判断力批判:メモ、付リンク
1790年 - 『判断力批判』 Kritik der Urteilskraft (カント:インデックス、→リンク::::::)
→目次、(→第一批判)
上級心能力の表(岩波上67頁、序論九、LVIII):
心的能力の全体 認識能力 ア・プリオリな原理 適用の範囲
認識能力 悟性 合法則性 自然
快・不快の感情 判断力 合目的性 芸術
欲求能力 理性 究極目的 自由
参考:
第40節より
(ハンナ・アーレントがこの共通感覚論を晩年の政治学講義で重要視し、引用している。)
「共通感覚とは、他のすべての人々のことを顧慮し、他者の立場に自己をおく立場のことである」
(岩波文庫上232頁参照)
「要するにかかる共通感覚は一種の判定能力──換言すれば、その反省において他のすべての人の表象の仕方を考えのなかで(ア・プリオリに)顧慮する能力なのである。」
(岩波文庫上236頁参照)
参考:
共通感覚はノーマル(規範的)であり、それにもとづいて多くの凡庸な作品が作られる。共通感覚は
歴史的に変化するが、たんに連続的に変わるのではない。それを変えるのはこの共通感覚に対立しそ
こから逸脱するような諸個人ーー天才ーーである。しかし、カントはそれを趣味判断‐芸術にだけ限定
している。「学問においては、最も偉人な発見者とひたすら苦心惨憺する模倣者や学習者との相異は
結局、程度の差にすぎない。これに反して、かかる発見者と、自然によって芸術的天分を付与された
者とは種別的に異なっているのである」(『判断力批判』上、同前)。第 47節 岩波文庫259頁
(柄谷行人定本『トランスクリティーク』66頁)
→天才?:
http://nam-students.blogspot.jp/2010/03/blog-post_05.html
黒澤明&今井凌雪
「芸術は、自然においては醜く不快であるはずのものを美しく〔みごとに〕描写する(schön beschreiben)というまさにその点で優れている。復讐や病や戦禍などは〔現実には〕損傷をもたらすものであるが、それでもきわめて美しく描写することができるのであり、それどころか絵画に表象されることさえある。ただ、醜さのある種のものだけは、自然のままに表象されればすべての美的な悦びを消滅させてしまい、したがって芸術美を消滅させてしまう。それは、吐き気(Ekel)を催させるような醜さである。というのも、この吐き気という奇妙な感覚は、想像だけにもとづき、いわばそこでは対象はあたかもそれを呑みこむ〔摂取する〕よう追ってくるもののごとく表象されるのだが、それに対して私たちは力づくで(mit Gewalt)抵抗するのであって、そのために、自分の感覚のなかで対象の芸術的表象がもはや対象そのものの現実〔自然〕と区別できなくなり、そのときその芸術的表象は美しいとみなされるのが不可能になってしまうからである。」(『判断力批判』第48節)
→参考:
デリダ『エコノミメーシス』
趣味のアンチノミー
正命題 :趣味判断は概念に基づかない。なぜなら、もしも基づくとするならば、趣味判断について論議できる(証明によって決定できる)ことになってしまうからである。
反対命題:趣味判断は概念に基づく。なぜなら、もしも基づかないとするならば、趣味判断が異なっているにもかかわらず、趣味判断について論争する(他のひとびとがこの判断に必然的に同意することを要求する)ことすらできなくなってしまうからである。
(第56節)
判断力のアンチノミー
正命題 :物質的な物とその形式との産出は、すべて単なる機械的法則に従ってのみ可能であると判定されなければならない。
反対命題:物質的自然における所産のなかには、単なる機械的法則に従ってのみ可能であると判定され得ないものがある。
(第70節)
http://www.ibunsha.co.jp/books/0232/0232.con.html
http://www.ibunsha.co.jp/books/0233/0233.con.html
『判断力批判』(Kritik der. Urteilskraft, 1790)
目次(以文社版)
凡例
序 言
序 論
1 哲学の区分について
2 哲学一般の領域について
3 哲学の二部門を一つの全体へと結合する手段としての判断力批判について
4 アプリオリに立法的な能力としての判断力について
5 自然の形式的合目的性の原理が判断力の超越論的原理である
6 快の感情と自然の合目的性の概念との結合について
7 自然の合目的性の情感的表象について
8 自然の合目的性の論理的表象について
9 判断力による悟性の立法と理性の立法との結合について (上級心能力の表)
第一部 情感的(美学的)判断力の批判
第一編 情感的判断力の分析論
第一章 美の分析論
質にかんする、趣味判断の第一の契機
1 趣味判断は情感的である
2 趣味判断を規定する適意は、一切の関心を欠いている
3 快適なものに対する適意は、関心と結びついている
4 善いものに対する適意は、関心と結びついている
5 種別的に異なる三種の適意の比較
趣味判断の第二の、つまりその量にかんする契機
6 美しいものは、概念を欠いたまま普遍的な適意の客観として表象されるものである
7 上述の微表による、美しいものと快適なものや善いものとの比較
8 適意の普遍性は、趣味判断において、たんに主観的として表象される
9 趣味判断においては快の感情が対象の判定に先立つのか、それとも後者が前者に先立つのかという問いの探究
趣味判断においては諸目的の関係が考慮されるが、この関係にかんする趣味判断の第三の契機
10 合目的性一般について
11 趣味判断が根拠としているのは、対象の(もしくは対象の表象様式の)合目的性の形式以外のなにものでもない
12 趣味判断はアプリオリな諸根拠に基づいている
13 純粋な趣味判断は、魅力や感動には依存していない
14 実例による説明
15 趣味判断は、完全性の概念にはまったく依存していない
16 ある対象を、ある規定された概念の条件の下で美しいと言明する趣味判断は、純粋ではない
17 美の理想について
対象に対する適意の様相にかんする、趣味判断の第四の契機
18 趣味判断の様相とはなにか
19 われわれが趣味判断に付与する主観的必然性は、条件づけられている
20 趣味判断が主張する必然性の条件は、ある共通感の理念である
21 はたして共通感は根拠をもって前提されることができるか
22 趣味判断においては、普遍的賛同の必然性が考えられるが、この必然性は、
共通感の前提の下で客観的と表象される主観的必然性である
分析論第一章にかんする一般的な注
第二章 崇高の分析論
23 美しいものの判定能力から崇高なものの判定能力への移行
24 崇高の感情の探究の区分について
A 数学的に=崇高なものについて
25 崇高という名称の解明
26 崇高の理念のために必要な、自然諸事物の大きさの評価について
27 崇高なものの判定における適意の質について
B 自然の力学的に=崇高なものについて
28 勢力としての自然について
29 自然の崇高なものについての判断の様相について
情感的反省的判断の開明にかんする一般的な注
純粋な情感的判断の演繹
30 自然の対象についての情感的判断の演繹は、われわれが自然において崇高とよぶものにむけられる必要はなく、美しいものにのみむけられればよい
31 趣味判断の演繹の方法について
32 趣味判断の第一の特有性
33 趣味判断の第二の特有性
34 趣味のいかなる客観的原理も可能ではない
35 趣味の原理は判断力一般の主観的原理である
36 趣味判断の演繹という課題について
37 ある対象についての趣味判断において、いったいなにがアプリオリに主張されるのか
38 趣味判断の演繹
39 感覚の伝達可能性について
40 一種の共通感としての趣味について ☆
41 美しいものに対する経験的関心について
42 美しいものに対する知性的関心について
43 技術一般について
44 美術について
45 美術は、それが同時に自然であるように見える限りでの技術である
46 美術は天才の技術である
47 天才についての上述の解明の説明と立証 ☆
48 天才と趣味との連関について
49 天才を形成する心の諸能力について
50 美術の産物における趣味と天才との結合について
51 諸美術の区分について
52 同一の産物における諸美術の結合について
53 諸美術相互の間での情感的価値の比較
54 注
第二編 情感的判断力の弁証論
55
56 趣味の二律背反の提示 ☆
57 趣味の二律背反の解決
注一
注二
58 情感的判断力の唯一の原理としての、自然ならびに芸術の合目的性の観念論について
59 道徳性の象徴としての実について
60 付録 趣味の方法論について
訳注者あとがき
索 引
目次
凡 例
第二部 目的論的判断力の批判
61 自然の客観的合目的性について
第一編 目的論的判断力の分析論
62 実質的な客観的合目的性とは区別される、たんに形式的な客観的合目的性について
63 内的合目的性から区別される、自然の相対的合目的性について
64 自然諸目的としての諸事物の特有な性格について
65 自然諸目的としての諸事物は、有機的諸存在者である
66 有機的諸存在者における内的合目的性の判定の原理について
67 諸目的の体系としての自然一般の目的論的判定の原理について
68 自然学の内的原理としての目的論の原理について
第二編 目的論的判断力の弁証論
69 判断力の二律背反とはなにか
70 この二律背反の提示 ☆
71 上述の二律背反を解決するための準備
72 自然の合目的性についてのさまざまな体系について
73 上述のどの体系もそれが称えていることを成し遂げていない
74 自然の技巧という概念を教説的に扱うことが不可能である理由は、自然目的というものが解明不可能であることにある
75 自然の客観的合目的性の概念は、反省的判断力のための理性の批判的原理である
76 注
77 自然目的という概念がわれわれに可能となるのは、人間の悟性の特有性によるが、その特有性について
78 物質の普遍的機構の原理と、自然の技巧における目的論的原理との結合について
付録 目的論的判断力の方法論
79 目的論は自然学に属するものとして扱われなければならないか
80 自然目的としてのある事物の解明において、機構の原理が目的論的原理に必然的に従属することについて
81 自然産物としてのある自然目的の解明において、目的論的原理に機構が添えられることについて
82 有機的諸存在者の外的連関における目的論的体系について
83 目的論的体系としての自然の最終目的について
84 世界の現存の、すなわち創造そのものの究極目的について
85 自然神学について
86 倫理神学について
87 神の現存の道徳的証明について
88 道徳的証明の妥当性の制限
89 道徳的論証の効用について
90 神の現存の目的論的証明における信憑の種類について
91 実践的信仰による信憑の種類について
目的論にかんする一般的な注
付録 判断力批判『第一序論』
1 一つの体系としての哲学について
2 哲学の基礎にある、上級認識諸能力の体系について
3 人間の心のあらゆる能力の体系について
4 判断力に対する一つの体系としての経験について
5 反省的判断力について
6 それぞれ特殊な体系をなす自然諸形式の合目的性について
7 自然の技巧という理念の根拠としての、判断力の技巧について
8 判定能力の情感論について
9 目的論的判定について
10 技巧的判断力の原理の探求について
11 純粋理性批判の体系のうちに判断力批判を導入する総括論的序論
12 判断力批判の区分
訳注者あとがき
索 引
参考:
http://ja.wikipedia.org/wiki/目的論
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%AE%E7%9A%84%E8%AB%96
☆スピノザ
プルードン ヘーゲル
マルクス 空海 カント
坂本龍馬 ハイデガー
☆柄谷 フロイト
ドゥルーズ 老子
アドルノ パーソンズ
カレツキ ゲゼル
ライプニッツ
スポーツ 文学☆☆
ガンジー
ラカン☆
ニーチェ ショーペンハウアー
孔子
→目次、(→第一批判)
___________判_____断_____力_____批_____判___________
| | <分析@> | |量6~9 |質1~5 |
| | | 数学的 | | 趣味判断|
| | | 量25〜|質27 | | |
| | |____崇高_____|_____美_____|
| | | 23~29 | 1~22 |
| | | 力学的 |関係 |様相 |
| 序言 |関係28 |様相29 |10~17|18~22|
|__________序論一~九(1~12)__|_____|_美学、分析論____|_____|
| (四、包摂。九、統合、構成的/統整的、 | | 1~54 |
| | 分析 |30~33| 34 | |
| | /総合、条件) | | | |
| | (上級心能力の表)|____演繹_____| (分類51、54)|
| | | 30~54 | |
| | |35~42|43~54| |
| | |共通感覚 |(天才論 | |
<規定的◯>______|___________|__40_|46~50)______<◯反省的>
| | | <機械的> | 実質 |
| | | 70、80|規定/反省| /62 |
| | 55 | |61 | 形式 |
| | (イントロ) | |___分析論62~68|
| | | | 内的66| 機械的(究極目的、
| | | | / | /64 原因67)
| | | |相対的63| 有機的65~68
|________美学、弁証論_________|<構成的☆>___目 的 論_<☆統整的65~注72>
| | 55~60 | | 61~91 | |
| | | | |エピクロス|スピノザ80 ヒューム|
| 趣味の | | | 73|85、87| 80|
|___二律背反____| 付録:方法論なし__|__弁証論69~78_|_付録:方法論79(体系)~91
|56、57| | 60 |判断力の スピノザ73|究極目的、| 信憑|
|(概念/)| | 70二律背反|_体系など|人間84 |自由、種類|
| | | |69~73|72~78|自然神学85 91 |
|_____|_____|_______<@総合>(機械論/)総注、関係|道徳86_|_(第一序論1~12)
<目的論的>80
TOP
| | <分析@> | |量6~9 |質1~5 |
| | | 数学的 | | 趣味判断|
| | | 量25〜|質27 | | |
| | |____崇高_____|_____美_____|
| | | 23~29 | 1~22 |
| | | 力学的 |関係 |様相 |
| 序言 |関係28 |様相29 |10~17|18~22|
|__________序論一~九(1~12)__|_____|_美学、分析論____|_____|
| (四、包摂。九、統合、構成的/統整的、 | | 1~54 |
| | 分析 |30~33| 34 | |
| | /総合、条件) | | | |
| | (上級心能力の表)|____演繹_____| (分類51、54)|
| | | 30~54 | |
| | |35~42|43~54| |
| | |共通感覚 |(天才論 | |
<規定的◯>______|___________|__40_|46~50)______<◯反省的>
| | | <機械的> | 実質 |
| | | 70、80|規定/反省| /62 |
| | 55 | |61 | 形式 |
| | (イントロ) | |___分析論62~68|
| | | | 内的66| 機械的(究極目的、
| | | | / | /64 原因67)
| | | |相対的63| 有機的65~68
|________美学、弁証論_________|<構成的☆>___目 的 論_<☆統整的65~注72>
| | 55~60 | | 61~91 | |
| | | | |エピクロス|スピノザ80 ヒューム|
| 趣味の | | | 73|85、87| 80|
|___二律背反____| 付録:方法論なし__|__弁証論69~78_|_付録:方法論79(体系)~91
|56、57| | 60 |判断力の スピノザ73|究極目的、| 信憑|
|(概念/)| | 70二律背反|_体系など|人間84 |自由、種類|
| | | |69~73|72~78|自然神学85 91 |
|_____|_____|_______<@総合>(機械論/)総注、関係|道徳86_|_(第一序論1~12)
<目的論的>80
TOP
上級心能力の表(岩波上67頁、序論九、LVIII):
心的能力の全体 認識能力 ア・プリオリな原理 適用の範囲
認識能力 悟性 合法則性 自然
快・不快の感情 判断力 合目的性 芸術
欲求能力 理性 究極目的 自由
参考:
第40節より
(ハンナ・アーレントがこの共通感覚論を晩年の政治学講義で重要視し、引用している。)
「共通感覚とは、他のすべての人々のことを顧慮し、他者の立場に自己をおく立場のことである」
(岩波文庫上232頁参照)
「要するにかかる共通感覚は一種の判定能力──換言すれば、その反省において他のすべての人の表象の仕方を考えのなかで(ア・プリオリに)顧慮する能力なのである。」
(岩波文庫上236頁参照)
参考:
共通感覚はノーマル(規範的)であり、それにもとづいて多くの凡庸な作品が作られる。共通感覚は
歴史的に変化するが、たんに連続的に変わるのではない。それを変えるのはこの共通感覚に対立しそ
こから逸脱するような諸個人ーー天才ーーである。しかし、カントはそれを趣味判断‐芸術にだけ限定
している。「学問においては、最も偉人な発見者とひたすら苦心惨憺する模倣者や学習者との相異は
結局、程度の差にすぎない。これに反して、かかる発見者と、自然によって芸術的天分を付与された
者とは種別的に異なっているのである」(『判断力批判』上、同前)。第 47節 岩波文庫259頁
(柄谷行人定本『トランスクリティーク』66頁)
→天才?:
http://nam-students.blogspot.jp/2010/03/blog-post_05.html
黒澤明&今井凌雪
「芸術は、自然においては醜く不快であるはずのものを美しく〔みごとに〕描写する(schön beschreiben)というまさにその点で優れている。復讐や病や戦禍などは〔現実には〕損傷をもたらすものであるが、それでもきわめて美しく描写することができるのであり、それどころか絵画に表象されることさえある。ただ、醜さのある種のものだけは、自然のままに表象されればすべての美的な悦びを消滅させてしまい、したがって芸術美を消滅させてしまう。それは、吐き気(Ekel)を催させるような醜さである。というのも、この吐き気という奇妙な感覚は、想像だけにもとづき、いわばそこでは対象はあたかもそれを呑みこむ〔摂取する〕よう追ってくるもののごとく表象されるのだが、それに対して私たちは力づくで(mit Gewalt)抵抗するのであって、そのために、自分の感覚のなかで対象の芸術的表象がもはや対象そのものの現実〔自然〕と区別できなくなり、そのときその芸術的表象は美しいとみなされるのが不可能になってしまうからである。」(『判断力批判』第48節)
→参考:
デリダ『エコノミメーシス』
趣味のアンチノミー
正命題 :趣味判断は概念に基づかない。なぜなら、もしも基づくとするならば、趣味判断について論議できる(証明によって決定できる)ことになってしまうからである。
反対命題:趣味判断は概念に基づく。なぜなら、もしも基づかないとするならば、趣味判断が異なっているにもかかわらず、趣味判断について論争する(他のひとびとがこの判断に必然的に同意することを要求する)ことすらできなくなってしまうからである。
(第56節)
判断力のアンチノミー
正命題 :物質的な物とその形式との産出は、すべて単なる機械的法則に従ってのみ可能であると判定されなければならない。
反対命題:物質的自然における所産のなかには、単なる機械的法則に従ってのみ可能であると判定され得ないものがある。
(第70節)
http://www.ibunsha.co.jp/books/0232/0232.con.html
http://www.ibunsha.co.jp/books/0233/0233.con.html
『判断力批判』(Kritik der. Urteilskraft, 1790)
目次(以文社版)
凡例
序 言
序 論
1 哲学の区分について
2 哲学一般の領域について
3 哲学の二部門を一つの全体へと結合する手段としての判断力批判について
4 アプリオリに立法的な能力としての判断力について
5 自然の形式的合目的性の原理が判断力の超越論的原理である
6 快の感情と自然の合目的性の概念との結合について
7 自然の合目的性の情感的表象について
8 自然の合目的性の論理的表象について
9 判断力による悟性の立法と理性の立法との結合について (上級心能力の表)
第一部 情感的(美学的)判断力の批判
第一編 情感的判断力の分析論
第一章 美の分析論
質にかんする、趣味判断の第一の契機
1 趣味判断は情感的である
2 趣味判断を規定する適意は、一切の関心を欠いている
3 快適なものに対する適意は、関心と結びついている
4 善いものに対する適意は、関心と結びついている
5 種別的に異なる三種の適意の比較
趣味判断の第二の、つまりその量にかんする契機
6 美しいものは、概念を欠いたまま普遍的な適意の客観として表象されるものである
7 上述の微表による、美しいものと快適なものや善いものとの比較
8 適意の普遍性は、趣味判断において、たんに主観的として表象される
9 趣味判断においては快の感情が対象の判定に先立つのか、それとも後者が前者に先立つのかという問いの探究
趣味判断においては諸目的の関係が考慮されるが、この関係にかんする趣味判断の第三の契機
10 合目的性一般について
11 趣味判断が根拠としているのは、対象の(もしくは対象の表象様式の)合目的性の形式以外のなにものでもない
12 趣味判断はアプリオリな諸根拠に基づいている
13 純粋な趣味判断は、魅力や感動には依存していない
14 実例による説明
15 趣味判断は、完全性の概念にはまったく依存していない
16 ある対象を、ある規定された概念の条件の下で美しいと言明する趣味判断は、純粋ではない
17 美の理想について
対象に対する適意の様相にかんする、趣味判断の第四の契機
18 趣味判断の様相とはなにか
19 われわれが趣味判断に付与する主観的必然性は、条件づけられている
20 趣味判断が主張する必然性の条件は、ある共通感の理念である
21 はたして共通感は根拠をもって前提されることができるか
22 趣味判断においては、普遍的賛同の必然性が考えられるが、この必然性は、
共通感の前提の下で客観的と表象される主観的必然性である
分析論第一章にかんする一般的な注
第二章 崇高の分析論
23 美しいものの判定能力から崇高なものの判定能力への移行
24 崇高の感情の探究の区分について
A 数学的に=崇高なものについて
25 崇高という名称の解明
26 崇高の理念のために必要な、自然諸事物の大きさの評価について
27 崇高なものの判定における適意の質について
B 自然の力学的に=崇高なものについて
28 勢力としての自然について
29 自然の崇高なものについての判断の様相について
情感的反省的判断の開明にかんする一般的な注
純粋な情感的判断の演繹
30 自然の対象についての情感的判断の演繹は、われわれが自然において崇高とよぶものにむけられる必要はなく、美しいものにのみむけられればよい
31 趣味判断の演繹の方法について
32 趣味判断の第一の特有性
33 趣味判断の第二の特有性
34 趣味のいかなる客観的原理も可能ではない
35 趣味の原理は判断力一般の主観的原理である
36 趣味判断の演繹という課題について
37 ある対象についての趣味判断において、いったいなにがアプリオリに主張されるのか
38 趣味判断の演繹
39 感覚の伝達可能性について
40 一種の共通感としての趣味について ☆
41 美しいものに対する経験的関心について
42 美しいものに対する知性的関心について
43 技術一般について
44 美術について
45 美術は、それが同時に自然であるように見える限りでの技術である
46 美術は天才の技術である
47 天才についての上述の解明の説明と立証 ☆
48 天才と趣味との連関について
49 天才を形成する心の諸能力について
50 美術の産物における趣味と天才との結合について
51 諸美術の区分について
52 同一の産物における諸美術の結合について
53 諸美術相互の間での情感的価値の比較
54 注
第二編 情感的判断力の弁証論
55
56 趣味の二律背反の提示 ☆
57 趣味の二律背反の解決
注一
注二
58 情感的判断力の唯一の原理としての、自然ならびに芸術の合目的性の観念論について
59 道徳性の象徴としての実について
60 付録 趣味の方法論について
訳注者あとがき
索 引
目次
凡 例
第二部 目的論的判断力の批判
61 自然の客観的合目的性について
第一編 目的論的判断力の分析論
62 実質的な客観的合目的性とは区別される、たんに形式的な客観的合目的性について
63 内的合目的性から区別される、自然の相対的合目的性について
64 自然諸目的としての諸事物の特有な性格について
65 自然諸目的としての諸事物は、有機的諸存在者である
66 有機的諸存在者における内的合目的性の判定の原理について
67 諸目的の体系としての自然一般の目的論的判定の原理について
68 自然学の内的原理としての目的論の原理について
第二編 目的論的判断力の弁証論
69 判断力の二律背反とはなにか
70 この二律背反の提示 ☆
71 上述の二律背反を解決するための準備
72 自然の合目的性についてのさまざまな体系について
73 上述のどの体系もそれが称えていることを成し遂げていない
74 自然の技巧という概念を教説的に扱うことが不可能である理由は、自然目的というものが解明不可能であることにある
75 自然の客観的合目的性の概念は、反省的判断力のための理性の批判的原理である
76 注
77 自然目的という概念がわれわれに可能となるのは、人間の悟性の特有性によるが、その特有性について
78 物質の普遍的機構の原理と、自然の技巧における目的論的原理との結合について
付録 目的論的判断力の方法論
79 目的論は自然学に属するものとして扱われなければならないか
80 自然目的としてのある事物の解明において、機構の原理が目的論的原理に必然的に従属することについて
81 自然産物としてのある自然目的の解明において、目的論的原理に機構が添えられることについて
82 有機的諸存在者の外的連関における目的論的体系について
83 目的論的体系としての自然の最終目的について
84 世界の現存の、すなわち創造そのものの究極目的について
85 自然神学について
86 倫理神学について
87 神の現存の道徳的証明について
88 道徳的証明の妥当性の制限
89 道徳的論証の効用について
90 神の現存の目的論的証明における信憑の種類について
91 実践的信仰による信憑の種類について
目的論にかんする一般的な注
付録 判断力批判『第一序論』
1 一つの体系としての哲学について
2 哲学の基礎にある、上級認識諸能力の体系について
3 人間の心のあらゆる能力の体系について
4 判断力に対する一つの体系としての経験について
5 反省的判断力について
6 それぞれ特殊な体系をなす自然諸形式の合目的性について
7 自然の技巧という理念の根拠としての、判断力の技巧について
8 判定能力の情感論について
9 目的論的判定について
10 技巧的判断力の原理の探求について
11 純粋理性批判の体系のうちに判断力批判を導入する総括論的序論
12 判断力批判の区分
訳注者あとがき
索 引
参考:
http://ja.wikipedia.org/wiki/目的論
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%AE%E7%9A%84%E8%AB%96
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