水曜日, 9月 05, 2018

ゾンバルト『恋愛と贅沢と資本主義 』(ドイツ歴史学派)


              (ウェーバーパーソンズリンク::::::::::)  

アドルフ・ワーグナー (経済学者,1835-1917):財政学
http://nam-students.blogspot.jp/2016/03/blog-post_18.html
ゾンバルト『恋愛と贅沢と資本主義 』(ドイツ歴史学派)
M・ウェーバー
NAMs出版プロジェクト: ウェーバー『社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」』1904より
ウェーバー、パーソンズはメンガーにいたる功利主義の系譜を、原理的に考察することで、あるいは体系的に位置づけることで相対化した。ウェーバーの所属しパーソンズが結果的に擁護した歴史学派は最近の経済学では系譜として(制度学派の出発点としてしか)考慮されないので、双方の流れを汲む陣営にウェーバーとパーソンズの真意が理解されていない。 唯物論に対してとともに主観主義に対しても戦ったのだ。
《…経済学史上まれにみる、「方法論争」の名でよばれる感情的な論争がおこった。シュモラーはメンガーを無視したけれど、実質的にはこの論争はメンガーの方に歩があったといわねばならないものだった。歴史学派にとってのこの不名誉は誰かがすすがなくてはならなかったが、その役を買って出たのがウェーバーだったのである。》後述河出書房新社出口解説
ウェーバー客観性論文1904より、メンガーへの嫌み
(メンガーは限界効用の提唱者でドイツ歴史学派を批判した。客観性論文はメンガーへの反論。)
 《抽象理論がかかげられるばあいには、みかけのうえでは、心理的な根本動機からの「演繹」
だけがおこなわれているようだが、実際にはむしろ、人間の文化に関する科学に独特なもので、
ある意味では、それなしにはすまされない、概念構成のひとつのかたちのひとつの特殊なあり
かたが、そこにみられるのである。…
…たとえば、現在の「抽象理論」が今後どこまで展開せられねばならぬかという疑問は、結局に
は、科学的研究の経済の問題でもある。科学的研究にたいしては、ほかに諸問題も解決をせま
って待ちかまえているのが実情なのであるから。「限界効用理論」もまた、「限界効用の法則」
にしたがうというわけである。──》
(ワイド版 世界の大思想Ⅱ-12 ウェーバー 政治・社会論集   二〇一三年十一月三〇日 河出書房新社)

限界効用の肝は多様性が大事という結論である。この認識を忘れると危機の増大に気づかなくなる。
NAMs出版プロジェクト: 3か4か?(タルコット・パーソンズ体系)
http://nam-students.blogspot.jp/2010/09/blog-post_7474.html

ヴェルナー・ゾンバルト(Werner Sombart、1863年1月19日 - 1941年5月18日)は、ドイツ経済学者社会学者ドイツ歴史学派最後の経済学者。ウェルナー・ゾンバルトとも表記される。

ゾンバルト『恋愛と贅沢と資本主義 』Liebe, Luxus und Kapitalismus, 1912年

第1章 新しい社会
第2章 大都市
第3章 愛の世俗化
第4章 贅沢の展開
第5章 奢侈からの資本主義の誕生

詳細目次
訳者まえがき
著者まえがき
第一章 新しい社会
 一 宮廷
 二 市民の富三新貴族資料と文献
第二章 大都市
 一 十六 、七 、八世紀の大都市
 二 大都市の発生と内部構成
 三 十八世紀の都市学説
  資料と文献
第三章 愛の世俗化
 一 恋愛における違法原則の勝利
 二 高等娼婦資料と文献
第四章 贅沢の展開
 一 奢侈の概念と本質
 二 王侯の宮廷
 三 騎士と成上り者の第二ラウンド
 四 女の勝利 
  1奢侈の一般的発展の傾向 
  2屋内の奢侈 
  3都会のなかの奢侈 
資料と文献
第五章 奢侈からの資本主義の誕生
 一 問題の正しいとらえ方と誤ったとらえ方
 二 奢侈と商業 
  1卸売業 
  2小売業
 三 奢侈と農業 
  1ヨ ーロッパ 
  2植民地
 四 奢侈と工業
   1奢侈工業の意味 
  2純粋な奢侈工業  
  3混合せる工業
   4奢侈消費の革命的な力 
訳者あとがき



Les yeux clos: 3月 2014


yokato41.blogspot.com/2014/03/
村上龍発言 柄谷行人との対談2000.10.25 『NAM生成』所収 P111) ..... a whole generation of students have almost no chance of .... 資本主義という言葉は、 ゾンバルトが広めたわけで、彼の ...


NAMs出版プロジェクト: カレツキ(Kalecki):「投資と資本家消費が利潤と ...

nam-students.blogspot.com/2012/01/blog-post_17.html
http://nam-students.blogspot.jp/2015/10/michal-kalecki.html. NAMs出版 ...... 有効需要の概念を広く捉えるならゾンバルトやツガン=バラノフスキーが重要で、特にツガンは軽視されすぎている。 カレツキのアイデア ...

NAMs出版プロジェクト: 転形問題:メモ(&ツガン=バラノフスキー関連)

nam-students.blogspot.com/2016/06/blog-post_11.html
http://nam-students.blogspot.com/2016/06/blog-post_11.html(本頁) ...... エンゲルスは、みずから編集した『資本論』第Ⅲ巻への「補遺」において、ゾンバルトとシュミットの考えを批判し、「問題は、ここでは単に純粋 ...

NAMs出版プロジェクト: アドルフ・ワーグナー (財政学/経済学者,1835 ...

nam-students.blogspot.com/2016/03/blog-post_18.html
http://nam-students.blogspot.jp/2016/03/blog-post_18.html(本頁). 公共経済学 ... 影響を与えた人物, ヴェルナー・ゾンバルト.

NAMs出版プロジェクト: 3か4か?(タルコット・パーソンズ体系)

nam-students.blogspot.com/2010/09/blog-post_7474.html
http://nam-students.blogspot.jp/2010/09/blog-post_7474.html タルコット・ パーソンズ - ...... 4 ゾンバルト 第十四章 マックス・ ...

関本洋司サイト:柄谷行人 - livedoor Blog(ブログ)

blog.livedoor.jp/yojisekimoto/archives/cat_50024520.html
ゾンバルト(『恋愛と贅沢と資本主義 』?),272 ..... http://nam-students.blogspot.com/ 2006/05/nam_31.html

経歴:
ドイツのハルツ地方エルムスレーベン (Ermsleben) で有力な農場主であり帝国議会の議員でもあったアントン・ゾンバルトの息子として生まれた。ギムナジウムを経てベルリン大学に進学し、そこではグスタフ・フォン・シュモラーアドルフ・ヴァーグナーに師事した。卒業後はイタリアへ遊学し、1886年にイタリアの農村問題についての博士論文「ローマの平原」で学位を取得した。1888年から1890年にブレーメン商工会議所の顧問を務めたのち。マックス・ヴェーバーからハイデルベルク大学に招聘されたが当局に認められず、1890年から1906年までブレスラウ大学の助教授につき、1902年には代表作である『近代資本主義』を完成させた。1906年からベルリン商科大学教授として1911年に『ユダヤ人と経済生活』、1913年に『恋愛と資本主義』と『戦争と資本主義』を完成させ、また同年に『ブルジョワ 近代経済人の精神史』も刊行した。1917年からアドルフ・ヴァーグナーの後任としてベルリン大学教授となった。しかしナチスの時代に入った1931年、再びベルリン商科大学に戻った。
当初はマルクス主義の立場だったが[1]、ナチスの政策を理論的に支えるようになった[2]。ナチス政権以後、1934年の『ドイツ的社会主義』を刊行し、「ドイツ的社会主義は資本主義ならびにユダヤ精神との闘争である」とナチスに共鳴した主張を行った[3]
1936年に自主解散するまで社会政策学会の会長を務め、1938年に『人間について』を発表し、1941年第二次世界大戦下のベルリンで死去した。なお、社会政策学会は大戦後の1948年に復活している。

業績編集


Wirtschaftsleben im Zeitalter des Hochkapitalismus, 1928
1904年以降、マックス・ヴェーバーとともに『社会科学および社会政策雑誌』Arciv für Sozialwissenschft und Sozialpolitik の編集を担った。また、経済社会の全体把握のために〈経済体制〉の概念を提起して歴史と経済理論の総合をはかり、その成果として主著『近代資本主義』Der Moderne Kapitalismus 2巻(1902年)および『高度資本主義』Hochkapitalismus1928年)を発表した。

ゾンバルト文庫編集

ゾンバルトは1929年に蔵書の一部にあたる社会主義関係の文献など11,574冊を大阪商科大学(現大阪市立大学)に売却しており、大学では「ゾンバルト文庫」として収蔵されている。

著作編集

  • Der Moderne Kapitalismus 2巻、1902年
    • 岡崎次郎による日本語訳(『近世資本主義』)が1942年、生活社より刊行。
  • Die Juden und das Wirtschaftsleben, 1911年
  • Liebe, Luxus und Kapitalismus, 1912年
  • Krieg und Kapitalismus, 1913年
    • 金森誠也による日本語訳『戦争と資本主義』が1996年、論創社より刊行、2010年に講談社学術文庫で再刊(ISBN 9784062919975)。
  • Der Bourgeois :zur Geistesgeschichte des modernen Wirtschaftsmenschen, 1913年
    • 金森誠也による日本語訳『ブルジョワ:近代経済人の精神史』が1990年、中央公論社より刊行(ISBN 4120019853)。2016年12月に講談社学術文庫で再刊。☆ 
  • Der Proletarische Sozialismus 2巻, 1924年
Sozialismus und soziale Bewegung(社会主義及び社会運動)1897年の改版。
田邊忠男による日本語訳『プロレタリア的社会主義』が1932年、日本評論社より刊行。
  • Hochkapitalismus1928年
    • 梶山力による日本語訳『高度資本主義』が1940年、有斐閣より刊行。
  • Die Zukunft des Kapitalismus, 1932年
    • 宇治伊之助による日本語訳『資本主義の将来』が1934年、甲文堂書店より刊行。
  • Deutscher Sozialismus,1934年(ドイツ的社会主義)
  • Was ist deutsch?,1935年(ドイツとは何か)
  • Vom Menschen: Versuch einer geisteswissenschaftlichen Anthropologie(人間について), 1938年
    • 金森誠也による日本語訳『人間について』が2013年、PHP研究所より刊行(ISBN 9784569815695)。

出典編集

  1. ^ Werner Sombart (1896), Socialism and the Social System NY: Dutton and Sons, translated by M. Epstein, p. 87
  2. ^ Ernst Klee, Das Personenlexikon zum Dritten Reich:Wer war was vor und nach 1945. S.Fischer TB, Frankfurt 2005; ISBN 978-3-596-16048-8; S. 587.
  3. ^ #ハーフ2010,pp.235-258.

参考文献編集

関連項目編集


   

ブルジョワ 近代経済人の精神史 (講談社学術文庫) Kindle版

.…いまや黄金は 、一般に各方面から渇望され追求されている感覚的力と栄光を象徴している ( 1 3 ) 。この深遠な思想とともに 「エッダ 」は 、世界史の中心を黄金獲得の努力においている 。 

私は戦いの苦しみを知っている 。
戦いの苦しみは 、戦争の神の広間で 、
神々がまず金塊をたたき 、そして熔かして以来 、世界の中で発生した 。
そして三度生まれた者が 、三度炎上した 。
黄金が貯えられたところではどこでも 、
黄金は 「財宝 」と呼ばれる 。
オオカミたちでもこの魔法使いに会うと 、
まったくおとなしくなってしまう 。
不思議な力と不思議な技をもつ黄金は 、
アルゲンでは常に讃えられている 。

ドイツ歴史学派 (The German Historical School)

原ページ
 
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Prussian Coat of Arms
 ドイツ歴史学派は、19 世紀終わりにカール・メンガーオーストリア学派との長い Methodenstreit 論争を開始するまでは、自分たちが学派だという認識すらなかったかもしれない。でも、自分たちのやっている経済学が、リカードミル古典派アングロサクソン世界でやられているものとはまるでちがうことは、ずいぶん前から認識していた。かれらの経済学は、名前からもわかるとおり、「歴史的」で、だから経験的、帰納的な理由づけに大きく依存していた。そのルーツはヘーゲル哲学とリストミュラーのロマン主義・国粋主義的な抽象理論批判にある。英仏海峡を越えた仲間意識は、古典派とではなく、イギリス歴史学派とのものだった。
 歴史学派の初期の手法原理は、ヴィルヘルム・ロッシャーによって決められた。ヘーゲルに従って、ロッシャーは普遍的な理論体系という考え方を否定した――経済的なふるまい、ひいては経済の「法則」はその歴史的、社会的、政治的な文脈に依存しているのだ、と論じて。つまり、経済的な手法はどうしても学問領域をまたがるものとなる。経済活動は、経済学者としての目だけでなく、歴史家と社会学者の目をもって見る必要がある。だから最初の仕事は、その社会における経済組織と社会組織との関連についての発想を得るために、歴史を細かく検分してやることだ、ということになる。結果として初期の歴史学派の仕事――特にロッシャーの初期の弟子たち、ブルーノ・ヒルデブラントとカール・クニースの仕事は、歴史を通じた経済組織の段階論に集中している。
 グスタフ・シュモラーの下の若き歴史学派が台頭したとき、こうした慎みはだんだん失われた。かれらの主張では、経済学は本質的に規範的な学問分野であって、だから政策立案者やビジネスマンの使うツールを考案するべきなのだ。かれらの見方では、歴史は単に手元のある問題にとっての事例を提供するために存在するだけだ。歴史学派たちはそのことばに従って、Verein für Sozialpolitik を 1872 年に設立し、経済政策への説教的関与を目指した。でも、 Verein はすぐに、保守的プロシア政府の手先と見なされるようになり、シュモラーとその同僚たちは "socialists of the chair" (em>Katheder Sozialisten) というレッテルを貼られることになる。
 カール・メンガーが 1883 年にその手法論的な攻撃を歴史学派に向けると(当時、歴史学派はドイツの大学を実質的に独占していて、古典派と新古典派のどちらも排除している状態だった)、歴史学派は規範的な立場から、古いロッシャーの議論に撤退した――自分たちの手法は、理論を適用する以前に、単に歴史的な法則をまず探そうとしているだけで、positiveな活動なのである、と論じて。この手法論争 (Methodenstreit) はきわめて辛辣になって、後の経済学への影響という点では何一つ解決しなかったけれど、メンガーとオーストリア学派が勝者となった。が、短期的には、それは空疎な勝利だった。歴史学派たちはドイツの経済学教授職を支配し続け、その影響力をアメリカにまで広げた――リチャード・イーライ、エドウィン・ゼリグマン、初期のアメリカ制度学派たちを通じて。
 「最若年」歴史学派はまったくちがった味わいの人々だった――当初は、シュモラーの世代よりはるかに保守性が弱く、初期のロッシャーのpositivismに回帰しようとしていた。実際、ヴェルナー・ゾンバルト、アーサー・シュピートホフ、マックス・ヴェーバーは、シュモラーのグループよりもマルクス主義経済学のほうと関係が深かった――もっともゾンバルトは後に、ドイツナショナリズムとの関係に巻き込まれることになるのだけれど。この「最若年」学派には、1920 年代のAdolph Lowe率いるキール学派も含めることができる。キール研究所は、独立ビジネスサイクル研究や、学際社会科学の両方において重要な機関だった。この意味で、「最若年」学派はロッシャーと古い歴史学派の positivist 的立場を採用したわけだ。でも、その規範的な「器具主義 (instrumentalism)」の追求は、この学派を政策追求型の集団にもした――だからかれらは、シュモラーのVereinの社会主義者版として見ることができる。キール学派は社会民主党の政治に深く関わり、ワイマール共和国の社会経済政策にも関連していた。キール研究所はヒトラーが政権の座について、そのメンバーが追放されたことで解体された――そしてニューヨークのNew School for Social Researchに新しい故郷を見いだした。
 社会科学一般に対するドイツ歴史学派の影響は広範だけれど、でも経済学にはほとんど影響を与えなかった――とはいえ、その影響の痕跡はあちこちに散在しているようには見える――たとえば貨幣/マネーの「goldsmith」やChartalist 理論など、あるいは経済発展と経済地理の理論など。さらに、ヨーロッパとアメリカの非主流経済学においては、ドイツ歴史学派の要素が常に残っていた。

ドイツ歴史主義のナショナリスト/ロマン主義的ルーツ

  • ゲオルグ・ヘーゲル Georg W.F.Hegel, 1770-1831. - (1)(2)(3)(4)
    • The Phenomenology of Mind, 1807.
    • The Objective Logic, 1813.
    • The Subjective Logic, 1816.
    • Encyclopedia of the Philosophical Sciencies in Outline, 1817.
    • Philosophy of Right, 1821.
    • Philosophy of Religion,1832.
    • History of Philosophy, 1833-36.
    • Philosophy of History, 1837
  • Adam Müller, 1779-1829. 
    • On the Idea of the State , 1809.
    • The Elements of Politics , 1809.
    • Theory of State Finance , 1812.
    • へんてこな愛国的ロマン主義者で、古典経済学と現代リベラル社会一般を批判――中世神聖ローマ帝国の経済、政治、社会的な仕組みの復活を提唱。
  • Friedrich List, 1789-1846.

初期のドイツ歴史学派

  • Wilhelm G.F. Roscher, 1817-1894. - 肖像
    • Outline of Lectures on Political Economy According to the Historical Method , 1843.
    • System of Political Economy , five volumes, 1854-94.
    • ドイツ歴史学派の創始者であるロッシャーは、歴史的進化の周期的な「段階」を主張。歴史的手法を、規範的科学としてではなく、positive科学として主張。かれの 1843 年の著書は、この学派の決定的な手法解説となった。
  • Bruno Hildebrand, 1812-1878.- 肖像
    • Economics of the Present and the Future, 1848.
    • 古典派理論にきわめて批判的だったヒルデブラントは、ほとんどの時間を容赦ないリカード批判に費やし、物質主義的で、普遍論的でコスモポリタンだと糾弾した。自分独自の発想をまとめたのは、晩年になってからのことだった――特に、経済史の線形「段階」を発達させた。でもその経験論的・統計的な研究は、そうした洞察をまるで使っていない。
  • Karl Knies, 1821-1898.- 肖像
    • Political Economy from the Standpoint of the Historical Method , 1853.
    • Money and Credit , 1873.
    • クニースの線形段階議論は、「道徳的な進歩」を云々していて、だからそのほとんどの理論はもう時代遅れだ。でもその 1873 年の研究は、歴史学派的な手法をほとんど含んでいない。その政治的な関与のおかげで、1848 年には一時的に国外追放となった。

若きドイツ歴史学派

  • Georg Friedrich Knapp, 1842-1926.- (1)
    • Die Neueren Ansicthen uber Moralstatistik, 1871.
    • Theorie des Bevolkerungs-wechsels, 1874.
    • Die Bauernfreiung und der Uroprung der Landarbeiter, 1887.
    • Grundherrschaft unde Rittergut, 1897
    • The State Theory of Money , 1905.
    • 仕事熱心な経験論者だったクナップは、その統計ツールを経済的な構造の歴史的/人口的研究にいろいろ向けた。農業システムやマネーについての研究がいちばん有名だろう。クナップはマネーの「Chartalist」理論の旗手だった。これはつまり、マネーの価値は国の税制によって人工的に「創造」される、ということだ。
  • Ludwig Joseph (Lujo) Brentano, 1844-1931.
  • エルンスト・エンゲル Ernst Engel, 1821-96. 
    • Der Kostenwerth des Menschens, 1883.
    • 統計家で有名な「エンゲルの法則」や「エンゲル曲線」(消費需要の構成を消費者の所得と関連づけたもの)の考案者として有名(日本では「エンゲル係数」で知られる、あのエンゲル)。
  • カール・ビューヒャー Karl Bücher, 1847-1930. 
    • Die Bev(゚lkerung von Frankfurt am Main im XIV. und XV. Jahrhundert, 1886
    • Die Entstehung der Volkswirtschaft (Industrial Evolution), 1893.
    • Arbeit und rhythmus, 1896
    • Die Frauenfrage im Mittelalter, 1910.
    • Beitr臠e zur wirtschaftsgeschichte, 1922
    • ライプツィヒの経済学者で、産業革命の世帯-町-国「段階」の理論で有名。これを「進歩」のように見せたがるヘーゲル的な傾向は、ゾンバルトに厳しく批判された。
  • Adolph H.G. Wagner, 1835-1917.- 肖像
    • Science of Finance , four volumes,1877-1901.
    • Foundations of Political Economy , 1876.
    • "Marshall's Principles of Economics", 1891, QJE
    • シュモラーの Verein の活発なメンバーだったが、ヴァグナーは実は Methodenstreit においてメンガーを支持していた。経済学では、かれは公共財政についての研究で知られている。経済学の外では、かれはラサールと Rodbertus の仲間だった――が、かれらの社会主義的な理想を完全には共有せず、政治的な麺ではもっと保守的な直感に従っていた。ヴァグナーは野放しの資本主義を厳しく批判し、労働者に対する重荷を国が軽くすべきだと推奨。

ドイツ歴史学派最後の世代

  • ヴェルナー・ゾンバルト Werner Sombart, 1863-1941.
  • Alfred Weber, 1868-1958. 
    • Theory of the Location of Industries, 1909.
    • マックス・ヴェーバーの兄弟、経済地理理論を考えた初の経済学者の一人。
  • カール・ポランニー Karl Polanyi, 1886-1964

ドイツ歴史学派についてのリソース



方法論争 (社会科学) - Wikipedia

ja.wikipedia.org/wiki/方法論争_(社会科学)
方法論争(Methodenstreit, 1880年代-1890年代)は、カール・メンガーを中心とするオーストリア学派とグスタフ・フォン・シュモラー ...

方法論争(ほうほうろんそう)とは - コトバンク

kotobank.jp/word/方法論争-132444
歴史的には,通常 1880年代初期のオーストリア学派の C.メンガーと新歴史学派の G. シュモラーとの間の経済学の方法論 ...

グスタフ・フォン・シュモラー (Gustav von Schmoller) - cruel.org

cruel.org/econthought/profiles/schmoller.html
シュモラーの新古典派経済学への反発は、カール・メンガーとの有名な手法論争 ( Methodenstreit ) を引き起こした。多くの人は、 ...

カール・メンガー (Carl Menger) - cruel.org

cruel.org/econthought/profiles/menger.html
シュモラーメンガーはその後数年がっぷり四つに組んだ (たとえば Menger, 1884) し、 弟子たちがその論争を20世紀に入っても ...

 ドイツ歴史学派(ゾンバルトは歴史学派最後の世代)は以下の論争の中で形成された、


Untersuchungen über das Methode der socialwissenschaften und der politischen Ökonomie insbesondere, 1933
方法論争(Methodenstreit, 1880年代-1890年代)は、カール・メンガーを中心とするオーストリア学派グスタフ・フォン・シュモラーを中心とするドイツ歴史学派の間で繰り広げられた、経済学における方法および認識論的特質をめぐる論争(狭義には、メンガーとシュモラーの間で展開された1883年-1884年の論争を指す)。ちなみに、ドイツ語の Methodenstreit は単に「方法上の論争」を表す語であり、科学史上ではそのような論争はいくらでもあるため、ドイツ語圏では Methodenstreit der Nationalökonomie(経済学の方法論争)とも呼ばれる。しかし、ドイツ語圏以外の国々では、単に Methodenstreit といった場合は、ここで扱う経済学史上の「方法論争」を指すのが一般的である。

目次

双方の主張編集

歴史学派は、経済学者が統計的・歴史的な資料の集積と研究から、新たなよりよい社会的法規を発展させることができると主張し、歴史的経験から帰納されていない理論に不信を表明した(なお、当時は、経済学を理論・政策・歴史に三分したとき、統計学を歴史部門に含めていた)。
これとは対照的に、オーストリア学派は経済学が演繹法に基づく学問であると信じた。彼らにとって経済学とは、統計的分析に従うには余りに複雑すぎる人間の動機と社会的相互作用を観察するという最優先の原理から法則を発展させ、人間行動に関して普遍的に価値を持つ理論であるべきものだった。

論争の経緯編集

歴史学派の方法に対する批判を含んでいたメンガーの『社会科学、特に経済学の方法に関する研究』(1883年)に対し、シュモラーが反論となる書評を『シュモラー年報(Schmollers Jahrbücher)』に寄せたことによって、論争の口火が切られた。これに対し、メンガーは1884年に『ドイツ国民経済学(政治経済学)における歴史学派の誤謬』というパンフレットを刊行し再反論した。これに対し、シュモラーは論争を一方的に打ち切る旨通告した。

論争の意義編集

思想史上の意義編集

歴史を離れて、人間行動のダイナミズムを説明できるかどうかという議論であった

政策上の意義編集

オーストリア学派の古典的自由主義と、歴史学派によって主張された福祉国家との対立の含みを持つ。

トピック編集

  • 「オーストリア学派」という呼称は、もともとこの論争の過程で生まれたものである。シュモラーが、メンガーを批判する際に、プロイセンに比べたときのハプスブルク家のオーストリアが非常に遅れた存在であることを印象付けるべく企図して、初めて用いた。

外部リンク編集





Title ヒルデブラントの経済発展段階論 Author(s) 橋本, 昭一 Citation ...

(Adobe PDF)
kuir.jm.kansai-u.ac.jp/.../KU-1100-19681020-05.pdf
ス)にみられないほど,ヒルデプラントには社会主義に対決する面がみられるからであ. る。確かにリストやロッシャーの主著公刊当 ...

歴史学派 - Wikipedia

ja.wikipedia.org/wiki/歴史学派
歴史学派(れきしがくは / 独:Historische Schule)は、19世紀初めのドイツ ... 歴史学派経済学 - フリードリヒ・リストにより開拓され、ヒルデブラント、ロッシャー、クニース .... 19 世紀末、ドイツが工業大国へと発展を遂げるとともに帝国主義的な膨脹政策を推進する ...

帝国主義論」第8章

redmole.m78.com/bunko/kisobunken/teikoku08.html
ドイツの日和見主義者ゲルハルト・ヒルデブラント――彼は帝国主義を擁護したという理由でかつて党から除名されたが、いまなら ...

歴史学派(れきしがくは)とは - コトバンク

kotobank.jp/word/歴史学派-151500
F.リストの著書『国民経済学体系』を先駆けとして W.ロッシャー,B.ヒルデブラント,K.. ... は、各国経済の歴史性や国民性を説く点ではリストの流れをくむ旧歴史学派と同様であるが、ドイツ帝国の統一に伴う資本主義化 ...

ヒトラーとドイツの東方支配

 
(Adobe PDF)
 
dspace.lib.niigata-u.ac.jp/dspace/bitstream/10191/18043/1/44
ヒトラーの世界観の基礎として、帝国主義ナショナリズム、社会ダー. ウィン主義、人種論、反ユダヤ主義を ...... わたしはヒトラー=綱領主義者とい. う立場から、さらにいえばヒルグル-バーやヒルデブラントのいう「段階.

ÿþT aro - lhe 0 9 1 3 . jtd

 
(Adobe PDF)
anaito.web.fc2.com/lhe0913.pdf
需要不足によって、植民地、勢力圏獲得競争に向かう:帝国主義論の一種 .... ヒルデ ブラント:ロッシャー批判:自然法則を否定:.

レーニンアーカイブ日本語

ciml.250x.com/.../lenin_1916_imperialism_japanese.html
ドイツの日和見主義者ゲルハルト・ヒルデブラント――彼は帝国主義を擁護したという理由でかつて党から除名されたが、いまなら ...

「経済学史Ⅰ」(二部)

taweb.aichi-u.ac.jp/hozumi/kougi.htm
旧歴史学派・・・ヴィルヘルム・ロッシャー,ブルーノー・ヒルデブラント,カール ・クニース ...... 修正主義論争→帝国主義現象の出現による資本主義崩壊論などの正統派マルクス主義の ドクマをめぐる論争.(カウツキー対 ...

帝国主義

www.marino.ne.jp/.../marxism_genriron_gensyo_teikokusyug...
ヒルデブラント,ゲルハルト Hildebrand,Gerhard (1878―1921) ドイツの経済学者, 修正主義者,ドイツ社会民主党員.日和見 ...

Title 書評ナチ・レジームの社会史研究の一動向 - T. W. Mason ...

 
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repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/.../1/eca1316_389.pdf
第三帝国における社会政策一一労働者階級と民族共同体一一』υ の著者メイスン .... めり,また他方で平和主義的・マルクス主義的国際主義に代わ bうる民族三仁義』句 ..... K ヒルデプラント jとの聞の散請を参照。

生涯編集

ナウムブルク(ザーレ)で生まれる。マールブルク大学経済学教授に在任中、ドイツ・オーストリア3月革命に連座したとして反逆罪で死刑を宣告されるも、チューリッヒ大学准教授を務めていたスイスに亡命し処刑は免れた。スイスでは北東鉄道を設立した功を買われ名誉市民の称号を与えられた。
その後、スイスのベルン大学教授を経てドイツに戻る。晩年はイェーナ大学教授を務めた。イェーナで死去。

業績編集

1948年に著書Economics of the Present and the Future(『現在と未来の経済学』)を発表。経済発展の法則を追究した本書では、経済発展が直線的ではあっても循環的ではないと述べられており、ヒルデブラントの発想が社会主義理論にも影響を与えることとなる。

家族編集

参考文献編集

  • The Soul of A Lion:Dietrich von Hildebrand, a biography by Alice von Hildebrand, Ignatius Press, 2000, ISBN 0-89870-801-X

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