木曜日, 2月 11, 2016

ドラッカーと孔子


                (孔子リンク:::::::::
NAMs出版プロジェクト: ドラッカーと孔子
http://nam-students.blogspot.jp/2016/02/blog-post_11.html@

ものぽーる (@monopole0001)
何が正しいかよりも、誰が正しいかに関心を持つ者を、マネジャーに任命してはならない。仕事よりも人を重視することは、一種の堕落であり、やがては組織全体を堕落させる。(ドラッカー)

大事なのは、政策の中身と実現力。何が正しいかより、誰が正しいかを重視する人は、マネジメントを妨害する。 twitter.com/njintw/status/…

https://twitter.com/monopole0001/status/1215948212273418240?s=21





https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%94%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC%
E3%83%BB%E3%83%89%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AB%E3%83%BC
ピーター・ファーディナンド・ドラッカー(Peter Ferdinand Drucker、ドイツ語名:ペーター・フェルディナント・ドルッカー 、1909年11月19日 - 2005年11月11日)は、オーストリアウィーン生まれのユダヤ系オーストリア人[1]経営学者。「現代経営学」あるいは「マネジメント」(management) の発明者。
 先月、東京大学東洋文化研究所教授・安冨歩氏が『ドラッカーと論語』(東洋経済新報社)という本を出した。『マネジメント』で知られるピーター・ドラッカーの思想を、孔子の『論語』をサブテキストにして読み解いていく、というもので、私(引用者注:窪田順生氏)も少しお手伝いをさせていただいている。
 そんな関係もあるので、発売前から周囲の人間に、「今度面白い本が出るよ」と話していたのだが、そこでくる反応というのはだいたいこんなものが多い。
 「ドラッカーと孔子を結びつけるなんていくらなんでも強引なんじゃないの?」
 確かに、かたや紀元前の思想家、かたや20世紀を代表する経営学の祖、この2人を一緒に語ろうというのは無理矢理感があるように思うかもしれない。が、本書を読んでいただければ分かるが、この2人、ビックリするほど同じようなことを言っているのだ。
 例えば、『マネジメント』でドラッカーは組織が正しく機能をしていくためには、意思決定に「フィードバック」が含まれていないといけない、と説いている。ここでいう「フィードバック」とは、サイバネティックス理論を唱えたノーバート・ウィナーが示した「フィードバックと学習(learning)」という概念がベースにあるとして、安冨氏はこう定義する。
「いかなる場面においても、自らの過ちを認めて反省し、自分自身のあり方を改めていく」
 このような姿勢をドラッカーは「integrity」と表現した。『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』にも登場した「真摯(しんし)さ」というやつだ。そんな「フィードバック」を、孔子の『論語』の中にも見つけることができる。
 子曰、學而時習之、不亦説乎、有朋自遠方来、不亦楽乎、人不知而不慍、不亦君子乎
 先生が言われた。何かを学び、それがある時、自分自身のものになる。よろこばしいことではないか。それはまるで、旧友が、遠方から突然訪ねてきてくれたような、そういう楽しさではないか。そのよろこびを知らない人を見ても、心を波立たせないでいる。それこそが君子ではないか。(訳は『ドラッカーと論語』より引用)

ドラッカーと孔子の思想が似ているのは2人とも「ファシズム」を憎んでいたから? (2/3) - ITmedia ビジネスオンライン
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1407/08/news021_2.html
 真摯な態度で学び、それを苦労の末、身につけることで新しい自分になることに喜びを見出す――。確かに、それはドラッカーの言う「フィードバック」のことに他ならない。
 さらに言えば、ここで出た「君子」という概念も然りだ。これは孔子が考える、「徳治」(徳によって世を治める)ができる理想の国家君主のことなのだが、実はドラッカーも『マネジメント』の中で同じようなことを述べている。それは「マネジメント」を行うために必要不可欠な存在であり、最も必要とされる資質は、「フィードバック」を続けていく「真摯さ」――。
 もうお分かりだろう、「マネージャー」である。実際、ドラッカーの言う「マネジメント」というのは、孔子が述べる「徳治」と双子のように瓜二つなのだ。
 このような両者の共通点が、本書ではまるで推理小説のように次々と明らかになっていくわけだが、そもそも、なぜ2500年も時を隔て、民族も違う2人の思想が似通うのかという疑問が浮かばないだろうか。
 実はそれは両者が生きた「時代背景」が関係している、と安冨氏は考察する。
 孔子が『論語』を生み出した時代は、「秦」という巨大な官僚組織・軍隊がさまざまな民族を統制していくという激動の時代だった。それまでは比較的のんびりとした国だったのに、圧倒的な武力を盾にして巨大国家ができていく。法律やモラルも今と違うので、逆らう者は容赦なく殺される。これを孔子の流れをくむ孟子は「覇道」と呼んだ。孔子は「覇道」を憎んだ。だからこそ、力ではなく、「徳治」(マネジメント)ができる「君子」の必要性を説いたのである。
 一方、ドラッカーも「マネジメント」ということを考えたのも「覇道」を憎んだからである。彼の時代では、それを「ファシズム」と呼んだ。
 若きドラッカーはナチスドイツが台頭する、フランクフルトにいた。彼はファシズムを目の当たりにして、ファシズムを憎み、現代社会がどうすればファシズムに対抗することができるのか、という問いに対して向き合い続けた思想家でもある。
 事実、『マネジメント』の冒頭にはこのように述べている。
成果をあげる責任あるマネジメントが、専制に代わる唯一のものであり、それへの唯一の防衛策である(Management,p.x)


Performing, responsible management is the alternative to tyranny and our only protection against it.
– Peter F. Drucker(Management,p.x)


  • 1973: Management: Tasks, Responsibilities, Practices' (New York: Harper & Row)


11 Comments:

Blogger yoji said...

【経営】セブンイレブンだけがなぜ売れるのか? [無断転載禁止]©2ch.net | 2chスマホ ブラウザitest.2ch.net
http://itest.2ch.net//test/read.cgi/bizplus/1455187518/-100
 ところが、1店舗あたりの売上高を見ると、セブン-イレブンは67万円と、ローソンの55万円、
ファミリーマートの53万円を圧倒している。その原因は、店づくり以外のところにあるということになる。それがここでの問いである。

 結論からいうと、商品が買い上げられるスピードが違うのだ。これは有名な話なのだが、
海辺の町で、釣り船の発着場へ続く道沿いにセブン-イレブンの店があった。
ここで、いつも同じおにぎりの品揃えをしていれば、商品が買い上げられるスピードは他社と同じになる。
 ところが、「この週末は暑くなりそうだ。そうすると、お客さんも早朝に買いに来たとき、
炎天下でも痛みにくい梅のおにぎりを選ぶのではないか」という仮説を立てるのがセブン-イレブンなのだ。
そして、梅のおにぎりをいつもより多めに品揃えしておくと、それが瞬く間に売れる。
 長い冬の終わりごろ、少し温かくなる日がある。そうしたとき、
「冬の間食べていなかった冷やし中華やアイスクリームを、急に食べたくなる人たちがいるのではないか」
と仮説を立てる。それに合わせて品揃えを充実させておくと、それがまた売れる。こうした仮説を立て、
商品が買い上げられるスピードを極限まで高めた結果が、圧倒的な1店舗あたりの売上高に表れているのだ。
 鈴木会長が、常々「我々の競争相手は同業他社でなく、めまぐるしく変化する顧客ニーズである」
というのはここに理由がある。同業他社の店づくりを見ていても、結局フォーマットに収束していくだけで、
差別化にはならない。本来の差別化を追求するなら、顧客の心の内側を見にいく必要があるということだ。
鈴木氏がよく「経営を心理学で捉える」といわれる所以はそこにある。

4:06 午前  
Blogger yoji said...

ドラッカー『マネジメント』の冒頭にはこう述べられている。

「成果をあげる責任あるマネジメントが、専制に代わる唯一のものであり、それへの唯一の防衛策である」(Management,p.x)

8:21 午前  
Blogger yoji said...


ドラッカー『マネジメント』の冒頭にはこう述べられている。
「成果をあげる責任あるマネジメントが、専制に代わる唯一のものであり、それへの唯一の防衛策である」

Performing, responsible management is the alternative to tyranny and our only protection against it.
– Peter F. Drucker(Management,p.x)


“Tyranny substitutes one absolute boss for the pluralism of competing institutions….To make our institutions perform responsibly, autonomously, and on a high level of achievement is thus the only safeguard of freedom and dignity in the pluralist society of institutions. Performing, responsible management is the alternative to tyranny and our only protection against it.”

– Peter F. Drucker

8:25 午前  
Blogger yoji said...



http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1407/08/news021.html
 …『マネジメント』でドラッカーは組織が正しく機能をしていくためには、意思
決定に「フィードバック」が含まれていないといけない、と説いている。ここでいう「フィ
ードバック」とは、サイバネティックス理論を唱えたノーバート・ウィナーが示した「フィ
ードバックと学習(learning)」という概念がベースにあるとして、安冨氏はこう定義する。
「いかなる場面においても、自らの過ちを認めて反省し、自分自身のあり方を改めていく」
 このような姿勢をドラッカーは「integrity」と表現した。『もし高校野球の女子マネージ
ャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』にも登場した「真摯(しんし)さ」とい
うやつだ。そんな「フィードバック」を、孔子の『論語』の中にも見つけることができる。

 子曰、學而時習之、不亦説乎、有朋自遠方来、不亦楽乎、人不知而不慍、不亦君子乎

 先生が言われた。何かを学び、それがある時、自分自身のものになる。よろこばしいこと
ではないか。それはまるで、旧友が、遠方から突然訪ねてきてくれたような、そういう
楽しさではないか。そのよろこびを知らない人を見ても、心を波立たせないでいる。それ
こそが君子ではないか。(訳は『ドラッカーと論語』より引用)

 孔子が『論語』を生み出した時代は、「秦」という巨大な官僚組織・軍隊がさまざまな民
族を統制していくという激動の時代だった。それまでは比較的のんびりとした国だったのに、
圧倒的な武力を盾にして巨大国家ができていく。法律やモラルも今と違うので、逆らう者は容
赦なく殺される。これを孔子の流れをくむ孟子は「覇道」と呼んだ。孔子は「覇道」を憎ん
だ。だからこそ、力ではなく、「徳治」(マネジメント)ができる「君子」の必要性を説いた
のである。
 一方、ドラッカーも「マネジメント」ということを考えたのも「覇道」を憎んだからである。
彼の時代では、それを「ファシズム」と呼んだ。

3:31 午前  
Blogger yoji said...

経営学修士 - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/経営学修士
経営学修士(けいえいがくしゅうし)、Master of Business Administration(MBA)とは、 経営学を修めたものに対して授与されることのある専門職学位である。 英米圏において は実務経験(AMBAは3年と規定)を有する社会人を対象としたマネジメントプログラムを 提供するビジネススクール(経営大学院)、日本においては大学院(修士課程または専門 職学位課程)が、これを授与する。 日本では、文部科学省による専門職大学院制度の 新設に基づく専門職学位課程によるものと、従来の修士課程によるものとの二通りが ある ...
転職に美味しい資格「MBA」|転職@type

4:44 午前  
Blogger yoji said...

思想家ドラッカーを読む――リベラルと保守のあいだで 単行本(ソフトカバー) – 2018/3/1
仲正 昌樹 (著)
5つ星のうち 4.6 3件のカスタマーレビュー


ファシズムの時代を生き抜いたドラッカーは、
何と闘い、どんな世界を夢見ていたのか?

「マネジメント」「リーダーシップ」「プロフェッショナル」といった言葉ともに、
日本でも絶大な人気を誇る、経営学者・思想家のピーター・ドラッカー。
あまたの本がビジネス分野ならびに自己啓発分野において出版されてきたが、
彼の思想的な側面はこれまで十分に掘り下げてはこられなかった。

本書は、ドイツ思想ならびに現代アメリカ思想、ポストモダン思想に通暁している、
思想史家・法哲学者の仲正昌樹氏(金沢大学法学類教授)が、
ドラッカーを“思想"という観点から書いた、これまでにない入門書である。
ドラッカーのテキストを精読することによって、その思想を整理し、
さらには同時代の西洋思想史(自由主義、保守主義、ファシズム、社会主義、ユダヤ思想、等)
のなかに置き直し、新たなドラッカー像を提示する。


★とりあげる主な思想家
ケインズ、シュンペーター、ハイエク、アーレント、カール・ポランニー、
エドマンド・バーク、フロイト、シュタール、ヘーゲル、など多数。



〈目次〉
まえがき 人文学者、ドラッカーを読む
第1章 ウィーンのドラッカー
第2章 守るべきものとは何か?--ドラッカーの保守主義
第3章 なぜファシズムと闘うのか?--ドラッカーの自由主義
第4章 思想としての「マネジメント」
終 章 弱き個人のための共同体としての企業
あとがき

内容(「BOOK」データベースより)
20世紀を代表する経営学者ドラッカー。そのあまたの著作の背景には共同体という寄る辺を失った“弱い個人”がファシズムやポピュリズムに流されることなくいかに生き抜くかの、たゆまぬ思索があった。“思想”の観点からその精髄を明らかにするこれまでにない入門書。


ドラッカーの思想基盤・思想背景に興味があり、本書を発売の1ヶ月以上前に予約して購入しました。各章に対応するドラッカーの著書は概ね次のようになります。

第1章 『傍観者の時代』『すでに起こった未来』
第2章 『フリードリッヒ・ユリウス・シュタール』
第3章 『「経済人」の終わり』『産業人の未来』
第4章 『現代の経営』『マネジメント』『イノベーションと企業家精神』
終 章 『新しい現実』『ポスト資本主義社会』

この中で最も有益だったのが第2章です。ドラッカーの1933年発表の幻の処女作と言われている『フリードリッヒ・ユリウス・シュタール』を最初に読んだときは、今ひとつ理解ができなかったのですが、本書の補足説明で理解が深まりました。それだけでも本書の価値は絶大でした。願わくば、ドラッカー思想の源流をなすキルケゴールとの関係の解説も入れていただければ、嬉しかったです。
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5:48 午後  
Blogger yoji said...

フリードリヒ・ユリウス・シュタール 保守的国家論と歴史的発展 【一九三三 ...
www.dhbr.net/articles/-/309
この論考は、一九三三年、ドラッカーが二四歳の時に著した処女作である。しかしすぐさま、ナチスによって発禁処分とされた。なぜならナチスは、シュタールの学説をユダヤ神政主義として排除していたからである。ドラッカーはかねてより、ナチスの非合理的な政治思想の伸長を危惧しており、伝統的保守派の象徴であるシュタールを再評価することでナチスに異を唱え、自由と平和を第一義とするヨーロッパの基本的信条を訴えた。
シュタールとは - コトバンク
kotobank.jp/word/シュタール-77836
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 - シュタールの用語解説 - [生]1802.1.16. ミュンヘン[没]1861.8.10. バート・ブリュッケノウドイツの政治哲学者,政治家。プロシア保守主義の代表的な思想家。当初 Julius Golsonという名のユダヤ教徒だったが 1819 年にルター派に改宗し改姓,同化した。ウュルツブルク...
タイトル ドラッカーのシュタール論について - HOKUGA - 北海学園大学 (Adobe PDF)
hokuga.hgu.jp/dspace/bitstream/.../3037/.../06_春日様論文.pd...
ドラッカー真の処女作 フリードリヒ・ユリウス・シュタール;保守主義的国家論と歴史の発. 展 (33)を整理・検討し,ドラッカー思想全体における意義を見定めることが本稿の課題であ. る。 ドラッカーが 文筆家 として一躍世に出たのは,渡米後に上梓した 経済人の終わり (39). によってである。ジャーナリストを出自に,以後は大学に籍を置きながら, 彼は政治学者から. やがて経営学者として認知されていくことになる。なかでも マネジメントの父 として与え. た影響は大きく,学界での功績もさることながら,実務 ...
一九三三年発表の幻の処女作 反ナチスの表明 フリードリヒ・ユリウス ...
ci.nii.ac.jp/naid/40016889199/
一九三三年発表の幻の処女作 反ナチスの表明 フリードリヒ・ユリウス・シュタール 保守的国家論と歴史の発展 (Feature Articles 生誕100周年記念 ドラッカーの思考). Drucker Peter F. この論文をさがす. NDL-OPAC · CiNii Books. 著者. Drucker Peter F. 収録刊行物. Diamondハーバード・ビジネス・レビュー. Diamondハーバード・ビジネス・レビュー 34(12), 99-121, 2009-12. ダイヤモンド社. Tweet. 各種コード. NII論文ID( NAID): 40016889199. NII書誌ID(NCID): AA11485698. 本文言語コード: JPN. 資料種別: 翻訳 ...
友人が見た若き日のドラッカー | 文明とマネジメント研究所
drucker-bunmei.jp/archives/928
だがドラッカーによる真に重要な研究、彼の来るべき全展開の前触れとなった研究は、 全然別のものであった。それは、ほぼ同時期に書かれて、ヒトラーの支配がドイツにおける自由な研究と独立の学問を殺してしまう直前の一九三三年始めに出版された。 そのタイトルは「フリードリッヒ・ユリウス・シュタール― 保守主義哲学と歴史的継続」であった。著者は当時まだ二四歳にもならず、もちろんまったく無名だった。しかし無名の若者によるこの小冊子は、当時ドイツで出版されていた法学・政治学の研究論文のもっとも格の高い ...
法学者一覧 - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/法学者一覧
法学者一覧(ほうがくしゃいちらん)は、著名な法学者の一覧である。日本人の法学者については日本の法学者一覧を参照。 目次. [非表示]. 1 ローマ法・私法・国際法; 2 教会法; 3 公法; 4 刑事法; 5 法思想家・法哲学者など; 6 英米法; 7 イスラーム法; 8 ロシア法・ソビエト法. ローマ法・私法・国際法[編集]. ガーイウス(Gaius、2世紀); アエミリウス・パーピニアーヌス(Aemilius Papinianus、およそ150年-212年); ドミティウス・ウルピアーヌス(Domitius Ulpianus、-228年); ユーリウス・パウルス( Iulius Paulus、3世紀); モデ ...
ドラッカーの処女作に思想の原点を見た-『ドラッカーの思考 ...
management-frontier.livedoor.biz/archives/51688070.html
この特集で一番嬉しかったのは、ドラッカーが1933年に発表した幻の処女作「 フリードリヒ・ユリウス・シュタール-保守的国家論と歴史の発展」が読めたことである。 処女作といっても小冊子ほどの文量しかないが、何と言ってもドラッカーが24歳の時の著書であるというだけで驚きだ。 当時のドイツではアドルフ・ヒトラーが率いるナチス党が台頭しつつあった。しかし、ドラッカーはヒトラーの非合理的な政治思想を危険なものと見なし、伝統的保守派の法哲学者シュタールを再評価することでナチスに異議を ...

5:52 午後  
Blogger yoji said...

ドラッカーの処女作に思想の原点を見た-『ドラッカーの思考(DHBR2009年12月号)』

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Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2009年 12月号 [雑誌]
ダイヤモンド社
2009-11-10
posted by Amazon360

 この特集で一番嬉しかったのは、ドラッカーが1933年に発表した幻の処女作「フリードリヒ・ユリウス・シュタール-保守的国家論と歴史の発展」が読めたことである。処女作といっても小冊子ほどの文量しかないが、何と言ってもドラッカーが24歳の時の著書であるというだけで驚きだ。

 当時のドイツではアドルフ・ヒトラーが率いるナチス党が台頭しつつあった。しかし、ドラッカーはヒトラーの非合理的な政治思想を危険なものと見なし、伝統的保守派の法哲学者シュタールを再評価することでナチスに異議を唱えた。結果的に、ドラッカーの指摘した通り、ヒトラーの全体主義はドイツを第二次世界大戦で敗戦へと導いてしまう。24歳にしてファシズムを批判したドラッカーの考え方に、その後の数多くの著書につながる原点を読み取ることができる。

 ドラッカーがこの著書を書いていた当時、シュタールはそれほど有名な法哲学者ではなかったようだ。ドラッカーは、「あまり有名でない人に光を当てる」のが得意技でもあった。少し話が逸れるが、後にドラッカーの代名詞となるマネジメントの思想は、アメリカの社会学者であるメアリー・パーカー・フォレットに負うところが大きいとドラッカーは述懐している。彼女自身もまた、当時の社会学の中ではメジャーな存在ではなかった。ドラッカーがこうした人物まで研究しているのは、通説を鵜呑みにするのではなく、常に通説を違った角度から眺めて矛盾を突き止め、議論を提起し、新たなアイデアを提示しようとする姿勢を保っていた証である。

 私自身は法哲学に疎いので、シュタールの業績がどのようなものであったのかはドラッカーのこの著書を通じてのみしか知ることができない。私なりにドラッカーがこの著書の中で述べた内容を要約してみたいと思う。

 シュタールは伝統的な保守思想に基づいて、近代ドイツの「立憲君主制国家」の骨組みを明らかにした。シュタールの立憲君主制においては、国家はキリスト教の道徳的世界を実現するための機関として位置づけられ、統治に関する最高権力は全て君主に委ねられる。そして君主は、憲法をはじめとする法律によって国民を統制する。

 しかしながら、国民もまた自由意思を持つ存在であり、法律に納得しなければ異議を申し立てることが可能でなければならない。そこで、国家権力を監視し、人間の自由の番人となる「人民の代表団」が形成される。これらの要素は、保守主義者の流儀に倣い、非常に合理的な思考プロセスによって演繹的に導かれたものである。シュタールは過去の哲学者や政治学者と同じく、歴史を超越した普遍的原則を追求した。

 シュタールは典型的な保守主義者であったから、革命に対しては否定的であった。よって、神の秩序を揺るがすようなイギリスの宗教改革を遺憾に感じていた。ところがシュタールの理論は、彼が思い描いていたのとは違う方向へと進んでいく。

5:52 午後  
Blogger yoji said...



 1848年以降の憲法論争の中で、シュタールは歴史の動力を実感することになる。シュタールは、小国家のままでは自身が理想とするキリスト教国家の実現は無理だと判断し、小ドイツ(プロイセン)を解体して大ドイツ(オーストリア帝国)への吸収合併を主張したのである。

 ここで、シュタールの合理性の基本原則は大きく崩れることになる。彼は普遍的で理想的な国家像を掲げる一方で、現実世界では「政治力学」を考慮する必要に迫られた。シュタールは「国民感情」という概念を用いて、国家が歴史の進行に直面した時、進歩主義的な態度を取ることができることを示した。別の言葉を使えば、彼は保守主義の中に「変化」という言葉を持ち込んだ。これは伝統的な保守主義では考えられないことであった。

 シュタールは自身の理論を変容させて小ドイツの解体を提案したが、最終的にはビスマルクが武力行使によりプロイセンを中心としたドイツ帝国を建国した。よって、シュタールの立憲君主制はドイツ帝国からワイマール共和国に移行する1918年まで、ドイツの礎として機能したことになる。

 ドラッカーはシュタールの理論の限界をいくつか指摘している。最も致命的だったのは、彼が保守主義者であり宗教革命に難色を示していたにもかかわらず、熱心なプロテスタントであったということだ。そのため、彼の理論にはどこか妥協の産物の要素があることは否めない。

 にもかかわらずドラッカーがシュタールを高く評価するのは、シュタールが神の秩序という普遍的な世界の中に歴史の進行を位置づけ、人間の進歩や成長に対する正当化を試みたからである。具体的には、

 ・人間の普遍の本性に関する認識と、普段の変化に対する認識を、いかに調和できるか?
 ・永遠の秩序や永遠の目標に対する知識と、人間の生活上の目的という前提を、いかに調和できるか?
 ・人間によって達せられる目標の却下、あるいは自由主義的な進歩という考え方の却下と、人間の発展という認識を、いかに調和できるか」「革命の拒否と、いま生じている激変がもたらす結果に対する認識、そして伝統と新たな有機的成長への支援を結びつける方法を、いかに調和できるか?

という問いに対する答えを追い続けた唯一の保守主義者だからである。

 シュタールの直面した課題、つまり保守主義と歴史の進行の調整をつけるという難題は「保守的国家論」と呼ばれる。ドラッカーは、この保守的国家論こそが、人間の自由と平等を最も効果的に実現する理論であると結論づけたのである。他方で、国家そのものを目的とし、神聖で普遍の秩序に従おうとしない「全体主義的国家」を批判した。著書の中には明確に書かれていないが、全体主義的国家とは紛れもなくヒトラーの目指す国家である。この批判がナチス党の目に留まり、ドラッカーの処女作は発禁処分を食らってしまった。

 ドラッカーはシュタールの業績を紐解きながら、「保守主義こそが改革の原理として機能する」という考え方を強く持つようになった。そしてこの考え方が、1942年の著書『産業人の未来』に受け継がれていく。


ドラッカー名著集10 産業人の未来 (ドラッカー名著集―ドラッカー・エターナル・コレクション)
P・F・ドラッカー
ダイヤモンド社
2008-01-19
おすすめ平均:
社会学者・経済学者としてのドラッカー
posted by Amazon360

 ドラッカーは同書の中で、1776年のアメリカ革命と1789年のフランス革命を取り上げ、いずれも保守主義が改革を進める原動力であったことを指摘している。その上で、第二次世界大戦後の世界に訪れるであろう産業社会に適合した制度を、保守主義の原理に基づいて作り上げる必要性を主張しているのである。
 1776年と1789年の保守反革命は、西洋の歴史において、おそらくかつて一度も実現されたことのないものを実現した。すなわち、社会的な革命も、数十年に及ぶ内戦も、全体主義の圧制も経ずして、新しい価値、新しい信条、新しい権力、新しい絆をもたらした。それは、自由で機能する社会と政治を生みだすことによって、全体主義による革命を抑えた。かつ、自らが全体主義と絶対主義に巻き込まれることなく、その様な社会と政治を発展させた。

 今日われわれが直面する問題は、1776年の世代が直面していた問題と比べるならば、はるかに大きくかつ困難に見えるかもしれない。しかし、1776年の世代が教えてくれた原理によってのみ、今日の問題の解決も、はじめて望みうるものになるということは確実である。
 ちなみに、『産業人の未来』はドラッカーが33歳の時に発表された。ほんと、ドラッカー恐るべしである。


http://management-frontier.livedoor.biz/archives/51688070.html

5:53 午後  
Blogger yoji said...

ドラッカーの処女作に思想の原点を見た-『ドラッカーの思考(DHBR2009年12月号)』

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Harvard Business Review (ハーバード・ビジネス・レビュー) 2009年 12月号 [雑誌]
ダイヤモンド社
2009-11-10
posted by Amazon360


絵画コレクション
白隠についての記述

5:40 午前  
Blogger yoji said...

https://blog.codebook-10000.com/entry/20131224/1387897193
スティーブ・ジョブズは市場調査について、以下のように言っている。

Some people say, ‘Give the customers what they want.’ But that’s not my approach. Our job is to figure out what they’re going to want before they do. I think Henry Ford once said, ‘if I’d asked customers what they wanted, they would have told me, ‘A faster horse!’’ People don’t know what they want until you show it to them. That’s why I never rely on market research. Our task is to read things that are not yet on the page.

「顧客が望むモノを提供しろ」という人もいる。
だが、私の考えは違う。

顧客が今後、何を望むようになるのか、それを顧客本人よりも早くつかむのが我々の仕事なんだ。

ヘンリー・フォードも似たようなことを言ったらしい。

「なにが欲しいかと顧客に尋ねていたら、『足が速い馬』といわれたはずだ」って。

人々はみんな、実際に"それ"を見るまで、"それ"が欲しいかなんてわからないものなんだ。

だから私は、市場調査に頼らない。

私達の仕事は、歴史のページにまだ書かれていないことを読み取ることなんだ。

スティーブ・ジョブズ

マーケティングとは、なんだろうか?
マーケティングは以下のように定義される。

Marketing is the process of discovering unmet needs in the market and creating products to meet those needs.

マーケティングとは、ニーズを発見し、それらを満たす製品を開発するプロセスである。

この意味で、ジョブズが言っていることもマーケティングである。
しかし、そのアプローチは一般的なマーケティングとは大きく異なっている。

一般的には、マーケティングは市場を観察するべきだと言われている。

One of the keys to understanding marketing is to observe the infomation flow between a company and the market it serves.

マーケティングを理解するカギは、企業と市場の間の情報の流れを観察することです。

企業は市場調査を行い、既存の製品では満たされていないニーズがあるかどうかを見極める。

そして、満たされないニーズを満たすことができる新製品を開発。
開発した製品を市場に伝えるために、販売促進と広告活動を行う。

それが一般的なマーケティングである。
このように、市場のニーズを見出して、満たされていないニーズを満たす製品やサービスを提供する。
それによって、安定した成果をあげる、というのが学問的な意味で"正しいマーケティング"だ。

ドラッカーもこう言っている。

「顧客にとっての価値は何か?」と常に考えよ。

「顧客が価値があると考えるものはあまりに複雑であって、彼らだけが答えられることである。憶測してはならない。」 顧客の元へ行って、答えを求める作業を体系的に行わなければならない。

これが、市場調査ということだ。

そこでは「ニーズを創出する」とは言われない。

そして、その逆を行ったのが、我らがスティーブ・ジョブズさんですよ。

4:35 午後  

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