水曜日, 10月 29, 2014

三島由紀夫とハイデッガー:ノート


三島由紀夫は『絹と明察』*(1964)ラストでハイデッガー(理想社創文社以外はハイデガー表記だが、三島はハイデッガーと表記)の『存在と時間』(桑木務訳岩波文庫1961の語尾をかえたものと思われる)を引用、参照している。

終ってゆくことは、自分のうちに、その都度の現存在にとって全く代理できない、存在の様態を含んでいる」(三島由紀夫『絹と明察』講談社文庫297頁より孫引き)

自分の死を回避しながら、終りへの日常的存在もまた、……死を確信しているのである。」(同)

以下は『存在と時間』の上記に該当する箇所の別訳(中公クラシックスより)。

第48節
《これまで死について論究されてきたことは、次のような三つのテーゼとして定式化される。すなわち、1 現存在には、現存在が存在しているかぎり、現存在がそれになるであろう或る未了──つまり不断の未済が、属している。2 そのつどまだ終わりに達していない未了の存在者がおのれの終わりに到達すること(未済を存在上除去すること)は、もはや現存在しないという性格をもつ。3 終わりに到達することは、そのときどきの現存在にとって絶対的に代理不可能な或る存在様態を、それ自身のうちに包含している。》

(三島が引用したのは最後のテーゼ(提言)の部分のみである)

第52節
おのれの死から回避しながらも、それでも終わりへとかかわる日常的な存在でさえ、純粋に理論的な省察においてそれ自身が承認しようとしているのとは別様に、死を確実だとさとっている。》

このあと『ヘルダーリン詩の解明』(手塚富雄訳理想社1962、34~5頁)からも引用している。

「宝、故郷のもっとも固有なもの。『ドイツ的なもの』は、貯えられているのである。……詩人が、貯えられたものを 宝(発見物)と呼ぶのは、それが通常の悟性にとって近付き難いものであることを知っているからだ」(三島由紀夫『絹と明察』講談社文庫297頁より孫引き)

また、『絹と明察』冒頭ではハイデッガーの哲学の要約**に続いてハイデッガー思想と和泉式部の歌とを比較している。保田与重郎も同じ和泉式部の歌***を絶賛し、何度か論考している。影響があるかも知れない。

三島のハイデッガー解釈はバタイユを連想させて正確ではないかも知れない。ただ、西欧合理主義を内側から崩すものとしてうまく活用している。


新潮文庫、講談社文庫等で入手可能。なお創作ノートは残っていないが、制作意図を語ったインタビューがあり、新潮文庫あとがきで少し引用されている。

**
《ハイデッガーのいはゆる「実存(エクジステンツ)」の本質は時間性にあり、それは本来 
「脱自的」であつて、実存は時間性の「脱自(エクスターゼ)」の中にある、と説かれてゐるが、 
エクスターゼは本来、ギリシア語のエクスタテイコン(自己から外へ出てゐる)に発し、 
この概念こそ、実存の概念と見合ふものである。つまり実存は、自己から外へ漂ひ出して、 
世界へひらかれて現実化され、そこの根源的時間性と一体化するのである。 》
(三島由紀夫「絹と明察」より)
http://kamome.2ch.net/test/read.cgi/book/1287085245/l50


***
和泉式部「もの思へば沢の蛍もわが身よりあくがれ出づるたまかとぞみる」
(『保田與重郎全集』http://binder.gozaru.jp/yasuda.htm 目次
第14巻「和泉式部私抄」第17巻「日本語録」他参照)

火曜日, 10月 21, 2014

ライプニツィアーナ (内井惣七『空間の謎・時間の謎』160頁より)

ライプニッツ:インデックスリンク:::::::::本頁


かくして、バーバーによれば、ニュートンとライプニッツの争いは次のように調停される。

  これにより、絶対運動と相対運動について論争したニュートンとライプニッツの立場の間で、意外な調停がもたらされた。どちらも正しかったのである! 要点は、われわれの宇宙のように多くの物体を含む宇宙においては、互いに他から事実上切り離された部分系が無数にありうるということである。[中略]各々の部分系は、それだけを考えると、ゼロでないエネルギーと角運動量をもちうる。しかし、宇宙が有限であれば、その部分系の個々のエネルギーと角運動量を加え合わせていくとゼロとなりうる。ニュートンの諸法則によって支配されている宇宙では、そうなることはありそうにない偶然であろう。しかし、宇宙がマッハ的法則に支配されているのであれば、そうなることは必然である。それはこの法則の直接の帰結である。さらに、マッハ的法則によれば、大きな宇宙においては、すべての十分に孤立した部分系は、まさにニュートンが予測したように振る舞うであろうという予測が出てくる。とくに、そのような部分系はゼロでないエネルギーと角運動量をもつことができ、それゆえ絶対空間と絶対時間においてニュートンの法則に従っているように見える。ところが、ニュートンにとっては不変の絶対的な枠組みに見えたものが、マッハ流の理論では宇宙全体とそれを支配する一つの法則からの結果にすぎないということを示せるのである。(Barbour 2000, 119)

内井168~9頁


以上の図を描いた大前提は、この惑星系が宇宙全体であるということである。これは多くの人が誤解しやすい点なので、念には念を入れて強調しておきたい。関係説では、この大前提があれば、惑星系全体の運動は、図46のようにプラトニアにおける直線で表現されて、これで話は終わりである。





関係説による古典力学の再構成で明らかになったように、宇宙全体の運動を決める法則がわかれば、距離の測定によって時間がわかる。最もわかりやすい例は、すでにガリレオのところで現れた慣性運動と慣性の法則である。慣性の法則を仮定してよければ、「時間の等しさ」は「距離の等しさ」に還元できる。同じことをもっとスケール大きくいえば、「究極の時計は宇宙全体の運動だ」ということになる。バーバーが極端な主張をする一つの理由は、「宇宙の運動は、プラトニアの測地線から決まり、プラトニアには時間軸がないのだから、結局理論的な時間は消去できる」ということになろうか。いずれにせよ、距離の同一性から時間の同一性が出るという洞察は銘記しておく必要がある。


プラトニア(ライプニツィアーナ 160頁)↓


            BC+CA=AB
    ________________________
    \           l          /
     \                    /  
      \                  /
       \                /
        \              /
 CA+AB=BC\/          \/AB+BC
=CA
          \          /
           \        /
            \      /   
             \    /
              \  /
               \/
プラトニアの切り口が正三角形の面は三角形の可能なすべての形(寸法は無視)を表せるスペースである。

ちなみに、プラトニアや形空間では、どの点も必ず違うものを表しており、同じものを表す二つの点は決して存在しない。この主張、どこかですでに見たはずである。関係説力学では、ライプニッツの不可識別者同一の原理が厳密に成り立っているのである。この事実に鑑み、わたしは「プラトニア」というバーバーの命名よりも「ライプニツィアーナ」という命名のほうが適切だと考える。プラトンは偉大な哲学者ではあるが、関係説力学には無関係である。

形空間における軌跡 160頁
              

    (AB)  
    |   
    |
    |____
   /  (CA)
 (BC)

ライプニッツとニュートンの争いは、現代でも決して単なる歴史のエピソードや他人事ではないのである。159頁


参考:

内井惣七『空間の謎・時間の謎』


    ________________________
    \                      /
     \                    /  
      \                  /
       \                /
        \              /
         \            /
          \          /
           \        /
            \      /   
             \    /
              \  /
               \/
              

…現代の「ストリング(ひも)理論」の発想は、ライプニッツが晩年にたどり着いた思想の再現にほかならない。いまから三〇〇年も前にこのような発想をしていたとは、まさに「ライプニッツおそるべし!」81頁

参考:
時間の終わり
ジュリアン・バーバー 邦訳なし

Amazon.co.jp: The End of Time: The Next Revolution in Our Understanding of the Universe: Julian B. Barbour: 洋書

http://www.amazon.co.jp/The-End-Time-Revolution-Understanding/dp/0753810204

スピノザ補足

 スピノザリンク:::::::::本頁

         I(全論理空間)
          ◯
         /\
        /  \ 
       /    \
a=b=S /      \  a/=b/=M
    ◯/        \◯
 Sは実体\        / Mは様態
      \      / 
       \    / 
        \  /
         \/ 
          ◯
         O(空なるクラス)

図は『論理学史』(山下正男)p208より、スピノザ哲学の論理構成。

デカルトの場合、属性は主にS(=実体)に連なり、スピノザの場合、属性はM(=様態)に連なる。
例を挙げるならば(スピノザ往復書簡の無限の説明)、実体Sが二つの円、様態Mが無限にある両円の比率ということになる。山下氏によればヘーゲルはその両者を混同してしまっているという。
デカルトの、属性がS(=実体)に連ながる部分がヘーゲルの過ちを生んだ。
上を延長、下を思惟ととらえれば(逆でもいい)両者の結合が神秘主義的思考回路と同じになってしまうということだ。
スピノザは属性を様態寄りに考えたとはいえ、実体から無限の属性が生じることを想定しかつ、思惟と延長に優越をつけなかった。
様態から属性を通って実体につながっているとはいえ、実体側からの属性を無視したわけではなく、属性は思惟と延長に限られず無限にあるというだけである。だから二項対立の変奏はあっても二元論の固定さらには思惟の優越にはならない。空なるクラスも定義としての否定において維持される。
ヘーゲルは(論理的思考が後退した場合における)デカルトの必然的帰結である。


また、ドゥルーズによれば平行論なる命名はライプニッツが初めて行ったもので、スピノザ自身の用語ではない。
(ドゥルーズ『スピノザ 表現の問題』邦訳単行本103,390頁参照)
さらにライプニッツの並行論は悪口ではない。ライプニッツも自身を並行論者と考えていたからだ。
ただスピノザには個体による実体の分有を説明出来ないと考えていた(「唯一の普遍的精神の説に
ついての考察」8巻132頁)。

ライプニッツはこんな図式を描いている。

  瞬間Aにおける肉体の状態       | 瞬間Aにおける魂の状態 
  次の瞬間Bにおける肉体の状態(チクリ)| 瞬間Bにおける肉体の状態(痛み)

「魂がチクリにかならず気がつくのは、関係の法則によっている。」
「魂は、いつもかならずしも判明に、チクリだの、その直後にやってくるはずの痛みだのが、
いったいなんで起こるのか、気がついているとはかぎりません。」
(アルノー宛書簡20邦訳ライプニッツ著作集第八巻361~362頁)

http://www2.human.niigata-u.ac.jp/~mt/ningen/docs/F.%20IMAI.pdf
ライプニッツは、物体は延長だとするデカルトの考え方のみをアルノーが前提としており、
物体が自身の力で運動することを否定しているといって批判する(書簡16『ライプニッツ著作集 8』320 頁)。

共通概念=スピノザの公理をドゥルーズは肯定的に捉えている。ライプニッツの複数性へとスピノザの一元論を変換する鍵がそこにある。

法よりも判例が大事というのと同じだ。ドゥルーズの感覚論はゆがんではいるが、、、
ドゥルーズが、共通感覚には否定的だが、共通概念に肯定的なのは、上記図のように感覚に概念を対応させるためで、概念の優位を称えているのではない。
(ドゥルーズが、カントの主要テーマをランボーやシェークスピアの引用で要約したことが想起される。)
ドゥルーズもまた並行論者なのだ。

               |
        欲望する諸機械|器官なき身体
               |


追記:
ポパーが自伝冒頭でスピノザを本質主義として批判している(wikiのスピノザ参照。自伝はヴィトゲンシュタインへの言及があることで有名だが、ボルツァーノへの言及が興味深い*)。
以下の図はその関連で紹介された。
右の意味づけが大事だというが、これはスピノザの起成原因が大事だということと重なる。またライプニッツの図と本質は変わらない。どちらも無限遡行を恐れ、回避(ライプニッツはモナドによって、ポパーは社会的位置づけによって)するのである。

*論理学史的にはカントを批判的に継承したボルツァーノ(本人はカントよりライプニッツに近い)の命題自体によって世界3が開け、それはポパーの立場に近い。
a table of ideas
                IDEAS
                that is
DESIGNATIONS or TERMS or       STATEMENTS or PROPOSITIONS
  CONCEPTS                or THEORIES
             may be formulated in
   WORDS                  ASSERTIONS
               which may be
  MEANINGFUL                  TRUE
                and their
   MEANING                   TRUTH
            may be reduced, by way of
  DEFINITIONS                 DERIVATIONS
                to that of
UNDEFINED CONCEPTS            PRIMITIVE PROPOSITIONS
______________________________________
  the attempt to establish (rather than reduce) by these means their
   MEANING                   TRUTH   
            leads to an infinite regress


              観   念
               つまり
指示項または名辞                言明または命題
  または概念                  または理論
                は
   言   葉                 主   張
         において定式化されえ、それらは
   有 意 味                   真
            でありえ、それらの
   意   味                 真 理 性
                は
   定   義                 導   出
               によって
   無定義概念                 原 始 命 題
            のそれに還元されうる
_________________________________
         このような手段によって、それらの
   意   味                 真   理
          を(還元ではなく)確立しようとする
          企ては、無限後退におちいる


岩波現代文庫上33頁より

ポパーはスピノザを批判しつつスピノザ的なのだ(演繹主義と実在論をポパーは信奉する)。


  a table of ideas

 IDEAS
 that is
DESIGNATIONS or TERMS orCONCEPTS,STATEMENTS or PROPOSITIONS or THEORIES
 may be formulated in
WORDS,ASSERTIONS
 which may be
MEANINGFUL,TRUE
 and the
MEANING,TRUTH
 may be reduced, by way of
DEFINITIONS,DERIVATIONS
 to that of
UNDEFINED CONCEPTS,PRIMITIVE PROPOSITIONS
___________________________
the attempt to establish (rather than reduce) by these means their 
MEANING,TRUTH 
 leads to an infinite regress


  観念の表

観念つまり
指示項または名辞または概念、言明または命題または理論
言葉、主張
において定式化されえ、それらは
有意味、真
でありえ、それらの
意味、真理性
定義、導出
によって
無定義概念、原 始 命 題
のそれに還元されうる
__________________________
このような手段によって、それらの
意味、真理
を(還元ではなく)確立しようとする
企ては、無限後退におちいる

『果てしなき探求』(上)岩波現代文庫33頁より。『客観的知識』森博訳143頁と訳語は同じ。

https://www.marxists.org/reference/subject/philosophy/works/at/popper.htm

IDEAS
that is
DESIGNATIONS or TERMS
or CONCEPTS
STATEMENTS or PROPOSITIONS
or THEORIES
may be formulated in
WORDSASSERTIONS
which may be
MEANINGFULTRUE
and their
MEANINGTRUTH
May be reduced, by way of
DEFINITIONSDERIVATIONS
to that of
UNDEFINED CONCEPTSPRIMITIVE PROPOSITIONS
The attempt to establish (rather than reduce) by these means their
MEANINGTRUTH
leads to an infinite regress


図の初出は、
Karl Popper (1966)
Objective Knowledge
A Realist View of Logic, Physics, and History (1966)
Source: Objective Knowledge (1972) publ. Clarendon Press. The second last chapter is reproduced here.

哲学史的には、

     我--「同語反復」カント
     思  l
     う  l
「疑いつつ+ある」スピノザ
     我\
     あ \
     り  「私は思惟する事物である 」
    デカルト      ライプニッツ

///////

ちなみに漱石の老子論を援用すると老子の体系は以下になる。漱石はヘーゲルと比較しているが、反知性主義的という点を除けば、発生論を含むので老子はスピノザに似ている。

       
     ┏━┻━┓
  絶対の道  相対の道
政治
┏━━┳┻━┓   ┏┻━┳━━┓
範囲 体  用  人の道 不道 非道

      : ┏━┻━┓
    天下を得る方  天下を得たる後
修身
      :      ┏━┻━┓
      :    
積極的  消極的
      :   ┏━┻━┓ ┏┻┳━┳━┓ 
      :  方針  教育 法 兵 刑 ┃
      :   ┃ ┏━┻━┓     ┃
      :.柔弱等 無欲 無智     ┃
      :         ┃ ┏━━┳┻━┓
      :........嬰児 学問 行為 多言
あるいは、
       道
     ┏━┻━┓
  絶対の道  相対の道/政治(*)
┏━━┳┻━┓   ┏┻━┳━━┓
範囲 体  用  人の道 不道 非道
      :   *
      : ┏━┻━┓
    天下を得る方  天下を得たる後/修身(**)
      :      ┏━┻━┓
      :    積極的  消極的
      :   ┏━┻━┓ ┏┻┳━┳━┓ 
      :  方針  教育 法 兵 刑 ┃
      :   ┃ ┏━┻━┓     ┃
      :.柔弱等 無欲 無智     ┃
      :         **    **  
      :         ┃ ┏━━┳┻━┓
      :........嬰児 学問 行為 多言


     < 道 >
     ┏━┻━┓
  絶対の道  相対の道
┏━━┳┻━┓   ┏┻━┳━━┓
範囲 体  用  人の道 不道 非道
      :   ┃
      : <政 治>
      : ┏━┻━┓
    天下を得る方  天下を得たる後
      :      ┏━┻━┓
      :    積極的  消極的
      :   ┏━┻━┓ ┏┻┳━┳━┓
      :  方針  教育 法 兵 刑 ┃
      :   ┃ ┏━┻━┓     ┃
      :.柔弱等 無欲 無智     ┃
      :         ┃     ┃
      :        < 修   身 >
      :         ┃ ┏━━┳┻━┓
      :........嬰児 学問 行為 多言



     < 道 >
     ┏━┻━┓
  絶対の道  相対の道
┏━━┳┻━┓   ┏┻━┳━━┓
用  体 範囲 人の道 不道 非道
:         ┃
:       <政 治>
:       ┏━┻━┓
:..天下を得る方   天下を得たる後
:            ┏━┻━┓
:          積極的  消極的
:         ┏━┻━┓ ┏┻┳━┳━┓
:        方針  教育 法 兵 刑 ┃
:         ┃ ┏━┻━┓     ┃
:.......柔弱等 無欲 無智     ┃
:               ┃     ┃
:              < 修   身 >
:               ┃ ┏━━┳┻━┓
:..............嬰児 学問 行為 多言



     < 道 >
     ┏━┻━┓
  絶対の道  相対の道
┏━━┳┻━┓   ┏┻━┳━━┓
用  体 範囲 人の道 不道 非道
:         ┃
:       <政 治>
:       ┏━┻━┓
:..天下を得る方   天下を得たる後
:            ┏━┻━┓
:          積極的   消極的
:         ┏━┻━┓   ┏┻┳━┓
:        方針  教育   法 兵 刑
:         ┃ ┏━┻━┓ ┃ ┃ ┃
:.......柔弱等 無欲 無智 ┃ ┃ ┃
:         ┻━┻━┳━┻ ┻┳┻━┻
:             ┃    ┃
:            < 修  身 >
:             ┃  ┏━┻┳━━┓
:.............嬰児 学問 行為 多言



     < 道 >
     ┏━┻━┓
  絶対の道  相対の道
┏━━┳┻━┓   ┏┻━┳━━┓
用  体 範囲 人の道 不道 非道
:         ┃
:       <政 治>
:       ┏━┻━┓
:..天下を得る方   天下を得たる後
:           ┏━┻━━┓
:          積極的   消極的
:        ┏━━┻━┓ ┏┻┳━┓
:       方針   教育 法 兵 刑
:        ┃  ┏┻┓ ┃ ┃ ┃
:......柔弱等 無欲 無智┃ ┃ ┃
:        ┻━━┻┳┻ ┻┳┻━┻
:            ┃   ┃
:            <修 身>
:            ┃ ┏━┻┳━━┓
:...........嬰児 学問 行為 多言を廃す


     我--「同語反復」カント
     思  l
     う  l
「疑いつつ+ある」スピノザ
     我\
     あ \
     り  「私は思惟する事物である 」
    デカルト      ライプニッツ


     我  「私は思惟する事物である 」
     思 /       ライプニッツ
     う/
「疑いつつ+ある」スピノザ
     我  l
     あ  l
     り--「同語反復」カント
    デカルト      


     我  「私は思惟する事物
     思 / である 」ライプニッツ
     う/
「疑いつつ+ある」スピノザ
     我  l
     あ  l
     り--「同語反復」カント
    デカルト