日曜日, 7月 17, 2016

ニコラス・バーボン

                (マルクスリンク:::::::::

NAMs出版プロジェクト: ニコラス・バーボン

http://nam-students.blogspot.jp/2016/07/blog-post_17.html

ニコラス・バーボン - Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/ニコラス・バーボン
Nicholas Barbon

ニコラス・バーボンNicholas Barbon、フルネーム:Nicholas Unless-Jesus-Christ-Had-Died-For-Thee-Thou-Hadst-Been-Damned Barbon[1]1640年 - 1698年)は、イギリス経済学者医師、金融投機家である。重商主義者であり、自由市場の最初の支持者の一人とされる。世界初の火災保険会社の創設者としても著名である。



初期経済学者ペティとケネーが外科医だったという話は 面白い。
他にも医師から経済学研究に移行した人は多い。
蜂の寓話のマンデヴィルも精神科医だったそうだ。

マルクスが多々引用している火災保険の創始者ニコラス・バーボンも医師だった。

医師には経済的な余裕があるというだけでは説明出来ない。

血流★と貨幣流通のアナロジーも指摘されるが、人間生活を良くしようという動機が
彼らに共通しているのだろう。
中村哲医師が人々の生活を考えてアフガンで水路を作るようになったのに似ている。
経済学のための経済学には意味がない。

以下、マルクス『資本論』の指摘、

1:23:1
《注75 …もともと経済学は…特に理論的には──しかも極めて大きい成功をもって──ペディ、バーボン、マンデヴィル、ケネーのような医師によって研究された。…》

en1:25

Originally, political economy was …

and with the greatest success, by medical men like Petty, Barbon, Mandeville and Quesnay. 

_____


バーボン@資本論(河出版長谷部文雄訳)

1:1
二 「願望は慾望をふくむ。それは心の食慾であって、飢餓が肉体にとって自然的なのと同じく自然的である。……大多数(の物)は、心の慾望を充たすがゆえにその価値をもつ。」ニコラス・バーボン『新貨幣をより軽く鋳造することにかんする論策、ロック氏の「諸考察」に応答して」、ロンドン、一六九六年、二、三頁。
Things that have their Value by being useful to supply the Wants of the Mind, are all such Things that satisfy Desire, (Desire implies Want; it is the Appetite of the Mind, and as natural as Hunger to the Body:) such are all those Things that are any ways useful to satisfy the Mind, by contributing to the Ease, Pleasure, or Pomp of Life.


三 「物は、ある内在的な特長(vertue──これは、バーボンにあっては、使用価値をあらわす独自の言葉である)を有する。すなわち物は、あらゆる場所において、同じ特長を有する。たとえば、磁石は鉄を吸引すというように。」(前掲書、六頁。)鉄を吸引するという磁石の属性は、それに媒介されて磁極性が発見されたとき、はじめて有用となった。

七 「いかなる物も内在的な交換価値をもちえない。」(N・バーボン『新貨幣をより軽く鋳造することにかんする論策』、六頁。)あるいは、バトラーがいうように、──「ある物の価値は、ちょうど、それがもたらすであろうだけのものである。」

〔42〕あるいは、老バーボンがいうように、「交換価値の大いさが等しければ、ある種類の商品は、他の種類の商品と同じものである。同等な大いさの交換価値をもつ諸物のあいだには、何らの差異も区別も実存しない。」

八 …ポンドの価値ある鉛または鉄は、一〇〇ポンドの価値ある銀および金と、同等な大いさの交換価値をもつ。」〕(N・バーボン、前掲書、五三頁および七頁。)

1:3:2:c
八五 金銀は、鋳貨としては、あるいは流通手段としての排他的機能においては、それじしんの章標となる、ということからして、ニコラス・バーボンは、「貨幣の価値を高める」政府の権利、すなわち例えば、グロシェンと名づけられたある分量の銀に、ターレルというようなより多量の銀の称呼を与え、かくして、ターレルのかわりにグロシェンを債権者たちに償還する政府の権利を導きだした。「貨幣はたびたび人から人に支払われてゆくことによって、消耗して軽くなる。……人々が取引において気にするのは、貨幣の称呼と通用とであって、銀の量ではない。……金属を貨幣たらしめるものは、金属にたいする国家権力である」と。(N・バーボン『新貨幣をより軽く鋳造することにかんする論策』、二九、三〇、二五頁。)

1:3:3:c
一〇九 …「……鋳造貨幣の輸出は、その廉価によってひきおこされているのであり、貿易逆調の結果ではなく原因である」というリカードの誤ったドグマは、それゆえに、すでにバーボンにおいて見いだされる、──「貿易の差額なるものは、もしそうしたものがあるとしても、貨幣が一国から輸出される原因ではない。むしろこの輸出は、各国における地金の価値の相違から生ずる」と。(N・バーボン『新貨幣をより軽く鋳造することにかんする論策』、五九、六〇頁。)…

一一二 「為替相場は毎週騰落するのであって、一年のうち、特定の時期には一国民にとり逆高となり、他の時期には順高となる。」(N・バーボン『新貨幣をより軽く鋳造することにかんする論策』、三九頁。)

 
1:23:1
七五 …もともと経済学は、ホッブス、ロック、ヒュームのような哲学者や、トマス・モーア、テンブル、シュリー、ド・ヴィット、ノース、ロー、ヴァンダリント、カンティヨン、フランクリンのような実業家や政治家によって研究され、特に理論的には──しかも極めて大きい成功をもって──ペディ、バーボン、マンデヴィル、ケネーのような医師によって研究された。…

ニコラス・バーボン - Wikipedia
ニコラス・バーボンNicholas Barbon、フルネーム:Nicholas Unless-Jesus-Christ-Had-Died-For-Thee-Thou-Hadst-Been-Damned Barbon[1]1640年 - 1698年)は、イギリス経済学者医師、金融投機家である。重商主義者であり、自由市場の最初の支持者の一人とされる。世界初の火災保険会社の創設者としても著名である。

政治経済学分野における著作は、古典派経済学の基礎の発展に貢献した。

Apology for the Builder; or, A Discourse Showing the Cause and Effects of the Increase of Building(1685年)
A Discourse of Trade(1690年)
久保芳和訳「交易論」『交易論・東インド貿易論 初期イギリス経済学古典選集 2』、1966年、東京大学出版会
A Discourse Concerning Coining the New Money Lighter(1696年)   

A discourse concerning coining the new money lighter in answer to Mr. Lock's Considerations about raising the value of money / by Nicholas Barbon, Esq.
http://quod.lib.umich.edu/e/eebo/A30882.0001.001?view=toc





 各国語版へのリンク 
英語版のテキスト (本訳文の原本)

Economic Manuscripts: Capital Vol. I - Chapter One
2. “Desire implies want, it is the appetite of the mind, and as natural as hunger to the body... The greatest number (of things) have their value from supplying the wants of the mind.” Nicholas Barbon: “A Discourse Concerning Coining the New Money Lighter. In Answer to Mr. Locke’s Considerations, &c.”, London, 1696, pp. 2, 3.


4. 『資本論』第1章第1節第9段落本文では、 
① 「かの老バーボンが言っているように、“一つの商品種は、その交換価値が同一の大いさであるならば、
他の商品と同じだけのものである。このばあい同一の大いさの交換価値を有する物の間には、
少しの相違または差別がない(注8)。”」つまり、
 A:諸商品は、交換価値が同一ならば、同じだけのもので、相違・差別がない
  そして、バーボン(注8)では、
② 「一商品種は、もし価値が同一であるならば、他の商品種と同じものである。
 同一価値の物には相違も差別も存しない。・・・100ポンドの価値のある鉛または鉄は、
 100ポンドの価値ある銀や金と同一の大いさの交換価値をもっている」つまり、
 B:諸商品は、価値が同一ならば、相違・差別がなく、同じものである。

ニコラス・バーボン - Wikipedia

https://ja.wikipedia.org/wiki/ニコラス・バーボン
Nicholas Barbon

ニコラス・バーボンNicholas Barbon、フルネーム:Nicholas Unless-Jesus-Christ-Had-Died-For-Thee-Thou-Hadst-Been-Damned Barbon[1]1640年 - 1698年)は、イギリス経済学者医師、金融投機家である。重商主義者であり、自由市場の最初の支持者の一人とされる。世界初の火災保険会社の創設者としても著名である。

経歴[ソースを編集]

1640年頃ロンドンで、おそらくプレイズ=ゴッド・バーボンの息子として生まれ、ライデン医学を学んだ。1661年にユトレヒトでM.D.(Doctor of Medicine、医師)の学位を得た後にロンドンに戻り、1664年には内科医師会に名誉あるフェローとして認められた。1666年のロンドン大火が起こると、ロンドンの再建復興に尽力。火災保険の必要性を主張し、大火の翌年1667年から事業を始めた。1680年、バーボンの火災保険引受会社はロンドン初の消防隊を組織した。1690年と1695年には、ウェスト・サセックスブランバー選挙区から下院議員に選ばれた。[2]

ジョン・アスギルと共にLand Bank(土地銀行)を設立し、同時代の記録によるとこの事業はかなりの成功を収め、1696年にジョン・ブリスコーの土地銀行と合併した。

主著[ソースを編集]

Discourse of trade, 1905

政治経済学分野における著作は、古典派経済学の基礎の発展に貢献した。

  • Apology for the Builder; or, A Discourse Showing the Cause and Effects of the Increase of Building(1685年)
  • A Discourse of Trade(1690年)
    久保芳和訳「交易論」『交易論・東インド貿易論 初期イギリス経済学古典選集 2』、1966年、東京大学出版会
  • A Discourse Concerning Coining the New Money Lighter(1696年)

外部リンク[ソースを編集]

注釈[ソースを編集]

  1. ^ Letwin, William. The Origins of Scientific Economics. London: Routledge, 2003. p. 48.
  2. ^ London Fire Brigade”. 2007年10月27日閲覧。


血液循環説(けつえきじゅんかんせつ、theory of the circulation of the blood)とは「血液心臓から出て、動脈経由で身体の各部を経て、静脈経由で再び心臓へ戻る」という説。1628年ウイリアム・ハーベーによって唱えられた。

概要編集

当説は現代医学では循環器学の事実として知られているが、この仕組みは長きにわたって人類に知られていなかった。

かつて古代ギリシアガレノスが、現在とは異なる内容の生理学理論を纏め上げた。その影響で1600年代初頭の段階でも

  • 通気系 - 空気由来の動脈血を全身に運ぶ血管
  • 栄養配分系 - 栄養を運ぶ血管系

と2系統に分けて考えられていた。肝臓で発生した血液は人体各部まで移動し、そこで消費されるとされ、循環は想定されていなかった。

ウイリアム・ハーベー(William Harvey1578年-1657年)は、血管を流れる大量の血液が肝臓で作られてはいないだろうと睨み「血液の系統は一つで、血液は循環している」との仮説を立てた。この仮説が正しければ、血管のある部分では血液は専ら一方向に流れるはずであり、ハーベーは腕を固く縛る実験でそれを確認した。

1628年、ハーベーは『動物における血液と心臓の運動について』 (Exercitatio anatomica de motu cordis et sanguinis in animalibus) において血液循環説を発表した。発表当時これは激しい論争の的となり、1649年に反論に対する再反論の冊子をハーベーが発行した。その後血液循環説は多くの人々によって様々に実験・検証され、その正しさは次第に受け入れられていく。また、この血液循環説が後に心臓血圧の正しい理解へと繋がった。

関連項目編集



http://members.jcom.home.ne.jp/matumoto-t/%82%8Eakazawa98.html

あきらかにされた血液


 循環の理論を、正しく理解していました。体内を血液が循環していくように、有機

 体として生きているわれわれの社会の経済もまた、大きな規模での循環をおこなっ

 ているにちがいありません。静脈と動脈が違う方向に血液を流すように、経済では、

 支出と収入とによって違う方向に流れていく価値(これはもう一八世紀の話ですか

 ら、当然貨幣で換算されるようになっています)の総循環が、有機体の生命を維持

 していくための「再生産」をおこない、その過程の中から過剰分としての純益が生

 じて、富は増えていきます。


  ケネーは経済の流通を血液として生きる社会が、自分自身を維持(再生産)しな

 がら富を増殖していくプロセスの秘密を知ろうとしました。ケネーは貨幣そのもの

 は富の本体でないことを、よく知っていました。貨幣がいくら増えても、社会の実

 際の富は少しも増えないのです。それに商人が自分のもっている商品を実際よりも

 高い値段で売ったからといって、それで社会全体の富が増えるということもありま

 せん。こっちで得をする人があれば、向こうでは損をした人が出て、結局差し引き

 ゼロで富の増殖はおこっていません。


  職人や工業労働者の仕事も富を増やさない、というのがケネーの考えでした。そ

 の仕事は労働を投入して、モノを別の形をしたモノに変形するだけで、実質的な増

 殖がおこっていないという考えです。ケネーの考える「増殖」は、実際にモノの価

 値や量が増えなければ意味はないのです。




3 Comments:

Blogger yoji said...


http://members.jcom.home.ne.jp/matumoto-t/%82%8Eakazawa98.html
あきらかにされた血液

 循環の理論を、正しく理解していました。体内を血液が循環していくように、有機

 体として生きているわれわれの社会の経済もまた、大きな規模での循環をおこなっ

 ているにちがいありません。静脈と動脈が違う方向に血液を流すように、経済では、

 支出と収入とによって違う方向に流れていく価値(これはもう一八世紀の話ですか

 ら、当然貨幣で換算されるようになっています)の総循環が、有機体の生命を維持

 していくための「再生産」をおこない、その過程の中から過剰分としての純益が生

 じて、富は増えていきます。

  ケネーは経済の流通を血液として生きる社会が、自分自身を維持(再生産)しな

 がら富を増殖していくプロセスの秘密を知ろうとしました。ケネーは貨幣そのもの

 は富の本体でないことを、よく知っていました。貨幣がいくら増えても、社会の実

 際の富は少しも増えないのです。それに商人が自分のもっている商品を実際よりも

 高い値段で売ったからといって、それで社会全体の富が増えるということもありま

 せん。こっちで得をする人があれば、向こうでは損をした人が出て、結局差し引き

 ゼロで富の増殖はおこっていません。

  職人や工業労働者の仕事も富を増やさない、というのがケネーの考えでした。そ

 の仕事は労働を投入して、モノを別の形をしたモノに変形するだけで、実質的な増

 殖がおこっていないという考えです。ケネーの考える「増殖」は、実際にモノの価

 値や量が増えなければ意味はないのです。

11:47 午後  
Blogger yoji said...

NAMs出版プロジェクト: 『これからの経済学』日本評論社:書評 ...
nam-students.blogspot.jp/2015/.../20150907-1600-httpwww.h...
吉川洋☆の初期経済学者ペティとケネーが外科医だったという話は面白い。経済の循環 を血液の循環のアナロジーとして把握することが有効な時代が確かにあった(吉川「経済 がないと経済学はない」は名言。図解された学説史の貧弱さがわかる)。 ピケティとの ...

11:48 午後  
Blogger yoji said...

政治経済学分野における著作は、古典派経済学の基礎の発展に貢献した。

Apology for the Builder; or, A Discourse Showing the Cause and Effects of the Increase of Building(1685年)

A Discourse of Trade(1690年)
久保芳和訳「交易論」『交易論・東インド貿易論 初期イギリス経済学古典選集 2』、1966年、東京大学出版会

A Discourse Concerning Coining the New Money Lighter(1696年)

12:27 午前  

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