし、サーキット走行などでもエンジンコントロールは容易なはずです。
フェル:確かに。
水野:それがクルマを設計する者の先の先を読んだ仕事。パワーのあるクルマを設計するということは人の命や操作性に対し、エンジニアがどこまでユーザーに配慮や思いやりを持つか。
フェル:そこまで気を遣っていたということですね。
水野:そう。だから電動車は、発進時トルクを5.00〜6.0kgmくらいに抑える「ノーマル」と、「パワー」というふたつのモードが切り替えられるスイッチをつけるべきなのよ。それは法規でそう決めるべきだとも思う。
また、現在は視力と認知症の検査だけしかない高齢者免許の更新にも「足の検査項目」を追加することが絶対必要!
これはペダル位置を捉える「足の位置認知機能と急ブレーキ時の踏力確保のための脚力の検査」。
すごく簡単ですぐできること、つまり「免許試験場にある階段に30cm間隔のガムテープを張って、この間隔のなかで階段を5段以上登れる試験」を追加するだけ。
フェル:だとするとクルマだけでなく制度にも責任があると。
水野:もちろん、制度そのものに責任ある改定をしてほしいのと、メーカーもモーター搭載車を作る際、ペダル配置についてもメーカーの技術的配慮を付け加えることが大切だと思う。
(次回、後編は7/23に掲載予定)
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