土曜日, 8月 27, 2016

サーチ理論 - Wikipedia

ミクロ経済学において、サーチ理論(さーちりろん、英語search theory)は即座に取引相手を見つけることができず、そのために商取引の前にパートナーを捜し求めなければならないような売り手や買い手についての研究である。探索理論とも呼ばれる。
サーチ理論は経済学の多くの領域で利用されている。労働経済学においては、労働者の就職活動において起こる摩擦的失業を説明するために用いられてきた。消費者行動分析では、購買決定を分析するために用いられてきた。労働者の観点から考えて引き受けられやすい仕事というのは、賃金が高く、望ましい利益を提供してくれ、快適で安全な労働環境の下で働けるものであり、 消費者の観点から考えて購入されやすい商品というのは、価格が安く、高い品質を持っているものだろう。いずれの場合にしろ、仕事や商品が受け入れられるかどうかは、市場にある代替品について探索する人が持っている考えに依存している。
より厳密な意味で言うと、サーチ理論は、選択の遅れによって損失を被る状況下で価値がそれぞれ異なる複数の選択肢がある時、個人の最適な選択を行うことを目的としている。 探索モデルは再選択を行った時の価値と、選択の遅れによる損失のバランスを釣り合わせる最も良い均衡点を示すものである。 数学的には、optimal stopping(最適な妥協点)を見つけだすために使われる。

完全情報からの探索編集

ジョージ・J・スティグラーは商品売買における情報や職業の探索を重要な問題だと提唱し[1][2]、ジョン・J・マッコールは最近の仕事に基づいたoptimal stopping理論をベースにして、動的な職業探索のモデルを提唱した[3][4][5]。マッコールの論文では、選択肢が完全情報的で不変、また貨幣の価値が不変であるとき、職業提供者が失業者に対して仕事を提供するか否かについて研究がなされている[6]
彼は、労働者が受け入れるであろう最も低い賃金である、「留保賃金」という観点によって職業探索の決定理論を特徴づけた。労働者は、提供された賃金が留保賃金より安ければ拒絶し、高ければ受け入れるという行動をとる。
もしマッコールによって考えられた条件が満たされなければ、時間の経過とともに留保賃金は変わる可能性がある。例えば、失業者の技能が衰える一方でなかなか職業にありつけないという状況下では、失業の期間が長ければ長いほど、受け入れる職場環境の基準は下がる。こういった場合には、失業者の留保賃金は時間の経過とともに下がる。同様に、もし彼らがリスク回避的であれば、職業探索によって徐々に生活資金が減っていくため、留保賃金は下がる傾向にある[7]。また、留保賃金は業種によっても変わる。つまり、職種の間には補償差分があるといえるだろう。
マッコールのモデルによって、賃金提示が多様であればあるほど探索する労働者は有利になり、探索を行う期間が長引くかもしれないという面白い見解が示された。これは賃金提示額が多様であればあるほど、探索者は高い賃金提示を受けるかもしれないという期待をするため、高い留保賃金を設定し、したがって長期間待つからだと考えられる。また、低い賃金の提示については、それを拒絶する権利が探索者側にあるため、リスクとしての影響力をもたず、リスク回避的な人でさえ職業探しの期間が長くなりうる。
マッコールは失業者の賃金決定に関して、理論の枠組みを作ったが、これと似たような考察が、安い価格の商品を求める消費理論にも応用されうる。 この関係性からすると、消費者が商品に対して払いうる、最も高い価格のことを、「留保価格」を呼ぶことができるだろう。

不完全情報からの探索編集

市場の調査者が商品の価格について完全な情報を持っていないとき、追加的に調査することによって意味のある情報を得られる。それは、価格の範囲がどれくらいであるかという情報である。不完全情報から探索を行うことは、カジノのスロットで使われる"one-armed bandit"というスラングから、「多本腕バンディット問題」と呼ばれている。多本腕バンディット問題とは、スロットの配当がどのくらいかを調べる方法が、実際にスロットを回してみる他ないということを意味している。不完全情報からの最適な探索という命題は、ギティンズ指標などの分配指標を用いて研究されている。

価格分布の内生モデル編集

特定の価格分布に基づく最適な探索の研究は、ある財の取引が均衡に達しているにも関わらず、なぜ複数の価格で売られているのかという問題を経済学者が考えるきっかけになった。つまり、これは一物一価の法則に反した現象と言えるといえるのである。しかしながら、買い手にどこで最低価格の商品が売られているかについての完全情報がないとき(つまり、探索が必要であるとき)、すべての売り手が同じ価格で財を提供するとは限らない。売り手の販売量と収益性間にあるトレードオフがその原因である。すなわち、高い値段をつけた場合には留保価格を高く設定している少数の消費者が財を購入し、低い値段をつけた場合には留保価格を低く設定している人も含めた多くの消費者が購入するため、売り手は複数の価格を提示しうる[8][9]

マッチング関数編集

近年、マッチング関数という枠組みを用いて、就職活動をはじめとした様々な探索がマクロ経済学のモデルに組み入れられつつある。 ピーター・ダイアモンドデール・モーテンセンクリストファー・ピサリデスの3人はマッチング理論の功績を称えられ2010年のノーベル経済学賞を受賞した。
労働経済学でのマッチングのモデルでは、2つのタイプの探索が相互作用する。すなわち、新しい仕事の形成は、労働者の探索における意思決定と、会社の求人を出す意思決定との2つに依存するとしている。マッチングモデルには賃金格差についても扱うものもあるが[10]、それを無視して簡素化されたモデルでは、仕事を始める前にランダムな長さの失業期間が生まれてしまうことのみを表現している[11]

参考文献編集

  1. ^ Stigler, George J. (1961), 'The economics of information'. Journal of Political Economy, 69 (3), pp. 213-25.
  2. ^ Stigler, George J. (1962), 'Information in the labor market'. Journal of Political Economy, 70 (5), Part 2, pp. 94-105.
  3. ^ D. Mortensen (1986), 'Job search and labor market analysis'. Chapter 15 of The Handbook of Labor Economics, vol. 2, edited by O. Ashenfelter and D. Card.
  4. ^ R. Lucas and N. Stokey (1989). Recursive Methods in Economic Dynamics, pp. 304-315.
  5. ^ J. Adda and R. Cooper (2003), Dynamic Economics: Quantitative Methods and Applications, p. 257.
  6. ^ McCall, John J. (1970), 'Economics of information and job search'. Quarterly Journal of Economics, 84, pp. 113-126.
  7. ^ Danforth, John P. (1979), 'On the role of consumption and decreasing absolute risk aversion in the theory of job search'. In S.A. Lippman and J.J. McCall, eds., Studies in the Economics of Search. New York: North-Holland, ISBN 0444852220.
  8. ^ Butters, G.R. (1977), 'Equilibrium distributions of sales and advertising prices'. Review of Economic Studies, 44, pp. 465–91.
  9. ^ Burdett, Kenneth, and Kenneth Judd (1983), 'Equilibrium price dispersion'. Econometrica, 51 (4), pp. 955–69.
  10. ^ Mortensen, Dale, and Christopher Pissarides (1994), 'Job creation and job destruction in the theory of unemployment'. Review of Economic Studies, 61 (3), pp. 397-415.
  11. ^ Pissarides, Christopher (2000), Equilibrium Unemployment Theory, 2nd ed. MIT Press, ISBN 0262161877.



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スティグリッツは近著で人がどのような過程で職を得るかをモデル化したサーチ理論を絶賛
している(「過去数十年で経済理論に生じた重要な進歩のひとつは..."サーチ理論"だ」『新し
い教科書』2016邦訳245頁)。その「不完全な労働市場」観(さらに離散的なそれ)はスティ
グリッツのいう情報の非対称性を前提にしたものだ。

        失業率の決定:
求人率(V)
 |       
 |  o   
 |        /
 |  o    / 有効求人倍率
 |      /
 |   o / 
 |____/
 |   /o
 |  / | o      
 | /  |    o  o ベバリッジ曲線、UV曲線
 |/___|___________
              欠員率、失業率(U)

(政府による失業者に対する教育訓練が功を奏して、仕事を失った失業者がよりスムーズに
別の仕事に就くことが出来るようになれば、UV曲線、ベバリッジ曲(Beveridge Curve:
定常状態における失業率Uと求人率Vの関係を表したもの)は内側にシフトする。
『齋藤他マクロ』#16,568頁参照。)

参照:
労働市場サーチ理論 今井亮一
http://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2012/04/pdf/016-019.pdf


「過去数十年で経済理論に生じた重要な進歩のひとつは、2010年にピーター・ダイアモンド、 デール・モーテンセン、クリストファー・ピサリデスにノーベル賞をもたらした"サーチ理論"だ。 それは、人がどのような過程で職を見つけて受け入れるかをモデル化した膨大な研究から成る。 サーチ理論は、供給と需要が市場賃金を全面的に決めるのではないと論じる。むしろ、労働の 供給と需要は、賃金に限度を設ける。そして、いくつもの要素によって、賃金がその限度内の どこに落ち着くかが決まるのだ。交渉力、労働市場制度(労働組合の強さをふくむ)、社会慣習 。つまり、サーチ理論によれば、テクノロジーとグローバル化を不平等拡大の最も有力な要因と する説明さえ、ルール(*制度)が重要であることを認めなくてはならない。」 (スティグリッツ邦訳『新しい教科書』2016年245頁、原著2015年)


提示賃金の分布と留保賃金(例):

確率(合計は1)
    :          留保賃金
0.25|        拒否←|→受諾     _
    |           |       |/|
0.20|           |  _    |/|
    |        _  | |/|   |/|
0.15|       |/| | |/|   |/|
    |  _    |/| | |/|   |/|
0.10| |/|   |/| | |/|   |/|
    | |/|   |/| | |/|   |/|
0.05| |/|   |/| | |/|   |/|
    |_|/|___|/|_|_|/|___|/|___
   0  17    18    19    20  万円(提示賃金)

(齋藤他565頁参照)


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サーチ理論で説明できること、できないこと - himaginaryの日記
http://d.hatena.ne.jp/himaginary/20140721/in_search_of_search_theory

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ジョン・クイギンが、以下の三段論法サーチ理論腐している
  • 経済学において今や失業の主流理論となったサーチ理論では、職探しの効率が良くなれば失業率は減少するはず。
  • インターネットによって職探しは効率化したので、この理論によれば、過去20年間に失業率は低下を続けているはずだが、現実にはそうなっていない。
  • よって、サーチ理論には問題あり。それを使い続けている経済学界にも問題あり。

これを受けてマイク・コンツァルが、関連する話として、3年前に彼がコチャラコタのDMPモデル*1による失業の説明に反論したことを引き合いに出している。コチャラコタのその説明は、彼の2010年の年間報告書に掲載されたもので、同報告書は金利インフレについてのフィッシャー式逆さ眼鏡派的解釈が批判の的になったが、失業の説明も同様に危ういものだったという。

報告書の中でコチャラコタはDMPモデルを以下の式にまとめている。
  B = u/v * (p-z) * 定数

記号の説明は以下の通り。
B(Benefit=便益)
雇用意思決定者である企業が欠員を生じさせるかどうかは、その費用が便益を下回るかどうかに依存する。
u/v(Unemployment-Vacancy Ratio=失業率欠員比率)
失業率を欠員率で割ったもの。この比率が高いと、企業にとって利用可能な選択肢が多くなりかつ改善するため――しかもより低賃金で――便益が高くなる。
p(Productivity(after-tax)=税引き後生産性
生産性が高ければ、企業にとって雇用から得られる利益は高くなる。法人税、個人税、売上税は税引き後生産性を引き下げる。
z(Utility)=効用
働かないことの労働者にとっての効用失業保険の受取など。

2007年12月にはu=5%、v=3.1%だったが、2010年12月にはu=9.4%、v=2.2%となった。そのため、u/vは165%増えたことになる。pとzに変化が無ければ、雇用を創出することによる企業の便益は倍以上に増えたことになるが、実際には雇用は創出されなかった。これについての一般的な説明は、名目価格の硬直性によって企業が需要不足に直面していたため、というものだが、pとzが変化したとも考えられるのではないか、とコチャラコタは言う。もし財政赤字政府債務の増大によってpが10%低下して1から0.9となり、失業保険給付期間の延長によってzが0.05増大して0.73から0.78になったならば、雇用を創出することによる企業の便益の増加は165%ではなく僅か18%となる。その場合、需要不足を前提にした金融緩和策は行き過ぎということになる。

コチャラコタはまた、DMPモデルから自然失業率u*を計算できるとして、もしpとzが2007年12月当時のままならば、u*は5.8%だった、という数字を示している。しかしpが10%低下し、zが0.05増大したならば、u*は8.7%となり、9%だった当時(2011年7~9月)の失業率に近くなる。

こうしたコチャラコタの説明について、コンツァルは以下の問題点を指摘している。
  • 上式には金融政策の入り込む余地が無い。ロバート・ホールらはゼロ金利下限や商品市場が清算されない状態をDMPモデルに持ち込み、現実世界に近い結果を得たが、コチャラコタは言及していない。
  • Shimer(2005)は、我々が目にする失業率の変動をこのモデルから生産性の変化によって説明することはできない、ということを示した。しかも、最近の景気後退期には生産性はむしろ上昇しており、2008年以降の大収縮期の生産性はほぼ通常のペースで上昇している。
  • pの10%の低下とzの0.05の上昇という数字は、リチャード・フィッシャーがインフレ高騰を予測する基になった勘(gut)と変わらない。フィッシャーの勘は外れ続けており、ほとんどビョーキの域に達している。米国経済の行く末を決定する上で世界で最も大きな力を持つ人々が、バーナンキへの不同意をこのように決めているとはあな恐ろしや。
  • 債務が圧し掛かった家計で職の重要性が増し、新卒者が職を見つけられずに職歴に大きな傷が残るのを心配している不況下で、zは下がったと考えるのが自然ではないか。オバマ大統領雇用創出者を怯えさせ失業者が十分に飢えていないために自然失業率が9%近くに達したと本当に信じているならば、いかなる計量経済学を使っても説得するのは難しいが、税金引き下げや規制緩和などを訴える銀行や富裕層や企業経営者だけでなく、必死に仕事を探し求めている労働者や就職を控えた学生の声に耳を傾けたらどうか。彼らは魔法の休暇を享受しているわけでも、「z」を楽しんで日がな一日フェイスブックに耽っている無気力な負け犬でもない。

ちなみに、クイギンのエントリにはコンツァルより前にノアピニオン氏も反応しているが、サーチ理論が駄目ならば需要不足という説明になるのは分かるが、需要不足の発生や失業への影響についてもっときちんと定式化してくれないとその説明では満足できない、と述べている。


なお、コンツァルは、サーチ理論に絡んで最低賃金にも触れており、その件についてはサーチ理論経済学者の反対を弱め、現実的に考える方向に働いているかもしれない、と指摘している。というのは、サーチ理論では、最低賃金雇用に悪影響をそれほどもたらさない、と考える方が理に適っているからである。
  • 最低賃金が高いと、低賃金労働者低賃金の仕事をより熱心に探すようになり、その仕事を受け入れることが多くなり、断ることが少なくなる。これは均衡雇用水準を引き上げる。
  • すべての職にサーチ摩擦が付き纏うならば、雇用者は職について独占力を幾分なりとも有していると考えるのが理に適っている。その場合、雇用者は市場清算価格まで賃金を引き上げないかもしれない。というのは、そこまで引き上げると全労働者賃金を引き上げなくてはならなくなるからである。最低賃金はそれに抗する方向に働く。そう考えると、経済学入門で考えるのに比べて雇用への悪影響が少なくなることも説明が付く。
コンツァルは、こうした話はデータにも適合している、と指摘する一方で、同じサーチ理論景気循環の話に持ち込み、データを無視してイデオロギーで語り出すと飛んでもないことになる、と改めてコチャラコタの誤謬に注意喚起している。