“幸福のパラドクス”とは、経済学者リチャード・イースタリンが1995年に論文にて発表した概念です。彼は11カ国について、国内における時系列データを分析した結果、所得と幸福度の間に関係性がないという結論を出しました。※2
“幸福のパラドクス”が何故起きてしまうのかについて、イースタリンが考える理由は、”相対所得仮説”または”消費規範仮説”と言われています。
経済学における幸福度(効用)は相対的な意義を持つものと定義されています。つまり、豊かな人には豊かな人なりの、貧しい人には貧しい人なりの、基準とする生活水準があり、それとの比較で人々は自分の生活満足度を測るものだと考えられます。
例え年収1千万の人がいたとしてもその人にとっては年収1千万が当たり前で、特に豊かとは思っていないかもしれないのです。
1国内の1時点ではこの基準に基づいて豊かな人は幸福度が高く、貧しい人は幸福度が低くなります。ただし、国の経済規模が成長すればそれだけ基準値も上昇するので、時系列で通してみると経済成長と幸福度には相関性が見られません。
以上の考え方が”幸福のパラドクス”を説明する”相対所得仮説”です。
”幸福のパラドクス”は日本に適用されるか?
イースタリンは日本を”幸福のパラドクス”が見られる典型例だとしています。
彼は実際に幸福度とGDPとの相関関係を見たわけではありませんが、高度経済成長期を経て、貧しい経済状況から驚異的な経済成長を成し遂げたにも関わらず、幸福度が年を追う毎に上昇してはいないということがその根拠であるとされてきました。
しかし、イースタリンがこの仮説を提唱した1990年代と比較すれば、今ではデータの数も性質も変わっているかもしれません。実際にイースタリンが観測した幸福度の上昇性が見られないということが、現在までの最新データを用いても観測されるかどうか、確かめてみましょう。
“幸福のパラドクス”は観測されるかどうか
イースタリンが日本の幸福度として用いたデータは、”国民生活に関する世論調査”というものです。幾つかの項目がありますが、その中でも”生活に対する満足度”という項目の値を使います。「今の生活に対して満足しているか」という趣旨の質問に対して4つの回答項目があって、上から順に4,3,2,1という点数をあてて、全員の平均値を取ったデータを用いています。
次のグラフは World Database of Happinessに掲載されていたデータを用いて筆者が作成したものです。World database of happinessに掲載されているデータは10点-0点のスケールに変換されており、イースタリンがこれを用いているので同様にここでも同じデータを示します。

このデータについて、年を追う毎に生活満足度が上昇しているのかどうか、回帰分析と呼ばれる手法で確認していきます。グラフ中に分析によって算出された数式が示されていますが、次のような意味になります。
Y(生活満足度)=0.0052*X(年)+5.7309
つまり、年が一つ進むと生活満足度が0.0052だけ大きくなるという風に解釈できます。係数は正ですが、0に近いとも言える値であり、イースタリンが生活満足度に上昇するトレンドが見られないと判断したことにもある程度納得して頂けるのではないかと思います。※3
次にイースタリンが行わなかった、GDPと生活満足度との相関性に関する分析を行ってみます。一人当たりの実質GDPの推移は次に示すグラフで確認することが出来ます。※4

これを用いて、先ほどと同様に回帰分析を行います。今回の分析においては、次のような数式を得ることが出来ました。
Y(生活満足度)= 0.0000000888 *X(一人あたり実質GDP)+5.63
値としては正ですが、殆ど0に等しい回帰係数となりました。つまり、一人あたり実質GDPが生活満足度に与える影響は非常に小さいのではないか、と考えることが出来ます。
イースタリンが述べるように、日本ではGDP、つまり国全体の経済規模が大きくなったとしても幸福度には影響しないということが分かりました。
“幸福のパラドクス”への反論
しかし、”幸福のパラドクス”には反論も存在します。
経済学者のベツィー・スティーブンソンが2008年に発表した論文において、同氏は”幸福のパラドクス”について、満足度は収入に比例する、という主張をしました。
スティーブンソンは特に日本については、生活満足度を測るための質問内容が改定され連続性が無いにもかかわらず、イースタリンがそのままデータを用いたことで誤って”幸福のパラドクス”が見られた、と述べています。
実際に、生活満足度を測るための質問内容は1958-63年、1964-69年、1970-91年、1992-2013年という区分でそれぞれ異なるものが使われていました。※5
このように各区分で性質が異なるデータを用いるのではなく、質問内容が同じ期間のみで一人あたり実質GDPとの相関性について見てみれば、そこには関係性が生じているとスティーブンソンは主張します。
2013年までの値を用いて実際にどのような値が出てくるのかをみてみましょう。以下に示す表がその結果となります。※6

各区分で分けてしまいデータの数が少なくなってしまうので統計的に意味のある数字とは断言できませんが、係数の値としてははっきりとしたものが出てきました。※7
1991年まではスティーブンソンの主張通り、満足度と所得が比例する関係にあり、”幸福のパラドクス”が成り立たないことが分かりました。
*Richard A. イースタリン ,1995年, Will raising the incomes of all increase the
happiness of all?(2014年12月15日, http://ipidumn.pbworks.com/f/イースタリンIncomesandHappiness.pdf )リンク切れ
*大竹文雄,2004年,失業と幸福度(2014年12月15日,http://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2004/07/pdf/059-068.pdf)
[注釈]
※1
この調査は世界43か国の国民に対して行われました。手法の名称は” Cantril Self-Anchoring Striving Scale”と言い、社会心理学者のH・カントリルが開発したものです。まず、 0 (底)から10(天辺)までのはしご(Ladder)を思い浮かべてもらい、そして、10(天辺)があなたにとって可能な限りで最良の生活、0 (底)が最悪の生活とし、あなたは今そのはしごのどのステップにいると思うか、と聞きます。漠然と生活満足度を聞くよりも精度が高いものである、と位置づけられています。
グラフで示す値は、今の暮らし向きについて7,8,9,10を回答した人の割合が用いられています。
※2
イースタリンが用いたデータについて補足します。
時系列については米国(the General Social Surveyの1972-91年:幸福度について)、欧州 9 ヶ国(Eurobarometer Surveyの1972-89年:生活満足度について)、日本(「国民生活に関する世論調査」の1958-86年:生活満足度について、ただしイースタリンはWorld Database of Happinessの 0-10のスケールに変換したデータを用いています)の計11ヶ国です。それらについて年とともに幸福度や生活満足度が上昇しているかを回帰分析した結果、米国と日本では統計的に有意な相関は見られませんでした。また欧州については 5 ヶ国で有意な相関なし、2 ヶ国で正の相関、 2 ヶ国で負の相関が見出されました。これらの期間、米国の一人当たり実質所得は 1 / 3ほど、欧州諸国は25-50%ほど、日本は 5 倍に上昇しました。
The Easterlin paradox is a concept in happiness economics. It is named for the economist Richard Easterlin, who suggested that a higher level of a country's per capita gross domestic product did not correlate with greater self-reported levels of happiness among citizens of a country, in contrast with people inside a country.[1] Later research has questioned whether Easterlin's conclusions about the non-correlation were accurate.
Easterlin, a professor of economics at the University of Southern California, first argued in 1974 that while within a given country people with higher incomes were more likely to report being happy, this would not hold at a national level, creating an apparent paradox.[1] He reported data that showed that reported happiness was not significantly associated with per capita GDP, among developed nations. Examining trends within nations, he suggested that the increase in income in the United States between 1946 and 1970 contrasted with flat levels of reported happiness, and declines between 1960 and 1970. These claimed differences between nation-level and person-level results fostered an ongoing body of research and debate.[2]
The theory was examined by Andrew Oswald of the University of Warwick in 1997.[3]
Criticism and later researchEditIn 2003, Ruut Veenhoven published an analysis based on various sources of data, and concluded that there was no paradox, and countries did indeed get happier with increasing income.[4] In a reply in 2005, Easterlin maintained his position, suggesting that his critics were using inadequate data.[5]
In 2008, economists Betsey Stevenson and Justin Wolfers, both of the University of Pennsylvania, published a reassessment of the Easterlin paradox using new time-series data. They concluded like Veenhoven et al. that, contrary to Easterlin's claim, increases in absolute income were linked to increased self-reported happiness, for both individual people and whole countries.[6] They found a statistical relationship between happiness and the logarithm of absolute income, suggesting that happiness increased more slowly than income, but no "satiation point" was ever reached. The study provided evidence that absolute income, in addition to relative income, determined happiness. This is in contrast to an extreme understanding of the hedonic treadmill theory where "keeping up with the Joneses" is the only determinant of behavior.[7]
In 2010, Easterlin published data from a sample of 37 countries reaffirming the paradox[8][9]which was soon questioned by Wolfers.[10] In a 2012 report prepared for the United Nations, Richard Layard, Andrew Clark and Claudia Senik point out that other variables co-vary with wealth, including social trust, and that these, and not income, may drive much of the association of GDP per capita with well-being.[11]
In 2015, psychologists Thomas Gilovich and Amit Kumar published a review which demonstrated that "experiential purchases (such as vacations, concerts, and meals out) tend to bring more lasting happiness than material purchases." They found this was because "Compared to possessions, experiences are less prone to hedonic adaptation".[12]
Selin Kesebir, a professor at the London Business School, and Shigehiro Oishi, a professor at the University of Virginia, argued that inequality mitigates against the effect that increased GDP may have on national happiness and could partially explain the paradox.[13]
ReferencesEdit- ^ a b Easterlin (1974). "Does Economic Growth Improve the Human Lot? Some Empirical Evidence" (PDF). In Paul A. David; Melvin W. Reder. Nations and Households in Economic Growth: Essays in Honor of Moses Abramovitz. New York: Academic Press, Inc. http://graphics8.nytimes.com/images/2008/04/16/business/Easterlin1974.pdf
- ^ Diane J. Macunovich and Richard A. Easterlin, 2008 [1987], "Easterlin hypothesis," The New Palgrave Dictionary of Economics, 2nd ed. Abstract.
• Andrew E. Clark; Paul Frijters; Michael A. Shields (2008). "Relative Income, Happiness, and Utility: An Explanation for the Easterlin Paradox and Other Puzzles" (PDF). Journal of Economic Literature. 46 (1): 95–144. doi:10.1257/jel.46.1.95. - ^ Oswald, A. (January 19, 2006). "The Hippies Were Right all Along about Happiness"(PDF). Financial Times.
- ^ Hagerty, M. R.; Veenhoven, R. (2003). "Wealth and Happiness Revisited – Growing National Income Does Go with Greater Happiness". Social Indicators Research. 64: 1–27. doi:10.1023/A:1024790530822.
- ^ Easterlin, R. A. (2005). "Feeding the Illusion of Growth and Happiness: A Reply to Hagerty and Veenhoven". Social Indicators Research. 74 (3): 429–443. doi:10.1007/s11205-004-6170-z.
- ^ Stevenson, Betsey; Wolfers, Justin. "Economic Growth and Subjective Well-Being: Reassessing the Easterlin Paradox". Brookings Papers on Economic Activity. 2008 (Spring): 1–87. JSTOR 27561613.
- ^ Akst, Daniel (23 November 2008). "A talk with Betsey Stevenson and Justin Wolfers". The Boston Globe.
- ^ Easterlin, R. A.; McVey, L. A.; Switek, M.; Sawangfa, O.; Zweig, J. S. (2010). "The happiness-income paradox revisited". Proceedings of the National Academy of Sciences. 107 (52): 22463–22468. doi:10.1073/pnas.1015962107. PMC 3012515
. PMID 21149705. - ^ Alok Jha (13 December 2010). "Happiness doesn't increase with growing wealth of nations, finds study". The Guardian.
- ^ Justin Wolfers (13 December 2010). "Debunking the Easterlin Paradox, Again". Freakonomics.com.
- ^ Richard Layard; Andrew Clark; Claudia Senik (2 April 2012). "First World Happiness Report Launched at the United Nations" (Report). Earth Institute, Columbia University New York.
- ^ Thomas Gilovich; Amit Kumar (2015). "We'll Always Have Paris: The Hedonic Payoff from Experiential and Material Investments". Chapter Four – Advances in Experimental Social Psychology (PDF). 51. Elsevier Inc. pp. 147–187. doi:10.1016/bs.aesp.2014.10.002. ISSN 0065-2601.
- ^ "When Economic Growth Doesn't Make Countries Happier". Harvard Business Review. Retrieved 2016-12-09.
Further readingEditExternal linksEdit
日本大百科全書(ニッポニカ)の解説
相対所得仮説
そうたいしょとくかせつ
relative income hypothesis
F・モディリアーニおよびJ・S・デューゼンベリーが長期および短期の消費関数について統一的な説明を行った際に用いた仮説。
ケインズによって経済学に導入された消費関数は、消費性向は所得の絶対水準に依存するという絶対所得仮説absolute income hypothesisを基礎としていたが、相対所得仮説においては、消費性向は絶対所得水準だけでなく、過去の最高所得にも依存すると主張する。これは、消費者が過去に達成した所得の最高時における生活習慣を急に変えることができず、絶対所得が低下した場合にもそれに比例して消費水準を下げようとしないことに着目し、このような消費慣習の惰性が消費性向の決定要因として重要であるというものである。とくに景気後退期には、過去の最高所得は消費水準の低下に歯止めをかける「歯止め効果」の働きをもつといわれる。[畑中康一]出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
人口転換理論 (Demographic Transition Theory)
http://minato.sip21c.org/demography/demotran.htmlEasterlinの社会経済モデル
しかし,シカゴスクールの主張ともっとも激しく争ったのはEasterlinである。彼は,嗜好一定の公準を否定し,出産コントロールのコスト,及び子どもの需要と供給への近代化の間接的影響を論じた。
当初(1966-1975)は,子どもの相対価格こそが不変であると仮定し,所得が増えても子どもの数が減るとしたら,それは親の物質的生活水準に対する願望が上昇するためであるとした。1976年から子ども一人あたりの希望遺産額という概念を導入した点で子どもにかかるコストの変化も取り入れているが,相対価格不変ということと,供給因子をフレームに入れている点がユニークである。
イースタリンの説は,二つの仮説に分けられる。相対所得仮説(イースタリン仮説)と,需要供給理論である。需要供給理論では,前近代社会において出生力の超過需要状態があり,したがって自然出生力が現実に発現していたが,近代化によって子どもに対する需要(Cd)が減退し,同時に潜在供給(Cn)が高まり,調整費用(RC;抑制の心理的不快感と技術修得のための費用や心理的負担)が減るために,超過供給状態への転換が起こって家族制限への動機付けが生じたと説明される。近代化の初期には調整費用が大きいので抑制行動が具体化せず,しばらくは自然出生力が継続し,近代化による自然出生力の上昇によって出生力上昇も見られるが,近代化の進行とともに意図的な出産制限が起こり,超過供給状態が調整されて,現実の生存児数が需要と一致する点まで(BumpassとWestoffの「完全避妊社会」)出生力が低下する,と考える。
途上国の場合は技術移転によって初めから調整費用が小さいので,出生力低下はより急激に起こっても不思議はないことになり,現実と合っている。
イースタリン - Google 検索
https://www.google.com/search?tbm=bks&q=イースタリンイースタリン・パラドックス一九七三年に「 Does money buy happiness2」(お金で幸せは買えるのだろうか? )という論文が雑誌『 Public Interest 』に掲載されました。論文を書いたのは、アメリカのリチャード・イースタリン教授で、一人当たりの GDP (国内総生産) ... 日本の幸福度が上がらない理由読者のみなさんは「イースタリンのパラドックス」をご存知でしょうか。「イースタリンのパラドックス」というのは、一九七四年に米国・南カリフォルニア大学教授のリチャード・イースタリン氏が提唱した仮説で、収入レベルが一定の ... イースタリンの取った手法は、シカゴ'グループと比べると社会学的な色彩を帯びたものであった。その代表的な仮説が相対所得仮説( ! ^レ 31^6 11100016 11 ^ ) 01 ; 1165 お)でめろつ。経済学が仮定する合理的な経済人は、その欲望と利用可能な資源との ... イースタリンはシカゴ派の多くの仮定を嫌ってレた。特に,消費者選択の理論の「不変の嗜好」の仮定を徹底的に批判し社会的要因を重視し社会学の手法等を取り人れたものであった。そして著名なイースタリン仮説等で反論したのであった。著名なイースタリン ... 川典二アメリカ攣介社会動向貫紀( Gencm ー S ・ wia ー s = wcy ' usA )リチャード・ イースタリンの証拠は、すべての人の収入が増加してもすべての人の幸福度が上がるわけではないということを示したーー金持ちが貧乏人よりもずっと幸せなのは事実だが。 ... 将来推計人口,平成 9 年 1 月推計』(研究资料)総合研究開発機構( 1994 ) ,『わが国出生率の変動要因とその将来動向に関する研究』, ( ! ^研究報告會) , 940047 原田理恵( 1999 ) ,「日本の出生率決定要因の分析一イースタリンによる相対所得仮説の検証」. 人口増減が経済によって影響されることを、現代の経済で実証したのは、アメリカの R ・ A ・イースタリン(ー 92 6 年~ )である。彼の研究はノーベル経済学賞に値するといっても過言ではない。ィースタリンはー 970 年代に提示された「イースタリンの逆説」で知 ... 例えば,ベッカーら I こよる子どもを財とみなして消費者行動から接近する方法やイースタリンらによる相対所得 8 ) 1 的に,失業率の上昇は結婚を促す方向に働くと考えるが,一方で失業率の上昇は就業している女性にとつて結婚に伴う労働市場からの退出を禱躇 ... これをイースタリンの相対所得仮説という。イースタリンの相対所得仮説は,景気循環と出生力の循環が正の関連をもっことを示唆する。夫婦が将来の生活水準を見通す際の, 最も有用な代理変数は現在の所得水準であり,したがって現在の所得水準が良好であれ ... 以上が,イースタリン仮説の大要である。彼自身はこれを「相対所得仮(お)説」と呼んでいるが,その核心は,父と子の相対的経済状態,すなわち生活水準または就業経験の差が息子の結婚と出生力のパターンを決定するという点にあるので,われわれはその内容に ...