金曜日, 9月 21, 2018

『物価水準の財政理論』 (FTPL, Fiscal Theory of Price Level)


『物価水準の財政理論』 (FTPL, Fiscal Theory of Price Level)

『物価水準の財政理論』 (FTPL, Fiscal Theory of Price Level)
anond.hatelabo.jp/20161116045208
2016/11/16 - 『物価水準の財政理論』というのはその名前がミスリードなもので、基本的には「まともな経済なら、現在の政府債務の実質価値は、将来にわたる…

[PDF]「物価水準の財政理論」の真意 - econ.keio.ac.jp
web.econ.keio.ac.jp/staff/tdoi/c200303_2.pdf
本稿では、「物価水準の財政理論(Fiscal Theory of the Price Level)」に関する議論を紹. 介する。この理論は、「物価変動は財政政策による現象である(通貨供給量は物価変動に影. 響を与えない)」というものである。特に、物価水準が政府の予算制約式(歳入= ...


政府の貨幣価値コミットメントと金融政策の限界 -金本位制から現代まで ...
www.fujitsu.com/jp/group/fri/report/research/2003/report-172.html
ところで,人々の財政の将来に対する期待から生じる貨幣価値すなわち物価への圧力は、金融政策により緩和したり増幅したりする ... 
一貫した理論的枠組みによって分析するには、FTPL (Fiscal theory of the price level:物価水準の財政理論)が有効である。

[PDF]注目される「物価水準の財政理論」 - みずほ総合研究所
www.mizuho-ri.co.jp/publication/research/pdf/today/rt161114.pdf
2016/11/14 - C.A.Sims氏を中心とした「物価水準の財政理論」(Fiscal Theory of Price Level:FTPL)に代表されるように、. 物価水準に影響を与えるのは、金融政策以上に財政政策にあるとの考えが台頭し、財政政策の役割を再. 認識する見方が世界的な ...


[PDF]福井義高「FTPL(Fiscal Theory of the Price Level)の視点から見た国債 ...
www.carf.e.u-tokyo.ac.jp/research/zaisei/130208fukui.pdf
2013/02/08 - FTPL (Fiscal Theory of the Price Level). の視点から見た. 国債発行 ... The NNS model behaves like the flexible price RBC [Real. Business Cycle] model ..... 財政破綻が現実問題となった日米の状況下では、物価. 水準も利子率も中央 ...


[PDF]物価の変動メカニズムに関する2つの見方 - 日本銀行
https://www.boj.or.jp/research/brp/ron_2002/data/ron0207a.pdf
貨幣的現象である」という命題でも知られている。これに対し、近年、「物価水準の財. 政理論(Fiscal Theory of the Price Level)」と呼ばれる新しい理論が学界で議論され、. 注目を集めている1。この理論は、「インフレは貨幣的現象ではなく、財政的現象である」.


物価水準の財政理論
htn.to/sNj9y7
物価水準の財政理論(感想). 今井亮一. 2003年6月6日. 2003年6月9日(改訂). 最近話題の「物価水準の財政理論」(Fiscal Theory of Price Level、以下、FTPLと略)について、一言感想。 財政再建と財政支出のムダ告発の論客として知られる若手財政学者 ...


連続時間モデルにおけるFTPLの批判的検討
ci.nii.ac.jp/lognavi?name=nels&lang=en&type=pdf&id=ART0009853784
鑓田亨 著 - 2012 - 関連記事
流通速度Vと実質生産Tを一定とすれば、物価水準Pは貨幣供給Mに比例する。しかし、これ. だけではなぜ財政問題が通貨価値下落に通じるのか説明できない。FTPL(Fiscal Theory of the. Price Level:物価の財政理論)が注目を集めることになると予想される ...


 


 

 


物価水準の財政理論
(感想)

今井亮一

2003年6月6日

2003年6月9日(改訂)

最近話題の「物価水準の財政理論」(Fiscal Theory of Price Level、以下、FTPLと略)について、一言感想。

財政再建と財政支出のムダ告発の論客として知られる若手財政学者のD氏が、FTPLについて解説文を書いている。

その中で氏は、次のように言う。

①「名目公債発行額の増加分よりも、実質基礎的財政収支赤字の増加分が大きければ、政府の予算制約式を満たす(政府が債務不履行を宣言しない)には、物価水準が下がらなければならない」

さらに氏は、次のように続ける。

②「1990年代に大量発行した国債は、いずれ現金償還の時期を迎える。その時にはインフレがピークを迎える」

これらを読んで、読者はどのような印象を抱くであろうか。

文字通り解釈すれば、基礎的収支を悪化させる政策、つまり公共投資の増額や減税が、デフレの原因であり、逆に国債を大量償還すればインフレになる、と取るのが正常な受け取り方であろう。

しかし、このような解釈はきわめて大きな誤解を招く。結論を先に言えば、D氏は、フローの政府予算制約式に密着してこのような結論を得ており、その限りでは「ほぼ」正しいが、本来、FTPLは、フローの政府予算制約式を和分ないし積分した、通時的予算制約式に基づいて解釈されなければならない。

というのは、D氏は「政府の予算制約式を満たす(政府が債務不履行を宣言しない)」と言うが、政府が長期的に債務を果たすためには、通時的予算制約式が満たされなくてはならない。しかし、フローの政府予算制約式をいくら眺めていても、政府が債務を履行するかしないかはわからない。

通時的予算制約式に基づいて議論すれば、正しくは、

③実質的財政基礎収支の現在価値和の減少または政府債務の現在価値和の増加は今日の物価水準の上昇を招くが、前者の増加または後者の減少は今日の物価水準の低下を招く、

と言わなければならない。

早速、簡単なモデルで、以上のことを確認しよう。

まず、フローの政府予算制約式を書いてみる。

Bt+1-Bt=Gt+iBt-Tt               (F)

ただしここで、Bは公債発行残高、Gは政府支出、Tは税収、iは名目利子率であり、添字のtはperiodを現わす。すべて貨幣表示、すなわち名目値である。

これを変形すると、

Tt-Gt=iBt-(Bt+1-Bt)

を得る。言葉で書けば

名目基礎的財政収支=名目公債費ー名目新規公債発行額

ここで、t期の物価水準をPtとする。実質政府支出をγ、実質税収をτと表すことにすると、

Tt-Gt=Pt(τt-γt)

であるから、次を得る。

Pt=[iBt-(Bt+1-Bt)]/(τt-γt)          (P)

物価水準が正の値を取るためには、右辺の分子、分母は同じ符号を持たなければならない。それらが正の場合は、次のように言える。

今期の物価水準=[名目公債費-名目新規公債発行額]/[実質基礎的財政黒字]

もし、それらが負の場合には、次のようになる。

今期の物価水準=[名目新規公債発行額-名目公債費]/[実質基礎的財政赤字]

さてここで、名目公債費は前期の公債発行残高から自動的に決まるから、政府の操作可能変数ではない。そこで、この式の変化率を取ると、(だいたい)次のようになる。

今期のインフレ率=名目新規公債発行額の増加率-実質基礎的財政赤字の増加率

ここから直ちに、命題①が導かれるとD氏は主張する。①「名目公債発行額の増加分よりも、実質基礎的財政収支赤字の増加分が大きければ、政府の予算制約式を満たす(政府が債務不履行を宣言しない)には、物価水準が下がらなければならない」と。

氏の主張は正しい。しかし、ここでは、政府が将来的に債務を履行するか否かは、何の役割も果たしていない。この式は、政府が長期的にsolventか否かにかかわりなく成り立つ。

次に、氏の命題②を見てみる。今期は、前期の公債残高のうちΔBtを償還することにしよう。すると、式(P)は、次のように書き換えられる。

Pt=[iBt+ΔBt-(Bt+1-Bt)]/(τt-γt)          (P')

ただしここで、D氏は、公債償還にあたって新規に公債を発行しない、と言っているから、分子の()内を(ΔBt+Bt+1-Bt)とする必要はないとしている。

ここから直ちに命題②がしたがうように見える。分子が増え、分母は一定だから、今期の物価は上がる。

しかし、現在の日本は、基礎的財政赤字である。したがって、正しくは、こうなる。

Pt=[(Bt+1-Bt)-(iBt+ΔBt)]/(γt-τt)          (P'')

すなわち、今期、まとめて公債を償還する場合、公債費が新規公債発行額を上回らない限り、今期物価の上昇ではなくて、低下が起こる。すなわち、氏の命題②は成り立たない。償還額が大きすぎると、分母は正なのに、分子は負になってしまうから、そもそも、そういう解釈が成り立たなくなる。

D氏の文章を私が正しく解釈している限り、D氏の命題①は正しいが、命題②は誤っていると結論付けられる。

ところで、D氏は、国債を大量償還する頃には、基礎的収支は黒字に転換していると仮定している可能性がある。すなわち、(P'')ではなく(P')が成り立つなら、氏の議論は正しい。

しかし、そもそも氏は、基礎的収支は赤字であるという日本の現状から議論を始めたのである。それなら、基礎的収支が赤字から黒字に転換するときに、物価水準に何が起こるかを説明しないと、議論は整合的とならない。

つまり、フローの政府予算制約式を操作して何か言おうとすることは、FTPLの使用法として、あまり適切でないと思われるのである。

(補筆、2003年6月9日) その後、D氏と直接議論をする機会を得た。

その結果、D氏は、国債を大量償還する頃には、基礎的収支は黒字に転換していると仮定していることがわかった。したがって、D氏の命題②は正しい。

しかし、依然として、基礎収支が赤字から黒字に転換する場合の適切な物価決定式は、フローの政府予算制約式からは出てこない。

ところで、以上の議論では、公債の満期は一律に1年と決まっており、毎年借り替えてゆくことが暗黙のうちに仮定されている。

しかし、満期が一年以上の長期債が発行され、市場の国債の期間構造が複雑になっている場合には、単純に国債の発行増が物価水準を低下させることにはならない。

Cochrane (2001)は、長期債が流通している世界を考え、物価水準の長期債残高の分布による誘導型を導出している。

それによれば、長期債残高は、物価水準を長期的には上昇させるが、短期的には低下させる。

例えば、2010年に満期を迎える国債を、毎年追加発行する思考実験を考えよう。

すると、物価は、ベースラインに比べ、最初の年は下落し、2年目以降、上昇に転ずる。ピークは9年目であり、10年目に元の水準に戻る。

実際には、年々、逐次的に満期を迎える国債が発行されるのが普通であるから、新規の国債発行規模が十分に大きければ、物価水準が年々低下するということも起こり得る。

つまり、逆説的なことに、国債発行が、短期的にはデフレ要因として働く可能性があるのである。

Cochrane (2001)は、1980年代前半のアメリカで、レーガノミクスによって大量の国債が発行されたにもかかわらずインフレが沈静化したのは、このメカニズムによるのではないか、と言っている。

さらに、基礎的収支の現在価値を所与として、短期債を発行し長期債を買入償却する国債管理政策を行うことによって、インフレが起こるタイミングを早めることができる。

FTPLに関する詳細な議論は、日本語では、渡辺・岩村(2002)によって与えられている。

そこでは、政府のフローの予算制約式を和分し、発散項がゼロに収束する条件(横断条件)を課して通時的予算制約式を得ている。横断条件が、政府が長期的に債務を履行する条件であることは言うまでもない。その結果、次の表現が得られる。

現在の物価水準=[公的部門の名目コミットメントの現在価値]

/[公的部門の実質サープラスの現在価値]

ただしこれは、岩村(2002)が用いている表現である。言い方を変えると、次のようになる。

現在の物価水準=[公的部門の名目債務の現在価値和]

/[公的部門の実質基礎的財政収支の現在価値和]

したがって、いずれの表現においても、右辺の分子を減少させ分母を増加させる政策を行えば、現在の物価水準は低下する。これに対し、逆の政策を取れば、現在の物価を上げることができる。

右辺分子を減少させる政策とはどのような政策であろうか。岩村(2002)によれば、「名目コミットメント」とは,政府が将来にわたって約束したあらゆる給付を表す。国債に対する利払いや償還だけでなく、公的年金や公的医療保険による給付、預金保護や政府による債務保証などを、すべて含んでいる。

現在、政府はこれらの名目コミットメントを整理・縮小しようとする「構造改革」に取り組んでいるが、それは、現在の物価水準の低下を招く。

一方、右辺分母を増大させる政策とは何であろうか。言うまでもなく、増税や政府支出の削減がこれに当たる。これまた、現在、政府が実施を計画している政策である。

というわけで、現在の政府の構造改革や財政再建政策が、現在の物価水準を低下させていることは明らかである。

これを意識しているかどうか定かではないが、政府はもっぱら、自らの責任については知らぬ振りをして、日本銀行にデフレ対策を求めている。しかし、FTPLにおいては、中央銀行が供給する貨幣とは、政府による広義の名目コミットメントの一つにすぎない。中央銀行がいかなる政策を取ろうとしても、全体として政府がそれをオフセットする政策は、いくらでも実行できる。

年金や医療に対する将来不安が、国民に消費を手控えさせデフレを招く、と言われる。「不安」という言葉はともかく、確かに構造改革はデフレを招いているのである。

岩村(2002)は、構造改革、財政再建、デフレ解消という三つの目的を同時には実現できない、と言っている。構造改革と財政再建を同時に進めるなら、必ず今日の物価水準は低下する。

政府の名目コミットメントを縮小することが構造改革として必要であり、何よりも実行しなければならないのなら、一見、これと矛盾するようではあるが、政府支出の拡大や恒久減税を行って、基礎収支の現在価値和の低下を同時に進めないと、今日のデフレを防ぐことはできない。


岩村充(2002)「公的コミットメントの整理とそのデフレ効果」、富士通総合研究所、Economic Review, Vol.6, No.3, 2002年7月。

河越正明・広瀬哲樹(2003)「FTPL(Fiscal Theory of Price Level)を巡る論点について」, ESRI Discussion Paper No.35, 内閣府経済社会総合研究所。

土居丈朗(2000)「我が国における国債管理政策と物価水準の財政理論」、『経済分析 政策研究の視点シリーズ』, 16号, 9-35頁。

土居丈朗(2003)「「物価水準の財政理論」の真意」、三菱信託銀行。

渡辺努・岩村充(2002)「ゼロ金利下の物価調整」、財務省・財務総合政策研究所『フィナンシャル・レビュー』64号。

Canzoneri, Cumby, Diva (2001a), "Fiscal Discipline and Exchange Rate Systems," Economic Journal 111, 667-690.

Canzoneri, Cumby, Diva (2001b), "Is the Price Level Determined by the Needs of Fiscal Solvency?" American Economic Review 91(5), 1221-1238.

Dupor, Bill (2000), "Exchange Rates and the Fiscal Theory of the Price Level," Journal of Monetary Economics 45, 613-630.

Cochrane, John H. (1998), A Frictionless View of US Inflation, NBER Macroeconomics Annual 1998, MIT Press, 323-334.

Cochrane, John H. (2001), Long-Term Debt and Optimal Policy in the Fiscal Theory of the Price Level, Econometrica 69, 69-116.

Woodford, Fiscal Requirements for Price Stability, Journal of Money, Credit, and Banking, 66(3), 669-728.

※インターネットで、岩村充氏や土居丈朗氏を検索すれば、さらに有用な情報が得られます。
http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:UIJAuTuGCMAJ:htn.to/sNj9y7+&cd=1&hl=ja&ct=clnk&gl=jp


 


FTPL(Fiscal Theory of Price Level)を巡る論点について

2003年5月
河越 正明(内閣府政策統括官(経済財政-運営担当)付企画官)
広瀬 哲樹(内閣府経済社会総合研究所総括政策研究官)
要旨
1.趣旨、問題設定
政府の予算制約式が物価水準を決めると主張する理論、物価水準(決定)の財政理論(FTPL, Fiscal Theory of Price Level)が近年登場したが、その理論の受け取られ方は肯定的・批判的さまざまである。また、その理論が現実のデータ等をどの程度説明できるかといった実証分析はまだそれほどなされていない。まして、その理論を踏まえた政策提言について、政策当局者がその現実妥当性や信頼性をどのように判断してよいかは明らかでない。こうした状況にかんがみ、FTPLの理論・実証、さらには日本経済に対する政策的な含意について現時点で包括的な整理を試みた。
2.目的及び手法
理論面については、なるべく統一的かつシンプルな枠組みを示した上で、その前提を変更するとどうなるのか、理論的枠組みに対する疑問も紹介しながら検討した。実証分析については、FTPLが成立する前提となるNon-Recardian型財政政策が果たして取られているか、政策論としては、FTPLのもつ流動性の罠についての脱出策について、を中心にそれぞれ批判的に検討した。
3.分析結果の主なポイント
今期の物価水準が政府の予算制約式から決定されるというFTPLの主張は、金融政策がマネタリー・ターゲットにしたがって運営される場合や、長期国債が存在する場合など、その理論の前提を変えるとそれほど明確でなくなる。実証分析においては、FTPLが成立する前提となるNon-Recardian型財政政策が果たして取られているか、はっきりしない。
日本に関する政策論としては、FTPLが主張する処方箋を実際には実施済みだと解釈することが可能であり、それでも流動性の罠から抜けられないのはなぜかという疑問が残る。
4.おわりに
FTPLが政策オプションとして現実への妥当性を高めるためには、理論的な枠組みとしても、(1)民間経済主体の期待が絶えず裏切られる状況が均衡として成立することを是正するとともに、(2)物価に担わせている財の価格という役割と、政府債務の実質実効価値という役割の2つを切り離すことが必要だと考える。そのためには、従来のモデルに国債価格決定方程式、または価格決定式を導入することが必要となろう。
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FTPL(Fiscal Theory of Price Level)を巡る論点について別ウィンドウで開きます。(PDF形式 398 KB)

全文の構成

概要
1ページ1.はじめに
2ページ2.FTPL理論の概要
2ページ2.1 完全予見のモデル
5ページ2.2 不確実性のある場合
7ページ2.3 貨幣なき貨幣理論(又は貨幣の税理論)
7ページ2.4 小括
7ページ3.FTPLの諸前提の再検討と拡張
8ページ3.1 Ricardian型財政政策ルール
8ページ3.2 代替的な金融政策のルール:マネタリー・ターゲットに変更
10ページ3.3 国債のデフォルトの可能性
10ページ3.4 HTPL, TTPL, CTPL,...
11ページ3.5 開放経済への拡張
13ページ3.6 長期国債の導入
15ページ3.7 時間的整合性の問題 (time-consistency)
16ページ3.8 小括
16ページ4.実証分析の論点
17ページ4.1 前史
19ページ4.2 NR型と R型の識別
21ページ4.3 資産効果
22ページ4.4 小括
22ページ5.デフレ克服についての政策的な含意
23ページ5.1 金融引き締めのパラドクス
24ページ5.2 流動性の罠
26ページ5.3 日本経済への含意
28ページ5.4 小括
28ページ6.結び
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http://www.esri.go.jp/jp/archive/e_dis/e_dis035/e_dis035.html

1
概要
本稿では、物価水準(決定)の財政理論(FTPL, Fiscal Theory of Price Level)について、
理論、実証及び政策的な含意をサーベイし、検討した。その際、なるべく統一的かつシン
プルな枠組みを示した上で、その前提を変更するとどうなるのか、理論的枠組みに対する
疑問も紹介しながら検討した。FTPLについては既にChristiano and Fitzgerald (2000) や
木村(2002)のようなサーベイも存在するが、前述の問題意識から、本稿は、実証や政策論
も含むより包括的なものになっている。
今期の物価水準が政府の予算制約式から決定されるというFTPLの主張は、金融政策ルール
や国債の満期構成等の前提を変えるとそれほどはっきりしない。実証分析においては、FTPL
が成立する前提となるNon-Recardian型財政政策が果たして取られているか、はっきりしな
い。日本に関する政策論としては、FTPLが主張する処方箋を実際には実施済みであり、そ
れでも流動性の罠から抜けられないのはなぜかという疑問が残ることを示す。
Abstract
This paper surveys and reexamines Fiscal Theory of Price Level’s (FTPL, hereafter) theoretical
framework as well as empirical and policy implications. A simple theoretical model, which
unifies various models and notations scattered in the literature, is presented and reexamined through
changes in assumptions underlying the model. Manipulating the assumptions is quite useful to
show usefulness and limits of FTPL, which are critically surveyed here. This paper is intended to
be more comprehensive than other surveys like Christiano and Fitzgerald (2000) and Kimura (2002)
in that this comprises empirical results and policy proposals.
FTPL’s assertion that today’s price level is determined through government’s budget constraint
could be obscure if assumptions such as monetary policy rule and maturity structure of government
debt are altered. It remains to be seen whether Non-Recardian type fiscal policy, which is a
critical assumption of FTPL argument, is actually adopted. This paper casts a doubt on validity of
FTPL as a policy proposal to overcome Japan’s liquidity trap by arguing that the current Japanese
macro policies are, in fact, consistent with prescriptions given by FTPL. Hence, a question is
“Why has not Japan escaped the trap?”
キーワード:FTPL(物価水準(決定)の財政理論)、政府の予算制約式、流動性の罠;

はじめに
本稿では、物価水準(決定)の財政理論 (FTPL, Fiscal Theory of Price Level) について、理論、実証及び政策
的な含意をサーベイし、検討した。FTPL は、Leeper (1991)、Woodford (1994, 1995) や Sims (1994)、Cochrane
(1998) 等によって展開されたが、Buiter (2002) の批判に見られるように、その理論の受け取られ方は肯定的・
批判的さまざまである。また、その理論が現実のデータ等をどの程度説明できるかといった実証分析はまだそ
れほどなされていない。まして、その理論を踏まえた政策提言について、政策当局者がその現実妥当性や信頼
性をどのように判断してよいかは明らかでない。こうした状況にかんがみ、FTPL の理論・実証、さらには日
本経済に対する政策的な含意について現時点で整理を行うことは意義あることだと考える。
その際、なるべく統一的かつシンプルな枠組みを示した上で、その前提を変更するとどうなるのか、検討し
た。FTPL については既に Christiano and Fitzgerald (2000) や木村 (2002) のようなサーベイも存在するが、前
述の問題意識から、本稿は、実証や政策論も含むより包括的なものになっている。1970 年代に、合理的期待
がマクロ経済学にはいってきた時に、それをどのように受容するかについてのさまざまな議論を経て、最終的
には一つのベンチマーク・ケースを提供するものとして取り入れられたように思われる。FTPL についても、
いたずらに批判するのではなく、まずはこの理論が新たにどのような視角を与えてくれるか、検討することが
重要であろう。
FTPL は、インフレは貨幣的な現象だとする Friedman 流の考え方とはだいぶ異なる。Friedman 流の考え方
に対する留保としては、Sargent and Wallace (1981) による “unpleasant monetarist arithmetic” の議論がある。
彼らは、いくら金融政策が慎重に運営されていても、放漫な財政運営の下では、財政赤字を monetize せざる
を得ず、その結果インフレが生じる可能性があることを示した。金融政策と財政政策は、政府の予算制約式を
通じて結びついており、相互の調整を図らなければならない。つまり、歳出は、税か、国債発行か、貨幣の発
行でファイナンスされる以外ない。歳出と税収が政治的な決定の下にある場合は、いくら貨幣発行を k %ルー
ルで縛っても、市場が国債を消化しきれなくなった時点で、貨幣の増発を余儀なくされ、その結果インフレが
生じる。ただし、この議論では、あくまでもマネー・サプライの増加によってインフレが生じるので、インフ
レの根本的な原因は財政政策にあっても、貨幣数量説とは必ずしも矛盾しない。
ここで取り上げる FTPL は、Sargent and Wallace (1981) と同様に政府の予算制約式を重視するものの、
貨幣発行の増加がなくともインフレが生じる としている点で、より強い主張をしている1。このアプローチの
長所の一つは、金利を目標に金融政策を行った場合に物価水準が不決定になる場合があることが知られている
が、これを回避できる点である。また、政策提言としても重要な含意を持つ。Sargent and Wallace (1981) の枠
組みにおいては、財政赤字を税収でファイナンスするか、貨幣の増発でファイナスするかは、しばしばチキ
ン・ゲームに喩えられる (Sargent, 1982)。ここから出てくる政策的な含意は、中央銀行の独立性を高めて、中
央銀行が政治的なプレッシャーに屈しないことが重要となる。しかし、FTPL が主張するように、マネー・サ
プライとは独立に政府の予算制約式から物価水準を決定されるのであれば、中央銀行の独立性だけで物価の安
定を図ることは不可能となる。
本稿の構成は以下のとおりである。次節で FTPL の理論の概要を示した上で、第 3 節ではその理論の前提を
変更した場合にどうなるか、再検討を加える。第 4 節では、FTPL の実証分析の論点を整理する。その上で、
第 5 節では日本経済の現状に照らし、FTPL がデフレ克服についてどのような政策的な含意をもつのか、検討
1
Carlstrom and Fuerst (2000) は、Sargent and Wallace (1981) を weak form of FTPL と位置づけている。
1
する。第 6 節は結びである。
理論の概要
本節では FTPL 理論の骨組みを、フォーマルな形で、しかしなるべく簡潔に示す。次節では、政策のルール
をはじめとするモデルの前提を変更するとどうなるかを検討するが、本節はその準備作業に当たる。

完全予見のモデル

家計部門
無限に生きる代表的家計を想定し、効用最大化を考える。効用関数は、MIU(Money-in-Utility)アプローチ
に従って定式化する 2。ここで
Mt と Bt はそれぞれベースマネー3と国債(満期が1期の短期債)の期末残
高、Rt はグロスの名目金利、τt は(ネット)移転支払とする。本論文では、原則として、小文字は実質値、大
文字は名目値を示す。ここで財は (非耐久) 消費財であり、翌期まで持ち越すことはできないと仮定する。代
表的家計は、以下のように、式 (2) の下で式 (1) を最大化するよう ct
Mt 及び Bt を決定する。
m


物価水準の決定
式 (23) のような財政政策の結果、式 (22) によって、均衡物価水準は P
0 R1A1sr¯
r

11
となる。式
(19) 及び (23) から得られた差分方程式は図1のように示すことができる。at にかかる係数 r はグロスの実質
金利であって1より大きいので、式 (19) は、図1に示すように、45 度線を下から切って交わる。この交点E
が定常状態における実質政府債務残高 a sr¯ r

1 ∑∞
i0s¯ri

を示している。初期値が a
以外である
場合、図1に例示しているように発散し、こうした経路は横断性条件を満たさない(すなわち、式 (11) 及び
(16) が等号で成立しない)ので均衡経路ではない。均衡経路は、at a

t
0
1
2
であり、物価が 0 期
に a
となるように P
0 にジャンプしてその水準に 1 期以降も止まるというものである。
このモデルにおいては、式(13)の下で、式 (8) 及び (9) からは実質値しか決まらない。純粋金利ペッグ
(pure interest rate peg) の下で物価水準が非決定となること(indeterminacy)は、よく知られた結論である 7。
ここでは、NR 型財政政策のルールの下で政府の予算制約式が物価水準を決めている。換言すれば、式 (8) 及
び (9) と整合的な無数の物価水準から選択を行う道具が、均衡式としての政府の予算制約式である。
FTPL における物価水準の決定メカニズムについて考えるために、恒久減税が物価水準に与える影響を考え
よう。恒久減税によって、式 (23) において財政余剰の目標値が s¯1 から 0 s¯2 s¯1 に低下したと仮定しよう。
この結果、将来にわたる財政余剰の流列の割引現在価値を引き下げるので、物価上昇により、それに見合って
実質政府債務残高も低下する。なぜ物価が上昇するかといえば、恒久減税により将来にわたる可処分所得の流
列の割引現在価値が増加するという 資産効果 によって、消費が増加し、財市場で超過需要が生じるためと説
明される (Woodford, 2001)。第 4.3 節ではこのメカニズムを実証的な側面から検討する。
これまでの物価水準の決定に、貨幣の役割はなかった。Sargent and Wallace (1981) においては、国債の累増
の結果、国債の発行による財政赤字のファイナンスが困難となって貨幣供給の増加を招き、それがインフレ
の原因となることを示した。つまり、財政政策が貨幣供給量を通じて間接的に物価水準を決めているが、金
利ペッグ下の FTPL においては、式 (22) によって、貨幣を通じることなく もっと直接的に価格水準が決定さ
れる。

不確実性のある場合



貨幣なき貨幣理論(又は貨幣の税理論)
物価水準の決定に貨幣の役割がないのであれば、仮に決済手段の多様化等が進んで貨幣という実態がなく
なって、単に unit of account の役割しかない想像上のモノとなった場合でも、FTPL に従えば物価水準を決定
することは可能である。Buiter (2002) は、貨幣という実態がないにもかかわらず、その価値である物価水準が
決定されることの不自然さを、中世の錬金術の時代に火が燃える原因と考えられていた「燃素 (phlogiston)」
という想像上の化学物質の価格決定にたとえて強調している。
しかし、逆に Cochrane (1998, 2000) は、決済手段の多様化等が進んだ極限状態、Woodford (1998b) のいう
キャッシュレス・リミットにおいて9、貨幣需要がなくなっても物価水準が決定できるのはむしろメリットだ
と主張している。つまり、通常の貨幣理論のように、取引においてなんらかの摩擦があること等から貨幣需要
が生じ、他方その供給はもっぱら中央銀行に独占されているという仮定を置く必要がない。Friedman (1999)
は、こういう仮定に現実的妥当性がなくなった場合、何が価格水準を決定するのか、経済理論ははっきりした
解答を出せないと述べている。そして、技術進歩にともなうこうした問題を回避できる確率が高い解決策とし
て、税の支払いに銀行預金に裏打ちされた小切手 (checks against reservable bank deposits) を用いることだと
している (Friedman, 2000)。
実は、これは FTPL の貨幣理論として Cochrane (2000) が強調する点である。つまり、貨幣は税の支払い手
段として受け 入れられるからこそ価値があると考えるのである (Tax Theory of Money)。このように政府が人
為的に取引需要を生み出したために使用された貨幣としては、例えばフランス革命当時発行された assignats 10がある
(Sargent and Velde, 1995) 。
小括
以上、FTPL の標準的な結論をまとめれば、以下の通りである。 一般的に金利ペッグの金融政策の下で物価水準は不決定となるが、FTPL の下では均衡でのみ政府の予
算制約式が成立すると考えることによって、物価水準が決定される。この結果、金融政策は期待物価上
昇率をコントロールしても、財政政策が物価上昇率を決定する。 FTPL においては、たとえ貨幣がなくても物価水準が決定されるので、貨幣の役割がない点が含意され
る。この点は、Sargent and Wallace (1981) と異なる。
の諸前提の再検討と拡張
本節は前節で示した基本的なモデルの種々の仮定を再検討してその意味を吟味するとともに、緩めることに
よってどのようにモデルが拡張されるか、検討する。
9
理論的にはともかく、現実的には決済手段の多様化がどれほど進んでもキャッシュレス・リミットを想定することは困難である。
例えばデフォルト・リスクがあれば、決済のための現金需要が必ず必要となる。 10
これは、没収された教会財産を裏づけに発行され、国が税収 不足を補うために教会財産を売る入札において、(金等とともに)
assignats による代金の支払いが認められた。
7

小括
以上の第 3 節の検討をまとめれば、以下の通りである。 R 型の財政政策やデフォルト・リスクを考慮する場合には、政府の予算制約式から物価水準は一意的に
決定されない。すなわち、デフォルトがないと仮定した上で、価格水準の調整により成立する均衡式と
して政府の予算制約式を解釈することによって、FTPL の主張は成立する。 金融政策がマネタリー・ターゲットで運営されている場合は、政府部門の外で物価が決定されることに
より、FTPL の下では政府の予算制約式から物価が決定されると過剰決定となる可能性がある。 FTPL の解釈に従えば、国債は将来の財政余剰の流列に対する請求権であり、国債の価値である物価は、
株価の決定と同様に決定されると考えていることになる。 政府の予算制約式は、政策レジームに応じてその範囲を判断する必要がある。たとえば、産業政策いか
んでは企業の予算制約式を統合する必要があり、また、為替制度いかんでは他国政府の予算制約式と統
合して考える必要がある。 長期国債がある場合には、債券価格がいわば緩衝材となって、財政のショックが当期の物価水準に与え
る影響を小さくし、また、国債管理政策によってインフレのタイミングを調整することが可能となる。 時間的整合性の問題からみると、なぜ、物価上昇率の期待が常に裏切られるのに名目の政府債務を保有
するのかという問題がある。もし、国債がインデックス債だけになると、FTPL の主な主張は成立しな
くなる。名目の政府債務を家計に保有してもらうためには、R 型の財政政策を行う必要があるのではな
いか、という疑問が生じる。
実証分析の論点
政府の予算制約式が物価水準を決めるのは NR 型の財政政策が取られている場合であり、R 型の財政政策の
場合には決定されない。そこで FTPL の実証分析においては、果たして実際に NR 型の財政政策が取られてい
るか、そもそもどのように財政政策を R 型と NR 型とに識別するかが課題となっている。物価が財政政策で
16
決定されることを直接テストしたものはまだあまり見当たらない22。
以下ではまず、FTPL のいわば「前史」として、ソルベンシー・テストと財政当局の反応関数についての実
証分析のサーベイを行い、その分析結果をどのように解釈すべきか、FTPL を検証する観点から検討する。そ
の上で、まだ数は少ないものの、FTPL の実証分析をサーベイする。FTPL の実証分析においては、実質財政
余剰が予算制約式を満たす値でない時に、どの変数がどのように反応するかをみることがポイントになるが、
これは後述するように、一つの結果を R 型からも NR 型からも解釈できるため、識別が困難である。
前史

ソルベンシー・テスト


小括
以上、第 4 節の検討をまとめれば、以下の通りである。 FTPL の実証分析においては、財政政策が N 型か、それとも NR 型なのか、という識別が焦点となって
いる。政府の予算制約式は、事後的には常に成立するが、通常、事前的な均衡式が観測されないために
テストは困難である。 財政余剰に加わった正のショックが政府の債務残高を減らすというデータの規則性は、R 型財政政策で
は容易に解釈可能であるが、NR 型でも、もし、財政政策がインフレ率の平準化を目的としていれば、
解釈不可能ではない。しかし、実際に、日本においてインフレ率の平準化が財政政策の目標であったの
かどうかは疑わしい。 FTPL についてテストしたと主張する実証分析の中には、財政余剰に加わったショックが、はたしてマ
ネーサプライの増加を経ることなく、物価水準等の他の変数に影響を及ぼしたのかどうかを検証してい
ないので、本当に FTPL をテストしているのかどうか、疑わしい。 実質財政余剰に加わったショックは財市場においては資産効果を通じて顕在化するが、これまで経験的
に知られている資産効果は、通常観察される物価上昇率を説明できないくらい小さい。
デフレ克服についての政策的な含意
日本経済はデフレの中で停滞している。短期金利がほぼゼロとなるなど流動性の罠にはまってしまい、金融
政策を活用しようにももはや限界に達しているので、FTPL に脱出口を求める論者もでてきた。本節では、ま
ずテイラー・ルールに基づく金融政策の下でどのような財政政策が望ましいかを検討する。その後、(局所的
には望ましいルールとされる) 同ルールが大域的には流動性の罠を生む可能性があることを示す。その際に、
FTPL に基づけば NR 型財政政策によって、経済が流動性の罠から抜け出すことが可能となるという議論を日
本に適用することについて、批判的に検討する。






日本経済への含意
以上のような FTPL が導かれるデフレ克服に有効だという処方箋を、実際に日本経済を当てはめるといった
いどのような点が論点になるだろうか。そして、我々はこの処方箋を、ひいては FTPL について、どのように
考えるべきであろうか。
■ゼロ金利政策の評価 前節の議論は、流動性の罠に陥った場合に横断性条件が満たされないような特定の
政策ルールを採用し、流動性の罠を完全予見均衡から除く(つまり、そこから脱出する)というものであ
る。しかしそのためにはなにも NR 型財政政策をとらなければならないわけではない。Benhabib et al. (2002,
p.549-550) が示しているように、均衡財政 とゼロ金利政策というポリシー・ミックスでも流動性の罠から脱す
ることが可能である。
均衡財政の場合は、実質政府債務は物価上昇分だけ増減することになるので、均衡において等号で成立すべ
き横断性条件の式 (15) は、以下のように書き換えられる。
lim
T∞
aT
rT lim
T∞ a0
T
∏t0
R1
t (51)
つまり、デフレが継続する限りゼロ金利政策 Rt
1 がとられると、上式はゼロにはならず、横断性条件は満
たされなくなる。以上の議論を信じれば、現在の日本の政策はゼロ金利政策に加え財政赤字を出しているので
流動性の罠から脱出するのに、十分過ぎる位である。それでも、デフレが進行するのはなぜか。
■ 年度当初予算の目標である財政赤字 兆円枠の評価 2002 年度当初予算において、財政赤字を 30 兆
円に抑制したことについて、財政引締めであって、デフレ克服に逆行するという議論がある。デフレ克服のた
めに、NR 型財政政策をとるべしという論者もこれと同意見のようである38。構造財政収支を推計すれば、あ
る程度の引き締めになることは確かであろう39。
しかし、これが直ちに R 型の政策であるかというとやや疑問がある。30 兆円の財政赤字の結果、財務省に
よれば国債残高は 2001 年度補正後の約 395 兆円から 2002 年度には約 414 兆円に増加すると予測されていた。
つまり、約 5 %の増加である。Benhabib et al. (2002) によれば、
At1
At k (52)
という政府債務の k %ルールが、もし、
RπL
k Rπ
(53)
という関係にあれば、流動性の罠の下では式 (21) が成立せず、均衡ではなくなる。実際、日銀のゼロ金利政策
によって、まさに式 (53) が成立している。つまり、小泉総理の「税収 50 兆円のところ、30 兆円も国債を発行
していてどこが緊縮財政なのか」という主張は、FTPL のロジックに従えばデフレ克服策として正しい。 38
例えば、竹田 (2002, p.173) を参照。 39
OECD, Economic Outlook 72 (Dec. 2002) によれば、2002 年度の補正予算を含まないベースの構造財政赤字(対 GDP 比)は 2001
年 6.8 %、2002 年 7.1 %、2003 年 6.9 %、構造プライマリー赤字は 2001 年 5.4 %、2002 年 5.9 %、2003 年 5.5 %と推計してい
る。暦年ベースであるので、t 年の補正の有無は t+1 暦年の収支に影響する。2002 年は 2001 年度の 2 回にわたる補正予算の結
果、拡張的であり、2002 年度において補正がなく 30 兆円枠をまもることは 2003 年に構造赤字が縮小していることに現れている。
OECD の評価は、財政は broadly neutral というものである。
26
換言すれば、依然 NR 型の政策と解釈することが可能であり、国債 30 兆円枠は、日銀のゼロ金利政策とあ
いまって、デフレ克服のために必要にして十分な政策となる。これでデフレ克服が進まないことは、FTPL の
処方箋がどこか間違っているのではないか。
■国債管理政策の影響 普通国債残高の平均残存期間をみると、1998 年度末の 5 年 10 ケ月まで漸増してきた
が、それ以降急速に短くなり、2001 年度末では 4 年 11 ケ月となっている。これは、今期の財政余剰のショッ
クが、以前よりも今期の物価水準に反映されやすくなったことを意味する40。FTPL
に従えば、長期債の買
入消却を積極的に行うことによって、インフレを起こすタイミングを前倒しすることが可能となる。政府は、
2008 年度の 10 年債等の満期集中に備えて、国債の発行額及び償還額の平準化を目的に 2003 年 2 月から買入
消却を開始することとしているが41、これをもっと積極的に増額することはデフレの早期克服に有用なはず
である。他方、2003 年度から導入される物価連動債については、そもそも政府の予算制約式の左辺を実質値
で固定しようとするものであり、こうした操作の有用性を殺ぐものである。
このような観点から、国債管理政策についての提言はあまりないようである。本当に FTPL を信じるなら
ば、短期国債で調達した資金で、長期国債の買入消却を積極的に行えばよい。この結果、国債はすべて仮に 3
カ月ものになってしまったとすれば、そして借り換えを行わないのであれば、デフレは 3 ケ月後に克服できる
はずである。
■政府のバランス・シート 第 3.4 節で議論したように、FTPL によれば、政府のバランス・シートにどこま
で含まれるのかは、式 (22) の左辺の分子に影響するので、予算制約式を通じる物価水準の決定にとって重要
である。また実際、渡辺 (2002) は、政府・日銀が民間の「痛み」を引き取る方向の政策をとると、FTPL のメ
カニズムが働いて、デフレ脱却に有効だという42。
ここで興味深いのは、これまでの政府による債務承継の事例である。1998 年には、国鉄長期債務及び国有
林野事業の債務、計約 26 兆円を国の一般会計が継承した。仮にこの債務承継によって政府の予算制約式にお
いて左辺の名目の政府債務残高が増加し、かつ、右辺の財政余剰がそれに見合って増加しないと認識される
と43、FTPL
によれば、物価が上昇するはずであった。
また、2002 年 10 月のペイオフ解禁の延期の決定により、銀行預金に対する政府の保証がなくならずに継続
してことも FTPL のケーススタディーとなり得る。もし、FTPL が教科書通りに適用できれば、ペイオフ解禁
によって減少するはずであった政府債務が減少しなくなり、他の条件が一定の下で物価水準を引き上げるよう
に作用する44。
40
ただし、この平均残存期間短縮の評価は時間的整合性の観点からは、逆の評価も可能である。例えば、デフレ克服に政府が確信を
持っているとしよう。その場合、政府は市場には十分反映されていないものの長期金利の上昇予想を持っていることになり、長
期債発行によって市場にデフレ克服に確信を持っているというシグナルを送ることが可能となるかもしれない。これは、Missale,
Giavazzi and Benigno (2002)が分析したインフレ抑制時の国債管理政策の議論の応用である。 41
具体的には、2002 年度は 0.25 兆円程度、2003 年度は 1 兆円程度を予定。 42
渡辺 (2002) は、「デフレ克服に必要なのは、(中略)政府のバランスシートを民間並みに悪化させる財政出動であり、それは例えば
恒久減税である。」と主張し、日銀による銀行保有株の買い取りについては、「今回の買い取りでは日銀の資産保全が大きな前提と
して掲げられており、この効果(筆者注:デフレ圧力を弱める方向に作用する効果)をそぐものとなっている。」と指摘している。 43
「平成 10 年度予算及び財政投融資計画の説明」によれば、国鉄長期債務の一般会計が承継した 23.5 兆円の元本償還には、一部た
ばこ特別税が充てられ、「最終的には、年金等負担が縮小していくことに伴う確保される財源等で対応」するものの、当面は「一般
会計の歳出・歳入両面にわたる努力」で対応することとされている。同様に、国有林野事業の債務の処理策についても、一般会計
が承継した 2.8 兆円の債務の元本償還は「一般会計の歳出・歳入両面にわたる努力」で対応するとされている。 44
もっとも、物価にあまり影響しなかった理由も考えられる。例えば、(i) これらの債務はそもそも広義の「国」の一部であり、一般
会計で継承しようとしまいと、特段の違いはないと認識されたかもしれない、(ii) これらの債務の状況について広く知られるよう
になったのはその処理策が検討されるようになった 1996 年末からであり、1998 年時点では既に「織込み済み」のできごとであっ
たかもしれない、(iii) 債務承継の際に、国債発行、財政投融資の貸付け返済等の結果、どのようなキャッシュフローとなったのか
27
こうしたイベント・スタディーは、FTPL の実証分析上、他の実物経済があまり変わらないまま政府債務が
外生的に増加するという有意義な機会を提供してくれるように思われる。国債発行を伴う経済対策のイベン
ト・スタディーと比較すれば、経済対策の場合には、対策によって実施された公共投資等によって、実物経済
が変化する。したがって、物価はさまざまな実物ショックも受け、判定は困難となる。債務承継等のイベン
ト・スタディーについては、そうした実物ショックの影響は予め最小限に制御されていることが想定される。
こうした点についての詳細な検討は、別稿に譲りたい。
■財政拡大で物価上昇を起こすことができるか 松岡 (2002) は、式 (22) において、名目政府債務の動
きと物価の動きから、実質財政余剰の現在価値の期待値を逆算し、その値と OECD が推計した構造プラ
イマリー収支との動きを G7 諸国について調べた。その結果、日・米・英・伊においては、構造プライマ
リー黒字の減少の後で、将来の実質財政余剰の割引現在価値の期待値は有意に増加することを見つけ、他
の 3 国については無相関であった。つまり、拡張的な財政政策の実施(構造プライマリー黒字の減少)
は、将来の実質財政余剰の割引現在価値の期待値を減少させることにならない。このファインディング
は、たとえ FTPL が成立しても、拡張的な財政政策は物価上昇に結びつかない ことを意味していると解釈で
きる45。
小括
以上、第 5 節の主な検討結果をまとめれば、以下の通りである。 通常の場合、R 型の財政政策とテイラー・ルールによる金融政策というポリシー・ミックスが経済の安
定化に望ましい。 しかし、流動性の罠に陥ってしまうと、NR 型財政政策とマネタリー・ターゲットの組み合わせが望ま
しい。これは、こうした政策の組み合わせによって、流動性の罠の状態では横断性の条件が満たされな
いことが予見され、これが均衡でなくなるためである。 ただし、横断性の条件を満たさないようにするためには、均衡財政とゼロ金利政策という組み合わせで
も十分である。FTPL の下では、財政赤字のゼロ金利政策という日本のポリシーミックスは流動性の罠
からの脱却のために十分なはずである。 2002 年度当初予算における財政赤字 30 兆円枠という政策も、FTPL の観点からすれば流動性の罠から
脱却するのに十分なはずである。 FTPL が正しければ、現状よりもさらに拡張的な財政政策を行う必要はなく、短期国債で調達した資金
で長期国債を買入消却すればデフレを克服できるはずである。
結び
FTPL の教科書的な主張は、現在の名目政府債務を与件として、物価水準が政府の予算制約式において将来
の実質財政余剰の割引現在価値と実質政府債務が等しくなるように決定されるというものである。ただし、こ
をみると、物価にそれほど大きな影響のないオペレーションであった可能性もある。 45
松岡 (2002) は、FTPL の成立は疑わしいと主張し、その実証的な証拠として、本文で紹介したような分析結果を示している。しか
し、この分析は FTPL が成立するかどうかをテストしたものではないので、本文で述べたように、FTPL が成立したとしてもデフ
レ克服は困難だということを示すものと解釈するのが妥当だと考える。
28
の主張は、種々の仮定の下で NR 型財政政策が採られた場合に成立するものであり、現実の経済への適用を念
頭に置いた場合、以下の点に留意が必要である。
まず、金融政策が(金利ターゲットではなく)マネタリー・ターゲットで運営される場合には、物価は金融
政策によって決定されるので、物価水準が過剰に決定される可能性が出てくる。また、政府の債務に(短期債
でなく)長期債がある場合には、債券価格(すなわち金利)が変動することによって、実質財政余剰が変化し
ても物価が変動することには必ずしもならない。(また、国債がインデックス債だけになれば、理論の再構築
が必要となる。)
さらに、NR 型財政政策が行われていることが議論の前提だが、これが理論的にはともかく、どの程度現実
に妥当するか、不明である。NR 型財政政策が行われているかどうかは、実証分析上の大きな焦点であるが、
その識別のためには、均衡への調整過程において、物価水準が動くのか、財政政策が動くのかがわからなけれ
ばならず、これは通常、事後的には観察不可能である。ただ、実質財政余剰に対する正のショックは政府債務
を減少させるというファインディングは、R 型の政策がとられていると解釈するのがもっともらしい。国債管
理政策による物価上昇率の平準化を図る場合にはこうしたデータが生じる可能性もあるが、こうした議論は、
日本においては国債管理政策が物価上昇率の平準化をしていないという実証分析 (土居, 2000) があることに鑑
みると、そうした反論はあまり説得的ではない。
日本のデフレ克服との関係においては、FTPL に基づいて更なる財政拡大を主張する論者 (竹田 (2002)、渡
辺・岩村 (2002)、渡辺 (2002) 等) がいる。だが、FTPL に基づく処方箋がどれくらい妥当なものか、筆者は
(半信半疑ではなく)二信八疑である。たとえば、国債発行 30 兆円枠はゼロ金利政策と併せれば、「流動性の
罠」からの脱却に十分なはずである。FTPL 論者の主張に従い財政拡大を行った場合には、物価水準が上昇す
るのではなく、単にリスクプレミアムの増加による金利上昇を招く可能性が大きい。こうした形での金利上昇
は望ましいシナリオではない。
FTPL が政策オプションとして現実への妥当性を高めるためには、理論的な枠組みとしても以下の 2 点につ
いて検討する必要があると考えられる。まず、民間経済主体の期待が絶えず裏切られる状況が均衡として成立
することの是正である。FTPL においては、通常はデフォルト・リスクも考慮されない。モデルにおいて成立
する均衡は、ワルラス均衡であるが、さらにゲーム理論的な観点からこれらの均衡を再検討する必要があると
考えられる。次に、さらに根本的には、物価に担わせている財の価格という役割と、政府債務の実質実効価値
という役割の 2 つを切り離すことである。そのためには、従来のモデルに国債価格決定方程式、または価格決
定式を導入することが必要となろう。その際、Woodford の主張する資産効果を明示的に織り込んだ価格式を
定式化することが望ましい。こうした拡張を行えば、実証分析による現実妥当性のチェックは、(i) 財政政策
が R 型か NR 型か、(ii) 現在の名目政府債務を与件として、国債価格は将来の実質財政余剰をどの程度反映す
るのか、(iii) 実質政府債務がどの程度資産効果を生み出すか、(iv) 需要変化がどの程度価格水準を変化させる
か、という 4 段階の要素分解に基づいて行うことが可能となろう。現在不足しているのは、(i) と (ii) の分析で
ある。特に (i) は、このような4段階の要素分解によって分析が容易にならないので、特段の研究が必要とな
ろう。
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