金曜日, 4月 08, 2016

『哲学とは何か』ドゥルーズ Deleuze-Guattari:Qu'est-cequelaphilosophie ?1991

             (リンク::::::::::ドゥルーズ体系)
『哲学とは何か』ドゥルーズ Deleuze-Guattari:Qu'est-ce que la philosophie ? 1991
http://nam-students.blogspot.jp/2016/04/deleuze-guattariqu-que-la-philosophie.html(本頁)
NAMs出版プロジェクト: Quantum economics - Wikipedia (量子経済学,ベルナール・シュミット)
http://nam-students.blogspot.jp/2016/11/quantum-economics-wikipedia.html
ブラックホール(trou noir)と暗き先触れ(précurseur sombre):ドゥルーズ(メモ)
http://nam-students.blogspot.jp/2016/11/50-rue-de-varenne-supplemento-italo.html
NAMs出版プロジェクト: 道元(1200~1253):メモ
http://nam-students.blogspot.jp/2016/11/blog-post_8.html
ドゥルーズのABC…"アベセデー ル"("Abécédaire"deGilleDeleuze1988–1989)
http://nam-students.blogspot.jp/2016/05/abecedaire-de-gille-deleuze.html#z
L'Image-Mouvement. Cinema1
http://projectlamar.com/media/Gilles-Deleuze-Cinema-1-The-Movement-Image.pdf (en)
L’Image-temps. Cinéma 2
https://monoskop.org/images/8/85/Deleuze_Gilles_Cinema_2_L_Image-temps.pdf (fr)


ジル・ドゥルーズ(Gilles Deleuze, 1925年1月18日 - 1995年11月4日)

ドゥルーズ体系:     分子化
      スピノザ 【 分 析 】 プラトンカント ベーコン
     Hegel\   |   /Heidegger
           千のプラトー
        ライプニッツ| ベルクソン
          ABC\|/
 【規定】差異と反復ーーーシネーーー意味の論理学【反省】カフカ
             /|\     [修辞学]
        フーコー/ | (ヒューム
       (Marxアンチ Freud      フロイト 
          /・オイディプス

      サルトル 【 総 合 】 ニーチェ     プルースト
           哲学とは何か?

             潜在的 
           実在的+可能的  
             現働的 

             virtualité
           réalité+possibilité
             actualité

千のプラトーをアンチ・オイディプスに対して潜在的なものと考え、
分析を分子化として捉え直したところが味噌だ。

芸術という一つの内在平面に複数のオピニオンの共存がある。

#2
《ここで生じてくる多くの問題は、哲学史ばかりでなく哲学にもかかわっている。内在平面のもろもろの薄層は、或る場合には、互いに対立するほどまでに、また そのひとつひとつがあれこれの哲学者に適合するほどまでに、たがいに離れ、或る場合には反対に、少なくともかなり長い期間通用するようになるために寄り集まる。そのうえ、ひとつの前・哲学的平面〔内在平面〕の創建と、哲学的諸概念の創造とのあいだの関係は、それら自身複雑なものである。長期間にわたって、 いく人かの哲学者は、おのれの師として援用するひとりの先行的な哲学者と同じ平面の上にとどまりながらも、また彼と同じイメージを前提としながらも、いくつかの新たな概念を創造することができるー(以下略) 》
『哲学とは何か』ドゥルーズ 邦訳単行本84頁より  

《Nous n’apprenons rien avec celui qui nous dit: fais comme moi.
Nos seuls maîtres sont ceux qui nous disent ‘fais avec moi’ et
qui, au lieu de nous proposer des gestes à reproduire, surent
émettre des signes à développer dans l’hétérogène. 》
(Deleuze, Gilles 1968 Différence et répétition)

《わたしたちは、「私と同じようにやれ」と言う者からは、何も学ぶことはない。
わたしたちにとっての唯一の教師は、わたしたちに対して「私と共にやりなさい」
と言う者であり、この教師は、わたしたちに、再生すべき所作を提示するかわりに、
異質なもののなかで展開するべきいくつかのしるし(signe)を発することのでき
る者なのである。》
(ジル・ドゥルーズ『差異と反復』財津理訳、単行本49頁、文庫上74-5頁より)

U/ABC
http://nam-students.blogspot.jp/2015/12/abecedaire-de-gille-deleuze_10.html#u
哲学はコミュニケ一ションとは 関係がないんだ
コミュニケ一ションは それだけで充足している
そこでは哲学と全く関係のない 意見の合致や質問の技術が問題となる
哲学とは概念の創造であって コミュニケ一ションではない
芸術はコミュニケ一ションでも 反省でもない
芸術に科学に哲学 これらはすベて一
観照でも反省でも コミュニケ一ションでもなく創造だ
その定式がnマイナス1 だ 一者や普遍を消し去ること

多様体(たようたい、manifoldMannigfaltigkeit)とは、局所的にはユークリッド空間と見なせるような図形や空間(位相空間)のことである。多様体上には好きなところに局所的に座標を描き込むことができる。


 『哲学とは何か』ドゥルーズ Deleuze-Guattari:Qu'est-ce que la philosophie ? 1991
 http://nam-students.blogspot.jp/2015/12/Deleuze-Guattari-Quest-ce-que-la-philosophie.html

http://nam-students.blogspot.jp/2015/12/Deleuze-Guattari-Quest-ce-que-la-philosophie.html
Qu'est-ce que la philosophie ?  1991
http://www.leseditionsdeminuit.fr/f/index.php?sp=liv&livre_id=2316
Gilles Deleuze
Félix Guattari

208 p.     
Qu'est-ce que la philosophie ?
2005
Introduction. Ainsi donc la question.

I - PHILOSOPHIE
1. Qu'est-ce qu'un concept ?
2. Le plan d'immanence.
3. Les personnages conceptuels
4. Géophilosophie.

II - PHILOSOPHIE, SCIENCE LOGIQUE ET ART
5. Fonctifs et concepts.
6. Prospects et concepts.
7. Percept, affect et concept.

Conclusion. Du chaos au cerveau.

Qu'est-ce que la philosophie ?
1991,2005
http://www.leseditionsdeminuit.fr/f/flip.php?editor=3&livre_id=2316


NEOACA BLOG: ネオアカ読書会 第1回ドゥルーズ『哲学とは何か』邦訳1997,2007年
http://neoaca.blogspot.jp/2012/10/blog-post_30.html

目次
序論 こうして結局、かの問は・・・・・・
Ⅰ 哲学
1 ひとつの概念とは何か
2 内在平面
3 概念的人物
4 哲学地理

Ⅱ 哲学 -科学、論理学、そして芸術
5 ファンクティヴと概念
6 見通しと概念
7 被知覚態、変様態、そして概念

結論 カオスから脳へ

全体の構成は、

56科学__芸術7
    \/3
    哲学124
     8
あるいは、

 科学5______芸術7
論理学6\    /
     1  2美術
      \/3小説
      哲学4
        8


カントと違い哲学が科学と芸術を繋ぐ(差異化であり総合ではない)。
後半部はABCと内容が重なる。

#1
デカルト47

#2(邦訳文庫100~103)
参考:
ドゥルーズ、ティンゲリー、宮崎駿 - livedoor Blog(ブログ)
http://blog.livedoor.jp/yojisekimoto/archives/51717849.html


Jean Tinguely Museum in Basel

哲学者のドゥルーズが、ほぼ遺作となった著作のなかで、動く彫刻群↑で知られるティンゲリーの「哲学者たち」シリーズについて触れています。
ドゥルーズはその連作にティンゲリーの作品の中ではそれほど高い評価を与えているわけではありませんが、ティンゲリーの造る動くオブジェとドゥルーズの連結していくテクストのイメージはかなり近いと思われます。
ちなみにティンゲリーの動く彫刻は宮崎駿の『ハウルの動く城』↓にも似ています。
http://jp.youtube.com/watch?v=VfjnVV4uDHM&feature=related
同時性を連結した装置として体験させる手法はこの三者に共通しているかも知れません。

以下引用です。

《最近、ティンゲリーが、哲学者たちの記念碑的な機械状の肖像をいくつか展示した。それらは、音と、閃光とによって、さらには湾曲した複雑な平面に即した存在の質料および思考のイメージとによって、連言的もしくは選言的な、そして折り畳まれることと広げられることが可能な、様々な力強い無限運動を遂行する作品である。しかし、かくも偉大な芸術家にいささか批判の言を呈してよいとするなら、彼の試みは、いまだ完成の域に達していないように思われる。ティンゲリーは、『ニーチェ』以外の作品においては、たいへんうまくもろもろの機械をダンスさせることができたにもかかわらず、作品『ニーチェ』においては、何もダンスをするものがない。〔根拠律の〕四つの《根》すなわちマーヤのヴェールは、意志と表象としての世界という二面的な平面をいまにも占拠してしまいそうに見えていたのに。作品『ショーペンハウアー』は、わたしたちに、決定的なものは何も与えてくれない。作品『ハイデガー』は、まだ思考をおこなっていない思考の平面の上で、(隠蔽性・非隠蔽性〔真理性〕)をまったく保持していない。機械として描かれる内在平面と、その機械の部品として創造される諸概念に、おそらくいっそうの注意を向ける必要があったのだろう。そのような観点からすれば、かの錯覚を含むカントの機械状の肖像を思い描くことができるだろう(前ページの図を見られたい)。

カント、ドゥルーズ


(画像はドゥルーズがティンゲリーをまねて描いたと思われるカントの「機械状の肖像」。クリックすると拡大します。)





 1-音響装置をつけて、《自我》《自我》と絶えず反復する、牛の頭部をそなえた「私は思考する」。 2-普遍概念としてのカテゴリー(四つの大きな表題)、この図では、3の円運動に応じて外に伸びたり引っ込んだりする四つの軸。 3-〔超越論的〕図式の可動式の車輪。 4-それほど深くない水の流れ、すなわち、図式の車輪がそこに潜ったりそこから浮上したりするその内面性の形式としての《時間》。 5-外面性の形式としての《空間》、この図では、岸と底。 6-それら二つの形式の接合としての、流れの底にある、受動的自我。 7-時空を走り抜ける総合判断の諸原理。 8-《私》に内在する、可能的経験の超越論的野(内在平面)。 9-三つの《理念》、あるいは超越の錯覚(絶対的地平において回転する円環、《魂》、《世界》、《神》)。

 ここで生じてくる多くの問題は、哲学史ばかりでなく哲学にもかかわっている。内在平面のもろもろの薄層は、或る場合には、互いに対立するほどまでに、またそのひとつひとっがあれこれの哲学者に適合するほどまでに、たがいに離れ、或る場合には反対に、少なくともかなり長い期間通用するようになるために寄り集まる。そのうえ、ひとつの前・哲学的平面〔内在平面〕の創建と、哲学的諸概念の創造とのあいだの関係は、それら自身複雑なものである。長期間にわたって、いく人かの哲学者は、おのれの師として援用するひとりの先行的な哲学者と同じ平面の上にとどまりながらも、また彼と同じイメージを前提としながらも、いくつかの新たな概念を創造することができるー(以下略) 》

『哲学とは何か』ドゥルーズpp82-84より 



ちなみに下はティンゲリーが制作したプルードンです。
プルードンティンゲリーサムネイル



jean tinguely
les Philosophes
1999
p27より


ティンゲリークロポトキン
哲学者シリーズ
クロポトキン



Jean Tinguely



Martin Heidegger

Philosopher
1988



#3
カント135

#4
ハイデガー163

#5
カオス207

#6
ゲーデル、論理学233

#7
Roberto Rossellini Le cinéma révélé - Cahiers du Cinéma
www.cahiersducinema.com/Roberto-Rossellini-Le-cinema.html
Les grands entretiens de Roberto Rossellini Si Rossellini est considéré avant tout dans l'histoire du cinéma comme le père du néoréalisme, c'est aussi le cinéaste qui a inventé le cinéma moderne avec des films comme Stromboli, Voyage en ...
Amazon.co.jp: Roberto Rossellini: 本
www.amazon.co.jp/...Roberto-Rossellini/s?...27%3ARoberto%...
... 結果 本 : "Roberto Rossellini" ›. キャンセル. 商品の詳細 · ロッセリーニの自伝に近く . 1994/7. ロッセリーニ,ロベルト、 ロンコローニ,ステファノ ... Le cinema revele. 2006/1/ 12. Roberto Rossellini · マスマーケット · ¥ 2,302中古 & 新品(6 出品) · 商品の詳細 ...
ドゥルーズ哲学とは何か文庫286頁、384頁参照

芸術の幼稚症と残酷さ 『哲学とは何か?』ドゥルーズ文庫版286頁

邦訳としては、『作家主義』(リブロポート,1985)掲載のカイエデュシネマ、ロメールらによる1963年のインタビューと思われる。
149頁
(ロセリーニ私の方法にも複数のインタビューがあるがそれではない)


ロッセリーニ
「われわれはこうした小児性を、ヌーヴォー・ロマンのなかで見た...。芸術というのは
今日では、不満か残酷かのどちらかでしかない。」
(1963年ロメール等によるインタビューより。
Le cinema revele. 2006/1/ 12. Roberto Rossellini 参照、 (Le cinéma révélé 2008,p.120)
邦訳『作家主義』1985年リブロポート,150頁)
『作家主義―映画の父たちに聞く』奥村昭夫訳 1985/11
http://www.amazon.co.jp/dp/4845701855
http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto/sakka.main.html

ドゥルーズ『哲学とは何か』文庫版286頁参照


mais, dans ce cas , vous attaquez tout l'art contemporain,(2008:p.120)
je m'explique. pour qu'un art,(p.122)

作家主義―映画の父たちに聞く: Jean Renoir, 奥村 昭夫: 本

 1985/11

http://www.amazon.co.jp/dp/4845701855
http://www.ceres.dti.ne.jp/~m-goto/sakka.main.html

#7
ダニ313

最も重要なドゥルーズ評はフーコーと柄谷のものだ

      観 念
       :
      普遍性
       |
概  一   |   特
 ・・般___|___殊
念  性   |   性
       |
      単独性

(柄谷行人『探究2』より)

《たとえば、ドゥルーズは、キルケゴールの反復にかんして、「反復は、単独なものの普遍性
であり、 特殊なものの一般性としての一般性と対立する」といっている(『差異と反復』)。つま
り、彼は特殊性 (個)ー一般性(類)の対と、単独性ー普遍性の対を対立させている(図参照)。
だが、すでに明らかなように、 これはスピノザが概念と観念を区別したのとほとんど同じことである。》
(柄谷行人『探究2』文庫版150頁)

《…わたしたちは、個別的なものに関する一般性であるかぎりでの一般性と、 特異(サンギュリエ)な ものに関する普遍性としての反復を対立したものとみなす…》
http://blog.livedoor.jp/captainahab/archives/50551139.html
(『差異と反復』邦訳単行本20頁、文庫上22頁)
(『トランスクリティーク』定本版単行本156頁、文庫150頁)



ドゥルーズはマイナー文学を自覚し、生成しようとしているのだから文学だというのは
批判にはならない。例えば聖書も文学に入る。歴史自身が文学と考えられ得る。
マイナー文学ではないからドゥルーズの賛美の対象にならないが。

論理学は心理学を扱い損ねているが、文学には一日の長がある。

ここで本質的なのは多分ドゥルーズの文章を読む読解力の無さだとか、ドゥルーズのテキストを
読もうとしない怠惰さだとか、買えないという貧しさだとか、といったものではない。
出来事への無理解が本質だ。
それはアナーキズムやマルクス主義といった政治的事象への無理解に直結する。
簡単に言えば、アナーキズムは自主管理を意味するからスピノザの内在的な神の理解が、
政治体制への視角につながる。ドゥルーズはこの点、スピノザの再評価において第一に哲学史家
として偉大だ。つけくわえるならライプニッツはさらに複数の出来事の同時性、共存の把握につながる。
(ライプニッツはドゥルーズも引用したように、共存の理解において文学が有効だと気付いていた)

一と多が哲学史的に始めて結びついたわけだ。

さらにマルクス自身のスピノザ評は逆転させて読む必要があるだろう。
マルクスの体系自体がスピノザに含まれる。これはマルクスを内在的に再評価するうえで欠かせない視点だ。
マルクスを理解しない人がマルクスを賛美崇拝している。

ぜひシネマ1,2を読んでほしい。そこでは第二次大戦がはじめて歴史的に定位されているから。

___
#4:155マンダラ
(#2:67)^370道元

NAMs出版プロジェクト: 道元(1200~1253):メモ
http://nam-students.blogspot.jp/2016/11/blog-post_8.html

ドゥルーズ『哲学とは何か』の後半部はABCと内容が重なる。冒頭注のウィトへの記述から他者論としての認識が深まっているのもわかる。

また、#2の注で道元に触れている。


67頁
…概念としての出来事は、見える〈物の状態〉のなかで実現されるにせよ、まさにその絶対的地平のおかげで、当の〈物の状態〉から独立しているのだ。

《出来事の地平つまり出来事の「蔵(ぞう)réserve」を引き合いに出している日本の僧、道元のテクストをも参照されたい。》(邦訳文庫版『哲学とは何か』(67^)370(394)頁)
We refer also to the Zen text of the Japanese monk Dôgen, which invokes the horizon or “reserve(蔵)” of events: Shôbogenzo, trans. and with commentary by René de Ceccaty and Ryôji Nakamura (Paris: La Différence, 1980). ルネ・ド・セカティ,中村亮二 
Titre : Shôbôgenzô [Texte imprimé] : la réserve visuelle des événements dans leur justesse / Dôgen ; textes choisis, traduits et annotés par Ryôji Nakamura et René de CeccattyAlphabet du titre : latinAuteur(s) : 
Nakamura, Ryôji. Traduction. Notes
Ceccatty, René de (1952-....). Traduction. Notes
Date(s) : impr. 1980Langue(s) : françaisPays : FranceEditeur(s) : [Paris] : Ed. de la Diffèrence, impr. 1980Description : 1 vol. (159 p.) : 1 carte, couv. ill. ; 24 cm 
 ルネ・ド・セカティ,中村亮二

《…訳者は、そのほかにまた、日本思想に興味があるかとドゥルーズに尋ねてみた。ドゥルーズは、ちょっと困った顔をして、
はにかみながら「ドーゲンヌ?」と言って肩をすくめた。きっと「道元」を言わんとしたのであろう…》邦訳DR解説より
_____
NAMs出版プロジェクト: ドゥルーズのABC…"アベセデー ル"("Abécédaire"deGilleDeleuze1988–1989):
 http://nam-students.blogspot.jp/2016/05/abecedaire-de-gille-deleuze.html#z



 では Wに移りましょう
Wは何もないだろう
 ウィ卜ゲンシュタインです
それについては話したくない
あれは哲学の崩壊だ
学派というもののいい例だろう
哲学の退化と言うほかない
ウィ卜ゲンシュタインに関わることは もう 本当に嘆かわしい
彼らが作ったのは恐怖の体系だ
”何か新しいことをする”
そういう口実で一
豪勢な箱の中に貧相なものが 詰め込まれている
あれは...
あの危険を言い表す言葉はないね
この危険はしょっちゅうあるものだ だが深刻な問題なんだ
ウィ卜ゲンシュタイン派というのは 本当にイヤな奴らなんだ
彼らは何もかもを壊してしまう
彼らが勝利をおさめたら まさしく哲学の殺害だ
彼らは哲学を殺害する暗殺者だ
 深刻ですね
そうだ
十分に注意しないとね
___________

X,Y
Xは未知数で一
Yは言葉にできません
ですから最後の文字に移ります
____________


 Zです
ああ いいね
“怪傑ゾロ”ではありません
 Zというと ゾロを思い出しますけれど
 そうではなくて
 進路変更やひらめきの話です
 偉大な哲学者の名前にはZの文字が
 禅 ツァラ卜ゥス卜ラ ライプニッツ スピノザ
 二一チェ ベルクゾン そしてもちろん ドゥルーズ
君は冗談が得意だね ベルクソンじゃなくてベルク ゾ ンとは
それに私についても 素敵なことを言ってくれた
Zはすばらしい文字だ ここからAに戻れる
ハエの話をしよう ハエの禅だ
ハエのジクサグの動き
Zはジグサグで しかもジグサグは最後の単語だ
ジグサグのあとは単語がない そこで終わるのはいいね
では Zでは 何が起こっているのか?
禅(Zen)という語は鼻(NeZ)という語の反対だね
これもジクサグ運動だ
あのハエのジグサグ運動とは 何なのか?
あれは世界の想像をつかさどった 最初の運動だ
最近私もみんなみたいに一
ビッグバンについての本を読んでいる
宇宙の創造とか 無限曲線といった話だ
ビッグバンは どうやって起こったか?
物事の起源にはビッグバンのような 大爆発などない Zがあるんだ
 ハエのZ そしてビッグバンということでしたが
そうビッグバンね
ビッグバンじゃなくてZのことを考えないといけない
Zというのは実際 禅であり一
飛んでいるハエの動きだが これはどういうことなのか?
ジグザクの話というのは 先ほど言っていた一
普遍の話と一緒だ
普遍などなく 特異性の集合だけがある
バラバラの特異性を どう関係づけるかが重要だ
物理学の用語で言うと 諸々の “ポテンシャル"をどう関係づけるか
ポテンシャルでいっぱいのカオスというのを想像できる
それらのポテンシャルを どう関係づけるか?
何という分野だったか思い出せないが とても気に入った用語があった
自分の本でも使ったんだが こんな話だ一
二つのポテンシャルの間で一
"暗き先触れ"と 呼ばれる現象が起こる
"暗き先触れ"は 異なったポテンシャルを関係づける
"暗き先触れ"の動きがあると一
二つのポテンシャルが反応し一
二つの間で 目に見える出来事が閃光を放つ
きらめきだ
"暗き先触れ”が まずあり 次いで きらめきが起こる
世界もこんな風にして生まれた
目には見えない 暗き先触れがあり一
そしてきらめきが照らし出す これが世界だ
思考というのはそういうものだし 哲学もそうだ
これが偉大なるZだね
禅の知恵もそうだ
賢者は"暗き先触れ"であり 次いで 棒の一撃がある
禅の師匠は棒の一撃を 配分することに時間を使う
棒の一撃はきらめきで あれが物事を見るのを可能にする
さて そろそろ終わりかな
 お名前にZが入っていて 嬉しく思われますか?
嬉しいよ
よし
 終わりです
このイン夕ビューができて とても満足だ
死後の公開だったね
 はい 公開はあなたの死後です
みんなどうもありがとう

道元、『正法眼蔵』
《Dは幾度か道元に触れているが、それは東洋思想へのオリエンタルな興味ではない。ヨーロッパで
スコラ哲学がハイブリッドに興隆しつつある時期を生きた道元は、自身、文化の国際的交通の中で
思考を育んだDは道元の、時は出来事を保存する蔵だという思考に共感する。時間とは、「諸々
の出来事の、各々の速度を通した視覚的な蔵である」(「シネマ2」)。「正法眼蔵」仏語版からのこ
の引用は「有時」第二〇節か。(松本潤一郎)
(河出文庫、他)》
『ドゥルーズ 没後10年、入門のために』2005,181頁

《時間とは「正しさにおいてある出来事の視覚的な貯蔵庫」である。アントニオーニは「出来事の地平」について
語ったが、西欧の人間にとってそれは二重であって、同時に人間の凡庸な地平であり、また近づきがたく、
たえず遠のく宇宙論的地平なのだ。こうして西欧の映画はヨーロツパ的ヒューマニズムとアメリカ的S F
に分離する。S Fに関心をもたない日本人にこのようなことは起きないと彼は指摘していた。》
『シネマ2』#1原注28邦訳23頁^(28)

NAMs出版プロジェクト: Quantum economics - Wikipedia (量子経済学,ベルナール・シュミット)
http://nam-students.blogspot.jp/2016/11/quantum-economics-wikipedia.html


“Le trou noir et l’infini,” in Les dimensions de l’infini (Paris: Institut culturel italien de Paris, n.d.). 

Physique des trous noirs - Jean-Pierre Luminet
https://youtu.be/_ZF4HDCut1M
370頁

道元とともに地平線についての考察で言及されている。

67頁
…概念としての出来事は、見える〈物の状態〉のなかで実現されるにせよ、まさにその絶対的地平のおかげで、当の〈物の状態〉から独立しているのだ。

参考:
ブラックホール(trou noir)と暗き先触れ(précurseur sombre):ドゥルーズ(メモ)

BOMB Magazine — Deleuze: From A to Z by Rachel Kushner
http://bombmagazine.org/article/6452/deleuze-from-a-to-z
In the final section (“Zigzag”), he speaks of the Big Bang. “There is always a dark precursor that no one sees. And then the lightning bolt that illuminates, and there is the world. That’s also what thought must be, that’s what philosophy must be. That’s the great Z.” “Are you happy to have a Z in your name?” Parnet asks. “Ravi,” (delighted) he says, smiling broadly.

7 Comments:

Blogger yoji said...


ドゥルーズ『哲学とは何か』
結論
原注(12)ヒュームは、『人性論』において、この受動的観照-縮約による想像力を定義している(第一篇、第三部、第一四節)388頁^356頁

第十四節 必然的結合の観念について  こうして、われわれが直接の印象を越えて推論し、しかじかの特定の原因はしかじかの特定の結果を伴わねばならぬと断定する、その仕方を解明しおえたので、今度

「原因」とは、他の対象に先行し、かつ近接した対象であり、前者と結びついて、一方の観念が他方の観念を形作るよう、一方の印象が他方のより生き生きとした観念を形作るように心を規定するものである




846 :
2016/11/06(日) 20:49:45.42 0
ドゥルーズ体系: >>846改
             量子化
      スピノザ 【 分 析 】 プラトン、カント
          \   |   /  ハイデッガー
           千のプラトー>>590
    ライプニッツ  \ | /    ベルクソン
             \|/
 【規定】差異と反復ーーーシネマーーー意味の論理学【反省】
 >>440         />>796      >>782
       フーコー>>817| \          
      (Marx) アンチ \フロイト
          /・オイディプス>>853
      サルトル 【 総 合 】 ニーチェ
           哲学とは何か?
             ヒューム

             潜在的 
           実在的+可能的  
             現働的 


4:45 午前  
Blogger yoji said...

科学ーー芸術
  哲学

4:46 午前  
Blogger yoji said...

頁数は文庫版より

4:47 午前  
Blogger yoji said...


846 :
2016/11/06(日) 20:49:45.42 0
ドゥルーズ体系: >>846改
             量子化
      スピノザ 【 分 析 】 プラトン、カント
          \   |   /  ハイデッガー
           千のプラトー>>590
    ライプニッツ  \ | /    
             \|/
 【規定】差異と反復ーーーシネマーーー意味の論理学【反省】
 >>440         />>796      >>782
       フーコー>>817| \          
      (Marx) アンチ \フロイト
          /・オイディプス>>853
      サルトル 【 総 合 】 ニーチェ
           哲学とは何か?
             ヒューム

             潜在的 
           実在的+可能的  
             現働的 

5:00 午前  
Blogger yoji said...

ドゥルーズ体系: >>846改
             量子化
      スピノザ 【 分 析 】 プラトン、カント
          \ ベルクソン /  ハイデッガー
           千のプラトー>>590   (感覚)
    科学      ライプニッツ      芸術
             \|/       (印象)
 【規定】差異と反復ーーーシネマーーー意味の論理学【反省】
   >>440       /|>>796      >>782
       フーコー>>817| \          
      マルクス / アンチ \ フロイト
          /・オイディプス>>853
      サルトル 【 総 合 】 ニーチェ
           哲学とは何か?
             ヒューム

             潜在的 
           実在的◇現働的  
             可能的 

             virtualité
           réalité◇actualité
             possibilité

(潜在的なものは現働的であり得るが可能的ではあり得ない。
 そのことを明確にするために下の概念図の記載方を変えた。)

 ヒュームの原因↗︎から結果↙︎へと続く考察のどちらを重視するかで変わる。

In general, a state of affairs does not actualize a chaotic virtual without taking from it a potential that is distributed in the system of coordinates.
《一般的に言えば、〈物の状態〉は、カオスに属する潜在的なものを現働化させる場合には、かならず、ポテンシャルを、そのカオスに属する潜在的なものから借りて、それを座標系に配分するのである。》哲学とは何か#5:207

『哲学とは何か』の後半部はABCと内容が重なる。冒頭注のウィトへの記述から他者論としての認識が深まっているのもわかる。

#2の注で道元に触れている。
We refer also to the Zen text of the Japanese monk Dôgen, which invokes the horizon or “reserve(蔵)” of events: Shôbogenzo, trans. and with commentary by René de Ceccaty and Ryôji Nakamura (Paris: La Différence, 1980).
中村亮二

6:00 午前  
Blogger yoji said...

35科学ーー芸術26
    哲学14

     7

9:43 午後  
Blogger yoji said...

記号と事件
哲学

…内在性の平面に垂直性をもちこみ、自分も背筋を伸ばして立つためなのでしょうか、それとも逆に、からだを横たえ、地平線に向かって走り、はるか彼方まで平面を拡げていくためなのか。
…垂直性すなわち超越性と考え、これを撤去したうえで、地面に寝そべって大地を抱きしめ、見ることもなく、反省も忘れ、さらに伝達の可能性まで捨てなければならないのか。



思考のイメージはいわば哲学の前提であり、哲学に先行しますが、この場合、思考のイメージは非哲学的理解のことではなく、前哲学的理解であると考えるべきでしょう。

5:29 午前  

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