金曜日, 2月 09, 2018

負債論 貨幣と暴力の5000年 デヴィッド・グレーバー 著(& NHK欲望の経済史2018#1)

参考:
グレーバー BBC podcast


負債論 貨幣と暴力の5000年 デヴィッド・グレーバー 著
http://nam-students.blogspot.jp/2018/02/5000.html @

目次
凡例
第1章 モラルの混乱の経験をめぐって
第2章 物々交換の神話
第3章 原初的負債
 クナップ72
 ヴェーダ85^648
第4章 残酷さと贖い
 ニーチェ114^654(ドゥルーズ)
第5章 経済的諸関係のモラル的基盤についての小論
第6章 性と死のゲーム
第7章 名誉と不名誉 あるいは、現代文明の基盤について
 ローマ法300^697(プルードン)
第8章 「信用」対「地金」――そして歴史のサイクル
 メタルマネー324
第9章 枢軸時代(前800―後600年)
第10章 中世(600―1450年)
 イスラム415
 シンボロン440,444
 ワーグナー441
第11章 大資本主義帝国の時代(1450から1971年)
第12章 いまだ定まらぬなにごとかのはじまり(1971年から今日まで)

結論 おそらく世界こそが、あなたから生を借りている[あなたに生を負っている]
あとがき 2014年

世界を共に想像し直すために――訳者あとがきにかえて

参考:

ピケティ、グレーバー対談

https://love-and-theft-2014.blogspot.com/2021/08/httpstranslate.html?m=1


負債  Satapatha Brahmana 

負債への着目はドゥルーズが先。柄谷行人もここから影響を受けているはず。

グレーバーは批判的に言及しているが。
115#4ニーチェ
^
654ドゥルーズ

AO#7

《 現代人類学の偉大なる著書は、モースの『贈与論』であるよりは、むしろニーチェの『道徳の系譜』である。少なくとも、そうでなくてはならないだろう。というのも『道徳の系譜』の第二論文は、「英国式の」交換や利益の考察をすべて消し去って、原始経済を〈債権者-債務者〉の関係における負債の用語で解釈しようとする試みの成功として、他にないものであるからだ。交換や利益を心理学から消し去るのは、それらを構造の中に位置づけるためではない。ニーチェは、古代ゲルマン人の法や僅かなヒンドゥの法といった乏しい材料しかもっていない。しかし彼は、モースのように、交換と負債との間で迷いはしない(バタイユもまた、彼を導くニーチェの刺戟によって、迷いはしないであろう)。登記、コード、刻印といった原始社会体の基本的問題を、これほど鋭い仕方で提起したひとは、これまでに存在しない。人間は、強度的な胚種的流体を、つまり生物的-宇宙的な大いなる記憶を抑圧することによって、自分を人間として形成しなければならない。

この問いに対する答えは簡単である。それは負債によってである。

法の馬鹿らしさと恣意性、通過儀礼の苦痛のすべて、抑圧や教育のまったく倒錯的な装置、赤熱の烙印、残虐な仕打ち、こうしたものは、人間を調教し、生身の肉の中に刻印し、人間に縁組を可能ならしめ、債権者-債務者の関係の中で人間を形成するという意味しかもってはいない。債権者-債務者の関係は、債権債務のいずれの側においても、記憶に属する事柄である(未来にまで引きのばされる記憶である)。負債は、交換が装う見かけであるどころではなく、大地的そして身体的登記からじかに生ずる効果であり、この登記が用いる直接の手段である。負債は、まったく直接的に登記から生ずるのである。》

ドゥルーズ『アンチ・オイディプス 資本主義と分裂症』  
http://nam-students.blogspot.jp/2012/12/blog-post_5039.html


ニーチェ(『道徳の系譜』)、ドゥルーズ(『ニーチェと哲学』)
http://nam-students.blogspot.jp/2015/09/httpnam-students.html


ソロン

老子
#27,79に負債論728頁#10注^401頁で言及。


* 50 実際,この類似性は, 古代においても気づかれていた. 老子(『老子』

27 章)は「割符なしで数える者, 錠前なしで扉を守ろうとする者」に言

及している(『老子』蜂屋邦夫訳注,岩波文庫,125-26 頁 [ただし, こ

こでいわれている割符は本文においては計算棒である]). 「聖人は割符の

左半分をもっていても, その履行を強制しない. 徳のあるものは, 割符を

管理するだけで, 徳のないものが割符の履行を強制する」との主張は最も

有名である(第79章同上『老子』351 頁).





第二十七章
善行無轍迹。善言無瑕謫。善數不籌策。善閉無關鍵、而不可開。善結無繩約、而不可解。 是以聖人、常善救人、故無棄人。常善救物、故無棄物。是謂襲明。故善人者、不善人之師、不善人者、善人之資。不貴其師、不愛其資、雖智大迷。是謂要妙。

善く行く者は轍迹(てっせき)なし。善く言う者は瑕謫(かたく)なし。善く数える者は籌策(ちゅうさく)を用いず。善く閉ざす者は關鍵(かんけん)なくして而も不開くべからず。善く結ぶ者は繩約(じょうやく)なくして而も解くべからず。 是を以て聖人は、常に善く人を救う、故に人を棄つること無し。常に善く物を救う、故に物を棄つること無し。是を明に襲(よ)ると謂う。故に善人は不善人の師。不善人は善人の資(し)なり。其の師を貴ばず、其の資を愛さざれば、智ありと雖も大いに迷う。是を要妙(ようみょう)と謂う。

すぐれた行為者は痕跡(善であれ悪であれ)を残さない。 すぐれたことばを使う人は少しのきず(善であれ悪であれ)も残さない。 すぐれた計算者は計算器具を使わない。 門をとざすのにすぐれた者はかんぬきを使わないが、誰れもその戸は開くことはできない。 結ぶのにすぐれた者は縄を使わないが、誰れもそれをほどくことはできない。 このように賢人は人を救うのにすぐれており、だからどんな人も見捨てない。 彼はまた物を救うのにすぐれており、だから何物をも見捨てない。 これは明を洞察すると呼ばれる。 だから、善である者は善でない者の師であり、 善でないものは善であるものの源である。 善ある者をありがたく思わず、善なき者を大事にしないならば、 どんなに知恵があっても迷いがある。


第七十九章
和大怨必有餘怨。安可以爲善。是以聖人執左契而不責於人。有徳司契、無徳司徹。天道無親、常與善人。

大怨(たいえん)を和すれば必ず余怨(よえん)あり。いずくんぞもって善となすべけんや。ここをもって聖人は左契(さけい)を執(と)りて人に責めず。有徳は契を司(つかさど)り、無徳は徹を司る。天道は親(しん)なし、常に善人に与(くみ)す。 

深い怨みを和解させても、必ずいくつかの怨みがあとに残る。 このように、和解は最善の方法とはいえない。 賢者は借人の契約書は握っているけれど、借人に支払いを求めない。 だから、 「徳」のある者は契約書を握るだけであり、 「徳」のない者は税金のとりたてをする。 自然の道にえこひいきはない。 それはつねに善人の側につく。


David Graeber: debt and what the government doesn't want you to know
2015/10/28
https://youtu.be/LxJW7hl8oqM



Anthropologists study taboo things everybody knows.

...


today i want to talk about Wong let's call it the peter paul principle 

the less the government is in debt the more everybody else is 

the mathematics are simple 

imagine 40 poker chips peter has half paul has the rest obviously if peter gets 10 more then paul has 10 less.

 now look at this it's a diagram of the balance between public and private sectors notice.

how the top is an exact mirror of the bottom this is what's called an accounting identity.

one goes up the other must necessarily go down what this means is that.

if the government declares we must act responsibly and pay back the national debt and runs a budget surplus then it.

the public sector is taking in more money in taxes out of the private sector than it's paying back.

 in that extra money has to come from somewhere so if the government goes into surplus the private sector goes into deficit if the government reduces its stat everyone else has to go into debt in exactly.

that proportion in order to balance their own budgets.

...

money is debt bank notes are just a bunch of circulating ious don't believe me look at any banknote in your pocket.

 it says i promise to pay the bearer the sum of five pounds 

see it's an io pounds are either circulating government debt or they're created by banks by making loans that's where money actually comes from.

 ...

 


人類学者は誰もが知っているタブーなことを研究している。

 ...

今日は ウォン(円=お金)の話をしたいと思います

 ピーター・ポールの原理です 借金が減れば皆が増える 

数式は簡単 

ポーカーチップ40枚を想像してみてください ピーターは半分を持っています 

ポールは残りを持っています

 明らかにピーターが10枚増えた場合、ポールは10枚減っています。

  さて、これを見てください 公的部門と民間部門のバランスの図です。

上が下と正確に一致しているのは、これが会計上のアイデンティティーと呼ばれるものです。

一方が上がれば、他方は、必然的に下がらなければなりません。これが何を意味するかというと、

政府が、責任を持って行動して、国の借金を返済すると宣言して、予算が黒字になれば、

公共部門は、民間部門から、返済よりも多くの税金を取り込んでいます。

  政府が黒字になれば民間部門は赤字になり、政府が財政を縮小すれば、他の誰もが正確に借金をしなければなりません。

自分たちの予算のバランスをとるために、その割合で借金をしなければならない。

...

お金とは借金です 銀行券はただの流通している紙幣の束です。

私を信じない?

ポケットの中の紙幣を見てください。

  5ポンドを持ち主に支払うことを約束すると書いてある 

ポンドは、政府の借金を循環させているか、銀行が融資をして作ったもので、それがお金の出所です。

...


RIP David Graeber. A fellow traveller in so many ways. — Stephanie Kelton (@StephanieKelton) September 3, 2020
 https://twitter.com/StephanieKelton/status/1301538136418328583?s=20

______

https://twitter.com/_luminous_woman/status/1332532947870629891?s=21

https://video.twimg.com/ext_tw_video/1332532742702022658/pu/vid/1280x720/BvexMNW82JA2Uq1U.mp4?tag=10


Anthropologists study taboo things everybody knows.

but no one is supposed to talk about in british society 

you can say almost anything you like about sex 

economics however is riddled with taboo 

there are basic economic principles that everybody knows 

but no one is ever allowed to talk about.


today i want to talk about Wong let's call it the peter paul principle 

the less the government is in debt the more everybody else is 

the mathematics are simple 

imagine 40 poker chips peter has half paul has the rest obviously if peter gets 10 more then paul has 10 less.

 now look at this it's a diagram of the balance between public and private sectors notice.

how the top is an exact mirror of the bottom this is what's called an accounting identity.

one goes up the other must necessarily go down what this means is that.

if the government declares we must act responsibly and pay back the national debt and runs a budget surplus then it.

the public sector is taking in more money in taxes out of the private sector than it's paying back.

 in that extra money has to come from somewhere so if the government goes into surplus the private sector goes into deficit if the government reduces its stat everyone else has to go into debt in exactly.

that proportion in order to balance their own budgets.


the chips are redistributed this isn't a theory it's simple math now you might be asking why does anybody have to be in debt why can't everybody.

governments people businesses just live within their means because then there wouldn't be any money.

this is another thing everybody knows but no one really wants to talk about 


money is debt bank notes are just a bunch of circulating ious don't believe me look at any banknote in your pocket.

 it says i promise to pay the bearer the sum of five pounds 

see it's an io pounds are either circulating government debt or they're created by banks by making loans that's where money actually comes from.


you might say okay that doesn't mean i'm going to end up in debt just be improvident but in the real world how does distributed has very little to do with fiscal responsibility it's mainly about power the wealthy have a million ways to wriggle out of debt the debt always gets passed off on those least able to pay.


so when the government runs a deficit creditors rich people again end up holding a lot of government bonds which pay quite low rates of interest.

the government taxes you to pay it off.

all of us have to pay our share.

all that's really happening when it runs a surplus is that same government takes that same debt and effectively transfers it directly to you.

as higher mortgage debt payday loans and so on.

at much higher rates of interest yet somehow taxes never seem to go down.

everyone really knows this it's just a taboo to say it.

because what it really means is if the government balances its books it makes it almost impossible for you to balance yours.



人類学者は誰もが知っているタブーなことを研究している。


(イギリス社会では誰もが口にしてはいけないことですが 

エッチのことなら何でも言える 

経済学はタブーだらけ 

知る人ぞ知る経済原理 

誰もが口にすることを許されていない)


今日は ウォン(円=お金)の話をしたいと思います... ピーター・ポールの原理です 

借金が減れば皆が増える 

数学は簡単 

ポーカーチップ40枚を想像してみてください ピーターは半分を持っています 

ポールは残りを持っています

 明らかにピーターが10枚増えた場合、ポールは10枚減っています。

  さて、これを見てください 公的部門と民間部門のバランスの図です。

上が下と正確に一致しているのは、これが会計上のアイデンティティーと呼ばれるものです。

一方が上がれば、他方は、必然的に下がらなければなりません。これが何を意味するかというと、

政府が、責任を持って行動して、国の借金を返済すると宣言して、予算が黒字になれば、

公共部門は、民間部門から、返済よりも多くの税金を取り込んでいます。

  政府が黒字になれば民間部門は赤字になり、政府が財政を縮小すれば、他の誰もが正確に借金をしなければなりません。

自分たちの予算のバランスをとるために、その割合で借金をしなければならない。


(なぜ誰もが借金をしなければならないのか、なぜ誰もが借金をしてはいけないのか、と疑問に思うかもしれません。

政府や人々、企業は、自分たちの生活手段の範囲内で生活していれば、お金がないからです。

これは、誰もが知っていることですが、誰もが話したがらないことです。)


お金とは借金です 銀行券はただの流通している紙幣の束です。

私を信じない?

ポケットの中の紙幣を見てください。

  5ポンドを持ち主に支払うことを約束すると書いてある 

ポンドは、政府の借金を循環させているか、銀行が融資をして作ったもので、それがお金の出所です。


(借金をすることになるわけではないと言うかもしれませんが、現実の世界ではどうやって分配されるかは、財政責任とはほとんど関係がありません。)


政府が赤字になると、債権者である富裕層は、低金利の国債を大量に保有することになります。

政府は、それを返済するために、あなたに税金を課します。

私たち全員が、自分たちの取り分を支払わなければなりません。

それが黒字になると、同じ政府が同じ借金をして、効果的に直接あなたに転送することです。

高額な住宅ローンや給料日ローンなど、

高金利であるにもかかわらず、なぜか税金が下がることはありません。

誰もが知っていることですが、それを言うのはタブーです。

それが本当に意味するのは、政府が帳簿のバランスをとっていれば、あなたが帳簿のバランスをとるのはほとんど不可能になるということです。



負債論 貨幣と暴力の5000年 デヴィッド・グレーバー 著


望月慎 
ミッチェル#5 &アグリエッタ

MMTの思想的背景:歴史学と文化人類学 - HatsugenToday アグリエッタ

https://hatsugentoday.hatenablog.com/entry/2019/06/30/220449
ボワイエ
貨幣ピラミッド
https://nam-students.blogspot.com/2019/08/blog-post_47.html?m=0

グレーバーはMMTerではないがMMTの文脈でその負債論は重要。

シェイブテイル (@shavetail)
グレーバー(負債論)によれば5000年に及ぶ貨幣の歴史の中で世界的に「信用」よりも地金が支配的になる時代は紀元前800年~紀元後600年と大航海時代以後の1450年~1971年の2回で、どちらも戦乱と掠奪の時代で、現代のような国家による信用ネットワークは構築できない時代だったようです。 twitter.com/LucGov/status/…
https://twitter.com/shavetail/status/1290616714569293827?s=21


レイ2012で参照されるグレーバーのインタビュー
http://archive.boston.com/bostonglobe/ideas/articles/2011/08/21/which_came_first_money_or_debt/


             ~社会科学の系譜とMMT
   1900年 世界恐慌            2000年 世界金融危機
 人類学 ┏イネス 
グリアソン ポランニー P.グリアソン     グレーバー
 社会学 ┃ジンメル                 インガム
リスト  ⬇︎ ウェーバー            

 ドイツ ┃ ⬆︎                     [☆=MMT
┏歴史学派┃クナップ(➡︎ケインズ、ラーナー)       
⬇︎    ┗┓  ⬇︎                             
┗旧制度学派┃コモンズ (ジョン・ガルブレイス)➡︎ ジェームス・ガルブレイス☆  
      ┃  ┃           (ケインズ➡︎┛)
 マルクス ┃  ┃   カレツキ━━━━┓      ラヴォア         
      ┃  ┗━━➡︎┓       ⬇︎    ゴドリー フルワイラー
 ケインズ ┗━━━━━➡︎ケインズ ➡︎ ミンスキー  ➡︎  レイ☆、ケルトン☆ 
 ポスト・ケインズ派┏━━┛┗➡︎ラーナー⬆︎         ミッチェル☆、キーン
        ┏━┛         ┃(カルドア)    フォーステイター
        ┃           ┃         グッドハート
 実務家    ⬆︎ エクルズ      ┃         オカシオ=コルテス
        ┗ホートリー(ケインズ)┃  (リスト)  モズラー
 日本                 ┃     ┗➡︎中野剛志☆、三橋貴明
                    ┃ 西田昌司☆、藤井聡☆ 
                    ┃
 シュンペーター シュンペーター━━━━┛ カルドア ムーア          
2019年4月9日京都大学レジリエンスユニットMMT勉強会中野剛志氏発表資料より
MMT is a relatively new approach that builds on the insights of John Maynard Keynes, Karl Marx, A. Mitchell Innes, Georg F. Knapp, Abba Lerner, Hyman Minsky, Wynne Godley, and many others. It “stands on the shoulders of giants”, so to speak. (Wray2012)

             ~社会科学の系譜とMMT
   1900年 世界恐慌            2000年 世界金融危機
 人類学 ┏イネス  ポランニー                    グレーバー
     ┃グリアソン                  インガム
 社会学 ┃ジンメル                        
     ┃ ウェーバー
リスト  ⬇︎ ⬆︎
 ドイツ ┃ ┃
┏歴史学派┃クナップ(→ケインズ、ラーナー、コモンズ)    [☆=MMT
⬇︎    ┗━━┓
┃シュンペーター┃シュンペーター━━━━┓
┃       ┃           ⬇︎     ゴドリー 
┃ケインズ   ┗━━━➡︎ケインズ ➡︎ ミンスキー  ➡︎  レイ☆、ケルトン
┃ポスト・ケインズ派┏━━┛┗➡︎ラーナー ⬆︎        ミッチェル☆、キーン
┃         ⬆︎          ┃ カルドア ムーア
マルクス     ┃  カレツキ━━━━┛       ラヴォア
┃         ┃          (ケインズ➡︎┓)
┃       コモンズ (ジョン・ガルブレイス)➡︎ ジェームス・ガルブレイス
┗(旧)制度学派 ┏┛
         ⬆︎ 
エクルズ               グッドハート
 実務家     ホートリー                モズラー
         (ケインズ)
 日本                          西田昌司☆、藤井聡
                              三橋貴明☆、中野剛志
                                 (リスト➡︎┛)
MMT is a relatively new approach that builds on the insights of John Maynard Keynes, Karl Marx, A. Mitchell Innes, Georg F. Knapp, Abba Lerner, Hyman Minsky, Wynne Godley, and many others. It “stands on the shoulders of giants”, so to speak. (Wray,2012)

参考:
『137億年の物語 宇宙が始まってから今日までの全歴史』(2012 講談社)
http://nam-students.blogspot.com/2013/04/137.html

 原著:"What on Earth Happened?: 
    The Complete Story of the Planet, Life and People from the Big Bang to the Present Day "(2008)

TV東京版
https://ja.wikipedia.org/wiki/137%E5%84%84%E5%B9%B4%E3%81%AE%E7%89%A9%E8%AA%9E
バックナンバー(シュメール人、文字を発明 2013/5/26 )
https://www.tv-tokyo.co.jp/137/backnumber/130526.html
https://ameblo.jp/k-kiku1192/entry-12077666826.html ☆
https://nam-students.blogspot.com/2019/04/blog-post_17.html

グレーバー、負債論、貨幣論


http://www.ibunsha.co.jp/0334.html

2016年11月22日発売

負債論
貨幣と暴力の5000年

デヴィッド・グレーバー 著
酒井隆史 監訳
高祖岩三郎・佐々木夏子 訳

A5判 上製カバー装  848頁
定価:本体6,000円+税
ISBN 978-4-7531-0334-8 C0036

ドキュメンタリー「欲望の経済史」第1回
2018年01月05日放送 NHK・BS

「週刊ダイヤモンド」新年合併号
2017年「ベスト経済書」ランキング 4位となりました
             『負債論』は21世紀の『資本論』か?

刊行とともに重厚な人文書としては異例の旋風を巻き起こした世界的ベストセラーがついに登場。現代人の首をしめあげる負債の秘密を。古今東西にわたる人文知の総結集を通して貨幣と暴力の5000年史の壮大な展望のもとに解き明かす。「経済」の意味を解体しつつ、資本主義と文明総体の危機を測定し、いまだ書かれざる未来の諸可能性に賭ける、21世紀の幕開けをしるす革命的書物。

人類にとって貨幣は、交換という利便性の反面、バブルなどの破局に向かう幻想の源泉でもある。人類史的な視座から、このような貨幣の本質からリーマン・ショックやギリシア・デフォルト問題などの国際的金融的危機を解明する壮大な構想を展開する。産業資本が衰退し、金融資本が質的、かつ量的に拡大する今日、現代資本主義を理解する上で必読の文献である。

【欧米の批評】
●トマ・ピケティ(経済学者)
『負債論』、愛しています(I Love Debt)。
●レベッカ・ソルニット(『災害ユートピア』著者)
グレーバーは、すばらしく深遠なまでに独創的な思想家である。
●『フィナンシャル・タイムズ』紙
新鮮・魅力的・挑発的、そしてとんでもないタイミングのよさ。
●『ニューヨーク・タイムズ』紙
われわれの経済の荒廃、モラルの荒廃の状態についての長大なフィールド報告。人類学の最良の伝統のなかで、債務上限、サブプライムモーゲージ、クレジット・デフォルト・スワップを、あたかも自己破壊的部族のエキゾチックな慣行のように扱っている。
☆ ブログ記事 ☆ 〔ウラゲツ☆ブログ〕2016年11月
☆ 書評 ☆ 「アゴラ・ネット」2016年11月25日(金) 池田信夫氏 評
☆ 書評 ☆ 「文藝」2017年春号 片岡大右氏 評
☆ 書標 ☆ 「書標」2017年01月号 ジュンク堂書店
☆ 書評 ☆ 「Journalism no.321」2017年02月号 福嶋聡氏 評
☆ 書評 ☆ 「週刊ダイヤモンド」2017年01月28日号 鈴木寛之氏 評
☆ 書評 ☆ 「朝日新聞」朝刊2017年02月12日(日) 中村和恵氏 評
☆ 書評 ☆ 「ケトル」vol.35 2017年02月15日(水)号 大澤真幸氏 評
☆ 書評 ☆ 「図書新聞」2017年03月11日(土) 白石嘉治氏 評
☆ 記事 ☆ 〔出版ニュース〕2017年03月上旬号 Book Guide☆ 書評 ☆ So-net ブログ 2017年03月13日(月) 海神日和 評
☆ 書評 ☆ Newsletter No.13 2017年04月01日(土) 国際通貨研究所 評
☆ 書評 ☆ 「週刊読書人」2017年04月14日(金) 長原豊氏 評
☆ 書評 ☆ 「信濃毎日新聞」2017年07月30日(日) 山本圭氏 評
☆ 記事 ☆ 「週刊ダイヤモンド」2017年12月-2018年01月 新年合併号☆ 放送 ☆ 「欲望の経済史」第1回 2018年01月05日放送 NHK・BS


【著者紹介】
デヴィッド・グレーバー(David Graeber)
1961年、ニューヨーク生まれ。文化人類学者・アクティヴィスト。ロンドン・スクール・オブ・エコノミックス大学人類学教授。
訳書:『アナーキスト人類学のための断章』(以文社、2006年)
    『資本主義後の世界のために』(以文社、2009年)
著書:Lost People:Magic and the Legacy of Slavery in Madagascar,Indiana           University Press.Toward an Anthropological Theory of Value:The False Coin of     Our Own Dreams (Palgrave,2001).
Direct Action:An Ethnography (AK Press,2007).
The Utopia of Rules On Technology,Stupidity,and the Secret Joys of Bureaucracy (Melville House,2015).
    On Kings (HAU,2016)など多数。
【訳者紹介】
●酒井 隆史(サカイ タカシ)監訳
大阪府立大学教員。専攻は社会思想史、都市形成史。
著書:『自由論』(青土社、2011年)
 『暴力の哲学』(河出文庫、2016年)
 『通天閣―新・日本資本主義発達史』(青土社、2011年)など多数。
訳書:スラヴォイ・ジジェク『否定的なもののもとへの滞留』ちくま学芸文庫   (共訳)
    マイケル・ハート、アントニオ・ネグリ『〈帝国〉』以文社(共訳)
    マイク・ディヴィス『スラムの惑星』明石書店(監訳)など多数。
●高祖 岩三郎(コウソ イワサブロウ)
翻訳家・批評家・Autonomedia編集委員。1980年渡米、ニューヨーク在住。国家工作にかかわると同時に翻訳・執筆活動に従事。
訳書:Kojin Karatani,Transcritique(MIT Press)
 Arata Isozaki,Japan-ness Architicture(MIT Press)
  David Graeber 『アナーキスト人類学のための断章』(以文社、2006年)
  David Graeber 『資本主義後の世界のために』(以文社、2009年)など 多数。
著書:『ニューヨーク列伝』(青土社、2006年)
 『新しいアナキズムの系譜学』(河出書房新社、2009年)
     『死にゆく都市、回帰する巷』(以文社、2010年)など多数。
●佐々木 夏子(ササキ ナツコ)
1976年生まれ。新潟県佐渡市出身。立教大学大学院文学研究科比較文明学専攻博士課程前期課程修了。2007年よりフランス在住。現地で翻訳業に従事。
【目次】
目次
凡例
第一章 モラルの混乱の経験をめぐって
第二章 物々交換の神話
第三章 原初的負債
貨幣の国家理論と貨幣の信用理論
神話を求めて
第四章 残酷さと贖い
第五章 経済的諸関係のモラル的基盤についての小論
 コミュニズム
 交換(エクスチェンジ)
 ヒエラルキー
 様相間の移動
第六章 性と死のゲーム
 不適切な代替物としての貨幣
 血債(レレ族)
 人肉負債(ティヴ族)
 奴隷売買
 暴力についての考察
第七章 名誉と不名誉 あるいは、現代文明の基盤について
 名誉とは過剰な尊厳[剰余尊厳]である
 名誉代価(中世初期のアイルランド)
 メソポタミア(家父長制の起源)
 古代ギリシア(名誉と負債)
 古代ローマ(所有と自由)
 いくつかの結論
第八章 「信用」対「地金」―そして歴史のサイクル
 メソポタミア(前三五〇〇―前八〇〇年)
 エジプト(前二六五〇―前七一六年)
 中国(前二二二〇―前七七一年)
第九章 枢軸時代(前八〇〇―後六〇〇年)
 地中海世界
 インド
 中国
 唯物論1 利潤の追求
 唯物論2 実体
第一〇章 中世(六〇〇― 一四五〇年)
 中世インド(ヒエラルキーへの飛躍)
 中国:仏教(無限負債の経済)
 近西:イスラーム(信用としての資本)
 極西:キリスト教世界(商業、金貸し、戦争)
 では、中世とは何だったのか?
第一一章 大資本主義帝国の時代(一四五〇から一九七一年)
 第一部:貪欲、恐怖(テロル)、憤慨、負債
 第二部:信用の世界と利子の世界
 第三部:非人格的信用貨幣
 第四部:それで、結局、資本主義とはなんなのか?
 第五部:黙示録
第一二章 いまだ定まらぬなにごとかのはじまり(一九七一年から今日まで)
 結論:おそらく世界こそが、あなたから生を借りている[あなたに生を負っている]
あとがき:二〇一四年
 世界を共に想像し直すために―訳者あとがきにかえて
 原注
 参考文献



官僚制のユートピア テクノロジー、構造的愚かさ、リベラリズムの鉄則 単行本 – 2017/12/11



シリーズ 欲望の経済史~ルールが変わる時~ http://www4.nhk.or.jp/P4384/
放送 NHK Eテレ。全6回。22:30~23:00。
【※以下ネタバレ】
 
時代の欲望が生む資本主義のルール、それはどこで書き換えられた?「ルール」が変わる時をつかみ出し世界の知性とともに考える。大反響「欲望の資本主義」からスピンオフ。
 

第1回 時が富を生む魔術~利子の誕生~ (2018年1月5日(金)放送)

 

内容

シリーズ 欲望の経済史[新]~ルールが変わる時~1▽時が富を生む魔術~利子の誕生~


今、揺れる世界経済。資本主義の歴史とは、際限のない欲望のドラマだ。壮大な経済史を、欲望という視点から捉える異色のドキュメント。なぜ世界同時不況は起きるのか?なぜバブルは繰り返すか?どこに「ルールが変わる」ポイントがあったのか?6つのポイントに立ち返る旅に出る。「資本主義の終えん」も叫ばれる今だからこそ考える、知の冒険シリーズ。第一回は利子の誕生に着目する。時が富を生む魔術はいかにして成立したのか?
【出演】コロンビア大学教授、ノーベル賞受賞…ジョセフ・スティグリッツ,イタリア・フィレンツェ大学経済学部准教授…アンジェラ・オルランディ,ドイツ・経済ジャーナリスト…ウルリケ・ヘルマン,イタリア・ストロッツィ美術館キュレーター…ルドビカ・セグレボンディ,【語り】首藤奈知子
 
 利子は遥か過去から存在した。4000年前のメソポタミア文明にも利子が有ったことが記録されている。金持ちは担保を取って農民に金を貸し、返済できなければ土地を取り上げた。差し押さえを怖れた農民は逃亡してしまい、土地は放棄されたので、社会の崩壊を恐れた歴代の王たちは何度も債務の帳消しを行った。
 キリスト教など大抵の宗教は利子を禁じていた(例外はユダヤ教で「仲間からの利子はダメだが、異邦人からなら利子を取っても良い」としていた)。しかし表向きは利子は禁止されていても、裏では金持ちはこっそり利子を取っていた。


 14世紀イタリアのメディチ家の二代目当主コジモ・デ・メディチは、為替相場を利用して実質的に利子を取る方法を思いついた。
為替相場
フィレンツェ 1フィオリーニ:100ペンス
ロンドン 1フィオリーニ:80ペンス
として、
1)フィレンツェで10000ペンス(100フィオリーニ)を貸す
2)ロンドンで10000ペンス返してもらう。利子は取らない。それをフィオリーニに両替すると、為替相場の違いでロンドンでは10000ペンスは125フィオリーニになる。25フィオリーニ利子を取ったことと同じ。
 メディチ家はこれで大儲け。しかしコジモはもうけ過ぎると天国に行けないと思ったので、協会に寄付したり芸術家のパトロンになったりした。これがルネサンスの原動力となった。


 16世紀宗教改革でカルバン派は利子を認めた。今までも裏で利子は取られていたので、それをルールとして明文化し高利はダメだが5パーセントまでならOKとした。やがてカトリックも18世紀に利子を認めた。


 利子は資本主義を回していく上では必要不可欠な物となった。

感想

 何故かNHKは今年は経済で攻めていくことに決めたようで、年初から経済番組を連発していますが、その一つがこれ。全6回シリーズで利子とか基本的なところから始まって、最終的には金融工学まで行くようです。
 経済を歴史の観点で見ていくシリーズのようで、今回も結構面白かったから今後も楽しみです。
 
 
https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/91726/1726001/index.html
番組内容
今、経済に注がれる眼差しが熱い。英EU離脱、トランプ現象、揺れる世界経済…。資本主義の歴史とは、際限のない欲望のドラマだ。千年近くの壮大な経済史を、欲望という視点から捉える、異色のドキュメント。
なぜ、世界同時不況は起きるのか?なぜ、バブルは繰り返すのか…?


総合、BS1で反響を生んだ「欲望の資本主義」。その問題意識を発展させ、どこに「ルールが変わる」ポイントがあったのか?6つのポイントに立ち返る旅に出る。「資本主義の終焉」も叫ばれる今だからこそ考える、知の冒険シリーズ。資本主義の流れを読み解く異色の欲望の考現学。資本主義のルールを書き換える場となった世界のポイント、世界経済のフロントランナー、経済史の専門家などに取材、エピソードをまじえ構成する。


・1月 5日 第1回 時が富を生む魔術~利子の誕生
・1月12日 第2回 空間をめぐる攻防~グローバル化と国家~
・1月19日 第3回 勤勉という美徳~宗教改革の行方~
・1月26日 第4回 技術が人を動かす~産業革命からフォーディズムへ~
・2月 2日 第5回 大衆の夢のあとさき~繰り返すバブル~
・2月 9日 最終回 欲望が欲望を生む~金融工学の果てに~


【出演】ジョセフ・スティグリッツコロンビア大学 教授),アンジェラ・オルランディ(フィレンツェ大学 経済学部 准教授),ウルリケ・ヘルマン(経済ジャーナリスト),トーマス・セドラチェク(チェコ総合銀行 アナリスト),ファウスト・スバッフォーニ(サン マルコ修道院 神父),ルドビカ・セブレゴンディ(パラッツォ ストロッツィ美術館 キュレーター美術史家),フランスワ・デルマンジュ(ジュネーブ大学 神学部 教授),ロバート・スキデルスキー( ウォーリック大学 名誉教授),ザンジーブ・メフタ(イギリス東インド会社 会長),ロバート・ブライス(国立海洋博物館 学芸員),ケビン・オウローク(オックスフォード大学 歴史学部教授),ルーベン・シャルケユトレヒト大学 研究員),ジェイムス・モリソン(ロンドン スクール オブ エコノミクス 国際関係学科 准教授),バリー・アイケングリーン(カリフォルニア大学 経済学部 教授 元IMF上級政策アドバイザー),ダニエル・コーエン(パリ経済学院 経済学 教授)ほか


番組スタッフから
【この番組を企画したきっかけは?】
大きな反響をいただいた、総合、BS1の「欲望の資本主義」から、さらに問題意識を絞りスピンオフさせたシリーズです。
そもそも「時が富を生む」という「魔術」としての「利子」は、どこでどんな時代の欲望から生まれたのか?様々な欲望の形が生まれるポイントをつかみ出し、現在との間を行き来します。


【番組の見どころは?】
歴史は繰り返す、一度目は悲劇として、二度目は喜劇として。あのカール・マルクスの言葉ですが、ここにすべては集約されます。
様々な世界の知性、専門家たちが、「欲望の歴史」を紐解き、その本質の読み解き方を語ってくれます。


【見てくださる方に一言】
歴史とは、「現在と過去との絶えざる対話」(E・H・カー)です。
どうぞ、2018年の今から振り返るからこその「ルールが変わる時」を味わい、歴史の遠近法を捉え直してみていただければ幸いです。
ご一緒に、知の冒険に出かけましょう。
(番組プロデューサー 丸山俊一)

42 Comments:

Blogger yoji said...

KeisukeHonda(本田圭佑) (@kskgroup2017)
2018/05/02 10:51
最近読んだお気に入りの本。シェアしたいと思ったくらいなので是非。
https://twitter.com/kskgroup2017/status/991495245933182976

デヴィッド・グレーバー 負債論

11:04 午後  
Blogger yoji said...

★ものを考えるのは、ある意味で、例外状態あるいはアブノーマルな事態から考えることです。
たとえば、誰でも重い病気になると人生について考えますね。
ノーマル(規範的)ではない形態から出発するというのは、
ものを考える上での基本的な姿勢だと思うんです。
しかし、それはノーマルな状態を軽蔑することではない。
ただ、日常的なノーマルなものが、どんなに複雑であるか、
またそれが堅固に見えてどんなに脆弱であるか、そういったことを知るために不可欠なのです。
ニーチェはそれを「病者の光学」と呼んだと思います。
それは、他のあらゆる事柄についてもあてはまります。

<柄谷行人;“議会制の問題”(1992早稲田大学学園祭講演)−『<戦前>の思考』>

11:05 午後  
Blogger yoji said...

齊藤 誠 (@makotosaito0724)
2019/05/23 11:08
今日の金融論はグレーバー負債論10章の中世、迫力の章。「政府から独立した神の秩序としての経済」というイスラームの考えを、アダム・スミスは「政府から独立した自生的な秩序としての経済」と換骨奪胎した。国富論には、ガザ―リーやトゥースィーなどイスラム学者の著作からの引用が確認されている。

7:18 午後  
Blogger yoji said...

 MMTと、経済学という名の過つ神 | 三橋貴明オフィシャルブログ「新世紀のビッグブラザーへ blog」Powered by Ameba
https://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/entry-12450574739.html

2019/3/30

もっとも、貨幣論の「表券主義」と「金属主義」の争いは、それこそ古代ギリシャから延々と続けられてきました。何しろ、アリストテレス、アダム・スミス、ジョン・ロックと言ったド著名人の皆様が、ことごとく貨幣認識を間違えていたというのが人類の歴史なのです。

 MMT以前に、貨幣認識が正しいか否かは、
「銀行預金がどのように発行されるおカネなのか?」
 を問いただすだけで分かります。

 もちろん、答えは「借用証書と引き換えに、銀行が書くことで発行されるおカネ」ですが、普通の人は銀行預金を含む「おカネのプール」が存在し、そこから「調達してくる」と考えてしまうのです。つまりは、金属主義の延長ですね。

 無論、おカネが貴金属など、特定の形を持つ分かりやすいものでなければならない状況もあります。特定の貨幣社会が、異なる貨幣社会と「交易」をする場合です。為替市場や為替レートがない場合、債務と債権の記録としてのおカネでは取引ができませんものね。

 アテネが紙幣を発行(書くだけだけど)していたとして、アテネ・ドラクマは異なるポリスであるコリントやスパルタでは通用しません。結果、交易の際に「価値を保存」できる貴金属が重宝されたのです(実際には、古代ギリシャのアテネは紙幣を発行しておりませんでした。念のため)

 アリストテレスは、「政治学」において、貨幣について特定の共同体(例えば家族、あるいは部族)が小さいうちは、人々は財(モノ)を共同で保有していた。共同体が分離していくと、人々はそれぞれ必要なものと不要なものを交換する「物々交換」を始めた。やがて、国(古代ギリシャの場合は都市国家ポリス)と国との間で輸出入がなされるようになった。結果的に、モノの代わりを「貨幣」が務めるようになっていった、と説明しています。

 つまりは、物々交換の延長線上で「貨幣」が生まれたと解説しているのです。

 アダム・スミスも同じです。分業が進み、それぞれが自らが生産する「モノ」と自らが、必要とする「モノ」を交換する。この物々交換の不便さを解消するために貨幣が生まれた。というのがアダム・スミスの主張ですが、根本から間違っています。人類が特定共同体の「中」で物々交換の経済を成立させていた歴史は確認されていません。

 そういえば、地動説と天動説の戦いも、古代ギリシャに端を発していますが(フィロラウスやアリスタルコスなど)、その後、真っ当な地動説が出現するのが、16世紀のコペルニクスです。

 人類は、何と1800年以上も「根本から間違えている天動説」のパラダイムの下で生きてきたのです。

 理由の一つは、一神教にあると考えます。「神が地上を創造した」以上、地球が太陽の周りをくるくる回っているような状況は「受け入れがたい」という話だったのではないでしょうか。

 現在の貨幣論争における神は「経済学」です。経済学は、金属主義の貨幣観で発展してしまいました。

 そして、「経済学教徒」である経済学者たちは、自分たちの神のパラダイムを破壊する表券主義やMMTを絶対に認めない。まさに、地動説のガリレオ・ガリレイが、キリスト教の「異端諮問」にかけられたのと同じ状況が現代に出現しているわけです。

 とはいえ、金属主義や貨幣ヴェール論は、間違っているから間違っているのです。経済学という「過つ神」を殺さなければ、日本国の繁栄はないのです。

8:04 午後  
Blogger yoji said...


負債論 貨幣と暴力の5000年
デヴィッド・グレーバー
形式: 単行本変更
価格:¥6,480
11件中1 - 10件
小倉光雄
ベスト500レビュアー
5つ星のうち4.0貨幣に関する非常に興味深い起源論と発展史が書かれている、その根拠は人類学的観察だ
2016年12月19日
形式: 単行本Amazonで購入
序章では、著者の反資本主義の活動家としての発言が目を引く。グローバルな破産国家管財人としてのIMFに反対して、債権放棄を促し、さらにはIMFの解体を公言する。そこから、負債の本質に迫ろうと言うのだが、著者によれば負債とは貨幣のある面での本質なので、論は貨幣の起源へと遡行して行く。

アダム・スミス流の、仮想的な未開社会での物々交換の不便性から貨幣が発達してきたという考えは大間違いだと著者は言う。著者の人類学者としての知識によれば、貨幣がなくて不便をかこつ未開社会など世界のどこにも存在しない。未開社会では、人物Aが財Aを欲しいが手元には財Bしかなく人物Bが財Aを持っているが財Bは欲しくないとき、何が起こるか?人物Bは人物Aに財Aを渡し、人物Aが人物Bの欲しいものを獲得できる時まで待つだけなのだ。つまりこれは、一種の信用売りで、そのような記憶が木切れか何かに記録されればそれは借用証書となり、それが貨幣として共同体内で流通し始める。だから負債が貨幣の起源なのだ。さらに言えば、貨幣による交換は共同体が接触したときのみ行われるのではなく、共同体内部でも行われた。共同体が接触した時に行われる交換は商業的なものというよりも祝祭的なイベントになるのが人類学による観察だ。さらに交換や信用にもとずく社会形成について理論的な分析がされ、それを基盤に著者は貨幣を軸にして人類史5000年を振り返る。

顔見知りどうしの温かな匂いに包まれた交換は多くが、商業経済ではなく著者が言う所の人間経済で行われていた。人間経済とは人間こそが最も価値を持つ経済であり、それは殺人に対する購いや花嫁の受け入れに伴うお礼等のやり取りだった。このような際に貨幣が支払われる事はあったが、それは人間の価値に遠く及ばない事を双方が確認するものだった。つまり社会的人間関係を確認するための社会的通貨として使われた。しかし、この関係が属人的な性質を奪われ計量可能性の枠組みに移行するとそこから必然的に奴隷制や売春が発生する。この過程で多くの暴力が介在した事は疑いないだろう。紀元前800年までの大帝国ではすでにこのような事態が進行し、債務地獄に陥って債務奴隷になったり家族を売り飛ばさざるをえない境遇に陥ってしまった民衆を徳政令で救う事が王の課題となった。

次の、著者の言う枢軸時代(前800年から紀元後600年まで)には、鋳造貨幣が誕生し、軍事=鋳造貨幣=奴隷制複合体とでも言うべきシステムが誕生した。ギリシアやローマ帝国がそうだ。征服のため移動する軍隊の兵士と現地民の間の交換は、二度と合わない者どうしの交換だからこそ、貨幣での決済がふさわしい。そこで兵士の給料のために鋳造貨幣が支払われた。貨幣で決済してしまうと、そこで貸し借りの紐帯が切断されるので、共同体内部ではむしろ避けられる事だった。金で解決するなんてなんと水臭い、という事だ。このようにして貨幣経済が広まったのだが、帝国の崩壊とともに再び鋳造貨幣は消え去り信用経済へと戻ったのが中世だ(1450年まで)。

大航海時代が開幕し、遅れた西ヨーロッパに新大陸からの搾取された富が流れ込み、資本主義が成長する。新大陸に行ったコンキスタドールの暴虐ぶりは周知の事だが、その心理状態についての著者の分析は鋭い。例えばコルテスは自身が重債務者であり、彼の兵士もまたコルテスにより法外な必要経費を取られ、もうけるはずが逆に債務者となった。この債務がヒリヒリとした焦燥感をもたらし、新大陸のインディオを同じ人間としてみる心の余裕を奪い、普通の人間なら見るに耐えない状況を作り出したのだと言う。征服後にコルテスは債務により無一文になった。ここで著者は短いが注目すべき発言をする。資本主義の時代は、民主主義、科学、福祉が進展し明らかにそれまでより生活は向上したが、それは資本主義でなくても実現できたのではないかと言う。これは論証はされず信念の開陳に聞こえる。さらに資本主義の発展は詳述されず、すぐ次の現代の金融資本主義に時代へと移行してしまう。そこでは、著者の活動家としての主張が展開される、内容は冒頭のIMFに関する話しと同様だ。例えば、負債は契約で発生するから平等な個人の間で成立するが、実は現代の雇用においても、それは対等ではない個人と法人の間に成立し、勤務時間の間だけ自分を債務奴隷として差し出しているのだというのは、すでにカール・マルクスにより指摘されている事で特に斬新な考えとは言えない。

貨幣を軸に人類5000年史を祖述する膨大な著述でありながら、文体は平易でエピソード的な話題も多く盛り込まれ、本文600ページを読むのに苦痛は感じない。しかし、個人で得られる知識には限界がある。例えば中国とその従属国の話題では、日本も歴史上ずっと変わらず中国の朝貢国であるかの様にさらっと書かれると、アレ変だなと感じる。同様に他の地域や時代に関する著述でも同じような過度の単純化があるのではと疑ってしまう。全体としてみると最初と最後におかれた短いアジテーション部分に挟まれて、貨幣に関する非常に興味深い起源論と発展史が書かれていると言う印象だ。最後に著者は、勤勉な貧者だけでなく勤勉でない(他の人生の楽しみー友人や家族との語らいーに時間を費やす)貧者の立場にも立つ事を宣言する。
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反論もある

中野剛志氏の貨幣と負債の認識について ~MMT(現代貨幣理論)のこと その1~ - 暮らしの経済手帖 - Yahoo!ブログ
https://blogs.yahoo.co.jp/metamorphoseofcapitalism/36648446.html?__ysp=44Ki44OA44Og44K544Of44K5IG1tdA%3D%3D

8:05 午後  
Blogger yoji said...

グレーバー負債論#10でスミスへのイスラムの影響についての依拠したのは以下、
Seeking the Roots of Adam Smith's Division of Labor in Medieval Persia

Hamid Hosseini
History of Political Economy, 1998, vol. 30, issue 4, 653-681
Keywords: Adam Smith; division of labor; Persia (search for similar items in EconPapers)
Date: 1998
References: Add references at CitEc
Citations Track citations by RSS feed

Downloads: (external link)
http://hope.dukejournals.org/content/30/4/653.full.pdf+html link to full text (text/html)
Access to full text is restricted to subscribers.
https://read.dukeupress.edu/hope/issue/30/4
https://ja.scribd.com/document/389250449/Roots-of-Adam-Smith-Division-of-Labor-in-Medieval-Persia

もしくは、
CONTRIBUTIONS OF MEDIEVAL MUSLIM SCHOLARS TO THE HISTORY OF ECONOMICS AND THEIR IMPACT: A REFUTATION OF THE SCHUMPETERIAN GREAT GAP

Hamid S. Hosseini
Book Editor(s): Warren J. Samuels Jeff E. Biddle John B. Davis
First published: 01 January 2003
https://doi.org/10.1002/9780470999059.ch3

11:37 午前  
Blogger yoji said...

5つ星のうち4.0負債とは何か、負債(と貨幣)の起源は? 市場はなぜ常に負債を必要とし、しかもそれが常に隠蔽されているのはなぜか。
2018年3月5日
形式: 単行本
 本書では、「負債」とは何か、その歴史的起源はどのようなものであったかが論じられる。人間はなぜ「負債」を負うのか――つまり、なぜ他者に対して義務を約束し、その義務は果たさなければならないものとみなされるのか、これが本書のテーマである。

 人間が社会の一員として手助けし合う形態には、「コミュニズム」「交換」「ヒエラルキー」の三パターンがある。負債とは、これらのうちの交換とヒエラルキーの(ヘーゲル的に言えば弁証法的矛盾の)統一体である。特に報酬を求めることなく行われる相互の関係(コミュニズム)に対し、「交換」は両者の合意の上、得るものと与えるものとが等しくなる(但し、それが数字で明示されるとは限らない)という意味で、当事者の「対等」な関係を前提とする。他方で「ヒエラルキー」とは支配するものとされるもの、収奪するものとされるものとの関係であり、「対等」とは真逆の関係である。「負債」は対等といううわべに収奪・支配という関係を包摂する。対等であるがゆえに交換という形式をとるのだが、それはヒエラルキーを結果する。イヌイットは言葉の謝礼すら拒絶するという。なぜなら謝礼の言葉を述べることは負うものと負われるものの関係を創りだし、それは「奴隷関係」を生み出すからだ。実際、ひとたび「負債」を負わされた人間は、その歴史的・社会的関係から切り離され、「対等」な関係にある、と見なされる。実際にはその負債は暴力や植民地支配、虚言により創りだされたものであることも少なくない――それこそ歴史を大きく動かしてきた――のだが、ひとたび負債という形をとってしまえば、それは対等な関係の一方が他方に対して負わなければならない義務という形態で表象される。支配者が自分の暴力的支配を正当化する手段こそ「負債」概念なのである。

 本書ではA.スミスが繰り返し言及される。論点は二つである。負債のない交換というのは当時のイギリスではそれほど普及していなかった。つまりイギリスでは多くの取引は未だターリー・スティックやトークンによって、つまり個人の発行する負債によって行われていた。それにも関わらず、スミスが負債を発生させない取引として市場の交換を描いたことの意図とは何だったのか。そしてもう一つは、スミスの膨大な著述の中からなぜただ二つのことだけ――商品貨幣の生成理論と「自己の利益のための交換」――だけが、今日に至るまで経済学者はもとより、多くの人々の観念に浸透しており再生産されるのか、である。
 スミスの貨幣生成理論(商品貨幣理論)の誤謬は、M.A.イネスをはじめ数多く指摘され、人類学者や歴史学者によって証明されている。誤謬であることがこれほど明々白々なのに、なぜ人の心をとらえ、再生産され続けているのだろうか。スミスの著作の中にみられるおびただしい議論の数々、労働価値説や停滞論、共感の概念などがすべて誤りとして(あるいは重要性がないとして)捨て去られた後にも何故かこの二つの命題だけは常に繰り返されている、という意味で特別な重要性を持つ。そして人類学者たちはなぜそれに代わる神話を創りだせない(あるいは創ったかもしれないが普及しない)のか。(著者は何もスミスの貨幣論の誤謬を指摘することを目的としているわけではない。そんなことはもうとっくにやりつくされているのだ。問題は、それにもかかわらずなぜ、今日に至るまでスミスの議論が繰り返されているのか、だ。)

 著者は返す刀で、スミス流の商品貨幣論の対立項となっているネオ・カルタリズム(チャータリズム)(MMT)およびレギュラシオン/コンバンシオン派の信用貨幣論も批判する。著者は一旦はMMTの「租税貨幣論」をテクニカルな意味で受け入れる。貨幣が流通するのは国民が租税債務を受け入れるからだ。この点は、貨幣の素材が紙切れであろうと貴金属であろうと、変わりない。(著者は歴史を「金属貨幣」と「信用貨幣」の入れ替わりとして記述しているが、この意味では基本的にネオ・カルタリズム的な信用貨幣論のスタンスに立っているといえる。)
 だがそこから一歩進めてなぜ国家には課税の権利があるのか、を問い始めると途端に議論は朦朧とし始める。ジェフリー・インガムによる「実存的負債」の概念は空疎である。いったいメソポタミアの帝国やモンゴルの支配地域の人々はなぜ帝国による課税を受け入れたのか。「実存的負債」概念では説明ができない。「実存的負債」概念によって国家の徴税権を正当化できるのはフランス革命以降の国家概念とそれと対になるコント流の(デカルト――われ思う、ゆえにわれあり――といったほうがよかった気がするのだが)自分自身を自分以外の世界と分断して表象することができる人格概念を前提とする場合だけである。歴史上、あるいは人類学的に観察される多くの社会ではまったく当てはまらない。その意味では、MMTやコンバンシオン派流の信用貨幣論はスミスの商品貨幣論と同根なのであり、両者は「コインの両面」に過ぎない。
 この指摘は、MMT批判のために引用されているのがマイケル・ハドソンの著作(本書はM.ハドソンに大きな影響を受けているが、同時にハドソン自身はMMTのもっとも強力な支持者の一人であり共同研究もいくつかある)からであるという事実によって、より印象付けられる。

 結局のところ、貨幣その他「負債」を基礎づける神話の内容は空疎である。貨幣の起源に人間関係、国家や徴税を含むヒエラルキー関係、奴隷制、さらにそうしたものに包摂しきれないさまざまな感覚があったとされる(正直、この辺の説明が本書の中心命題とどのように結びついているのか、評者にはよく理解できなかった)。しかしそれらは人間関係を支配する貨幣の起源でありながら、それと同時に、どれひとつとって、それ自体が直接に商業社会に結びつくものではない。むしろ暴力と支配によって負債は形成され、それが貨幣という入れ物に結びつく。貨幣(負債の数値化とその決済手段)が市場とともに登場するのは、むしろ古代帝国の侵略地域であった。侵略軍が資源の現地調達のため、トークン貨幣による納税を強い、トークンを貨幣とする市場を創りだしていった。そして近代に入り植民地支配を正当化したものも、植民地地域は「負債」を負っている、という大義であった。現代にいたるまで、金貸しが常にシャイロックのような悪人に描かれる一方で「借りた金は返さねばならぬ」という倫理的命題が再生産され債務の償還に失敗したものが「怠け者」「自己責任」の烙印を推され続ける。これを批判しようとする議論もまた、常にこの負債の「対等な交換」という側面だけを見たまま、貨幣は市民の自由に任されるべきか政府の管理におかれるべきかの両者を行き来している。これこそまさに「スミスのユートピア」ということになるのであろう。

 著者は本書の最終的な目的は、読者の発想を自由にすることである、という。我々は特定の観念に縛られている。本書で対象とされているのは「借りたものは返さねばならぬ」という固定観念である。一方で無視され続けながらも我々の生活を常に支えているコミュニズム的契機――その中心にあるのは、著者の独特の言葉で言えば「愛」である――を再興することで、新たな認識基盤を創りだすことができるかもしれない(できるに違いない)。これが著者が本書に込めた最終的な目標であるようだ。

 しかしながら、著者も繰り返し述べている通り、この「借りたものは返さねばならぬ」という負債の「対等関係」の虚像をはぎ取った後に現れるのはむき出しのヒエラルキー関係とそれを支える暴力装置であろう。コミュニズム的契機がむき出しのヒエラルキー関係に対してどのような関係をとることができるのか本書からは(一読した限りでは)、得られない。著者も、コミュニズム的関係性を基盤にすることで暴力を伴うヒエラルキー関係を一朝にして解体することなどできると考えているわけではない。生まれながらにして負わされてしまった負債(実存的負債概念のように思いこまされているが、その実、暴力と虚偽によりねつ造された負債)を償還するための労働を拒絶せよ、「働くな」という主張(A.ネグリを想起させる)よりは、むしろ、その打ち破りがたいヒエラルキーを見据えながらも「全ての人に職を与えろ」と要求するほうが、そしてその「職」が資本制的な意味での負債を償還するためではなく、今日のヒエラルキーを前提としてその中でその関係を内部から相対化してゆく方向性を選択するほうが(MMTのJGPでは民間部門で雇用されなかった人たちに地域社会が職を与えることが求められるが、そのためにはそこで職を得る人ばかりでなく、多くの地域住民たちが自分たちの地域社会を改善するため、何が必要かを、利潤原則を離れ、自らとらえ返す行動に参加することが求められる)よかったのではないだろうか――その意味で評者は著者よりはMMTの立場に立つものである(たとえ「実存的負債」概念が神話に過ぎないことを認めるとしても)。しかし本書の問題意識は理解しているつもりであるし、多くの人に一読を勧めたい。

5:48 午後  
Blogger yoji said...

690 金持ち名無しさん、貧乏名無しさん (ワッチョイ 6212-8yfj)[sage] 2020/04/09(木) 12:23:04.69 ID:H+aYPOC70
負債論 貨幣と暴力の5000年 (日本語) 単行本 ? 2016/11/22
デヴィッド・グレーバー (著), 酒井 隆史 (翻訳), 高祖 岩三郎 (翻訳),

21世紀の貨幣論 Kindle版
フェリックス・マーティン (著), 遠藤 真美 (翻訳)

マネーの進化史 (ハヤカワ文庫NF) Kindle版
ニーアル ファーガソン (著), 仙名 紀 (翻訳)

貨幣の「新」世界史 ハンムラビ法典からビットコインまで (早川書房) Kindle版
カビール セガール (著), 小坂 恵理 (翻訳)

日本史に学ぶマネーの論理 Kindle版
飯田 泰之 (著)

8:36 午後  
Blogger yoji said...

874 金持ち名無しさん、貧乏名無しさん (ワッチョイ f7c9-Dvvr)[sage] 2020/09/17(木) 00:44:14.22 ID:2OQ/N6G/0
BG2C FIN/SUM
中央銀行デジタル通貨(CBDC)はどんな課題を解決するのか?
銀行間決済システムが複雑な理由       星 暁雄2020年9月16日 09:30
https://internet.watch.impress.co.jp/docs/event/1276018.html
お金、マネーの本質に関しては長い研究の歴史がある。副島氏は、最近の学説に基づき「マネー(お金)とは譲渡可能な
債権である」と述べる。副島氏が語った内容からは離れるが、デヴィッド・グレーバー「負債論 貨幣と暴力の5000年」は文
化人類学の知見に基づき「貨幣(お金)の起源は負債であった」と論じている。
 マネーが債権、つまり負債であるなら「誰が背負う負債なのか(債務者は誰か)」が問題となる。負債を背負う主体が異
なれば、異なるマネーとなる。
 日本で使われているマネーのうち、紙幣(日本銀行券)や日銀当座預金は日本銀行の負債だ。私たちが手にしている
紙幣は、国の負債が私たちの手元まで流通してきたものである。
 一方、民間の銀行預金の正体はその銀行の負債である(銀行マネーの大部分は信用創造により作り出されたマネー
であるため)。銀行が異なれば債務者も異なる。
 日本の銀行間の決済サービスは(1) 各銀行のシステム、(2) 全銀システム、(3)日銀ネットと3階層にまたがるシステムとなっている。
 異なる銀行間が送金をするときには、全銀システムによるクリアリング(清算、決裁の準備処理)をまず実施するが、それだけ
では完結しない。最終的には日銀ネットを動かし、債権・債務を解消し、各銀行が日本銀行にもつ当座預金口座の金額を
動かす形で銀行間資金決済を完結する(セトルメント)。

7:31 午後  
Blogger yoji said...

anthropologists study taboo things everybody knows but no one is supposed to talk about in british society you can say almost anything you like about sex economics however is riddled with taboo there are basic economic principles that everybody knows but no one is ever allowed to talk about today i want to talk about juan let's call it the peter paul principle the less the government is in debt the more everybody else is the mathematics are simple imagine 40 poker chips peter has half paul has the rest obviously if peter gets 10 more then paul has 10 less now look at this it's a diagram of the balance between public and private sectors notice how the top is an exact mirror of the bottom this is what's called an accounting identity one goes up the other must necessarily go down what this means is that if the government declares we must act responsibly and pay back the national debt and runs a budget surplus then it the public sector is taking in more money in taxes out of the private sector than it's paying back in that extra money has to come from somewhere so if the government goes into surplus the private sector goes into deficit if the government reduces its stat everyone else has to go into debt in exactly that proportion in order to balance their own budgets the chips are redistributed this isn't a theory it's simple math now you might be asking why does anybody have to be in debt why can't everybody governments people businesses just live within their means because then there wouldn't be any money this is another thing everybody knows but no one really wants to talk about money is debt bank notes are just a bunch of circulating ious don't believe me look at any banknote in your pocket it says i promise to pay the bearer the sum of five pounds see it's an io pounds are either circulating government debt or they're created by banks by making loans that's where money actually comes from you might say okay that doesn't mean i'm going to end up in debt just be improvident but in the real world how does distributed has very little to do with fiscal responsibility it's mainly about power the wealthy have a million ways to wriggle out of debt the debt always gets passed off on those least able to pay so when the government runs a deficit creditors rich people again end up holding a lot of government bonds which pay quite low rates of interest the government taxes you to pay it off all of us have to pay our share

all that's really happening when it runs a surplus is that same government takes that same debt and effectively transfers it directly to you as higher mortgage debt payday loans and so on at much higher rates of interest yet somehow taxes never seem to go down everyone really knows this it's just a taboo to say it because what it really means is if the government balances its books it makes it almost impossible for you to balance yours

9:15 午前  
Blogger yoji said...


ハーヴェイは商品貨幣論としてしか読めない
そこがダメだ
MMTは2019オカシオコルテス以降弘まったが
実質はこのグレーバーからだ

https://twitter.com/StephanieKelton/status/1301538136418328583?s=20

https://www.theguardian.com/commentisfree/video/2015/oct/28/david-graeber-what-government-doesnt-want-you-to-know-about-debt-video


David Graeber: debt and what the government doesn't want you to know | C...  2015
https://youtu.be/LxJW7hl8oqM

https://video.twimg.com/ext_tw_video/1332532742702022658/pu/vid/1280x720/BvexMNW82JA2Uq1U.mp4

人類学者は誰もが知っているタブーなことを研究している。

今日は ウォン(円=お金)の話をしたいと思います... ピーター・ポールの原理と呼んでおきます
借金が減れば皆が増える 
数式は簡単 
ポーカーチップ40枚を想像してみてください ピーターは半分を持っています。
ポールは残りを持っています。
 明らかにピーターが10枚増えた場合、ポールは10枚減っています。
  さて、これを見てください 公的部門と民間部門のバランスの図です。
上が下と正確に一致しているのは、これが会計上のアイデンティティーと呼ばれるものです。
一方が上がれば、他方は、必然的に下がらなければなりません。これが何を意味するかというと、
政府が、責任を持って行動して、国の借金を返済すると宣言して、予算が黒字になれば、
公共部門は、民間部門から、返済よりも
多くの税金を取り込んでいます。
  政府が黒字になれば民間部門は赤字になり、政府が財政を縮小すれば、他の誰もが正確
に借金をしなければなりません。
自分たちの予算のバランスをとるために、その割合で借金をしなければならない。

お金とは借金です 銀行券はただの流通している紙幣の束です。
私を信じない?
ポケットの中の紙幣を見てください。
  5ポンドを持ち主に支払うことを約束すると書いてある 
ポンドは、政府の借金を循環させているか、銀行が融資をして作ったもので、それがお金の出所です。

政府が赤字になると、債権者である富裕層は、低金利の国債を大量に保有することになります。
政府は、それを返済するために、あなたに税金を課します。
私たち全員が、自分たちの取り分を支払わなければなりません。
それが黒字になると、同じ政府が同じ借金をして、効果的に直接あなたに転送することです。
高額な住宅ローンや給料日ローンなど、
高金利であるにもかかわらず、なぜか税金が下がることはありません。
誰もが知っていることですが、それを言うのはタブーです。
それが本当に意味するのは、政府が帳簿のバランスをとっていれば、あなたが帳簿の
バランスをとるのはほとんど不可能になるということです。

5:34 午後  
Blogger yoji said...

グレーバー『負債論』の要約でもある
https://video.twimg.com/ext_tw_video/1332532742702022658/pu/vid/1280x720/BvexMNW82JA2Uq1U.mp4

人類学者は誰もが知っているタブーなことを研究している。

今日は Wong(円=お金)の話をしたいと思います... ピーター・ポールの原理と呼んでおきます。
借金が減れば皆が増える。
数式は簡単。
ポーカーチップ40枚を想像してみてください ピーターは半分を持っています。
ポールは残りを持っています。
 明らかにピーターが10枚増えた場合、ポールは10枚減っています。
  さて、これを見てください 公的部門と民間部門のバランスの図です。
上が下と正確に一致しているのは、これが会計上のアイデンティティーと呼ばれるものです。
一方が上がれば、他方は、必然的に下がらなければなりません。これが何を意味するかというと、
政府が、責任を持って行動して、国の借金を返済すると宣言して、予算が黒字になれば、
公共部門は、民間部門から、返済よりも
多くの税金を取り込んでいます。
  政府が黒字になれば民間部門は赤字になり、政府が財政を縮小すれば、他の誰もが正確
に借金をしなければなりません。
自分たちの予算のバランスをとるために、その割合で借金をしなければならない。

お金とは借金です 銀行券はただの流通している紙幣の束です。
私を信じない?
ポケットの中の紙幣を見てください。
  5ポンドを持ち主に支払うことを約束すると書いてある 
ポンドは、政府の借金を循環させているか、銀行が融資をして作ったもので、それがお金の出所です。

政府が赤字になると、債権者である富裕層は、低金利の国債を大量に保有することになります。
政府は、それを返済するために、あなたに税金を課します。
私たち全員が、自分たちの取り分を支払わなければなりません。
それが黒字になると、同じ政府が同じ借金をして、効果的に直接あなたに転送することです。
高額な住宅ローンや給料日ローンなど、
高金利であるにもかかわらず、なぜか税金が下がることはありません。
誰もが知っていることですが、それを言うのはタブーです。
それが本当に意味するのは、政府が帳簿のバランスをとっていれば、あなたが帳簿の
バランスをとるのはほとんど不可能になるということです。

:deepl

5:36 午後  
Blogger yoji said...

ハーヴェイが書名を借りたデリダは負債論としてマルクスを読んだがこれも商品貨幣価値から脱していない
グレーバー負債論がやはり重要だ

5:44 午後  
Blogger yoji said...


* 49 Graham 1960:179. (『列子
2』福永光司訳注,平凡社, 1991 年,
333 頁).

* 50 実際,この類似性は, 古代においても気づかれていた. 老子(『老子』
27 章)は「割符なしで数える者, 錠前なしで扉を守ろうとする者」に言
及している(『老子』蜂屋邦夫訳注,岩波文庫,125-26 頁 [ただし, こ
こでいわれている割符は本文においては計算棒である]). 「聖人は割符の
左半分をもっていても, その履行を強制しない. 徳のあるものは, 割符を
管理するだけで, 徳のないものが割符の履行を強制する」との主張は最も
有名である(第79章同上『老子』351 頁).

* 51 あるいは, 金銭上の負債をモラル上の負債へと一息に変えてしまった,
といった方がよいかもしれない. というのも, わたしたちがこの物語を
知っているという事実そのものが, 彼が最終的に報いられたということを
ふくみをもっているからである (Peng 1994:100). 割符を意味する符()
という語が,「天命のしるしとして君主に与えられた吉兆」 という意味で
もあるのは重要だるう)

3:57 午前  
Blogger yoji said...

115#4ニーチェ
^
654ドゥルーズ

8:29 午後  
Blogger yoji said...

324#8
シェイブテイル (@shavetail)
2020/08/04 20:52
グレーバー(負債論)によれば5000年に及ぶ貨幣の歴史の中で世界的に「信用」よりも地金が支配的になる時代は紀元前800年~紀元後600年と大航海時代以後の1450年~1971年の2回で、どちらも戦乱と掠奪の時代で、現代のような国家による信用ネットワークは構築できない時代だったようです。 twitter.com/LucGov/status/…
https://twitter.com/shavetail/status/1290616714569293827?s=21

8:37 午後  
Blogger yoji said...

グレーバーが批判的に言及

115#4ニーチェ
^
654ドゥルーズ

AO#7
 現代人類学の偉大なる著書は、モースの『贈与論』であるよりは、むしろニーチェの『道徳の系譜』である。少なくとも、そうでなくてはならないだろう。というのも『道徳の系譜』の第二論文は、「英国式の」交換や利益の考察をすべて消し去って、原始経済を〈債権者-債務者〉の関係における負債の用語で解釈しようとする試みの成功として、他にないものであるからだ。交換や利益を心理学から消し去るのは、それらを構造の中に位置づけるためではない。ニーチェは、古代ゲルマン人の法や僅かなヒンドゥの法といった乏しい材料しかもっていない。しかし彼は、モースのように、交換と負債との間で迷いはしない(バタイユもまた、彼を導くニーチェの刺戟によって、迷いはしないであろう)。登記、コード、刻印といった原始社会体の基本的問題を、これほど鋭い仕方で提起したひとは、これまでに存在しない。

10:10 午後  
Blogger yoji said...


人間は、強度的な胚種的流体を、つまり生物的-宇宙的な大いなる記憶を抑圧することによって、自分を人間として形成しなければならない。

この問いに対する答えは簡単である。それは負債によってである。

法の馬鹿らしさと恣意性、通過儀礼の苦痛のすべて、抑圧や教育のまったく倒錯的な装置、赤熱の烙印、残虐な仕打ち、こうしたものは、人間を調教し、生身の肉の中に刻印し、人間に縁組を可能ならしめ、債権者-債務者の関係の中で人間を形成するという意味しかもってはいない。債権者-債務者の関係は、債権債務のいずれの側においても、記憶に属する事柄である(未来にまで引きのばされる記憶である)。負債は、交換が装う見かけであるどころではなく、大地的そして身体的登記からじかに生ずる効果であり、この登記が用いる直接の手段である。負債は、まったく直接的に登記から生ずるのである。

10:17 午後  
Blogger yoji said...

グレーバーはニーチェに批判的だが大枠はニーチェのラインだ

12:32 午前  
Blogger yoji said...

負債論/D・グレーバー【品切】※2021年8月下旬重版出来予定 – 以文社
http://www.ibunsha.co.jp/books/978-4753103348/

負債論/D・グレーバー【品切】※2021年8月下旬重版出来予定
2010年6月21日
負債論──貨幣と暴力の5000年

デヴィッド・グレーバー(酒井隆史 監訳、高祖岩三郎、佐々木夏子 訳)

『国富論』から『負債論』へ

重厚な書としては異例の旋風を巻き起こした世界的ベストセラー。
現代人の首をしめあげる負債の秘密を、貨幣と暴力の5000年史の壮大な展望のもとに解き明かす。資本主義と文明総体の危機を測定し、いまだ書かれざる未来の諸可能性に賭ける、21世紀の幕開けを告知する革命的書物。

●トマ・ピケティ(経済学者)
『負債論』、愛しています(I Love Debt)。
●レベッカ・ソルニット(『災害ユートピア』著者)
グレーバーは、すばらしく深遠なまでに独創的な思想家である。
●『フィナンシャル・タイムズ』紙
新鮮・魅力的・挑発的、そしてとんでもないタイミングのよさ。
●『ニューヨーク・タイムズ』紙
われわれの経済の荒廃、モラルの荒廃の状態についての長大なフィールド報告。人類学の最良の伝統のなかで、債務上限、サブプライムモーゲージ、クレジット・デフォルト・スワップを、あたかも自己破壊的部族のエキゾチックな慣行のように扱っている。

目次

凡例
第1章 モラルの混乱の経験をめぐって
第2章 物々交換の神話
第3章 原初的負債
第4章 残酷さと贖い
第5章 経済的諸関係のモラル的基盤についての小論
第6章 性と死のゲーム
第7章 名誉と不名誉 あるいは、現代文明の基盤について
第8章 「信用」対「地金」――そして歴史のサイクル
第9章 枢軸時代(前800―後600年)
第10章 中世(600―1450年)
第11章 大資本主義帝国の時代(1450から1971年)
第12章 いまだ定まらぬなにごとかのはじまり(1971年から今日まで)
結論 おそらく世界こそが、あなたから生を借りている[あなたに生を負っている]
あとがき 2014年

世界を共に想像し直すために――訳者あとがきにかえて

著者

デヴィッド・グレーバー(David Graeber)
1961年、ニューヨーク生まれ。文化人類学者・アクティヴィスト。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス大学人類学教授。
訳書に、
『アナーキスト人類学のための断章』(2006年)
『官僚制のユートピア』(2017年)ほか。
日本語のみで出版されたインタビュー集として『資本主義後の世界のために』(以文社、2009年)がある。
著書に、
Bullshit Jobs: The Rise of Pointless Work, and What We Can Do About It (Penguin, 2019).
Toward an Anthropological Theory of Value:The False Coin of Our Own Dreams (Palgrave, 2001、以文社より近刊予定).
Lost People: Magic and the Legacy of Slavery in Madagascar (Indiana University Press, 2007).
Direct Action: An Ethnography (AK Press, 2007). ほか多数。
マーシャル・サーリンズとの共著に、On Kings (HAU, 2017) がある(以文社より刊行予定)。

監訳者/訳者

酒井隆史 (さかい たかし)
大阪府立大学。社会思想史、都市形成史。
著書に、
『自由論』(青土社、2001年)※2019年8月『完全版 自由論』が河出文庫より刊行。
『暴力の哲学』(河出書房新社、2004年)※2016年、河出文庫。
『通天閣』(青土社、2011年)など。
訳書に、
スラヴォイ・ジジェク『否定的なもののもとへの滞留』ちくま学芸文庫(共訳)
マイケル・ハート、アントニオ・ネグリ『〈帝国〉』以文社(共訳)
マイク・ディヴィス『スラムの惑星』明石書店(監訳)など。

高祖岩三郎 (こうそ いわさぶろう)
翻訳家、批評家、Autonomedia編集委員。
1980年渡米、ニューヨーク在住。
著書に、
『ニューヨーク烈伝』(青土社、2006年)
『新しいアナキズムの系譜学』(河出書房新社、2009年)
『死にゆく都市、回帰する巷』(以文社、2010年)など。
訳書に、Kojin Karatani, Transcritique (MIT Press)
Arata Isozaki, Japan-ness Architicture (MIT Press)
デヴィッド・グレーバー『アナーキスト人類学のための断章』(以文社、2006年)
デヴィッド・グレーバー『資本主義後の世界のために』(以文社、2009年)など。

佐々木夏子 (ささき なつこ)
1976年生まれ。
立教大学大学院文学研究科比較文明学専攻博士課程前期課程修了。
2007年よりフランス在住。現地で翻訳業に従事。



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7:36 午前  
Blogger yoji said...

矢吹紹介文
http://www2.big.or.jp/~yabuki/chosa1/jokyo2016.12.debt.pdf

8:11 午前  
Blogger yoji said...

岩波饗宴

(一六) 『かくてわれわれは、いずれも人間の割 符(シュンボロン)1に過ぎん、比目魚2のように截り割られて、一つの者が二つとなったのだから。それで人は誰でも不断に自分の片割れなる割符を索める。だから、かつて男女と呼ばれた双形者の一半に当る男達はすべて女好きであるそうして大多数の姦夫はこの種族から出たのだが、男好きな、姦通家の女達もまた同様である。しかるに女の片割れなる女達はすべて男にはまるで興味がなく、かえって心を女に寄せる、また同性愛者もこの種族から出る。最後に男性の片割れである者はいずれも男性を追いかけるそうして少年である間は彼らはもともと男性の片割れだから成年男子を愛し、またこれと一緒に臥たり抱擁し合ったりすることを喜ぶしかもこれこそ少年や青年のうちもっとも優秀な者なのである。なぜなら彼らは本質上もっとも男性的な者だからだ。なるほど世間には往々彼らを無恥だという者もあるが、それは当らぬ.彼らをそうさせるのは無恥ではなくて、むしろ大胆と勇気と男らしさとであるからである、彼らは自分に似たものを愛重するのである。その有力な証拠は、成長するや、一人前の男子として政治生活に参加する者は独り彼らに限るということである。ところでいったん壮年に達するや、彼らは少年を愛する結婚3や子供を拵えることなどには生来関心するところなく、むしろただ慣習3によってそれを強いられるに過ぎない.結婚せずに友と一生を過すことができれば、それで彼らは満足するのである。つまりこの種の人はきっと少年の愛者となりまた愛者の友4となる、彼は常にその同類を愛重するからである。ましてやもしも少年の愛者がまたは他の何人かが、


1 umbolonと割符(ローマ人のいわゆるTessera hospitalis)すなわち認識標を意味する。古代人の間には、客友はその留した家の主人と袂別するに際して、瓦とか、骰子とか、指環とかいうような物を二つに割り、彼我各一方を保存する慣習があった。後日彼らもしくはその子孫が出会ったとき、これらの両破片を合わせて見て破目が符合すれば、彼らはかつて互いに客友の間柄であったことを認知し得たのである。

12:48 午前  
Blogger yoji said...

2 比目魚の眼と口とは頭の一方の側にのみついているので、あたかも両断されたかのように見える。この比喩はアリストファネス自身の作『リュシストラーテ』の一一五行から藉り来ったものである。

12:49 午前  
Blogger yoji said...

高橋教授の書評空間: 思想としての翻訳 ゲーテからベンヤミン、ブロッホまで :三ツ木道夫 編訳
http://prof-takahashi.blogspot.com/2011/12/blog-post.html?m=1
 こうした視点に立って見てゆくと、論旨にヴァリエーションはあるにせよ本書に収録された論考の多くがそうしたドイツ語表現の正統化と普遍化に組みしているのが感じられる。
 その中で例外となるのが、ヘリングラートの論考に登場するヘルダーリンの翻訳論と、ヘルダーリンから大きな影響を受けたと考えられるベンヤミンの翻訳論である。そして本書の翻訳論において真に創造的でありうるのはこの例外の側なのである。
ヘルダーリンとベンヤミンの翻訳論に共通しているのは「逐語訳」という「方法」意識である。では「逐語訳」とは翻訳にどのような問題をもたらしているのだろうか。ヘリングラートは。逐語訳のためほとんど理解不能であると揶揄されたヘルダーリンのピンダロスの翻訳について次のように言う。「偉大な詩人にとって言語とは創造すべきものであり、その言語と法則には限界がない。(……)かく形成された言語は一種の有機的統一体になる」(152頁)。ヘリングラートがいう「有機的統一体(コスモス)」の真の意味を捉えるためには、ベンヤミンの次のような言葉を踏まえる必要がある。「諸言語の歴史を超えた親和関係は次の点にある。すなわち諸言語が一つの全体をなしていると考えるなら、どの言語においても一つのこと、しかも同じことが言われているという点である。むろんこれには個別の言語は到達できない。到達できるのは純粋言語、相互に補完しあう諸種の志向性の総体なのである」(194頁)。
 
 ヘリングラートのいう「有機的統一体」の核心をなすのがベンヤミンのいう「純粋言語」に他ならない。そしてベンヤミンにおいては、純粋言語に個別の言語が不断に接近しようとする試みとして翻訳が位置づけられるのである。このとき翻訳において出会う二つの言語は、いわば純粋言語への志向性を内在させる断片、ベンヤミンの用語を借りれば暗号=割符シンボロンとしての「アレゴリー」となる。翻訳とはこの暗号=割符としての諸言語、言い換えれば断片としての諸言語を、そこから純粋言語への志向性を掘り起こしながら組み合わせる作業に他ならない。これもベンヤミンに倣っていえばそれは、個々の星々から天空に「星座コンステラツィオーン」を描き出す作業といってもよいだろう。「逐語訳」とは、こうした断片としての諸言語の組み合わせ作業である翻訳を通して純粋言語を「星座」として浮かび上がらせる方法を意味するのである。その背後にあるのがメシア論的ユートピアニズムを内包するベンヤミン固有の歴史哲学(「根源」をめぐる思考)であることはいうまでもない。

1:23 午前  
Blogger yoji said...

https://kotobank.jp/word/Symbol-11293

世界大百科事典

〈象徴〉を意味する西欧語(英語のシンボルsymbolなど)の語源は,ギリシア語の動詞symballein(〈いっしょにする〉の意)からきた名詞シュンボロンsymbolonで,何かのものを二つに割っておき,それぞれの所有者がそれをつきあわせて,相互に身元を確認しあうもの=割符を意味した。さらに広く,何かを共有していることで,同じ共同体の構成員であることを示す場合にも用いられた。…

1:27 午前  
Blogger yoji said...


1 umbolonと割符(ローマ人のいわゆるTessera hospitalis)すなわち認識標を意味する。古代人の間には、客友(クセノス)はその留した家の主人と袂別するに際して、瓦とか、骰子とか、指環とかいうような物を二つに割り、彼我各一方を保存する慣習があった。後日彼らもしくはその子孫が出会ったとき、これらの両破片を合わせて見て破目が符合すれば、彼らはかつて互いに客友の間柄であったことを認知し得たのである。


2 比目魚の眼と口とは頭の一方の側にのみついているので、あたかも両断されたかのように見える。この比喩はアリストファネス自身の作『リュシストラーテ』の一一五行から藉り来ったものである。

1:33 午前  
Blogger yoji said...

333#8
中国
インカ帝国のキープ(khipu)に似た結ぶ紐を使用

8:54 午後  
Blogger yoji said...

274 考える名無しさん[] 2021/08/23(月) 12:31:20.85 ID:0
> 人類学的に見て
> 「市場」が生まれたきっかけって戦争なんですね。
> 兵士に物資を配布するとき、いちいち戦場に
> 持っていくのではとても間に合わない。
> そこで兵士に貨幣を渡して、価値を国家が保証した。
> だから民間の人も安心して貨幣を受け取るわけです。
> 人類史的に見ると、
> それがマーケットのはじまりらしくて。
> このマーケットというのは、
> 市場(いちば)ではなく、市場(しじょう)ですね。
> いまのフリーマーケットみたいな
> 未開社会にもあるようなマーケットではなくて、
> 我々の知っている、貨幣の交換でおこなわれるマーケット。
> だからマーケットはもともと
> 政治や国家の思惑と密接に結びついている。



 これって、マジ?


酒井はグレーバー負債論第九章を拡大解釈したのだろう
最初期のリュディア硬貨は傭兵への支払いに使われたそうだし(341#9)、戦争期の金属貨幣は市場での交換に適していた。

モースは戦争に対して贈与を位置付けた。そして贈与から信用貨幣、市場が生まれたとする。

グレーバーは基本的にはモースのラインだから
酒井の読みは間違い
グレーバーとモースは勿論ズレるがそれを強調しすぎるのはどうかと思う

9:19 午後  
Blogger yoji said...

274 考える名無しさん[] 2021/08/23(月) 12:31:20.85 ID:0
> 人類学的に見て
> 「市場」が生まれたきっかけって戦争なんですね。
> 兵士に物資を配布するとき、いちいち戦場に
> 持っていくのではとても間に合わない。
> そこで兵士に貨幣を渡して、価値を国家が保証した。
> だから民間の人も安心して貨幣を受け取るわけです。
> 人類史的に見ると、
> それがマーケットのはじまりらしくて。
> このマーケットというのは、
> 市場(いちば)ではなく、市場(しじょう)ですね。
> いまのフリーマーケットみたいな
> 未開社会にもあるようなマーケットではなくて、
> 我々の知っている、貨幣の交換でおこなわれるマーケット。
> だからマーケットはもともと
> 政治や国家の思惑と密接に結びついている。



 これって、マジ?


酒井はグレーバー負債論第九章を拡大解釈したのだろう
最初期のリュディア硬貨は傭兵への支払いに使われたそうだし(341#9)、戦争期の金属貨幣は市場での交換に適していた。

ただしグレーバーの依拠するモースは戦争に対して贈与を位置付けた。そして贈与から信用貨幣、市場が生まれたとする。

グレーバーは基本的にはモースのラインだから
酒井の読みは間違い
グレーバーとモースは勿論ズレるがそれを強調しすぎるのはどうかと思う

9:19 午後  
Blogger yoji said...


274 考える名無しさん[] 2021/08/23(月) 12:31:20.85 ID:0
> 人類学的に見て
> 「市場」が生まれたきっかけって戦争なんですね。
> 兵士に物資を配布するとき、いちいち戦場に
> 持っていくのではとても間に合わない。
> そこで兵士に貨幣を渡して、価値を国家が保証した。
> だから民間の人も安心して貨幣を受け取るわけです。
> 人類史的に見ると、
> それがマーケットのはじまりらしくて。
> このマーケットというのは、
> 市場(いちば)ではなく、市場(しじょう)ですね。
> いまのフリーマーケットみたいな
> 未開社会にもあるようなマーケットではなくて、
> 我々の知っている、貨幣の交換でおこなわれるマーケット。
> だからマーケットはもともと
> 政治や国家の思惑と密接に結びついている。



 これって、マジ?


酒井はグレーバー負債論第九章を拡大解釈したのだろう
最初期のリュディア硬貨は傭兵への支払いに使われたそうだし(341#9)、戦争期の金属貨幣は市場での交換に適していた。

ただしグレーバーも依拠するモースは戦争に対して贈与を位置付けた。そして贈与から信用貨幣、市場が生まれたとする。

グレーバーは基本的にはモースのラインだから
酒井の読みは間違い
グレーバーとモースは勿論ズレるがそれを強調しすぎるのはどうかと思う

国家は常に戦争状態にあるとしても金属貨幣は絶対ではない
したがって金属貨幣に基づく市場観も絶対ではない

9:22 午後  
Blogger yoji said...


酒井はグレーバー負債論第九章を拡大解釈したのだろう
最初期のリュディア硬貨は傭兵への支払いに使われたそうだし(341#9)、戦争期の金属貨幣は市場での交換に適していた。

ただしグレーバーも依拠するモースは戦争に対して贈与を位置付け、そして贈与から信用貨幣、市場が生まれたとする。

グレーバーは基本的にはモースのラインだから
グレーバーとモースは勿論ズレるが酒井のようにそれを強調しすぎるのはどうかと思う

国家は常に戦争状態にあるとしても金属貨幣は絶対ではない
したがって金属貨幣に基づく市場観も絶対ではない

9:23 午後  
Blogger yoji said...


酒井はグレーバー負債論第九章を拡大解釈したのだろう
最初期のリュディア硬貨は傭兵への支払いに使われたそうだし(341#9)、戦争期の金属貨幣は市場での交換に適していた。

ただしグレーバーも依拠するモースは戦争に対して贈与を位置付け、そして贈与から信用貨幣、市場が生まれたとする。

グレーバーは基本的にはモースのラインだから戦争ではなく贈与が重要になる
グレーバーとモースは勿論ズレるが酒井のようにそれを強調しすぎるのはどうかと思う

国家は常に戦争状態にあるとしても金属貨幣は絶対ではない
したがって金属貨幣に基づく市場観も絶対ではない

9:24 午後  
Blogger yoji said...


酒井はグレーバー負債論第九章を拡大解釈したのだろう
最初期のリュディア硬貨は傭兵への支払いに使われたそうだし(341#9)、戦争期の金属貨幣は市場での交換に適していた。

ただしグレーバーも依拠するモースは戦争に対して贈与を位置付け、贈与から信用貨幣、市場が生まれたとする。

グレーバーは基本的にはモースのラインだから戦争ではなく贈与が重要になる
勿論グレーバーとモースはズレるが酒井のようにそれを強調しすぎるのはどうかと思う

国家は常に戦争状態にあるとしても金属貨幣は絶対ではない
したがって金属貨幣に基づく市場観も絶対ではない

9:25 午後  
Blogger yoji said...


グレーバー負債論第九章を拡大解釈したのだろう
最初期のリュディア硬貨は傭兵への支払いに使われたそうだし(341#9)、戦争期の金属貨幣は市場での交換に適していた。

ただしグレーバーも依拠するモースは戦争に対して贈与を位置付け、贈与から信用貨幣、市場が生まれたとする。

グレーバーは基本的にはモースのラインだから戦争ではなく贈与が重要になる
勿論グレーバーとモースはズレるがそれを強調しすぎるのはどうかと思う

国家は常に戦争状態にあるとしても金属貨幣は絶対ではない
したがって金属貨幣に基づく市場観も絶対ではない

9:27 午後  
Blogger yoji said...


日本語としては、負債と信用はセット。 マルクスを齧っている人は信用と恐慌をセットにする。 その枠内でひっくり返そうとするから無理が出る。 商品貨幣が進歩して信用貨幣になるという欺瞞を完全に壊すには、信用を負債とセットにしないと。

6:14 午前  
Blogger yoji said...


‪バランスシート的に負債は常に信用とセットで、両者は互いに根拠です(マルクスは信用と恐慌をセットで考えますが)。第三者たる保証人に国家を置くか、共同体を置くかは議論が分かれます。素材の思考を優先するとバランスシートが見えません。極端な唯物論は観念論と同じです。

6:15 午前  
Blogger yoji said...




Money is a social relation of credit and debt denominated in a money of account.
Geoffry Ingham 2004a

貨幣とは計算貨幣の単位によって示された信用と負債の社会関係である。
ジェフリー ・インガム 2004a

2004a) “The Nature of Money,” Economic Sociology: European electronic newsletter, Vol 5 (2), January 2004, pp. 18-28.

kindle

https://www.amazon.co.jp/Nature-Money-Geoffrey-Ingham/dp/0745609961


中野剛志『富国と強兵』^2016

6:50 午前  
Blogger yoji said...



Money is a social relation of credit and debt denominated in a money of account.
Geoffry Ingham “The Nature of Money” 2004

貨幣とは計算貨幣の単位によって示された信用と負債の社会関係である。


日本語としては、負債と信用はセット。 マルクスを齧っている人は信用と恐慌をセットにする。‪第三者たる保証人に国家を置くか、共同体を置くかは議論が分かれる。素材の思考を優先するとバランスシートが見えない。極端な唯物論は観念論と同じ。‬


https://twitter.com/ishizuka_r/status/1429759026691145728?s=21

9:00 午前  
Blogger yoji said...


Money is a social relation of credit and debt denominated in a money of account.
Geoffry Ingham “The Nature of Money” 2004

貨幣とは計算貨幣の単位によって示された信用と負債の社会関係である。
ジェフリー ・インガム

日本語としては、負債と信用はセット。 マルクスは信用と恐慌をセットにするが。‪第三者たる保証人に国家を置くか、共同体を置くかは議論が分かれる。素材の思考を優先するとバランスシートが見えない。極端な唯物論は観念論と同じ。‬

9:01 午前  
Blogger yoji said...


Money is a social relation of credit and debt denominated in a money of account.
Geoffry Ingham “The Nature of Money” 2004

貨幣とは計算貨幣の単位によって示された信用と負債の社会関係である。
ジェフリー ・インガム

日本語としては、負債と信用はセット。 マルクスは信用と恐慌をセットにするが。‪第三者たる保証人に国家を置くか、共同体を置くかは議論が分かれる。素材の思考を優先するとバランスシートが見えない。極端な唯物論は観念論と同じ。信用貨幣論は‬新教ではなくもっと古い。

9:02 午前  
Blogger yoji said...


Money is a social relation of credit and debt denominated in a money of account.
Geoffry Ingham “The Nature of Money” 2004

貨幣とは計算貨幣の単位によって示された信用と負債の社会関係である。
ジェフリー ・インガム

日本語としては、負債と信用はセット。 マルクスは信用と恐慌をセットにするが。‪第三者たる保証人に国家を置くか、共同体を置くかは議論が分かれる。素材の思考を優先するとバランスシートが見えない。極端な唯物論は観念論と同じ。信用貨幣論は新教ではなくもっと古い。‬



kindle

https://www.amazon.co.jp/Nature-Money-Geoffrey-Ingham/dp/0745609961


中野剛志『富国と強兵』^2016

https://twitter.com/ishizuka_r/status/1429759026691145728?s=21

9:08 午前  
Blogger yoji said...


Money is a social relation of credit and debt denominated in a money of account.
Geoffry Ingham “The Nature of Money” 2004

貨幣とは計算貨幣の単位によって示された信用と負債の社会関係である。
ジェフリー ・インガム
(参照:中野剛志『富国と強兵』2016)

日本語としては、負債と信用はセット。 マルクスは信用と恐慌をセットにするが。
‪第三者たる保証人に国家を置くか、共同体を置くかは議論が分かれる。‬
‪個人的には実体としての第三者は要らないと考える。それは官僚制の擁護になるだけだ‬
‪から。‬
‪素材を重視するとバランスシートが見えない。極端な唯物論は観念論と同じ。‬
‪信用貨幣論は新教ではなくもっと古い。‬

‪ちなみにバランスシート的思考だとCO2を吐き出しただけ木を植えよう、となる。‬


https://twitter.com/ishizuka_r/status/1429759026691145728?s=21

9:40 午後  

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