月曜日, 10月 24, 2016

ゲーデル再考


ゲーデルの不完全性定理は価値形態論に似ている
この比較の場合、ゲーデル数=goldになるが
こう比較するとマルクスが途中までしか論理を展開していないことがわかる
絶対王政が歴史の到達点ではないのと同じだ
(柄谷の言うように集合論が基礎でハイデガー存在論は応用例。 
ただしゲーデルの肝は集合論自体を外から見ているところだ

さて、柄谷は論理学を大学でやっていないから
剽窃はアリストテレス関連、ゲーデル関連は吉永良正からの引用

そして、『内省と遡行』(及び『言語・数・貨幣』)の最大の問題はゲーデルの不完全性定理を
アナロジー(アレゴリカルであってメタファーではない)として使うことの是非だ

柄谷はその後言語ゲームに行くからレベルを変えている
レベルを変えることで問題を回避する
形式化の徹底は形式の複数性(ニーチェ)に行き着いたということ
ただしゲーデルの理解としては正しいのか?
柄谷の主眼は真偽の問題ではないと言わざるを得ない

Amazon公式サイト内省と遡行 (講談社学術文庫) ... そして、その「外部」は常に主観による 形式化を徹底した先に逆説/矛盾としてしか、すなわちゲーデル的にしか現れない。本書 は ...

d.hatena.ne.jp/innhatrang/20080412

内省と遡行』は「内省と遡行」、「言語・貨幣」、「転回のための八章」の3つから構成 されていますが、このうちの「内省と遡行」は1980年に雑誌「現代思想」に連載された もので、1981年に「群像」に連載された「隠喩としての建築」(『隠喩として ...

みんなのレビュー:内省と遡行/柄谷 行人 講談社学術文庫 - 紙の本 ...

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内省と遡行/柄谷 行人(講談社学術文庫:講談社学術文庫)のhontoレビュー(感想) ページです。本の購入に ... マルクスその可能性の中心」と「探究」をつなぐ、著者の初期 の理論的仕事から「内省と遡行」「言語・貨幣」の2編を収録している。また、その後の  ...

resume:大澤信亮「柄谷行人論」 - 忍者ツールズ

trounoir.ohitashi.com/resume_just.html

マルクスその可能性の中心」(一九七八年に単行本版が出版)以後の柄谷は、「内省と 遡行」(一九八〇)から「言語・貨幣」(一九八三)といった一連の「形式化」をめぐる 論考に没入する。これは「マルクスその可能性の中心」で論じた価値形態論がそもそも 資本 ...

貨幣
言語_
数___

という社会学的なヒエラルキーではなく、
言語・数・貨幣はAOのように三つ巴構造になっている


   1フロイト4
2ニーチェ   3マルクス

AOの三つ巴構造

ニーチェの複数性の認識が柄谷とドゥルーズを繋ぐ

「もちろん、
2^N=N2に違いないという私の信念が、奇妙に思われることはわかっています。しかし、私にとって、この信念は、説得力があるのです。その理由の一つとして、絶対的な意味におけるランダム性のような、いかなる非合理性も信じられないことを挙げられます」この手紙は、結局、送付されずに終わった。

ーーーー

数式なしでわかった気になれる「ゲーデルの哲学」: わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる
http://dain.cocolog-nifty.com/myblog/2007/10/post_eb17.html

■04 ゲーデルの哲学的見解

 1960年頃に書かれた、ゲーデルの哲学的信条は、以下のとおり。

  1. 世界は合理的である
  2. 人間の理性は、原則的に、(あるテクニックを介して)より高度に進歩する
  3. すべての(芸術等も含めた)問題に答えを見出すために、形式的な方法がある
  4. (人間と)異なり、より高度な理性的存在と、他の世界がある
  5. 人間世界は、人間が過去に生き、未来にも生きるであろう唯一の世界ではない。
  6. 現在知られているよりも、比較にならない多くの知識が、ア・プリオリに存在する
  7. ルネサンス以降の人類の知的発展は、完全に理性的なものである
  8. 人類の理性は、あらゆる方向へ発展する
  9. 正義は、真の科学によって構成される
  10. 唯物論は、偽である
  11. より高度な存在は、他者と、言語でなく、アナロジーによって結びつく
  12. 概念は、客観的実在である
  13. 科学的(厳密な学としての)哲学と神学がある。これらの学問は、最も高度な抽象化概念を扱う。これらが、科学において、最も有益な研究である
  14. 既成宗教の大部分は、悪である。しかし、宗教そのものは、悪ではない

ゲーデルの完全性定理 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%AB%E3%81%AE%E5%AE%8C%E5%85%A8%E6%80%A7%E5%AE%9A%E7%90%86
数理論理学においてゲーデルの完全性定理(ゲーデルのかんぜんせいていり、Gödel's completeness theoremGödelscher Vollständigkeitssatz)とは、第一階述語論理の恒真な論理式はその公理系からすべて導出可能であることを示した定理を言う[1]1929年クルト・ゲーデルが証明した。

  • Kurt Gödel, "Über die Vollständigkeit des Logikkalküls", doctoral dissertation, University Of Vienna, 1929. - 完全性定理の証明のオリジナル

ゲーデルの不完全性定理 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%87%E3%83%AB%E3%81%AE%E4%B8%8D%E5%AE%8C%E5%85%A8%E6%80%A7%E5%AE%9A%E7%90%86

ゲーデルの不完全性定理(ゲーデルのふかんぜんせいていり、Gödelscher Unvollständigkeitssatz)又は単に不完全性定理とは、数学基礎論における重要な定理で、クルト・ゲーデル1930年に証明したものである。

第1不完全性定理 
自然数論を含む帰納的公理化可能な理論が、ω無矛盾であれば、証明も反証もできない命題が存在する。
第2不完全性定理 
自然数論を含む帰納的公理化可能な理論が、無矛盾であれば、自身の無矛盾性を証明できない。

原論文
  • K. Gödel (1931), Über formal unentscheidbare Sätze der Principia Mathematica und verwandter Systeme, I. Monatshefte für Mathematik und Physik 38: 173-98.
原論文の日本語訳
  • 林晋八杉満利子訳・解説 (2006), ゲーデル 不完全性定理, 岩波書店ISBN 4-00-339441-0
    (前半の58頁が原論文の邦訳、残りの233頁が歴史的な背景を中心とした解説、という構成)
  • 廣瀬健横田一正 (1985),ゲーデルの世界: 完全性定理と不完全性定理, 海鳴社ISBN 4-87525-106-8
    (ゲーデルの完全性定理と不完全性定理の解説書。両方の原論文の邦訳が収録されている)




    連続体仮説

    連続体仮説(れんぞくたいかせつ、Continuum Hypothesis, CH)とは、可算濃度と連続体濃度の間には他の濃度が存在しないとする仮説。19世紀ゲオルク・カントールによって提唱された。現在の数学で用いられる標準的な枠組みのもとでは「連続体仮説は証明も反証もできない命題である」ということが明確に証明されている。

    発想編集

    1個よりも多い最小の個数は2個である。2個よりも大きい最小の個数は3個である。このように、有限の個数に対しては1を足すことでそれ自身よりも大きい最小の個数を得ることができる。では無限の個数に対してはどうであろうか。自然数実数は無限個存在する。これらの個数は異なるはずであるが、個数という呼び方をする限りいずれも「無限」である。これに対して、有限集合の場合の要素数の概念を無限集合にまで拡張した「集合の濃度」(二つの集合間に一対一対応が存在するとき二つの集合の濃度は等しいとする)を考えることにより2つの無限は区別される(詳細は濃度を参照)。無限集合の濃度(無限の個数)で最も小さいものは可算濃度(自然数全体の集合の濃度)である。しかし、可算濃度の無限集合に要素を1つ追加した集合もやはり可算濃度であり、有限集合の場合のように新しい濃度にはならない。可算濃度の無限集合同士の合併集合も可算濃度である。しかし、実数全体の集合は可算濃度ではないことが示された。そこで次に、可算濃度よりも大きい最小の濃度は連続体濃度(実数の集合の濃度)であろうと考えられた、これが連続体仮説である。

    連続体仮説の表現編集

    自然数より真に大きく、実数より真に小さいサイズの集合がない、ということを連続体仮説は述べている。もう少し正確には連続体仮説は「自然数を含むような任意の実数の部分集合は、実数との間に全単射が存在するか、自然数との間に全単射が存在するかのいずれかである」とも言い表せる。

    自然数の全体を N と書き、そこにふくまれる自然数の個数(濃度)を可算濃度 0\aleph _{0}(アレフ・ヌル)と呼ぶ(「可算」とは「数えられる」の意。可付番濃度とも言う)。また、実数の全体を R と書き、そこに含まれる実数の個数を連続体濃度 \aleph  と書く。さらに集合 M の濃度を card M で表すことにすれば、連続体仮説は

    0cardΩ\aleph _{0}<{\mbox{card}}\,\Omega <\aleph

    なる集合 Ω が存在しないという主張であると言い表される。また N の冪集合の濃度

    P0{\mathfrak  {P}}(\aleph _{0})

    については、これが連続体濃度に等しいということが証明されているから、アレフ数の概念を用いると連続体仮説は、公理系 ZFC (詳細は公理的集合論を参照)のもとで

    P01{\mathfrak  {P}}(\aleph _{0})=\aleph _{1}=\aleph

    が成立すること、と言い表すこともできる。

    連続体仮説の公理性編集

    現代数学では、標準的な枠組みとして ツェルメロ-フレンケルの公理系 ZF などの公理系を基礎におく理論構築がなされている。ZF に選択公理を加えた公理系は ZFC と呼ばれるのであるが、ZF が無矛盾ならば ZFC も無矛盾であることが知られている(ZF が矛盾を含まないことはほとんど確かだと考えられているが、このことを証明するのは ZF の内部では不可能である)。このような公理的な立場から重要なことは、ZFC と連続体仮説は独立であるということである。つまり ZFC に連続体仮説を付け加えた公理系も無矛盾であり、ZFC に連続体仮説の否定を付け加えた公理系も無矛盾である。連続体仮説は ZFC においてはとしてもとしてもよいともいえる。

    ゲーデルは、連続体仮説は偽であると強く主張したことで知られている。彼の見方では、連続体仮説の独立性の証明は ZFC に欠点があることを示していることになる。もっとよい公理系を選べば連続体仮説が偽であることが証明できると考えたのである。その立場を強固に推し進めた最後の論文は、学会誌には掲載されずに返還されてしまった。多くの集合論の専門家は、連続体仮説は偽であると考えているか、または真偽に対して中立的な立場を取っている。

    ヒュー・ウッディンのように連続体仮説が偽であるとする専門家のうちには、「自然な仮定」を加えて構築される数学モデルでは連続体濃度が 2\aleph _{2} に一致するといった形で定式化を試みる動きもある。

    歴史編集

    この仮説は 19 世紀に集合論の創始者、ゲオルク・カントールによって提出された。彼自身この解決に熱心に取り組んだことが知られている。可算濃度より連続体濃度の方が大きいことは、カントールの対角線論法によって証明されている。カントールは当初、連続体仮説も証明することはそれほど難しくないと考えていたが、遂に証明することはできなかった。

    1900年、パリで開かれた国際数学者会議においてヒルベルトは彼の有名な 23 の問題の第一番にこの連続体仮説を取り上げた。その後、1940年ゲーデルは任意の ZF のモデルにおいて構成可能集合全体のクラス L が連続体仮説をみたすことを証明し、「ZFC からは連続体仮説の否定は証明できない」ことを示した。さらに1963年ポール・コーエン強制法と呼ばれる新しい手法を用いて「ZFC から連続体仮説を証明することは出来ない」ことを示した。これらの結果から ZFC に連続体仮説を加えても、またはその否定を加えても矛盾は発生しないこと、つまり連続体仮説の ZFC からの独立性が示され、連続体仮説は解決を見た(これらの結果は全て ZF の無矛盾性を仮定している)。コーエンはこの業績により、1966 年にフィールズ賞を受賞している。

    一般連続体仮説編集

    連続体仮説を、可算濃度と連続体濃度だけではなく、ある集合の濃度と、その冪集合の濃度に対して拡張したものを、一般連続体仮説 (GCH) と呼ぶ。即ち、無限集合 X に対し、

    cardXcardΩcardPX{\mbox{card}}\,X<{\mbox{card}}\,\Omega <{\mbox{card}}\,{\mathfrak  {P}}(X)

    を満たすような Ω が存在しないという仮説のことである。冪集合の方が必ず大きくなることも、カントールの対角線論法によって証明できる。一般連続体仮説も、その名の通り、仮説として認識され、ZFC からの独立性が証明されている。

    一般連続体仮説を肯定すれば、ある集合とその冪集合の濃度の間には、他の濃度は存在しないことがいえるから、アレフ数の定義より、

    cardXα  cardPXα1{\mbox{card}}\,X=\aleph _{{\alpha }}\ \Longrightarrow \ {\mbox{card}}\,{\mathfrak  {P}}(X)=\aleph _{{\alpha +1}}

    が言える。ここで、cardPX2cardX{\mbox{card}}\,{\mathfrak  {P}}(X)=2^{{{{\rm {card}}}\,X}} であるから、

    α12α\aleph _{{\alpha +1}}=2^{{\aleph _{{\alpha }}}}

    が成り立つ。

    イーストンの定理編集

    選択公理を仮定している場合、濃度は基数、すなわちその濃度を持つ最小の順序数で記述されることが多い。これ以降、この慣習を採用することにする。

    一般連続体仮説が ZF から独立しているのはすでに述べた通りであるが、イーストンはその事実を拡張し、ZFC のモデルにおける正則基数の冪集合の濃度は以下の2つの条件以外の制限を受けないことを証明した。

    • κλ\kappa \leq \lambda  ならば 2κ2λ2^{\kappa }\leq 2^{\lambda }
    • (König の補題) cf2κκ{\mbox{cf}}(2^{\kappa })>\kappa

    ここで、κ\kappa および λ\lambda  は任意の正則基数、2κ2^{\kappa } は κ\kappa の冪集合の基数、cfκ{\mbox{cf}}(\kappa ) は κ\kappa の共終数とする。

    彼の証明は、無限にたくさんの強制法を同時に行うものであり、その手法は現在でも盛んに応用されている。

    特異基数問題編集

    正則基数の冪集合の基数に関してはイーストンの定理によって整合性が証明されたわけであるが、特異基数の冪集合の基数は未だにはっきりとわかっていない。 その原因の1つは、シルバーの定理が示している通り、特異基数の冪集合の濃度がそれより小さい正則基数の濃度に大きく影響されるからである。

    この分野で重要な結果としてはマギドーの定理が挙げられる。

    pcf 理論編集

    正則基数の冪集合の濃度が強制法で非常に自由に動かせることから、特異基数の冪集合の濃度に関しても同様なことが言えるのではないかと予想されていた。

    それを覆したのがシェラーpcf理論である。例えば、次の定理は pcf 理論の成果である:

    • 全ての自然数 n に対して、2nω2^{{\aleph _{n}}}<\aleph _{\omega } が成り立っているとき、2ωω42^{{\aleph _{\omega }}}\leq \aleph _{{\omega _{4}}} 。

    参考文献編集

    関連項目編集

    外部リンク編集

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