金曜日, 7月 21, 2017

カレツキ(カレッキ)「計量経済学モデルと史的唯物論」1964〔"Econometric Model and Historical Materialism"

                 ( 経済学リンク::::::::::
ケインズ=カレツキ往復書簡 Keynes ,Kalecki Correspondence 1937
http://nam-students.blogspot.jp/2015/12/keynes-kalecki-correspondence-1937.html

NAMs出版プロジェクト: 経済計算論争 ランゲ、そしてカレツキ

カレツキ(カレッキ)「計量経済学モデルと史的唯物論」1964〔"Econometric Model and Historical Materialism"

http://nam-students.blogspot.jp/2017/07/1964-econometric-model-and-historical.html

On Political Economy and Econometrics - ScienceDirect 有料

http://www.sciencedirect.com/science/book/9780080115887


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https://www.amazon.co.jp/Political-Economy-Econometrics-Essays-Honour-ebook/dp/B01DJDHNOU/



ECONOMETRIC MODEL AND HISTORICAL MATERIALISM

On Political Economy and Econometrics, 1965, Pages 233-238

MICHAL KALECKI



カレツキ「計量経済学モデルと史的唯物論」1964

M・カレツキ(カレッキ)
計量経済学モデルと史的唯物論〔"Econometric Model and Historical Materialism"
(On Political Economy and Econometrics--Essays on Honour of Oskar Lange,1964所収)〕
 / Kalecki M. ; 邦訳:経済評論1968/10 [17(11)] 森重泰 訳/154~159 

 計量経済学モデルと史的唯物論とは,社会の発展にたいするふたつの相異なるアプローチをなす。
前者は、考察される期間における計量経済学的変数相互の、およびこれらの変数と過去の諸期間における同一変数のあいだの関数関係を基礎としている。この関係は所与であり、また変化しないものと仮定される。かくして、特定の動態過程が措定されるが、それは、上記の関数関係の不変性という基本的な仮定が満足される場合にのみ現実の発展に対応する。
 史的唯物論は、社会の発展過程をすべての他の社会現象、たとえば政府、文化、科学、技術(*1)など(上部構造)をかたちづくる生産力と生産関係(土台)のそれ〔発展過程ー訳者〕として考える。ここには上部構造もまた土台に影響をおよぼすというフィードバック効果が包合されている。
 これらふたつのアプローチは決して和解しえないものではないと思われる。マルクスの再生産表式は、結局のところ、単純な計量経済学モデルにほかならない。つまり、自然資源、生産関係および上部構造が生産力の発展に影響をおよぼさないという特別の場合には、経済変数の相互関係が変化をうけないという条件も満足され、体系は計量経済学モデルによって規定される径路をたどるであろう。より一般的な場合には、これらの関数関係は他の三領城に発生したなりゆきの衝撃によって変化し、また、経済発展は社会のすべての側面における進歩を反映するために、計量経済学モデルによって示されるよりも、より一層複雑な過程となる。
 この論文の目的は、非常に一般的な言葉でここに提示された問題を、より詳細に検討することにある。われわれはこの基本点に集中しうるように封鎖体系を考察する。

   (1) 発明をふくむ技術学的アイディアは、それらの適用から区別されなければならない。後者は生産力の一要素として分類されるベきである。

   一

 単位期間tにおける体系の経済状態を特徴づける変数の総体をBtで表示しよう。また、その期間の当該諸変数が、期間tとそれ以前のr単位期間のこれらの諸変数の関数で表現されると仮定しよう。このことを、われわれは次式のように記号で表現することができる。
  Bt=f(Bt,Bt-1, ……,Bt-r)   (1)
ただし、fは包含されている諸関係の総体をあらわしている。いは、最近の流行にしたがうと、ひとつのベクトルであると考えることができる。そして、そのベクトルは(いくつかの成分が相互依存関係にあるから)自分自身の関数であり、また、過去r期間の経済状態を表現するベクトルBt-1, ……,Bt-r の関数でもある。rはここでは一定であるが、このことは、期間t-rよりも時間的に遠い期間の変数は期間tの経済状態に直接の影響をおよぼさないという仮定と同値である。他の基本的仮定は、関数fの、つまり、それによって代表されるすべての関係の不変性である。そうだとすると、上記の方程式は経済的変化の径路を決定する。なぜならば、
  Bt+1=ft(Bt+1,Bt, ……,Bt-r+1) 
  Bt+2=ft(Bt+2,Bt+1, ……,Bt-r+2) 
  ……………………………………
となり、Btの決定が B+1の決定をもたらし、後者が B+2 の決定をもたらす、等々となるからである。これが計量経済学的アプローチの核心である。
 f の不変性という決定的な仮定が、どちらかといえばより重大である。というのは、それは、上記の方程式で規定される経済発展が逆にfに抽象化されている経済変数相互の関係を変形させるような自然資源、生産関係、上部構造の領域における変革をもたらさない、ということを前提としているからである。とくに経済発展と生産関係の相互依存関係を捨象すると、計量経済学モデルは機械論的性格をもつことになる。その制約さえ心にとどめるならば、それが有用な分析用具であることは否定されえない。しかし、暗黙のうちに現存しない生産関係を想定し、将来の経済発展にかんする計量経済学モデルを設定することは決して容認することができない。

    二

 計量経済学モデルにおいてさえも、関数fによって代表される関係が絶対に変化しないとは考えられないことに注意しなければならない。なぜならば、経済的関係はどちらかといえば本質的にルーズなものだからである。つまり、そこに包含されるパラメーターは厳密な意味では定数ではなく、定数プラスある小さな不規則要素である。だから、fで表現される経済変数相互の関係は、それらが小さな不規則な撹乱にしたがうという意味では、準不変的である。
 ここに、小さなパラメーターの不規則変化が、当該経済変数の、それに相応する小さな変化をもたらすのか、あるいはその効果が不釣合いなほど大きいのか、という問題が生する。このふたつの代替的な過程を、それぞれ安定的な、または不安定な過程と呼ぶことができる。不安定な過程においては、パラメーターの小さな変化により、体系は突如としてその径路を変化させることになる。しかし、最終的には、新しい安定的な過程が実現され、この過程こそが現実の発展を表現する。これにたいして、さきに考えられた不安定な過程は、一時経過的なものである。なぜならば、それがたまたま存在したとしても、結局、不規則な撹乱の衝撃のもとで上述の安定的な過程によって代置されるからである。(*2)
 それゆえに、関数fで表現される関係によって安定的な動態過程が創出されると想定することができる。つまり、これちの関係の特質は、包含されているパラメーターの小さな変化により変数の大きな変化が生みだされることを阻止するのである。このfの準不変性は、景気循環のような現象が存在することを除外するものではない。それは、たんに経済変数相互の関係に含まれるパラメーターの小変化が、一般に景気循環の径路に深刻な影響をおよばさないということを意味するにすぎない。

    (2) Cf. M.Kalecki, “Observations on The Theory of Growth,” Economic Journal, March 1962.
    不安定な過程が安定的な過程に到達せず、また不規則な攪乱のためにシステムが継続的に激しい振動にさらされることも理論的にはありうる。しかし、このようなシステムはほとんと存続しえないであろう.そして、以下の結節の議論を予想することになるが、いずれにせよ。その極端な不安定性を終結させるためになんらかの制度的転形をおこなわぎるをえないであろう。

    三

 さて、計量経済学モデルから、社会のすべての側面における発展の考察に移ろう。期間tにおける自然資源、生産関係および上部構造の状態を、それぞれAt,CtおよびDtで表示しよう。しかし、状態CtとDtとは、たんに部分的にのみ量的概念(たとえば、資本家階級の富と所得の集中の度合)で表現されうるにすぎない。量的変数の総体であるBtとは対照的に、ここには計測不可能な質的要素が含まれている。Btは生産力とその効果の領域を包括していることに注意しなければならない。
 計量経済学モデルによって創出される過程は、それが領域Bにおける「自生的」変化であることを示唆するB→Bで表示されるであろう。同様にして、他の領域における自生的発展はA→A や C→C,D→Dで表示されるであろう。これらのうち、自然資源の「自生的変化」を示すA→Aは(たとえば海の後退のように)長期間をとれば重要であるかもしれないが、われわれの分析においては、ほとんど関心がなく、無視されるであろう。
 「自生的」過程のほかに、明らかに種々の領域間の相互依存関係、たとえば過去および現在の経済発展が生産関係におよぼす効果やその逆、つまりB→C や C→Bが存在している。重要な相互依存関係は、
 B→A および A→B
 B→C および C→B
 B→D および D→B
 C→D および D→C
である。すなわち、経済発展が他のすべての領域におよぼす効果とその逆および生産関係の変化が上部構造におよぼす効果とその逆である。
 ところで、史的唯物論の基本的公準は、経済発展および生産関係の変化が上部構造にあたえる効果に比して、上部構造の自生的変化がそれほど重要ではないということである。この公準を容認すると、われわれは、つぎの重要な連関を示す表に到達する。ただし、十字は原因―結果関係を表示している。
  ABCD
 A x
 Bxxxx
 C xxx
 D xx

    四

 ここで、経済発展の自然資源や生産関係の領域における進歩および上部構造との相互依存関係を考慮しながら、経済発展(ただし循環的変動を合む経済動態過程を意味する)の問題にたちかえろう。経済発展は(たとえば鉱物資源の疲弊や発見をとおして)、自然資源の状態に、また生産関係や上部構造に深く作用する。さらに、生産関係は(所与の経済状態の枠内での階級闘争の発展のような)内生的変化にしたがう。また、その進歩は上部構造にたいして重要な影響をもっている。
 他面、経済発展は、体系の他の三領城における変化により衝撃をうける。ここでは、とくにフィードバック的な作用が存在するであろう。経済発展は、たとえば生産閲係の変化の原因となり、それは逆に経済発展の径路に影響をおよぼす。
 現在および過去における経済変数の全関係を表示する関数fが変化をうけないという計量経済学モデルの基本的仮定が、もはや保持できないことは明らかである。関数は、毎期A→B,C→B,D→Bの影響によって規定される変化をうける。だから、方程式(1)は、つぎのように書かれなければならない。
   Bt=ft(Bt,Bt-1, ……,Bt-r)  (2)
 この方程式は、fが不変である特別の場合にのみ計量経済学モデルを表現する。そして、それはつぎのふたつの条件が満足される場合に成立する。(a)厳密な意味での経済状態以外の領域においては自生的な変化がまったく存在しないか、あるいは存在するとしても経済発展のパターンに重要な影響をおよぼさないこと、(b)体系の他の領域にたいする経済発展の衝撃に重大なフィードバック効果が含まれていないこと。

    五
 
 節二において、関数fにより計量経済学モデルがうみだす過程の安定性の問題が論じられた。その際、われわれは、小さなfの変化によってはそれほど大きく径路からはみだきないような安定した動態過程をうみだす特質をfが保有していると考えるのが妥当であるという結論に到達した。この場合には、常に存在するfの形状の不規則な小変化は、体系の発展にたいして大きな撹乱をもたらさない。
 そこで、一般に自然資源、生産関係および上部構造の領域における進歩にもとづいて恒常的な変動をみせる関数fが、はたしてこのような性質をもちつづけうるか、ということが問題となる。期間nのfnがこの性質をもつと仮定しよう。時間の経過につれて、関数fの形状が変化し、かくしてある時点n+kにおいては、体系がfの小さな変化による発展径路のかなりの撹乱と無関係ではありえないほどに変形してしまうかもしれない。そうなると、fn+kの形状の小さな不規則変化によって、即座に経済発展の突然の変移が生ずるであろう。その後、節二で示されたように、体系はやがて新しい安定的な径路に到達する。(*3)
 かくして、ftは、正常にはその形状の小変化によって経済変数が大きく変化しないようなタイプの関数であると結論できるであろう。しかし、長期にはわたらないがある臨界的な期間においては、この特質が現われないかもしれない。このような期間においては経済発展径路は突如として変化し、時には体系は数期間にわたり経済状態の極端な不安定性をみせうるかもしれない。 

   (3) 体系が激しい振動にさらされるということも理論的には可能である(前注を参照)。しかし、体系の存続が困難になるということが生産関係および上部構造の領域からの反作用を生ぜしめ、その極端な不安定性を終らせるがために、それらは長く継続しそうもない。

    六

 前節で議論された経済発展の突然の変化は準内生的な要因によっもたらされた。fnからfn+kへの関数fの形状の変化が体系の領域A,C,Dの影響によって発生するということは正しい。そして、fn+kの不規則な小変化により経済変数が大きく変化するために、経済発展変移が現われる。しかし、生産関係と上部構造の傾域でのなりゆきために、過去の発展径路からの突発的な乖離がより直接的に生みだされるかもしれない。
 これらの領域においては、ある問題が徐々に勢力をえて、ついに爆発するという現象がしばしばみられるであろう。この爆発は、関数fを突如として変化させることによって経済発展のパターンをつくりあげる。
 このような爆発的な過程とその原因とは異なった特性をもっているかもしれない。現存の生産関係は経済発展を阻害するかもしれない(そして、停滞や後退すらもたらすかもしれない)。そして、上部構造(政府の形態および構成など)は、到達された生産関係の段階にさえ相応しないかもしれない。このことは生産関係と上部構造の両者の激しい変容をともなう革命をもたらす。しかしまた事態は改革で終わってしまうかもしれず、このときには生産関係と上部構造の変容はそれほど深刻なものではなく、長期にわたって展開する。いずれの場合についても、経済発展は深刻な影響をうけるが、異なった程度においてであろう。
 体系の期待はずれの運動によって必要となる改革は、しばしば生産関係や政府の形態と構成とを根本的に変化させることにはならないであろう。改革は体系の経済的動態にたいしては重大な意味をもってはいるが、たんに政府の政策の適用によって構成されるかもしれない。最近の例をあげると、三十年代の大恐慌は資本主義を根本から揺るがした。しかしながら、その結果として生したものはたんに政府の対不況介入技術だけであった。そして、それは資本主義体制の表面をひっかくだけであるが、にもかかわらず景気循環のパターンにかなりの影響をあたえている。

    む す び

 以上の議論により、社会の進歩を説明する新しい方式が明らかにされた。その焦点はある意味では経済発展にあるが、その径路は現在および過去の経済変数相互の変化する関係を包摂する「一般化された計量経済学モデル」によって決定される(方程式2を参照)。これらの変化は、自然資源、生産関係および上部構造の領域における進歩の衝撃により生じ、また後者は逆に経済発展の径路によって深刻な影響をこうむるのである。

〔訳者あとがき〕 本稿は、M. Kalecki,"Econometric Model and Historical Materialism" in On Political Economy and Econometrics--Essays on honour of Oskar Lange(PWN,1964),を、カレツキ教授およびPWNの許可のもとに訳出したものである。
 現代のポーランドの指導的な経済学者であるカレツキ教授については、今さら紹介する必要もないが、本稿は、カレツキ教授の方法論的基礎を「明快、かつエレガント」――このことはカレツキ教授のひとつの特徴であると思われる――に定式化した、利用しうるほとんど唯一の文献として非常に興味深く、訳出する意味は十分にあると考えられる。なお、カレツキ教授の指示により、二、三訂正補注が加えられている。



PWN-POLISH SCIENTIFIC PUBLISHERS  WARSZAWA

2 Comments:

Blogger yoji said...

唯物史観 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/唯物史観
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唯物史観
唯物史観(ゆいぶつしかん)は、「唯物論的歴史観」の略であり、史的唯物論(ドイツ語: Historischer Materialismus)と同義である。19世紀にカール・マルクスの唱えた歴史観である。その内容は、人間社会にも自然と同様に客観的な法則が存在しており、無階級社会から階級社会へ、階級社会から無階級社会へと、生産力の発展に照応して生産関係が移行していくとする歴史発展観である。

ヘーゲル哲学の弁証法(矛盾から変化が起こる)を継承しており、人間社会の歴史に適用された唯物弁証法(弁証法的唯物論)とも言える(しかし、唯物史観は弁証法的唯物論をそのまま適用したものではない、と述べるマルクス主義者もいる)。またフォイエルバッハやフランス唯物論者たちから唯物論を継承している。

目次
唯物史観の定式 編集

マルクスは『経済学批判』の序言で唯物史観を定式化し、これを自らの「導きの糸」と呼んでおり、その内容は以下である。

人間は、その生活の社会的生産において、一定の、必然的な、かれらの意思から独立した諸関係を、つまりかれらの物質的生産諸力の一定の発生段階に対応する生産諸関係を、とりむすぶ。この生産諸関係の総体は社会の経済的機構を形づくっており、これが現実の土台となって、そのうえに、法律的、政治的上部構造がそびえたち、また、一定の社会的意識諸形態は、この現実の土台に対応している。物質的生活の生産様式は、社会的、政治的、精神的生活諸過程一般を制約する。人間の意識がその存在を規定するのではなくて、逆に、人間の社会的存在がその意識を規定するのである。
社会の物質的生産諸力は、その発展がある段階にたっすると、いままでそれがそのなかで動いてきた既存の生産諸関係、あるいはその法的表現にすぎない所有諸関係と矛盾するようになる。これらの諸関係は、生産諸力の発展諸形態からその桎梏へと一変する。このとき社会革命の時期がはじまるのである。経済的基礎の変化につれて、巨大な上部構造全体が、徐々にせよ急激にせよ、くつがえる。

このような諸変革を考察するさいには、経済的な生産諸条件におこった物質的な、自然科学的な正確さで確認できる変革と、人間がこの衝突を意識し、それと決戦する場となる法律、政治、宗教、芸術、または哲学の諸形態、つづめていえばイデオロギーの諸形態とを常に区別しなければならない。ある個人を判断するのに、かれが自分自身をどう考えているのかということにはたよれないのと同様、このような変革の時期を、その時代の意識から判断することはできないのであって、むしろ、この意識を、物質的生活の諸矛盾、社会的生産諸力と社会的生産諸関係とのあいだに現存する衝突から説明しなければならないのである。

一つの社会構成は、すべての生産諸力がその中ではもう発展の余地がないほどに発展しないうちは崩壊することはけっしてなく、また新しいより高度な生産諸関係は、その物質的な存在諸条件が古い社会の胎内で孵化しおわるまでは、古いものにとってかわることはけっしてない。だから人間が立ちむかうのはいつも自分が解決できる問題だけである、というのは、もしさらに、くわしく考察するならば、課題そのものは、その解決の物質的諸条件がすでに現存しているか、またはすくなくともそれができはじめているばあいにかぎって発生するものだ、ということがつねにわかるであろうから。

大ざっぱにいって経済的社会構成が進歩してゆく段階として、アジア的、古代的、封建的、および近代ブルジョア的生活様式をあげることができる。ブルジョア的生産諸関係は、社会的生産過程の敵対的な、といっても個人的な敵対の意味ではなく、諸個人の社会的生活諸条件から生じてくる敵対という意味での敵対的な、形態の最後のものである。しかし、ブルジョア社会の胎内で発展しつつある生産諸力は、同時にこの敵対関係の解決のための物質的諸条件をもつくりだす。だからこの社会構成をもって、人間社会の前史はおわりをつげるのである。


9:41 午後  
Blogger yoji said...

編集

資本主義経済の仕組みを分析したカール・マルクスは、歴史はその発展段階における経済の生産力に照応する生産関係に入り、生産力と生産関係の矛盾により進歩するという考えに基づいて、唯物史観の概念を発展させた。生産関係とは、共同狩猟と食料の採集であり、封建領主と農奴の関係であり、資本主義段階における 労働者と資本家の間に結ばれる契約というような概念である。マルクスは、生産様式、搾取、剰余価値、過剰生産、物神崇拝、資本の本源的蓄積などについて分析することで19世紀当時の資本主義の論理を厳密に考察したのち、資本主義はその内在する矛盾から必然的に社会主義革命を引き起こし、次の段階である共産主義に移行すると考える。

マルクスやマルクス主義者の理論は歴史の発展過程を以下のように説明する:

1,社会の発展は、その社会のもつ物質的条件や生産力の発展に応じて引き起こされる。
2,社会は、その生産力により必然的に一定の生産関係(おおまかに言うと経済的な関係)に入る。それは社会にとって最も重要な社会的関係である。
3,生産力が何らかの要因で発展すると、従来の生産関係との間に矛盾が生じ、その矛盾が突き動かす力により生産関係が変化(発展)する。これが階級闘争を生み出し歴史を突き動かす基本的な力であると考える。
4,生産力や生産関係は、個々の人間の意図や意志とは独立して変化する。
5,政治的法律的上部構造は、生産関係を中心とする経済のあり方(土台=下部構造)に規定される。(下部構造が上部構造を規定する)
6,今ある生産関係の形態がもはや生産力の発展を助けず、その足かせとなるとき、革命がおきる。
狩猟採集社会は、経済力と政治力が同じ意味を持つ組織であった。封建社会では、王や貴族たちの政治力は、農奴たちの住む村々の経済力と関係していた。農奴は、完全には分離されていない二つの力すなわち政治力と経済力に結びつけられており、自由ではなかった。マルクスは、資本主義では経済力と政治力が完全に分離され、政府を通して限定的な関係をもつようになる、と述べた。

基本文献 編集

『経済学批判』序言(『経済学批判』大月書店国民文庫など、『猿が人間になるについての労働の役割』大月書店国民文庫などに収録)
『ドイツ・イデオロギー』大月書店国民文庫、岩波文庫、新日本出版社古典選書など
関連項目 編集

唯物弁証法
唯物論
弁証法的唯物論
マルクス主義関係の記事一覧
社会進化論
進化論
歴史哲学
大西広

9:43 午後  

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