木曜日, 8月 20, 2015

柄谷行人インタビュー「戦後七〇年 憲法九条を本当に実行する」 2015年8月 15日 朝日新聞朝刊


柄谷行人インタビュー   
「戦後七〇年 憲法九条を本当に実行する」
2015年8月15日 朝日新聞朝刊
(裏面は安倍談話全文)

▶︎七◯年目の
八月一五日に

 今年元日の朝日新聞の小社広告で、歴史家のジョン・ダワー氏は、七◯年前、敗戦の惨状に打ちひしがれ
て日本人に触れ、「(その日本では)新憲法に具体化された「平和とデモクラシー」の理想に、社会のあらゆる
層の人びとが奮いたった」「その草の根の回復力、規律、反戦の理想は、どれほど賞賛してもしつくせるものでは
ありません」と述べました。今日が、まさに敗戦の七◯年目に当たります。
 いま、国会では、憲法学者によって「憲法九条違反である」と明言された法案が審議されています、七月には
衆議院でこの法案の強行採決がなされました、柄谷さんは、保守政権によって、長く「理想的すぎる」
「現実の脅威を見ていない」と非難され続けてきた憲法九条を高く評価する立場を表明しておられます。今の安
保法制の議論でも、政権が法案を正当化する根拠は、「現実の脅威」です。
 現代の世界において、日本国憲法第九条はどんな意味を持っているのでしょうか。

柄谷 戦後七◯年といわれますが、戦後という言葉を第二次大戦後という意味で使っているのは、たぶ
ん日本だけでしょう。それは、日本には戦後に新憲法があって、戦争をしないことになっているからで
す。憲法九条が、普遍的な意味を持っていることは確かです。それは、さかのぼればカントの『永遠平
和のために』の精神を受け継ぎ、一九二八年の不戦条約の精神を受け継いでいるものです。そして、実
際日本人に支持されています。
 しかし、それは人々が憲法九条について啓蒙されたからではなく、護憲運動があったからでもありません。憲法九
条は、当時日本人が戦争を反省して自発的に作ったものではなく、占領軍が強制したものです。だから、保守派は日
本人の自発的な憲法を作ろうといってきたわけです。しかし、強制された自発的であることとは、矛盾しないのです。たとえ
ば、憲法ができて数年後、朝鮮戦争の際にアメリカがこの憲法を変えようとしたとき、日本人は(保守
の吉田政権ですが)それに抵抗しました。その時に、日本は憲法九条を自発的に選んだといえます。
 ただ、この時期の問題は、憲法九条の解釈を変えて自衛隊を承認したことです。ある意味で、解釈改憲はこのときから始まったといえます。しかし、憲法九条自体を変えようとはしませんでした。保守派
はそれを変える機会が来るのをずっと待っていたのですが、できなかった。今もできません。それは、
戦後の日本人には、戦争を忌避する精神が深く根付いたからです。それは「無意識」のものです。集団
的無意識ですね。これは意譏的なものではないから、論理的な説得によっても、宜伝 · 煽動によっても変
えることができない。そして、これは、社会状況が変わっても世代が変わっても残る。
 アメリカは日本と同じではありませんが、べトナム戦争でよく似た経験をしています。べトナム戦争
以降、彼らは二度と徴兵制を採れない。それは無意譏の戦争忌避があるからです。日本の憲法九条のよ
に明文化はされていませんが、もし現職の大統領や大統領候補が徴兵を唱えたらどうなるか。たちま
ち終わりです。アメリカ政府は、べトナム戦争以降ずっとその状態が元に戻るのを待っていたはずです。
9・11の際は、これでアメリカ人も憤激して立ち上がるだろう、進んで戦争にも行くだろうと考えたで
しよう。しかし、確かにそういう兆しも見えましたが、すぐに消えた。アメリカ人も、もう自由のため
に、などと言って戦争に行って死んだりはしないのです。今後の戦争は、傭兵のような戦争のプロ、ド
ローンのようなロボットが行うようになるでしょう。もはや国民は戦争には参加できないのです。これが
在の戦争の現実です。
 憲法九条が日本だけではなく、一定の独立を達成した国では、戦争で進んで死ぬということは無
理だと思います。たしかに、独立を実現するまでは多くの人々は命を睹けて戦うでしょう。が、独立し
た後、他の国民を攻撃するような戦争には無理がある。国家がどう言おうと、人々が進んで戦争に行く
ことはありえない。
 現在の政権が本気で戦争をする気があるなら、たんに憲法の解釈を変えるのではなく、九条そのもの
を変えるべきですね。むろん、それはできない。変えようとする政権や政党のほうが壊减します。それ
は、戦争を拒否する無意識の「超自我」が存在するからです。憲法九条はいわば「虎の尾」です。今の
政権はそれを踏んでしまったのではないですか。

▶︎デモで社会は変わる

 安保法制に対して、法学者だけでなく、非常に多くの学者、研究者、文化人などが反対の声を上
げ、国会周辺を若い人々が取り巻いています。こうしたことは、実に久しぶりのことです。いま「戦後」の精神
は生きていると考えますか。

柄谷 戦後の精神とは、すなわち、戦後憲法ですね。たとえぱ、集会 · デモの自由は戦後憲法によって保
障されたものですから。私はー九六◯年の安保闘争に参加していたのですが、その当時、デモは普通の
行為でした。ですが、一九七◯年以降に普通の人がデモに行くことができなくなってしまいました。デ
モに対する懐疑も強くなりました。「デモで社会が変わるのか」と。私はその考えを変えたいと思って
いたのですが、震災と原発事故の後にそうした状況が出てきました。たしかに「デモで社会は変わる」
のです。なぜならば「人が普通にデモをする社会」に変わるのですから。今、国会周辺では每日のよう
に集会があります。いつ行っても誰かがいます。それは全国でも同様でしょう。原発事故以来、こうい
う下地ができていたのです。その上で、今の政權は解釈改憲を強行した。大きなデモが起こるのは当然
です。今日の状况がー挙にできたわけではありません。
 ただ心配なのは、たしかに戦争の危機が強まっていることです。いまは〈戦前〉である、と私はー九九
◯年代から書いていました。現代は帝国主義的な時代であり、たとえば、ー◯◯年前、第一次大戦の時
のように、最初はオーストリアとセルビアのいざこざ程度の紛争が、四年もつづく世界戦争になってし
まったのと同じことが起こる可能性がある。同盟関係というものが、大規模な戦争を引き起こしたので
す。いまの政権は、同盟関係によって戦争は抑止できると言っていますが、同盟関係の連鎖は恐ろしい
ものです。世界戦争はそれによって起こる、と私は考えています。

 ▶︎世界共和国へ

「戦後」を引き継ぎ、次の世界に向かう、私たちのこれからの理想はなんでしょうか。

柄谷 別に新しい理想は要りません。憲法九条を本当に実行すること、それが理想です。いうまでもな
いですが、現状は九条に反しています。米軍基地が各地にあり、自衛隊には莫大な国家予算がついてい
る。憲法九条の文言を素直に読めば、こんなことがありうるわけがないのです。
 九条を文字通り実行すること、それはたんに日本人の理想ではありません。それは、カントが人
類史の到達点とした「世界共和国」にいたる第一歩です。もちろん、これは日本一国ではできません。
九条も、憲法前文に書かれているように、戦後に成立した国連を前提としているのであって、一国主義
ではありません。
 現在、国連は機能しなくなっています。戦争を阻止する力をもたない国連を変えるためには、それ
ぞれの国での対抗運動が必要です。たとえば、日本が今後憲法九条を実行するということを、国連で宣
言するだけで、状況は決定的に変わります。

(聞き手=岩波書店社長 岡本 厚)



2015.8.15.朝日5面【全面広告】柄谷行人(岩波書店)


岩波書店 @Iwanamishoten  20150901
小社HPの特集「戦後70年 「戦」の「後」であり続けるために」を更新しました.今回は,終戦記念日に朝日新聞に掲載された,哲学者・柄谷行人さんのインタビューをご紹介します.テーマは「戦後七〇年 憲法九条を本当に実行する」
http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/postwar70/index.html 












2015年8月15日 朝日新聞朝刊

http://enbukuro.exblog.jp/24796088/

・柄谷行人インタビュー:「戦後七〇年憲法九条を本当に実行する」

(聞き手 岩波書店社長 岡本厚)朝日新聞 


”憲法九条を変えることはできません。ーそれは、戦後の日本人には、戦争を忌避する

精神が深く根付いていたからです。それは「無意識」のものです。集団的無意識ですね。

これは意識的なもではないから、論理的な説得によっても、宣伝・煽動によっても変える

ことはできない。そして、これは、社会状況が変わっても世代が変わっても残る。”

http://i.imgur.com/hk5oviO.jpg



番外:
柄谷行人先生の新宿公開講座、『千年王国と現在』に、行ってきました。満員御礼でした。柄谷行人先生直々に、カール・バルトやエルンスト・ブロッホの文章が読み上げられて、感動しました。質疑応答の内容も充実していて良かったですね。満足でした。

kaoru_kawase (川瀬薫) - 22時間前 


戦後日本の宗教史―天皇制・祖先崇拝・新宗教 [著]島田裕巳 - 柄谷行人(哲学者) - 書評・コラムを読む - BOOK asahi.com:朝日新聞社の書評サイト

http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2015082300003.html
■高度成長で変化、オウム事件の意味

 本書は「戦後日本の宗教史」という題であるが、むしろ、戦後日本の社会史を、宗教、特に新宗教の歴史から見るものだといってよい。時代でいえば、つぎの二つに区分される。戦後灰燼(かいじん)と化した日本経済が高度成長を遂げオイルショックに出会う1973年までと、以後バブルに浮かれながらも、没落の予感の中にあった95年まで。一社会のかくも急激な変化を見る観点はさまざまあるだろうが、新宗教の歴史に的を絞ると、通常見えないものが見えてくる。
 本書は、戦後の新宗教を天皇制と祖先崇拝という軸から考察する。それらは、戦前までの日本の宗教を根本的に規定するものであった。戦後に新宗教をもたらした原因は、何よりも、国家神道に集約される天皇制ファシズムの終焉(しゅうえん)である。新憲法によって信教の自由が保障され、また、天皇の人間宣言がなされたとき興隆したのは、それまで国家神道に抵触するため抑圧されてきた神道系の宗教であった。中でも、踊る宗教で知られた教祖北村サヨは、「皇祖神」を奉じ、現人神(あらひとがみ)の地位を降りた天皇にかわる役割を果たそうとした。
 つぎの段階の新宗教をもたらしたのは、祖先崇拝を事実上不可能にするような社会的変化である。それは1950年代後半から経済的な高度成長とともに生じた。この時期に急激に拡大したのが、戦前に弾圧されていた日蓮宗系の宗派である。中でも、創価学会が目立ったのは、徳川時代以来日本の仏教にあった祖先崇拝のシステムをもたなかったことである。それはたんに教義の問題ではない。仏教という形であれ神道という形であれ、それまで祖先崇拝が存在していたのは、農村・都市の共同体が残っていたからである。創価学会に引き寄せられたのは、主に都市に移動してきた若い貧困層で、共同体とのつながりをもたない人たちであった。
 最後に、70年代に興隆してきた新宗教の特徴は、終末論的だということである。統一教会、幸福の科学、そして、95年に地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教など。これらは高度成長から停滞に向かった社会の不安を反映していた。この「戦後日本の宗教史」は、オウムで終わっている。それは全く正しい。オウムは当時、ロシアに3万人の信者がいたといわれる。それはもはや「戦後日本」に限定される現象ではなかった。オウムの起こした事件は来たるべき戦争に備えるものであった。その意味で、2001年ニューヨークのテロを先取りするものであり、現在のイスラム国(IS)にもつながるものである。のみならず、それは現在の日本国家にもつながっている。
    ◇
 筑摩選書・1836円/しまだ・ひろみ 53年生まれ。宗教学者・作家・東京女子大学非常勤講師。日本女子大学助教授、東京大学先端科学技術センター特任研究員などを歴任。著書に『神も仏も大好きな日本人』『葬式は、要らない』『ほんとうの日蓮』など。


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岩波書店 @Iwanamishoten  20150901
小社HPの特集「戦後70年 「戦」の「後」であり続けるために」を更新しました.今回は,終戦記念日に朝日新聞に掲載された,哲学者・柄谷行人さんのインタビューをご紹介します.テーマは「戦後七〇年 憲法九条を本当に実行する」
http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/postwar70/index.html 

2016/2 柄谷行人「Dの研究(第5回)」 atプラス27
2015/11/7 柄谷行人「Dの研究(第4回) 千年王国と現在」 atプラス26
2015/9 柄谷行人「思想の散策1 思うわ、ゆえに、あるわ」 図書9月号
2015/9 柄谷行人「反復強迫としての平和」 世界9月号
2015/8/15 柄谷行人・岡本厚「戦後七〇年 憲法九条を本当に実行する」 朝日新聞
2015/8/8 柄谷行人「Dの研究(第3回) 宗教と社会主義(承前)」 atプラス25




29 Comments:

Blogger yoji said...

https://pbs.twimg.com/media/CPXEgKuVAAAugE6.jpg

柄谷行人氏:「デモは議会制民主主義に不可欠のもの」「1回の選挙で多数派になれば何
をしてもいいということではない。そんなものは議会制民主主義ではない」


議会制民主主義補う
哲学者の柄谷行人さん
 デモは議会制民主主義に不可欠なもの。国民の意思を選挙だ
けで表明するには限界がある。選挙が行われた時期の状況で国
民は投票するが、状况が変わると国民の意思も変化する。政府
は選挙のときには言わなかった重大なことを実行することもあ
る。今回の安保関連法案はまさにそれにあたる。
 そうなったとき、主権者である国民はデモで意思を表明でき
る。国民がデモという直接行動をして、国家がそれをみて軌道
修正をする。デモは議会制民主主義の否定ではなく、それを補
うものだ。国民の意思を表明するまさに「選挙」でもある。
 1回の選挙で多数派になれば何をしてもいいということでは
ない。そんなものは議会制民主主義ではない。デモが国家の意
思决定を変えることは難しいかもしれないが、「無視して強行
すると次の選挙に影響する」という効果を残す。(西村圭史)

2015年9月5日朝日新聞西部本社版(九州沖縄山口向け)朝刊。



ttps://pbs.twimg.com/media/CPXEgKuVAAAugE6.jpg

https://twitter.com/sspmi/status/645638191320424448

関連記事はこちら(柄谷氏のコメント要約版も) ⇒(ウォッチ安保国会)デモの意義とは 政治家から否定的発言:朝日新聞デジタルasahi.com/articles/DA3S1…
1:40am - 21 Sep 15

(ウォッチ安保国会)デモの意義とは 政治家から否定的発言:朝日新聞デジタル
http://digital.asahi.com/articles/DA3S11948906.html

 ■「議会制民主主義を補う」

 30日の国会前デモに参加したという哲学者の柄谷行人(こうじん)さんの話 国民の意思を選挙だけで表明するには限界がある。選挙が行われた時期の状況で国民は投票するが、状況が変わると国民の意思も変化する。政府は選挙のときには言わなかった重大なことを実行することもある。国民がデモという直接行動をして、国家がそれをみて軌道修正をする。デモは議会制民主主義の否定ではなく、補うために不可欠なものだ。

10:54 午後  
Blogger yoji said...


市場経済と資本主義経済の違いがわからないと安易なイデオロギー論争になる
マルクス的には縮小再生産と拡大再生産(教育格差を含む)の違いであり
カレツキ、ケインズ的には有効需要、投資の有無と言える
国家と資本の双頭性を指摘したのが柄谷の功績だが
再生産表式軽視も宇野弘蔵から受け継いでしまったので厳密な議論にならない

6:36 午前  
Blogger yoji said...


市場経済と資本主義経済の違いがわからないと安易なイデオロギー論争になる
マルクス的には縮小再生産と拡大再生産(教育格差を含む)の違いであり
カレツキ、ケインズ的には有効需要、再投資の有無と言える
国家と資本の双頭性を指摘したのが柄谷の功績だが
再生産表式軽視も宇野弘蔵から受け継いでしまったので厳密な議論にならない
自給自足、循環型社会を目指す老子的アナキズムが、世界共和国の構成要素として必要だ

6:38 午前  
Blogger yoji said...


市場経済と資本主義経済の違いがわからないと安易なイデオロギー論争になる
マルクス的には縮小再生産と拡大再生産(教育格差を含む)の違いであり
カレツキ、ケインズ的には有効需要、再投資の有無と言える
国家と資本の双頭性を指摘したのが柄谷の功績だが
再生産表式軽視も宇野弘蔵から受け継いでしまったので厳密な議論にならない
自給自足、循環型社会を目指す老子的アナキズムが、世界共和国の構成要素として必要だ

6:45 午前  
Blogger yoji said...

花田清輝はユートピアを縮小再生産社会と定義したがこの辺りが本気で検討されないと
吉本隆明みたいになる

6:48 午前  
Blogger yoji said...


市場経済と資本主義経済の違いがわからないと安易なイデオロギー論争になる
マルクス的には単純再生産と拡大再生産(教育格差を含む)の違いであり
カレツキ、ケインズ的には有効需要、再投資の有無と言える
国家と資本の双頭性を指摘したのが柄谷の功績だが
再生産表式軽視も宇野弘蔵から受け継いでしまったので厳密な議論にならない
自給自足、循環型社会を目指す老子的アナキズムが、世界共和国の構成要素として必要だ

花田清輝はユートピアを単純再生産社会と定義したがこの辺りが本気で検討されないと
吉本隆明みたいになる



関本洋司サイト:マルクス再生産表式&経済表:再考 - livedoor Blog(ブログ)
http://blog.livedoor.jp/yojisekimoto/archives/52121991.html
以下、花田清輝「ユートピアの精神」『復興期の精神』(三一書房、全一冊シリーズ、p679)より

(略)ユートピアは、いまでもほろびてはゐない。(略)
 いつたいユートビアが、フライエルのいふやうに「政治的な島」であり、それ自身の空間に存在する完結的な体系であるとするならば、我々の時代におけるユートビアは、経済的には、単純再生産の表式によつて正確に表現されるでもあらう。周知のやうに、単純再生産の正常な進行のためには、生産手段の生産部門(Ⅰ)における可変資本(V)と剰余価値(m)との和が消費資料の生産部門(Ⅱ)における不変資本(C)にひとしくなければならず、したがつて、Ⅰ.1000v+1000m=Ⅱ.2000c なる表式の成立が、不発の諸事情の下におけるユートピア社会の誕生のためには欠くべからざるものであらう。この単純な表式は、ビランデルロの聖母子像よりも、はるかに我々にたいして切実であり、このやうな非情な数字によつて、その存在の前提條件が示されるならば、ユートピアはかならずしも時代遅れな感じを我々にあたへないですむのではなからうか。いまもなほ我々は、たしかにユートピアの実現をねがつてゐるにちがひない。現代の課題は、資本制社会の枠内において、まづ、いかにしてこの単純再生産の基礎を確立するかにあるのだ。とはいへ、我々のユートピアもまた永山の頂のごときものであり、それが、なんらの陰影もみとめられない極度に精確な表式によつてとらへられるにいたつたことは、かへつて我々の極度の混乱を暗示するものにほかならなかつた。むろん、この種の抽象的な表式は、我々のユートビアにのみ特有のものではなく、あらゆるユートビアにみいださるべきものであり、たとへば、レッセ・フエールによつて基礎づけられたユートビアとしての原始社会や未来社会のばあひにおいても、表式の成立は、それ、どは意識せず準備されてゐたのであつた。いや、過去においてもユートビアのもつ再生産過程が、まつたく束づかれずにゐたわけ.てはなく、すでに「支那の専制政治」にユートビアをみいだしてゐたケネーは、また、「経済表」の作者でもあつた。我々のばあひは、その表が表式にまで精密化されてゐるにすぎない。多かれ、少かれ、いつの時代にも混乱はあつたのだ。

スガ秀美が指摘するように、吉本隆明はこの記述をマルクスのテクストを参照せずに、花田を誤読し、官僚制の証として責め立てた。「重層的決定」といった政治的な用語で、マルクスの分析がうやむやにされていったフランスの場合と同じだ。
ただ、マルクスも経済表では消費部門を1に据えていたのに、再生産表式では生産部門を1に据えている。そして、全体の1/10ほどが交換に廻されるという但し書きを削ってしまっている。こうした自らの理論を純化せんがための現実からの遊離、状況に合わせるための変節があったために後続の者達にこうした不毛な論争が引き継がれたとも考えられる。
環境問題等を考えると、花田は重視していないが「島」という点が重要で、ユートピアに置ける単純再生産は、生命地域主義的に循環及び独立している所に重点があるのだ。その点でケネーの経済表に還るべきかもしれない(自給自足のための技術的方法論や情報は世界市場で交換、流通されるので、マルクスのような世界経済の一元的把握が不毛であるという訳ではないし、CO2排出などへの世界的な対策等にも有効ではあるが)。

花田の読みは消費部門におけるCに対して生産部門のV(給料)が足りないではないか、といった単純な読み(「資本論第2.3巻を読む」(宮川彰著)など)をとっていない点は特筆すべきだ。

6:57 午前  
Blogger yoji said...

公開セミナー - イベント | 明治学院大学
http://www.meijigakuin.ac.jp/event/archive/2015/2015-10-06.html

公開セミナー「垣根を越えて」開催のお知らせ


開催日 2015年11月17日、11月24日、12月1日、12月8日 毎週火曜日(全4回)
時間 16時45分~18時15分
会場 横浜キャンパス7号館2階720教室
主催 国際学部付属研究所
趣旨 私たちの周囲には様々な垣根があります。 隣の家との垣根、国と国との垣根、あるいは人と人との間や異なる文化の間にも垣根はあるでしょう。 内と外とを隔てる垣根の内側に留まっていれば安心感は得られますが、一方で、外部から遮断された閉塞感が生まれてしまうかもしれません。今回のセミナーでは、「垣根を越えて」異なった世界への扉を押し開き、新たな文化交流の可能性を考えていきたいと思います。
スケジュール

開催日 タイトル 講師
第1回 11月17日(火)
おひとりさまの最期

上野 千鶴子(東京大学名誉教授)
高橋 源一郎(本学国際学部教授)
第2回 11月24日(火)
ジャポニズムの波動―アメリカで意外な展開

児玉 実英(同志社女子大学元学長、同大学名誉教授)
森 あおい(本学国際学部教授)
第3回 12月1日(火)
東アジアの王権・天皇制・皇后

柄谷 行人(哲学者)
原 武史(本学国際学部教授)
第4回 12月8日(火)
東京オリンピックと皇居前広場

磯崎 新(建築家)
原 武史(本学国際学部教授)
お問い合わせ先

国際学部付属研究所
Tel:045-863-2267(平日10時~17時)
関連リンク

http://www.meijigakuin.ac.jp/~iism/events/seminar/seminar15.html




第3回12月1日(火)
東アジアの王権・天皇制・皇后
柄谷 行人(哲学者)
原 武史(本学国際学部教授)
公開セミナー「垣根を越えて」開催のお知らせ http://www.meijigakuin.ac.jp/event/archive/2015/2015-10-06.html …

9:03 午前  
Blogger yoji said...

「哲学者たちは世界を単にさまざまに解釈しただけである。
問題なのは世界を変えることなのである。」
マルクス フォイエルバッハに関するテーゼ
http://page.freett.com/rionag/marx/thf0.html

"Die Philosophen haben die Welt nur verschieden interpretiert,
es kommt darauf an, sie zu verändern."
Karl Marx: Thesen über Feuerbach (Fassung 1845)
http://www.mlwerke.de/me/me03/me03_005.htm

哲学家们只是用不同的方式解释世界,问题在于改变世界。
关于费尔巴哈的提纲(马克思1845年稿本)
https://www.marxists.org/chinese/marx/marxist.org-chinese-marx-1845.htm

The philosophers have only interpreted the world, in various ways; the point is to change it.
Theses on Feuerbach
https://www.marxists.org/archive/marx/works/1845/theses/theses.htm

철학자들은 세계를 단지 여러가지로 '해석'해왔을 뿐이지만, 중요한 것은 그것을 '변혁'시키는 일이다.
《포이어바흐에 대한 테제》(Theses on Feuerbach)
https://www.marxists.org/korean/marx/theses-feuerbach/index.htm

"Los filósofos no han hecho más que interpretar de diversos modos el mundo,
pero de lo que se trata es de transformarlo"
Tesis sobre Feuerbach - Wikipedia, la enciclopedia libre
https://es.wikipedia.org/wiki/Tesis_sobre_Feuerbach

ハイデガー マルクスを語る。1969
Martin Heidegger Critiques Karl Marx - 1969
http://youtu.be/jQsQOqa0UVc
ハイデッガー
(略)社会の変革などということがいったいどこまでいえるのかということも問題です。
世界変革の要求を問題にするとすれば、結局、しばしば引用されるカール・マルクスの
『フォイエルバッハに関するテーゼ』にある例の命題にまでさかのぼらねばなりません。
その命題を正確に引用して読み上げてみましょう。「哲学者たちは世界をいろいろと
解釈したにすぎなかった。大事なことは世界を変革することだ。」
この命題を引用し、そしてまた特にこの命題に従って行動する場合、人は、世界の変革
というものを前提としており、世界表象というものを十分に解釈することによってのみ
得られる、とうことを見のがしています。
つまりマルクスはまったく明確な一つの世界解釈を地盤として、そのうえで世界の変革を
要求しているのです。だからこの命題は決して基礎づけがしっかりなされたものだとは
いえません。この命題は決然として哲学に反対しているかのように見えますが、じつは
この命題の後半には言わず語らずはっきり一つの哲学を要求する態度が前提とされて
いるのです。
『ハイデッガーは語る』(1973年、理想社、pp78-79)

NAMs出版プロジェクト: ハイデガー動画集
http://nam-students.blogspot.jp/2014/04/blog-post_8.html



12:23 午前  
Blogger yoji said...



「他者を手段としてのみならず同時に目的として扱え」カント

“Handle so, dass du die Menschheit sowohl in deiner Person, als in der Person eines jeden anderen jederzeit zugleich als Zweck, niemals bloß als Mittel brauchst.”
(“Act in such a way that you treat humanity, whether in your own person or in the person of any other, always at the same time as an end and never merely as a means to an end”)
Immanuel Kant
http://datarella.com/data-courtesy/
https://de.wikipedia.org/wiki/Grundlegung_zur_Metaphysik_der_Sitten

《カントは、「他者を手段としてのみならず同時に目的として扱え」という格率を、普遍的な
道徳法則として見いだしました。「目的として扱う」とは、自由な存在として扱うということ
です。…そして、この場合、「他者」は、生きている者だけではなく、死者およびまだ生ま
れていない未来の他者をふくみます。たとえば、私たちが環境を破壊した上で経済的
繁栄を獲得する場合、それは未来の他者を犠牲にすること、つまり、たんに「手段」とし
て扱うことになります。》
柄谷行人『世界共和国へ』


http://nam-students.blogspot.jp/2012/08/blog-post_2934.html?m=0#note4
人間性の権利は,「君の人格にある人間性を常に同時に目的として用い,決して単に手段としてだ けしか用いないことがないように行為せよ」という命令に表現される。これは定言命法であり,先 の「人間性の法則」の命令だと考えられる。


http://tatoeba.org/jpn/sentences/show/417109

Act in such a way that you treat humanity, whether in your own person or in the person of any other, never merely as a means to an end, but always at the same time as an end.

Handle so, dass du die Menschheit sowohl in deiner Person, als in der Person eines jeden anderen jederzeit zugleich als Zweck, niemals bloß als Mittel brauchst.

Agis de façon telle que tu traites l'humanité, aussi bien dans ta personne que dans tout autre, toujours en même temps comme fin, et jamais simplement comme moyen.

http://tatoeba.org/jpn/sentences/show/417109

Act in such a way that you treat humanity, whether in your own person or in the person of any other, never merely as a means to an end, but always at the same time as an end.

Handle so, dass du die Menschheit sowohl in deiner Person, als in der Person eines jeden anderen jederzeit zugleich als Zweck, niemals bloß als Mittel brauchst.

Agis de façon telle que tu traites l'humanité, aussi bien dans ta personne que dans tout autre, toujours en même temps comme fin, et jamais simplement comme moyen.



//////
「アンチノミーは解消されない。ヘーゲル哲学が全体として根本的にダメなところは
ここだ。アンチノミーをなす二つの項は互いに、あるいは、他のアンチノミックな
二項との間でバランスをとる」
(プルードン『革命と教会における正義』斉藤悦則氏のHPより)
http://www.kagomma.net/saito/works.html

L’antinomie ne se résout pas ; là est le vice fondamental de toute la philosophie hégélienne. Les deux termes dont elle se compose se BALANCENT, soit entre eux, soit avec d’autres termes antinomiques : ce qui conduit au résultat cherché. Mais une balance n’est point une synthèse telle que l’entendait Hégel et que je l’avais supposée après lui : cette réserve faite, dans un intérêt de logique pure, je maintiens tout ce que j’ai dit dans mes Contradictions.

Oeuvres de Proudhon iBooks

「人間が宗教をつくる」マルクスITC209頁より孫引き

2:28 午前  
Blogger yoji said...

「君の人格にある人間性を常に同時に目的として用い,決して単に手段としてだ けしか用いないことがないように行為せよ」カント

“Handle so, dass du die Menschheit sowohl in deiner Person, als in der Person eines jeden anderen jederzeit zugleich als Zweck, niemals bloß als Mittel brauchst.”
(“Act in such a way that you treat humanity, whether in your own person or in the person of any other, always at the same time as an end and never merely as a means to an end”)
Immanuel Kant
http://datarella.com/data-courtesy/
https://de.wikipedia.org/wiki/Grundlegung_zur_Metaphysik_der_Sitten

《カントは、「他者を手段としてのみならず同時に目的として扱え」という格率を、普遍的な
道徳法則として見いだしました。「目的として扱う」とは、自由な存在として扱うということ
です。…そして、この場合、「他者」は、生きている者だけではなく、死者およびまだ生ま
れていない未来の他者をふくみます。たとえば、私たちが環境を破壊した上で経済的
繁栄を獲得する場合、それは未来の他者を犠牲にすること、つまり、たんに「手段」とし
て扱うことになります。》
柄谷行人『世界共和国へ』


http://nam-students.blogspot.jp/2012/08/blog-post_2934.html?m=0#note4

2:31 午前  
Blogger yoji said...


「君の人格にある人間性を常に同時に目的として用い,
決して単に手段としてだ けしか用いないことがないように行為せよ」カント

“Handle so, dass du die Menschheit sowohl in deiner Person, als in der Person eines jeden anderen jederzeit zugleich als Zweck,
niemals bloß als Mittel brauchst.”
(“Act in such a way that you treat humanity, whether in your own person or in the person of any other,
always at the same time as an end and never merely as a means to an end”)
Immanuel Kant
http://datarella.com/data-courtesy/
https://de.wikipedia.org/wiki/Grundlegung_zur_Metaphysik_der_Sitten

《カントは、「他者を手段としてのみならず同時に目的として扱え」という格率を、普遍的な
道徳法則として見いだしました。「目的として扱う」とは、自由な存在として扱うということ
です。…そして、この場合、「他者」は、生きている者だけではなく、死者およびまだ生ま
れていない未来の他者をふくみます。たとえば、私たちが環境を破壊した上で経済的
繁栄を獲得する場合、それは未来の他者を犠牲にすること、つまり、たんに「手段」とし
て扱うことになります。》
柄谷行人『世界共和国へ』

2:35 午前  
Blogger yoji said...

[XI] Los filósofos no han hecho más que interpretar de diversos modo el mundo, pero de lo que se trata es de transformarlo.

Marx (1845): Tesis sobre Feuerbach.
https://www.marxists.org/espanol/m-e/1840s/45-feuer.htm

4:10 午前  
Blogger yoji said...

朝日新聞デジタル
(書評)『日本の精神医学この五〇年』 松本雅彦〈著〉
2015年11月1日05時00分
『日本の精神医学この五〇年』  
 ■米の診断基準導入、病名も概念も変化

 本書は日本の精神医学の50年を個人的な臨床経験をもとにふりかえるもので
ある。著者が精神医学に向かったのは、文学にかぶれていたからだといっている。
しかし、これは例外的なケースではない。精神病は、私のように文学を志した者
にとっても輝かしく映っていた。とりわけログイン前の続き、「精神分裂病」が
創造的で深遠なもののように見えた。たとえば、埴谷雄高の『死霊』をはじめ、
精神科病院を舞台にした小説が多く書かれたのである。

 しかし、現実には、医者が創造的な狂気に出会うことは稀(まれ)である。精
神科医は、医師の数が絶対的に不足する劣悪な診療の現場の中にいたし、また、
「医局講座制」の支配下にあった。この問題は、1960年代の終わりに起こっ
た大学紛争の核心となった。「反精神医学」の運動が風靡(ふうび)したが、こ
れらは精神医学にとって危機ではなかった。危機は80年代に、アメリカで始ま
った精神病の診断基準(DSM―3)が導入されたときに起こったのである。そ
れは精神医学界における「黒船」の到来であった。

 この診断基準は本来、薬効を判定するための基準であったが、それが診断にも
使われるようになった。これによって、精神医学は一変した。それまで、医者は
患者との対話を通して、生活史を知る必要があった。症状とは医者と患者の相互
関係において存在するものだ。それが変わった。医者はもはや患者と話す必要は
ない。症状を区別するマニュアルに従って診断し、薬を与えればよい。患者は
「病んでいる一人の人間」ではなく、「一つの病気をもつ人間」となった。そし
て、この病気は薬で除去しうるものである。

2:25 午後  
Blogger yoji said...

2015


件名: 第11回長池講義のご案内

このメールは、第11回長池講義に参加される方々にお送りしています。
以下の要領で行いますので、ご確認の上お越しください。


第11回長池講義

日時:2015年11月16日月曜日 19:00~21:00(受付開始:18:30)
テーマ:日本の憲法──先行形態から見る
講師:柄谷行人
参加料:800円
会場:たんぽぽ舎 スペースたんぽぽ
 千代田区三崎町2-6-2ダイナミックビル4F
 JR水道橋駅東口より3分、地下鉄神保町駅より8分
http://www.tanpoposya.net/main/index.php?id=336
会場のあるビルは、少々わかりにくいかもしれません。白山通り三崎町の信号、神田三崎町郵便局、日大図書館などを目印にしてください。

9:22 午後  
Blogger yoji said...


(書評)『福沢諭吉の朝鮮 日朝清関係のなかの「脱亜」』 月脚達彦〈著〉
2015年11月29日05時00分


月脚達彦『福沢諭吉の朝鮮 日朝清関係のなかの「脱亜」』柄谷行人評。「朝鮮近代史の状況を見直すことによって、福沢の考えを再検討する」
「著者は、現在の状況が日清戦争前後の状況と類似すると見ている。私も同感である」 http://www.asahi.com/articles/DA3S12092138.html
 ■「義侠心」から揺れ動いた脱亜論

 福沢諭吉は「脱亜論」(1885年)で、「我(わ)れは心に於(おい)て亜細亜(アジア)東方の悪友を謝絶するものなり」と書いた。それまで福沢は、朝鮮の改革を目指し、西洋列強に抗して日本を盟主とするアジア同盟を構築することを唱えていたが、それを否定したのである。彼がそう書いたのは、朝鮮に起こった甲申(こうしん)政変(1884年)、つまり、親日派の金玉均(キムオクキュン)らがソウルで日本公使と結んでおこしたクーデターが失敗した後である。そこで、「脱亜論」を福沢の敗北宣言と見なす考えが定説となった。ただ、それ以後、福沢が日本の帝国主義的な方向を肯定したという批判と、福沢を擁護しその可能性を見いだそうとする論が争われてきた。

 しかし、著者の考えでは、「脱亜論」をふくめて、福沢の論文とされているのは「時事新報」の論説であり、刻々と変化する状況に対応して書かれたものだ。「脱亜論」が同時代で注目されなかったのもそのためである。本書は、朝鮮近代史の状況を見直すことによって、福沢の考えを再検討するものである。

 著者の結論はつぎのようなものだ。福沢は洋学者として、もともと「脱亜論」の立場であった。朝鮮についても無知・無関心であった。彼が急に関心を抱くようになったのは、1880年に初めて朝鮮人と出会い、翌年、慶応義塾に留学生を受け入れてからだ。彼の朝鮮への関心は「義侠(ぎきょう)心」からである。すなわち、理論的というより心情的であった。彼は自分の年来の理論に反して、アジア主義を唱えたのである。ゆえに、「脱亜論」を唱えたのは、彼の学生や親友が朝鮮政府によって虐殺されたということへの憤激から来るものだった。たとえば、彼が書いた社説「朝鮮人民のために其(その)国の滅亡を賀(が)す」という激越な言い方も、そこから来ている。

 著者は、現在の状況が日清戦争前後の状況と類似すると見ている。私も同感である。

 評・柄谷行人(哲学者)

12:27 午前  
Blogger yoji said...

2016年1月8日刊
柄谷行人
定本 柄谷行人文学論集

6:07 午前  
Blogger yoji said...

T_Kaneko
@mone_taku
柄谷さんの公演は打ち上げからが本番だった。禁欲的に理論を着地させようとして
いる『トランスクリティーク』〜の仕事の背後にあるラジカルだが当たり前である
戦後日本の思想を明朗と語っていた。とにかくシールズのメンバーの子が来てくれ
てよかった。ここで連絡に出られなかった彼と来たら…(苦笑
23:08 - 2015年12月1日

11:55 午前  
Blogger yoji said...

カントにおける平和と革命

柄谷行人
 カントが平和に関して述べたのは、『永遠平和のために』(以後『永遠平
和』一七九五年)が最初ではない。それより一〇年ほど前の『世界市民的見
地における普遍史の理念』(以後『普遍史』一七八四年)が最初である。が、
平和論にのみ関心をもつ者は、そこまで遡ろうとはしない。実際、平和論に
関しては、『永遠平和』が『普遍史』よりはるかに緻密な著作であることは
疑いない。しかし、そこでは、後者にあった幾つかの重要なポイントが抜け
落ちている。そして、それには理由がある。

 カントは『普遍史』で、サン・ピエールの「永久平和論」(一七一三年)、
そして、それを取り上げたルソーの「抜粋」および批判的コメント(一七六
一年)について論じた。サン・ピエールがヨーロッパ諸君主の国家連合体を
構想したのに対して、ルソーは、君主らの合意にもとづく国家連合の限界を
指摘した。たとえそれによって平和が実現されたとしても、牢獄の平和のよ
うなものだ。真の平和を実現するためには、先ず、諸個人の社会契約によっ
て人民主権にもとづく国家を形成すること、さらに、それらの諸国家が契約
によって連合体を形成することが必要である、と彼は考えた。彼はそれにつ
いて具体的な構想を述べなかった。ただ、「幾多の革命以外の方法では、国
家連合が樹立されることはけっしてない」と結論したのである。同時に、彼
はそこで躊躇せざるをえなかった。革命はそれ自体戦争を引き起こすからで
ある。では、それは望ましいことなのか、恐るべきことなのか。ルソーの論
考はそこで終わっている。

1:17 午前  
Blogger yoji said...

東浩紀@12/26総会来てくれ
‏@hazuma
柄谷行人と磯崎新と鈴木忠志の3人が歓談してるのを遠くから見るのは、批評空間チルドレンとしてなんとも言えない感慨がある。。(話しかける勇気はない
17:01 - 2015年12月20日

5:27 午後  
Blogger yoji said...

RT @Bergzatsuyoten: 柄谷行人さんは「こんな騒がしい所で喋るのは初めて」と突然の雨のように喋り始めて一気に場を掴んだ。うまいな。『味の形』にかこつけ、人間関係にも形があると。三角関係とか(笑)。どんな恋愛も三角関係である。三人目はいないように見えて隠れている。…

konberu(kyouko kon)22時間前

5:30 午後  
Blogger yoji said...

RT @hakusuisha: 『パリ同時テロ事件を考える』見本出来。「テロと戦争の時代を生きる」と題して鹿島茂さん、柄谷行人さん、酒井啓子さん、堀茂樹さんが緊急座談会。また「憎しみ」「暴力の連鎖」「戦争」をめぐり、27名の識者が寄稿。ニヒリズムに陥らないために。 https:…

masahirono(Masahiro Ono 小野 昌弘)1日前

5:31 午後  
Blogger yoji said...

井野朋也 お陰様でベルク開店25周年! @Bergzatsuyoten 12月20日
①今、死後に公開することを条件に撮影されたジル・ドゥルーズ(20世紀のフランス現代哲学を代表する哲学者の一人)の453分に及ぶインタビュー映像(DVD『アベセデール』日本語版)を毎日少しずつ見ています。その一言一言にのけぞっています

②哲学とは抽象的なものでも専門的なものでもないという、考えてみればごく当たり前のことを、目から鱗がボロボロ落ちるように具体的にわかりやすく(小学生でもわかる言葉で)喋っているのです。
でも考えてみれば私も、柄谷行人の本を抽象的なもの、専門的なものとして読んだことは一度もありません。

③ベルクを続ける上で立ち退きをはじめ様々な問題に直面した時に、柄谷さんの言葉は私にとっていつも重要な手がかりでした。ただそういう読み方は邪道かなと思ってもいました。
柄谷さんのイメージを壊してしまうかもしれませんが、パーティーの日に柄谷さん、涙ぐんでいたのです。私が泣かせました笑。

④柄谷さんがいなかったら、ベルクはなかったと申し上げたら。泣く子も黙る柄谷行人のイメージからは想像できないのですが。
でも自分の本で一つの小さなカフェが生き残ったというのは、哲学者にとってどんな世界的名声や学会の評価より名誉なことらしいというのをドゥルーズの話を聞いて実感しました。

⑤私の読み方は間違っていなかったようなのです。
https://twitter.com/Bergzatsuyoten/status/678389482446446592

5:55 午前  
Blogger yoji said...

柄谷行人 書評委員が薦める「今年の3点」
2015年12月27日05時00分

(1)江戸日本の転換点 水田の激増は何をもたらしたか(武井弘一著、NHK出版・1512円)

(2)現代アジアの宗教 社会主義を経た地域を読む(藤本透子編、春風社・4536円)

(3)戦後日本の宗教史 天皇制・祖先崇拝・新宗教(島田裕巳著、筑摩選書・1836円)




杉田俊介@sssugita
届きました。「すばる」2016年2月号。特集「継承される批評2016」。
https://twitter.com/sssugita/status/681784400053276672

ドーンと柄谷インタビュー
文芸批評愛好者向けの特集

1:10 午後  
Blogger yoji said...

20151227
柄谷行人 書評委員が薦める「今年の3点」:朝日新聞デジタル
http://digital.asahi.com/articles/DA3S12136391.html?rm=150
(1)江戸日本の転換点 水田の激増は何をもたらしたか(武井弘一著、NHK出版・1512円)

(2)現代アジアの宗教 社会主義を経た地域を読む(藤本透子編、春風社・4536円)

(3)戦後日本の宗教史 天皇制・祖先崇拝・新宗教(島田裕巳著、筑摩選書・1836円)

 (1)江戸時代は低成長で持続可能な経済のモデルだと目されている。が、17世紀にはいわば「日本列島改造」がなされた。急激に水田が広がったことが、18世紀に様々な困難をもたらした。それを克服しようとしてできないまま、徳川体制が終わった。ゆえに、江戸時代はむしろ、最初にこのような困難に取り組んだ時代として参照すべきだ。(2)は、旧社会主義国家であった地域の宗教の現在を横断的に考察する。この地域の宗教は様々だが、共通点は、社会主義の時代に伝統的な聖職者・僧侶が廃止されたことだ。宗教が解禁されたのちも伝統的宗教は復活せず、風変わりな「新興宗教」が起こっている。(3)が扱うのも、天皇制―国家神道の支配が解かれた戦後日本の社会に起こった「新興宗教」の歴史である。

 (哲学者)

7:52 午後  
Blogger yoji said...

定本  柄谷行人文学論集
■ 目次

序文

I
『アレクサンドリア・カルテット』の弁証法
漱石試論――意識と自然
意味という病――マクベス論
歴史と自然――森鴎外論
坂口安吾『日本文化私観』について
歴史について――武田泰淳

II
漱石の多様性
坂口安吾その可能性の中心
夢の世界――島尾敏雄
中上健次とフォークナー
翻訳者の四迷
文学の衰滅

初出・底本一覧

4:45 午後  
Blogger yoji said...

Absit Invidia
‏@sit_venia_verbo
それはそれとして「ふらんす」のテロ特集号。座談会が柄谷行人の場違いな自説開陳でぶち壊しに。鹿島が必死で修復しようとするもホリシゲは涼しい顔。人口動態学とかさらに大風呂敷は広がるばかり。傾聴に値する情報は地に足のついた酒井の発言くらいか・・・・。
6:32 - 2015年12月28日


すばる 2016年2月号インタビュー「批評にできること」より、気になった箇
所を抜粋。

柄谷 そうです。写生文という言葉は実は一番誤解されやすい。写生文とい
うのは、リアリズムだと思われがちだけど、むしろ近代的リアリズム批判で
す。その考えは子規からきた。子規の言う写生は俳諧と切り離せない。その
ような写生文を実行に移したのは漱石だけですよ。

柄谷 二葉亭が好んだのは、ゴーゴリやドストエフスキー、つまり近代文学
的なリアリズムとはちがった”ルネサンス的”な小説家でした。それなのに、
自分があまり好きでなもないツルゲーネフを翻訳して、そちらが影響を与え
てしまった。彼が本来書きたかったのはゴーゴリみたいなものだったのにね。
このような行き違いが明治の近代日本文学の出発点にある。これはいわば原
光景であって、何度も反復されることになると思う。だから、単なる過去の
話とは言えない。

柄谷 ポーは詩を書くという過程を意識化した最初の詩人です。ロマン派時
代の詩人というのはインスピレーションによって書く。したがって、インス
ピレーションが来るまで待つ。また、待っているとそのようなインスピレー
ションが湧いてくるのが天才である。ぼくが若いころまで、そういう見方が
残っていました。 

柄谷 シュールレアリストはフロイトから学んだと考えていたのですが、フ
ロイトはシュールレアリスムを嫌っていた。なぜなら、シュールレアリスト
の夢は夢じゃないからです。あれは”夢もどき”です。夢の世界のリアリテ
ィを持っていない。たとえば、カフカにはそれがあるのですが、彼は別に夢
のようなことを書いていない。ある現実を、夢のように感じさせるのは何な
のか。それを僕は考えようとしたのです。

4:56 午前  
Blogger yoji said...

柄谷行人 「憲法9条の今日的意義」 市民連合 基調講演 2016.1.23
http://youtu.be/nkjMyYaTwNE

7:46 午前  
Blogger yoji said...



ニッポンへの発言
キーワード 柄谷行人の<希望>=中森明夫

毎日新聞2015年5月19日 東京夕刊
紙面掲載記事
 1975年、私は15歳で上京した。学生運動の波は退潮して、当時は内ゲバの時代だ。若い奴(やつ)らがヘタに理想や希望に燃えると、ろくなことにならない。
その末路は連合赤軍事件だと。反動で若者はシラケ派に走る。70年代は60年代の残滓(ざんし)のドグマ的な重力に支配され、どこか息苦しかった。

 柄谷行人の『意味という病』を読んだのは、70年代末だったと思う。収録の「マクベス論」を読んだ時のことは忘れられない。連赤事件を念頭に書かれたという。
意味に憑(つ)かれた者の末路−−その果てに「希望と絶望をまぬかれた人間の姿」を論じたのだと。希望がないから絶望もない! その一節を目にした瞬間、時代の曇り空がパッと晴れた。
自由になった気がしたのだ。柄谷の「マクベス論」と(唯物論に対して)すべては幻想だという岸田秀の「唯幻論」は、当時の知的な若者たちに少なからぬ影響を与えた。
それは70年代的な重力からの解放の合言葉だった。そう、「80年代」を準備したのだ。

 85年、私は25歳で「新人類の旗手」と呼ばれた。柄谷行人と知り合う。
酒場の柄谷は酔っ払ってバカ話をする変なオヤジで、ツッコミを入れる私は、よく怒鳴られた。それでも、少年時代の私を<希望>から解放してくれた人というリスペクトはあったのだ。

 ところが……。

 2001年、柄谷の新刊『NAM原理』を手に取った私は、愕然(がくぜん)とする。「希望の原理」の帯文!? 柄谷はNAMという組織を作り、社会変革をめざすという。冗談だろ?と呆(あき)れた。

 行きつけのバーで柄谷の朗読会があると聞いて、駆けつける。終了後、彼が出てくるのを待った。辻斬(つじぎ)りのように、路上で「希望がないから絶望もないんじゃなかったんですか、柄谷さん!」と突っかかった。
柄谷の顔色が変わった。「中森は絶望がないから、希望がないんだよ!」と一喝したのだ。あっ、と思った。なるほど、そうだったのか……柄谷行人は絶望している(・・・・・・)のだ。だからこそ、希望を語り始めたのである。

スタッズ・ターケルという米国のジャーナリストがいた。08年に96歳で没した。代表作は『仕事』。市井の数多くの人々の仕事についてのインタビュー集である。05年、ターケルの新刊が文春文庫で出た。タイトルは『希望』。「行動する人々」の副題を持つ。
9・11テロ以後の米国で、90歳を超えたターケルがハーバード大学の若者に逢(あ)う。彼らは学食の従業員らの待遇改善を求めて座り込みデモをした。エリート学生らがなぜ?とターケルは訊(き)く。
すると若者は自分たちのために働く人々の尊さを知ったという。「ターケルさん、それはあなたの『仕事』という本を読んだからですよ」と。
この場面にグッときた。原題は「HOPE Dies Last」(希望は死なない)。そう、<希望>は21世紀の若者たちへと受け渡されてゆく。

 数年前、酒場で久々に柄谷行人と遭った。彼は米国に絶望しているといった旨のことを口走った。そんなことはない、と私は持参していたターケルの『希望』を柄谷に進呈した。このエピソードは気に入っている。私は柄谷行人に<希望>を手渡したのだ!

 「この国には何でもある。だが、希望だけはない」

 20世紀末に書かれた村上龍の『希望の国のエクソダス』の一節だ。日本中の不登校中学生が反乱を起こす近未来小説である。あの物語で描かれた未来に私たちは生きている。
かつて<希望>から解放された若者だった私は、今、55歳になって、若い世代にこの国の大人たちが語れる<希望>はあるか?と考えている。私もまたようやく<絶望>に目覚めて<希望>を語ろうとしているのだろうか?

 11年の東日本大震災、福島の原発事故以後、柄谷行人が反原発デモに参加して話題を呼んだ。
「デモで何が変わるか? デモのある社会に変わるのだ」との発言は賛否両論を呼ぶ。今度、逢うことがあったら、柄谷行人と未来の<希望>について話してみたい。(コラムニスト)=毎月第3火曜掲載

8:44 午前  
Blogger yoji said...



”憲法九条を変えることはできません。ーそれは、戦後の日本人には、戦争を忌避する
精神が深く根付いていたからです。それは「無意識」のものです。集団的無意識ですね。
これは意識的なもではないから、論理的な説得によっても、宣伝・煽動によっても変える
ことはできない。そして、これは、社会状況が変わっても世代が変わっても残る。”
http://i.imgur.com/hk5oviO.jpg
2015年8月15日 朝日新聞朝刊・柄谷行人「戦後七〇年憲法九条を本当に実行する」

柄谷は戦争を「抑圧されたものの回帰」として語るのではない。逆に平和こそ強迫観念として
現れるというのである。美学がないと批判される柄谷には独自の美学があり、それは
ドゥルーズの美学と合致する。左翼には媒介が足りないとドゥルーズは語り、柄谷は、フロイト
とカントの媒介に徹する。

4:40 午前  

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