木曜日, 12月 13, 2018

ハーヴェイ『資本主義の終焉』2017(Harvey,David:Seventeen Contradictionsand the End of Capitalism 2014)

NAMs出版プロジェクト: 経済学日本人著者入門書
http://nam-students.blogspot.jp/2016/10/blog-post_9.html
ハーヴェイ『資本主義の終焉』
実験経済学
自給自足
経済ショックが生産性低下の循環を招く「清滝・ムーアモデル」2008を構築した 清滝信宏教授
されどマルクス  日本評論社  2018 Karl Marx still matters.
ジョン・ローマー/吉原直毅(S.ボウルズに言及)
行動経済学:メモ
http://nam-students.blogspot.jp/2016/02/blog-post_36.html 


川越94
《(5)Harvey(2014)は、その第二章において、シルビオ·ゲゼルの提唱する非耐久的
な性質をもつ貨幣の実践的可能性について言及し、それを資本主義的経済システム
を乗り越えるための政治的実践の一つに取り入れている。》

川越敏司が「行動マルク経済学の可能性」(『されどマルクス』2018所収)脚注で指摘していたが、
デヴィッド・ハーヴェイは『資本主義の終焉』2017(Harvey,David:Seventeen Contradictions and the End of Capitalism 2014)第2章邦訳73頁でゲゼルを引用している。その引用箇所は以下、

《 貨幣は国家を必要とする。国家なしには、いかなる貨幣も考えられない。否、貨幣の導入とともに国家建設が始ま
るとも言うことができるだろう。なぜなら、貨幣は人民のもっとも自然な、そしてもっとも強力な結合手段になるか
らである。[実際、世界ローマ帝国を強固に結合させたのは、ローマの軍隊によるよりもローマの貨幣によるものだっ
た。だが 金鉱や銀鉱が枯渇し、もはやいかなる鋳貨の製造がなされなくなった時、この世界帝国は崩壊したのだっ
た。]
 貨幣の不可欠性と貨幣に対する国家監督の不可欠性ということから、国家は貨幣に対する無制限の権力を手に入れ
る。国家のこの無制限な権力に比較すれば、鋳貨の金属含有量による保証などといったものは風によってすぐに吹き
飛ばされてしまう塵芥の如き存在でしかない。
 それゆえに、貨幣に対する国家権力の誤った使用がなされた場合、貨幣素材によっても貨幣を守ることができない。
それは、国家の憲法を書いた羊皮紙をもちだしても独裁を阻止できないのと同じことである。
 貨幣をいかさま師、詐欺師そして盜賊から守ることができるのは,国家と権力者(独裁者ないし国民議会)の意志
だけである。それは、もちろん権力者が自らの権力を目的意識的に使用するという前提条件のもとでしかない。しか
しながら、残念なことに、これまでそのような前提条件がみたされたことはどこであれ一度もなかったのである。》
邦訳ゲゼル『自然的経済秩序』(2007年原著1916年)263~4

ハーヴェイはゲゼルが『自然的…』冒頭でプルードンについて書いた部分も読んでいるはずなので、その反応が知りたい。
『資本主義の終焉』#13でプルードンはその他大勢として名が挙がるだけである。


さらに、

【抜書】
●錆びる貨幣(p60)
 交換を促すか、社会の富と権力との私的蓄積を抑制するような、擬似的な貨幣形態。
  ↓
 使わなければ錆びてしまう貨幣形態の創造。腐食する商品(使用価値)と、腐食しない貨幣形態(交換価値)との、根本的な不平等の是正。
 予言者シルビオ・ゲゼルの提案。「新聞はすぐに古くなってしまう。ジャガイモはすぐに腐ってしまう。鉄はすぐに錆びてしまう。エーテルはすぐに気化してしまう。ジャガイモ、新聞、鉄、そしてエーテルのような性質をもつ貨幣、それだけが新聞、ジャガイモ、鉄、エーテルなどの商品一般の交換手段に適した貨幣となるのである。…
 したがって、交換手段としての貨幣を改革したいならば、われわれは商品よりも貨幣を劣化させなければならない。」ゲゼル416頁、英訳p.121

 Only money that goes out of date like a newspaper, rots like potatoes, rusts like iron, evaporates like ether, is capable of standing the test as an instrument for the exchange of potatoes, newspapers, iron and ether. For such money is not preferred to goods either by the purchaser or the seller. We then part with our goods for money only because we need the money as a means of exchange, not because we expect an advantage from possession of the money. 
  So we must make money worse as a commodity if we wish to make it better as a medium of exchange. 
  Figure 4. Free-Money, American Currency. 


のような相違を架橋できるにすぎない。それゆえ、商品一般、たとえば、麦藁、石油、グアノなどが確実に金と交換

されるのは、すべての市民が幕をもとうが商品をもとうがどちらでも同じ状態である場合、したがって、われわれ

の生産物に「特有な」あらゆる不快な性質を、貨幣もまたもつ場合だけである。この点は書たく自明のことである。

つ り、貨幣も商品と同様に腐敗し、消滅し、破損し、錆びるというその不快な物理的性質をもつ場合にだけ、貨幣

は交換を迅速かつ確実に、そして低廉に媒介できるのである。なぜなら、そのような不快な性質をもつ貨幣を積極的

に選ぶような者はいかなる状況にあっても、またいかなる時期にあってもどこにもいないからである。

ati

新聞はすぐに古くなってしまう。ジャガイモはすぐに腐ってしまう。鉄はすぐに錆びてしまるエーテルはすぐに

気化してしまう。ジャガイモ、新聞、鉄そしてエーテルのような性質をもつ貨幣、それだけが新聞、ジャガイモ、鉄

エーテルなどの商品一般の交換手段に適した貨幣となるのである。なぜなら、購買者はもとより販売者も、商品より

もそのような不快な性質をもつ貨幣を積極的に選ぶことがないからである。それにもかかわらず、人々が自分の商品

をそのような不快な性質をもつ貨幣と交換するのは、彼らが交換手段としての貨幣を必要とするからであって、貨幣

の所有から利益を引き出そうとする期待からではないのである。

交換手段としての貨幣を改革したいならば、

われわれは商品よりも貨幣を劣化させなければならない。

商品所有者は、つねに自分の商品の交換を急いでいる。それゆえに、商品交換が公正に行われるには、交換手段の

所有者も交換を急ぐべきである。つまり、供給が直接的な物理的強制状態にあるとすれば、需要もまた同じような強

したがって、

制状態にあることが必要となる。

商品所有者の意志を超越した事柄である。

したがって、

需要も貨幣所有者の意志を超越した

供給は、

ければならない。

これが、

われわれの主張である。

することの必要性ならびに需要を供給と同じような強制にしたがわ

せることの必要性とを認識するにいたったならば、われわれは伝統的貨幣制度の一切の矛盾を完全に廃絶しなければ

このようにわれわれが貨幣所有者の特権を廃絶


 

川越論考はマルクスの可能性を開くもので興味深い。川越は『経済学批判』を引用している、

《「 貴金属の高い価値比重、恒久力をもち、相対的意味では破壊されず、空気にふれても
酸化しないという性質、[とくに金のばあいは王水以外の酸には溶解しないという性質、]こうし
た一切の自然的属性が、貴金属を貨幣蓄蔵の自然的材料たらしめている。だからチョ
コレートが非常に好きであったらしいペテル・マルティルは、メキシコの貨幣の一種であった
袋入りのココアについて、つぎのように述べている。『おお、いみじくもよき貨幣よ、おまえは
人類に甘美にして滋養のある飲物をあたえ、その罪のない所有者を、貪欲という業病から
まもってくれる。なぜならば、おまえは、地中に埋蔵されることも、長く保蔵されることもでき
ないのだから。』」[『新世界について』《アルカラ、一五三〇年、第五編、第四章》]
(マルクス1956[岩波文庫『経済学批判』]、第5章4節、202~203ページ)》
これについて川越はこう述べる。

 《つまり、メキシコではココアのような耐久性のない財が貨幣として用いられており、それが貨幣蓄蔵という貪欲さへの抑止力となっていたことが指摘されている。実験においても、非耐久財が貨幣になる可能性があることが示されている(川越2003☆ ; Kawagoe 2009)。》『されどマルクス』94頁

『現代の金融と地域経済 下平尾勲退官記念論集』2003所収
「非耐久財は貨幣となりうるか?実験研究によるアプローチ」川越敏司
Can Chocolate be Money as a Medium of Exchange? 
Belief ... link.springer.com/article/10.14441/eier.5.279 ... Economics Review. March 2009 , Volume 5, Issue 2, pp 279–292 | Cite as ... Toshiji Kawagoe Email author. 川越 敏司 | 公立はこだて未来大学 www.fun.ac.jp/research/faculty.../toshijikawagoe 27, 145-167, 2009. 7. Toshiji ... 2009. 8. Toshiji Kawagoe, “Can Chocolate Be Money as a Medium of Exchange? KAWAGOE Lab. www.fun.ac.jp/~kawagoe/ Toshiji Kawagoe, Ph.D. Professor ... 27, 145-167, 2009. ... 2009. "Can Chocolate Be Money as a Medium of Exchange? 


『されどマルクス』で川越は以下を引用、

集合行為論 公共財と集団理論  著者名等  マンサー・オルソン/著
 著者名等  依田博,森脇俊雅/訳  
出版者   ミネルヴァ書房  
出版年   1983.06  
大きさ等  22cm 231,4p  注記   
The logic of collective action./の翻訳   
NDC分類 331  NDC分類 361.6


Silvio Gesell, I think, has it right: Money requires the State, without a State money is not possible; indeed the foundation of the
on condition that those in power are capable of purposeful use of their power. Up to the present they have never, unfortunately, possessed this capability. 
 Yet, Gesell surprisingly suggests, ‘the security of paper-money is greater than that of metal money’. This is so precisely because ‘paper-money is secured by all the interests and ideals which weld people into a State. The paper-money of a State can only go down with the State itself.’ The state, which is usually defined by its monopoly over the legitimate use of violence, acquires another key function: it must have monopoly power over money and the currency.

ハーヴェイが引用したのは邦訳263,3部第5章「紙幣の確実性と保証」より


2014
Seventeen Contradictions and the End of Capitalism

ハーヴェイ 資本主義の終焉2017


93頁


おわりに
 マルクスは『資本論』の中で、価値形態論と交換過程論の両方におい
て別々の角度から貨幣の起源(とその物神性)を説いている。Kiyotaki
and Wright (1989)のモデルは、ジェボンズの理論をベースにしている
が、後者の交換過程論からの説明と共通するところの多いモデルであ
る。このモデルでは、物々交換の過程から、最も保管費用が低い財が交
換手段としての貨幣となる基本的均衡の他に、最も保管費用の高い財が
貨幣となる投機的均衡が存在することが示されている。 
 このモデルをベースに、財の耐性が異なる場合を考察したCuadras.
Morato (1997)は、非耐久的な財でさえ交換手段としての貨幣となりう
ることを示している。この研究ではマルクスへの言及はないが、実はマ
ルクスは『経済学批判」において蓄蔵貨幣のもつべき性質に関連し
て、すでに次のようなことを述べている。


94頁
 《つまり、メキシコではココアのような耐久性のない財が貨幣として用いられており、それが貨幣蓄蔵という貪欲さへの抑止力となっていたことが指摘されている。実験においても、非耐久財が貨幣になる可能性があることが示されている(川越2003 ; Kawagoe 2009)。》


川越注によると

ハーヴェイ
資本主義の終焉#2でゲゼルに言及

2003での参考文献と同じ

(4) Nobuhiro Kiyotaki and Randall Wright,“On money as a medium of exchange,"Journal of Political Economy,Vol.97,1989,pp.927‐954
https://pdfs.semanticscholar.org/18cc/744c0c60869ae32b80a453542dcd126e8574.pdf☆
(5)Xavier Cuadras‐Morato,“Can ice cream be money?:perishable medium of exchange,''Journal of Economics,Vol.66,1997,pp 103‐125.
https://www.researchgate.net/profile/Xavier_Cuadras-Morato/publication/5150086_Can_ice_cream_be_money_Perishable_medium_of_exchange/links/0fcfd5135cd530b45b000000/Can-ice-cream-be-money-Perishable-medium-of-exchange.pdf?origin=publication_detail☆☆

~~~~~~

邦訳では0~50年に訂正されている

#15複利の指摘が重要

資本主義の終焉 資本の17の矛盾とグローバル経済の未来
 [社会・政治・時事]

資本主義の終焉――資本の17 の矛盾とグローバル経済の未来 
デヴィッド・ハーヴェイ/著 大屋定晴/訳 中村好孝/訳 新井田智幸/訳 色摩泰匡/訳
出版社名:作品社
出版年月:2017年11月
ISBNコード:978-4-86182-667-2
税込価格:3,024円
頁数・縦:426p・20cm
 
 
 資本が内包する17の矛盾を詳述し、資本主義を超克するための方法を模索する。
 ハーヴェイは、「革命的人間主義者」としてのマルクスを支持し、「目的論的決定論者」ではないと捉えているようだ(p.290)。
 
【目次】
序章 “資本”がもたらす矛盾について
 
第1部 資本の基本的な矛盾
 第1章 使用価値と交換価値
 第2章 労働の価値と貨幣
 第3章 私的所有と国家
 第4章 私的領有と共同の富(コモン・ウェルス)
 第5章 資本と労働
 第6章 資本は過程なのか、物なのか
 第7章 生産と資本増大の実現
 
第2部 運動する資本の矛盾
 第8章 技術、労働、人間の使い捨て
 第9章 分業における矛盾
 第10章 独占と競争
 第11章 地理的不均等発展と資本の時空間
 第12章 所得と富の格差
 第13章 労働力と社会の再生産
 第14章 自由と支配
 
第3部 資本にとって危険な矛盾
 第15章 無限の複利的成長
 第16章 資本と自然
 第17章 人間性の疎外と反抗
 
終章 資本主義以後の社会―勝ち取られるべき未来の展望
 
【著者】
ハーヴェイ,デヴィッド (Harvey, David)
 1935年、イギリス生まれ。ケンブリッジ大学より博士号取得。ジョンズ・ホプキンス大学教授、オックスフォード大学教授を経て、現在、ニューヨーク市立大学教授(Distinguished Professor)。専攻:経済地理学。現在、ギリシア、スペインから、中南米諸国、中東、中国や韓国まで、文字通り世界を飛び回り、研究・講演活動などを行なっている。
 
【抜書】
●錆びる貨幣(p60)
 交換を促すか、社会の富と権力との私的蓄積を抑制するような、擬似的な貨幣形態。
  ↓
 使わなければ錆びてしまう貨幣形態の創造。腐食する商品(使用価値)と、腐食しない貨幣形態(交換価値)との、根本的な不平等の是正。
 予言者シルビオ・ゲゼルの提案。「新聞はすぐに古くなってしまう。ジャガイモはすぐに腐ってしまう。鉄はすぐに錆びてしまう。エーテルはすぐに気化してしまう。ジャガイモ、新聞、鉄、そしてエーテルのような性質をもつ貨幣、それだけが新聞、ジャガイモ、鉄、エーテルなどの商品一般の交換手段に適した貨幣となるのである。」
 
●FIRE産業、第四次産業(p156)
 FIRE産業……第三次産業のうち、金融、保険、不動産業のこと。三者の頭文字から。
 第四次産業……文化産業や知識基盤型産業。
 
●ジョナサン・レベジ事件(p255)
 ジョナサン・レベジは、15歳になるころには、安値株式の取引から数百万ドルを儲けていた。
 彼は、自分が買ったばかりの株を売り込むチャットルームを立ち上げ、そこで自分に都合の良い株の格付けを行って高値で売却した。
 アメリカ証券取引委員会に告訴されると、こうしたことはウォールストリートでもどうせ行われていると、彼は即座に主張した。
 証券取引委員会は、少額の罰金を科しただけで訴追全体を慌てて断念した。
 
●スペクタクル消費(p310)
 資本は、系統的に消費財の回転期間を短縮してきた。しかし、それも物理的制限により、限界がある。
 そこで、資本はスペクタクルの生産と消費向かうことになる。
 スペクタクル……刹那的で即座に消費される商品形態のこと。テレビ番組、その他のメディア商品、映画、コンサート、展示会、スポーツイベント、巨大文化イベント、観光業、など。
 
プロザック(p328)
 抗うつ剤。
 〔プロザックのような医薬品は当初、それが処方可能な病気がなかったため、新しい病気が発明されざるをえなくなり、それがいわゆる「プロザック世代」を登場させた。〕
 プロザック世代……プロザックは1988年に発売され、新世代の抗うつ剤として評判になる。アメリカでは一般市民の間で、同薬に代表される精神疾患治療薬が常用されるようになり、この事態を称して「プロザック世代」と呼ばれるようになる(注より)。
 
(2018/1/27)KG
 
〈この本の詳細〉

~~~~~~~
  ∧w/)
  彡・ \
  彡ヽ__)
  ( つ旦
  と_)_)

     ∧w/)
    彡・ \
    彡ヽ__)つ
ドドド (つ  /
⌒))  /  ⌒)  ((⌒
))⌒ヽ(ノ ̄しノ⌒(⌒
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

馬車馬のように働くという比喩があるくらいだから馬の比喩は許容範囲だろう

むしろ複数の馬が方向性を合わせることで力を発揮すると考えられるという点で

馬車馬の比喩の方が有意義かも知れない

(マルクスは集合力を相対的剰余価値として二次的なものに位置付けたがこれが誤解の元だった…)

フロイトは無意識を暴れ馬に喩えたが 

生産中心主義にとってむしろ無意識は消費者かも知れない 

(経営者を擁護するわけではないが乗り手が馬の餌を用意するのであれば乗り手の苦労も大変だ)

どちらにせよ生産の現場での変革は難しい

ちなみにカントの父は馬具職人だった


マルクスはやはり絶対的剰余価値の比喩に馬を使っている。

《…人間は、二四時間からなる一自然日のあいだには、一定分量の生命力しか支出できない。

馬は日々八時間しか労働しえないようなものである。》資本論1:8(労働日):1より



2018年12月17日 

【本日発売】

『DVD+ブック マルクス・エンゲルス』(ラウル・ペック監督 大月書店)

【Amazon紹介文】「生誕200年を記念し話題を呼んだ映画「マルクス・エンゲルス」。理解に役立つ解説ブックレットを付したDVD+ブックとして発売!」

【Amazon】→ https://www.amazon.co.jp/gp/product/4272970801


5 Comments:

Blogger yoji said...

>>885
訂正→いかなる鋳貨

川越論考はマルクスの可能性を開くもので興味深い。川越はマルクス『経済学批判』を引用している、

《「 貴金属の高い価値比重、恒久力をもち、相対的意味では破壊されず、空気にふれても
酸化しないという性質、とくに金のばあいは王水以外の酸には溶解しないという性質、こうし
た一切の自然的属性が、貴金属を貨幣蓄蔵の自然的材料たらしめている。だからチョ
コレートが非常に好きであったらしいペテル・マルティルは、メキシコの貨幣の一種であった
袋入りのココアについて、つぎのように述べている。『おお、いみじくもよき貨幣よ、おまえは
人類に甘美にして滋養のある飲物をあたえ、その罪のない所有者を、貪欲という業病から
まもってくれる。なぜならば、おまえは、地中に埋蔵されることも、長く保蔵されることもでき
ないのだから。』」[『新世界について』《アルカラ、一五三〇年、第五編、第四章》]
(マルクス1956[岩波文庫『経済学批判』]、第5章4節、202~203ページ)》

これについて川越はこう述べる。

 《つまり、メキシコではココアのような耐久性のない財が貨幣として用いられており、それが
貨幣蓄蔵という貪欲さへの抑止力となっていたことが指摘されている。実験においても、非耐久財が
貨幣になる可能性があることが示されている(川越2003☆ ; Kawagoe 2009)。》『されどマルクス』94頁


『現代の金融と地域経済 下平尾勲退官記念論集』所収
「非耐久財は貨幣となりうるか?実験研究によるアプローチ」川越敏司

2:46 午前  
Blogger yoji said...

4 a[sage] 2018/12/13(木) 20:49:30.03 ID:qXBBO9L1
川越敏司「行動マルク経済学の可能性」(『されどマルクス』2018所収)はマルクスの
可能性を開くもので興味深い。川越は『経済学批判』を引用している、

《「 貴金属の高い価値比重、恒久力をもち、相対的意味では破壊されず、空気にふれても
酸化しないという性質、[とくに金のばあいは王水以外の酸には溶解しないという性質、]こうし
た一切の自然的属性が、貴金属を貨幣蓄蔵の自然的材料たらしめている。だからチョ
コレートが非常に好きであったらしいペテル・マルティルは、メキシコの貨幣の一種であった
袋入りのココアについて、つぎのように述べている。『おお、いみじくもよき貨幣よ、おまえは
人類に甘美にして滋養のある飲物をあたえ、その罪のない所有者を、貪欲という業病から
まもってくれる。なぜならば、おまえは、地中に埋蔵されることも、長く保蔵されることもでき
ないのだから。』」[『新世界について』《アルカラ、一五三〇年、第五編、第四章》]
(マルクス1956[岩波文庫『経済学批判』]、第5章4節、202~203ページ)》

これについて川越はこう述べる。

 《つまり、メキシコではココアのような耐久性のない財が貨幣として用いられており、それが貨幣
蓄蔵という貪欲さへの抑止力となっていたことが指摘されている。実験においても、非耐久財が貨幣
になる可能性があることが示されている(川越2003☆ ; Kawagoe 2009)。》『されどマルクス』94頁


『現代の金融と地域経済 下平尾勲退官記念論集』2003所収
「非耐久財は貨幣となりうるか?実験研究によるアプローチ」川越敏司


kawagoe2009
https://link.springer.com/article/10.14441/eier.5.279 要約
Can Chocolate be Money as a Medium of Exchange?

3:56 午前  
Blogger yoji said...


川越敏司が「行動マルク経済学の可能性」(『されどマルクス』2018所収)脚注で指摘していたが、
デヴィッド・ハーヴェイは『資本主義の終焉』2017(Harvey,David:Seventeen Contradictions and the End of Capitalism 2014)第2章邦訳73頁でゲゼルを引用している。その引用箇所は以下、

《 貨幣は国家を必要とする。国家なしには、いかなる貨幣も考えられない。否、貨幣の導入とともに国家建設が始ま
るとも言うことができるだろう。なぜなら、貨幣は人民のもっとも自然な、そしてもっとも強力な結合手段になるか
らである。[実際、世界ローマ帝国を強固に結合させたのは、ローマの軍隊によるよりもローマの貨幣によるものだっ
た。だが 金鉱や銀鉱が枯渇し、もはやいかなる鋳貨の製造がなされなくなった時、この世界帝国は崩壊したのだっ
た。]
 貨幣の不可欠性と貨幣に対する国家監督の不可欠性ということから、国家は貨幣に対する無制限の権力を手に入れ
る。国家のこの無制限な権力に比較すれば、鋳貨の金属含有量による保証などといったものは風によってすぐに吹き
飛ばされてしまう塵芥の如き存在でしかない。
 それゆえに、貨幣に対する国家権力の誤った使用がなされた場合、貨幣素材によっても貨幣を守ることができない。
それは、国家の憲法を書いた羊皮紙をもちだしても独裁を阻止できないのと同じことである。
 貨幣をいかさま師、詐欺師そして盜賊から守ることができるのは,国家と権力者(独裁者ないし国民議会)の意志
だけである。それは、もちろん権力者が自らの権力を目的意識的に使用するという前提条件のもとでしかない。しか
しながら、残念なことに、これまでそのような前提条件がみたされたことはどこであれ一度もなかったのである。》
邦訳ゲゼル『自然的経済秩序』(2007年原著1916年)263~4頁 NaturalEconomicOrder 英訳81頁

ハーヴェイはゲゼルが『自然的…』冒頭でプルードンについて書いた部分も読んでいるはずなので、その反応が知りたい。
『資本主義の終焉』#13でプルードンはその他大勢として名が挙がるだけである。


他に、

錆びる貨幣について

 新聞はすぐに古くなってしまう。ジャガイモはすぐに腐ってしまう。鉄はすぐに錆びてしまう。エーテルはすぐに気化してしまう。ジャガイモ、新聞、鉄、そしてエーテルのような性質をもつ貨幣、それだけが新聞、ジャガイモ、鉄、エーテルなどの商品一般の交換手段に適した貨幣となるのである。…

 [したがって、交換手段としての貨幣を改革したいならば、われわれは商品よりも貨幣を劣化させなければならない。]」ゲゼル416頁、英訳p.121


【目次】
序章 “資本”がもたらす矛盾について
 
第1部 資本の基本的な矛盾
 第1章 使用価値と交換価値
 第2章 労働の価値と貨幣
 第3章 私的所有と国家
 第4章 私的領有と共同の富(コモン・ウェルス)
 第5章 資本と労働
 第6章 資本は過程なのか、物なのか
 第7章 生産と資本増大の実現
 
第2部 運動する資本の矛盾
 第8章 技術、労働、人間の使い捨て
 第9章 分業における矛盾
 第10章 独占と競争
 第11章 地理的不均等発展と資本の時空間
 第12章 所得と富の格差
 第13章 労働力と社会の再生産
 第14章 自由と支配
 
第3部 資本にとって危険な矛盾
 第15章 無限の複利的成長
 第16章 資本と自然
 第17章 人間性の疎外と反抗
 
終章 資本主義以後の社会―勝ち取られるべき未来の展望

複利について指摘した#15が印象に残る。
本人は意識していないだろうが各段階の矛盾で構成するアイデアはどこかプルードンの『貧困の哲学』を想起させる。


3:35 午後  
Blogger yoji said...


川越敏司が「行動マルク経済学の可能性」(『されどマルクス』2018所収)脚注で指摘していたが、
デヴィッド・ハーヴェイは『資本主義の終焉』2017(Harvey,David:Seventeen Contradictions and the End of Capitalism 2014)第2章邦訳73頁でゲゼルを引用している。その引用箇所は以下、

《 貨幣は国家を必要とする。国家なしには、いかなる貨幣も考えられない。否、貨幣の導入とともに国家建設が始ま
るとも言うことができるだろう。なぜなら、貨幣は人民のもっとも自然な、そしてもっとも強力な結合手段になるか
らである。[実際、世界ローマ帝国を強固に結合させたのは、ローマの軍隊によるよりもローマの貨幣によるものだっ
た。だが 金鉱や銀鉱が枯渇し、もはやいかなる鋳貨の製造がなされなくなった時、この世界帝国は崩壊したのだっ
た。]
 貨幣の不可欠性と貨幣に対する国家監督の不可欠性ということから、国家は貨幣に対する無制限の権力を手に入れ
る。国家のこの無制限な権力に比較すれば、鋳貨の金属含有量による保証などといったものは風によってすぐに吹き
飛ばされてしまう塵芥の如き存在でしかない。
 それゆえに、貨幣に対する国家権力の誤った使用がなされた場合、貨幣素材によっても貨幣を守ることができない。
それは、国家の憲法を書いた羊皮紙をもちだしても独裁を阻止できないのと同じことである。
 貨幣をいかさま師、詐欺師そして盜賊から守ることができるのは,国家と権力者(独裁者ないし国民議会)の意志
だけである。それは、もちろん権力者が自らの権力を目的意識的に使用するという前提条件のもとでしかない。しか
しながら、残念なことに、これまでそのような前提条件がみたされたことはどこであれ一度もなかったのである。》
邦訳ゲゼル『自然的経済秩序』(2007年原著1916年)263~4頁 NaturalEconomicOrder 英訳81頁

ハーヴェイはゲゼルが『自然的…』冒頭でプルードンについて書いた部分も読んでいるはずなので、その反応が知りたい。
『資本主義の終焉』#13でプルードンはその他大勢として名が挙がるだけである。


他に、

錆びる貨幣について

 《新聞はすぐに古くなってしまう。ジャガイモはすぐに腐ってしまう。鉄はすぐに錆びてしまう。エーテルはすぐに気化してしまう。ジャガイモ、新聞、鉄、そしてエーテルのような性質をもつ貨幣、それだけが新聞、ジャガイモ、鉄、エーテルなどの商品一般の交換手段に適した貨幣となるのである。…

 [したがって、交換手段としての貨幣を改革したいならば、われわれは商品よりも貨幣を劣化させなければならない。]》
ゲゼル416頁、英訳p.121


【目次】
序章 “資本”がもたらす矛盾について
 
第1部 資本の基本的な矛盾
 第1章 使用価値と交換価値
 第2章 労働の価値と貨幣
 第3章 私的所有と国家
 第4章 私的領有と共同の富(コモン・ウェルス)
 第5章 資本と労働
 第6章 資本は過程なのか、物なのか
 第7章 生産と資本増大の実現
 
第2部 運動する資本の矛盾
 第8章 技術、労働、人間の使い捨て
 第9章 分業における矛盾
 第10章 独占と競争
 第11章 地理的不均等発展と資本の時空間
 第12章 所得と富の格差
 第13章 労働力と社会の再生産
 第14章 自由と支配
 
第3部 資本にとって危険な矛盾
 第15章 無限の複利的成長
 第16章 資本と自然
 第17章 人間性の疎外と反抗
 
終章 資本主義以後の社会―勝ち取られるべき未来の展望

複利について指摘した#15が印象に残る。
本人は意識していないだろうが各段階の矛盾で構成するアイデアはどこかプルードンの『貧困の哲学』を想起させる。

3:36 午後  
Blogger yoji said...


川越敏司が「行動マルク経済学の可能性」(『されどマルクス』2018所収)脚注で指摘していたが、
デヴィッド・ハーヴェイは『資本主義の終焉』2017(Harvey,David:Seventeen Contradictions and the
End of Capitalism 2014)第2章邦訳60,73頁でゲゼル『自然的経済秩序』を引用している。その引用箇所は以下、

錆びる貨幣について

「新聞はすぐに古くなってしまう。ジャガイモはすぐに腐ってしまう。鉄はすぐに錆びてしまう。
エーテルはすぐに気化してしまう。ジャガイモ、新聞、鉄、そしてエーテルのような性質をもつ貨幣、
それだけが新聞、ジャガイモ、鉄、エーテルなどの商品一般の交換手段に適した貨幣となるのである。…

 [したがって、交換手段としての貨幣を改革したいならば、われわれは商品よりも貨幣を劣化させなけれ
ばならない。]」60頁、ゲゼル416頁、英訳p.121


10:50 午前  

コメントを投稿

<< Home