金曜日, 8月 26, 2016

バンコール(bancor)【経済学】ケインズとシューマッハによる超国家通貨 案,1940~2


                  ( 経済学マルクスリンク::::::::::

ゲゼル:減価式貨幣と世界通貨案 1914,1920
http://nam-students.blogspot.jp/2011/12/blog-post_4033.html?m=0
平和の経済的帰結 The Economic Consequences of the Peace (1920)
http://nam-students.blogspot.jp/2017/03/economic-consequences-of-peace-1920.html
ケインズ『貨幣論』1929(1930)『貨幣改革論』1923:メモ
http://nam-students.blogspot.jp/2015/10/1979-john-maynard-keynes-treatise-money.html 

ケインズ「わが孫たちの経済的可能性」- On John Maynard Keynes -"Economic Possibilities for Our Grandchildren (1930)"- ...

http://nam-students.blogspot.jp/2017/03/1930-on-john-maynard-

NAMs出版プロジェクト: ケインズ関連動画1931他:メモ
http://nam-students.blogspot.jp/2016/09/blog-post_11.html

NAMs出版プロジェクト: マルクス・カレツキ・ケインズ1933

http://nam-students.blogspot.jp/2017/04/blog-post.html
NAMs出版プロジェクト: ケインジアンの交差図 1936
http://nam-students.blogspot.jp/2015/03/blog-post_12.html
ケインズ=カレツキ往復書簡 Keynes ,Kalecki Correspondence 1937
http://nam-students.blogspot.jp/2015/12/keynes-kalecki-correspondence-1937.html
NAMs出版プロジェクト: ハロッド=ケインズ往復書簡1938
http://nam-students.blogspot.jp/2015/12/1938.html
NAMs出版プロジェクト: バンコール(経済学)1940~2
http://nam-students.blogspot.jp/2016/08/blog-post_11.html(本頁)

ケインズ「平和条約の経済的帰結」:「経済のトリセツ」
http://cruel.hatenablog.com/entry/20150726/1437917592

スラッファによるマーシャル批判を検証する必要がある

スラッファのように標準商品を措定することではじめて転形問題を解決出来る
均衡の条件である連続性を標準商品が保証する
労働市場の均衡は市場経済が発達しても保証されていないから、
スラッファは今も示唆的だ
ケインズはフィアットマネーに標準商品を求めたので立場は違うが
スラッファの才能は買っていた
スラッファは後期ウィトゲンシュタインへ示唆を与えた

1930年貨幣論の延長(『貨幣改革論』1923(邦訳中公世界の名著所収)にはカレツキと同じ階級3分割があり、より原理的な本書は財供給を一定にする間違いがあった)である、
バンコールにはスラッファではなくゲゼルの影響がある
(カントに足りなかった視点だ)


ハロッド、ヘンダーソン、ロバートソン、ミードらの意見を参考にしたらしい(『ケインズ』清水書院)

Aマーシャルから脱したケインズがGマーシャルプランの理論的根拠になった。

参考:
脱金貸し支配・脱市場原理の経済理論家たち(4)シルビオ・ゲゼル - 金貸しは、国家を相手に金を貸す
http://www.kanekashi.com/blog/2012/02/001819.html
また、自由貨幣導入後の中央銀行についても詳しく述べています。中央銀行は紙幣発行権を奪われ、そのかわりに日々のお金の需要を満たすことを使命とする政府通過局が登場します。政府通貨局は銀行業務は行いません。小切手の売買も、企業のランク付けもせず、個人との関係も持ちません。国内でお金が不足しているときにお金を発行し、お金が余っているときには回収するという機能だけ持つようになります。
 
自由貨幣については、現在でも若干志を変えてはいますが、いくつかの地域通貨(スイス、イスカなど)として受け継がれています。また、ゲゼルは世界通貨の提案『自然的経済秩序』4-7 世界通貨同盟)まで行い、ケインズのブレトン・ウッズ会議に際して提案した世界通貨(バンコール)はこのゲゼルの考え方に基づいていました。
世界通貨のモデル


追記:
ゲゼルの影響を受けたのはシューマッハかも知れない(邦訳25:544頁の訳者考察にゲゼルの名はない)。

また、アメリカ案はヘーゲル的でケインズ案はカント的だ。
参考:
 NAMs出版プロジェクト: 『永遠平和のために』と歓待の原理
 http://nam-students.blogspot.jp/2012/11/blog-post_15.html

柄谷行人『世界史の構造』など
http://www7b.biglobe.ne.jp/~shiokawa/books/Karatani.htm
 カントの永遠平和論はしばしば非現実的な理想論と見なされているが、柄谷によれば、カントのいったことは「自然の狡智」を通して実現されたという。一九世紀末の帝国主義の時代に支配的となったのは大国の覇権争いであり、その結果が第一次大戦だったが、その未曾有の破壊の経験から国際連盟が登場した。その国際連盟は無力で第二次大戦を防ぐことができなかったが、その結果として国際連合が形成された。この国際連合も無力だが、それを嘲笑して無視し続けるなら、世界戦争になるだろう。それは新たに国際連合を形成することにつながるだろう。こうして、カントの見方には、ヘーゲルのリアリズムよりももっと残酷なリアリズムが潜んでいる、と論じられている(S2四五三‐四五五頁)。
 この議論を図式化すると、《諸国家連邦の構想→その無力さの帰結としての世界戦争→国際連盟→その無力さの帰結としての世界戦争→国際連合→その無力さの帰結としての世界戦争→新たな国際連合……》という連鎖になる。これはどこかで「世界共和国」が完成して終わるのではなく、世界戦争の何度もの繰り返しという無限の循環になるかもしれないし、また、その破壊規模が次第にエスカレートするなら、何度目かの世界戦争で人類が滅亡してこのサイクルが閉じられるということになるかもしれない。いずれにせよ、このようなサイクルは「自然の狡智」を意味するかもしれないが、それが「世界共和国」という究極目標にたどり着くという結論を意味するわけではないように思われる。


ケインズ全集25 戦後世界の形成 -清算同盟 | 東洋経済
http://store.toyokeizai.net/books/9784492813256/
目次
第1章 清算同盟の起源――1940~1942年 *
第2章 内閣同意から白書まで――1942~1943年
第3章 白書から共同声明まで――1943年4月~1944年4月

ケインズ全集26 戦後世界の形成 -ブレトン・ウッズと賠償 | 東洋経済
http://store.toyokeizai.net/books/9784492813263/
目次
第1章 ブレトンウッズとその後――1944年4月~1946年3月
第2章 通商政策――1941年12月~1945年12月
第3章 賠償――1941年9月~1945年12月

ケインズ/ハロッド書簡集 index
http://www.lib.e.u-tokyo.ac.jp/_old/keynes_harrod/index-j.htm
このケインズ/ハロッドの書簡、覚え書きなどのコレクションは、 ブレトン・ウッズ会議や国際通貨基金の創設などを通じて、 ケインズがイギリス経済政策にとっても大きな影響を与えた1941-1943年のものが中心となっています。
このなかにはケインズの戦後再建計画、 特に戦後における国際通貨及び金融制度改革のための 「ケインズ案」と呼ばれる清算同盟提案の覚え書きの印刷、 世界銀行の創設とアメリカとの協力、商品の援衝在庫提案などハロッドが提出した爆弾的覚書きなどが、 1941年-1943年の1月までの大蔵省時代のケインズとの書簡、 ハロッドの友人たちとの書簡などと共に含まれています。


バンコール(bancor)は、1940年から1942年ジョン・メイナード・ケインズエルンスト・フリードリッヒ・シューマッハー☆(『スモールイズビューティフル』で有名)が提案した超国家的な通貨のことを言う。第二次世界大戦後に世界経済を安定させるため、英国ブレトン・ウッズ会議でバンコールの導入を公式提案したが、アメリカ合衆国の合意をとりつけることができず、実現には至らなかった。この会議では最終的に、バンコールではなく、世界銀行IMFによって管理された制度において、物理的な金(きん)と結び付けられる固定為替相場制(金本位制)が採用された。そして、金との兌換性を維持した米ドルを基軸通貨とするブレトン・ウッズ体制1971年ニクソンショックまで続くことになる。一部、IMFのSDR(特別引出権)が、バンコールの機能を継承されているという考え方もある。
発案当初、バンコールの他に超国家通貨の命名には次の候補があった。
  • ユニタス
  • ドルフィン
  • ベザント
  • ダリック

目次




概要編集

バンコールは、多国間決済制度を通し、会計帳簿上の単位として国際貿易において使用される。この制度を敷くにあたり、ICU(The International Clearing Union; 国際清算同盟)という機関が想定されていた。多くの国において、「銀行」に対して「中央銀行」が存在するのと同様に、ICUは、「各国の中央銀行」に対する「中央銀行」となるような、国家間の貿易・取引の決済を行う機関となる。 つまり、全ての国際貿易は、ICUを通してバンコール建てとなる。バンコールは固定為替相場となるが、その為替相場は調整可能とされる。

グローバル経済安定化の方法論編集

輸出は全て、国の会計帳簿でバンコールが加算され、輸入は全て、国の会計帳簿で減算される。ここで、一般的な銀行の“当座貸越”の概念を用いて、バンコールとICUの説明がなされる。ICUでの当座貸越の限度額は、過去5年間の貿易収支平均の2分の1とされる。この限度額を超えた場合、債務国は超えた赤字分に対して利子を支払わなければならない。ここで注意しなければならないのは、一般銀行の当座貸越とは違い、国際収支帳簿上の黒字国である債権国も、超過分に対して利子を支払わなければならないことである。赤字額、あるいは黒字額が大きくなるほど利子は高くなる。
赤字国(債務国)はバンコールに対する通貨を引き下げ、輸出を増やさなければならず、輸入品はより高額に設定され、輸入を減らすように促される。同様に、黒字国(債権国)はバンコールに対する通貨を引き上げ、赤字国の輸出品を買わなければならない。それでも黒字国が輸出の限度額を超えたまま決済を迎えた時には、その超過分をICUに没収される。ちなみに、このICUで没収された積立金は、国際警察(現在のICPOとは別のものと思われる)や災害救助活動など、加盟国に対して有効利用される。
このため、没収されないように黒字国は輸入を増やそうとするので、赤字国の改善が見出される。つまり、各国はバンコールの貿易収支差額が0になるよう調整することになる。このシステムによって、物理的な金と国の通貨は、国際貿易の中で使用されず、国家間での移動も失くすことができ、グローバル経済の影響を抑えるというのがバンコールとICUの考え方である。

バンコールの特徴編集

  • バンコールは国際通貨とはならず、国際的な会計帳簿の単位となる。
  • はバンコールへの交換はできるが、バンコールを金にする交換はできない。
  • 一般流通はされない。例えば、個人がバンコールの保持や取り引きをすることはできない。
    • ここで、ビットコインとは全く別の性質ということが明確にわかる。
  • 国際取引・貿易はすべてバンコールで評価され、決済が行われる。
  • 債務国と債権国の関係は二国間とは限らない。N:Nである。
  • バンコールは貯金ができない。このため国内流通に影響を与えない。
  • 国家間の貿易収支を測定するために使用される。

21世紀における注目編集

近年、特に2008年の金融危機の発生に伴い、ケインズの提案は再び注目されることになる。
2007年1月、スーザン・ジョージは「これらの機関ができていたら、先進国と途上国、双方の住民の必要に応じた貿易システムが構築され、世界は現在よりも理にかなったものとなっていただろうからだ。」と「ル・モンド・ディプロマティーク」で述べている。
2009年3月、「国際通貨制度を改革せよ(Reform the International Monetary System)」という題の演説の中で、中国人民銀行の周小川総裁は、ケインズのバンコールの働きかけを「先見の明有」と称し、金融危機に対する反応では、「グローバルな準備通貨として、国際通貨基金 (IMF) の特別引出権 (SDR) を採用すべし」と提案した。彼は、トリフィンのジレンマ流動性のジレンマ;ある国内の金融政策の目標を達成しながら、同時に他国の準備通貨の需要に合わせられないという矛盾)**を理由に挙げ、国家の通貨がグローバルな準備通貨となるのは、不適切であると主張した。
2009年9月、「国連・国際通貨金融システム改革の専門家委員(Experts on reforms of the international monetary and financial system)」の報告書で、上記同様に、トリフィンのジレンマを挙げ、米ドル本位制の反省とSDRに着想を得た世界準備通貨構想について述べられている。
ジャーナリストのジョージ・モンビオットは、「ICUの提案されたメカニズムが発展途上国の意思決定に対して、より強い力を与え、今現在の状態ほど極度に国際貿易に巻き込まれてはいなかった」と主張している。

参考文献編集


国際清算事務局
The International Clearing Office (×Union)について

Multilateral Clearing Author(s): E. F. Schumacher Source:  Economica,  New Series, Vol. 10, No. 38 (May, 1943), pp. 150-165 Published by: Blackwell Publishing on behalf of The London School of Economics and Political Science and The Suntory and Toyota International Centres for Economics and Related Disciplines Stable URL:  http://www.jstor.org/stable/2549461

ケインズ
「債務国が均衡回復のためにその物価と賃金を変更することによって蒙る社会的緊張という犠牲は、一債権国に要求される犠牲に比較して不当に大きい(22)
(22)J・M・ケインズ「戦後の通貨政策」 『ケインズ全集25 戦後世界の形成─清算同盟』村野孝訳 東洋経済新報社 1992年 32頁

so that the contribution in terms of the resulting social strains which the debtor country has to make to the restoration of equilibrium by changing its prices and wages is altogether out of proportion to the contribution asked of its creditors.

 つまり、債務国の景気が低迷してしまうのを阻止できないことが、金本位制度の最大の欠点であり、この欠点を補う金本位制度とは異なる国際通貨制度が必要だというわけである。ここには明らかに、『一般理論』を書いたときの「国家的自給」を前提とする閉鎖体系から、それぞれの国の経済を不安定にする金本位制度とは異なる国際通貨制度によって、安定した開放体系に向かうという発想の転換があった。
 このときケインズが考えたのは「清算同盟案」と呼ばれる仕組みで、国際決済通貨「バンコール」を各国の口座に割り振り、それぞれの貿易の赤字と黒字を、口座と口座のやり取りだけで清算してしまうというものだった。注意すべきは、このバンコールは政府間で清算に使われるが、一般の通貨としては使用されない。

「金を蓄積する代わりに、バンコール債権を蓄積することは、これらの国が生産しまたは消費する能力、あるいは誘引をいささかも削減することはない。退蔵を信用機構に代替するならば、国内分野においてすでに繰り返されていた、あの、石をパンに変える奇跡と同じ奇跡を、国際分野において繰り返すことができるであろう(23)
23)J・M・ケインズ「国際通貨(あるいは清算)同盟」  同、123頁

以上、
経済学者の栄光と敗北 ケインズからクルーグマンまで14人の物語  
平成25年7月25日  東谷暁 #3 より孫引き
上記書(東谷の新書はバンコールを説明している入門書としては中公バックス、清水書院版と共におすすめ)は#16でスティグリッツの発言も紹介している。

スティグリッツ
「グローバルな準備通貨制度というアイディアは、比較的古くからあるものです。ジョン・メイナード・ケインズはブレトン・ウッズ体制の発足時、強い説得力をもって『バンコール』という世界通貨の創設を訴えましたが、当時のアメリカはそれを拒否しました。しかし、いまこそその時期が到来している、といっても過言ではないと思います(28)
(28)ジョセフ・スティグリッツ「円の価値がさらに上がる時代  アジア経済安定のために日本ができること」『Voice』2010年2月号 139頁

ブレトン・ウッズ協定 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AC%E3%83%88%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%83%83%E3%82%BA%E5%8D%94%E5%AE%9A
経済学者のジョセフ・E・スティグリッツは「第二次世界大戦後から1973年まで続いたブレトン・ウッズ体制の下では固定相場制だったので、現在(2013年)のグローバル経済よりも安定していたことは確かであり、最近のアメリカの経済学者の中からブレトン・ウッズ体制を再評価する声も出ている。しかし、ブレトン・ウッズ体制は、各国の生産性にばらつきが出てきたときに、対応できなくなってしまった。その結果、ブレトン・ウッズ体制は崩壊し、変動相場制に移行した」と指摘している*。

*^ ジョセフ・E・スティグリッツkotoba(コトバ) 2013年6月号


エルンスト・フリードリッヒ・シューマッハー - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%B3%E3%82%B9%


エルンスト・フリードリヒ・シューマッハー(Ernst Friedrich "Fritz" Schumacher, 1911年8月16日 - 1977年9月4日)は、ドイツ生まれのイギリス経済学者ジョン・メイナード・ケインズに師事した。イギリス石炭公社の経済顧問。
長年の石炭公社の勤務経験と経済学者としての分析から、石炭及び、その代替燃料としての石油の枯渇を予測し、原子力の利用についても警鐘を鳴らした。
1973年に刊行された『スモール イズ ビューティフル』は、その中でエネルギー危機を予言し、第一次石油危機として的中したことで世間の注目を浴び各国語に翻訳された。同書は The Times Literary Supplement により、第二次世界大戦後に出版された書籍の中で、世界に影響を与えた100冊に選出された[1]

経歴編集

ドイツ時代編集

ドイツのボンに、ボン大学政治経済学教授で、アシュケナジムユダヤ系ヘルマン・シューマッハーの次男として生まれた。祖父はコロンビア大使で、家柄は14世紀以来ブレーメン市長を務めた。
1929年、ボン大学に入学し、11月にイギリスに渡り、ケインズに師事した。翌1930年に奨学金を得てオックスフォード大学ニュー・カレッジに転学。さらに1932年には、アメリカのコロンビア大学に転学して金融学パーカー・ウィリス教授に師事し、経済学を修め、同大助講に抜擢された。
その後、ドイツに帰国し、溺れかけたナチスの高官を救助して、人命救助勲章を得て、アンナ・マリア・ペーターゼンと結婚した。しかし、同胞のユダヤ人が大量に離独するのを受け、自らもイギリスへの移住を実行した。

イギリス時代編集

祖国ドイツ降伏まで編集

1936年、ユニリーバ社の顧問となる。翌1937年に長男のピーター・クリスティンが誕生。後に義弟となるヴェルナー・ハイゼンベルクと出会う。バッテリー・トラクション社の顧問となる。
1940年、次男のジョンが誕生するも、敵国人として職を追われ、農場に職を得るも、収容され3か月後に釈放される。収容中に書いた Multilateral Clearing という国際決済制度に関する論文をケインズに送った。
1942年、ケインズの紹介でオックスフォード大学統計研究所に職を得る。『オブザーバー』紙の嘱託記者となる。後に、『タイムズ』紙や『エコノミスト』紙にも執筆するようになる。
1944年、ウィリアム・ベヴァリッジのために『自由社会における完全雇用』を執筆。翌1945年にイギリス国籍を申請し、英語風の「アーネスト・フレデリック・シューメーカー」と改名した。

戦後編集

1946年、英国占領地域管理委員会の経済顧問として訪独。長女のバーバラが誕生。ドイツの工業化についての論文を複数執筆。労働党入党。
1950年、イギリス石炭公社の経済顧問となる。農場勤務時代の経験からイギリス土壌協会に参加。翌1951年に次女のヴァージニア誕生。
1955年、ビルマ政府に招かれて経済顧問となり、現地を視察する。1960年、妻のアンナが亡くなり、翌1961年にヴェレナ・ローゼンベルガーと再婚。翌1962年にインド政府の経済計画委員会の顧問となる。
1963年、石炭公社の統計局長となり、ドイツのクラウスタール工科大学から経済学博士号が授与される。
1965年、『オブザーバー』紙が初めて彼の中間技術構想に賛意を示し、翌1966年に中間技術開発グループ(ITDG, 現Practical Action)を設立。「仏教経済学」を発表。
1967年、スコットバーダー社のトラスティとなる(1970年に顧問)。石炭公社の企画局長に転任。三女のカレンが誕生。1969年に四女のニコラが誕生。
1970年、イギリス土壌協会の会長となる。この間、各国政府の招きでペルータンザニアザンビア南アフリカを訪問。

石炭公社退任後編集

1971年、石炭公社を退職し、著述・講演活動に専念。ローマ・カトリックに改宗。1973年、『スモール イズ ビューティフル』を出版。翌1974年、CBE勲章受章、四男のジェームズが誕生。1976年、カーボランダム賞受賞。
1977年、『ア・ガイド・フォア・ザ・バープレクスド』を出版。9月4日スイス国内を汽車で移動中に心臓発作で客死。

家族編集

  • 先妻:アンナ・マリア・ペーターゼン( - 1960年)
    • 長男:ピーター・クリスティン(1937年 - )
    • 次男:ジョン(1940年 - )
    • 長女:バーバラ・ウッド(1946年 - )伝記 E.F. Schumacher: His Life and Thought(Harper & Row, 1984) を執筆
    • 次女:ヴァージニア(1951年 - )
  • 後妻:ヴェレナ・ローゼンベルガー
    • 三女:カレン(1967年 - )
    • 四女:ニコラ(1969年 - )
    • 四男:ジェームズ(1974年 - )

シューマッハー・サークル編集

彼の業績を記念して、シューマッハー・サークルが設立された。この組織には、シューマッハー・カレッジシューマッハー・ソサエティイギリス土壌協会New Economics Foundation が含まれる。
彼の文庫は、現在シューマッハー・ソサエティによってマサチューセッツ州グレイト・バリントンに保存されている。

著作リスト編集

脚注編集

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  1. ^ The Times Literary Supplement, October 6, 1995, p. 39

外部リンク編集



ケインズの忘れられた貿易機関構想

スーザン・ジョージ(Susan George)
文筆家、トランスナショナル研究所(アムステルダム)理事長
ディプロ2007-1 - Une autre organisation du commerce international etait possible
http://www.diplo.jp/articles07/0701-3.html
メイナード・ケインズは、世界貿易のルールを全面的に作り替える構想を打ち出していた。彼が提唱したのは、国際貿易機関(ITO)の創設である。また、それを支える国際中央銀行として国際清算同盟(ICU)を設け、国際貿易の決済通貨となる「バンコール」を発行する。二つの機関はいずれも実現しなかったが、もし実現したらどうなっていたかを考えてみる価値はある。なぜなら、これらの機関ができていたら、先進国と途上国、双方の住民の必要に応じた貿易システムが構築され、世界は現在よりも理にかなったものとなっていただろうからだ。
 ITOとICUが実現していれば、現在のような巨額の貿易赤字(例えばアメリカは2005年に7160億ドル)や貿易黒字(例えば中国のそれ)を記録する国は出てこなかっただろう。途上国に対外債務がのしかかり、世銀とIMFが構造改革政策を推進するという事態もありえなかった。この構想によって資本主義が消滅するわけではないが、改めて検討してみる価値はあるだろう。多少の修正は必要にしても、基本的な部分は今でも十分通用する。
 ITOが確立するはずだった貿易ルールの詳細を説明する前に、この機関が実現しなかった理由に触れておく必要がある。アメリカが望まなかったから、という説明が一般的で、これは確かに本当だが、事態を単純化しすぎている。構想の挫折には、他の政治的要因も働いていたからだ。

_______

追記:

バンコールとエヴァ(イヴァ)

バンコールはLETS通帳式。イヴァ(ドイツ語読みでエヴァ)は紙幣式。
ケインズは貨幣論1930年ですでに案を述べている。

4.8. Der Weltwährungsverein (Internationale Valuta-Assoziation) :: pavitro.net
http://www.pavitro.net/nwo/gesell-nwo/freigeld/kap-4-8.html



4.8. Der Weltwährungsverein (Internationale Valuta-Assoziation ...


Weltwährungsverein. International valuta association (Iva). - Union universal de cambio. 1. In den Staaten, die sich dem Weltwährungsverein (der Internationalen ValutaAssociation ;,Iva") anschließen wollen, wird als Währungseinheit die "Iva" ...



  1. If this international currency policy, undertaken in the interest of the Iva note, leads to an appreciable and lasting discrepancy with currency stabilisation, an international investigation is instituted by the Iva office to discover the cause of the disturbance and to issue to all the countries of the Association the instructions necessary for its elimination.
 Figure 7. Stabilisation of the international Exchanges by means of international (Iva) notes.
The upper, lightly shaded part of the reservoirs represents national notes; the darker shading international notes.


ゲゼルの国際通貨同盟案
http://www.asahi-net.or.jp/~vb7y-td/L2/220902.htm

3736.ゲゼルの国際通貨同盟案



ゲゼルの国際通貨同盟案 From: Eiichi Morino ケインズの国際清算同盟案はよく知られている。じゃあ、ゲゼル案はどんなもの なの? 
それはInternational Valuta association 頭字を採ってIVAと呼ばれて います。 非常にシンプルなものですが、ドイツが返済不可能なゴールドマルク建て賠償義 務を負わされ、いずれドイツ産業は復活するとみた投機筋が紙幣マルクを買い持 ちしていたのが、ハーフェンシュタインの通貨拡張がインフレを生み、投機筋が 1923年(の6月だったかな)、最終的に匙をなげ、全面的なマルク売りポジ ションに殺到して史上希なるハイパーインフレに突入した時代、金本位による苛 烈なインフレとデフレによる景気調節の時代、ありうべき国際経済の受容可能な シンプルな枠組みの提案といえるものです。 物価水準安定化のための貨幣量管理プラス手形貸付による融資の国際的構想プラ ス、ケインズ案のバンコールのような独自な国際決済通貨イヴァの創造というと ころかな。こうした国際的枠組みのなかでの各国内国経済における内国通貨管理 (指数通貨や消滅貨幣など)との関連は後述。 ・・・
 ○ イヴァ加盟国は貨幣単位Ivaを採用する。 [M注記:貨幣呼称、単位を採用するとは、表券主義の伝統にたって代表貨幣がそ の通貨単位によることを意味する]
 ○ この新貨幣単位は、たとえばゴールドのようななんらかの物質に依存する静 態的なものではなく、ダイナミックな通貨政策に基づく。つまり、貨幣・金融政 策によって常にその価値が維持されるものだ。
 ○ Iva採用国は、安定通貨のキホンたるテオフィール・クリステン理論( 絶対通貨本位)を目標とした通貨・金融政策を実行する。
 ○ この絶対的通貨本位のキホンにあるのは、安定した物価水準であり、 その統計整備を加盟国は同じ手法で行う。
 ○ この絶対的通貨本位をターゲットとした積極通貨政策は貨幣数量説 を基礎とする。 [M:注記:これを統計的な手法においても発展させたのが、I・フィッシャーの 『貨幣購買力』] つまり、一般物価水準に狂いが生じた場合は貨幣供給の増減により物価水準の現 状回復を図る。
 ○ Iva加盟国は内国貨幣制度は個々に固有のものであってよいが、上記の基本原 理を尊重する。
 ○ この共通基盤によって内国通貨政策が展開せられれば、貿易不均衡やこれに 起因する為替変動を除去しうる。
 ○ 人為によらざる原因による貿易不均衡はこれを許容する。
 ○ しかしこの不均衡を除去するために、特殊な国際的本位紙幣をIva 通貨同盟は発行し、加盟国間貿易決済に使用でき、輸出入当事国の貨幣 と同一相場で法定不換紙幣として受容されるものとする。
 ○ イヴァ本位紙幣はベルンにおかれるイヴァ局によって印刷製造される。
 ○ イヴァ紙幣の発行高は為替相場管理の目的に充てられる範囲とする。 たとえば内国紙幣流通残の20%。
 ○ イヴァ局は加盟各国に給付したイヴァ紙幣に相当する為替手形を受け取る。 この手形は、当該国が通貨政策のよろしきをえず、貿易差額の継続的逆調 となりイヴァ紙幣の払底を見るようなとき、プレミアム分を負担することでしか イヴァ紙幣を入手しえなくなったとき、その日から手形には利子が発生すること とする。 [M注記:一種の輸入赤字抑制効果ねらいかな]
 ○ イヴァ紙幣は少額額面で取引に好便なように発行される。その過不足は政府 に把握しやすく通貨政策展開に役立つ。
 ○ 加盟各国はイヴァ紙幣と自国紙幣を同一相場で流通させる方策を講じること が自国の利益につながるとして行動するようになる。 
○ イヴァ通貨が輸出超過によって流入し続ける加盟国は自国通貨の 流通量を減じ、逆にイヴァ通貨が流出する場合は自国通貨比率を引き上げること になる。 
○ イヴァ通貨の国際的通貨政策が安定通貨による絶対的本位から乖離 するときは加盟各国による原因究明と対策を協調してとる。
 ○ イヴァ通貨の管理費はイヴァ中央発行所が負担し 
○ この管理費は、加盟国のイヴァ紙幣受領高に比例して負担される。 
○ イヴァ通貨同盟加盟は欧州諸国にかぎらない。
 ○ 脱退は、イヴァ通貨受け入れの代わりに差し入れた手形を弁済すれば いつでも可能。
 ○ イヴァ通貨同盟の清算はイヴァ局の手形弁済が総て行われ、それに よって回収したイヴァ紙幣を廃棄するだけである。
 ============================== 
貨幣数量方程式、ゲゼリアンの場合 From: Eiichi Morino 思い返すとずいぶん以前のことになりますが、マネタリストの議論が流行ってい たこともあり、本MLで貨幣数量方程式に関係する議論が盛り上がった記憶があり ます。まあMLではそう突っ込んだ話も無理なところもあり、それぞれが肩入れす る経済学説の信念に属するような次元で話は収まるということでしたでしょう か。 話は、MV=PTの左辺の問題で、通常のように貨幣の流通速度Vを一定とせず、消 滅貨幣の導入によってVが変わるような場合、Mの量が増えてインフレになるのと どこが違うかということであったように記憶しています。 簡単に言えば、たとえば年率5%のインフレと年率で5%減価する貨幣の仕組み とはどこが違うの?ということでもあります。 この問題はかなり解答を書くのがやっかいな問題で、90年代にフランスの極左 ケインジアン(笑)のミシェル・エルランに連絡がついたとき、彼がふっかけて きた問題でもあり、MLで話題が出たときはやれやれと思ったものでした。 しかし昨今、単純素朴なインフレターゲット論や右辺にあたる名目GDP(PT)の 伸びを期待する議論などが跋扈していて、ゲゼリアンはどうなのといわれそうで す。 MLの顔ぶれも様変わりしているでしょうから、こちらのサイドからみた貨幣数量 方程式をちょっと話題にすることにします。 この貨幣数量説の考えは古くからあり、我が国では三浦梅園にまで見出せます が、ゲゼリアンの場合は、ゲゼルの同志でバイエルン革命でも行動を共にした数 学者T・クリステンの仕事といえるでしょう。1916年版(初版)の『自然的 経済秩序』には末尾に、生産高や地代、賃金等の分配問題に関するクリステンの モデルが付録で掲載されているように、かなり両者の考えは共通していることを 予想させます。 当時のゲゼリアンが使っていた数量方程式は、クリステンの手になる下記のよう なものです。 G・U/W=P ここでGは貨幣量、Uは貨幣の流通速度、Wは商品供給、Pは物価で、それぞれを表 す独語の頭字を採っています。 誰でも知っていることは貨幣経済、信用経済を持つ市場経済では、価格が決定さ れるのは需要と供給によるということです。この需要は、その社会にどれだけ貨 幣があるか、つまり貨幣量によって表されます。同時にまた、ゲゼリアンの場合 はマネタリストと違って、U、つまり貨幣の流通速度によっても増減するとしま す。経験的にUを一定と扱いうるということと、需要の増減因子として貨幣の流 通速度を押さえることは区別されるべきですね。また現金を使わない取引があっ ても、その契約・履行は代表貨幣をもって実行されますので、G・Uの値を増加さ せます。 もしPの変動、つまり物価変動があるとするとあらゆる支払契約に影響します。 たとえば100円を1週間後に支払うという約束は、1週間のうちに物価が騰貴 し100円の購買力が落ちれば、その分実質的に減少します。また物価の変動は 景気や失業率、商品在庫の変動をもたらすと考えます。つまり、ゲゼリアンはP の変動があらゆる経済契約履行の基礎にある貨幣システムに大きな規定的力を有 していると考えました。そこで上記の式は右辺のPを決定する事情を左辺で与 え、左辺から右辺を読む格好になります。 Pの変動は変数Gからも貨幣の流通速度Uからも商品量Wからも起こりえます。 Pの騰貴はインフレ。下落はデフレ。 この変動は安定した経済システムの基礎たる貨幣システムに打撃を与えているこ とでもあります。それを回避するためには物価の安定をはかる必要があります が、そのためにはインフレ時の生産増、デフレ時の商品量削減が考えられます が、前者は常になしうるわけはなく、後者は失業と貧困をもたらすでしょう。 そこで、物価の安定は貨幣サイドから取り組まれねばならない。(この点ではマ ネタリストと一緒)。GとUをコントロールしなくちゃならない。(この点ではマ ネタリストと異なる。マネタリストはGの管理だけ)。 そこでこのGとUの管理の基本に何をおくかです。当時は金本位制でしたが、これ をとらず、多数の商品価格から計算された物価指数を採用する「絶対的通貨本 位」(クリステン)を主張。この考えはF・ソディも導入したし、I・フィッ シャーが発展させることになる(『安定通貨』)。 長くなるのでこのへんで一区切り。長文ご容赦。 ============================== 
From: 田中 こんにちは 最近の森野様の投稿、非常に興味深く読ませて頂いております・・・ただ、私の頭で はなかなか理解が難しく・・・といったところがもどかしいです^^; >簡単に言えば、たとえば年率5%のインフレと年率で5%減価する貨幣の仕組みと はどこが違うの?ということでもあります。 以前から疑問に思っていました。 インタゲが可能なら、それで良いのではないのか・・・・と、 MV=PTというのは、完成した式だと思っていましたが、他にも考えうる要素があった のですね・・・知りませんでした(汗) また、減価する通貨を流通させる場合でも、自由土地とのセットでないと、本来の意 味をなさないのかなぁ 通貨だけが減価するのであれば、価値のあまり変わらない財、「土地」や「金 (gold)」などを買うことで財の退蔵が可能になってしまう また、政府通貨を減価通貨で云々・・・という話も巷にはありますが、為替の問題を どう取り扱うのか・・・・???とか 
==============================
 From: Eiichi Morino > 以前から疑問に思っていました。 > インタゲが可能なら、それで良いのではないのか・・・・と、 最近の勇ましい議論を吠え立てる方々も、ケインズの一般理論、 第21章、物価の理論を勉強なさったはずと思うんですがねえ。 再読してみると興味深いですね。 「欺瞞的な単純さ」(ケインズ)が跋扈していますから。 
_____ 

1372夜『貨幣論』ジョン・メイナード・ケインズ|松岡正剛の千夜千冊
http://1000ya.isis.ne.jp/1372.html
ケインズは国際通貨制度についても、幾つかの独創的なアイディアを提案した。このあたりそうとうに編集的であり、かつ偏執的である。

 たとえば、超国民的銀行(SNB)を提案した。しくみがおもしろい。この銀行は創業資本をもたないが、その債務が各国の加盟中央銀行によって保証されているというもので、中央銀行とのみ取引をおこなう。このとき、加盟中央銀行から預託された預金勘定を開設して、SBMという国際通貨を発行する。SBMは2パーセントの価格幅で金(ゴールド)と交換可能であるとし、加盟各国の通貨は金に対する条件と同じ条件でSBMと交換できるようにしようというものだった。ケインズはSBM建ての国際的公債も発行できることまで付け加えた。

 「国際清算同盟」というアイディアもあった。1941年ごろから構想していたもので、打ち続く世界大戦後の世界経済社会を想定して、戦後の賠償問題にあらかじめ手を打っておこうというプランである。
 「バンコール」という国際銀行通貨についてのアイディアは、SBMを発展させたもので、各国が開設しうるバンコール勘定の割当て額を各国の過去の輸出入金額の実績にもとづいて決めておいて、バンコールを金の等価物として認めさせ、各国通貨を一定の平価でこれに次々にリンクさせようという構想だった。バンコール発行額には総額240億ドルという当初の想定すらされた。
 しかし、こうしたアイディアはすべてブレトンウッズ体制のなかで、IMFと世界銀行に切り替わってしまったのである。SBMもバンコールも生まれず、結局はアメリカの国際経済政策のための戦後体制(ブレトンウッズ体制)ができあがっていったのだった。1354夜の『IMF』、および1332夜のジョージ・ソロスのところを読まれたい。 
____

たぶん日本で一番長い「ケインズ 年譜」  (美津島明) - 美津島明編集「直言の宴」
http://blog.goo.ne.jp/mdsdc568/e/fedd668d31afc7cd1c94e5529ccb5836/?cid=f71c39aa9f88e0e84ab9ea7915a23b70
一九四三年(昭和十八年)六〇歳 三月、戦後世界金融制度のためのアメリカ案がイギリスにとどき、ケインズは討議のためにアメリカに渡る。ケインズ案とホワイト案が衝突する。

ケインズ案は、一種の世界(中央――引用者補)銀行の設立であった。国際経済の動きに応じて、ちょうど一国で中央銀行が操作するように、世界的に必要とする資金の流動性を保証するための世界の中央銀行――ケインズが「清算同盟」とよんだものをつくる。それは「バンコール」とケインズがよんだ国際支払い通貨を、この銀行への各国の預金の形で創設する。そして、アメリカとイギリスの国際収支関係がアメリカの一億ポンドの黒字、イギリスの赤字であったときには、それ相当額のバンコール預金をイギリスからアメリカに移す。長期的には、世界貿易の増加につれてバンコール預金も増やし、その比を一定にする。ただし、もしも赤字国の赤字が、割当を受けたバンコールの一定比以上になると、その国は為替レートの切下げ、一定額の金準備の引渡し、海外投資規制等を受け、逆に黒字国の黒字の割合が一定比以上になると、逆に為替レートの切下げ、国内拡大政策、海外援助などを求めるというものであった。(中略)ブレトン・ウッズ協定によってつくられた国際通貨基金(IMF)はアメリカのホワイト案をもとにしたものであった。それはケインズ案と異なって、加盟国が基金に出資しなければならなかった(四分の一は金で、残りの四分の三は自国通貨で)。そして各国が必要に応じて引出すことができる額は、この四分の一の部分を除いて、貸付にかなりの規制を受けた。さらにIMFの出資金は、バンコールのように自動的に増加するわけではない。それはあくまでも為替相場安定のための機構であったにすぎない。(中略)IMFの金額は、ケインズの考えに比べて、あまりにも少額であった(ケインズ案は二五〇億ドル、ホワイト案は五〇億ドル、IMFは八八億ドル)。「ケインズの思想と理論」伊東光晴(『世界の名著 ケインズ ハロッド』解説)

____  

ゲゼル思想研究日誌(4): 巷間哲学者の部屋
http://philosopher.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/post_49cf.html
 経済学を学んだ方なら誰でも知っている事実だと思いますが、不勉強な私はこれを知りませんでした。たまたまゲゼルつながりでインターネットを検索していて見付けた記事にあったのです。これを知った時、ゲゼルの提唱した通貨革命を世界規模で起こすためのヒントが見付かったような気がしました。今回はそれについて書きます。今回の主役はゲゼルさんではなくて、二十世紀を代表する経済学者だった英国人、ジョン・メイナード・ケインズです。時はまだ日本が絶望的な戦争を戦っていた1944年にまで遡ります。第二次世界大戦の帰趨が見え始めていたこの年の7月、連合国側はニューハンプシャー州ブレトン・ウッズで戦後の経済体制について話し合いを持ちます。会議で対立したのは、イギリスとアメリカでした。もっと端的に言えば、それまで世界の基軸通貨だったポンドと、新しく基軸通貨の地位を狙うドルの対立だったと言ってもいいと思います。この時、イギリス代表として驚くべき提案を持って会議に臨んだのが、ケインズその人だったのです。それは(私見によれば)ゲゼルの「国際通貨連盟」と、ほとんど瓜ふたつの構想でした。ケインズの方は「国際清算同盟」(International Clearing Union、略称ICU)と呼び、そこが発行する国際通貨は「バンコール」と名付けられてはいましたが。
 ケインズ案を簡単に説明すると、こういうことになります。(例によって初学者の理解なので、間違いがあればご指摘ください。) ICUに加盟する国のあいだの貿易では、決済通貨としてバンコールが使われます。各国の通貨とバンコールは、基本的には一定のレートで固定されていて、ICUの仲介によって貿易収支の決済を行なうことになります。バンコールは貿易決済専用の通貨ですから、実体ある紙幣のようなものである必要はありません、ICUの帳簿上に存在すればいいのです。各国の通貨当局がICUに口座を開き、そこに貿易収支を記帳して行くイメージです。ね、これって何かに似ていませんか? そうです、地域通貨の代表格であるLETSそのものじゃないですか! LETSが発案されたのは、1983年にカナダのバンクーバーでだったと記憶しますが、それより40年も前にケインズは国際版LETSともいうべきものを考えていたんですね。(この点ではゲゼルのIVAは現実の紙幣(為替券)を想定していましたから、まだLETSのシンプルさにはたどり着いていませんでした。) しかも、ICUに参加する国には、多額の拠出金を求めないという点でも、ケインズの考え方は地域通貨のLETSに通じるものがありました(この点はゲゼルのIVAも同じ発想でした)。さらには現在のLETS通貨が抱えている問題、すなわち参加者のある人はマイナスばかりためてしまい、ある人はプラスばかりためてしまうという問題に対しても、ケインズは対策を考えていました。常に輸入超過または輸出超過でバンコール残高の大きくなってしまう国には、一定の課税を行なうことを盛り込んでいたのです。これは通貨の価値保蔵機能に制限を付ける持ち越し税、つまりマイナス利子のアイデアに他なりません。これによって、参加国は常に貿易収支がバランスすることを努力目標として求められるのです。
_____

以下の書に、アメリカ財務省がバンコールを恐れたとある。銀行家ハリー・ホワイトの名がケインズと併記され、シューマッハの名はない。



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以下のようにケインズ案(バンコール)とホワイト案(ユニタス)とは別。

ブレトン・ウッズ協定及び国際通貨基金 (IMF) の発足[4]にあたって、イギリスのケインズ[5]とアメリカのホワイト案[6]が英米両国の間で討議されたが、IMFはホワイト案に近いものとなり、以後世界ではドルが基軸通貨となる。 1945年「対ソ100億ドル借款案」がモーゲンソー財務長官を経て、ルーズヴェルト大統領に渡っている。モーゲンソー・プランでは、ドイツからすべての産業を取り去り、戦争ができない農業国にするよう提言した。
戦後、共産主義者であると告発を受けた。 1948年の夏に下院非米活動委員会において、ウィテカー・チェンバース英語版エリザベス・ベントリー英語版が、ソ連のNKGB(国家保安人民委員部、KGBの前身)の在米責任者ボリス・ブコフ英語版大佐指揮下の秘密工作機関について知る限りを証言、その中に彼の名前があったため、非米活動委員会に召還された。委員会において彼は自分がスパイであることを否定した[7]
下院非米活動委員会[8]に出席した三日後、ニューハンプシャー州の自分の農場にて心臓発作により死去。これはジギタリスの大量服用による心臓麻痺で、自殺だったと言われている。

参考:

ホワイトと新世界秩序の創造 単行本 – 2014/8/26


19 Comments:

Blogger yoji said...

バンコール - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%B3%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%AB
バンコール(bancor)は、1940年から1942年にジョン・メイナード・ケインズとエルンスト・フリー
ドリッヒ・シューマッハー☆(『スモールイズビューティフル』で有名)が提案した超国家的な通
貨のことを言う。第二次世界大戦後に世界経済を安定させるため、英国がブレトン・ウッズ
会議でバンコールの導入を公式提案したが、アメリカ合衆国の合意をとりつけることができ
ず、実現には至らなかった。この会議では最終的に、バンコールではなく、世界銀行とIMF
によって管理された制度において、物理的な金(きん)と結び付けられる固定為替相場制(
金本位制)が採用された。そして、金との兌換性を維持した米ドルを基軸通貨とするブレト
ン・ウッズ体制は1971年のニクソンショックまで続くことになる。一部、IMFのSDR(特別引
出権)が、バンコールの機能を継承されているという考え方もある。

http://www.kanekashi.com/blog/2012/02/001819.html
…ゲゼルは世界通貨の提案(『自然的経済秩序』4-7 世界通貨同盟)まで行い、ケインズ
のブレトン・ウッズ会議に際して提案した世界通貨(バンコール)はこのゲゼルの考え方
に基づいていました。

11:23 午前  
Blogger yoji said...

周小川・中国人民銀行総裁論文 中国が構想するドルに代わる新基軸通貨(原題・国際通貨システム改革に関する考察)[含 周論文が示す国際金融の「米中G2時代」]
周 小川

田代 秀敏 [訳]
この論文をさがす

NDL-OPAC
CiNii Books
収録刊行物

エコノミスト
エコノミスト 87(33), 72-77, 2009-06-23
毎日新聞社

3:53 午後  
Blogger yoji said...

必要がある


スラッファのように標準商品を措定することではじめて転形問題を解決出来る
均衡の条件である連続性を標準商品が保証する
労働市場の均衡は市場経済が発達しても保証されていないから、
スラッファは今も示唆的だ
ケインズはフィアットマネーに標準商品を求めたので立場は違うが
スラッファの才能は買っていた
スラッファは後期ウィトゲンシュタインへ示唆を与えた

バンコールにはスラッファではなくゲゼルの影響があるが
(カントに足りなかった視点)

10:33 午後  
Blogger yoji said...

バンコール - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%B3%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%AB
バンコール(bancor)は、1940年から1942年にジョン・メイナード・ケインズとエルンスト・フリー
ドリッヒ・シューマッハー☆(『スモールイズビューティフル』で有名)が提案した超国家的な通
貨のことを言う。第二次世界大戦後に世界経済を安定させるため、英国がブレトン・ウッズ
会議でバンコールの導入を公式提案したが、アメリカ合衆国の合意をとりつけることができ
ず、実現には至らなかった。この会議では最終的に、バンコールではなく、世界銀行とIMF
によって管理された制度において、物理的な金(きん)と結び付けられる固定為替相場制(
金本位制)が採用された。そして、金との兌換性を維持した米ドルを基軸通貨とするブレト
ン・ウッズ体制は1971年のニクソンショックまで続くことになる。一部、IMFのSDR(特別引
出権)が、バンコールの機能を継承されているという考え方もある。

http://www.kanekashi.com/blog/2012/02/001819.html
…ゲゼルは世界通貨の提案(『自然的経済秩序』4-7 世界通貨同盟)まで行い、ケインズ
のブレトン・ウッズ会議に際して提案した世界通貨(バンコール)はこのゲゼルの考え方
に基づいていました。
http://1.bp.blogspot.com/-Q6ag7KSaTgI/TulW5cug6OI/AAAAAAAAEns/owmf9jPOXqw/s1600/a0024841_8563499.jpg


以下、経済学者の栄光と敗北 ケインズからクルーグマンまで14人の物語  より

スティグリッツ
「グローバルな準備通貨制度というアイディアは、比較的古くからあるものです。ジョン・メイナ
ード・ケインズはブレトン・ウッズ体制の発足時、強い説得力をもって『バンコール』という世界
通貨の創設を訴えましたが、当時のアメリカはそれを拒否しました。しかし、いまこそその時期
が到来している、といっても過言ではないと思います(28)」
(28)ジョセフ・スティグリッツ「円の価値がさらに上がる時代  アジア経済安定のために日本が
できること」『Voice』2010年2月号 139頁

5:15 午後  
Blogger yoji said...

吉川洋 とシュンペーター
#17
対米交渉過程において書かれたイギリス大蔵省のメモランダムの一部が最近公刊された(Peden, 2004 の第九章)。これは『ケインズ全集(CWK)』二五、二六巻を補完する内容である。

Peden, G. C.(2004), ed. Keynes and His Critics: Treasury Responses to the Keynesian Revolution, 1925
1946, Records of Social and Economic History New Series 36, Oxford: Published for the British Academy by Oxford University Press.

12:52 午前

12:55 午前  
Blogger yoji said...

般理論』、p.376;下,184ページ/ XXVI,p.33など参照(KEYNES-13/-15)

ここには「キリスト教の倫理」観に支配された、「宗教」としてのキリスト教的偏見が入り込み、ユダヤ系のマルクスが著した『資本論』を、それ故に異端的「コーラン」に擬している。これは『資本論』を宗教裁判的に「禁書」扱いにして、そこで問題になっている「資本家的生産様式」が醸しだす現実の姿を問題にすることを極力避けようとしたことを意味している#2。1940年ともなれば、「資本主義」は体制概念となって、ケインズは、「資本主義的民主主義」(capitalist democracy)をどのようにして維持していくか、という議論をしだすのであった#3。

[3] 「戦争」を経済機構の中に組み込んだ「体制資本主義」資本家的生産様式が発達をし、独占体の形成が進んできた19世紀の後半以降には株式会社形態による資本調達機構、そのマーケットの形成が進み、1917年にレーニンが分析した「金融寡頭制」が支配的な形態になってくる#4。そして1929-33年にはアメリカをその発信地とした「世界恐慌」が世界を覆う。アメリカでは恐慌状態は一応鎮静化するが1937/38年には「中間恐慌」というような事態が勃発し#5、これを克服すべく、ケインズが「資本主義」を民主主義的になどと考えている矢先の1941年に、今度は「戦争」という手段でこの恐慌に立ち向かう。 もっともケインズも1936年の時点では、すでに「戦争」をも強大なマーケット問題として想定していた#6: 非自発的な失業が存在する時、労働の限界的な不効用性は限界生産物の効用性よりも必ず小さい。もっともっと小さいと言える。というのは長期間失業していた人にとっては、ある程度の労働は負の効用どころか正の効用を持つかもしれないのである。もしこれが期待し得るなら、いま議論してきた、「浪費的な」公債支出も、それにもかかわらず、バランス上はコミュニティを富ませることになるのだ。ピラ

#2:ケインズ「バーナード・ショーへの返答」JMK XXVIII,pp.32-33/ p.38(KEYNES-12)
http://repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/33280/rkz044-3-01-abe.pdf

7:14 午後  
Blogger yoji said...

トリフィンのジレンマ
http://pixy10.org/archives/629652.html
「ドルが基軸通貨として役割を果たすためには、アメリカがドルを使い、他国がドルを受け取り、
世界中にドルが十分供給されることが必要である。しかし、アメリカが世界へのドルの供給を増加
させるということは、アメリカの国際収支の赤字が増大することになる。ところが、アメリカの国際
収支の赤字の増加は、基軸通貨としてのドルへの信認を低下させることになってしまうのである。」

---ジャック・アタリ「金融危機後の世界」

これを最初に提唱したのが、ベルギーの経済学者、ロバート・トリフィン。
この話を著書で発表したのが1960年というから驚いた。

7:33 午後  
Blogger yoji said...

ビットコインの原論文を読む » ピッチブレンド blog
http://kogarashi.net/pitchblende/bitcoinwhitepaper

概要
1節 はじめに
2節 電子通貨のやり取り
3節 タイムスタンプサーバ
4節 演算量証明
5節 ネットワーク
6節 ネットワーク参加者への報酬
7節 使用ディスクスペースの節約
8節 取引の簡易検証法
9節 コインの融合と分離
10節 プライバシー
11節 数学的根拠(前編)
11節 数学的根拠(後編)
12節 結論

ビットコイン原論文日本語
http://kogarashi.net/pitchblende/wp-content/uploads/2014/03/BitcoinWhitepaperJapanese.pdf



7:44 午後  
Blogger yoji said...

邦訳ケインズ全集29:55頁より
バーナード・ショー宛て、1934年12月2日

 私の『資本論(Das Kapital)』についての感じ方は、『コーラン』についてのそれと同じです。私は、そ
れが歴史的に重要であることを承知しており、また多くの人々ーーそのすべてが馬鹿者ではありませんが、そこ
に或る種の「千年の岩(Rock of Ages)」と霊感の内包を見出していることも知っています。しかもなおそれに目
を通すとき、それがこのような効果を持ち得ると自らに説明することが出来ないのです。その退屈で時代遅れのアカ
デミックな議論は、目的のための材料として、余りにも不適切なように見えます。それにしても、私が申し上げたよ
うに、『コーラン』についてと正に同じものを感じます。いったい如何にして、これらの書物の双方が、世界の半ば
をめぐって、戦禍を齎(もたら)し得たのでしようか? そのことが、私に衝撃を与えます。私の理解には、明らかに、或る種
の欠陥があるでしよう。あなたは、『資本論』と『コーラン』の双方を信じますか。或いは「資本論」だけですか。
しかし、後者の社会学的価値がどうあれ、その現代的な経済学的価値は(時折の、しかし非建設的で非連続的な洞察
のひらめきは別として)ゼロです。あなたは、それを読み直す約束をされますか、もし私がそうするとして....?
 ご健康を念じつつ。

11:51 午後  
Blogger yoji said...

61~2


  ジヨージ・バーナード・ショウ宛て、一九三五年一月一日
親愛なるバーナード・ショウ
 お手紙ありがとうございます、私は努力してあなたの言葉を心に留めましよう。あなたが言われることにはーー通
常そうですから何かがあるに違いありません。しかし、私は、先週、出版されたばかりのマルクスーエンゲルス
往復書簡集を読みつつ、昔のカール・マルクスに別の光を当ててみたのですが、大きな進展はありませんでした。私
は、人の中ではエンゲルスの方を好みます。私は、彼らが研究遂行の或る方法と執筆上のひどい仕方ーーその双方を、
彼らの後継行たちが忠実に維持してきたのですがーーを発明したのを見ることができます。しかし、もしあなたが私
に、彼らは経済の難問に対する解決の手がかりを発見したのだとおっしやるなら、やはり私は困惑しますーー私は時
代遅れの議論以外の何ものをも見出し得ないのです。
 しかしながら、私の心境を理解して頂くためには、私が、世界の人々の経済問題についての考え方を恐らく今
ただちにではなく、向こう10年間のうちに大きく変革すると思われる経済理論に関する書物を書いていると自
ら確信していることを、あなたに知って頂かなければなりません。私の新しい理論が正しく理解され、政治や感情や
情熱と混ぜ合わされたとき、行動や事象に及ぼす影響において、どのような最終的結果を齎すか、予見することはで
きません。しかし大きな変化が起こるでしようし、なかんずく、マルクシズムのリカード的基礎は打ち壊されるで
しよう。私は、このことを、現時点であなたが、或いは他の人々が、信じて下さるとは期待し得ません。しかし、私
自身としては、私の言っていることは単なる希望ではないと思っていますーー心中、私は完全に確信しているのです。
 リデイアが、あなたとシャーロットによろしく、と。
                          常にあなたの
                             J・M・ K

12:06 午前  
Blogger yoji said...

邦訳ケインズ全集29:55頁より
バーナード・ショー宛て、1934年12月2日

 私の『資本論(Das Kapital)』についての感じ方は、『コーラン』についてのそれと同じです。私は、そ
れが歴史的に重要であることを承知しており、また多くの人々ーーそのすべてが馬鹿者ではありませんが、そこ
に或る種の「千年の岩(Rock of Ages)」と霊感の内包を見出していることも知っています。しかもなおそれに目
を通すとき、それがこのような効果を持ち得ると自らに説明することが出来ないのです。その退屈で時代遅れのアカ
デミックな議論は、目的のための材料として、余りにも不適切なように見えます。それにしても、私が申し上げたよ
うに、『コーラン』についてと正に同じものを感じます。いったい如何にして、これらの書物の双方が、世界の半ば
をめぐって、戦禍を齎(もたら)し得たのでしようか? そのことが、私に衝撃を与えます。私の理解には、明らかに、或る種
の欠陥があるでしよう。あなたは、『資本論』と『コーラン』の双方を信じますか。或いは「資本論」だけですか。
しかし、後者の社会学的価値がどうあれ、その現代的な経済学的価値は(時折の、しかし非建設的で非連続的な洞察
のひらめきは別として)ゼロです。あなたは、それを読み直す約束をされますか、もし私がそうするとして....?
 ご健康を念じつつ。


61~2


  ジヨージ・バーナード・ショウ宛て、一九三五年一月一日
親愛なるバーナード・ショウ
 お手紙ありがとうございます、私は努力してあなたの言葉を心に留めましよう。あなたが言われることにはーー通
常そうですから何かがあるに違いありません。しかし、私は、先週、出版されたばかりのマルクスーエンゲルス
往復書簡集を読みつつ、昔のカール・マルクスに別の光を当ててみたのですが、大きな進展はありませんでした。私
は、人の中ではエンゲルスの方を好みます。私は、彼らが研究遂行の或る方法と執筆上のひどい仕方ーーその双方を、
彼らの後継行たちが忠実に維持してきたのですがーーを発明したのを見ることができます。しかし、もしあなたが私
に、彼らは経済の難問に対する解決の手がかりを発見したのだとおっしやるなら、やはり私は困惑しますーー私は時
代遅れの議論以外の何ものをも見出し得ないのです。
 しかしながら、私の心境を理解して頂くためには、私が、世界の人々の経済問題についての考え方を恐らく今
ただちにではなく、向こう10年間のうちに大きく変革すると思われる経済理論に関する書物を書いていると自
ら確信していることを、あなたに知って頂かなければなりません。私の新しい理論が正しく理解され、政治や感情や
情熱と混ぜ合わされたとき、行動や事象に及ぼす影響において、どのような最終的結果を齎すか、予見することはで
きません。しかし大きな変化が起こるでしょうし、なかんずく、マルクシズムのリカード的基礎は打ち壊されるで
しょう。私は、このことを、現時点であなたが、或いは他の人々が、信じて下さるとは期待し得ません。しかし、私
自身としては、私の言っていることは単なる希望ではないと思っていますーー心中、私は完全に確信しているのです。
 リデイアが、あなたとシャーロットによろしく、と。
                          常にあなたの
                             J・M・ K


12:09 午前  
Blogger yoji said...

邦訳ケインズ全集29:55頁より
バーナード・ショー宛て、1934年12月2日

 私の『資本論(Das Kapital)』についての感じ方は、『コーラン』についてのそれと同じです。私は、そ
れが歴史的に重要であることを承知しており、また多くの人々ーーそのすべてが馬鹿者ではありませんが、そこ
に或る種の「千年の岩(Rock of Ages)」と霊感の内包を見出していることも知っています。しかもなおそれに目
を通すとき、それがこのような効果を持ち得ると自らに説明することが出来ないのです。その退屈で時代遅れのアカ
デミックな議論は、目的のための材料として、余りにも不適切なように見えます。それにしても、私が申し上げたよ
うに、『コーラン』についてと正に同じものを感じます。いったい如何にして、これらの書物の双方が、世界の半ば
をめぐって、戦禍を齎(もたら)し得たのでしようか? そのことが、私に衝撃を与えます。私の理解には、明らかに、或る種
の欠陥があるでしよう。あなたは、『資本論』と『コーラン』の双方を信じますか。或いは「資本論」だけですか。
しかし、後者の社会学的価値がどうあれ、その現代的な経済学的価値は(時折の、しかし非建設的で非連続的な洞察
のひらめきは別として)ゼロです。あなたは、それを読み直す約束をされますか、もし私がそうするとして....?
 ご健康を念じつつ。
                          常にあなたの
                             J・M・ K


61~2


  ジヨージ・バーナード・ショウ宛て、1935年1月1日
親愛なるバーナード・ショウ
 お手紙ありがとうございます、私は努力してあなたの言葉を心に留めましよう。あなたが言われることにはーー通
常そうですから何かがあるに違いありません。しかし、私は、先週、出版されたばかりのマルクスーエンゲルス
往復書簡集を読みつつ、昔のカール・マルクスに別の光を当ててみたのですが、大きな進展はありませんでした。私
は、人の中ではエンゲルスの方を好みます。私は、彼らが研究遂行の或る方法と執筆上のひどい仕方ーーその双方を、
彼らの後継行たちが忠実に維持してきたのですがーーを発明したのを見ることができます。しかし、もしあなたが私
に、彼らは経済の難問に対する解決の手がかりを発見したのだとおっしやるなら、やはり私は困惑しますーー私は時
代遅れの議論以外の何ものをも見出し得ないのです。
 しかしながら、私の心境を理解して頂くためには、私が、世界の人々の経済問題についての考え方を恐らく今
ただちにではなく、向こう10年間のうちに大きく変革すると思われる経済理論に関する書物を書いていると自
ら確信していることを、あなたに知って頂かなければなりません。私の新しい理論が正しく理解され、政治や感情や
情熱と混ぜ合わされたとき、行動や事象に及ぼす影響において、どのような最終的結果を齎すか、予見することはで
きません。しかし大きな変化が起こるでしょうし、なかんずく、マルクシズムのリカード的基礎は打ち壊されるで
しょう。私は、このことを、現時点であなたが、或いは他の人々が、信じて下さるとは期待し得ません。しかし、私
自身としては、私の言っていることは単なる希望ではないと思っていますーー心中、私は完全に確信しているのです。
 リデイアが、あなたとシャーロットによろしく、と。
                          常にあなたの
                             J・M・ K


12:24 午前  
Blogger yoji said...

邦訳ケインズ全集29:55頁より
バーナード・ショー宛て、1934年12月2日

 私の『資本論(Das Kapital)』についての感じ方は、『コーラン』についてのそれと同じです。私は、そ
れが歴史的に重要であることを承知しており、また多くの人々ーーそのすべてが馬鹿者ではありませんが、そこ
に或る種の「千年の岩(Rock of Ages)」(訳注:賛美歌)と霊感の内包を見出していることも知っています。しかもなおそれに目
を通すとき、それがこのような効果を持ち得ると自らに説明することが出来ないのです。その退屈で時代遅れのアカ
デミックな議論は、目的のための材料として、余りにも不適切なように見えます。それにしても、私が申し上げたよ
うに、『コーラン』についてと正に同じものを感じます。いったい如何にして、これらの書物の双方が、世界の半ば
をめぐって、戦禍を齎(もたら)し得たのでしようか? そのことが、私に衝撃を与えます。私の理解には、明らかに、或る種
の欠陥があるでしよう。あなたは、『資本論』と『コーラン』の双方を信じますか。或いは「資本論」だけですか。
しかし、後者の社会学的価値がどうあれ、その現代的な経済学的価値は(時折の、しかし非建設的で非連続的な洞察
のひらめきは別として)ゼロです。あなたは、それを読み直す約束をされますか、もし私がそうするとして....?
 ご健康を念じつつ。
                          常にあなたの
                             J・M・ K


61~2


  ジヨージ・バーナード・ショウ宛て、1935年1月1日
親愛なるバーナード・ショウ
 お手紙ありがとうございます、私は努力してあなたの言葉を心に留めましよう。あなたが言われることにはーー通
常そうですから何かがあるに違いありません。しかし、私は、先週、出版されたばかりのマルクスーエンゲルス
往復書簡集を読みつつ、昔のカール・マルクスに別の光を当ててみたのですが、大きな進展はありませんでした。私
は、人の中ではエンゲルスの方を好みます。私は、彼らが研究遂行の或る方法と執筆上のひどい仕方ーーその双方を、
彼らの後継行たちが忠実に維持してきたのですがーーを発明したのを見ることができます。しかし、もしあなたが私
に、彼らは経済の難問に対する解決の手がかりを発見したのだとおっしやるなら、やはり私は困惑しますーー私は時
代遅れの議論以外の何ものをも見出し得ないのです。
 しかしながら、私の心境を理解して頂くためには、私が、世界の人々の経済問題についての考え方を恐らく今
ただちにではなく、向こう10年間のうちに大きく変革すると思われる経済理論に関する書物を書いていると自
ら確信していることを、あなたに知って頂かなければなりません。私の新しい理論が正しく理解され、政治や感情や
情熱と混ぜ合わされたとき、行動や事象に及ぼす影響において、どのような最終的結果を齎すか、予見することはで
きません。しかし大きな変化が起こるでしょうし、なかんずく、マルクシズムのリカード的基礎は打ち壊されるで
しょう。私は、このことを、現時点であなたが、或いは他の人々が、信じて下さるとは期待し得ません。しかし、私
自身としては、私の言っていることは単なる希望ではないと思っていますーー心中、私は完全に確信しているのです。
 リディアが、あなたとシャーロットによろしく、と。
                          常にあなたの
                             J・M・ K


12:25 午前  
Blogger yoji said...

ケインズ全集28:373頁~参照

ヒューム「人間本性論摘要」(1740) : 槐安国伝http://omg05.exblog.jp/9226669/
ヒューム「人間本性論摘要」(1740)
を読む。
ヒューム「人間知性研究―付・人間本性論摘要」(斎藤・一ノ瀬訳)の付録として訳出されている。
原文は、An Abstract of A Treatise of Human Nature
(http://www.ff.iij4u.or.jp/~yyuji/library/hume/hume00.html)
で読める。

訳注によると、本書は、ヒュームの書簡の中で言及されていて存在が推定されていたが、誰も見たことのない謎の書物だった。経済学者ケインズが1933年に発見、1940年にスラッファ(ポーズ一つでウィトゲンシュタインに「論考」の難点を教えた人ではないか!)と共同で公刊した。
匿名で出版されたので著者は誰か、が問題だった。
「摘要」出版後にヒュームが公刊した「人間本性論」付録や「人間知性研究」に対応する思想が本書に含まれている。これができるのはヒューム本人のみ、というのがケインズの推論。
説得力ある推論なので、現在、「死産」状態だった「人性論」を世間にわかりやすく訴えるためにヒューム本人が書いたアブストラクトと認められている、とのこと。

12:45 午前  
Blogger yoji said...

邦訳ケインズ全集29:55頁より
バーナード・ショー宛て、1934年12月2日

 私の『資本論(Das Kapital)』についての感じ方は、『コーラン』についてのそれと同じです。私は、そ
れが歴史的に重要であることを承知しており、また多くの人々ーーそのすべてが馬鹿者ではありませんが、そこ
に或る種の「千年の岩(Rock of Ages)」(訳注:賛美歌)と霊感の内包を見出していることも知っています。しかもなおそれに目
を通すとき、それがこのような効果を持ち得ると自らに説明することが出来ないのです。その退屈で時代遅れのアカ
デミックな議論は、目的のための材料として、余りにも不適切なように見えます。それにしても、私が申し上げたよ
うに、『コーラン』についてと正に同じものを感じます。いったい如何にして、これらの書物の双方が、世界の半ば
をめぐって、戦禍を齎(もたら)し得たのでしようか? そのことが、私に衝撃を与えます。私の理解には、明らかに、或る種
の欠陥があるでしよう。あなたは、『資本論』と『コーラン』の双方を信じますか。或いは「資本論」だけですか。
しかし、後者の社会学的価値がどうあれ、その現代的な経済学的価値は(時折の、しかし非建設的で非連続的な洞察
のひらめきは別として)ゼロです。あなたは、それを読み直す約束をされますか、もし私がそうするとして....?
 ご健康を念じつつ。
                          常にあなたの
                             J・M・ K


61~2


  ジヨージ・バーナード・ショウ宛て、1935年1月1日
親愛なるバーナード・ショウ
 お手紙ありがとうございます、私は努力してあなたの言葉を心に留めましよう。あなたが言われることにはーー通
常そうですから何かがあるに違いありません。しかし、私は、先週、出版されたばかりのマルクスーエンゲルス
往復書簡集を読みつつ、昔のカール・マルクスに別の光を当ててみたのですが、大きな進展はありませんでした。私
は二人の中ではエンゲルスの方を好みます。私は、彼らが研究遂行の或る方法と執筆上のひどい仕方ーーその双方を、
彼らの後継行たちが忠実に維持してきたのですがーーを発明したのを見ることができます。しかし、もしあなたが私
に、彼らは経済の難問に対する解決の手がかりを発見したのだとおっしやるなら、やはり私は困惑しますーー私は時
代遅れの議論以外の何ものをも見出し得ないのです。
 しかしながら、私の心境を理解して頂くためには、私が、世界の人々の経済問題についての考え方を恐らく今
ただちにではなく、向こう10年間のうちに大きく変革すると思われる経済理論に関する書物を書いていると自
ら確信していることを、あなたに知って頂かなければなりません。私の新しい理論が正しく理解され、政治や感情や
情熱と混ぜ合わされたとき、行動や事象に及ぼす影響において、どのような最終的結果を齎すか、予見することはで
きません。しかし大きな変化が起こるでしょうし、なかんずく、マルクシズムのリカード的基礎は打ち壊されるで
しょう。私は、このことを、現時点であなたが、或いは他の人々が、信じて下さるとは期待し得ません。しかし、私
自身としては、私の言っていることは単なる希望ではないと思っていますーー心中、私は完全に確信しているのです。
 リディアが、あなたとシャーロットによろしく、と。
                          常にあなたの
                             J・M・ K



12:25 午前

4:14 午前  
Blogger yoji said...

トリフィンのジレンマ
http://pixy10.org/archives/629652.html
「ドルが基軸通貨として役割を果たすためには、アメリカがドルを使い、他国がドルを受け取り、
世界中にドルが十分供給されることが必要である。しかし、アメリカが世界へのドルの供給を増加
させるということは、アメリカの国際収支の赤字が増大することになる。ところが、アメリカの国際
収支の赤字の増加は、基軸通貨としてのドルへの信認を低下させることになってしまうのである。」

---ジャック・アタリ「金融危機後の世界」

1960年これを最初に提唱したのが、ベルギーの経済学者、ロバート・トリフィン。

バンコールはこのジレンマを解消するためのもの

5:26 午前  
Blogger yoji said...

>>498
ケインズ・バンコールの元ネタ
ゲゼルのIVAの概念図
https://lh3.googleusercontent.com/-iaAMLDvVLsY/V8UWbmvJNFI/AAAAAAABCac/xnpYBj7iG0I/s1600/blogger-image-1492233545.jpg

IVAに紙幣はない
国家間のLETS(通帳式地域通貨)のようなものである

6:32 午前  
Blogger yoji said...


ケインズの闘い - 本と奇妙な煙
http://d.hatena.ne.jp/kingfish/20081117
市場が底を打ってもまだ株をもっていることについて、私には何の恥じらいもありません。……冷静な心で自分を責めることなく持株の減価を甘受することは、時には真面目な投資家の義務であると言うべきなのです。それ以外の方針は反社会的であり、信頼を破壊するとともに、経済体系のはたらきとは両立しないものです。投資家は長期的な成果を第一の目的としているし、またそうするべきであるのです。そして投資家は、それらによってのみ判断されるべきであるのです。……市場の底では他人にすべてを売り払い、自分は現金以外に何も持たないようにするべきだという考えは、非現実的であるだけでなく全体系を破壊するものです


結婚のような投資

「投資物件の購入を、あたかも結婚のように、死とかその他重大な原因による以外には解消することのできない恒久的なものにすることが、おそらく今日の害悪を救う有効な方策となるであろう」(略)
 ケインズのポートフォリオは、つねに少数の企業の株式によって占められていた。ときには四つ以下の企業だったのである。


崩壊

新しい不安と希望とが、警告なしに人間行動を支配するであろう。幻滅の力が、突然、価値判断の新しい慣習的基礎を押しつけることになるかもしれない。きれいに鏡板を張った重役室や、巧妙に規制された市場のために作られた、これらすべての見事で洗練された技術は崩壊を免れない。漠然とした恐慌の不安、およびそれと同様に漠然として理由のない希望が現実に静まることは常になく、ただ一本の細々とした道があることを除いては、それらの不安と希望は常に人々の心の内面に横たわっている。


革命は時代遅れ

保守主義と同様に、共産主義は、「経済問題の重要性を途方もなく過大評価している。経済問題は難しすぎて解決できないということはない。私に任せてもらえるならば、私が面倒を見てあげよう」。
[共産主義者と保守主義者]1930年代においても資本主義は機能しつづけると考えていた。ただし共産主義者は、暴力革命だけがブルジョアジーを打倒することによって経済問題を解決することができると信じていた。上述の諸理由からケインズはあらゆる形の暴力的な社会変革に反対していたという事実に加えて、彼は、19世紀以降には権力の所有者が変わったと考えていた。権力は、産業の統率者から賃金稼得者の階級へと移った。けれども、それはプロレタリアートではない。「ウェルズの言うとおり、革命は時代遅れとなっている。なぜなら、革命とは個人的な権力に反対するものであるからだ。今日のイギリスでは、だれも個人的な権力をもってはいない」。共産主義者の企ては、政治的なレベルで誤っていると同時に、まちがった理論的基礎にもとづくものでもあった。


第一次大戦後大蔵省首席代表として他国との交渉にあたる

連合国間のすべての負債を帳消しにし、ヨーロッパの再建を助けるためにアメリカの資金を配分するという提案によってもまた、彼は非難を受けた。さらに彼は、ドイツの債務を大きく削減し、「ドイツの領土内に希望と企業意欲が再生するのを可能に」するような仕方で、ヴェルサイユ条約の諸条項を抜本的に改訂することを提案した。


『平和の経済的帰結』

は1919年12月12日に公刊された。発売当初の売れ行きは好調ではなかったものの、その本は世界中で並はずれた成功を収めた。公刊の六ヵ月後には、イギリスとアメリカでの売り上げは10万部を超え、すでに1ダースもの言語に翻訳されていた。これ以後の彼のすべての著書がそうであったように、ケインズは、すべての利益を自分のものとし、利益の10%に相当する権利料を彼の本の出版社であるマクミランに支払うことにして、印刷・流通・広告の費用を自分で負担することにした。こうして彼は巨額の富を得た。
(略)
 彼はまた、いくつかの批判の的になった。政治指導者のなかには、機密情報を利用したことについて彼を非難した者もいた。彼の本は、イギリスとアメリカの関係を害することになるとも考えられた。しかし、もっとも敵意に満ちた批判はフランスから寄せられたのであり、ケインズは反仏派であり、親独派であるとして非難された。ごく当然のこととして、その書物はドイツやオーストリアではきわめて好意的に迎えられた。のちにケインズの思想に対するもっとも厳しい批判者となるフリードリッヒ・ハイエクは、当時ケインズは、彼とその友人たちにとって英雄であったと書いている。


マネー(1919年の手紙より)

お金とは不思議なものです。現行の制度が今後も許容されつづけると考えることは不可能であるように思われます。ほんのわずかの余分な知識と、特殊な経験の成果として、お金は簡単に(そして、いかなる意味においても不当に)転がり込んでくるのです


1922年のヴァージニア・ウルフによるブルームズベリー・グループ回想

突然ドアが開いたかと思うと、長身で意地悪そうな姿のリットン・ストレイチー氏が入口に立っていた。彼は、ヴァネッサの白いドレスについたシミを指さした。そして彼は、「ザーメンか」と言った。
 何てことを言うのだろう、と私は思った。そして私たちはどっと笑った。その一言で、寡黙と遠慮という壁が崩れた。聖なる液体の洪水が私たちを圧倒したかのように思われた。性が私たちの会話に浸透した。男色者という言葉さえも、私たちは口にするようになった。善の性質について議論したときと同じような興奮と率直さをもって、私たちは性交について議論した

9:36 午後
Blogger yoji said...
030ジル・ドスタレール著(鍋島直樹・小峯敦監訳)『ケインズの闘い――哲学・政治・経済学・芸術――』 - akamac book review
http://d.hatena.ne.jp/akamac/20090306/1236347583
ケインズの闘い―哲学・政治・経済学・芸術
作者: ジルドスタレール,鍋島直樹,小峯敦
出版社/メーカー: 藤原書店
発売日: 2008/09/30
メディア: 単行本
購入: 2人 クリック: 9回
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2009年2月28日午後5時20分読了!「大部で,しかも幅広い内容を扱う書物ではあるけれども,読者には,ぜひ最初から最後までゆっくりとページをめくって本書を通読していただきたい」(監訳者あとがき,626ページ)を身をもって実践したことになる。苦節5ヶ月の「ケインズの闘い」への闘いはようやく完了した。

5:37 午後  
Blogger yoji said...


浅野栄一『ケインズ「一般理論」形成史』( 一九八六年)を読むとケインズが1932~3年にマルクス再生産表式関連書評から有効需要のアイデアを得たのは確かだろう。少なくとも1933年の講義録で表明するきっかけを得たことは歴史的事実だ。カレツキのようにツガン経由で転形論の文脈に詳しかった可能性もあるが。
カレツキのような数式を出していないのでマルサスらにも当てはまる一般論の範囲ではある。両者に共通する部門の3分割は転形論の成果だ。2部門だと山田盛太郎のような限界を露呈する。

カレツキ研究の展望―「有効需要の理論」をめぐって 鍋島直樹 2015
http://jshet.net/docs/journal/56/562nabeshima.pdf

《これと同様にクラインも,1951年に公刊されたハロッド『ケインズ伝』の書評(Klein 1951)において,「最近,カレツキの景気循環理論を再検討したのちに,他の貢献に加えて,彼がじっさいにケインズ体系のあらゆる重要な要素を含む体系をつくり出していたことを,私は確信した」(447)と述べている.さらに彼は,カレツキの理論が,明示的に動学的であること,所得分配の問題を考慮していること,投資注文と投資支出の区別を行なっていることを挙げ,それはケインズの理論よりもいくつかの点において優れているとさえ論じている.》

Klein, L. R. 1951. The Life of John Maynard Keynes. Journal of Political Economy 59 (5): 443.

Article provided by University of Chicago Press in its journal The Journal of Political Economy.
Volume (Year): 59 (1951)
Issue (Month): ()
Pages: 443-443


ハロッドによる評価は都留重人が現代群像解説で指摘していた。クラインは著書でゲゼルにも言及している。
マルサスはニュートンをケインズはアインシュタインを意識している。

参照:
ケインズ『一般理論』形成史 単行本 – 1987/2
浅野 栄一 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/4535576394/
浅野栄一『ケインズ「一般理論」形成史』 一九八六年

上記の都留重人によれば
マクラケン資本論解説からケインズも有効需要を思いついた。
ケインズ全集29
1932年~ケインズ講義録

The Collected Writings of John Maynard Keynes, The General Theory and After: A Supplement, Vol. 29: John Maynard Keynes, Elizabeth Johnson, Donald Moggridge: 洋書
https://www.amazon.co.jp/Collected-Writings-Maynard-Keynes-General/dp/1107634997/ref=sr_1_6?ie=UTF8&qid=1491271079&sr=8-6&keywords=keynes+29

8:12 午後  

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