土曜日, 4月 16, 2016

中央構造線:「震源、じわじわと東に」 別の活断層に影響の可能性 朝日新聞2016年4月16日

                     (災害関連リンク:::::::::: 
中央構造線:「震源、じわじわと東に」 別の活断層に影響の可能性 朝日新聞2016年4月16日
http://nam-students.blogspot.com/2016/04/2016416-1135.html(本頁)  
カント『自然地理学』:メモ
http://nam-students.blogspot.jp/2013/01/blog-post_24.html?m=0



交通情報:
トヨタ 通れた道マップ
http://seiseki110.info/neo/r.php?8%y3tpxk3g0
トヨタが熊本で通れた道を情報として提供しています。


___________






「震源、じわじわと東に」 別の活断層に影響の可能性

朝日新聞デジタル 4月16日(土)11時35分配信




「震源、じわじわと東に」 別の活断層に影響の可能性
 今後の地震活動について、専門家はさらに別の活断層が動く可能性を指摘する。九州を東西に横断する別府・島原地溝帯沿いには多数の活断層が存在し、四国や紀伊半島を通る中央構造線断層帯に連なる。

【写真】各地の主な震度

 川崎一朗・京都大名誉教授(地震学)は「震源はじわじわと東に移動している。断層が動くと、その延長線上の断層も動きやすくなる」と話す。地震が発生すると、周囲の断層への力のかかり方が変化して、地震を起こしやすくなることがあるからだ。

 地震予知連絡会会長の平原和朗・京都大教授(地震学)も「大分の地震は震源地から100キロ近く離れており、余震とは考えにくい。大分県の別府―万年山(はねやま)断層帯が誘発されて動いた可能性もある。今後、何が起こるかは正直わからない。仮に中央構造線断層帯がどこかで動けば、長期的には南海トラフ巨大地震に影響を与える可能性があるかもしれない」と話す。

 東北大の遠田晋次教授(地震地質学)は「地震活動が南へ拡大する可能性も忘れてはいけない。日奈久断層帯は北部で地震が発生したが、南への延長部分では地震が起きておらず、注意が必要だ」と話す。
朝日新聞
中央構造線断層帯:

中央構造線


 赤線が中央構造線、青線に囲まれたオレンジ色の部分はフォッサマグナ
Camera-photo Upload.svg画像提供依頼:中央構造線の各地の露頭の画像提供をお願いします。2016年3月
中央構造線(ちゅうおうこうぞうせん。Median Tectonic Line)は、日本最大級の断層系。英語表記からメディアンラインメジアンラインとも言い、略して MTL とも言う。
関東から九州へ、西南日本を縦断する大断層系で、1885年明治18年)にハインリッヒ・エドムント・ナウマンにより命名される。中央構造線を境に北側を西南日本内帯、南側を西南日本外帯と呼んで区別している。一部は活断層である[1]
構造線に沿って南北に分布する岩石は、北側(内帯側)は領家変成帯中生代ジュラ紀付加体が同白亜紀に高温低圧型変成を受けたもの)、南側(外帯側)は三波川変成帯(白亜紀に低温高圧型変成を受けたもの)である[2]長野県には、領家変成帯と三波川変成帯が直に接しているのを確認できる北川露頭がある[3]#観光関連を参照)。しかし四国においては領家変成帯は和泉帯に覆われがちとなり、構造線は和泉帯と三波川変成帯の境界となっている。領家変成帯には白亜紀の花崗岩も見られる[2][4]
中央構造線は、糸魚川静岡構造線(糸静線)より東のフォッサマグナ地域では、フォッサマグナのを埋めた新第三紀堆積岩に覆われている。第四紀に大きく隆起している関東山地では古第三紀以前の基盤岩が露出し、その北縁の群馬県下仁田町に中央構造線が露出している[5]関東平野では新第三紀や第四紀の地層に覆われている。九州中部でも新第三紀後期以後の火山岩[要出典]阿蘇山をはじめとする現在の火山におおわれている[6]近畿南部から四国にかけては、中央構造線に沿って約360kmにわたり活動度の高い活断層(中央構造線断層帯)が見られ[7][8]、要注意断層のひとつとされている[9]

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フォッサマグナ


  薄い赤色の地域がフォッサマグナ
フォッサマグナFossa magna意味:大きな溝)は、日本の主要な地溝帯の一つで、地質学においては東北日本西南日本の境目となる地帯。中央地溝帯(ちゅうおうちこうたい)、大地溝帯(だいちこうたい)とも呼ばれる。端的に言えば、古い地層でできた本州の中央をU字型の溝が南北に走り、その溝に新しい地層が溜まっている地域である。
本州中央部、中部地方から関東地方にかけての地域を縦断位置する。西縁は糸魚川静岡構造線(糸静線)、東縁は新発田小出構造線及び柏崎千葉構造線となるが、東縁には異説もある。フォッサマグナはしばしば糸静線と混同されるが、糸静線はフォッサマグナの西端であり、フォッサマグナそのものではない。地図の上でもフォッサマグナが「面」であるのに対し、糸静線はその一方の境界を成す文字通りの「線」であることが一目瞭然である。

ハインリッヒ・エドムント・ナウマンHeinrich Edmund NAUMANN)はこの地質構造の異なるラインが糸魚川から静岡にまで至るのを発見し、1885年に論文 "Über den Bau und die Entstehung der japanischen Inseln"(「日本群島の構造と起源について」)として発表した。但し、発表論文「日本群島の構造と起源について」のなかで同じものに "grosser Graben der Bruchegion" との表記も使用している[1]が、翌1886年にはFossa Magna(フォッサマグナ)と命名した。この論文は1893年に初発表され、論文名に初めて「フォッサマグナ」が登場した。彼は南アルプス山系から八ヶ岳関東山地を眺望した際、巨大な地溝帯の存在を思いついたとされる。
フォッサマグナ内部の地層が褶曲していることはアルフレッド・ウェゲナーの『大陸と海洋の起源』において、陸地の分裂・衝突の証拠として紹介された。しかし、ナウマンの考えたフォッサマグナは、伊豆地塊が日本に接近したことで日本列島が割れた「裂け目」であった。一方で原田豊吉は、旧富士火山帯とほぼ同一のラインでシナ地塊サハリン地塊(シベリア地塊)が衝突してできたものだとする富士帯説を発表、両者の間で激しい論争となった。
その後フォッサマグナ説が大方支持されるようになっていった。しかし、ナウマンが考えていたフォッサマグナの東縁は新潟県直江津神奈川県平塚を結ぶラインであったが、新潟県柏崎千葉県銚子を結ぶラインも提唱されるようになった。そして、1970年には山下昇が柏崎と千葉県千葉市を結ぶ「信越房豆帯」説を発表、1988年加藤芳輝が柏崎〜銚子のラインの北部を修正した新潟県上越と銚子を結ぶラインを発表した。後に北部を大きく修正した新潟県新発田と同県小出を結ぶライン(新発田小出構造線)が提案された。このように、東縁については諸説出ており現在も結論は揺れ動いている。
東縁が諸説出た背景には、フォッサマグナ南部の関東山地(長野県南東部・山梨県埼玉県西部・東京都西部・神奈川県北西部)に西南日本や東北日本と同じ年代の地層を含む山塊がぽつんと取り残されて存在していて、混乱が生じたことが挙げられる。この山塊は後述のように、フォッサマグナが開いてから再び閉じる間に西南日本か東北日本から切り離されて、フォッサマグナの新しい地層とともに圧縮され一体化したものと考えられている。

地学的知見編集

現在のプレートテクトニクス理論ではフォッサマグナは北アメリカプレートユーラシアプレートの境界に相当するとされる。1983年日本海中部地震前後までは、北海道中部の日高山脈付近が両プレートの境界と考えられていたが、地震を契機に日本海東縁部〜フォッサマグナを境界とする説が広く支持されるようになった。フォッサマグナの厚さは、地下約6,000(平野部) - 9,000m(山地)にも及ぶ。これより深い所は基盤岩とよばれ、西南日本や東北日本と同じ地層の並びになっていると推定されている。フォッサマグナ本体は第三紀火山岩堆積岩によって埋積されている。地質断面図で見ると、年代の異なる地層の境界がU字型に形成されている。
フォッサマグナ北部では第三紀層の褶曲によって生じた丘陵地形が際立って目立っている(頸城丘陵魚沼丘陵など)。また、褶曲に伴って形成されたと考えられる天然ガス石油の埋蔵も多い。一方、南部ではフィリピン海プレートによって運ばれ、日本列島に衝突した地塊が含まれる(丹沢山地伊豆半島など)。
また、フォッサマグナの中央部を、南北に火山の列が貫く。北から新潟焼山妙高山草津白根山浅間山八ヶ岳富士山箱根山天城山などである。これらの成因の1つとして、フォッサマグナの圧縮によってできた断層にマグマが貫入して、地表に染み出やすかったことが考えられている。
西縁の糸魚川静岡構造線上および東縁の一部と考えられている群馬県太田断層[2][3]では、マグニチュード7規模の地震が繰り返し発生している。
北部フォッサマグナの東側(信越地域:長野県北部から新潟県頚城地域)には、大峰面[4]と呼ばれる第四紀の70万年前に海岸平原であったとされる頃に形成された花崗岩質の礫及びシルトによる平坦な地形が広がっていた[5]が、その後の地殻変動により浸食され現在は、標高900m前後の山々に痕跡が残る[6]

フォッサマグナの誕生編集

この地域は数百万年前まではであり、地殻が移動したことに伴って海の堆積物隆起し現在のような陸地になったとされる。
原始の日本列島は、現在よりも南北に直線的に存在して、アジアに近い位置にあったと考えられている。約2,000万年前に、プレートの沈み込みに伴う背弧海盆の形成が始まった。背弧海盆とは、沈み込んだプレートがマグマとなって上昇し、海溝の内側のプレートを押し広げてできるものであるが、これによって日本海が現在のように広がり、日本列島もアジアから離れていった。
ただ、日本近海の海溝は向きが異なる南海トラフ日本海溝の2つだったため、日本列島は中央部が真っ二つに折られる形でアジアから離れた。折れた原始日本列島の間には日本海と太平洋をつなぐ海が広がり、新生代にあたる数百万年間、などが堆積していった。そして数百万年前、フィリピン海プレートが伊豆半島を伴って日本列島に接近した時に、真っ二つになっていた列島が圧縮され始めた。この時、間にあった海が徐々に隆起し、新生代の堆積物は現在陸地で見られる地層になったと考えられている。

火山編集

フォッサマグナの「面」に属する活動中の火山を挙げると、北(日本海側)から南(太平洋側)へ順に、新潟焼山妙高山浅間山八ヶ岳富士山が列んでいる。

参考文献編集

脚注編集

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  1. ^ 山下昇:構造地質学的にみたフォッサ・マグナの問題点:その歴史と現状 地質学雑誌 Vol.82(1976) No.7 P.489-492
  2. ^ 関東平野北部の活断層“太田断層”の認定と周辺の古地震・地盤災害との関係 2013年度日本地理学会春季学術大会 セッションID:S0804
  3. ^ 群馬県東部における短い活断層の分布と活動性、地下形状の推定-大久保断層および太田断層- 産総研 活断層・地震研究セミナー 第17回 9月26日(金)
  4. ^ 仁科良夫:大峰面上の旧河道地形とその堆積物日本地質学会学術大会講演要旨 100, 319, 1993-03-25
  5. ^ 衣笠善博:東北日本北米プレート説再考地學雜誌 Vol.99(1990) No.1 P.13-17
  6. ^ 木村純一:長野県聖山北麓の更新統:中部から上部更新統地質学雑誌 Vol.93(1987) No.4 P.245-257

下仁田ジオパーク 地学講座: 大地の大きな構造 その2 中央構造線
http://geoharumi.blogspot.jp/2014/03/2.html
  みやま文庫 日曜地学散歩  1971年 より

下仁田町中心部近く、川井の善福寺下の川岸で
中央構造線の断層が
はっきり見られます。

左図の赤い線が断層です。

                        
下仁田駅の西、諏訪神社に行くと、中央構造線をながめられます。ちょっと離れてはいますが、・・・
 諏訪神社で、社殿のきれいな彫り物を見たら、川の対岸も見てみましょう。対岸の川下に緑色片岩、上流側に2000万年ほど前の砂岩の地層・下仁田層がみえます。境目が断層。これが中央構造線です(下の写真)。
川井の断層と呼びならわしています。
対岸の善福寺からは断層部分に行くこともできます。


川井の断層



諏訪神社から見たもの




手前が下仁田層の砂岩、
左奥(川下方向)が緑色片岩(三波川結晶片岩)。
両者の間が断層で、中央構造線。

善福寺方面から、通路を通って行って見ると、、ここはほぼ垂直な断層になっていて、砂岩層と緑色岩が断層で接しています。
この断層では、断層面に沿って,岩石がすりつぶされて粘土状になった数十cmの黒色の部分(断層粘土・断層ガウジ)が見られます。
緑色片岩(三波川結晶片岩)は断層近くで広く破砕されていて(断層破砕帯)、断層の大きさを物語っています。     

下も断層付近の写真です。

                                               写真 関谷友彦さん


活断層、日本に2千以上 どこでも大地震が起こる恐れ

朝日新聞デジタル 4月17日(日)5時3分配信 

 熊本県で発生した今回の地震は、活断層で起きたとみられる。活断層は、過去に地震を起こした形跡があり、将来も地震を起こす可能性がある断層だ。日本には2千以上の活断層があり、全国どこでも大きな地震が起こる恐れがある。

 日本では、東日本大震災や南海トラフで繰り返されてきた海溝型の巨大地震だけでなく、1995年の阪神大震災(M7・3)、2004年の新潟県中越地震(M6・8)、14年の長野県北部の地震(M6・7)など、内陸での活断層型地震が繰り返されてきた。

 陸域が震源となる活断層型の地震は、人が住む地域や交通網などの直下で起きることがある。このため、強い揺れや地表にできる段差で、地震の規模が海溝型地震ほど大きくなくても、深刻な被害が起きる恐れがある。

 政府の地震調査委員会は、全国の活断層のうち97を主要活断層として、地震が起きた場合の規模、30年以内に地震が起きる確率などを示し、警戒を促して きた。熊本の地震を起こした日奈久(ひなぐ)断層帯も布田川(ふたがわ)断層帯もその一つだ。しかし、00年の鳥取県西部地震(M7・3)や08年の岩 手・宮城内陸地震(M7・2)のように、地震前には確認されていなかった「未知の活断層」で起きる例も相次いだ。

 活断層による地震は、1千年から数万年の間隔で発生するものが多い。防災科学技術研究所の藤原広行部門長(地震学)は「活断層の中には、地表には痕跡が 現れにくいものや、長い年月で痕跡が消えてしまったものもあり、活断層が見つかっていない地域でも注意が必要だ」と話す。
朝日新聞社

6 Comments:

Blogger yoji said...

【チバニアン】 地球史に 「千葉時代」誕生へ 日本初の地質年代名、国際審査でイタリア破る

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1影のたけし軍団 ★2017/11/13(月) 14:27:31.53ID:CAP_USER9>>42>>66
地球の歴史で約77万~12万6千年前の年代が「チバニアン」(千葉時代)と命名される見通しになったことが13日、関係者への取材で分かった。
この年代の基準地として千葉県の地層を国際学会に申請し、命名を目指す日本の研究チームが、競合するイタリアを一次審査で破った。

週内にも発表する。正式決定すれば地質年代に初めて日本の名前が付く快挙となる。

日本チームとイタリアの2チームは6月、この年代の国際標準となる基準地の地層を国際地質科学連合にそれぞれ申請。
各国の専門家で構成する作業部会が審査し、今月10日を期限に投票を行った結果、日本が全体の6割以上の支持を得て候補地に選ばれた。

来年にも見込まれる正式承認までさらに3段階の審査があるが、
過去に作業部会の結論が覆ったのは例外的なケースだけで、事実上の決着となった。

日本は国立極地研究所や茨城大などのチームが千葉県市原市の地層を基準地として申請。ラテン語で千葉時代を意味するチバニアンの年代名を提唱した。
イタリアは「イオニアン」の年代名を目指して南部2カ所の地層を申請していた。

地球の歴史を区切る地質年代は、中生代や白亜紀といった大きな区分の名称が既に決まっているが、小さな区分は未定のものがある。
今回の年代はネアンデルタール人が生きていた「第四紀更新世」の中期に当たり、命名の行方が国際的に注目されていた。

この年代の境界となる約77万年前は、地球の磁気が南北で逆転する現象が最後に起きたことで知られる。
イタリアの地層はこの現象を示すデータが不十分だったのに対し、千葉県の地層は明瞭に確認できることが評価されたとみられる。

地質年代は、その年代の境界が最もよく分かる地層が世界の基準地として選ばれ、地名に由来する年代名が付けられる。
これまでは欧州による命名が多く、アジアでは中国の名称が認定されていた。
http://www.sankei.com/life/news/171113/lif1711130023-n1.html

10:14 午後  
Blogger yoji said...

NHKスペシャル 列島誕生 ジオ・ジャパン 激動の日本列島 誕生の物語 | NHKスペシャル「列島誕生 ジオ・ジャパン」制作班 |本 | 通販 |
宝島
2017
https://www.amazon.co.jp/NHKスペシャル-列島誕生-ジオ・ジャパン-激動の日本列島-誕生の物語/dp/4800271061/
本年7月に放映されたNHKスペシャル「列島誕生ジオ・ジャパン」の内容をビジュアル版書籍化したもの。
現代の科学は日本列島誕生の歴史をここまで解明できるということに驚くばかりだが、本番組・本書で示されるそのストーリーは以下である。
<第1章>大陸からの分離
約3,000万年前にユーラシア大陸の東で巨大な地震と火山活動が起こり、東端の大地に裂け目ができた。数百万年かけて裂け目は広がり、2,500万年前には太平洋の海水が流入し、日本列島の元は大陸から分かれていった。その際、現在ひと連なりになっている日本列島は東西の2本に分かれており、東日本は反時計回りに、西日本は時計回りに回転しながら、観音開きのように移動した。
<第2章>火山島の衝突
大陸から分離してきた日本列島がまだ2本だった頃、日本の南のフィリピン海プレート上に南北に一直線に並んでいた海底火山島が、同プレートの北への移動に伴って、1,500万年前に西日本の東端にぶつかり始め、丹沢山地や伊豆半島ができた。伊豆半島の南に連なる小笠原諸島は現在も1年に数cm北寄りに移動している。衝突から生まれた丹沢山地・関東山地からは大量の土砂が流れ出し、まだ別々の陸地だった西日本と東日本の間の海に流れ込んで今の関東平野のもとになった。
<第3章>世界最大規模のカルデラ噴火
日本列島が大陸から引きちぎられた頃、フィリピン海プレートも東に引っ張られてプレート中央に巨大な割れ目が生じ高温のマグマが溢れ出していた。そして1,400万年前に、移動してきた西日本と高温になっていたフィリピン海プレートがぶつかり、その境界線上で巨大なカルデラ噴火が連続して起きた。カルデラ噴火により地下でできた膨大な花崗岩が、その浮力で大地を押し上げた結果、現在の紀伊半島、四国、九州南部の山地ができた。
<第4章>東西圧縮
それまで北向きに移動していたフィリピン海プレートが300万年前に北西向きに移動方向を変えたことにより、東日本の東側の海底にあった太平洋プレートが大陸プレートの下に沈み込むラインが東日本に近づいてきた。その結果、当時大半が海底にあった東日本が東側からの力で圧縮されて急速に隆起し、陸地となり更に山脈ができた。
これらが、本書ではビジュアルかつ分かり易くまとめられており、手元に置いておく価値のある一冊と思う。
(2017年12月了)
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12:20 午前  
Blogger yoji said...

カルデラの一覧 (日本) - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/カルデラの一覧_(日本)
鹿児島湾最奥部の桜島より北側に相当。直径約20kmのほぼ円形。鹿児島市などが隣接する。2万5千年前の噴火では、火山灰が150km3も日本全国に堆積し(広域テフラ姶良Tn)、火砕流200km3は数十mの厚さに達しシラス台地を形成し(入戸火砕流と呼ばれる)、大隅半島に大量の軽石を降らせた。桜島は姶良カルデラに付随した火山と考えられている。カルデラ内北東部には直径約5kmの若尊カルデラがあり、入戸火砕流を噴出させたカルデラとみられている。約1万6千年前の新島軽石を噴出した噴火もこのカルデラ ...
姶良カルデラ - Wikipedia
ja.wikipedia.org/wiki/姶良カルデラ
姶良カルデラ(あいらカルデラ)は、鹿児島湾北部(湾奥)において直径約20kmの窪地を構成しているカルデラである。南九州のカルデラ群のひとつで、加久藤カルデラと阿多カルデラの間に位置する。現在のカルデラを形成した姶良噴火は、約3万年前と推定されている。桜島火山のマグマ供給源とされる。 目次. [非表示]. 1 概要; 2 姶良火砕噴火; 3 主な噴出物; 4 参考文献; 5 出典; 6 関連項目; 7 脚注; 8 外部リンク. 概要[編集]. 姶良カルデラの範囲と地形図. 鹿児島湾と桜島を囲む巨大カルデラである。カルデラの中心は ...
CiNii 論文 - 10万〜3万年前の姶良カルデラ火山のテフラ層序と噴火史
ci.nii.ac.jp/naid/110003013194
100〜30 kaにおいて姶良カルデラでは, 日木山降下スコリア堆積物(103〜95 ka), 金剛寺火砕サージ堆積物, 福山降下軽石堆積物(95〜86 ka), 岩戸テフラ(60 ka, )大塚降下軽石堆積物(32.5 ka), 深港テフラ(31 ka), 毛梨野テフラ(26.5 ka)の7層のテフラが認め .... 被引用文献9件. 31. 2万5千年前以前の姶良カルデラの噴火史. 長岡信治. 月刊地球 19, 257-262, 1997. 被引用文献3件. 32. 鹿児島市北部地域における第四系の層序. 大木公彦. 鹿児島大学理学部紀要 (地学 生物学) 3, 67-92, 1970. 被引用文献2件. 33.

3:22 午前  
Blogger yoji said...

北磁極の動きが加速、原因不明、あまりに急激「世界磁気モデル」を急きょ更新、米国[02/06]

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1しじみ ★2019/02/06(水) 21:25:29.08ID:CAP_USER>>72>>84
 北の磁極はじっとしていたためしがない。地球内部の「外核」を流れる液体の鉄に影響されて、過去100年ほど、北磁極は真北に向けてじりじりと移動してきた。ところが最近になって、専門家は異変が起こっていることに気が付いた。北磁極が急にスピードを上げて移動し始めたのだ。なぜなのかは誰にもわからない。

 その動きがあまりに急激なので、慣例の5年ごとという予定を繰り上げて、米国は世界磁気モデル(WMM)を今年初めに更新する予定にしていた。世界磁気モデルは、携帯電話をはじめ、船舶、航空機などのナビゲーションに利用されている。ところが、米連邦議会の予算案交渉が難航し、予算が切れた連邦政府が一部閉鎖されたため、更新が延期されていた。

 政府が再開し、新しい北磁極を示した最新モデルが2月4日に発表されたが、疑問は残る。北磁極はなぜこれほど速く移動しているのか。更新が遅れたことによる影響はあるのか。最近のグーグルマップの不調と何か関連はあるのだろうか。

■とても敏感な北磁極

 地球上には、北の「極点」が3つ存在する。1つめは地球の自転軸の北端にあたる真北で、いわゆる北極点だ。(参考記事:「北極点がヨーロッパ方向へ急移動と研究発表」)

 2つめは、地球を包み込む磁気圏から考えられる「地磁気北極」だ。地球の中に棒磁石が入っていると想定したときに、磁石の北端と地表が交わる点である。この棒磁石の角度は、地軸と少しだけずれている。そのため地磁気北極はグリーンランドの北西沖に位置し、過去100年間でわずかしか移動していない。

 第3の極点が「北磁極」だ。これは、方位磁石の北をずっと追いかけていくとたどりつく場所である。地球を取り巻く磁力線が真下を向いている場所とも言える(北磁極で方位磁石は逆立ちする)。地磁気北極と違い、北磁極の位置は地下約3000キロより深い外核にある液体の鉄の影響を受けやすい。この流れが磁場を動かし、地上の北磁極が激しく移動する原因となっている。
「北磁極は、とても敏感な場所なんです」と、英リーズ大学の地球物理学者フィル・リバーモア氏は言う。

■世界磁気モデルとは

 北磁極は1831年、ジェームズ・クラーク・ロスによってカナダのヌナブト準州で初めて実際に確認された。以来、北磁極は主に北極点の方向に移動した。その距離は、過去数十年間は数百キロだった(奇妙なことに、同じ時期に南磁極はほとんど移動していない)。

 こうした変化に対応するべく、米海洋大気庁(NOAA)と英地質調査所(BGS)が作成したのが世界磁気モデルだ。BGSの地球物理学者キアラン・ベッガン氏は、「関係組織がすべて同じ地図で運営できるようにするため」と説明している。

 モデルは5年ごとに更新されてきた。最後の定期更新は2015年だった。次の更新までの間、科学者たちは地上の磁気観測所と欧州宇宙機関によるSWARMミッション(地球を1日15~16周する3基の地磁気観測衛星)からのデータを基にモデルの正確さを確認する。今まではそれで十分だった。

 20世紀半ば、北磁極の移動距離は1日30メートル以下だった。1年で11キロに満たない。ところが、1990年代半ばに変化が現れ始めた。2000年代初めには、北磁極は年に約55キロのペースで移動していた。

「高緯度で何かとても奇妙なことが起こっています」と、リバーモア氏。そしてこれが、地球内部の外核で、液体の鉄のジェット噴流が起きていた時期と重なるという。ただし、この2つの出来事の間に関連があるかどうかはわからない。

 2018年初めには、北磁極の現在位置と世界磁気モデルのずれが大きくなりすぎて、磁気ベースのナビゲーションシステムに支障が出る恐れが出てきた。モデルの更新は2020年の予定だが、その前に何か手を打たなければならなかった。

https://cdn-natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/020600088/ph_thumb.jpg
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続きはソースで

ナショナルジオグラフィック日本版サイト
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/020600088/

7:44 午後  
Blogger yoji said...

【地質学】地球内部にエベレストより高い「山」を発見、地下660kmの上下マントルの境界 研究[03/28]

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1しじみ ★2019/03/28(木) 15:37:11.75ID:CAP_USER>>10
■地下660kmの上下マントルの境界に激しい起伏があった

地底には確かに山が存在した。まるでジュール・ヴェルヌの小説『地底旅行』のような話だが、ただし、これまでどのSF作家が描いてきた世界とも違い、その山は地球内部の層構造の一部である。

 複数の巨大地震による地震波を分析した最新の研究で、地底の山の鮮明な姿が明らかになった。2月15日付けの学術誌「サイエンス」に発表された論文によると、地下660キロメートル付近の、マントルの上部と下部を隔てる境界面に沿って巨大な山々が連なっており、中にはエベレストより高い山もあるという。

 山はただ高いだけでなく、驚くほど起伏に富んでいた。この研究結果から、太陽系でなぜ地球だけが特殊な存在なのかを説明する手がかりも得られそうだ。

「既に多くのことを観察できるようになっているので、基礎的な発見はほぼなされていて、後は詳細を付け加えるだけだという人は多いです」と、東京工業大学地球生命研究所のクリスティーン・ハウザー氏は言う。だが、この研究が示すように「私たちの星である地球内部の基礎的発見はまだ残されています」

■マントルはフルーツヨーグルト

 地球の体積の約84%を占めるマントルは、地質のリサイクルセンターだ。マントルの緩やかな対流がプレート運動を起こし、表層の地殻プレートを地下深くへと押し込む。そして別の場所では地下からマグマが上昇し、地表に噴出する際に地下深くの鉱物を一緒に外へ吐き出す。

「生命の進化はほぼすべて、この地表からの物質の流動に依存しているといっていいでしょう」。英インペリアル・カレッジ・ロンドンの地球深部地震学者であるエリザベス・デイ氏は言う。「プレートが地下へ潜り、火山が噴火する。これらすべてが、地球で起こっている循環を支えています」。なお、デイ氏はこの研究には参加していない。

 だが、マントルがどの程度対流し、混じり合っているのかまではよくわかっていない。これは例えば、カップの底にジャムが入っているヨーグルトをかき混ぜたときに、ジャムとヨーグルトがどんなふうに混じり合うのかというような話で、いま得られるデータからその状態を知るのは難しい。

 同時に、これは重要な問題だ。というのも、太陽系にある他の岩石天体と比べると、地球には一部の元素が足りないようなのだ。例えば、コンドライトと呼ばれる石質隕石は、太陽系が形成された当時の惑星の名残と考えられている。もしそうであれば、地球の岩石と組成が似ているはずなのだが、地球の上部マントルは、コンドライトとは対照的にマグネシウムに対してケイ素の量が少なすぎる。

続きはソースで

ナショナルジオグラフィック日本版サイト
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/19/032700188/

2ニュースソース検討中@自治議論スレ2019/03/28(木) 15:44:58.93ID:4LtYgy88
何のことかほとんど分からない
イカサマ感はんぱねえ

3ニュースソース検討中@自治議論スレ2019/03/28(木) 15:47:25.31ID:xZ6Yz8Lf>>19
山の定義は?

4ニュースソース検討中@自治議論スレ2019/03/28(木) 15:49:51.00ID:oKRvNW5Z
マウナケアは海底からだと10,203メートルだぞ。

1:42 午前  
Blogger yoji said...

【研究】動物の第六感を使った「地震予知」に初成功 科学がオカルトを証明する [妖怪障子破り★]

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1妖怪障子破り ★2020/07/08(水) 08:05:23.71ID:p+2eJ0UW9>>5
現在の機械的な測量技術では、いつどこで地震が発生するかを予想できません。

専門家のなかには、地震の発生を正確に予測できるとする考え自体が間違いであると考える人もいます。

人類は長年、過去の人々の記した動物と地震にかかわる記録をオカルトだと決めつけていた
https://nazology.net/wp-content/uploads/2020/07/a576e109d17b625dc1df559232eb050c.jpg



しかし、多くの目撃者が時代を超えて、巨大な地震の前に動物たちが異常な行動をとると報告しています。

最も古い文献では、紀元前373年のギリシャのものであり、伝えるところによれば、大地震が起こる数日前に、家からネズミ、イタチ、ヘビ、ムカデが逃げ出したとあります。

またポンペイの火山遺跡(西暦79年の火山噴火で壊滅)から見つかった絵には上の図(左)のように「落ち着きのない2匹の鳥」「興奮して暴れる蛇たち」「吠える犬」が描かれています。

さらに1976年に中国で発生した唐山地震の前には、2000を超える動物の異常行動が報告され、上の写真(右)のように犬が狂暴化し、ネズミが電線を渡って逃げていく様子も写されました。

そこで、マックスプランク動物行動研究所およびコンスタンツ大学の研究者は国際協力プロジェクトを発足させ、牛、羊、犬が実際に地震の初期兆候を検出できるかどうかを科学的に調査しました。

結果は…科学が「オカルト」を証明する事態になってしまったようです。

■ 「動き」「感情」に次いで「触覚」の情報コード化に成功

地震に敏感だと考えられる13匹の動物を地震頻発地区であるイタリア中部に配置した
https://nazology.net/wp-content/uploads/2020/07/6ba54746049d9561007c12933c061d04.jpg



地震発生前の動物たちの異常行動については、数多くの報告が存在するのは事実です。

しかし、そもそも「異常」の定義があいまいであり、観察期間も観察方法も定量化されたものではありませんでした。

そのため長年、科学者たちは、地震と動物の関係はオカルトに過ぎないと考えてきたそう。

しかしドイツ、コンスタンツ大学のウィケルスキー氏らは、数々の記録を無視する科学者たちのほうこそが「オカルト」であると考え、大規模な実験を行ったとのことです。

ウィケルスキー氏はオカルト情報を元に、以前の地震で異常行動をみせたと言われた13匹の動物(牛6頭・羊5頭・犬2匹)の首輪に加速度計を取り付け、地震多発地帯と言われるイタリア中部で数か月に渡る観察を実施しました。

この期間中、該当地であるイタリア北部では18000件の地震が計測され、そのうち震度4以上の強度は12回あったそうです。

また客観的な基準を確立するためにウィケルスキー氏は動物の昼夜の行動を元に「異常」な動きを定量化し、統計的な処理を行いました。

距離に依存する何かを動物たちは感じ取っている
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結果、地震発生の最大20時間前に動物たちの異常な行動が記録され、震源地に近いほど異常行動があらわれる時間が早いことが判明しました。

科学がオカルトを証明した瞬間です。

■ 動物を使った地震予測

ウィケルスキー氏は「震源地に近いほど早く異常行動がみられる」という動物の性質を利用して、上のような早期警戒システムを考案しました。

この図では震源地に最も近い動物が18時間前、10キロ離れた場所では10時間前、20キロ離れた場所では2時間前に異常行動を示すことが示されています。

ウィケルスキー氏は、この動物たちの震源地からの距離に依存した反応の差を利用して、地震発生までのカウントダウンが行えると考え、実際に試験も実施しました。

試験では、動物たちの異常行動が45分間以上記録された場合に警報が鳴るように設定されます。

そしてある日、実際に動物による警報が鳴り、その3時間後に小さな地震が記録されました。

この時の地震の震源地は、家畜小屋の真下だったとのこと。

3時間あれば、多くの人は、ガス栓を閉めて、屋外に安全に避難できるでしょう。

■ 動物が感じていたもの

人間の感じられない五感以外の何かを動物たちは感じている。唐山地震の時は特に蛇の異常行動が多く報告された/Credit:mdpi
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※引用ここまで。全文は下記でどうぞ
https://nazology.net/archives/64061

4:10 午後  

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