木曜日, 12月 06, 2018

ライプニッツ:メモ



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ライプニッツ:メモ
ライプニッツ (Gottfried Wilhelm Leibniz) 1 
我が至上の愛 アストレとセラドン ダイジェスト

アリストテレス
デカルト
mv2
スピノザ
ゲーデル
ラッセル
ドゥルーズ
法学
霊魂
華厳経
数学
二進法
計算機
風車

テンプレだけで100レスいくかも


追加:




Musica est exercitium arithmeticae occultum nescientis se numerare animi.
Musica est exercitium arithmeticae occultum nescientis se numerare animi.


Opera omnia ... Studio Ludovici Dutens. Tomus Primus [-sextus]

Main Author:Leibniz, Gottfried Wilhelm, 1646-1716 
Language(s):Latin
Published:Genevae : apud Fratres de Tournes, 1768.
Note:También disponible diapositiva: DIA 700.
Physical Description: 7 v. ; 4. 
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アリストテレス(「気象論」)の4性質(=冷熱乾湿)を説明した図)

(元々のネタはエンペドクレス)。
これらは組み合わせによる分類の一例である。
「相矛盾する性質の結合は許されない」(『ライプニッツの普遍法則』p41)のだから、
6ではなく4つの地、水、空気、火という4要素が得られる。






          火
     ____/||\____   
    |乾 _//||\\_ 熱|
    ||\\/ || \//||
    ||/\\ || //\||
    |// \\||// \\|
    /____\||/____\
   土 _____  _____ 空気
    \\   /||\   //         
    |\\ //||\\ //|
    ||\\/ || \\/||
    ||/\\_||_/\\||
    |冷__\\||//__湿|
         \||/    
          水

          火(IGNIS)
 siccus =乾            calidus=熱 


土(TERRA)                  空気(AER)


 frigida =冷           humida=湿
          水(AQVA)

すべて(svmma)ゆるされた(remissa)=共存可能
反対(contraria)
両立可能(combinatio possibilis)
両立不可能(combinatio impossibilis)
象徴要素?(sybolizm fla)

参考:  http://www.statemaster.com/encyclopedia/Classical-element
   http://blog.livedoor.jp/yoohashi4/archives/51869171.html
(以下同サイトより。「quia ignis est calidus & siccus & aqua frigida & humida.
  火は 熱・乾であり、水は 冷・湿であるのだから。」)

ーーー



「我思う、故に我あり(cogito ergo sum. 正確には、ego cogito , ergo sum .)」
  デカルト(1596-1650『方法序説』『哲学原理』他)

「疑いつつ在る(我は思惟しつつ存在する Ego sum cogitans)」
  スピノザ( 『デカルトの哲学原理』)

「私は思惟する事物である 」
  ライプニッツ(『人間知性新論』4:2 みすず368頁 )


「…思考していることを知覚するということはわれわれの存在していること知覚する
ことにほかならな
いとするならば…」
アリストテレス(Aristotles 前384 - 前322、『二コマコス倫理学』1170a25 ff第9巻第9章、岩波文庫下140頁)






「…thinking is to be conscious that we exist... 」
  http://en.wikipedia.org/wiki/Cogito_ergo_sum#Predecessors 


「…より完全には、〈疑う自己たる、私は思考する、私は存在する、私は思考するもの(レース)である〉である。これは、デカルトが理解していたように、つねに更新されてゆく〈思考の出来事〉である。」
  ドゥルーズ(『哲学とは何か』第1章、邦訳37頁)


「コギトは哲学的になった共通感覚(サンス・コマン)である」
  ドゥルーズ(『差異と反復』第三章、p.170、邦訳210頁)

「〈差異〉は…〈規定作用ソノモノ[私は思考する]〉と〈それが規定するもの[私の存在]〉とのあいだの先験的な〈差異〉として発見される…」
  ドゥルーズ(Gilles Deleuze, 1925年1月18日 - 1995年11月4日『差異と反復』第二章、邦訳142頁)

___


14世紀、フランスのニコール・オレムは加速度運動の解析に成功した(『思想の中の数学的構造』山下正男p205)。
以下の図で,tは時間(extensio-外延量)、距離S割る時間tつまりS/t=vは速度(intensio-内包量)をあらわす。

        y
         v
        |        /|   
        |       / |     
        |      /  | 
        |     /   |
        |    /    |
        |   / (S) |
        |  /      |
        | /       |
________|/________| t     
        |            x      
        |            

三角形、S(=1/2vt)の面積で距離を表す(歴史的には微分積分の萌芽だ)。
加速度をaとするとv=atとなり、結局、S=1/2at^2となる。
運動量をmvとすると、運動エネルギーは1/2mv^2であらわされる。

ちなみに、この運動をめぐる認識の差異はライプニッツとデカルト派で論争になった。カントは初期論考
『活力測定考』(1746)でライプニッツ的な形而上学的視点を重視しながらもその不備を指摘することでデカ
ルト派(mv)とライプニッツ(mv^2)の両者を調停しようとしたのだ(多くの研究者はそれが失敗に終わったと考え
ているが)。
(図に話を戻すなら物理量はすべて長さ(S)、時間(t)、質料(m)う3つの次元から掛け算という演算だけで順次組み

立てられている。)


「F= ma」と「E=mv^2」

現在、速度vに加速度v=atを加えることで運動量mvと運動エネルギーmv^2の関係は(数式上)説明できる。
しかし、歴史的には運動法則から単純にエネルギーを考える人びとを説得するには長い時間がかかった。

ニュートンの説( 「F=ma」をエネルギーにそのまま適用する説)だと同型トラック二台が正面衝突すると、双方
の車が有していたエネルギーは全て消失したことになる(ボダニス『E=mc^2』邦訳72~5頁。以下は同書の要約)。

しかし、ライプニッツはエネルギーが「増加」すると考えた。消失せず、金属片を跳ね回らせたり…、騒乱はいつまでも
続く…(エネルギー保存の法則)。

デュ・シャトレ夫人(ライプニッツの宿敵ヴォルテールの恋人)が両者の違いに疑問をもったが、彼女が求める証拠
を、その仲間のオランダ人のウィレム・スフラーフェサンデがおこなっていた、重りを柔らかい土の上に落とす実験
の中に見出した。
http://4.bp.blogspot.com/-VF_7mlBK9fs/UNBxdKQRTCI/AAAAAAAAPwY/I7hX_g32UvI/s1600/IMG_02042.jpg


E=mv^1が正しいとすれば、二番目の重りを一番目の二倍の速度で落とす場合、土に沈む深さも二倍になる。速度が
三倍ならば、深さも三倍になるはずだ。が、スフラーフェサンデの得た結果は違った。小さな真鍮の球を、前に落
としたときの二倍の速度で落としたところ、球は土の四倍の深さの穴を作ったのだ。速度を三倍にすると、深さは
九倍になった。

やがて、エネルギーはmv^2に等しいと考えるのが物理学者の常となった。ヴォルテールは恋人の死後にその説(も
ともと宿敵のライプニッツのものなのに)の普及に貢献した。

前述したようにデカルト=ニュートンの説と、ライプニッツの説をカントは調停しようとした(『活力測定考』)。

その考察はライプニッツを貶めるものだったが、それはカントがライプニッツを理解しなかったためである。

とはいえライプニッツにも不理解の責任の一端はある。わかり易い論文を書かなかった〜ニュートンの慣性の法則
を取り入れず、潜在的な力を死力、さらに加速度として現性化する力を活力と名付けたが、(形而上学を知的化す
るもので)一般には理解し難かった。
(ドゥルーズはこの問題に『基礎づけるとは何か』邦訳93~6,注175~6頁で言及している)



《…ライプニッツにとってMV^2が意味しているのは、延長を越えたところに力があ
るということだ。運動している物体は、その瞬間 において異なっている。なぜならば、
運動するこの物体は未来の諸瞬間の理由として、より遠くに行く力を含んでいるからであ
る。力は未来の諸々の状態の原理を含んでいる。ライプニッツは微積分法によらなければ、
mv^2を発見することはできなかった。静止は無限小の速度でしかなく、二つの物体の間には
差異がある。静止は運動の特殊なケースである。したがって、力と未来の諸状態との関係
は微分的、積分的なのである。(1=1/2+1/4 + 1/8…)
ライプニッツにとってのデカルトの大きな誤りとは、延長と実体を混同したことである。
デカルトは最も根本的なものである力を考慮しなかった。カントのそれとは大分異なるに
せよ、ライプニッツをもって現象についての重要な理論が創設される。》
 邦訳ドゥルーズ基礎 95~6頁


http://yojiseki.exblog.jp/7746386/

14世紀、フランスのニコール・オレムは加速度運動の解析に成功した(『思想の中の数学的構造』山下正男p205)。

以下の図で,tは時間(extensio-外延量)、距離S割る時間tつまりS/t=vは速度(intensio-内包量)をあらわす。


        y
         v
        |        /|   
        |       / |     
        |      /  | 
        |     /   |
        |    /    |
        |   / (S) |
        |  /      |
        | /       |
________|/________| t     
        |            x      
        |            

三角形、S(=1/2vt)の面積で距離を表す(歴史的には微分積分の萌芽だ)。
加速度をaとするとv=atとなり、結局、S=1/2at^2となる。
運動量をmvとすると、運動エネルギーは1/2mv^2であらわされる。

ちなみに、この運動をめぐる認識の差異はライプニッツとデカルト派で論争になった。カントは初期論考
『活力測定考』(1746)でライプニッツ的な形而上学的視点を重視しながらもその不備を指摘することでデカ
ルト派(mv)とライプニッツ(mv^2)の両者を調停しようとしたのだ(多くの研究者はそれが失敗に終わったと考え
ているが)。

さて図の説明に戻るなら、vはS^(t-1)であらわされるから結局それらの物理量はすべて長さ(S)、時間(t)、質料(m)とい
う3つの次元から掛け算という演算だけで順次組み立てられている。

山下正男は『思想の中の数学的構造』において、ヘーゲルがこれらを展開しきれなかったと指摘したが、『活力測定考』
以降のカントはこれらを展開し得たと言えるのではないか?

要するに、ライプニッツが指摘したような高い所にある物体の運動エネルギーを換算する作業を、カントは分析論の展開、
つまり「質」の検証の中で行っていると言えるのだ。



「F= m a」と「E=mv^2」

現在、速度vに加速度v=atを加えることで運動量mvと運動エネルギーmv^2の関係は(数式上)説明できる。
しかし、歴史的には運動法則から単純にエネルギーを考える人びとを説得するには長い時間がかかった。

ニュートンの説( 「F= m a」をエネルギーにそのまま適用する説)だと同型トラック二台が正面衝突すると、双方
の車が有していたエネルギーは全て消失したことになる(ボダニス『E=mc^2』邦訳74−5頁。以下は同書の要約)。

しかし、ライプニッツはエネルギーが増加?すると考えた。消失せず、金属片を跳ね回らせたり…、騒乱はいつまでも
続く…(エネルギー保存の法則)。

デュ・シャトレ夫人(wiki、ライプニッツの宿敵ヴォルテールの恋人)が両者の違いに疑問をもったが、彼女が求める証拠
を、その仲間のオランダ人のウィレム・スフラーフェサンデ(en:wiki)がおこなっていた、重りを柔らかい土の上に落とす実験
の中に見出した。
http://4.bp.blogspot.com/-VF_7mlBK9fs/UNBxdKQRTCI/AAAAAAAAPwY/I7hX_g32UvI/s1600/IMG_02042.jpg

E=mv^1が正しいとすれば、二番目の重りを一番目の二倍の速度で落とす場合、土に沈む深さも二倍になる。速度が
三倍ならば、深さも三倍になるはずだ。が、スフラーフェサンデの得た結果は違った。小さな真鍮の球を、前に落
としたときの二倍の速度で落としたところ、球は土の四倍の深さの穴を作ったのだ。速度を三倍にすると、深さは
九倍になった。

やがて、エネルギーはmv^2に等しいと考えるのが物理学者の常となった。ヴォルテールは恋人の死後にその説(も
ともと宿敵のライプニッツのものなのに)の普及に貢献した。


デカルト=ニュートンの説と、ライプニッツの説をカントは調停しようとした(『活力測定考』)。その考察は
ライプニッツを貶めるものだったが、それはカントがライプニッツを理解しなかったためである。

とはいえライプニッツにも不理解の責任の一端はある。わかり易い論文を書かなかった〜ニュートンの慣性の法則
を取り入れず、潜在的な力を死力、さらに加速度として現性化する力を活力と名付けたが、(形而上学を知的化す
るもので)一般には理解し難かった。

参考:
NHK高校講座
http://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/butsuri/archive/resume025.html
http://www.nhk.or.jp/kokokoza/tv/butsuri/archive/resume035.html
Newton's Laws - Second Law
http://www.youtube.com/watch?v=PF5zxdg9N5s

上記の模索の歴史は以下のアインシュタインが1905年に提唱した方程式にも繋がっていく。
Einstein's Proof of E=mc²
(質料は凝縮されたエネルギーの究極の形である…)
http://www.youtube.com/watch?v=hW7DW9NIO9M
F = m aは無限に拡大できるわけではない。どんなに加速しても光速を超えられない。


ーー






https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/dspace/bitstream/10291/14240/1/isumiakyouyodezain_3_105.pdf
一六七九年一二月一日にホイヘンスに宛ててかれはなんと書いたか。それはつぎのような
ものである。「わたしはあなたが、故スピノザ氏の本を念入りにお読みになったかどうか
を知りたい。かれの証明なるものはきわめて厳密というわけにはいきません。たとえば、
神だけが実体であるとか、その他の事物は神的本性の様態であるといったことをかれが言
うときにそうです」。 かれがべつのところで書いたもののなかに、われわれは、もっと
も短いが同時にもっとも激しい判断を見いだす。その判断は、かれの同時代人の一人によ
ってもたらされたもので、つぎのことばのなかに込められている。すなわち、「『エチカ、
あるいは、神について』、驚くほど欠陥にみちた書物」。       一八五三年一〇
月二五日ハノーファにて

参考:
http://books.google.co.jp/books?id=PXEZc30z3BQC&pg=PA216&lpg=PA216&

エルドマン「モナドの神への依存性を本気にとるとすると、モナドの実体性は消滅の危機に瀕し、ライプニッツはスピノチスムスに近づく」
『学の形成と自然的世界―西洋哲学の歴史的研究』 (1941年)
三宅剛一 p.403

ライプニッツの落書き
Stephen Wolfram Blog : Dropping In on Gottfried Leibniz
https://blog.stephenwolfram.com/2013/05/dropping-in-on-gottfried-leibniz/
https://blog.stephenwolfram.com/data/uploads/2013/05/29-large-a.png

RT @asonosakan: ハノーファーにあるライプニッツ・アーカイブから、彼の手稿を覗き見。スピノザと思われる落書きが笑えるww 流石万学の天才は絵も上手い。

スピノザだという根拠はないが


ーー



ゲーデルの不完全定理の解説で一番解りやすいのは僕の知る限り、『はじめての現代数学』(瀬山士郎著)のそれだった。
以下引用です。

            内容
   | 1,  2,   ・・・,  n,   ・・・
___|____________________
f1(y)|f1(1) f1(2) ・・・ f1(n)  ・・・
f2(y)|f2(1) f2(2) ・・・ f2(n)  ・・・
・  |・   ・    ・   ・
・  |・   ・     ・  ・
・  |・   ・      ・ ・
fn(y)|fn(1) fn(2) ・・・ fn(n)   ・・・
・  |・   ・        ・    ・  
・  |・   ・        ・     ・ 
・  |・   ・        ・      ・

 ¬は否定だから最後につけ加えればよいから、ヨxP(x,n,n)について考えてみよう。これは、「ゲーデル数がnである一変数 y を含む命題(すなわちfn(y) )の変数 y に数nを代入した命題の形式証明のゲーデル数となる x が存在する」という内容を持ち、したがって¬∃xP(x,n,n)はこれの否定、すなわち繰り返しを嫌わずに書けば「ゲーデル数がnである一変数 y を含む命題の変数yに数nを代入した命題の形式証明のゲーデル数となる x が存在しない」となる。
 ところが、ゲーデル数nを持つ一変数を持つ一変数yを含む命題とは fn(y)のことであり、fn(y)とはすなわち¬ヨxP(x,y,y)であった。すなわち上の文章を簡単に書けば,「¬∃xP(x,n,n)の形式証明は存在しない」ということで「¬∃xP(x,n,n)は証明できない」ということになる。ところが、この「 」内の命題こそ¬∃xP(x,n,n)に他ならない!
 ついにわれわれは「この命題は証明できない」のきちんとした数学的表現を入手すること に成功したのである。

(略)

 ここで用いられた論法が一種の対角線論法であることに十分注意を払ってもらいたい。一変数の命題をすべて一列に並べ、f1(y) ,f2(y) ,・・・とし f1(1) , f1(2) ,・・・f n(n),・・・を考察するというのはまさしく対角線論法そのものである。カントールによって集合の階層構造を引き出すために考案された対角線論法は,集合論内のパラドックスと絡まりあいながら、ゲーデルによる決定不能命題の発見という20世紀数最高の結果の一つを生み出すにいたったのである。

(以上、『はじめての現代数学』瀬山士郎著、講談社現代新書p161-163より。早川文庫より復刊)

瀬山氏は対角線論法の後に不完全性定理のもうひとつの肝であるゲーデル数(ゲーデルによる素因数分解を使ったコード化)について説明している。

本題は、(瀬山氏も触れいてないのだが)このゲーデル数のアイデアがライプニッツの結合法論そのものであるということだ。

これはあまり言及されないが、もっと知られていい。

「われわれはその事物によって他の事物を表示するために素数を使用するのである。」

(『普遍的記号法の原理』Elementa Characteristicae universalis ,1679「計算の原理」1679、邦訳ライプニッツ著作集1、64−5頁より)

ゲーデルは生前,ライプニッツ研究ばかりしている時期があって友人のエルデシュに怒られたこともあるようだが(「君が学者になったのは皆が君の研究をするためであって、君がライプニッツの研究をするためではない」)、ゲーデルの功績は先人の研究を受け継いだものでもあったのだ。

カントール(対角線論法)×ライプニッツ(結合法論)=ゲーデル(不完全性定理)

ということになるだろうか。

ちなみに、 ライプニッツ再評価はどう考えてもラッセルの『ライプニッツ研究』が重要な位置を占めている。 復刊が待たれる。

ーーー






ラッセル『ライプニッツの哲学』序文 - バートランド・ラッセルのポータルサイト(分館)
http://russell-j.com/cool/03T-PREF.HTM

何故に彼は,モナドが,相互に作用し得ないと考えたか,如何にして識別し得ざるものの同一性を信ずる様になったか,充足理由の法則によって彼は何を意味するか――これらのみならず他の多くの疑問はどうしても解かねばならぬものと考えられたが,然し何もわからなかった。私は――多くの他の人達が感じている如く――モナド論は,恐らく筋道が通っているが然し,全く勝手な,お伽噺の一種であると感じたのである。この点に関して私は,「形而上学叙説」及びアルノー宛の手紙を読んだ。俄に一条の光が,ライプニッツの哲学的大建築物のあらゆる最奥の隅々に投げられたのである。私は,大建築の基礎がどの様にすえられているか,その上,如何にして,その基礎から大建築の上部構造が視界に現われてくるかを見た。この表面上は気まぐれな体系も二三の簡単な前提から演繹されうるものであり,それらの前提は,それらからライプニッツが引き出した結論を除けば,大低の哲学者でなくても,相当数の哲学者は,喜んで承認していたであろうと思われる。私に光明を投じたと思われる箇所は,他の人々にもやはり,その様に考えられるであろう事を望む事は,まんざら理由なきにしもあらずと思われる。
この様な訳で私は,当然の帰結として,此の様な箇所に含まれる説から始め,モナドの説を,少数の前提からの厳重な演繹によって,出来るだけ明らかにする様努力して来た。かくして,当のモナドは,解説の出発点に於いて,あらわれるのではなくして,推論の長い予備的な連鎖の後に於いて,あらわれるのである。更に,かかる評価が正しいとするならば,ライプニッツの哲学者としての価値は,在来の解説から帰結されるような価値とは問題にならぬ程,はるかに偉大であると言う事が考えられねばならないと思うのである。


____

解析の元祖だから誤解されているがライプニッツのモナドは離散数学と親和性がある。
ドゥルーズはうまく説明している。

《ライプニッツは、欺かない神についてのデカルトの推論をかなり警戒し、これに不共可能性の
水準で新しい根拠を与えている。神は戯れるが、戯れの規則を与えるのだ(略)。この規則とは可
能世界は神が選んだ世界と不共可能的ならば、存在にたどりつくことがないということだ。ラ
イプニッツによれば*『アストレー』のような小説だけが、われわれにこのような不共可能的
(incompossible)なものの理念を与えるのである。》
(ドゥルーズ『襞 ライプニッツとバロック』邦訳単行本 110頁)

*(Lettre a Bourguet,decembre 1714)未邦訳

オノレ・デュルフェ作の『アストレ(ー)』は17世紀パリの貴婦人に流行ったロマン小説で、日本
では無名だが、今度エリック・ロメールによって(小説の一部が)映画化され2009年に公開された。
http://youtu.be/0JRwGGndvyk (日本語字幕つき予告編)

可能世界なるものがデカルトのような推論によって「本質」に回収されるのを嫌ったライプニッツが
小説(しかもラブストーリー)を念頭においていたというのは面白い。

ちなみにフーリエは『アストレ』からセラドニーCeladonieという概念を抽出し展開している。この
造語は精神的ないし感傷的な恋愛情念を意味するらしい。その精神的愛はフーリエの唱える共同体
では重要度を増すという。

ロメールの遺作『我が至上の愛 アストレとセラドン』ダイジェスト

予告編
冒頭
The Romance of Astrea And Celadon Scene 7.rmvb  

ラストシーン
、、、
https://youtu.be/vdj-P7m5fII
ロメールの遺作『我が至上の愛 アストレとセラドン』
ライプニッツ、ブルゲ宛書簡1714/12 (後述)
https://nam-students.blogspot.com/2018/12/blog-post_5.html



ーーー

村上俊江 「ライブニッツ氏と華厳宗」 1896年
でライプニッツと華厳宗の類似例として引用参照されたのは以下(村上はドイツ語で引用)、

モナドロジー
http://nam-students.blogspot.jp/2013/10/blog-post_1.html#note65

65.そして自然の創作者は、この神的な、限りなく驚嘆すべきわざを
ふるうことができた。なぜなら、物質のどの部分も、昔の人が認めたように無限に分割が
可能であるばかりでなく、各部分は実際にさらに多くの部分へと限りなく細分さ
れていて、その部分のどれもが固有の運動をしているからである。さもなけれ
ば、物質の各部分が宇宙を表出することは不可能であろう。

66. そこで、物質のどんな小さい部分にも、被造物の、生物の、動物の、エンテレケイアの、
魂の世界が認められる。

67. 物質のどの部分も植物に満ちた庭とか、魚でいっぱいの池のようなものと考えることが
できる。ただし、その植物のどの小枝も、動物のどの肢も、その体液のどの一滴も、やはり
同じような庭であり池なのである。

68.  そして、庭の植物のあいだにある地面や空気、池の魚のあいだにある水は、植物や魚で
はないけれども、じつはやはり植物や魚を含んでいる。ただ、それらがあまりに微細なので、
ほとんどの場合われわれには見えない。

[華厳経に関しては漢文で引用、]

一一微塵中、見一切法界(華厳経第4巻)
以一仏土満十方、十方人一、亦無餘。(同上)…
遍満一切諸法界、一切毛孔自在現。(華厳経第3巻)

ーーー






ライプニッツの法論Disputatio De Casibus Perplexis in Jure(法律に於ける紛糾せる事例)1666、
https://digital.slub-dresden.de/werkansicht/dlf/60594/1/
http://digital.slub-dresden.de/fileadmin/data/358423678/358423678_tif/jpegs/358423678.pdf

その口絵に引用された変身物語、
https://la.m.wikisource.org/wiki/Metamorphoses_(Ovidius)/Liber_XII
Det mihi se: faxo, triplici quid cuspide possim, Sentiat.

《やつがわたしの領分までやって来さえすれば! そうすれば、この三つ叉の鉾の威力を
思い知らせてやれように。》
オウィディウス『変身物語』巻12岩波文庫下186頁

間に挟まれたad Zoilumは正確にという意味か?

口絵がどこまでライプニッツの意図を反映しているかはわからないが(本文にはアエネイス、
変身物語への言及はない)結合法論的志向が興味深い。真ん中の三角形は回転するのではないか?

その三角内の構成=「暗黙→媒介→究極」はやはり見れば見るほどヘーゲル=「意識→対他→
絶対精神」に似ている。
ヘーゲルはライプニッツのこの著作を知っていただろうが、ケインズが受け継ぐことになる
確率論的な部分は重視しなかった
絶対精神は確率論を排除するからだ 

ライプニッツ『条件論』は無効・不確実・絶対的ということを0・1/2・1と表記している。

ラッセルの形式論理学ならば演繹的推論を用い、は0(否)か1(是)かである。けれども我々の日常生活は、
そのように確実ではない判断に満ちている。
ケインズ『確率論』(1921)の帰納的推論は、日常の推論に相当する0<a/h<1の合理的信念を扱う。
ケインズは(ニュートンを支持していたが)ライプニッツを意識していたと思う。
『法の諸例』に関しては林知宏『ライプニッツ 普遍数学の夢』(2003)に詳しい記述がある。確率論への志向が指摘されている。また人間知性新論4:16との関連も指摘される。 


ーーー
ライプニッツによる肉体ー魂ーペンタグラムの素描 1663年頃。邦訳『モナドの窓』より
初期ライプニッツの身体と精神を表現した図解として面白かった(p.18。邦訳10頁)。
右下から悟性に光が差し込む??ということらしい。
ピタゴラスみたいな図で已然神秘主義的だが、ライプニッツは結合法論のように、身体と精神とのいろいろな組み合わせを想定しているのではないだろうか?



ーーー

3次関数の謎を追え!ーライプニッツの発見が増減表を生み出した
https://youtu.be/n8425TpwXWc

東大数学問題


ーーー


ライプニッツの二進法

先日ライプニッツのモナドロジーの図解を紹介したが、http://yojiseki.exblog.jp/7296617/
今度はライプニッツ自身による図解を紹介したい。






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ライプニッツ著作集8(p189)より

これはライプニッツ研究者の中でもどう扱っていいのか意見の分かれる書簡(デ・ボス宛書簡)にある図だ。
しかし、ここから二進法がライプニッツの基本的な考え方の形式としてあったことがわかる(易経への関心は単なるキッチュではなかった)。
先日紹介した図は片方の側だけ二進法が詳細に展開したが、本来は引用どちらの側も無限*に分割され得るのだ。

スピノザと違うのは属性の扱いだが、ライプニッツは属性を中間領域として保留しているようだ**。むろん微分の発見者として、その無限というより多様性の認識はスピノザよりも精緻であったと言える。ただし、全体に奉仕する個体という解釈を許すという点で危険があるだろう。

ライプニッツの今日的位置づけとしては、ハイデガーがスピノザを敬遠してライプニッツを論じたこと、チョムスキーの生成文法の原型がライプニッツにあるということ、論理学への功績がゲーデル、ラッセルらへの影響として多大であるということは強調するべきだろう。著作集第9巻(p361)にはホーキングの宇宙論を思わせる図もあって驚いた***、、、

注:

厳密には無限には三種類あるという(『ライプニッツ術』p65)。

**
「様態でないものは実体的と言うことができます。(略)また、様態でないような属性的偶有性があるのかどうか、私にはわかりません。」(著作集9巻p187デ・ボス宛書簡より)

デカルトは属性を様態に、スピノザは属性を神の実体に帰属させたが、ライプニッツは態度を保留している。ただし、あえて言えば若干スピノザよりではある。スピノザとライプニッツの類似に関してはドゥルーズの『スピノザと表現の問題』が詳しい。

***

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http://www.newtonproject.sussex.ac.uk/texts/viewtext.php?id=THEM00234&mode=normalized
(↑間接的な論敵ニュートンのアーカイブ?より。線分ABという宇宙の最初の状態以前を概念的に想定しうるという説明。そういえばデータベースという考え方もライプニッツが先駆だ。)


追記:
以下はライプニッツがデザインしたコインの下絵
https://pds.exblog.jp/pds/1/201109/07/41/a0024841_21221549.gif
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昨日はコンピューターの黎明期のことを調べていたら、二進法を確立したのはライプニッツだということを知ったところまでお話しました。
それだけならば普通の豆知識として終わっていたでしょうが、彼は中国にも興味を持っていたらしく、何とイエズス会宣教師から易経の六十四卦を配列した先天図をもらい、そこに二進法の計算術があることを見出したとか。
それはすごい。
以前ブログで、二進数の計算機であるパソコンが、多くのものを生み出し世の中を変えて行く様は、まるで錬金術のようだと書きました。
易経と二進法の話を知って、そうイメージしたのもあながち突拍子もないことではなかったな、と思いました。
易は陰(--)と陽(-)の符号が六本重なって、一つの卦(か)を構成します。
ある卦は全部陽だったり、全部陰だったり、三本続けて陰で残りが陽だったりと、全部で64種類の卦で成り立っています。
その一つ一つが異なる世界を持っているんですね。
そして一つの卦の一本一本を爻(こう)と呼び、人の身分を表します。
一番下が平民、二番目が身分の低い官吏、というように上に行くほど身分が高くなり、五番目が最も身分の高い王様、一番上が位のない賢者、というように説明される場合が多いです。
易占いをすると、六十四卦のうちの一つの卦と、その卦の中の一つの爻が出ます。
それが占った結果になるのです。
私が易経は面白いと思った理由は、それぞれの卦と爻の説明がされているんですが、占った結果はそれを自分なりに解釈できることなんですね。


ーーー
https://nam-students.blogspot.com/2014/08/2040808.html
ライプニッツの四則演算計算機
以下引用。

 パスカルが設計した計算機は、基本的に加算機で補数を活用して減算を行うことができた。しかし、ライプニッツはパリを訪れる以前から、加減乗除の四則演 算をこなす計算機の設計が可能だと考えていた。
 ライプニッツがパリに来た頃、パスカルの計算機に対数の円盤を組み合わせて乗算を行う計算機も存在した。ドイツのウィルヘルム・シッカルト (Wilhelm Schickard)は1623年に、ネーピアの計算棒を活用して乗除算ができる計算機を設計していた。シッカルトの計算機のことは広く知られていなかっ たが、ライプニッツは1673年2月1日に英国の王立協会で計算機の試作機を披露した時、英国のサミュエル・モーランドの計算機のことを教えられた。ライ プニッツはその直後にモーランドと面会したところ、その計算機はネーピアの計算棒を応用していた。
 ライプニッツは、クランクを回して乗除算を純粋に遂行する計算機の仕組みを検討していた。乗算は加算の繰り返しであり、除算は引き算の繰り返しなので、 ひとつのクランクの回転方向を変えれば、どちらの計算にも対応できる。平方根の開平も除算で仕組みで行うことができる。計算結果をだすまでに、場合によっ ては数百回クランクを回すことになるかもしれないが、ともかくクランクを回し続ければ計算は終わる。
 ライプニッツはこれを実現するために、円筒形のシリンダの外壁に1から9まで段差がついた金属の細い角棒を付着させた歯車を考案した。円柱の側面の半分 足らずのスペースに、螺旋階段が9ステップだけ張り付いているような形状をしている。このシリンダに隣接する歯車は、入力用の数字盤の数字に応じて前後に スライドし、連続する数字の入力を設定できるようにした。後は、クランクを1回転させると、入力した数字が9であれば9個分の歯が動き、入力数字が3だと 3個分の歯が動く。
https://lh4.googleusercontent.com/proxy/WjVJnrUpGFC28WgltNCy9ZtoU4lGN8GrwitWvfoMEeT68hKh3ve9H0rmcSw_fA8Vr5xyeud3ecDoLieHM8zAFNY=s0-d



階差ドラムの仕組み © David G. Hicks
<ステップ・ドラム図 http://www.hpmuseum.org/mechwork.htm#stepdrum>

 752 X 36の計算では、7、5、2を数字盤で指定すると、それぞれのシリンダに隣接する歯車は、毎回7、5、2の個数分の運動を伝える位置にスライドする。そし て手前のクランクを36回まわすと、答えがでる。クランクを回した数は、カウンタに自動表示される。最初のマシンでは、桁上がりが同時に発生すると、手作 業で調整する必要があった。ライプニッツは後に、各桁の桁上げと桁下げを1つ伝える2進スイッチと10進で桁送りを行うシフト機構を備えた累算器を導入 し、桁上げと桁下げを自動化して12桁までの答えを結果表示器(result register)で示せるようにした。
 ライプニッツは王立協会で木と真鍮で作った試作機を披露した後、計算機に何度も改良を重ね、1675年の初めにパリ科学アカデミーで公開実験を行った。 この実験は成功し、フランス国王、王立天文台、財務局のために計3台の計算機の制作依頼をもたらした。ただ、この計算機は大きな数の乗除算に使えるほど、 完成度が高いものではなかった。ライプニッツは1693年に、当初意図していた計算機を完成させたが、その後も8桁の数字を乗算して16桁で答えを表示で きる計算機の改良に、生涯をかけて取り組んだ。しかし、職人に恵まれることなく、満足がいく計算機を仕上げることはできなかった。
https://lh5.googleusercontent.com/proxy/sOhgomvTsLr2nZWx0tH4zlnTdJDHhQVxMohQ-1NzEun4o56hRoab4eDpWxpTxTQ8z0kuxd5c0dOav-n_bg=s0-d
 

東京理科大学近代科学資料館 http://www.sut.ac.jp/info/setubi/museum/kannai/index.html

 商業的に成功した最初の計算機は、フランスの保険会社の社長、シャルル・ザヴィア・トマ(Charles Xavier Thomas, 1785-1870)が1820年に開発したアリスモメータで、1825年から1878年までに1,500台が販売された。ライプニッツの段差がついたシ リンダ型歯車(stepped drum)は、アリスモメータの心臓部となり、数字歯車の列の位置を可変にする仕組みが導入されて、入力した数字を10倍、100倍、1000倍にして乗 算することができた。アリスもメーターは、1930年まで製造された。その後もシリンダ型歯車は、ライプニッツの輪(Leibniz wheel)と呼ばれて、20世紀前半に製造された様々な卓上計算機で活用された。


アリスモメーター(Arithmometer 1820)


参考文献

E. J. Aiton「LEIBNIZ--A Biography」Adam Hilger Limited 1985: 邦訳「ライプニッツの普遍計画ーバロックの天才の生涯」渡辺正雄、原純夫、佐柳文男 訳、工作舎 1990
佐々木能章「ライプニッツ術ーモナドは世界を編集する」工作舎、2002



ライプニッツは鉱山における排水システムの動力源として、垂直軸型風車(工作舎の『ライプニッツ術』p238では羽根の向きをとって「水平型」と呼んでいる)の使用を考えていたという。水車では冬に川が凍って動かなくなるため、その代替案だった。

実際にはライプニッツ以前にも事例があり、中国では実用化されていたそうだが、ライプニッツが垂直軸風車の実用性を科学的にいち早く見抜いていたことは特筆すべきだ。
普通の風車は、風向きによって向きを変える必要があるし、台風などでは運転を止める必要がある。

以下は、
垂直軸型風車の事例。

65 Comments:

Blogger yoji said...

ライプニッツ『結合法論』(邦訳著作集1などに抄訳所収)扉に採用された、
アリストテレス(「気象論」)の4性質(=冷熱乾湿)を説明した図(元々のネタはエンペドクレス)。
https://pds.exblog.jp/pds/1/200910/06/41/a0024841_1213524.jpg
これらは組み合わせによる分類の一例である。「相矛盾する性質の結合は許されない」(『ライプニッツ
の普遍法則』p41)のだから、6ではなく4つの地、水、空気、火という4要素が得られる。
          火
     ____/||\____   
    |乾 _//||\\_ 熱|
    ||\\/ || \//||
    ||/\\ || //\||
    |// \\||// \\|
    /____\||/____\
   土 _____  _____ 空気
    \\   /||\   //         
    |\\ //||\\ //|
    ||\\/ || \\/||
    ||/\\_||_/\\||
    |冷__\\||//__湿|
         \||/    
          水

          火(IGNIS)
 siccus =乾            calidus=熱 
土(TERRA)                  空気(AER)
 frigida =冷           humida=湿
          水(AQVA)

すべて(svmma)ゆるされた(remissa)=共存可能、反対(contraria)
両立可能(combinatio possibilis)、両立不可能(combinatio impossibilis)、象徴要素(sybolizm fla)
参考:http://www.statemaster.com/encyclopedia/Classical-element http://blog.livedoor.jp/yoohashi4/archives/51869171.html
(「quia ignis est calidus & siccus & aqua frigida & humida. 火は 熱・乾であり、水は 冷・湿であるのだから。」)

1:38 午後  
Blogger yoji said...



参考:
スピノザとライプニッツ
https://m-repo.lib.meiji.ac.jp/dspace/bitstream/10291/14240/1/isumiakyouyodezain_3_105.pdf
一六七九年一二月一日にホイヘンスに宛ててかれはなんと書いたか。それはつぎのような
ものである。「わたしはあなたが、故スピノザ氏の本を念入りにお読みになったかどうか
を知りたい。かれの証明なるものはきわめて厳密というわけにはいきません。たとえば、
神だけが実体であるとか、その他の事物は神的本性の様態であるといったことをかれが言
うときにそうです」。 かれがべつのところで書いたもののなかに、われわれは、もっと
も短いが同時にもっとも激しい判断を見いだす。その判断は、かれの同時代人の一人によ
ってもたらされたもので、つぎのことばのなかに込められている。すなわち、「『エチカ、
あるいは、神について』、驚くほど欠陥にみちた書物」。一八五三年一〇月二五日ハノーファにて
参照:http://books.google.co.jp/books?id=PXEZc30z3BQC&pg=PA216&lpg=PA216&

ただし、スピノザとライプニッツは案外近いという説もある

エルドマン「モナドの神への依存性を本気にとるとすると、モナドの実体性は消滅の危機に瀕し、
ライプニッツはスピノチスムスに近づく」
『学の形成と自然的世界―西洋哲学の歴史的研究』 (1941年)三宅剛一 p.403 より孫引き

ライプニッツの落書き
Stephen Wolfram Blog : Dropping In on Gottfried Leibniz
https://blog.stephenwolfram.com/2013/05/dropping-in-on-gottfried-leibniz/
https://blog.stephenwolfram.com/data/uploads/2013/05/29-large-a.png
RT @asonosakan: ハノーファーにあるライプニッツ・アーカイブから、彼の手稿を覗き見。
スピノザと思われる落書きが笑えるww 流石万学の天才は絵も上手い。

スピノザだという根拠はないらしいが…

1:43 午後  
Blogger yoji said...


「F= m a」と「E=mv^2」
現在、速度vに加速度v=atを加えることで運動量mvと運動エネルギーmv^2の関係は(数式上)説明できる。
しかし、歴史的には運動法則から単純にエネルギーを考える人びとを説得するには長い時間がかかった。

ニュートンの説( 「F= m a」をエネルギーにそのまま適用する説)だと同型トラック二台が正面衝突すると、双方
の車が有していたエネルギーは全て消失したことになる(ボダニス『E=mc^2』邦訳74−5頁。以下は同書の要約)。

しかし、ライプニッツはエネルギーが増加すると考えた。消失せず、金属片を跳ね回らせたり…、騒乱はいつまでも
続く…(エネルギー保存の法則)。

デュ・シャトレ夫人(ライプニッツの宿敵ヴォルテールの恋人)が両者の違いに疑問をもったが、彼女が求める証拠
を、その仲間のオランダ人のウィレム・スフラーフェサンデ(en:wiki)がおこなっていた、重りを柔らかい土の上に落とす実験
の中に見出した。
http://4.bp.blogspot.com/-VF_7mlBK9fs/UNBxdKQRTCI/AAAAAAAAPwY/I7hX_g32UvI/s1600/IMG_02042.jpg


E=mv^1が正しいとすれば、二番目の重りを一番目の二倍の速度で落とす場合、土に沈む深さも二倍になる。速度が
三倍ならば、深さも三倍になるはずだ。が、スフラーフェサンデの得た結果は違った。小さな真鍮の球を、前に落
としたときの二倍の速度で落としたところ、球は土の四倍の深さの穴を作ったのだ。速度を三倍にすると、深さは
九倍になった。

やがて、エネルギーはmv^2に等しいと考えるのが物理学者の常となった。ヴォルテールは恋人の死後にその説(も
ともと宿敵のライプニッツのものなのに)の普及に貢献した。

デカルト=ニュートンの説と、ライプニッツの説をカントは調停しようとした(『活力測定考』)。その考察は
ライプニッツを貶めるものだったが、それはカントがライプニッツを理解しなかったためである。

とはいえライプニッツにも不理解の責任の一端はある。わかり易い論文を書かなかった〜ニュートンの慣性の法則
を取り入れず、潜在的な力を死力、さらに加速度として現性化する力を活力と名付けたが、(形而上学を知的化す
るもので)一般には理解し難かった。

1:49 午後  
Blogger yoji said...


14世紀、フランスのニコール・オレムは加速度運動の解析に成功した(『思想の中の数学的構造』山下正男p205)。
以下の図で,tは時間(extensio-外延量)、距離S割る時間tつまりS/t=vは速度(intensio-内包量)をあらわす。

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三角形、S(=1/2vt)の面積で距離を表す(歴史的には微分積分の萌芽だ)。
加速度をaとするとv=atとなり、結局、S=1/2at^2となる。
運動量をmvとすると、運動エネルギーは1/2mv^2であらわされる。

ちなみに、この運動をめぐる認識の差異はライプニッツとデカルト派で論争になった。カントは初期論考
『活力測定考』(1746)でライプニッツ的な形而上学的視点を重視しながらもその不備を指摘することでデカ
ルト派(mv)とライプニッツ(mv^2)の両者を調停しようとしたのだ(多くの研究者はそれが失敗に終わったと考え
ているが)。

さて図の説明に戻るなら、vはS^(t-1)であらわされるから結局それらの物理量はすべて長さ(S)、時間(t)、質料(m)とい
う3つの次元から掛け算という演算だけで順次組み立てられている。

山下正男は『思想の中の数学的構造』において、ヘーゲルがこれらを展開しきれなかったと指摘したが、『活力測定考』
以降のカントはこれらを展開し得たと言えるのではないか?
要するに、ライプニッツが指摘したような高い所にある物体の運動エネルギーを換算する作業を、カントは分析論の展開、
つまり「質」の検証の中で行っていると言えるのだ。

1:51 午後  
Blogger yoji said...

 
  s=vt とは書かないと思ったのですが、調べてみると、初等の運動の式では、距離に「s」を使うようです。
 
  この「s」は、space のsだと思うのですが、それを裏付ける資料というか、典拠が見つかりません。distance か、stance, また span の「s」の可能性もあります。また、state, status, static の可能性もありますが、やはり、space だと思います。典拠を捜してみましょう。
 
good 0件通報する
この回答へのお礼
回答を読ませていただき、ひとつずつ辞書を引いていたら、経路積分の場合にも経路にsを用いることを思い出しました。
とするとspanのsの可能性が高いように思えます。
でもやっぱり証拠(?)がないですよね。
典拠を探してみようと思います。
本当にありがとうございます。

span square?

1:59 午後  
Blogger yoji said...


14世紀、フランスのニコール・オレムは加速度運動の解析に成功した(『思想の中の数学的構造』山下正男p205)。
以下の図で,tは時間(extensio-外延量)、距離S割る時間tつまりS/t=vは速度(intensio-内包量)をあらわす。

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三角形、S(=1/2vt)の面積で距離を表す(歴史的には微分積分の萌芽だ)。
加速度をaとするとv=atとなり、結局、S=1/2at^2となる。
運動量をmvとすると、運動エネルギーは1/2mv^2であらわされる。

ちなみに、この運動をめぐる認識の差異はライプニッツとデカルト派で論争になった。カントは初期論考
『活力測定考』(1746)でライプニッツ的な形而上学的視点を重視しながらもその不備を指摘することでデカ
ルト派(mv)とライプニッツ(mv^2)の両者を調停しようとしたのだ(多くの研究者はそれが失敗に終わったと考え
ているが)。

物理量はすべて長さ(S)、時間(t)、質料(m)という三項で構成される


「F= m a」と「E=mv^2」
現在、速度vに加速度v=atを加えることで運動量mvと運動エネルギーmv^2の関係は(数式上)説明できる。
しかし、歴史的には運動法則から単純にエネルギーを考える人びとを説得するには長い時間がかかった。

ニュートンの説( 「F= m a」をエネルギーにそのまま適用する説)だと同型トラック二台が正面衝突すると、双方
の車が有していたエネルギーは全て消失したことになる(ボダニス『E=mc^2』邦訳74−5頁。以下は同書の要約)。

しかし、ライプニッツはエネルギーが増加すると考えた。消失せず、金属片を跳ね回らせたり…、騒乱はいつまでも
続く…(エネルギー保存の法則)。

デュ・シャトレ夫人(ライプニッツの宿敵ヴォルテールの恋人)が両者の違いに疑問をもったが、彼女が求める証拠
を、その仲間のオランダ人のウィレム・スフラーフェサンデ(en:wiki)がおこなっていた、重りを柔らかい土の上に落とす実験
の中に見出した。
http://4.bp.blogspot.com/-VF_7mlBK9fs/UNBxdKQRTCI/AAAAAAAAPwY/I7hX_g32UvI/s1600/IMG_02042.jpg


E=mv^1が正しいとすれば、二番目の重りを一番目の二倍の速度で落とす場合、土に沈む深さも二倍になる。速度が
三倍ならば、深さも三倍になるはずだ。が、スフラーフェサンデの得た結果は違った。小さな真鍮の球を、前に落
としたときの二倍の速度で落としたところ、球は土の四倍の深さの穴を作ったのだ。速度を三倍にすると、深さは
九倍になった。

やがて、エネルギーはmv^2に等しいと考えるのが物理学者の常となった。ヴォルテールは恋人の死後にその説(も
ともと宿敵のライプニッツのものなのに)の普及に貢献した。

デカルト=ニュートンの説と、ライプニッツの説をカントは調停しようとした(『活力測定考』)。その考察は
ライプニッツを貶めるものだったが、それはカントがライプニッツを理解しなかったためである。

とはいえライプニッツにも不理解の責任の一端はある。わかり易い論文を書かなかった〜ニュートンの慣性の法則
を取り入れず、潜在的な力を死力、さらに加速度として現性化する力を活力と名付けたが、(形而上学を知的化す
るもので)一般には理解し難かった。

5:33 午後  
Blogger yoji said...


14世紀、フランスのニコール・オレムは加速度運動の解析に成功した(『思想の中の数学的構造』山下正男p205)。
以下の図で,tは時間(extensio-外延量)、距離S割る時間tつまりS/t=vは速度(intensio-内包量)をあらわす。

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三角形、S(=1/2vt)の面積で距離を表す(歴史的には微分積分の萌芽だ)。
加速度をaとするとv=atとなり、結局、S=1/2at^2となる。
運動量をmvとすると、運動エネルギーは1/2mv^2であらわされる。

ちなみに、この運動をめぐる認識の差異はライプニッツとデカルト派で論争になった。カントは初期論考
『活力測定考』(1746)でライプニッツ的な形而上学的視点を重視しながらもその不備を指摘することでデカ
ルト派(mv)とライプニッツ(mv^2)の両者を調停しようとしたのだ(多くの研究者はそれが失敗に終わったと考え
ているが)。

(図に戻るなら物理量はすべて長さ(S)、時間(t)、質料(m)という三項で構成される)

「F= m a」と「E=mv^2」
現在、速度vに加速度v=atを加えることで運動量mvと運動エネルギーmv^2の関係は(数式上)説明できる。
しかし、歴史的には運動法則から単純にエネルギーを考える人びとを説得するには長い時間がかかった。

ニュートンの説( 「F= m a」をエネルギーにそのまま適用する説)だと同型トラック二台が正面衝突すると、双方
の車が有していたエネルギーは全て消失したことになる(ボダニス『E=mc^2』邦訳74−5頁。以下は同書の要約)。

しかし、ライプニッツはエネルギーが増加すると考えた。消失せず、金属片を跳ね回らせたり…、騒乱はいつまでも
続く…(エネルギー保存の法則)。

デュ・シャトレ夫人(ライプニッツの宿敵ヴォルテールの恋人)が両者の違いに疑問をもったが、彼女が求める証拠
を、その仲間のオランダ人のウィレム・スフラーフェサンデがおこなっていた、重りを柔らかい土の上に落とす実験
の中に見出した。
http://4.bp.blogspot.com/-VF_7mlBK9fs/UNBxdKQRTCI/AAAAAAAAPwY/I7hX_g32UvI/s1600/IMG_02042.jpg


E=mv^1が正しいとすれば、二番目の重りを一番目の二倍の速度で落とす場合、土に沈む深さも二倍になる。速度が
三倍ならば、深さも三倍になるはずだ。が、スフラーフェサンデの得た結果は違った。小さな真鍮の球を、前に落
としたときの二倍の速度で落としたところ、球は土の四倍の深さの穴を作ったのだ。速度を三倍にすると、深さは
九倍になった。

やがて、エネルギーはmv^2に等しいと考えるのが物理学者の常となった。ヴォルテールは恋人の死後にその説(も
ともと宿敵のライプニッツのものなのに)の普及に貢献した。

デカルト=ニュートンの説と、ライプニッツの説をカントは調停しようとした(『活力測定考』)。その考察は
ライプニッツを貶めるものだったが、それはカントがライプニッツを理解しなかったためである。

とはいえライプニッツにも不理解の責任の一端はある。わかり易い論文を書かなかった〜ニュートンの慣性の法則
を取り入れず、潜在的な力を死力、さらに加速度として現性化する力を活力と名付けたが、(形而上学を知的化す
るもので)一般には理解し難かった。

5:47 午後  
Blogger yoji said...


14世紀、フランスのニコール・オレムは加速度運動の解析に成功した(『思想の中の数学的構造』山下正男p205)。
以下の図で,tは時間(extensio-外延量)、距離S割る時間tつまりS/t=vは速度(intensio-内包量)をあらわす。

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三角形、S(=1/2vt)の面積で距離を表す(歴史的には微分積分の萌芽だ)。
加速度をaとするとv=atとなり、結局、S=1/2at^2となる。
運動量をmvとすると、運動エネルギーは1/2mv^2であらわされる。

ちなみに、この運動をめぐる認識の差異はライプニッツとデカルト派で論争になった。カントは初期論考
『活力測定考』(1746)でライプニッツ的な形而上学的視点を重視しながらもその不備を指摘することでデカ
ルト派(mv)とライプニッツ(mv^2)の両者を調停しようとしたのだ(多くの研究者はそれが失敗に終わったと考え
ているが)。
(図に話を戻すなら物理量はすべて長さ(S)、時間(t)、質料(m)う3つの次元から掛け算という演算だけで順次組み
立てられている。)


「F= ma」と「E=mv^2」

現在、速度vに加速度v=atを加えることで運動量mvと運動エネルギーmv^2の関係は(数式上)説明できる。
しかし、歴史的には運動法則から単純にエネルギーを考える人びとを説得するには長い時間がかかった。

ニュートンの説( 「F=ma」をエネルギーにそのまま適用する説)だと同型トラック二台が正面衝突すると、双方
の車が有していたエネルギーは全て消失したことになる(ボダニス『E=mc^2』邦訳72~5頁。以下は同書の要約)。

しかし、ライプニッツはエネルギーが「増加」すると考えた。消失せず、金属片を跳ね回らせたり…、騒乱はいつまでも
続く…(エネルギー保存の法則)。

デュ・シャトレ夫人(ライプニッツの宿敵ヴォルテールの恋人)が両者の違いに疑問をもったが、彼女が求める証拠
を、その仲間のオランダ人のウィレム・スフラーフェサンデがおこなっていた、重りを柔らかい土の上に落とす実験
の中に見出した。
http://4.bp.blogspot.com/-VF_7mlBK9fs/UNBxdKQRTCI/AAAAAAAAPwY/I7hX_g32UvI/s1600/IMG_02042.jpg


E=mv^1が正しいとすれば、二番目の重りを一番目の二倍の速度で落とす場合、土に沈む深さも二倍になる。速度が
三倍ならば、深さも三倍になるはずだ。が、スフラーフェサンデの得た結果は違った。小さな真鍮の球を、前に落
としたときの二倍の速度で落としたところ、球は土の四倍の深さの穴を作ったのだ。速度を三倍にすると、深さは
九倍になった。

やがて、エネルギーはmv^2に等しいと考えるのが物理学者の常となった。ヴォルテールは恋人の死後にその説(も
ともと宿敵のライプニッツのものなのに)の普及に貢献した。

前述したようにデカルト=ニュートンの説と、ライプニッツの説をカントは調停しようとした(『活力測定考』)。
その考察はライプニッツを貶めるものだったが、それはカントがライプニッツを理解しなかったためである。

とはいえライプニッツにも不理解の責任の一端はある。わかり易い論文を書かなかった〜ニュートンの慣性の法則
を取り入れず、潜在的な力を死力、さらに加速度として現性化する力を活力と名付けたが、(形而上学を知的化す
るもので)一般には理解し難かった。

7:06 午後  
Blogger yoji said...


14世紀、フランスのニコール・オレムは加速度運動の解析に成功した(『思想の中の数学的構造』山下正男p205)。
以下の図で,tは時間(extensio-外延量)、距離S割る時間tつまりS/t=vは速度(intensio-内包量)をあらわす。

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三角形、S(=1/2vt)の面積で距離を表す(歴史的には微分積分の萌芽だ)。
加速度をaとするとv=atとなり、結局、S=1/2at^2となる。
運動量をmvとすると、運動エネルギーは1/2mv^2であらわされる。

ちなみに、この運動をめぐる認識の差異はライプニッツとデカルト派で論争になった。カントは初期論考
『活力測定考』(1746)でライプニッツ的な形而上学的視点を重視しながらもその不備を指摘することでデカ
ルト派(mv)とライプニッツ(mv^2)の両者を調停しようとしたのだ(多くの研究者はそれが失敗に終わったと考え
ているが)。
(図に話を戻すなら物理量はすべて長さ(S)、時間(t)、質料(m)う3つの次元から掛け算という演算だけで順次組み
立てられている。)


「F= ma」と「E=mv^2」

現在、速度vに加速度v=atを加えることで運動量mvと運動エネルギーmv^2の関係は(数式上)説明できる。
しかし、歴史的には運動法則から単純にエネルギーを考える人びとを説得するには長い時間がかかった。

ニュートンの説( 「F=ma」をエネルギーにそのまま適用する説)だと同型トラック二台が正面衝突すると、双方
の車が有していたエネルギーは全て消失したことになる(ボダニス『E=mc^2』邦訳72~5頁。以下は同書の要約)。

しかし、ライプニッツはエネルギーが「増加」すると考えた。消失せず、金属片を跳ね回らせたり…、騒乱はいつまでも
続く…(エネルギー保存の法則)。

デュ・シャトレ夫人(ライプニッツの宿敵ヴォルテールの恋人)が両者の違いに疑問をもったが、彼女が求める証拠
を、その仲間のオランダ人のウィレム・スフラーフェサンデがおこなっていた、重りを柔らかい土の上に落とす実験
の中に見出した。
http://4.bp.blogspot.com/-VF_7mlBK9fs/UNBxdKQRTCI/AAAAAAAAPwY/I7hX_g32UvI/s1600/IMG_02042.jpg


E=mv^1が正しいとすれば、二番目の重りを一番目の二倍の速度で落とす場合、土に沈む深さも二倍になる。速度が
三倍ならば、深さも三倍になるはずだ。が、スフラーフェサンデの得た結果は違った。小さな真鍮の球を、前に落
としたときの二倍の速度で落としたところ、球は土の四倍の深さの穴を作ったのだ。速度を三倍にすると、深さは
九倍になった。

やがて、エネルギーはmv^2に等しいと考えるのが物理学者の常となった。ヴォルテールは恋人の死後にその説(も
ともと宿敵のライプニッツのものなのに)の普及に貢献した。

前述したようにデカルト=ニュートンの説と、ライプニッツの説をカントは調停しようとした(『活力測定考』)。
その考察はライプニッツを貶めるものだったが、それはカントがライプニッツを理解しなかったためである。

とはいえライプニッツにも不理解の責任の一端はある。わかり易い論文を書かなかった〜ニュートンの慣性の法則
を取り入れず、潜在的な力を死力、さらに加速度として現性化する力を活力と名付けたが、(形而上学を知的化す
るもので)一般には理解し難かった。
(ドゥルーズはこの問題に『基礎づけるとは何か』邦訳93~6,注175~6頁で言及している)

7:48 午後  
Blogger yoji said...


14世紀、フランスのニコール・オレムは加速度運動の解析に成功した(『思想の中の数学的構造』山下正男p205)。
以下の図で,tは時間(extensio-外延量)、距離S割る時間tつまりS/t=vは速度(intensio-内包量)をあらわす。

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三角形、S(=1/2vt)の面積で距離を表す(歴史的には微分積分の萌芽だ)。
加速度をaとするとv=atとなり、結局、S=1/2at^2となる。
運動量をmvとすると、運動エネルギーは1/2mv^2であらわされる。

ちなみに、この運動をめぐる認識の差異はライプニッツとデカルト派で論争になった。カントは初期論考
『活力測定考』(1746)でライプニッツ的な形而上学的視点を重視しながらもその不備を指摘することでデカ
ルト派(mv)とライプニッツ(mv^2)の両者を調停しようとしたのだ(多くの研究者はそれが失敗に終わったと考え
ているが)。
(図に話を戻すなら物理量はすべて長さ(S)、時間(t)、質料(m)う3つの次元から掛け算という演算だけで順次組み
立てられている。)


「F= ma」と「E=mv^2」

現在、速度vに加速度v=atを加えることで運動量mvと運動エネルギーmv^2の関係は(数式上)説明できる。
しかし、歴史的には運動法則から単純にエネルギーを考える人びとを説得するには長い時間がかかった。

ニュートンの説( 「F=ma」をエネルギーにそのまま適用する説)だと同型トラック二台が正面衝突すると、双方
の車が有していたエネルギーは全て消失したことになる(ボダニス『E=mc^2』邦訳72~5頁。以下は同書の要約)。

しかし、ライプニッツはエネルギーが「増加」すると考えた。消失せず、金属片を跳ね回らせたり…、騒乱はいつまでも
続く…(エネルギー保存の法則)。

デュ・シャトレ夫人(ライプニッツの宿敵ヴォルテールの恋人)が両者の違いに疑問をもったが、彼女が求める証拠
を、その仲間のオランダ人のウィレム・スフラーフェサンデがおこなっていた、重りを柔らかい土の上に落とす実験
の中に見出した。
http://4.bp.blogspot.com/-VF_7mlBK9fs/UNBxdKQRTCI/AAAAAAAAPwY/I7hX_g32UvI/s1600/IMG_02042.jpg


E=mv^1が正しいとすれば、二番目の重りを一番目の二倍の速度で落とす場合、土に沈む深さも二倍になる。速度が
三倍ならば、深さも三倍になるはずだ。が、スフラーフェサンデの得た結果は違った。小さな真鍮の球を、前に落
としたときの二倍の速度で落としたところ、球は土の四倍の深さの穴を作ったのだ。速度を三倍にすると、深さは
九倍になった。

やがて、エネルギーはmv^2に等しいと考えるのが物理学者の常となった。ヴォルテールは恋人の死後にその説(も
ともと宿敵のライプニッツのものなのに)の普及に貢献した。

前述したようにデカルト=ニュートンの説と、ライプニッツの説をカントは調停しようとした(『活力測定考』)。
その考察はライプニッツを貶めるものだったが、それはカントがライプニッツを理解しなかったためである。

とはいえライプニッツにも不理解の責任の一端はある。わかり易い論文を書かなかった〜ニュートンの慣性の法則
を取り入れず、潜在的な力を死力、さらに加速度として現性化する力を活力と名付けたが、(形而上学を知的化す
るもので)一般には理解し難かった。
(ドゥルーズはこの問題に『基礎づけるとは何か』邦訳93~6,注175~6頁で言及している)

《…ライプニッツにとってMV^2が意味しているのは、延長を越えたところに力があ
るということだ。運動している物体は、その瞬間 において異なっている。なぜならば、
運動するこの物体は未来の諸瞬間の理由として、より遠くに行く力を含んでいるからであ
る。力は未来の諸々の状態の原理を含んでいる。ライプニッツは微積分法によらなければ、
mv^2を発見することはできなかった。静止は無限小の速度でしかなく、二つの物体の間には
差異がある。静止は運動の特殊なケースである。したがって、力と未来の諸状態との関係
は微分的、積分的なのである。(1=1/2+1/4 + 1/8…)
ライプニッツにとってのデカルトの大きな誤りとは、延長と実体を混同したことである。
デカルトは最も根本的なものである力を考慮しなかった。カントのそれとは大分異なるに
せよ、ライプニッツをもって現象についての重要な理論が創設される。》
邦訳ドゥルーズ基礎 95~6頁

8:03 午後  
Blogger yoji said...

mvメモ


14世紀、フランスのニコール・オレムは加速度運動の解析に成功した(『思想の中の数学的構造』山下正男p205)。
以下の図で,tは時間(extensio-外延量)、距離S割る時間tつまりS/t=vは速度(intensio-内包量)をあらわす。

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三角形、S(=1/2vt)の面積で距離を表す(歴史的には微分積分の萌芽だ)。
加速度をaとするとv=atとなり、結局、S=1/2at^2となる。
運動量をmvとすると、運動エネルギーは1/2mv^2であらわされる。

物理量はすべて長さ(S)、時間(t)、質料(m)の3つの次元から掛け算という
演算だけで順次組み
立てられている。


「F= ma」と「E=mv^2」
この運動をめぐる認識の差異はライプニッツとデカルト派で論争になった。
デュ・シャトレ夫人(ライプニッツの宿敵ヴォルテールの恋人)が両者の違いに疑問をもったが、彼女が求める証拠
を、その仲間のオランダ人のウィレム・スフラーフェサンデがおこなっていた、重りを柔らかい土の上に落とす実験
の中に見出した。
http://4.bp.blogspot.com/-VF_7mlBK9fs/UNBxdKQRTCI/AAAAAAAAPwY/I7hX_g32UvI/s1600/IMG_02042.jpg

E=mv^1が正しいとすれば、二番目の重りを一番目の二倍の速度で落とす場合、土に沈む深さも二倍になる。速度が
三倍ならば、深さも三倍になるはずだ。が、スフラーフェサンデの得た結果は違った。小さな真鍮の球を、前に落
としたときの二倍の速度で落としたところ、球は土の四倍の深さの穴を作ったのだ。速度を三倍にすると、深さは
九倍になった。
やがて、エネルギーはmv^2に等しいと考えるのが物理学者の常となった。ヴォルテールは恋人の死後にその説(も
ともと宿敵のライプニッツのものなのに)の普及に貢献した。

デカルト=ニュートンの説とライプニッツの説をカントは調停しようとした(『活力測定考』)。
その考察はライプニッツを貶めるものだったが、それはカントがライプニッツを理解しなかったためである。
とはいえライプニッツにも不理解の責任の一端はある。わかり易い論文を書かなかった〜ニュートンの慣性の法則
を取り入れず、潜在的な力を死力、さらに加速度として現性化する力を活力と名付けたが、(形而上学を知的化す
るもので)一般には理解し難かった。
ちなみにドゥルーズはこの問題に『基礎づけるとは何か』邦訳93~6,注175~6頁で言及している。

《…ライプニッツにとってMV^2が意味しているのは、延長を越えたところに力があ
るということだ。…ライプニッツは微積分法によらなければ、mv^2を発見することは
できなかった。…》
邦訳ドゥルーズ『基礎 …』95頁


8:13 午後  
Blogger yoji said...


14世紀、フランスのニコール・オレムは加速度運動の解析に成功した(『思想の中の数学的構造』山下正男p205)。
以下の図で,tは時間(extensio-外延量)、距離S割る時間tつまりS/t=vは速度(intensio-内包量)をあらわす。

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三角形、S(=1/2vt)の面積で距離を表す(歴史的には微分積分の萌芽だ)。
加速度をaとするとv=atとなり、結局、S=1/2at^2となる。
運動量をmvとすると、運動エネルギーは1/2mv^2であらわされる。
(図で物理量はすべて長さ(S)、時間(t)、質料(m)の3つの次元から掛け算という
演算だけで順次組み
立てられている。)

「F= ma」と「E=mv^2」…力とエネルギー…
この運動をめぐる認識の差異はライプニッツとデカルト派で論争になった。
デュ・シャトレ夫人(ライプニッツの宿敵ヴォルテールの恋人)が両者の違いに疑問をもったが、彼女が求める証拠
を、その仲間のオランダ人のウィレム・スフラーフェサンデがおこなっていた、重りを柔らかい土の上に落とす実験
の中に見出した。
http://4.bp.blogspot.com/-VF_7mlBK9fs/UNBxdKQRTCI/AAAAAAAAPwY/I7hX_g32UvI/s1600/IMG_02042.jpg

E=mv^1が正しいとすれば、二番目の重りを一番目の二倍の速度で落とす場合、土に沈む深さも二倍になる。速度が
三倍ならば、深さも三倍になるはずだ。が、スフラーフェサンデの得た結果は違った。小さな真鍮の球を、前に落
としたときの二倍の速度で落としたところ、球は土の四倍の深さの穴を作ったのだ。速度を三倍にすると、深さは
九倍になった。
やがて、エネルギーはmv^2に等しいと考えるのが物理学者の常となった。ヴォルテールは恋人の死後にその説(も
ともと宿敵のライプニッツのものなのに)の普及に貢献した。

デカルト=ニュートンの説とライプニッツの説をカントは調停しようとした(『活力測定考』)。
その考察はライプニッツを貶めるものだったが、それはカントがライプニッツを理解しなかったためである。
とはいえライプニッツにも不理解の責任の一端はある。わかり易い論文を書かなかった〜ニュートンの慣性の法則
を取り入れず、潜在的な力を死力、さらに加速度として現性化する力を活力と名付けたが、(形而上学を知的化す
るもので)一般には理解し難かった。
ちなみにドゥルーズはこの問題に『基礎づけるとは何か』邦訳93~6,注175~6頁で言及している。

《…ライプニッツにとってMV^2が意味しているのは、延長を越えたところに力があ
るということだ。…ライプニッツは微積分法によらなければ、mv^2を発見することは
できなかった。…》
邦訳ドゥルーズ『基礎 …』95頁


8:15 午後  
Blogger yoji said...


https://www.amazon.co.jp/dp/B002HLQM8E/


アストレとセラドン 我が至上の愛 [DVD]
アンディー・ジレ (出演), ステファニー・クレヤンクール (出演), エリック・ロメール (監督) 形式: DVD
5つ星のうち 4.5 2件のカスタマーレビュー


内容紹介
君が望むなら、僕は君の元を去る。君が望むなら、僕は、君に触れたい。 5世紀フランスを舞台に、伝説の純愛物語が現代に甦る- 心から愛する人に誤解され、別れを告げられたら…… 身を引くのが愛なのか?それとも身の潔白を晴らすまで説得するのが真実の愛なのか?人を愛するとは何か?愛とは? この普遍的かつ永遠のテーマを、フランス映画界の巨匠エリック・ロメールが、彼ならではのユーモアと官能を織り交ぜて描いた『我が至上の愛~アストレとセラドン~』。小鳥のさえずりとともに、時の流れを忘れるような緩やかで軽やかなリズムで綴られる、陽光の中で輝く若い恋人たちの瑞々しくひたむきなこの愛の物語は、観る者に人を愛することの喜びを感じさせてくれる。 ローマ時代―純粋な愛を育んでいた羊飼いのアストレ(ステファニー・クレヤンクール)とセラドン(アンディー・ジレ)。しかしアストレは、セラドンが浮気をしたと思い込み、「私の前にもう二度と現れないで欲しい」と拒絶する。 絶望したセラドンは入水自殺を図るが、ニンフ(精霊)に助けられ、死を逃れていた―。 その端麗なる容姿からマダムに気に入られ、村へ戻ることを許されないセラドン。彼を兄のように慕うレオニード(セシル・カッセル)の計らいでマダムの城から脱出するが、アストレの「二度と現れないで欲しい」という言葉を忠実に守り、彼は村には戻らずに森で暮らし始める。そんなセラドンを不憫に思ったレオニードとドルイド僧が、アストレに会う機会を彼に与えようとするが―。 愛するがゆえに命をも顧みないひたむきさを持ちながらも、容姿の美しさでニンフ(精霊)たちを虜にするセラドンを演じるのは、モデル出身でフランス映画界の期待の新星アンディー・ジレ。そして、若々しく健康的な魅力あふれるアストレには、ベルギーの大作家マルグリット・ユルスナールを大叔母に持ち、本作が初の映画出演かつ主演となるステファニー・クレイヤンクールが大抜擢された。彼女はもともと歌手志望で、劇中ではその歌声も披露している。

内容(「キネマ旬報社」データベースより)
エリック・ロメールが5世紀のフランスを舞台に描いた純愛物語。ローマ時代、純粋な愛を育んでいた羊飼いのアストレとセラドン。しかし、アストレはセラドンが浮気をしたと思い込み、「私の前にもう二度と現れないでほしい」と拒絶する。

商品の説明をすべて表示する

9:27 午後  
Blogger yoji said...

(略)

 ここで用いられた論法が一種の対角線論法であることに十分注意を払ってもらいたい。
一変数の命題をすべて一列に並べ、f1(y) ,f2(y) ,・・・とし f1(1) , f1(2) ,・・・f n(n),
・・・を考察するというのはまさしく対角線論法そのものである。カントールによって
集合の階層構造を引き出すために考案された対角線論法は,集合論内のパラドックスと
絡まりあいながら、ゲーデルによる決定不能命題の発見という20世紀数最高の結果の
一つを生み出すにいたったのである。

(『はじめての現代数学』瀬山士郎著、講談社現代新書p161-163より。早川文庫より復刊)

瀬山氏は対角線論法の後に不完全性定理のもうひとつの肝であるゲーデル数(ゲーデルに
よる素因数分解を使ったコード化)について説明している。

本題は、(瀬山氏も触れいてないのだが)このゲーデル数のアイデアがライプニッツの
結合法論そのものであるということだ。

これはあまり言及されないが、もっと知られていい。

「われわれはその事物によって他の事物を表示するために素数を使用するのである。」

(『普遍的記号法の原理』Elementa Characteristicae universalis ,1679「計算の原理」1679、
邦訳ライプニッツ著作集1、64-5頁より)

ゲーデルは生前,ライプニッツ研究ばかりしている時期があって友人のエルデシュに怒ら
れたこともあるようだが(「君が学者になったのは皆が君の研究をするためであって、
君がライプニッツの研究をするためではない」)、ゲーデルの功績は先人の研究を受け
継いだものでもあったのだ。

カントール(対角線論法)×ライプニッツ(結合法論)×ユークリッド(背理法)=ゲーデル(不完全性定理)

ということになるだろうか。

10:53 午前  
Blogger yoji said...

18 テンプレ模索中[sage] 2018/12/08(土) 03:55:34.99 ID:0
ライプニッツ再評価はどう考えてもラッセルの『ライプニッツ研究』が重要な位置を占めている。
邦訳復刊が待たれる。

ラッセル『ライプニッツの哲学』序文 - バートランド・ラッセルのポータルサイト
http://russell-j.com/cool/03T-PREF.HTM

何故に彼は,モナドが,相互に作用し得ないと考えたか,如何にして識別し得ざるものの同一性を
信ずる様になったか,充足理由の法則によって彼は何を意味するか――これらのみならず他の
多くの疑問はどうしても解かねばならぬものと考えられたが,然し何もわからなかった。私は
――多くの他の人達が感じている如く――モナド論は,恐らく筋道が通っているが然し,全く
勝手な,お伽噺の一種であると感じたのである。この点に関して私は,「形而上学叙説」及び
アルノー宛の手紙を読んだ。俄に一条の光が,ライプニッツの哲学的大建築物のあらゆる最奥
の隅々に投げられたのである。私は,大建築の基礎がどの様にすえられているか,その上,如何に
して,その基礎から大建築の上部構造が視界に現われてくるかを見た。この表面上は気まぐれな
体系も二三の簡単な前提から演繹されうるものであり,それらの前提は,それらからライプニッツ
が引き出した結論を除けば,大低の哲学者でなくても,相当数の哲学者は,喜んで承認していたで
あろうと思われる。私に光明を投じたと思われる箇所は,他の人々にもやはり,その様に考えられるで
あろう事を望む事は,まんざら理由なきにしもあらずと思われる。

この様な訳で私は,当然の帰結として,此の様な箇所に含まれる説から始め,モナドの説を,少数の
前提からの厳重な演繹によって,出来るだけ明らかにする様努力して来た。かくして,当のモナドは,
解説の出発点に於いて,あらわれるのではなくして,推論の長い予備的な連鎖の後に於いて,
あらわれるのである。更に,かかる評価が正しいとするならば,ライプニッツの哲学者としての
価値は,在来の解説から帰結されるような価値とは問題にならぬ程,はるかに偉大であると言う事が
考えられねばならないと思うのである。

10:56 午前  
Blogger yoji said...


解析の元祖だから誤解されているがライプニッツのモナドは離散数学と親和性がある。
ドゥルーズはうまく説明している。

《ライプニッツは、欺かない神についてのデカルトの推論をかなり警戒し、これに不共可能性の
水準で新しい根拠を与えている。神は戯れるが、戯れの規則を与えるのだ(略)。この規則とは可
能世界は神が選んだ世界と不共可能的ならば、存在にたどりつくことがないということだ。ラ
イプニッツによれば*『アストレー』のような小説だけが、われわれにこのような不共可能的
(incompossible)なものの理念を与えるのである。》
(ドゥルーズ『襞 ライプニッツとバロック』邦訳単行本 110頁)

*(Lettre a Bourguet,decembre 1714)未邦訳

オノレ・デュルフェ作の『アストレ(ー)』は17世紀パリの貴婦人に流行ったロマン小説で、日本
では無名だが、今度エリック・ロメールによって(小説の一部が)映画化され2009年に公開された。
http://youtu.be/0JRwGGndvyk (日本語字幕つき予告編)

可能世界なるものがデカルトのような推論によって「本質」に回収されるのを嫌ったライプニッツが
小説(しかもラブストーリー)を念頭においていたというのは面白い。

ちなみにフーリエは『アストレ』からセラドニーCeladonieという概念を抽出し展開している。この
造語は精神的ないし感傷的な恋愛情念を意味するらしい。その精神的愛はフーリエの唱える共同体
では重要度を増すという。

ロメールの遺作『我が至上の愛 アストレとセラドン』予告編
https://youtu.be/0JRwGGndvyk
冒頭
https://youtu.be/vdj-P7m5fII
The Romance of Astrea And Celadon Scene 7.rmvb
https://youtu.be/edrJ5t20EzM
ラストシーン
https://youtu.be/iQCfj36X07c

6:16 午後  
Blogger yoji said...


解析の元祖だから誤解されているがライプニッツのモナドは離散数学と親和性がある。
ドゥルーズはうまく説明している。

《ライプニッツは、欺かない神についてのデカルトの推論をかなり警戒し、これに不共可能性の
水準で新しい根拠を与えている。神は戯れるが、戯れの規則を与えるのだ(略)。この規則とは可
能世界は神が選んだ世界と不共可能的ならば、存在にたどりつくことがないということだ。ラ
イプニッツによれば*『アストレー』のような小説だけが、われわれにこのような不共可能的
(incompossible)なものの理念を与えるのである。》
(ドゥルーズ『襞 ライプニッツとバロック』邦訳単行本 110頁)

*(Lettre a Bourguet,decembre 1714)未邦訳

オノレ・デュルフェ作の『アストレ(ー)』は17世紀パリの貴婦人に流行ったロマン小説で、日本
では無名だが、今度エリック・ロメールによって(小説の一部が)映画化され2009年に公開された。
http://youtu.be/0JRwGGndvyk (日本語字幕つき予告編)

可能世界なるものがデカルトのような推論によって「本質」に回収されるのを嫌ったライプニッツが
小説(しかもラブストーリー)を念頭においていたというのは面白い。

ロメールの遺作『我が至上の愛 アストレとセラドン』冒頭
https://youtu.be/vdj-P7m5fII
The Romance of Astrea And Celadon Scene 7
https://youtu.be/edrJ5t20EzM
ラストシーン
https://youtu.be/iQCfj36X07c

6:18 午後  
Blogger yoji said...


《…ライプニッツにとってMV^2が意味しているのは、延長を越えたところに力があ
るということだ。運動している物体は、その瞬間 において異なっている。なぜならば、
運動するこの物体は未来の諸瞬間の理由として、より遠くに行く力を含んでいるからであ
る。力は未来の諸々の状態の原理を含んでいる。ライプニッツは微積分法によらなければ、
mv^2を発見することはできなかった。静止は無限小の速度でしかなく、二つの物体の間には
差異がある。静止は運動の特殊なケースである。したがって、力と未来の諸状態との関係
は微分的、積分的なのである。(1=1/2+1/4 + 1/8…)
ライプニッツにとってのデカルトの大きな誤りとは、延長と実体を混同したことである。
デカルトは最も根本的なものである力を考慮しなかった。カントのそれとは大分異なるに
せよ、ライプニッツをもって現象についての重要な理論が創設される。》
邦訳ドゥルーズ基礎 95~6頁

10:55 午後  
Blogger yoji said...


解析の元祖だから誤解されているがライプニッツのモナドは離散数学と親和性がある。
ドゥルーズはうまく説明している。

《ライプニッツは、欺かない神についてのデカルトの推論をかなり警戒し、これに不共可能性の
水準で新しい根拠を与えている。神は戯れるが、戯れの規則を与えるのだ(略)。この規則とは可
能世界は神が選んだ世界と不共可能的ならば、存在にたどりつくことがないということだ。ラ
イプニッツによれば*『アストレー』のような小説だけが、われわれにこのような不共可能的
(incompossible)なものの理念を与えるのである。》
(ドゥルーズ『襞 ライプニッツとバロック』邦訳単行本 110頁)

*(Lettre a Bourguet,decembre 1714)未邦訳

オノレ・デュルフェ作の『アストレ(ー)』は17世紀パリの貴婦人に流行ったロマン小説で、日本
では無名だが、今度エリック・ロメールによって(小説の一部が)映画化され2009年に公開された。
http://youtu.be/0JRwGGndvyk (日本語字幕つき予告編)

可能世界なるものがデカルトのような推論によって「本質」に回収されるのを嫌ったライプニッツが
小説(しかもラブストーリー)を念頭においていたというのは面白い。

ロメールの遺作『我が至上の愛 アストレとセラドン』ダイジェスト
https://video.twimg.com/ext_tw_video/1072111220889550848/pu/vid/1280x720/Yl31BjQAdxM6hp-E.mp4

5:04 午前  
Blogger yoji said...


解析の元祖だから誤解されているがライプニッツのモナドは離散数学と親和性がある。
ドゥルーズはうまく説明している。

《ライプニッツは、欺かない神についてのデカルトの推論をかなり警戒し、これに不共可能性の
水準で新しい根拠を与えている。神は戯れるが、戯れの規則を与えるのだ(略)。この規則とは可
能世界は神が選んだ世界と不共可能的ならば、存在にたどりつくことがないということだ。ラ
イプニッツによれば*『アストレー』のような小説だけが、われわれにこのような不共可能的
(incompossible)なものの理念を与えるのである。》
(ドゥルーズ『襞 ライプニッツとバロック』邦訳単行本 110頁)

*(Lettre a Bourguet,decembre 1714)未邦訳
https://fr.m.wikisource.org/wiki/Livre:Leibniz_-_Die_philosophischen_Schriften_hg._Gerhardt_Band_3.djvu pp572~6

オノレ・デュルフェ作の『アストレ(ー)』は17世紀パリの貴婦人に流行ったロマン小説で、日本
では無名だが、今度エリック・ロメールによって(小説の一部が)映画化され2009年に公開された。
http://youtu.be/0JRwGGndvyk (日本語字幕つき予告編)

可能世界なるものがデカルトのような推論によって「本質」に回収されるのを嫌ったライプニッツが
小説(しかもラブストーリー)を念頭においていたというのは面白い。

ロメールの遺作『我が至上の愛 アストレとセラドン』ダイジェスト
https://video.twimg.com/ext_tw_video/1072111220889550848/pu/vid/1280x720/Yl31BjQAdxM6hp-E.mp4

10:51 午後  
Blogger yoji said...

http://www.geocities.co.jp/Technopolis/2061/book/leibniz/
ライプニッツ/微積分の発見

 ライプニッツは、下記のような算術三角形・調和三角形を研究しました。 算術三角形のn番目の対角線
上の数の逆数をnで割ったものと調和三角形のn番目の対角線上の数が一致する、などです。この研究が、
後の微分と積分と関係の発見に結びついたと思われます。

http://www.geocities.co.jp/Technopolis/2061/book/leibniz/image003.jpg
サムネイル読み込み中···

http://www.geocities.co.jp/Technopolis/2061/book/leibniz/image004.jpg
サムネイル読み込み中···


ライプニッツは、パスカルの「四分円の正弦に関する論文」・バローの「接線を求める方法」から
特性三角形の類似点を発見しました。パスカルは特性三角形を求積問題に使い、バローは特性三角形を
接線問題に使ったからです。そして、曲線の接線は縦の高さと横の幅が無限に小さくなったときの比で
あること、求積法は無限に細い長方形の総和であることに気付いたことです。ちょうど算術三角形・調
和三角形で、和と差が正反対の位置関係であるように、接線問題と求積問題が互いに正反対の位置関
係、ということです。

モナド=1/∞ ?

12:41 午前  
Blogger yoji said...

微分積分の誕生
http://www.wisdomtex.com/Leibniz/1.html
 パスカルは晩年に円錐曲線やサイクロイドの面積、重心、回転体の体積を求めるために、「無限小線分の総和」および「無限小面分の総和」としての定積分を 捉え、独自に無限小解析の基礎を確立していた。パスカルは、半径aの円の4分円周をx軸の周りに回転してできる半球の表面積が、2πa2だという解を導び いていた。ライプニッツは1673年春に、パスカルが相似の三角形を使って計算を進めたことに着目し、相似の関係y ds=n dxが「無限小の総和」を 表していることに気づき、微積分を発見する糸口をつかんだ。
 ライプニッツが微分記号と積分記号を導入したのは1675年だが、この時点で∫y ds=∫n dxの両辺に2πを掛けて得られる2π∫y ds=2π∫n dxを、円x2+y2=a2に応用してn=aになると、2π∫y ds=2π∫a dx=2πax2になることに気づいていた。さらに、ライプニッツは、パスカルのサイクロイドの切片の求積から、無限小幾何学における最初の重要な定理を 発見するヒントを得た。これは積分を有理関数の積分に置換し、被積分関数を級数で表し、項別に積分することによって値を求めるので、「変換定理」と呼ばれ ることになった。ライプニッツは1674年の夏に、ホイヘンスとオルデンブルグにこの発見を伝えた。
 ライプニッツは、積分変換公式を用いて、円(x-1)2+y2=1の4半分の面積を求めた。

π/4=1─1/3+1/5ー1/7+1/9ー1/11+・・・、

 π/4は、半径が1/2の円の面積になる。「=」の右側は無限級数で、1を分子にする奇数の分母で構成された分数を交互に加減することによって、無限の 全体を有限の部分により明示している。この加減算は無限に続くが、計算をどこで辞めても、正解に近い値を得ることができる。級数の項の数が10だと、小数 点8桁の値は0.76045990になり、1,000万の項があれば0.78539816というπ/4の本当の値になる。ライプニッツは、面積と変化率を 求める数学的操作が、互いに逆の関係にあり、加算と減算あるいは乗算と除算が互いに逆になることと同じだと理解した。
 π/4=1─1/3+1/5ー1/7+1/9ー1/11+・・・とπ/8=1/(1・3)+1/(5・7)+1/(9・11)+・・・は同じことだが、 ライプニッツはブラウンカーによる双曲線の求積を、級数1/(2・4)+1/(6・8)+1/(10・12)+・・・=1/4log2とみなし、円と双曲 線の関係を見いだした。
 ライプニッツは、円や双曲線の面積を定積分に還元し、それを無限級数の形で近似値を求める方法を示すことができた。これによって面積を、幾何学的な方法 ではなく、算術的方法で機械的に求めることが可能になった。
 ライプニッツは、そうして基本概念を方程式で表現する適切な記号を、これらの計算のために考えるようになった。ライプニッツは1675年10月に、「微 分(differential)」と「積分(integral)」の言葉を導入し、無限小の量を示すために、差分を表す記号としてd (difference)を選んだ。そして、無限小どうしの比を、dy/dxで表現した。無限小はどんな正数よりも小さく、0よりは幾分大きい。dxは、 無限に小さいxの断片だということになる。
 ライプニッツは1675年10月の原稿で、曲線を含む図形の面積を「非常に細い長方形の面積y・dxを、端から端までつめ込んで、全部の面積の和を求め る」という操作を表現するために、Sを縦長にした記号を使うことにした。そうして、∫y・dxという公式が生まれた。積分の∫はラテン語の和を表す summaの頭文字である。
 ライプニッツは1673年以来、曲線を含む図形の面積、曲線の長さ、重心の求め方と逆接線問題について研究を重ねていた。そして、1675年11月から 新しい方法で様々な問題に取り組み、接線の決定法さえ与えられれば、求積法の全てをひとつの論証法で証明できることを確かめた。(リンク:ライプニッツの 微分積分)

12:44 午前  
Blogger yoji said...

数列の不思議 メモ

円周率についてのライプニッツの公式

 最初に初項が 1の次のような数列
  1 , 0 , -1 , 0 , 1 , 0 , -1 , 0 , 1 , …
 を考えましょう 。この数列は 1から始まり 、偶数番目の項は
0で奇数番目の項は 1と- 1を交互に繰り返します 。ちょっと変
わった数列ですが 、周期性から三角関数が関係しているのでは 、
と見抜けるでしょうか 。一般項は です 。
 この数列の母関数は 、

 ですが 、

瀬山 数列の不思議



ライプニッツ級数
https://mathtrain.jp/glseries
グレゴリーライプニッツ級数:
∑k=1∞(−1)k−12k−1=1−13+15−17⋯=π4

入試でもしばしば出題される非常に有名な無限級数です。メルカトル級数の次に有名な交代級数です。

ライプニッツ級数

右辺の無限級数を途中でうち切ったものを計算すれば円周率の近似値を求めることが出来ます(収束が非常に遅いので実際は他の公式が用いられています)。
Arctan
のマクローリン展開を用いてそれっぽい式を導出することもできますが,マクローリン展開は高校範囲でない上にこの方法では厳密な証明にはなりません。以下ではきちんとした証明を2通り紹介します。
入試でライプニッツ級数の証明を求められるときは誘導がついています。たいてい(というか必ず?)以下の2つのいずれかの方法です。


https://mathsuke.jp/leibniz_series/
1674年、ゴットフリート・ライプニッツによって示された級数です。円周率の 14

1
4

の値が単純な分数のたし算引き算によって表されます。17世紀末から18世紀初頭、この級数を利用して円周率の近似値計算が行われました。
①ライプニッツ級数
②証明
③円周率の近似計算


①ライプニッツ級数

ライプニッツ級数とは、1674年、ゴットフリート・ライプニッツによって示された級数です。
まずはどのような級数なのかを見てみます。

ライプニッツ級数
次のような級数をライプニッツ級数という。


n=0



(−1
)

n


2n+1



=
π


4






n
=
0

(

1
)
n
2
n
+
1
=
π
4
わかりやすくするために、左辺を書き換えると、

1−
1
3
+
1
5

1
7
+⋯

1

1
3
+
1
5

1
7
+


となります。分子が1、分母が奇数の分数を交互に加減していくという意味です。
この操作を無限に行うと、円周率の 14

1
4

になるというのは不思議ですね。
※このサイトでは、ライプニッツ級数を一般化したものをグレゴリー級数としていますが、まとめて「グレゴリー・ライプニッツ級数」と呼んだり、諸説あるようです。

12:49 午前  
Blogger yoji said...

微分積分の誕生
http://www.wisdomtex.com/Leibniz/1.html
 パスカルは晩年に円錐曲線やサイクロイドの面積、重心、回転体の体積を求めるために、「無限小線分の総和」
および「無限小面分の総和」としての定積分を 捉え、独自に無限小解析の基礎を確立していた。パスカルは、
半径aの円の4分円周をx軸の周りに回転してできる半球の表面積が、2πa2だという解を導び いていた。
ライプニッツは1673年春に、パスカルが相似の三角形を使って計算を進めたことに着目し、相似の関係
y ds=n dxが「無限小の総和」を 表していることに気づき、微積分を発見する糸口をつかんだ。
 ライプニッツが微分記号と積分記号を導入したのは1675年だが、この時点で∫y ds=∫n dxの両辺に2πを
掛けて得られる2π∫y ds=2π∫n dxを、円x2+y2=a2に応用してn=aになると、
2π∫y ds=2π∫a dx=2πax2になることに気づいていた。さらに、ライプニッツは、パスカルの
サイクロイドの切片の求積から、無限小幾何学における最初の重要な定理を 発見するヒントを得た。これは
積分を有理関数の積分に置換し、被積分関数を級数で表し、項別に積分することによって値を求めるので、
「変換定理」と呼ばれ ることになった。ライプニッツは1674年の夏に、ホイヘンスとオルデンブルグにこの発見を伝えた。
 ライプニッツは、積分変換公式を用いて、円(x-1)2+y2=1の4半分の面積を求めた。

π/4=1─1/3+1/5ー1/7+1/9ー1/11+・・・、

 π/4は、半径が1/2の円の面積になる。「=」の右側は無限級数で、1を分子にする奇数の分母で構成された
分数を交互に加減することによって、無限の 全体を有限の部分により明示している。この加減算は無限に続くが、
計算をどこで辞めても、正解に近い値を得ることができる。級数の項の数が10だと、小数 点8桁の値は
0.76045990になり、1,000万の項があれば0.78539816というπ/4の本当の値になる。ライプニッツは、
面積と変化率を 求める数学的操作が、互いに逆の関係にあり、加算と減算あるいは乗算と除算が互いに逆に
なることと同じだと理解した。
 π/4=1─1/3+1/5ー1/7+1/9ー1/11+・・・とπ/8=1/(1・3)+1/(5・7)+
1/(9・11)+・・・は同じことだが、 ライプニッツはブラウンカーによる双曲線の求積を、
級数1/(2・4)+1/(6・8)+1/(10・12)+・・・=1/4log2とみなし、円と双曲 線の
関係を見いだした。
 ライプニッツは、円や双曲線の面積を定積分に還元し、それを無限級数の形で近似値を求める方法を示すことが
できた。これによって面積を、幾何学的な方法 ではなく、算術的方法で機械的に求めることが可能になった。
 ライプニッツは、そうして基本概念を方程式で表現する適切な記号を、これらの計算のために考えるようになった。
ライプニッツは1675年10月に、「微 分(differential)」と「積分(integral)」の言葉を導入し、無限小の量を
示すために、差分を表す記号としてd (difference)を選んだ。そして、無限小どうしの比を、dy/dxで表現した。
無限小はどんな正数よりも小さく、0よりは幾分大きい。dxは、 無限に小さいxの断片だということになる。
 ライプニッツは1675年10月の原稿で、曲線を含む図形の面積を「非常に細い長方形の面積y・dxを、
端から端までつめ込んで、全部の面積の和を求め る」という操作を表現するために、Sを縦長にした記号を
使うことにした。そうして、∫y・dxという公式が生まれた。積分の∫はラテン語の和を表す summaの頭文字である。
 ライプニッツは1673年以来、曲線を含む図形の面積、曲線の長さ、重心の求め方と逆接線問題について
研究を重ねていた。そして、1675年11月から 新しい方法で様々な問題に取り組み、接線の決定法さえ与え
られれば、求積法の全てをひとつの論証法で証明できることを確かめた。(リンク:ライプニッツの 微分積分)

2:42 午後  
Blogger yoji said...

>>21続き
>>6関連

 π/4=1─1/3+1/5ー1/7+1/9ー1/11+・・・とπ/8=1/(1・3)+1/(5・7)+
1/(9・11)+・・・は同じことだが、 ライプニッツはブラウンカーによる双曲線の求積を、
級数1/(2・4)+1/(6・8)+1/(10・12)+・・・=1/4log2とみなし、円と双曲 線の
関係を見いだした。
 ライプニッツは、円や双曲線の面積を定積分に還元し、それを無限級数の形で近似値を求める方法を示すことが
できた。これによって面積を、幾何学的な方法 ではなく、算術的方法で機械的に求めることが可能になった。
 ライプニッツは、そうして基本概念を方程式で表現する適切な記号を、これらの計算のために考えるようになった。
ライプニッツは1675年10月に、「微 分(differential)」と「積分(integral)」の言葉を導入し、無限小の量を
示すために、差分を表す記号としてd (difference)を選んだ。そして、無限小どうしの比を、dy/dxで表現した。
無限小はどんな正数よりも小さく、0よりは幾分大きい。dxは、 無限に小さいxの断片だということになる。
 ライプニッツは1675年10月の原稿で、曲線を含む図形の面積を「非常に細い長方形の面積y・dxを、
端から端までつめ込んで、全部の面積の和を求め る」という操作を表現するために、Sを縦長にした記号を
使うことにした。そうして、∫y・dxという公式が生まれた。積分の∫はラテン語の和を表す summaの頭文字である。
 ライプニッツは1673年以来、曲線を含む図形の面積、曲線の長さ、重心の求め方と逆接線問題について
研究を重ねていた。そして、1675年11月から 新しい方法で様々な問題に取り組み、接線の決定法さえ与え
られれば、求積法の全てをひとつの論証法で証明できることを確かめた。(リンク:ライプニッツの 微分積分)

2:47 午後  
Blogger yoji said...

位置エネルギーは引力の発見につながると思うが
ニュートンはごまかしている

2:57 午後  
Blogger yoji said...

このくだりは、
これだけだとあまりよくわからない。そこでもう一度、
その後まで
続けて引用しよう。

多くの学派は、自分たちが主張する点の大部分においては正当なのに、否定する点においてはそれほ
ど正当ではないようです。プラトン主義者やアリストテレス主義者のような形相主義者(Formalistes)
が事物の源泉を目的因や形相因の中に求めているのは正当です。しかし作用因や質料因を否定し、英
国のヘンリー·モア氏やその他のプラトン主義者が言ったように機械的には説明できない現象がある
などと考えた点では誤っています。しかし他方で、唯物論者(Materialistes)つまり機械論の哲学にべつ
たりの人たちは、形而上学的考察を拒んだり形に見えるものですべてを説明しようとしたりしている
点で誤っています[一七一四年1月10日レモン宛, GP-III, 607]。


史の専門用語(一種の方言)が多いのでこれでもまだ難しいところがあるが、少しはましだ。細かいこと
にしなければ、言いたいことはずっとよくわかる。どの学派でも、「学派」と言われるからには何らかの
がある。その主張には、それだけの根拠もあるこ童、MAD-


佐々木ライプニッツ術20頁

4:38 午後  
Blogger yoji said...

方からよいところを取り入れ、一見対立する考え方であっても両立できるような見方が得られないか、と模
索する姿勢があったからである。このような姿勢は幼い頃から次第に醸成されてきたものであった。今引用
した文章の前後に、いわばライプニッツの幼少時からの学問の歴史が簡単に述べられている。


私はこれまで啓蒙活動に精を出してきましたが、それだけではなく、哲学上のさまざまな学派の考え
方の下に埋もれたり散らばっていたりする真理を掘り出し結び合わせることにも努めてきました。そ
れらの考え方に私の考え方の何ほどかを付け加えて幾分なりとも前進させたものと思っております。
こうしたことが私にとって難しくなかったのは、少年時代から折に触れていろいろと勉強をしてきた
おかげです。子どもの頃にはアリストテレスを学びました。スコラの学者たちも私は嫌ではありませ
んでした。いまも毛嫌いしているわけではありません。しかしその頃から、プラトンやプロティノス
にも満足を覚えるようになりました。その後に目にした他の古代の人々もそうです。ありきたりの学
校教育から解放されてからは、近代の人々にのめり込みました。いまでも思い出しますが、一五歳の
時にライプツィヒ近郊のローゼンタールという森を一人で散歩しながら実体形相の説を支持したもの
かどうかじっくりと考えたものでした。結局は機械論が勝ち、数学に身を入れることにしたのです。
もちろん、私が数学の最も深いところにまで入り込んだのはパリでホイヘンス氏と出会ってからの
ことでした。ところが、機械論の究極根拠や運動の法則それ自体の根拠を求めたとき、それを数学的
なものの中に探すことはできない、形而上学に立ち戻ら なければならない、ということがわかって
たいそう驚きました。…




ではありませんが、私は異なる領域の間の調和については深く思索をめぐらせてきました。そ
れで、右の二つの派[実体形相というスコラ哲学的な考え方と機械論という新しいデカルト的な考え方]も、互いに
衝突しない限りはそれぞれに言い分があるのだということがわかりました。自然の現象においてはす

22頁

4:41 午後  
Blogger yoji said...

エイトン35頁によれば15歳ではなくもっと後
学士号を取得したときかそのあと

4:44 午後  
Blogger yoji said...

このコメントは投稿者によって削除されました。

4:45 午後  
Blogger yoji said...

GP3-605~8

4:53 午後  
Blogger yoji said...

25 考える名無しさん[sage] 2019/01/13(日) 10:03:25.77 ID:0
>>9 の最初の画像の補足 以下ライプニッツレモン宛書簡より(佐々木ライプニッツ術20~2頁)GP3-605~8
https://fr.wikisource.org/wiki/Livre:Leibniz_-_Die_philosophischen_Schriften_hg._Gerhardt_Band_3.djvu
《私はこれまで啓蒙活動に精を出してきましたが、それだけではなく、哲学上のさまざまな学派の考え
方の下に埋もれたり散らばっていたりする真理を掘り出し結び合わせることにも努めてきました。そ
れらの考え方に私の考え方の何ほどかを付け加えて幾分なりとも前進させたものと思っております。
こうしたことが私にとって難しくなかったのは、少年時代から折に触れていろいろと勉強をしてきた
おかげです。子どもの頃にはアリストテレスを学びました。スコラの学者たちも私は嫌ではありませ
んでした。いまも毛嫌いしているわけではありません。しかしその頃から、プラトンやプロティノス
にも満足を覚えるようになりました。その後に目にした他の古代の人々もそうです。ありきたりの学
校教育から解放されてからは、近代の人々にのめり込みました。いまでも思い出しますが、一五歳の
時にライプツィヒ近郊のローゼンタールという森を一人で散歩しながら実体形相の説を支持したもの
かどうかじっくりと考えたものでした。結局は機械論が勝ち、数学に身を入れることにしたのです。
もちろん、私が数学の最も深いところにまで入り込んだのはパリでホイヘンス氏と出会ってからの
ことでした。ところが、機械論の究極根拠や運動の法則それ自体の根拠を求めたとき、それを数学的
なものの中に探すことはできない、形而上学に立ち戻ら なければならない、ということがわかって
たいそう驚きました。…


26 考える名無しさん[sage] 2019/01/13(日) 10:03:47.55 ID:0
多くの学派は、自分たちが主張する点の大部分においては正当なのに、否定する点においてはそれほ
ど正当ではないようです。プラトン主義者やアリストテレス主義者のような形相主義者(Formalistes)
が事物の源泉を目的因や形相因の中に求めているのは正当です。しかし作用因や質料因を否定し、英
国のヘンリー·モア氏やその他のプラトン主義者が言ったように機械的には説明できない現象がある
などと考えた点では誤っています。しかし他方で、唯物論者(Materialistes)つまり機械論の哲学にべつ
たりの人たちは、形而上学的考察を拒んだり形に見えるものですべてを説明しようとしたりしている
点で誤っています[一七一四年1月10日レモン宛, GP-III, 607]。》

エイトン『ライプニッツの普遍計画』35頁によればライプニッツ15歳の時ではなくもっとあとの話

5:06 午後  
Blogger yoji said...

ニコラウス・クザーヌス(Nicolaus Cusanus、1401年 - 1464年8月11日)は、ドイツの哲学者・神学者・数学者・枢機卿であり、中世の博学者。

ニコラウス・クザーヌス
枢機卿、ブリクセン大司教
Nicholas of Cusa.jpg
大司教区
ブリクセン
着座
1450年
離任
1464年8月11日
聖職
司祭叙階
1430年
枢機卿任命
1448年
個人情報
出生
1401年
神聖ローマ帝国の旗 神聖ローマ帝国、クース
死去
1464年8月11日
トーディ
出身校
ハイデルベルク大学
パドヴァ大学
目次
生涯 編集
ドイツのモーゼル河畔の港町クースに裕福な船主の家庭に生まれる。幼い頃の記録は不明確であるが、父親に理解されず苦しんだようである。領主の援助を得てオランダに遊学、敬虔主義的な教育を受けたとされる。ハイデルベルク大学で自由学科を学び、翌年にはパドヴァ大学に移り、1423年教会法の博士号を取得。1425年再びドイツに戻ってからはケルン大学にて教会法を講じつつ、同時にハイメリクス・デ・カンポのもとで学び、偽ディオニシウス・アレオパギタ、アルベルトゥス・マグヌス、ライムンドゥス・ルルスらの思想に触れる。この頃から写本発見家としても人文学者に名を知られていく。 その後1430年司祭に叙階され、バーゼル公会議(フィレンツェ公会議)では公会議派の立場で活躍、高名を得るが、後に教皇派に理解を示すようになる。この様な姿勢に彼の柔軟性が垣間見えるが、当時としては誤解を生む行動でもあったようである。東西教会の和解のためにも奔走し、教皇使節としてコンスタンティノープルを訪問。またドイツを教皇代理として巡察し、強い抵抗に苦しめられつつも改革に取り組んだ。1448年に枢機卿、1450年ブリクセン大司教。最後は終生の友人である法王ピウス2世の十字軍構想に従い、病身を押してローマを出立するが、トスカネッリに看取られながら1464年トーディにて死去した。

思想 編集
クザーヌスは「知ある無知」や「反対の一致」などという独創的な思想を唱えた。クザーヌスによれば神の本質は、あらゆる対立の統一=反対者の一致である。無限の中では極大と極小(神と被造物)が一致する。すべての被造物は神の映しであり、それぞれの独自な個性を持ちながらも、相互に調和している。中でも人間は自覚的に神を映し出す優れた存在であり、認識の最終段階においては神との合一が可能であるという。

彼の思索は中世の混沌のなかから近代的思考を準備したと高く評価されている。 対立したものに調和をもたらそうという自身の思想の実現の為、東西教会、キリスト教とイスラム教やユダヤ教、公会議派と法王派など、つねにいろいろな立場に理解を示し行動を続けた。 また、ジョルダーノ・ブルーノ、ヨハネス・ケプラー、ゴットフリート・ライプニッツ、カール・ヤスパースなど、後生の顕学にも多大な影響を与えた。日本でも生誕600年を期に注目が高まって研究が進んでおり、関連書籍の出版などが続いている。

主要著作 編集
De concordantia catholica
普遍的和合について(カトリック的和合について)
De docta ignorantia、1440年
『知ある無知』 岩崎允胤・大出哲訳、創文社、1966年。
『学識ある無知について』 山田桂三訳、平凡社〈平凡社ライブラリー〉、1994年11月。ISBN 4-582-76077-5。
De filiatione dei、1445年
「神の子であることについて」、『隠れたる神』 大出哲・坂本尭訳、創文社、1972年。ISBN 4-423-30117-2。
「神の子であることについて」、『キリスト教神秘主義著作集10 クザーヌス』 坂本尭訳、教文館、2000年8月。ISBN 4-7642-3210-3。
De dep abscondito、1445年
「隠れたる神についての対話」、『隠れたる神』 大出哲・坂本尭訳、創文社、1972年。ISBN 4-423-30117-2。
De quaerendo Deum、1445年
「神の探求について」、『隠れたる神』 大出哲・坂本尭訳、創文社、1972年。ISBN 4-423-30117-2。
De dato patris luminum、1445年
『光の父の贈りもの』 大出哲・高岡尚訳、国文社〈アウロラ叢書〉、1993年10月。ISBN 4-7720-0385-1。
De Genesi、1446年
「創造についての対話」酒井紀幸訳、『中世思想原典集成17 中世末期の神秘思想』 上智大学中世思想研究所編訳・監修、平凡社、1992年2月。ISBN 4-582-73427-8。
Idiota de sapientia、1450年
「知恵に関する無学者考」小山宙丸訳、『中世思想原典集成17 中世末期の神秘思想』 上智大学中世思想研究所編訳・監修、平凡社、1992年2月。ISBN 4-582-73427-8。
De pace fidei、1453年
「信仰の平和」八巻和彦訳、『中世思想原典集成17 中世末期の神秘思想』 上智大学中世思想研究所編訳・監修、平凡社、1992年2月。ISBN 4-582-73427-8。
De visione dei、1453年
『神を観ることについて 他二篇』 八巻和彦訳、岩波書店〈岩波文庫〉、2001年7月。ISBN 4-00-338231-5。 - 他二篇は「オリヴェト山修道院での説教」、「ニコラウスへの書簡」。
「神を観ることについて」、『隠れたる神』 大出哲・坂本尭訳、創文社、1972年。ISBN 4-423-30117-2。
Trialogus de possest、1460年
『可能現実存在』 大出哲・八巻和彦訳、国文社〈アウロラ叢書〉、1987年6月。ISBN 4-7720-0111-5。
Directio speculantis、seu De non aliud、1462年
「観察者の指針、すなわち非他なるものについて」松山康国訳、『非他なるもの』 創文社〈ドイツ神秘主義叢書 7〉、1992年1月。ISBN 4-423-39603-3。
Complementum theologicum、1463年
『神学綱要』 大出哲・野澤建彦訳、国文社〈アウロラ叢書〉、2002年11月。ISBN 4-7720-0497-1。
De venatione sapientiae、1463年
「知恵の狩猟について」、『隠れたる神』 大出哲・坂本尭訳、創文社、1972年。ISBN 4-423-30117-2。
De apice theoriae、1463年
「観想の極地について」、『隠れたる神』 大出哲・坂本尭訳、創文社、1972年。ISBN 4-423-30117-2。
「テオリアの最高段階について」佐藤直子訳、『中世思想原典集成17 中世末期の神秘思想』 上智大学中世思想研究所編訳・監修、平凡社、1992年2月。ISBN 4-582-73427-8。
日本語研究 編集
坂本尭 『クザーヌス 宇宙精神の先駆』 春秋社、1986年7月。ISBN 4-393-32202-9。
薗田坦 『〈無限〉の思惟 ニコラウス・クザーヌス研究』 創文社、1987年5月。
薗田坦 『クザーヌスと近世哲学』 創文社、2003年9月。ISBN 4-423-17138-4。
『クザーヌス研究序説』 日本クザーヌス学会編、国文社、1986年2月。
八巻和彦 『クザーヌスの世界像』 創文社、2001年2月。ISBN 4-423-17131-7。
『境界に立つクザーヌス』 八巻和彦・矢内義顕編、知泉書館、2002年8月。ISBN 4-901654-04-7。
渡邉守道 『ニコラウス・クザーヌス』 聖学院大学出版会、2000年9月。ISBN 4-915832-34-1。
脚注 編集
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関連項目 編集
ウィキメディア・コモンズには、ニコラウス・クザーヌスに関連するメディアがあります。
ドイツ神秘主義
否定神学
偽ディオニシウス・アレオパギタ
マイスター・エックハルト
ライムンドゥス・ルルス
アルベルトゥス・マグヌス
ゲオルギオス・ゲミストス・プレトン
パオロ・ダル・ポッツォ・トスカネッリ
ジョルダーノ・ブルーノ
ヨハネス・ケプラー
ゴットフリート・ライプニッツ
カール・ヤスパース
パウル・ティリッヒ
西田幾多郎
新カント派

7:07 午後  
Blogger yoji said...

[91]
 ショーペンハウアー『意志と表象としての世界』(西尾幹二訳、中央公論社)から。

<……音楽はあれこれの個々の、特定の喜びとか、あれこれの悲哀とか、苦痛とか、驚愕とか、歓喜とか、愉快さとか、心の安らぎとかを表現しているわけではけっしてない。音楽が表現しているのは喜びというもの、悲哀というもの、苦痛というもの、驚愕というもの、歓喜というもの、愉快というもの、心の安らぎというものそれ自体なのである。>(484-5頁)

<もしも音楽を完全に正しく微に入り細にわたってくまなく説明することに成功したとすれば、いいかえれば音楽が表現するところを概念を用いて詳細に再現することに成功したとしたら、それはそのまま世界というものを概念を用いて十分に再現し説明したことにもなるのであって、同じことを別様にいえば、これこそ真の哲学になるのだといえるであろう。したがって先に引用したライプニッツの言葉[音楽は無意識的な算数の練習である。その際自分がいま計算していることを精神は知らないでいる。]は、比較的低い立場で見ればあれなりに正しいわけであったが、いまわれわれの比較的高い音楽観の与える意味でいえば、次のようにパロディー化して言い替えることができる。「音楽は無意識的な形而上学の練習である。その際自分がいま哲学していることを精神は知らないでいる」(略)われわれはいま、互いに異なるが、両方ともに正しい二つの音楽観(訳者注:ライプニッツの音楽観と、ショーペンハウアーの音楽観)を一つに合わせてみれば、ピュタゴラス派の数哲学とか、「易経」にみられるシナ人の数哲学のような、なにかしら数に関する哲学の可能性を理解できるにいたるであろう。>(489-90頁)

http://www.eonet.ne.jp/~orion-n/ESSAY/TETUGAKU/10.html

10:16 午後
yoji さんは書きました...
Musica est exercitium arithmeticae occultum nescientis se numerare animi.
Music is a hidden arithmetic exercise of the soul, which does not know that it is counting.
Letter to Christian Goldbach, April 17, 1712.
Arthur Schopenhauer paraphrased this quotation in the first book of Die Welt als Wille und Vorstellung: Musica est exercitium metaphysices occultum nescientis se philosophari animi. (Music is a hidden metaphysical exercise of the soul, which does not know that it is philosophizing.)

http://en.wikiquote.org/wiki/Gottfried_Leibniz


http://en.wikiquote.org/wiki/Gottfried_Leibniz
Musica est exercitium arithmeticae occultum nescientis se numerare animi.
Music is a hidden arithmetic exercise of the soul, which does not know that it is counting.
Letter to Christian Goldbach, April 17, 1712.
Arthur Schopenhauer paraphrased this quotation in the first book of Die Welt als Wille und Vorstellung: Musica est exercitium metaphysices occultum nescientis se philosophari animi. (Music is a hidden metaphysical exercise of the soul, which does not know that it is philosophizing.)

ショーペンハウエルが引用した

5:14 午前
yoji さんは書きました...
正意志3:52

ライプニッツの言葉[音楽は無意識的な算数の練習である。その際自分がいま計算していることを精神は知らないでいる。]
http://www.sanynet.ne.jp/~norio-n/ESSAY/TETUGAKU/10.html

1:43 午前  
Blogger yoji said...

music is an occult arithmetic exercise: «musica est exercitium arithmeticaeoccultum nescientis se numerare animi».28 When a painful event appearsto us as an insurmountable objection against the harmony of the world, it

1:48 午前  
Blogger yoji said...


1712.04.17 ライプニッツからGoldbach, Christianあて Hannoverより Dut3,437-38

1:53 午前  
Blogger yoji said...

Dut=Dutens, Leibnizii opera omnia, 5 tomi, 1768.

2:01 午前  
Blogger yoji said...

主体と空間の表象 砂漠・エクリチュール・魂
叢書名   《思想・多島海》シリーズ  ≪再検索≫
著者名等  谷川多佳子/著  ≪再検索≫
著者等紹介 1948年生まれ。パリ第1大学大学院修了。筑波大学大学院教授。
出版者   法政大学出版局
出版年   2009.6
大きさ等  20cm 184p
NDC分類 104
件名    哲学  ≪再検索≫
要旨    デカルトやライプニッツ、スピノザからイスラム哲学、東洋哲学まで広範な思考原理を問
い、現代の哲学がそこから記号や言葉、イメージ、メランコリーなどをいかにとらえるよ
うになったのか考察する。また、和辻哲郎や西田幾多郎をとりあげ、日本の哲学における
独自性、主体のあり方など、西洋哲学との比較研究もこころみる。
目次    第1章 砂漠―場所なき場所;第2章 エクリチュール、記号、精神;第3章 魂とイメ
ージ;第4章 コギト、理性/非‐理性、主体;第5章 西田とコギト―日本における「
哲学」;第6章 主体・精神・エクリチュール;第7章 精神の病と日本の近代化
内容    デカルトからイスラム哲学、東洋哲学まで広範な思考原理を問い、現代の哲学がそこから
記号や言葉、イメージなどをいかに捉えるようになったのか考察。また、和辻哲郎などを
取り上げ、西洋哲学との比較研究も試みる。
ISBN等 4-588-10015-7
ISBN等 978-4-588-10015-4

5:01 午後  
Blogger yoji said...


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APA Citation
Leibniz, G. Wilhelm. (1768). Opera omnia ... Studio Ludovici Dutens. Tomus Primus [-sextus]. Genevae: apud Fratres de Tournes.

MLA Citation
Leibniz, Gottfried Wilhelm, 1646-1716. Opera Omnia ... Studio Ludovici Dutens. Tomus Primus [-sextus]. Genevae: apud Fratres de Tournes, 1768.

Warning: These citations may not always be complete (especially for serials).

5:05 午後  
Blogger yoji said...

ライプニッツの法論Disputatio De Casibus Perplexis in Jure(法律に於ける紛糾せる事例)1666、
https://digital.slub-dresden.de/werkansicht/dlf/60594/1/
http://digital.slub-dresden.de/fileadmin/data/358423678/358423678_tif/jpegs/358423678.pdf

その口絵に引用された変身物語、
https://la.m.wikisource.org/wiki/Metamorphoses_(Ovidius)/Liber_XII
Det mihi se: faxo, triplici quid cuspide possim, Sentiat.

《やつがわたしの領分までやって来さえすれば! そうすれば、この三つ叉の鉾の威力を
思い知らせてやれように。》
オウィディウス『変身物語』巻12岩波文庫下186頁

間に挟まれたad Zoilumは正確にという意味か?

口絵がどこまでライプニッツの意図を反映しているかはわからないが(本文にはアエネイス、
変身物語への言及はない)結合法論的志向が興味深い。真ん中の三角形は回転するのではないか?

その三角内の構成=「暗黙→媒介→究極」はやはり見れば見るほどヘーゲル=「意識→対他→
絶対精神」に似ている。
ヘーゲルはライプニッツのこの著作を知っていただろうが、ケインズが受け継ぐことになる
確率論的な部分は重視しなかった
絶対精神は確率論を排除するからだ

ライプニッツ『条件論』は無効・不確実・絶対的ということを0・1/2・1と表記している。

ラッセルの形式論理学ならば演繹的推論を用い、は0(否)か1(是)かである。けれども我々の日常生活は、
そのように確実ではない判断に満ちている。
ケインズ『確率論』(1921)の帰納的推論は、日常の推論に相当する0<a/h<1の合理的信念を扱う。
ケインズは(ニュートンを支持していたが)ライプニッツを意識していたと思う。
『法の諸例』に関しては林知宏『ライプニッツ 普遍数学の夢』(2003)に詳しい記述がある。確率論への志向が指摘されている。また人間知性新論4:16との関連も指摘される。

試訳:
ラテン語がわからないのでだいたい見当をつけると、以下のような図式だろう。
          場所I
          /\ 
          事前
       住宅ローンの暗黙の了解
       /      \ 
   位置3 /        \位置1
     /〜対して 〜によって\ 
    /            \ 
   事後              中間
 /持参金          住宅ローンを表明
 /___________________\ 
場所 Ill     〜によって          場所II
       位置2

      1666年11月5日。

住宅の契約事例でいいのでは?

10:05 午後  
Blogger yoji said...

ライプニッツの法論Disputatio De Casibus Perplexis in Jure(法律に於ける紛糾せる事例)1666、
https://digital.slub-dresden.de/werkansicht/dlf/60594/1/
http://digital.slub-dresden.de/fileadmin/data/358423678/358423678_tif/jpegs/358423678.pdf

その口絵に引用された変身物語、
https://la.m.wikisource.org/wiki/Metamorphoses_(Ovidius)/Liber_XII
Det mihi se: faxo, triplici quid cuspide possim, Sentiat.

《やつがわたしの領分までやって来さえすれば! そうすれば、この三つ叉の鉾の威力を
思い知らせてやれように。》
オウィディウス『変身物語』巻12岩波文庫下186頁

間に挟まれたad Zoilumは正確にという意味か?

口絵がどこまでライプニッツの意図を反映しているかはわからないが(本文にはアエネイス、
変身物語への言及はない)結合法論的志向が興味深い。真ん中の三角形は回転するのではないか?

その三角内の構成=「暗黙→媒介→究極」はやはり見れば見るほどヘーゲル=「意識→対他→
絶対精神」に似ている。
ヘーゲルはライプニッツのこの著作を知っていただろうが、ケインズが受け継ぐことになる
確率論的な部分は重視しなかった
絶対精神は確率論を排除するからだ

ライプニッツ『条件論』は無効・不確実・絶対的ということを0・1/2・1と表記している。

ラッセルの形式論理学ならば演繹的推論を用い、は0(否)か1(是)かである。けれども我々の日常生活は、
そのように確実ではない判断に満ちている。
ケインズ『確率論』(1921)の帰納的推論は、日常の推論に相当する0<a/h<1の合理的信念を扱う。
ケインズは(ニュートンを支持していたが)ライプニッツを意識していたと思う。
『法の諸例』に関しては林知宏『ライプニッツ 普遍数学の夢』(2003)に詳しい記述がある。確率論への志向が指摘されている。また人間知性新論4:16との関連も指摘される。

試訳:
          場所I
          /\ 
          事前
       住宅ローンの暗黙の了解
       /      \ 
   位置3 /        \位置1
     /〜対して 〜によって\ 
    /            \ 
   事後              中間
 /持参金          住宅ローンを表明
 /___________________\ 
場所 Ill     〜によって          場所II
       位置2

     

10:06 午後  
Blogger yoji said...

ライプニッツの法論Disputatio De Casibus Perplexis in Jure(法律に於ける紛糾せる事例)1666、
https://digital.slub-dresden.de/werkansicht/dlf/60594/1/
http://digital.slub-dresden.de/fileadmin/data/358423678/358423678_tif/jpegs/358423678.pdf

その口絵に引用された変身物語、
https://la.m.wikisource.org/wiki/Metamorphoses_(Ovidius)/Liber_XII
Det mihi se: faxo, triplici quid cuspide possim, Sentiat.

《やつがわたしの領分までやって来さえすれば! そうすれば、この三つ叉の鉾の威力を
思い知らせてやれように。》
オウィディウス『変身物語』巻12岩波文庫下186頁

口絵がどこまでライプニッツの意図を反映しているかはわからないが(本文にはアエネイス、
変身物語への言及はない)結合法論的志向が興味深い。真ん中の三角形は回転するのではないか?

その三角内の構成=「暗黙→媒介→究極」はやはり見れば見るほどヘーゲル=「意識→対他→
絶対精神」に似ている。
ヘーゲルはライプニッツのこの著作を知っていただろうが、ケインズが受け継ぐことになる…
確率論的な部分は重視しなかった
絶対精神は確率論を排除するからだ

ちなみにライプニッツ『条件論』は無効・不確実・絶対的ということを0・1/2・1と表記している。

ラッセルの形式論理学ならば演繹的推論を用い、は0(否)か1(是)かである。けれども我々の日常生活は、
そのように確実ではない判断に満ちている。
ケインズ『確率論』(1921)の帰納的推論は、日常の推論に相当する0<a/h<1の合理的信念を扱う。
ケインズは(ニュートンを支持していたが)ライプニッツを意識していたと思う。
『法の諸例』に関しては林知宏『ライプニッツ 普遍数学の夢』(2003)に詳しい記述がある。確率論への志向が指摘されている。また人間知性新論4:16との関連も指摘される。

試訳:
          場所I
          /\ 
          事前
       住宅ローンの暗黙の了解
       /      \ 
   位置3 /        \位置1
     /〜対して 〜によって\ 
    /            \ 
   事後              中間
 /持参金          住宅ローンを表明
 /___________________\ 
場所 Ill     〜によって          場所II
       位置2

     

10:07 午後  
Blogger yoji said...

ライプニッツの法論Disputatio De Casibus Perplexis in Jure(法律に於ける紛糾せる事例)1666、
https://digital.slub-dresden.de/werkansicht/dlf/60594/1/
http://digital.slub-dresden.de/fileadmin/data/358423678/358423678_tif/jpegs/358423678.pdf

その口絵に引用された変身物語、
https://la.m.wikisource.org/wiki/Metamorphoses_(Ovidius)/Liber_XII
Det mihi se: faxo, triplici quid cuspide possim, Sentiat.

《やつがわたしの領分までやって来さえすれば! そうすれば、この三つ叉の鉾の威力を
思い知らせてやれように。》
オウィディウス『変身物語』巻12岩波文庫下186頁

口絵がどこまでライプニッツの意図を反映しているかはわからないが(本文にはアエネイス、
変身物語への言及はない)結合法論的志向が興味深い。真ん中の三角形は回転するのではないか?

ヘーゲルはライプニッツのこの著作を知っていただろうが、本質部分はケインズが受け継ぐことになる…
ヘーゲルは確率論的な部分は重視しなかった
ヘーゲルの絶対精神は確率論を排除するからだ

ちなみにライプニッツ『条件論』は無効・不確実・絶対的ということを0・1/2・1と表記している。

ラッセルの形式論理学ならば演繹的推論を用い、は0(否)か1(是)かである。けれども我々の日常生活は、
そのように確実ではない判断に満ちている。
ケインズ『確率論』(1921)の帰納的推論は、日常の推論に相当する0<a/h<1の合理的信念を扱う。
ケインズは(ニュートンを支持していたが)ライプニッツを意識していたと思う。
『法の諸例』に関しては林知宏『ライプニッツ 普遍数学の夢』(2003)に詳しい記述がある。確率論への志向が指摘されている。また人間知性新論4:16との関連も指摘される。

試訳:
          場所I
          /\ 
          事前
       住宅ローンの暗黙の了解
       /      \ 
   位置3 /        \位置1
     /〜対して 〜によって\ 
    /            \ 
   事後              中間
 /持参金          住宅ローンを表明
 /___________________\ 
場所 Ill     〜によって          場所II
       位置2

     

10:09 午後  
Blogger yoji said...

ライプニッツの法論Disputatio De Casibus Perplexis in Jure(法律に於ける紛糾せる事例)1666、
https://digital.slub-dresden.de/werkansicht/dlf/60594/1/
http://digital.slub-dresden.de/fileadmin/data/358423678/358423678_tif/jpegs/358423678.pdf

その口絵に引用された変身物語、

https://la.m.wikisource.org/wiki/Metamorphoses_(Ovidius)/Liber_XII
Det mihi se: faxo, triplici quid cuspide possim, Sentiat.
《やつがわたしの領分までやって来さえすれば! そうすれば、この三つ叉の鉾の威力を
思い知らせてやれように。》
オウィディウス『変身物語』巻12岩波文庫下186頁

口絵がどこまでライプニッツの意図を反映しているかはわからないが(本文にはアエネイス、
変身物語への言及はない)結合法論的志向が興味深い。真ん中の三角形は回転するのではないか?

ヘーゲルはライプニッツのこの著作を知っていただろうが、本質部分はケインズが受け継ぐことになる…
ヘーゲルは確率論的な部分は重視しなかった。ヘーゲルの絶対精神は確率論を排除するからだ 。

ちなみにライプニッツ『条件論』は無効・不確実・絶対的ということを0・1/2・1と表記している。

ラッセルの形式論理学ならば演繹的推論を用い、は0(否)か1(是)かである。けれども我々の日常生活は、
そのように確実ではない判断に満ちている。
ケインズ『確率論』(1921)の帰納的推論は、日常の推論に相当する0<a/h<1の合理的信念を扱う。
ケインズは(ニュートンを支持していたが)ライプニッツを意識していた。
『法の諸例』に関しては林知宏『ライプニッツ 普遍数学の夢』(2003)に詳しい記述がある。確率論への志向が指摘されている。また人間知性新論4:16との関連も指摘される。

試訳:
          場所I
          /\ 
          事前
       住宅ローンの暗黙の了解
       /      \ 
   位置3 /        \位置1
     /〜対して 〜によって\ 
    /            \ 
   事後              中間
 /持参金          住宅ローンを表明
 /___________________\ 
場所 Ill     〜によって          場所II
       位置2

     

10:10 午後  
Blogger yoji said...

ライプニッツの法論Disputatio De Casibus Perplexis in Jure(法律に於ける紛糾せる事例)1666、
https://digital.slub-dresden.de/werkansicht/dlf/60594/1/
http://digital.slub-dresden.de/fileadmin/data/358423678/358423678_tif/jpegs/358423678.pdf

その口絵に引用された変身物語、

https://la.m.wikisource.org/wiki/Metamorphoses_(Ovidius)/Liber_XII
Det mihi se: faxo, triplici quid cuspide possim, Sentiat.
《やつがわたしの領分までやって来さえすれば! そうすれば、この三つ叉の鉾の威力を
思い知らせてやれように。》
オウィディウス『変身物語』巻12岩波文庫下186頁

口絵がどこまでライプニッツの意図を反映しているかはわからないが(本文にはアエネイス、
変身物語への言及はない)結合法論的志向が興味深い。真ん中の三角形は回転するのではないか?

ヘーゲルはライプニッツのこの著作を知っていただろうが、本質部分はケインズが受け継ぐことになる…
ヘーゲルは確率論的な部分は重視しなかった。ヘーゲルの絶対精神は確率論を排除するからだ 。

ちなみにライプニッツ『条件論』は無効・不確実・絶対的ということを0・1/2・1と表記している。

ラッセルの形式論理学ならば演繹的推論を用い、は0(否)か1(是)かであるが、我々の日常生活は、
確実ではない判断に満ちている。
ケインズ『確率論』(1921)の帰納的推論は、日常の推論に相当する0<a/h<1の合理的信念を扱う。
ケインズは(ニュートンを支持していたが)ライプニッツを意識していた。
『法の諸例』に関しては林知宏『ライプニッツ 普遍数学の夢』(2003)に詳しい記述がある。確率論への志向が指摘されている。また人間知性新論4:16との関連も指摘される。

試訳:
          場所I
          /\ 
          事前
       住宅ローンの暗黙の了解
       /      \ 
   位置3 /        \位置1
     /〜対して 〜によって\ 
    /            \ 
   事後              中間
 /持参金          住宅ローンを表明
 /___________________\ 
場所 Ill     〜によって          場所II
       位置2

     

10:11 午後  
Blogger yoji said...

ライプニッツの法論Disputatio De Casibus Perplexis in Jure(法律に於ける紛糾せる事例)1666、
https://digital.slub-dresden.de/werkansicht/dlf/60594/1/
http://digital.slub-dresden.de/fileadmin/data/358423678/358423678_tif/jpegs/358423678.pdf

その口絵に引用された変身物語、

https://la.m.wikisource.org/wiki/Metamorphoses_(Ovidius)/Liber_XII
Det mihi se: faxo, triplici quid cuspide possim, Sentiat.
《やつがわたしの領分までやって来さえすれば! そうすれば、この三つ叉の鉾の威力を
思い知らせてやれように。》
オウィディウス『変身物語』巻12岩波文庫下186頁

口絵がどこまでライプニッツの意図を反映しているかはわからないが(本文にはアエネイス、
変身物語への言及はない)結合法論的志向が興味深い。真ん中の三角形は回転するのではないか?

ヘーゲルはライプニッツのこの著作を知っていただろうが、本質部分はケインズが受け継ぐことになる…
ヘーゲルは確率論的な部分は重視しなかった。ヘーゲルの絶対精神は確率論を排除するからだ 。

ちなみにライプニッツ『条件論』は無効・不確実・絶対的ということを0・1/2・1と表記している。

ラッセルの形式論理学ならば演繹的推論を用い、は0(否)か1(是)かであるが、我々の日常生活は、
確実ではない判断に満ちている。
ケインズ『確率論』(1921)の帰納的推論は、日常の推論に相当する0<a/h<1の合理的信念を扱う。
ケインズは(ニュートンを支持していたが)ライプニッツを意識していた。
『法の諸例』に関しては林知宏『ライプニッツ 普遍数学の夢』(2003)に詳しい記述がある。確率論への志向が指摘されている。
また人間知性新論4:16との関連も指摘される。

試訳:
          場所I
          /\ 
          事前
       住宅ローンの暗黙の了解
       /      \ 
   位置3 /        \位置1
     /〜対して 〜によって\ 
    /            \ 
   事後              中間
 /持参金          住宅ローンを表明
 /___________________\ 
場所 Ill     〜によって          場所II
       位置2

     

10:11 午後  
Blogger yoji said...

http://digital.slub-dresden.de/fileadmin/data/358423678/358423678_tif/jpegs/00000001.tif.large.jpg

10:17 午後  
Blogger yoji said...

http://1.bp.blogspot.com/_u3hakHag62c/TIDNp8zDu5I/AAAAAAAAAoY/UQ3uRcjG6Cg/s1600/leibniz+pentagram+books.jpg

4:44 午前  
Blogger yoji said...

ライプニッツによる肉体ー魂ーペンタグラムの素描 1663年頃。『モナドの窓』より
https://i.gyazo.com/c48216b253424f740293f49b95e1f185.jpg
初期ライプニッツの身体と精神を表現した図解として面白かった(p.18。邦訳10頁)。
右下から悟性に光が差し込む??ということらしい。
ピタゴラスみたいな図で已然神秘主義的だが、ライプニッツは結合法論のように、身体と精神とのいろいろな組み合わせを
想定しているのではないだろうか?

http://1.bp.blogspot.com/_u3hakHag62c/TIEZFj_fS9I/AAAAAAAAApo/xYa3Dx14-9M/s1600/leibniz+pentagram+.jpg

4:45 午前  
Blogger yoji said...

http://1.bp.blogspot.com/_u3hakHag62c/TIDNp8zDu5I/AAAAAAAAAoY/UQ3uRcjG6Cg/s1600/leibniz+pentagram+books.jpg
ライプニッツによる肉体ー魂ーペンタグラムの素描 1663年頃。『モナドの窓』(邦訳あり)より
https://i.gyazo.com/c48216b253424f740293f49b95e1f185.jpg
初期ライプニッツの身体と精神を表現した図解として面白かった(p.18。邦訳10頁)。
右下から悟性に光が差し込む??ということらしい。
ピタゴラスみたいな図で已然神秘主義的だが、ライプニッツは結合法論のように、身体と精神とのいろいろな組み合わせを
想定しているのではないだろうか?

4:47 午前  
Blogger yoji said...

http://1.bp.blogspot.com/_u3hakHag62c/TIDNp8zDu5I/AAAAAAAAAoY/UQ3uRcjG6Cg/s1600/leibniz+pentagram+books.jpg
ライプニッツによる肉体ー魂ーペンタグラムの素描 1663年頃。『モナドの窓』(邦訳あり)より
https://i.gyazo.com/c48216b253424f740293f49b95e1f185.jpg
初期ライプニッツの身体と精神を表現した図解として面白かった(p.18。邦訳10頁)。
師匠のトマジウスの本へのメモ。
右下から悟性に光が差し込む??ということらしい。
ピタゴラスみたいな図で已然神秘主義的だが、ライプニッツは結合法論のように、身体と精神とのいろいろな組み合わせを
想定しているのではないだろうか?

4:51 午前  
Blogger yoji said...

30 考える名無しさん[sage] 2019/01/26(土) 21:52:22.38 ID:0
http://1.bp.blogspot.com/_u3hakHag62c/TIDNp8zDu5I/AAAAAAAAAoY/UQ3uRcjG6Cg/s1600/leibniz+pentagram+books.jpg
ライプニッツによる肉体ー魂ーペンタグラムの素描 1663年頃。『モナドの窓』(邦訳あり)より
https://i.gyazo.com/c48216b253424f740293f49b95e1f185.jpg
初期ライプニッツの身体と精神を表現した図解として面白かった(p.18。邦訳10頁)。
師匠のトマジウスの本へのメモ。
右下から悟性に光が差し込む??ということらしい。
ピタゴラスみたいな図で已然神秘主義的だが、ライプニッツは結合法論のように、
身体と精神とのいろいろな組み合わせを想定しているのではないだろうか?

4:54 午前  
Blogger yoji said...

>>29の法学も、
>>30の精神&身体も、
中央の図が回転することを想定しているのではないか?
結合術にはルルス、ブルーノといった系譜がある

12:51 午後  
Blogger yoji said...

>>29の法学も、
>>30の精神&身体も、
中央の図が回転することを想定しているのではないか?
結合術にはルルス、クザーヌス、ブルーノといった系譜がある

12:52 午後  
Blogger yoji said...

32 a[sage] 2019/01/29(火) 12:44:15.60 ID:0
・『『華厳経』と『モナドロジー』―村上俊江におけるライプニッツ受容』 酒井潔 (2014-03-01)
https://glim-re.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=3132&item_no=1&page_id=13&block_id=21

・村上俊江 「ライブニッツ氏と華厳宗」 『華厳思想』 中村元編 (1960)
453-483頁
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2979406

https://glim-re.repo.nii.ac.jp/index.php?action=pages_view_main&active_action=repository_action_common_download&item_id=3132&item_no=1&attribute_id=22&file_no=1&page_id=13&block_id=21

ようやく村上の死後になって,彼の論文「ライブニッツ氏ト華厳宗」は,川田熊太郎監修・中村元編集『華厳思想』
法蔵館1960年,453-483頁
,に収載され公刊されたが,この村上の論文は彼が1896年に卒業論文として東京帝国大学に提出したものであって,
非常に重要な寄与であると言わねばならない。その主旨は,「ライブニッツ氏ノ元子論ト,華厳宗ノ事々無礙論ト殆
ンド異ナルコトナキヲ了スベシ」というものである7)。村上のライプニッツ研究は,いまこれを年代的にみるなら,クーテュ
ラ編纂の『ライプニッツ未公刊著作・断片集』Opuscules et fragments inédits, éd. par Louis Couturat, Paris
1903 にも先行し,また汎論理主義を代表する画期的なクーテュラの『ライプニッツの論理学』(L. Couturat,
La logique de Leibniz, Paris 1901)や,ラッセルの『ライプニッツ哲学の批判的解説』(Bertrand Russell,
A Critical Exposition of the Philosophy of Leibniz, London 1900)などの研究書にも先行している。
くわえて,明治維新以降の日本において,西洋哲学の本格的な学術的受容が開始されたのがようやく1890年頃
からであったことを考え合わせると,この時点での村上の本論文は驚くべき業績である。

7:46 午後  
Blogger yoji said...

33 a[sage] 2019/01/29(火) 12:48:09.26 ID:0
村上俊江 「ライブニッツ氏と華厳宗」 1896年
でライプニッツと華厳宗の類似例として引用参照されたのは以下(村上はドイツ語で引用)、

モナドロジーより
65.そして自然の創作者は、この神的な、限りなく驚嘆すべきわざを
ふるうことができた。なぜなら、物質のどの部分も、昔の人が認めたように無限に分割が
可能であるばかりでなく、各部分は実際にさらに多くの部分へと限りなく細分さ
れていて、その部分のどれもが固有の運動をしているからである。さもなけれ
ば、物質の各部分が宇宙を表出することは不可能であろう。

66. そこで、物質のどんな小さい部分にも、被造物の、生物の、動物の、エンテレケイアの、
魂の世界が認められる。

67. 物質のどの部分も植物に満ちた庭とか、魚でいっぱいの池のようなものと考えることが
できる。ただし、その植物のどの小枝も、動物のどの肢も、その体液のどの一滴も、やはり
同じような庭であり池なのである。

68.  そして、庭の植物のあいだにある地面や空気、池の魚のあいだにある水は、植物や魚で
はないけれども、じつはやはり植物や魚を含んでいる。ただ、それらがあまりに微細なので、
ほとんどの場合われわれには見えない。

[華厳経に関しては漢語で引用、]

一一微塵中、見一切法界(華厳経第4巻)
以一仏土満十方、十方人一、亦無餘。(同上)…
遍満一切諸法界、一切毛孔自在現。(華厳経第3巻)

7:49 午後  
Blogger yoji said...


以下はライプニッツがデザインしたコインの下絵
https://pds.exblog.jp/pds/1/201109/07/41/a0024841_21221549.gif
a0024841_21221549.gif

http://polyphony-jp.com/node/504
昨日はコンピューターの黎明期のことを調べていたら、二進法を確立したのはライプニッツだということ
を知ったところまでお話しました。
それだけならば普通の豆知識として終わっていたでしょうが、彼は中国にも興味を持っていたらしく、何と
イエズス会宣教師から易経の六十四卦を配列した先天図をもらい、そこに二進法の計算術があることを見出したとか。
それはすごい。
以前ブログで、二進数の計算機であるパソコンが、多くのものを生み出し世の中を変えて行く様は、まるで
錬金術のようだと書きました。
易経と二進法の話を知って、そうイメージしたのもあながち突拍子もないことではなかったな、と思いました。
易は陰(--)と陽(-)の符号が六本重なって、一つの卦(か)を構成します。
ある卦は全部陽だったり、全部陰だったり、三本続けて陰で残りが陽だったりと、全部で64種類の卦で成り立っ
ています。
その一つ一つが異なる世界を持っているんですね。
そして一つの卦の一本一本を爻(こう)と呼び、人の身分を表します。
一番下が平民、二番目が身分の低い官吏、というように上に行くほど身分が高くなり、五番目が最も身分の
高い王様、一番上が位のない賢者、というように説明される場合が多いです。
易占いをすると、六十四卦のうちの一つの卦と、その卦の中の一つの爻が出ます。
それが占った結果になるのです。
私が易経は面白いと思った理由は、それぞれの卦と爻の説明がされているんですが、占った結果はそれを
自分なりに解釈できることなんですね。


参考:
ライプニッツ著作集第1期 新装版(10)中国学・地質学・普遍学 (ライプニッツ著作集 第1期) 単行本 – 2019/1/28
東方へ、地下へ、普遍学へ、百科全書へ

二進法と易の陰陽図の類似を論じた小編など中国学三編、
ハルツ鉱山開発の体験を背景にヴェルフェン家史の前章として地質時代を記した『プロトガイア』、
生涯追い続けた普遍学論考六編を収載。

[目次より]
■中国学
:0と1の数字だけを使用する二進法算術の解説、ならびにこの算術の効用と中国古代から伝わる伏羲の図の解読に対
するこの算術の貢献について
中国自然神学論
最新中国情報
■地質学
:プロトガイア
■普遍学
:百科全書あるいは普遍学のための予備知識
普遍学の基礎と範例
諸学問を進展させるための格率
確実性の方法と発見術に関する序論
普遍的記号法─その起源と価値
普遍的記号法─その論理的一般原理
出版社からのコメント
待望の新装復刊!
『ライプニッツ著作集 第I期(全10巻)』は、下村寅太郎・山本 信・中村幸四郎・原 亨吉各氏を監修者に迎え、
バロックの哲人ライプニッツの普遍的精神の全容を精選・翻訳した本邦初、世界に類のない著作集。論理学、
数学、自然学、哲学、宗教から中国学まで、多岐にわたる主要著作を総合的に編み、1999年に完結しました。
第35回日本翻訳出版文化賞受賞。『第II期(全3巻)』の完結を機に、『第I期(全10巻)』を函なし新装版にて順次復刊します。

4:37 午後  
Blogger yoji said...


以下はライプニッツがデザインしたコインの下絵
https://pds.exblog.jp/pds/1/201109/07/41/a0024841_21221549.gif
a0024841_21221549.gif

http://polyphony-jp.com/node/504
昨日はコンピューターの黎明期のことを調べていたら、二進法を確立したのはライプニッツだということ
を知ったところまでお話しました。
それだけならば普通の豆知識として終わっていたでしょうが、彼は中国にも興味を持っていたらしく、何と
イエズス会宣教師から易経の六十四卦を配列した先天図をもらい、そこに二進法の計算術があることを見出したとか。
それはすごい。
以前ブログで、二進数の計算機であるパソコンが、多くのものを生み出し世の中を変えて行く様は、まるで
錬金術のようだと書きました。
易経と二進法の話を知って、そうイメージしたのもあながち突拍子もないことではなかったな、と思いました。
易は陰(--)と陽(-)の符号が六本重なって、一つの卦(か)を構成します。
ある卦は全部陽だったり、全部陰だったり、三本続けて陰で残りが陽だったりと、全部で64種類の卦で成り立っ
ています。
その一つ一つが異なる世界を持っているんですね。
そして一つの卦の一本一本を爻(こう)と呼び、人の身分を表します。
一番下が平民、二番目が身分の低い官吏、というように上に行くほど身分が高くなり、五番目が最も身分の
高い王様、一番上が位のない賢者、というように説明される場合が多いです。
易占いをすると、六十四卦のうちの一つの卦と、その卦の中の一つの爻が出ます。
それが占った結果になるのです。
私が易経は面白いと思った理由は、それぞれの卦と爻の説明がされているんですが、占った結果はそれを
自分なりに解釈できることなんですね。

参考:
ライプニッツ著作集第1期 新装版(10)中国学・地質学・普遍学 (ライプニッツ著作集 第1期) 単行本 – 2019/1/28
G・W・ライプニッツ (著), 下村 寅太郎 (監修), 山本 信 (監修), 中村 幸四郎 (監修), 原 亨吉 (監修), 山下 正男 (翻訳),
谷本 勉 (翻訳), 小林 道夫 (翻訳), 松田 毅 (翻訳)
https://www.amazon.co.jp/dp/4875025017

東方へ、地下へ、普遍学へ、百科全書へ
二進法と易の陰陽図の類似を論じた小編など中国学三編、
ハルツ鉱山開発の体験を背景にヴェルフェン家史の前章として地質時代を記した『プロトガイア』、
生涯追い続けた普遍学論考六編を収載。

[目次より]
■中国学
:0と1の数字だけを使用する二進法算術の解説、ならびにこの算術の効用と中国古代から伝わる伏羲の図の解読に対
するこの算術の貢献について
中国自然神学論
最新中国情報
■地質学
:プロトガイア
■普遍学
:百科全書あるいは普遍学のための予備知識
普遍学の基礎と範例
諸学問を進展させるための格率
確実性の方法と発見術に関する序論
普遍的記号法─その起源と価値
普遍的記号法─その論理的一般原理
出版社からのコメント
待望の新装復刊!
『ライプニッツ著作集 第I期(全10巻)』は、下村寅太郎・山本 信・中村幸四郎・原 亨吉各氏を監修者に迎え、
バロックの哲人ライプニッツの普遍的精神の全容を精選・翻訳した本邦初、世界に類のない著作集。論理学、
数学、自然学、哲学、宗教から中国学まで、多岐にわたる主要著作を総合的に編み、1999年に完結しました。
第35回日本翻訳出版文化賞受賞。『第II期(全3巻)』の完結を機に、『第I期(全10巻)』を函なし新装版にて順次復刊します。

4:40 午後  
Blogger yoji said...


http://www.wisdomtex.com/Leibniz/2.html
ライプニッツの四則演算計算機
以下引用。

 パスカルが設計した計算機は、基本的に加算機で補数を活用して減算を行うことができた。しかし、
ライプニッツはパリを訪れる以前から、加減乗除の四則演 算をこなす計算機の設計が可能だと考えていた。
 ライプニッツがパリに来た頃、パスカルの計算機に対数の円盤を組み合わせて乗算を行う計算機も存在した。
ドイツのウィルヘルム・シッカルト (Wilhelm Schickard)は1623年に、ネーピアの計算棒を活用して
乗除算ができる計算機を設計していた。シッカルトの計算機のことは広く知られていなかっ たが、
ライプニッツは1673年2月1日に英国の王立協会で計算機の試作機を披露した時、英国のサミュエル・
モーランドの計算機のことを教えられた。ライ プニッツはその直後にモーランドと面会したところ、
その計算機はネーピアの計算棒を応用していた。
 ライプニッツは、クランクを回して乗除算を純粋に遂行する計算機の仕組みを検討していた。乗算は
加算の繰り返しであり、除算は引き算の繰り返しなので、 ひとつのクランクの回転方向を変えれば、
どちらの計算にも対応できる。平方根の開平も除算で仕組みで行うことができる。計算結果をだすまでに、
場合によっ ては数百回クランクを回すことになるかもしれないが、ともかくクランクを回し続ければ計算は終わる。
 ライプニッツはこれを実現するために、円筒形のシリンダの外壁に1から9まで段差がついた金属の細い
角棒を付着させた歯車を考案した。円柱の側面の半分 足らずのスペースに、螺旋階段が9ステップだけ張り付い
ているような形状をしている。このシリンダに隣接する歯車は、入力用の数字盤の数字に応じて前後に
スライドし、連続する数字の入力を設定できるようにした。後は、クランクを1回転させると、入力した
数字が9であれば9個分の歯が動き、入力数字が3だと 3個分の歯が動く。
https://lh4.googleusercontent.com/proxy/WjVJnrUpGFC28WgltNCy9ZtoU4lGN8GrwitWvfoMEeT68hKh3ve9H0rmcSw_fA8Vr5xyeud3ecDoLieHM8zAFNY=s0-d#.gif

階差ドラムの仕組み © David G. Hicks


 752 X 36の計算では、7、5、2を数字盤で指定すると、それぞれのシリンダに隣接する歯車は、毎回7、5、2の
個数分の運動を伝える位置にスライドする。そし て手前のクランクを36回まわすと、答えがでる。クランクを回した数は、
カウンタに自動表示される。最初のマシンでは、桁上がりが同時に発生すると、手作 業で調整する必要があった。
ライプニッツは後に、各桁の桁上げと桁下げを1つ伝える2進スイッチと10進で桁送りを行うシフト機構を備えた
累算器を導入 し、桁上げと桁下げを自動化して12桁までの答えを結果表示器(result register)で示せるようにした。
 ライプニッツは王立協会で木と真鍮で作った試作機を披露した後、計算機に何度も改良を重ね、1675年の初め
にパリ科学アカデミーで公開実験を行った。 この実験は成功し、フランス国王、王立天文台、財務局のために
計3台の計算機の制作依頼をもたらした。ただ、この計算機は大きな数の乗除算に使えるほど、 完成度が高い
ものではなかった。ライプニッツは1693年に、当初意図していた計算機を完成させたが、その後も8桁の数字を
乗算して16桁で答えを表示で きる計算機の改良に、生涯をかけて取り組んだ。しかし、職人に恵まれることなく、
満足がいく計算機を仕上げることはできなかった。
https://lh5.googleusercontent.com/proxy/sOhgomvTsLr2nZWx0tH4zlnTdJDHhQVxMohQ-1NzEun4o56hRoab4eDpWxpTxTQ8z0kuxd5c0dOav-n_bg=s0-d#.gif
 
東京理科大学近代科学資料館 http://www.sut.ac.jp/info/setubi/museum/kannai/index.html

 商業的に成功した最初の計算機は、フランスの保険会社の社長、シャルル・ザヴィア・トマ(Charles Xavier Thomas, 1785-1870)が1820年に開発したアリスモメータで、1825年から1878年までに1,500台が販売された。ライプニッツ
の段差がついたシ リンダ型歯車(stepped drum)は、アリスモメータの心臓部となり、数字歯車の列の位置を可変に
する仕組みが導入されて、入力した数字を10倍、100倍、1000倍にして乗 算することができた。アリスもメーターは、
1930年まで製造された。その後もシリンダ型歯車は、ライプニッツの輪(Leibniz wheel)と呼ばれて、20世紀前半に
製造された様々な卓上計算機で活用された。

アリスモメーター(Arithmometer 1820)
https://lh5.googleusercontent.com/proxy/Eujpa0xlyJVx3EqP88e68vfLneP8vJXw4vmUCaFVpWFCqGuanA7OF98B832n6Rbirt4Uf7jqIJHejVoGHKEDdloOwZAdqmk=s0-d#.gif

参考文献
E. J. Aiton「LEIBNIZ--A Biography」Adam Hilger Limited 1985: 邦訳「ライプニッツの普遍計画ーバロックの天才の生涯」渡辺正雄、原純夫、佐柳文男 訳、工作舎 1990
佐々木能章「ライプニッツ術ーモナドは世界を編集する」工作舎、2002

6:54 午前  
Blogger yoji said...


http://www.wisdomtex.com/Leibniz/2.html
ライプニッツの四則演算計算機
以下引用。
 パスカルが設計した計算機は、基本的に加算機で補数を活用して減算を行うことができた。しかし、
ライプニッツはパリを訪れる以前から、加減乗除の四則演 算をこなす計算機の設計が可能だと考えていた。
 ライプニッツがパリに来た頃、パスカルの計算機に対数の円盤を組み合わせて乗算を行う計算機も存在した。
ドイツのウィルヘルム・シッカルト (Wilhelm Schickard)は1623年に、ネーピアの計算棒を活用して
乗除算ができる計算機を設計していた。シッカルトの計算機のことは広く知られていなかっ たが、
ライプニッツは1673年2月1日に英国の王立協会で計算機の試作機を披露した時、英国のサミュエル・
モーランドの計算機のことを教えられた。ライ プニッツはその直後にモーランドと面会したところ、
その計算機はネーピアの計算棒を応用していた。
 ライプニッツは、クランクを回して乗除算を純粋に遂行する計算機の仕組みを検討していた。乗算は
加算の繰り返しであり、除算は引き算の繰り返しなので、 ひとつのクランクの回転方向を変えれば、
どちらの計算にも対応できる。平方根の開平も除算で仕組みで行うことができる。計算結果をだすまでに、
場合によっ ては数百回クランクを回すことになるかもしれないが、ともかくクランクを回し続ければ計算は終わる。
 ライプニッツはこれを実現するために、円筒形のシリンダの外壁に1から9まで段差がついた金属の細い
角棒を付着させた歯車を考案した。
https://lh4.googleusercontent.com/proxy/WjVJnrUpGFC28WgltNCy9ZtoU4lGN8GrwitWvfoMEeT68hKh3ve9H0rmcSw_fA8Vr5xyeud3ecDoLieHM8zAFNY=s0-d#.gif
階差ドラムの仕組み 
ステップ・ドラム図 http://www.hpmuseum.org/mechwork.htm#stepdrum

ライプニッツは1693年に、当初意図していた計算機を完成させたが、その後も8桁の数字を
乗算して16桁で答えを表示で きる計算機の改良に、生涯をかけて取り組んだ。しかし、職人に恵まれることなく、
満足がいく計算機を仕上げることはできなかった。
https://lh5.googleusercontent.com/proxy/sOhgomvTsLr2nZWx0tH4zlnTdJDHhQVxMohQ-1NzEun4o56hRoab4eDpWxpTxTQ8z0kuxd5c0dOav-n_bg=s0-d#.gif
 
東京理科大学近代科学資料館 http://www.sut.ac.jp/info/setubi/museum/kannai/index.html
 商業的に成功した最初の計算機…
アリスモメーター(Arithmometer 1820)
https://lh5.googleusercontent.com/proxy/Eujpa0xlyJVx3EqP88e68vfLneP8vJXw4vmUCaFVpWFCqGuanA7OF98B832n6Rbirt4Uf7jqIJHejVoGHKEDdloOwZAdqmk=s0-d#.gif

6:57 午前  
Blogger yoji said...


http://www.wisdomtex.com/Leibniz/2.html
ライプニッツの四則演算計算機
以下引用。
 パスカルが設計した計算機は、基本的に加算機で補数を活用して減算を行うことができた。しかし、
ライプニッツはパリを訪れる以前から、加減乗除の四則演 算をこなす計算機の設計が可能だと考えていた。
 ライプニッツがパリに来た頃、パスカルの計算機に対数の円盤を組み合わせて乗算を行う計算機も存在した。
ドイツのウィルヘルム・シッカルト (Wilhelm Schickard)は1623年に、ネーピアの計算棒を活用して
乗除算ができる計算機を設計していた。シッカルトの計算機のことは広く知られていなかっ たが、
ライプニッツは1673年2月1日に英国の王立協会で計算機の試作機を披露した時、英国のサミュエル・
モーランドの計算機のことを教えられた。ライ プニッツはその直後にモーランドと面会したところ、
その計算機はネーピアの計算棒を応用していた。
 ライプニッツは、クランクを回して乗除算を純粋に遂行する計算機の仕組みを検討していた。乗算は
加算の繰り返しであり、除算は引き算の繰り返しなので、 ひとつのクランクの回転方向を変えれば、
どちらの計算にも対応できる。平方根の開平も除算で仕組みで行うことができる。計算結果をだすまでに、
場合によっ ては数百回クランクを回すことになるかもしれないが、ともかくクランクを回し続ければ計算は終わる。
 ライプニッツはこれを実現するために、円筒形のシリンダの外壁に1から9まで段差がついた金属の細い
角棒を付着させた歯車を考案した。
https://i.gyazo.com/aaa636f5e7428fcf859414705d2d6f3c.gif
階差ドラムの仕組み 
ステップ・ドラム図 http://www.hpmuseum.org/mechwork.htm#stepdrum

ライプニッツは1693年に、当初意図していた計算機を完成させたが、その後も8桁の数字を
乗算して16桁で答えを表示で きる計算機の改良に、生涯をかけて取り組んだ。しかし、職人に恵まれることなく、
満足がいく計算機を仕上げることはできなかった。
https://i.gyazo.com/1528a1d9725bfb1af4c2f3ce86a6f14f.jpg
東京理科大学近代科学資料館 http://www.sut.ac.jp/info/setubi/museum/kannai/index.html
 商業的に成功した最初の計算機…
アリスモメーター(Arithmometer 1820)
https://i.gyazo.com/c1de591e510e37f53e3f13de5c1d4c77.jpg

7:07 午前  
Blogger yoji said...

36 考える名無しさん[] 2019/02/04(月) 00:09:34.60 ID:0
http://www.wisdomtex.com/Leibniz/2.html ライプニッツの四則演算計算機
 パスカルが設計した計算機は、基本的に加算機で補数を活用して減算を行うことができた。しかし、
ライプニッツはパリを訪れる以前から、加減乗除の四則演 算をこなす計算機の設計が可能だと考えていた。
 ライプニッツがパリに来た頃、パスカルの計算機に対数の円盤を組み合わせて乗算を行う計算機も存在した。
ドイツのウィルヘルム・シッカルト (Wilhelm Schickard)は1623年に、ネーピアの計算棒を活用して
乗除算ができる計算機を設計していた。シッカルトの計算機のことは広く知られていなかっ たが、
ライプニッツは1673年2月1日に英国の王立協会で計算機の試作機を披露した時、英国のサミュエル・
モーランドの計算機のことを教えられた。ライ プニッツはその直後にモーランドと面会したところ、
その計算機はネーピアの計算棒を応用していた。
 ライプニッツは、クランクを回して乗除算を純粋に遂行する計算機の仕組みを検討していた。乗算は
加算の繰り返しであり、除算は引き算の繰り返しなので、 ひとつのクランクの回転方向を変えれば、
どちらの計算にも対応できる。平方根の開平も除算で仕組みで行うことができる。計算結果をだすまでに、
場合によっ ては数百回クランクを回すことになるかもしれないが、ともかくクランクを回し続ければ計算は終わる。
 ライプニッツはこれを実現するために、円筒形のシリンダの外壁に1から9まで段差がついた金属の細い
角棒を付着させた歯車を考案した。
https://i.gyazo.com/aaa636f5e7428fcf859414705d2d6f3c.gif
階差ドラムの仕組み ステップ・ドラム図 http://www.hpmuseum.org/mechwork.htm#stepdrum

ライプニッツは1693年に、当初意図していた計算機を完成させたが、その後も8桁の数字を
乗算して16桁で答えを表示で きる計算機の改良に、生涯をかけて取り組んだ。しかし、職人に恵まれることなく、
満足がいく計算機を仕上げることはできなかった。
https://i.gyazo.com/1528a1d9725bfb1af4c2f3ce86a6f14f.jpg http://www.sut.ac.jp/info/setubi/museum/kannai/index.html
 商業的に成功した最初の計算機…アリスモメーター(Arithmometer 1820)
https://i.gyazo.com/c1de591e510e37f53e3f13de5c1d4c77.jpg

7:11 午前  
Blogger yoji said...


life of leibniz
https://youtu.be/jib3WN5Wpps
35:32

ライプニッツと垂直軸型風車
ライプニッツは鉱山における排水システムの動力源として、垂直軸型風車(工作舎の『ライプニッツ術』
p238では羽根の向きをとって「水平型」と呼んでいる)の使用を考えていたという。
上の動画23:30~で紹介されているのは通常の風車だが…
水車では冬に川が凍って動かなくなるため、その代替案だった。

実際にはライプニッツ以前にも事例があり、中国では実用化されていたそうだが、ライプニッツが
垂直軸風車の実用性を科学的にいち早く見抜いていたことは特筆すべきだ。
普通の風車は、風向きによって向きを変える必要があるし、台風などでは運転を止める必要がある。

以下は、
垂直軸型風車の事例。
https://youtu.be/oRO7D-kHgk0



8:10 午後  
Blogger yoji said...

ライプニッツの数理哲学 単行本 – 2019/2/28
稲岡大志 (著)
https://www.amazon.co.jp/gp/product/4812218039
一七世紀のドイツで哲学・数学・科学など幅広い分野で活躍したライプニッツ。
その業績は法典改革、モナド論、微積分法、微積分記号の考案、論理計算の創始など多岐にわたる。
本書は、彼の幾何学研究に焦点を当て、ライプニッツ哲学の新しい解釈と現代的意義を提示する。




序章 哲学と数学の交差点に立つライプニッツ

第1部 幾何学的記号法の数理哲学

第1章 ライプニッツにおけるユークリッド幾何学の基礎
第2章 幾何学的記号法における対象の導入
第3章 幾何学的記号法とはどのような幾何学か?
第4章 無限小解析から幾何学的記号法へ
第5章 幾何学の哲学としての幾何学的記号法

第2部 空間とモナドロジー

第6章 実体の位置と空間の構成
~空間論と実体論はどのような関係を持つか?
第7章 モナドロジー前史
~ライプニッツはなぜモナドという概念を必要としたのか?
第8章 モナドロジーとはどのような哲学なのか?
~世界の存在論的構造の探究としてのモナドロジー

終 章 哲学と数学の交差点の先へ


著者について
稲岡大志(いなおか ひろゆき)神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。博士(学術)。
現在、神戸大学大学院人文学研究科研究員、および、神戸大学、関西大学など非常勤講師。
専門はヨーロッパ初期近代の哲学、数学の哲学、ポピュラーカルチャーの哲学。
おもな業績に『信頼を考える――リヴァイアサンから人工知能まで』(共著、勁草書房、2018年)、など。

登録情報
単行本: 272ページ
出版社: 昭和堂 (2019/2/28)

2:20 午前  
Blogger yoji said...

39 考える名無しさん[] 2019/02/28(木) 19:18:49.80 ID:0
ライプニッツの数理哲学 単行本 2019/2/28
稲岡大志 (著)
https://www.amazon.co.jp/gp/product/4812218039
一七世紀のドイツで哲学・数学・科学など幅広い分野で活躍したライプニッツ。
その業績は法典改革、モナド論、微積分法、微積分記号の考案、論理計算の創始など多岐にわたる。
本書は、彼の幾何学研究に焦点を当て、ライプニッツ哲学の新しい解釈と現代的意義を提示する。

序章 哲学と数学の交差点に立つライプニッツ
第1部 幾何学的記号法の数理哲学
第1章 ライプニッツにおけるユークリッド幾何学の基礎
第2章 幾何学的記号法における対象の導入
第3章 幾何学的記号法とはどのような幾何学か?
第4章 無限小解析から幾何学的記号法へ
第5章 幾何学の哲学としての幾何学的記号法
第2部 空間とモナドロジー
第6章 実体の位置と空間の構成
~空間論と実体論はどのような関係を持つか?
第7章 モナドロジー前史
~ライプニッツはなぜモナドという概念を必要としたのか?
第8章 モナドロジーとはどのような哲学なのか?
~世界の存在論的構造の探究としてのモナドロジー
終 章 哲学と数学の交差点の先へ

単行本: 272ページ
出版社: 昭和堂 (2019/2/28)

2:20 午前  

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