グスタフ・ランダウアー(Gustav Landauer, 1890-1919)
『「資本論」の読み方』邦訳293頁でプルードンに関連してゲゼルが言及。
以下の邦訳書162頁にプルードンに関する記述がある。
ブーバーの叢書から出版している。ベンヤミンに影響を与えたとされる。
レボルツィオーン―再生の歴史哲学 単行本 – 2004/11
内容(「BOOK」データベースより)
1918年、ドイツ帝国の敗北局面に誕生したミュンヘン評議会“レーテ”で、クルト・アイスナーと共に活躍したが、反革命の報復で殺害された独自の社会哲学者。分権・連合・協同社会論の原像が、いま、甦る。
内容(「MARC」データベースより)
1918年、ドイツ帝国の敗北局面に誕生したミュンヘン評議会「レーテ」で活躍したが、反革命の報復で殺害された独自の社会哲学者・ランダウアーの代表作を全訳。分権・連合・協同社会論の原像が、いま甦る。
著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
ランダウアー,グスタフ
1870年、南西ドイツのカールスルーエ近郊に生まれる。ベルリン大学、ハイデルベルク大学、シュトラスブルク大学で哲学・神学を学ぶ。ドイツ社会民主党青年派分派を経て、独立社会主義者として活動。ドイツ・ロマン派、ニーチェ、プルードン、クロポトキンの影響の下に独特なロマン主義的分権・連合・協同社会の思想を展開し、ベンヤミン、ブーバー、ティリッヒ、ラガツらに影響をあたえた。マイスター・エックハルトなど中世キリスト教神秘主義の研究者としても知られる。1919年、ミュンヘン・レーテ共和国の教育・文化大臣としてレーテ革命をになったが、同年5月、反革命義勇軍によって虐殺された
大窪/一志
1946年生まれ。東京大学哲学科卒業。実存哲学専攻。編集者を経て著述業(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
形式: 単行本
著者は、1919年ミュンヘンにおいて革命義勇軍によって処刑された。ロマン主義とアナキズムを重ね合わせたような彼の思想は、ベンヤミンなどにも強い影響を与えたといわれる。彼の社会変革構想は独特である。集権化された現代的な社会を、「中世」にすでにあった部分社会へと解体していくこと、そして国家権力を粉砕するのではなく、「社会へと再吸収すること」。つまり彼のモチーフは、「革命」ではなく中世という「かつてあった安定社会をどう再現するのか」ということにおかれているのだ。こうした構想は、「過去とは既成のものではなく、生成されるものである」という独特のロマン主義的歴史哲学に裏付けられている。そして、革命は社会問題は解決することはない、あくまで精神の先例であり「再生」への契機であるとするところは、ハナ・アレントとも交錯する。彼の中世論では、いうまでもないだろう、網野義彦の「無縁・苦界・楽」が思い出される。彼はミュンヘン・レーテの教育大臣を務めている。活動家としての政治実践と、彼のロマン主義的な社会主義思想が両立する、そんな時代があったのである。以後、「実践的」マルクス・レーニン主義者はこうした思想にはわき目もふってこなかったのである。ランダウアーのような歴史哲学は、実践と結びついてこそ光彩を放つ。昨今のクソ実証しか頭にない歴史学に「歴史は生成するもの」などといってら「歴史教科書の会」と勘違いされかねないだろう。ポスコロ歴史学にいったら、見事に「消費」してくれるだろう。
そのような批判の中でも、本稿で筆者はまず、アナーキストによってなされた、マルクス思想の歴史的相対化について検討し、次いで「唯物史観」を拒絶したドイツ出身のアナーキストであるグスタフ・ランダウアー(Gustav Landauer, 1890-1919)の主張を検討する。
この場合の「唯物史観」とは、資本主義の発展が、必然的に社会主義社会の到来をもたらす、というものであり、「科学的社会主義」とは言えない、とI・ウォーラーステインが表現するものである(『脱=社会科学』藤原書店、一九九二年、二三九~二四〇を参照)。
そのような、「唯物史観」の拒絶というかたちでのマルクス主義批判は、一九世紀末から徐々にアナーキストたちのあいだから生まれてきたと思われる。
それ以前、アナーキストたちは、主に反権威主義と連合主義に基づいて、マルクス主義を非難し、これに対抗しきたが、歴史観に関しては、マルクス主義者たちと似通った主張を展開していた。
したがって、ランダウアーによる唯物史観の拒絶は、アナーキズム史上においても重要である。
しかしながら、日本で紹介されてきたアナーキストによるマルクス主義批判は、もっぱら反権威主義に基づく批判であり、ランダウアーのような主張があったという事実は紹介されていないのではないだろうか。
ランダウアーは、「歴史は科学ではない」と主張して「科学的社会主義」を非難する一方、独自の思想形成の過程を経て(三宅立「グスタフ・ランダウアー」『ドイツ社会主義研究』勁草書房、一九八九年、二八一~四三五頁、R. Link-Saliger, 'Einleitung', in: Signatur: g. l. Gustav Landauer im "Sozialist" (1892-1899), ed. R. Link-Saliger, Frankfurt, 1986, pp.11-36を参照)、歴史における人間の「精神」や「意志」の重要性を強調し、すぐに「革命」を開始せよと呼びかけた(この「革命」とは、一般にイメージされるようなものではないが、これは後述する)。
こういった彼の主張は、ドイツでは、一九六〇年代に「再発見」されるが、彼の「意志」を強調する言葉だけが注目されることが多く、そのような「主意主義的革命観」が、アナーキズム思想の重要な特徴の一つだという見解さえ示された(cf. P. Loesche, 'Anarchismus', Politische Vierteljahresschrift, 1974, p.56)。
しかしながら、実際には、一九世紀以来、アナーキストのほとんどは、唯物史観に似通った歴史観を持ち、資本主義の発展が必然的に革命をもたらすという見解では、マルクス主義者と大差はなかった(U. Linse, 'Der deutsche Anarchismus 1870-1918', Geschichte in Wissenschaft und Unterricht, 1969, pp.514-515)。
したがってランダウアーの主張は、当時のアナーキストたちの中では、むしろ少数派に属していたのであり、「主意主義的革命観」が、アナーキズム思想一般において重要な要素であるとは言えない。
むしろ彼のそういった主張は、ドイツにおけるアナーキストたちのあいだで徐々に受け入れられていったと考えた方がよいだろう。
本稿では、まず、ランダウアーの主張が現われる以前からアナーキズム派の側で開始されていた、マルクス主義の歴史的相対化を扱い、次いでランダウアーの主張を検討し、さらに彼の影響を受けたアナーキストたちの主張と行動を見る。以上の検討を通じて筆者は、アナーキストたちがマルクス主義の問題点として批判していた、マルクス主義者のレトリックに注目し、マルクスからマルクス主義者への、レトリックの継承に関する研究を提案する。以下ではまず、ランダウアーが現れる前のドイツ語圏におけるアナーキストの歴史観について見ていきたい。
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