日曜日, 12月 25, 2011

ガンジーの遺言:付リンク(自立分散的生産のススメ)

ヒンドゥー教→ショーペンハウアー→トルストイ→ガンディー

ガンディーは、結果的にヒンドゥー教(インド哲学)からの影響を再確認したことになる。
(ただし、トルストイは基本的にはキリスト教に思想的基盤があるし、ガンジーはラスキンの『この最後の者にも』をベンガル語に翻訳しているくらいなので、キリスト教の影響を間接的には受けている。)




http://yojiseki.exblog.jp/3108522/
(2006年1月初出記事)

今から58年前の1948年1月30日午後5時、ガンジーは対イスラム強行派のヒンズー教徒の青年に暗殺された。ガンジーの遺稿詩として知られるものもあるが(※)、あまり知られていないものとして、ガンジーが死の前日に提出した新たなインドの組織案がある。


ガンジーは国民会議派を協会(サンガ)に移行させようとしていたのだ。
そ れは具体的には70万ある農村に成人男女5人ずつのパンチャーヤト(語意は五人会議というインド農村の昔ながらのグループ)を作り、さらに二つのパン チャーヤトは指導者を一人互選する。そして選ばれた50人の指導者からさらに指導者が選ばれ、200のパンチャーヤトは100づつの平行するグループとな り、このようなグループがインド全土をおおうことになる。各指導者たちはそれぞれ手紡ぎ綿布着用義務をもち、名簿管理などを行う。さらに全体としての協会 は、手紡ぎ綿布、農業、教育、人権、動物愛護といった5つの支部を持つ、というものだ(みすず書房『わたしの非暴力2』)。

こうしたガンジーの案はその後、必ずしも現実化されたわけではないが、この案から小さな単位を大事にするガンジーの理念はよく伝わる。
特に出発点に二つの5人会議から互選で指導者を選ぶあたりが、ガンジーはイスラム教とヒンズー教といった政治レベルの対立をミクロレベルで解決するモデルを作ろうとしていたのではないかと思わせて興味深い。
(興 味深いのは活動家は村民と「個人的な接触を持つこと」=「顔見知りになること」が求められていることだ! 上記書籍『わたしの非暴力2』p328、あるい はレグルス文庫『非暴力の精神と対話』74頁参照。後者ではその活動家は「平和部隊(シャンティ・ダール)」と呼ばれている。)

ガンジー が実践した手紡ぎ車(チャルカ)などは、自立分散的生産システムによる対抗手段だったし(地湧社『ガンジー自立の思想』)、聖人視されるか逆に軽視される 傾向にあるガンジーは実に経済的にも政治的にも現実的な視点を持った人だったのだ(塩の行進も必需品を自国で生産したいという経済的根拠を持っていた)。 また、今日的にガンジーの考えを応用するならば、コンピューターなども自立分散的に活用可能なものだと思う。

このように、ガンジーの遺志は私たちに託され、その実現へ向けた試みは今現在もまだ続いていると考えた方がいいだろう。

追記:

「わたし自身の体験から集約したいくつかの規約」

(一) 隊員はいかなる武器も所持してはならない。
(二) 平和部隊の隊員は容易に見分けがつくよう配慮すること。
(三) 全隊員が応急処置にあたれるよう、包帯・はさみ・針と糸・外科用ナイフ等を所持すること。
(四) 隊員は負傷者の運搬や移動の方法を知っておくこと。
(五) 隊員は、消火の方法ならびに、火傷を負わずに火事場に入る方法、また、荷物のあるなしに関係なく救出作業のために高い塀をよじ登り、無事に降りる方法を知っておくこと。
(六) 隊員は受け持ち地区のすべての住民と顔見知りになること。このこと自体、一つの奉仕である。
(七) 隊員はたえず心に神の御名(ラーマヤーナ)をとなえ、信仰をいだく多の人びとにもそうするよう勧めること。

一九四六年四月二十六日 ニューデリーにて (「非暴力の義勇隊」『ハリジャン(神の子)』一九四六年五月五日号)
(『非暴力の精神と対話』73−4頁)


ガンジーの死の3ヶ月前に書かれた詩として知られているものに以下がある。

 束縛があるからこそ
 私は飛べるのだ
 悲しみがあるからこそ
 高く舞い上がれるのだ
 逆境があるからこそ
 私は走れるのだ
 涙があるからこそ
 私は前に進めるのだ

   マハトマ・ガンジー 〔遺言詩〕

追記:

塩の行進も必需品を自国で生産したいという経済的根拠を持っていた
書評:
ガンジー・自立の思想―自分の手で紡ぐ未来 [単行本]
M.K. ガンジー (著), 田畑 健 (編集), Mohandas Karamchand Gandhi (原著), 片山 佳代子 (翻訳)

ガンジーの思想は、自立分散型の生産システムを作ることで(手紡ぎ車)、民衆のための国家を作り得るというところに主眼がある。
貧困は、機械で「大量生産」し、それを分配にすることでは解決しない、生産のレベルで同時に分配がなされなければならないと云う思想は、情報化社会の中でも変わることのな
い指針となるべき考え方だ。
今までの、聖人化、偶像化されたガンジー像を身近に取り戻すと云う意味でも、読みやすく画期的な必読インタビュー集。


付録:

http://blog.livedoor.jp/yojisekimoto/archives/50790326.html
関本洋司サイト: ロールズとガンジーとシューマッハ - livedoor Blog(ブログ)


ロールズとガンジーとシューマッハ
 英語版及び定本『TC』で、ロールズ『正義論』フランス語版序文が言及されていましたが(p478)、現在入手困難なので主要箇所を引用します。講談社のシリーズ(現代思想の冒険者たち)でも引用されていた部分ですが、こちらも既に入手困難のようです。

 さらに、ガンジー、シューマッハの同種の考察も付記します。ガンジーのそれはガンジー思想の経済的裏づけとして重要ですし、シューマッハのそれは「修理・修繕」の見地から見て興味深いと思います。

/////以下、ロールズ、『正義論』フランス語版序文より/////////

 「この場合、はじめから少数者にではなく市民全員の手に生産手段が委ねられ、それによって市民が社会生活のためにじゅうぶんな協力体制を組めるように、諸制度を整備しなければならなくなる。強調されるべきは、ある期間を通じて資本および資源の所有が偏りなく分散され、しかもそうした所有の分散が、相続と譲渡に関する法律、機会の公正な均等を求める法律(それに基づいて教育や育成のための諸方策が認可される)、さらに政治的自由の公正な価値を守るための諸制度に関する法律によって、実現されるということである。」

                 川本隆史・米谷園江訳「みすず」No.385より(1993.4)

                 原典、ロールズ『正義論』フランス語版(1987)

//////以下、ガンジー『自立の思想』より///////////

 「生産を各地で分散して行って初めて、分配は平等に行えるようになります。つまり、生産と同時に分配が行われるようにならない限り意味がありません。自分たちの商品を売るために外部の市場を開拓しようと思っている限り、分配が平等に行われることはありえません。

 西洋が成し遂げた科学の驚異的な進歩や組織が無用の物ということではありません。西洋の人々も彼らの技術を活用すべきです。ただし、善意から自分たちの技術を外国で利用したいと思うのであれば、アメリカ人は次のように言うべきです。「我々は橋を作る技術を持っています。それを秘密にしておくつもりはありません。全世界に教えてあげたいのです。橋の作り方を教えてあげましょう。もちろん代価を要求するつもりもありません」と。また、アメリカ人は次のようにも言うことでしょう。「他の国が小麦一粒育てるところ、我々は二千粒育てることができます」。そして、アメリカは教えを請う者にその技術を無料で伝授するのです。しかし、全世界が必要とする小麦を自分たちで栽培しょうなどと企てるのはとんでもないことです。そんなことをすれば、この世にとっては実に惨めな時代の到来となるでしょう。」

              『ガンジー自立の思想』田畑健他訳P88?91地湧社より

/////以下、「中間技術」(星野淳さんの言葉で言えば「適正技術」)*に関して、シューマッハの『スモール・イズ・ビューティフル』からの引用。////////

 「ガンジーが語ったように、世界中の貧しい人たちを救うのは、大量生産ではなく、大衆による生産である。大量生産の体制のよって立つ技術は、非常に資本集約的であり、大量のエネルギーを食い、しかも労働節約型である。現に社会が豊かであることが、その前提になっている。なぜならば、仕事場一つ作るのにも、多額の投資を要するからである。大衆による生産においては、だれもがもっている尊い資源、すなわちよく働く頭と器用な手が活用され、これを第一級の道具が助ける。大量生産の技術は、本質的に暴力的で、生態系を破壊し、再生不能資源を浪費し、人間性を蝕む。大衆による生産の技術は、現代の知識、経験の最良のものを活用し、分散化を促進し、エコロジーの法則にそむかず、稀少な資源を乱費せず、人間を機械に奉仕させるのではなく、人間に役立つように作られている。              

 私はこれに中間技術という名前をつけたが、それはこの技術が、過去の幼稚な技術よりずっと優れたものではあるが、豊かな国の巨大技術と比べると、はるかに素朴で一安く、しかも制約が少ない性格をいい現わしている。自立の技術、民主的技術ないしは民衆の技術と呼んでもよい。要するに、だれもが使え、金持ちや権力者のためだけの技術ではないのである。」

          シューマッハ『スモール・イズ・ビューティフル』講談社学術文庫より

*シューマッハが、単に「消費手段」だけではなく「生産手段」そのものに、「修理・修繕」の原理をあてはめていることが特筆されると思います。

ロールズ

_____________






    スピノザ
プルードン    ヘーゲル
 マルクス 空海 カント
 坂本龍馬    ハイデガー
     柄谷 フロイト
ドゥルーズ    老子
 アドルノ    パーソンズ
 カレツキ ゲゼル
    ライプニッツ
 スポーツ    文学
     ガンジー
     ラカン
     ニーチェ


______________










老子


マルクス



柄谷





_____________


















































現行インド国旗、中央にチャルカ
(法輪ということになるが1921年版はガンジーが回していた糸紡ぎ機としてのチャルカが中央にある。ヒンズーと仏教の融和を意図した背景があったかも?)

:1921


CinemaScape/Comment: モダン・タイムス

http://cinema.intercritique.com/comment.cgi?u=3655&mid=724

この作品を制作する以前、チャップリンはガンジーと会う機会があり、機械文明を批判するガンジーに、「機械は便利な物ではないですか?」と尋ねた。ガンジーの答えは「便利さの追求は、幸福の追求とは別ものです」。その後、チャップリンはフォードの自動車工場を訪ね、そこで労働者が機械の部品のように働かされ、身心を病んでいる事を知る。そうした経緯があって生まれたのがこの、文明批判的なコメディ。 

工場での流れ作業は、経営者の一方的な効率追求によってスピードアップを求められ、それに従って、労働者の機械的な単純作業も、人間の限界を超える速度と正確さを強いられる。チャップリンがコミカルに演じているように、体が痒くなったり、傍に居る人に話しかけたくなる、といった、人間のごく自然な欲求を、一瞬たりとも許さない機械は、単純作業の反復によって、人間の身心を、機械的な条件反射の奴隷にしていく。 

食事マシーンに翻弄されるチャップリンや、チャップリンに食事を口に運んでもらう機械技師の姿から窺えるように、手はネジを締める為にのみ、頭は食事をする為にのみ存在するかのような労働者たちは、家畜さながらの扱いを受けている。それは映画の冒頭での、家畜の群れと通勤ラッシュが重なる場面に象徴的に表されているし、映画のタイトルで、時計が大写しにされているのも、機械の歯車による絶対的な支配体制を示している。

遂にチャップリンが大暴れする場面では、彼が工場の作業で強いられていた不自然な動作がそのまま、暴力的なアクションとして展開される。チャップリン自身に機械の横暴さが取り憑いたかのようだ。多分こうした点が、精神分析医のフェリックス・ガタリがチャップリンについて言っている、「純粋に無意味な反復効果」によって世界を「反転」してみせるユーモア、というものなのだろう。 (フェリックス・ガタリインタビュー~音の横断~ http://www9.big.or.jp/~np/tokijiku/tokijiku07.html

デカルトの四則演算:メモ

デカルトの四則演算:メモ
http://yojiseki.exblog.jp/12181980/

デカルトは『精神指導の規則』後半の第18規則(全21規則)で四則演算の説明をしている(著作集4ほか)。
題名から連想される倫理的な説明ではなく、機械的な説明で、特に最終部分で計算の方法を子供に教えるように説明しているのだ。

例えば、

3足す2は
___ __
 a   b
_____
  ab

と説明される。

3引く2は、
a___
b__


_

と表現される。

3掛ける2は、

 ____
| a
|b

 _____
|_|_|_|
|_|_|_|

と表現される。
割り算はこの逆である。

現在の研究水準でどう評価されるのかわからないが、例えば百升計算よりは優れた説明だし、
水道方式のようにタイルを使うよりも優れているように思える(デカルトの説明だとかけ算の概念が方程式に直結するから)。

デカルトは数論と幾何の両方を重視しており、こうした態度は「我思うゆえに我あり」という命題よりも説得的だ。
スピノザのように「思いつつ、ある」(注)とも言えるが、一目瞭然、百聞は一見に如かず、という言葉であらわされる直観(どちらかといえば数論的というより幾何学的)の優越に理論的根拠があたえられることのモデルのような気がしてすがすがしい。


注)これは、スピノザの『デカルトの哲学原理』のなかの言葉だが、この言葉には、「思惟することに対する思惟の能力は、存在し作用することに対する自然の能力より大ではない」という注釈が付け加わり得るだろう(書簡40)。國分功一郎氏はこの言葉を近著(『スピノザの方法』p211)で精神は自然の力に劣るという意味に解釈しているが、それでも尚思惟と延長(この場合は自然の能力のような実体ではない)は同時共存し得ると肯定的に解釈してもいいと思う。
四則演算をする際の観念、思惟は、デカルトの図式という延長と、互いに一対一対応をすることから説明でき、これは思惟の無限(というより無限定、無際限)の遡行を直観により能動化する良い例だと思う。

ちなみに百升計算は無際限な遡行と言える(百升計算のような人間の計算は決して真無限ではない。なぜなら人間には寿命があるから無限に数を数えることはできない)。

追記:
後の「幾何学」でデカルトはこの線分の代数学をさらに発展させ、確立する。
しかし、素朴な幾何学の終わり、解析への回収の始まりでもあったと思う。
幾何学の可能性の復権は私見ではグラフ理論を待たなければならない。


以下、参考:


 デカルト以前では,aが線分であると考えるとは意味を持っていなかった。しかし,デカルトにとっては,1とaを表す線分が与えられた場合,を表す線分は図の作図で与えられる線分の長さとして考えることができる。
 こうして,デカルトによってすべての数式は線分の長さとして考えられ,それに代数的演算を行ってもまた線分の長さとして与えられることが示された。つま り数式の演算と図形の作図とが結びつけられ,数式の演算がそのまま図形の研究に用いられるようになった。このことが次の時代のニュートン (1642~1727)の運動力学の研究に用いられ,そのまま現代科学の発展に大きく貢献している
http://www.shinko-keirin.co.jp/j-kadaimath/0401/index.htm





無理数の発見がデカルトの解析幾何学に大きな役割を果たしていると思います。
1.任意の無理数は半円の直径に円周から垂線を下ろし、垂線により切断された直径の片側を単位としてその反対側の直径を整数倍にするとその推薦が下図3のように無理数となります。1:a を任意の整数倍にすることにより任意の数の無理数を得ることができます。
2.この方法とは別に最初に 1:a を 1:1 にとり順次aを整数倍に大きくし、半円を順次大きくすることによっても任意の数の無理数を得ることができます。 
http://www.com.mie-u.ac.jp/~kanie/tosm/keiji03/k_result.htm


 追記:
カントの言うカテゴリー(量質関係様相)は、四則演算(加減乗除)に対応すると思うが、
うまく説明する自信が無い。
カテゴリーが4つである必要性は可能性として感じてもらえるかも知れないが。

なお、4つのカテゴリーはさらにそれぞれ3つの契機に分かれ計12になるが、
これは加減乗除の計算の答えが、大小イコールの3つのどれかになることと対応する。

+−
×÷

 量質
関係様相

左右で可逆的に対応し、上下で類似的に対応する。

 下二つは「度」としてまとめ、全部で三つでいいというのがヘーゲル(パースも?)だ。

水曜日, 12月 14, 2011

ゲゼル:減価式貨幣と世界通貨案

『自然的経済秩序』邦訳リンク::::::
ゲゼル:減価式貨幣と世界通貨案
http://nam-students.blogspot.jp/2011/12/blog-post_4033.html?m=0@

 Irving Fisher: Stamp Scrip; 1933 :スタンプ通貨  アーヴィング・フィッシャー 
http://nam-students.blogspot.jp/2015/12/irving-fisher-stamp-scrip-1933-2016331.html

岩村充『新しい物価理論』2004, 『中央銀行が終わる日―ビットコインと通貨の未来―』2016

http://nam-students.blogspot.jp/2017/05/2016.html

「将来人びとはマルクスよりもゲゼルの精神からより多くのものを学ぶだろう」
(ケインズ『一般理論』6-§23)

シルビオ・ゲゼル(Silvio Gesell, 1862年 - 1930年)
写真はNHK「エンデの遺言」で使われたものと同じ


シルビオ・ゲゼルの減価式貨幣の減価率は『自然的経済秩序』(ぱる出版)によると、一週間で1/1000、一年で5/100(正確には5.2%)だそうだ。
プルードンが商品と労働を貨幣の位置にまで引き上げるといったのを受け継ぎ、ゲゼルは貨幣を商品と労働の位置にまで引き下げたのだが、その論理はわかっても、細かい減価率の根拠は実はわからない(減価され再発行する印紙代が事務局の手数料になるようだから、実はこの減価式貨幣は、税金ゼロの社会を実現する唯一に切り札かも知れない)。

ちょうどどの貨幣も20年でゼロになる計算なので、これは一世代の期間と一緒である。ここに根拠があると考えられなくもない。

ちなみに、ゲゼルの死後、オーストリア及びスイスのバーゼルで世界恐慌を機に試行された減価マネーは減価率は一か月1%で年12%のはずである(「自由経済研究」各号に詳しい)。ゲゼル案の約2倍である。

減価率の根拠に関しては、ゲゼルの精神を絶賛したケインズが、「貨幣ー利子率(印紙料金は除く)と、完全雇用と両立する新規投資率に対応する資本の限界効率との差になるように定めるべき」(雇用、利子および貨幣の一般理論〈下〉 (岩波文庫)150頁)と述べていて、再検討を要する。もっとも、ケインズは自然成長率がマイナスの社会を想定出来なかったのではないだろうか? 減価マネーの必要性をケインズは理解していなかった、と思う。
むしろマルクスの価値形態論は貨幣の絶対性を自明視しなかった点でゲゼル案を補強するはずだ。

以下、以前も日記で触れたゲゼルの『自然的経済秩序』(ぱる出版)より

なお、以下の(6)で触れられる「国家間の協調」に関しては、「エヴァ」という新たな通貨構想をゲゼルは持っていたようだ(補記に追記した)。

 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E7%84%B6%E7%
9A%84%E7%B5%8C%E6%B8%88%E7%A7%A9%E5%BA%8F
自然的経済秩序』(しぜんてきけいざいちつじょ、: Die Natürliche Wirtschaftsordnung: The Natural Economic Order)は、ドイツ実業家経済学者でもあったシルビオ・ゲゼル著作1914年に初版が刊行されているが、1920年に刊行された第4版が底本として使われることが多い。
この本は5部構成であるが、特に重要なのは自由土地を取り扱う第2部、金利に内在する問題を列挙した第3部、そしてこの問題の解決策としてゲゼルが提案する自由貨幣を取り扱う第4部である。



en 
Silvio Gesell (1862–1930). German merchant, theoretical economist, social activist, anarchist and founder of Freiwirtschaft. ~ Biography ~ Works on Wikisource
es 
Silvio Gesell (1862–1930). Comerciante y economista alemán, iniciador de la moneda franca. ~ Biografía
fr 
Silvio Gesell (1862–1930). Commerçant allemand, théoricien monétaire et initiateur de la monnaie franche. ~ Biographie ~ Œuvres sur Wikisource


Deutsch
Die Naturliche Wirtschaftsordnung (1916)
English translations
The Natural Economic Order (1929, revised 1958) 
French translations
L’Ordre économique naturel (1916, traduction en 1948) 



///////////////

自由貨幣についての説明



(1)1マルク紙幣、5マルク紙幣、10マルク紙幣、50マルク紙幣、100マルク紙幣、1000マルク紙幣の計六種類の紙幣の自由貨幣が発行される。このような紙幣の外に、四二〇頁の見本に示されているような小額印紙紙幣、つまり郵便切手と同じような印紙が発行される。




この小額印紙紙幣は、必要升目を剥がすことによって1マルクまでの金額を支払うのに利用される。つまり、この小額印紙紙幣は、1ペニヒ、2ペニヒ、5ペニヒ、10ペニヒそして50ペニヒといった以前の小額貨幣の代わりをする。(それと同時にこの小額印紙紙幣の印紙を六種類の自由貨幣の週ごとの升目に貼ることによって、六種類の自由貨幣は額面通りの支払能力を保持することができる。〈(2)以下を見られたい。〉)またこの小額印紙紙幣は、公的機関での支払いに利用された後は、もはや流通に用いられず、新しい小額印紙紙幣に置換される。

(2)自由貨幣は週ごとに額面価格の1000分の1ずつ、すなわち一年に100分の5減価する。しかもその減価分は自由貨幣所有者の負担となる。それゆえ、彼はすでに言及した小額印紙紙幣を貼ることによっ紙幣の額面価格をたえず保持し続ける必要がある。たとえば四一九頁の100マルク紙幣の場合、八月一〇日までの升目にこのような印紙が全部貼られているならば、彼はそれを100マルクとして使用することができる。もちろん自由貨幣を受け取った人はそのような減価損失を防ぐために、今や可能なかぎり迅速に自由貨幣を他人に譲渡しようとする。なぜなら、彼が自分の無精のためにこの紙幣をたとえば九月一〇日まで保持し続けるならば、彼は5×10=50ペニヒを後で支払わなければならなくなるからである。つまりそうなった場合、彼は自分の小額印紙紙幣から5×10ペニヒの印紙を剥がして、それを100マルク紙幣に貼らなければならない羽目に陥るからである。したがって、自由貨幣のもとでの貨幣流通はすべての者がたえず現金払いをするとともに、債務の返済をすぐに行い、それでもなお貨幣が余った場合には、この余剰貨幣を急いで貯蓄銀行にもっていくという事態、そして貯蓄銀行はこの貯蓄の借手を探すために、必要ならば利子率の引下げをも検討するという事態を生むことになる。

(3)年末にすべての紙幣が新しい紙幣と交換される。

(4)自由貨幣導入の目的は、とりわけ商品に対する貨幣の優位性を打破することにある。このような貨幣の優位性は、例外なく、伝統的な貨幣が商品と比べて頑丈であるという長所から生まれたものである。労働生産物がその保存と維持に莫大な保管費ないし管理費 − それらは、商品が漸次的に減価していくのを緩慢にするけれども、完全に阻止することができないを必要とするのに対し、貨幣所有者は、貨幣素材(貴金属)が有するその物理的性質のために、そのような一切の減価損失や諸費用と無縁である。それゆえに、貨幣所有者(資本家) は、つねに取引に余裕をもつことができる。商品所有者がつねに取引を急ぐのに対し、貨幣所有者はじっと待つことができる。そのため、両者の価格交渉が不成立に終わるならば、その損害はつねに一方的に商品所有者、したがって、最終的には労働者によって負担されることになる。このような状況を資本家は利用して、商品所有者(労働者)に圧力を加え、商品所有者が労働生産物(労働力)を値引販売するよう強いてきたのである。  

(5)通貨局はこの紙幣の兌換を行わない。いったいどうしてなのか。貨幣はたえず使用され続けているために、いかなる兌換の必要も生じないからである。それに対し、通貨局に義務づけられていることは、商品の平均価格を固定するために貨幣発行を市況に適応させるという任務である。したがって、物価はもっばら貨幣供給量に依存しているがゆえに通貨局は、商品価格が下落傾向にある場合にはより多くの貨幣を発行し、また反対に商品価格が騰高傾向にある場合には貨幣を回収する。その際、通貨局によって発行された全貨幣量は即座に商品交換を遂行するというのが、この自由貨幣のもつ性質なのである。それゆえに、通貨局はこれまでのように国民通貨の安定を神秘的な、いわゆる金の「内的価値」に期待するという宿命論的考えにとらわれることもなければ、怠惰な休眠をむさぼりながら、詐欺師、投機家、高利貸が莫大な利益をあげるのを手を洪いて見ていることもなくなる。むしろ通貨局は、これらのことに目的意識的な強力な介入を行うことで、誠実な取引を行う人々をあらゆる危険から守るための機関になる。

(6)外国貿易の大きな意義を考慮するならば、われわれは、為替相場の固定化を実現するための国家間の協調を志向しなければならない。だが、このような協調が達成されるまでは、通貨行政は、貨幣発行の基準を国内価格の固定化に求めるのか、それとも為替相場の固定化に求めるのかという二者択一に直面することになる。

(7)自由貨幣と金属貨幣との両替は、金属貨幣所有者の全面的な自発性に任されるべきである。したがって、金と縁を切ることのできない者は、金を保持し続けてもかまわない。だが、以前の銀がそうであったように、金も自由な鋳造権を奪われへ法律的支払手段としての性格を失う。そして両替期限の終了後は、国庫や裁判所での金貨による支払いが拒否される。

(8)外国での支払いや外国による支払いのために利用されるのは、これまでと同様銀行や商人が外国に輸出した商品の代金ないし外国から輸入した商品の代金として振り出される為替手形である。それに対し、小額の場合には通例郵便為替が使用される。

(9)通貨局は、国内生産物の輸出代金として金をえた者、つまり輸入為替を調達することのできなかった輸出業者から金を購入する。逆に外国商品の輸入代金を支払うために金を利用している者、つまり輸出為替を調達できなかった輸入業者に対しては、通貨局は輸入に必要な金を販売する。その際の金価格は、(6)で未解決なままになっている問題の解決に依存している。

(10)貨幣価格が年五・二%減価するために、流通貨幣量は年々二、三億マルクずつ減少するはずである。だが、そうなったからといって貨幣不足の状態に陥ることはない。なぜなら、通貨局はこの不足額をたえず新発行の貨幣によって年々補充するからである。そしてこの補充は、通貨局にとって規則的な収入の確保を意味する。

(11)通貨行政が確保するこうした収入は、貨幣改革の意図せざる副産物であり、相対的に低い意義しかもたない。この貨幣収入の利用にかんしては、特別な法律的規定が設けられるべきである。


/////////
続いて「自由貨幣の諸結果」も引用させていただきます(b-5の剰余価値への言及が重要だと思いますし、そこで触れられる「自由土地」に関してはゲゼルは「暫定的国家主義」という立場に立っていたと言えるでしょう)。
//////////

 自由貨幣の諸結果

 (a) 商業サイド

(1)貨幣流通の継続性とその結果としての現金払いの増加傾向
(2)商品販売の大幅な増加
(3)商業恐慌や産業恐慌の廃絶
(4)商品価格の全般的下落と相場崩壊(恐慌)をたえず引き起こす諸原因の除去
(5)商品価格や貨幣価格の変動と結び付いたところの、全般的好景気あるいは不況などの景気変動(騰貴期間と下落期間)を引き起こす市況変動の阻止
(6)取引所投機や投機活動の廃絶
(7)取引全般の簡素化と低廉化
(8)ほとんどの小売機関の不要化とそれに対応した商業従業員の商品生産者への移行の増加
(9) これまで商品売上高の30、40%を構成していた莫大な商業経費の、商品売上高の約10〜15%への低下
(10)不合理な保護関税の廃止と自由貿易への移行               
(11)戦争の経済的原因の除去
(12)すべての国民にとって有益な世界貿易のための通貨協定の締結

 (b) 資本、労働そして貸金サイド

(1)貨幣の、利子を生むという性質の喪失とその商品や労働と同等の地位への下落
(2)採算性(剰余価値、収益性)を考慮する必要なしに、すべての余剰貨幣の、生産手段や住居などへの継続的な転換
(3)失業の即時的かつ永続的な除去と産業予備軍の完全な消滅
(4)資本利子(剰余価値) の漸次的低落傾向と世界貿易における自由貨幣導入の場合の、資本利子の漸次的かつ完全な消滅
(5)剰余価値の完全な廃絶にいたるような賃金の漸次的騰貴。だが、土地地代から生まれる剰余価値の廃絶には土地所有権の大改革(「自由地」) が必要となる。
(6)貯蓄の容易化。その理由は以下の三点である。第一に、これまで資本に支払われていた利子負担がなくなるという理由からである。第二に、財生産や財交換(商業)が今や経済不況によって妨げられたり中断されることなしに進展するという理由からである。第三に、以前には労働生産物の30~40%の比率であった商業経費が、今や三分の一に軽減されるという理由からである。


//////

補記:
冒頭で指摘したように、上記(6)で触れられる「国家間の協調」に関しては、「エヴァ」という新たな通貨構想をゲゼルは持っていた。


エヴァと言ってもアニメではなく、ゲゼルのもう一つの代替案、世界通貨のことである。
信用バスケット方式なので、(後述するように)どちらかと言えばユーロよりアジア各国間の通貨信用制度に近い。むろんゲゼル案の方が実効力を持つ。


以下、ゲゼル著相田慎一訳『自然的経済秩序』(ぱる出版p534)より



「エヴァ」紙幣による国際的交換比率の安定化。貯水池の黒点部分は国民紙幣を示している。それに対し、その斜線部分は「エヴァ」紙幣を示している。

図5の説明 振動が起こった後に連結管の水が自動的に同じ水位に戻ろうとする傾向があるように、国際通貨制度の撹乱が生じた場合、自国の国民通貨を「エヴァ」国際銀行券に連結させている国々の商品価格の全般的水準は、いたる所で同一の水準にとどまろうとするか、またはその撹乱の終焉後自動的にその水準に戻ろうとする傾向がある。もちろん、それは、このようなすべての国で国民的通貨政策が絶対通貨の上に基礎づけられているかぎりにおいてのことであるが。
 もしこれらの国のひとつが絶対通貨の原理を放棄し、しかも危険信号一ー国際(ヴァルタ)銀行券の輸出入一ーに注意を払わなかったならば、その国は国際銀行券で溢れるか(合衆国)、または国際(ヴァルタ)銀行券が完全に国外流出する(イギリス)という事態が生じるだろう。だが、国際(ヴァルタ)銀行券の氾濫は、当該国の利益にはならない。なぜなら、国際(ヴァルタ)銀行券の溢れた国は、この国際(ヴァルタ)銀行券の代わりに発行されるだろう国民通貨の利子を失うからである。また国際(ヴァルタ)銀行券の完全な駆逐も、その結果生まれるだろう不快な打歩が外国貿易に損害を与えるという理由から、当該国に歓迎されないだろう。ドイツと記された容器は通常の状態を示している。国際(ヴァルタ)銀行券の流入を示す下の湾曲部ーー小売取引ーーが半分ほど満たされている。それは、より多くの国際(ヴァルタ)銀行券を受け入れる余地をもつと同時に、多くの国際(ヴァルタ)銀行券を譲渡できる状態を示すものでもある。それに対し、「ロシア」と記された容器の中は国際(ヴアルタ)銀行券で満杯の状態になっている。国民通貨を強力に注入すれば、この過剰はただちに一掃される。逆にイギリスでは、国民通貨の過剰が解消されるならば、国際(ヴァルタ)銀行券の逆流によって打歩がただちに解消されるだろう。
 この過程をより明確に認識するために、読者は前章の「為替理論家」の節とそこでの貿易収支にかんする図4(分度器のような図だが省略:引用者)の説明をも参照されたい。
                      
(略)
            
(4)こうした五フラン銀行券の異常な流入は、自国の国民通貨の流通が過少であることの証拠となるだろう。逆に、こうした五フラン銀行券の異常な流出は、自国の国民通貨の流通が過剰であることの証拠となるだろう。
(5)こうした国際的な五フラン銀行券の大規模な国外流出とその結果としての打歩(国際的な五フラン銀行券のプレミア)の発生は、打歩が消滅し国際的な五フラン銀行券が再び国内に流入するまでの期間、当該国が自国の国民通貨を国内の貨幣市場から排出させることの必要性を示す危険信号となる。
(6)逆に、こうした国際的な五フラン銀行券の異常を国内流入は、自国の国民通貨の流通が過少であることの証拠である。−そのことは、その他の国々が自国の国民通貨の大量の発行によって国際的な五フラン銀行券を国外に駆逐していないことを前提とする。この後者の前提から本来の通貨間題が生まれるけれども、その間題を為替問題と混同してはならない。ーー

われわれは次の章において通貨制度と為替の両者を規制する世界通貨同盟(国際ヴァルタ同盟)についてのわれわれの提案の要旨を示すことにしよう。

第7章 世界通貨同盟(国際ヴァルタ同盟)

(1)世界通貨同盟(国際ヴァルタ同盟「エヴァ」)への加入を希望する国々には、通貨単位としての「エヴァ」が導入される。
(2)この新しい通貨単位「エヴァ」は、何らかのひとつの物質(金)の特性の所産のように静態的に理解されてはならず、むしろ通貨政策のような継続的行為の所産として(つまり、実践として)動態的に理解されるべきである。

(以下略)

以上、ゲゼルの国際通貨はユーロよりも柔軟で、なおかつ世界的広がりを持ちうるものと解釈できる。アジアのバスケット型の危機管理に近いかも知れないが、それよりもより明確である。

ちなみに1944年ケインズが提案したバンコールもエヴァに近いものだったそうだ。
(今後現実化しようとするならば、いきなり統一通貨ではなく、まず、アジア,アラブ、欧州、北南米でそれぞれの通貨が必要だろう。)

参考:
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=190764
http://philosopher.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/post_49cf.html


エイジング・マネーと無利子貨幣---ゲゼルの「ロビンソン物語」
http://hiroshige724.blog22.fc2.com/blog-entry-79.html

徒然草絵抄より



































四 
行 






http://edb.kulib.kyoto-u.ac.jp/exhibit/nk5/image/nk5hf/nk5h0028.html

京都大学附属図書館所蔵 日本古典文学 『徒然草絵抄』 [v. 1, pp. 54- 55]


http://protozoa.blogzine.jp/diary/2005/09/post.html

徒然草 第五十二段

 仁和寺にある法師、年寄るまで岩清水を拝まざりければ、心うく覚えて、ある時思ひ立ちて、ただひとり、徒歩より詣でけり。極楽寺・高良などを拝みて、かばかりかと心得て帰りにけり。
 さて、かたへの人にあひて、「年比思ひつること、果たし侍りぬ。聞きしに過ぎて尊くこそおはしけれ。そも、参りたる人ごとに山へ登りしは、何事かありけん、ゆかしかりしかど、神へ参るこそ本意なれと思ひて、山までは見ず」とぞ言ひける。
 少しのことにも、先達はあらまほしき事なり。

<口語訳>
 仁和寺(にんなじ)のある法師、年寄るまで石清水を拝まなければ、心憂く思って、ある時思い立ち、ただひとり、徒歩で詣でました。極楽寺・高良などを拝んで、こればかりかと心得て帰ってしまわれた。
さて、かたわらの人にあって、「年頃(長年)思っていたこと、果たしました。聞きしにまして尊くあられました。それにしても、参られた人ごとに山へ登るのは、何事でありましょう、心引かれましたが、神へ参るこそ本意なのだと思って、山までは見なかった」と言いました。
少しのことにも、先達は望ましい事だ。

<意訳>
 仁和寺のある坊主。年寄りになるまで岩清水を拝まなかったのを、なんとなく寂しく思っていた。
 ある日、この坊主は思い立って、たった一人、徒歩でとほとほ岩清水を詣でた。山のふもとにある極楽寺や高良神社を拝むと、こんなものかと心得て寺に帰った。
 さて、寺に戻り知り合いに会うと坊主は言った。
「いやいや、長年思っていた事をついに果たしました。岩清水をお参りしてきたのです。聞きしにまさる尊いお姿で御座いましたぞ♡それにしても、参拝に来た人達がみな山の上に向かっていたけれども、興味もありましたが、岩清水を拝むのが本意と心得て山には登りませんでした!」
 山の上こそ、岩清水そのものであるのだが。ささいな事でも、先達の案内は必要である。


http://www.tsurezuregusa.com/contents/52.html
http://www.tsurezuregusa.com/index.php?title=Category:%E5%BE%92%E7%84%B6%E8%8D%89

1.徒然草 序
http://www.tsurezuregusa.com/contents/0.html
85.狂人の真似とて大路を走らば、即ち狂人なり。
http://www.tsurezuregusa.com/contents/85.html
139.家にありたき木は、松・桜。松は、五葉もよし。
http://www.tsurezuregusa.com/contents/139.html

火曜日, 12月 13, 2011

Of mice and men?

To a Mouse

I'm truly sorry Man's dominion
Has broken Nature's social union,
An' justifies that ill opinion,
Which makes thee startle,
At me, thy poor, earth-born companion,
An' fellow-mortal!

The best laid schemes o' Mice an' Men,
Gang aft a-gley,


人間とヒトとマウスの結び付き、
ヒトと自然との結び付きをこわしてしまった。
我われ生き物は同じ地球に生まれた仲間であり
やがては死んでいく仲間同士なのに。

マウスとヒト。あらゆる生物が最高に計画して、
考えてつくった計画でも、しばしばまちがった
方向にいってしまうものだ



Nov. 1785 Rovert Burns

ロバート・バーンズ

http://www.electricscotland.com/burns/mouse.html




『誕生前の死―小児ガンを追う女たちの目』(1992、藤原書店) 野村大成氏(大阪大学名誉教授)の講演「生きとし生けるもの〜放射線障害を語る〜」より



















地震で配管は破損していた:田中三彦氏が暴く東電のウソ

田中三彦氏は福島原発一号機は津波以前に地震で配管が破損していたと言う(『世界』5月号参照)。
これは東電が最も恐れるシナリオだ。賠償責任が想定外な災害(=津波)で免責されないからだ。


2011/6/21 CNIC News 福島原発事故シナリオ 田中三彦氏 2/2




背景には電力会社が、津波と電源対策さえすればいいとして、原発再開を急いでいることがある。
問題は活動期に入った地震に日本の原発は耐えられないということだ。


青赤二つの水位計が一致して水位の低下を示しているのに東京電力側はこれは水位計が壊れていたと言う。
地震によるパイプの破断がなければこうした水位の変化はありえない。








東電は津波による破断がなかったことにしてシナリオを作っている。
東電のシナリオでは事前に突出した数値を説明出来ない。




田中光彦氏の論考は、毎日新聞社刊「エコノミスト」に巻頭特集される予定。

エコノミスト増刊 福島原発事故の記録 2011年 7/11号 [雑誌]
http://www.amazon.co.jp/dp/B0054HUP7C













火曜日, 12月 06, 2011

くじ引き関連資料 +ヴェネツィアのくじ引き

以下くじ引きに関して以前書いたものを少し訂正して転載させていただきます。
(資料:スピノザモンテスキュールソーアテネヴェネツィア
・・・・・・・・・・・・・・
結論として、私見を述べさせていただければ、くじ引きの利点は以下4つあると思います。、

1、誰でも代表を引き受けられる能力を持つべきだという統整的理念(=能力の平等性)の普及。
2、決選投票という心理的軋轢を避けられる。
3、決定の恣意性の自覚。(多くの社民制が陥る)首相公選政がベストだと思い込むようなポピュリズムの回避。
4、参加者がひとつの時間と場所を共有できる。

そもそも、くじ引きが民主主義の王道(アテネ、ヴェネツィアは別格として、アリストテレス、モンテスキュー、スピノザ、ルソーによる言及がある)であったということが忘れられていることが問題であり、今日のくじ引き批判は、単なる知識人の歴史への無知にその原因があります(そもそもNAMでは選挙プラスくじ引きだから民主的発想の改善、あるいは補完であることが自覚されています)。
柄谷さんが自分で考えたというニュアンスで広めようとしたことにも問題がありますが、くじ引きが「統整的理念」(「超自我」と言ってもいい)であることはもう少し理解されてもいいと思います。


上記の理解を手助けするために、くじ引きに関して、以下、歴史的及び基礎的な資料を引用させていただきます。スピノザはヴェネチア(ヴェニス)を、モンテスキューはアテネ(アテナイ)を手本にしています。ルソーは両者を統合していますが、その主権移譲的な社会契約説に関しては、プルードンも指摘した通り注意が必要だと思います。
 ヴェネチアに関しては、中公文庫版『社会契約論』の訳注が詳細に解説しているのでそのまま引用しました。ちなみに帝国主義以降(海外への資本の輸出以降)、くじ引きは(資本主義そのものがくじ引き的だから?)まったく政治学の議論の俎上に乗らなくなります。
 写真2は、S・ドーによるギリシア・アテネの「抽選器復元図」(1939)です(球を上から入れる仕組みになっています。橋場弦著『丘のうえの民主政』p147より)。
以下は別サイトにあるくじ引き関連資料(改訂前)です。
http://blog.livedoor.jp/yojisekimoto/archives/50790316.html

追記:
ヴェネツィアでは『ヴェネツィア歴史図鑑』↓によると銅球と金の球を使ってくじ引きをしていたようです。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4887216882/ref=ord_cart_shr/250-8642134-6970623?%5Fencoding=UTF8&m=AN1VRQENFRJN5

また、日本に関しては、くじ(串が語源といわれる)は神託として扱われる傾向が強いので、少し傾向が異なると思いますが、事例が集まり次第いずれご報告させていただきたいと思います(NAMの事例に関しては写真(=3)のみご紹介させていただきました)。

//////以下、資料///////////////////

スピノザ『国家論』畠中尚志訳、岩波文庫p139>
 第八章第二七節

 諸事のとり決めならびに官吏の選任にあたってすべての貴族が同じ力を持つためには、そしてすべての事務の決裁が迅速であるためには、ヴェニス国の人たちの守った手続きが最も推薦に値する。彼らは官吏を任命するにあたり会議体から若干名を抽籤で選び、この人々が順次に選ぶぺき官吏を指名し、続いておのおのの貴族は指名された官吏の選任に対し賛成あるいは反対の意見を投票用小石によって表明する。あとになって誰が賛成あるいは反対の意見であったかがわからないように。こうすればすべての貴族が決議にあたって同じ酪威を持ちかつ事務が迅速に決裁されるばかりでなく、その上おのおのの者は(これは会議にあって何より必要なことであるが)誰からも敵意を持たれる心配なしに自分の意見を表示する絶対的自由を有することになる。

/////////////////////////

モンテスキュー『法の精神』井上尭裕訳、中央公論社、世界の名著p379>
 第二篇第二章
 
 籤による投票は民主制の性質をもち、選択による投票は貴族制の性質をもつ。
 抽籤はだれをも苦しめない選び方である。それは、各市民に、祖国に奉仕したいというもっともな希望を残す。
 しかし、それは、それ自体として欠陥をもっているから、偉大な立法者たちは、それを規制し、矯正するために競いあった。
 アテナイでは、ソロンが、全軍職は選択により任命され、元老院議員と裁判官は、籤で選ばれるよう定めた。
 彼は、大きな出費を要する政務官職は選択にょり与えられ、他の職は籤で与えられることを望んだ。
 しかし、抽籤を修正するために、彼は、立候補した者の中からしか選べないこと、選ばれた者は、裁判官により審査されること、だれもが、選ばれた者を不適格として弾劾しうることを規定した。それは、同時に、抽籤にも選択にも相通じていた。政務官職の終わりには、人は、自分の行動した仕方について、いま一度審査を受けなければならなかった。無能な人々は、抽籤に自分の名を出すのを、大いにきらったにちがいない。

////////////////////////

ルソー『社会契約論』井上幸治訳、中公文庫p145-147>
 第四編第三章 選挙について

 執政体と施政者の選出は、さきに述べたように複合的な行為であるが(第三編十七章参照)、それを行なうには、二つの方法がある。すなわち選挙と抽籤(ちゅうせん)である。両者ともに、今日まで、多くの共和国で採用されてきており、現在でもなお、ヴェネツィアの統領の選挙では、この二つがきわめて複雑にまじり合った方法が行なわれている(*1)。          
「抽籤による選任が民主政の本質である」とモンテスキューは言っている (*2)。賛成である。しかし、どうしてそうなのか。モンテスキューは続けて言っている。「抽籤はだれも傷つけない選び方である。それは、各市民に祖国に奉仕できるという、もっともな期待をもたせるのである」しかし、理由はこの点にあるのではない。
 政府の首長を選ぶことは政府の権能であって、主権の権能ではない点に注意すれば、なにゆえに抽籤による方法がより民主政の本性にかなっているかがわかるだろう。民主政においては、行政は、その行為が簡単ならば簡単なほど、よりよく行なわれるのである。
 真の民主政においては、施政者の職は、いかなる場合でも、利益ある地位ではなく、わずらわしい負担であって、とくにある特定の個人を選んで、これを押しっけることは正当ではない。ただ法律のみが、籤(くじ)に当たったものにこの負担を屈することができる。なぜならば、この場合には、条件は全員にとって平等であり、選択は人間の意志になんら依存せず、したがって、法律の普遍妥当性をそこなうような特定の適用は、まったく存在しないからである。
 貴族政においては、執政体が執政体を選び、政府は自分の手で自分を維持する。そして、投票制が最も所を得ているのは、この政体においてである。
 ヴェツィアの統領の選出の例は、この二つの方法の区別をくずすどころか、確証するものである。つまり両者の混合したこの形式は、混合政府に適合しているのである。なぜかといえば、ヴェネツィアの政府を真の貴族政とみなすのは誤りであるから。そこでは人民がまったく統治に参与していないとしても、貴族身分が、それ自体人民なのである。数多くの貧しいパルナボト(*3)たちは、いかなる施政官の職にも近づいたことがなく、その貴族の身分によって、ただ実質のともなわない「閣下」の称号と、大評議会への出席権をもっているにすぎない。この大評議会は、ジュネーヴのわれわれの総評議会(*4)と同じくらい多人数からなっており、その有力な構成員も、われわれの単なる市民と同じ程度の特権しかもっていない。二つの共和国のあいだの極端な差異を除いて考察すれば、ジュネ?ヴのブルジョア身分が、まさにヴェネツィアの貴族身分にあたり、ジュネーヴの二世居住民と居住民(*5)の両身分は、ヴェネツィアの都市民と民衆にあたり、ジュネーヴの農民は、イタリア半島のヴェツィア領内の従属民にあたるといってさしつかえない。要するにどのような見方でヴェネツィア共和国を考察しようとも、その規模が大きいことを別にすれは、その政府は、ジュネーヴのそれよりも、貴族政的であるとはいえない。両者の違いのすべては、われわれは終身の首長をもっていないので、ヴェネツィアのように抽籤にたよる必要さえないということに尽きる。
 抽籤による選出は、真の民主政においては、ほとんどなんの不都合も生じないであろう。全員が、習俗や才能によっても、あるいはまた政治的原則や財産によっても、まったく平等であるから、選択はほとんど無関心なものとなるであろう。しかし、さきに述べたように(*6)、真の民主政は、かつて存在したことがなかった。
 選挙と抽籤が混用される場合、前者は軍職のように特別の才能を要する地位を満たすのに用いられるべきであり、後者は司法官職のように良識、正義、公正などの徳をもっていればまにあう地位に適している。なぜなら、よく構成された国家においては、これらの資質は、全市民に共通のものだからである。
 君主政体においては、抽籤も投票も行なわれない。君主のみが、当然、唯一の統治者であり、施政者であるのだから、その代理官の選択権も、君主だけに属している。サン=ピエール神父(*7)が、フランス国王顧問会議を増設し、その構成員を投票により選ぶことを提案したとき、彼は政体を変えるよう提案しているのだということがわかっていなかった。
 残るところは、人民の集会で投票を行ない、それをとりまとめるしかたについて述べることであろう。しかし、この点については、ローマ国制の歴史事実が、私の立てうる格率のすべてを、いっそう明白に説明するであろう。二十万人もの人々が参加した評議会で、公私の政務がいかにして取り扱われていたかを、多少、細部にわたって見ることも、公正な読者にとっては不当なこととは思われない。

中公文庫・訳注
*1 ポーラヴォンの注解によれば十三世紀から共和政の終わりまで統領の選挙は次のように行なわれたという。ヴェネツィアの大評議会は、まず三十人の市民を選び、これらが九人の市民を、その九人が四十人の市民を選び、その四十人中の十二人がくじで選ばれ、二十五人の市民を選び、そのうちの十一人がくじで選ばれ、その十一人が四十一人を選び、その人たちが統領を選んだ。
*2 『法の精神』第二編第二章参照。
*3 バルナバ会員のこと。ここでは、ヴェネツィア市中に聖バルナバ教会があり、その地区に住む比較的貧しい貴族をいう。
*4 ジュネーヴの主権を握る上層階級にあたる市民とプルジョア(町人)の総会をいう。これにより、小委員会または二十五人会が法の執行を委任された。
*5 当時のジュネーヴ人はシトワイヤン(市民)、ブルジョア(町人)、アピタン(居住民)、ナティフ(二世居住民)、シュジェ(隷属民)の五階級に分かれていた。前の二者は千六百人以下で行政・立法に参加。市民は、市民または町人の子供で、市で生まれていなけれはならない。町人は町人証明書を得た着で、各種職業に従事した。町人の息子は、市区以外で生まれると市民になれない。居住民は市の居住権を買った外国人、二世居住民は市内に生まれた居住民の子供たち。彼らは商業に従事する権利をもたず、さらに多くの職業につくことが禁じられ、しかも主に彼らが課税の対象になった。隷属民はその地方に生まれたといなとにかかわらず、この地区に居住する農民で、最も無力な存在であった。
*6 第三編第四章参照。
*7 フランスの聖職者。『永久平和草案』で知られる。
一六五八〜一七四三。ルソーはその『顧問会議制度論』を分析、批判した。


補記
アリストテレス「政治学」第4巻15章(岩波文庫及び世界の名著8所収)では、くじ引きと選挙の組み合わせが考察されています。
彼自身は貴族制を支持したと思われるのでくじびきという「民主制のやり方」を推奨していないようです(アテネにも影響を与えたイオニアにおけるイソノミアの平等という理念とくじ引きとの関係は今後研究したい*)。


ヘロドトスが伝えるペルシアのオタネスの言葉では、イソノミアの特徴に真っ先に抽籤が挙げられている。

参考:
以下、http://blogs.yahoo.co.jp/tessai2005/41967342.htmlより

歴史家のヘロドトスは、ペルシア王ダレイオスの即位(B.C. 521年)のいきさつを述べる中で、前王カンビュセスの没(B.C. 522年)後の王位継承争いを鎮(しず)めたダレイオスの仲間7人の討論を紹介している。討論は、今後ペルシアはいかなる政治体制を選ぶべきかという問題をめぐっておこなわれた。オタネスは万民同権の平等政治(民主政)をとるべきだと主張し、メガビュソスは優れた少数者による寡頭政治(貴族政)を主張し、ダレイオスは最も優れた一人による独裁政治(君主政)を採用すべしと主張した。


「… 独裁者というものは父祖伝来の風習を破壊し、女を犯し、裁きを経ずして人命を奪うことだ。それに対して大衆による統治は先ず第一に、万民同権(イソノミア――イソス「平等」原理にもとづく政治)という世にも美わしい名目を具えており、第二には独裁者の行なうようなことは一切行なわぬということがある。職務の管掌は抽籤により、役人は責任をもって職務に当り、あらゆる国策は公論によって決せられる。されば私としては、独裁制を断念して大衆の主権を確立すべしとの意見をここに提出する。万事は多数者にかかっているからだ」岩波文庫『歴史』(3:80)339頁



その他の参考文献:
『丘のうえの民主政—古代アテネの実験 』 写真2所収
橋場 弦 (著)
http://www.amazon.co.jp/丘のうえの民主政?古代アテネの実験-橋場-弦/dp/4130230492/sr=8-1/qid=1168908777/ref=sr_1_1/503-5582828-5887142?ie=UTF8&s=books

アリストテレス『政治学』 (岩波文庫)
http://www.amazon.co.jp/政治学-アリストテレス/dp/4003360451/sr=1-4/qid=1168908867/ref=sr_1_4/503-5582828-5887142?ie=UTF8&s=books


写真1



世界の歴史〈4〉ギリシア (1974年) [古書] 写真1所収
村田数之亮、河出書房新社
http://www.amazon.co.jp/世界の歴史〈4〉ギリシア-1974年/dp/B000J9EJAY/sr=1-22/qid=1168908961/ref=sr_1_22/503-5582828-5887142?ie=UTF8&s=books

写真2、アリストテレス『アテナイ人の国制』(岩波文庫より)↓



アリストテレス『アテナイ人の国制』(岩波文庫)写真2所収(研究過程の詳細な解説付き、最重要文献)
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%A2%E3%83%86%E3%83%8A%E3%82%A4%E4%BA%BA%E3%81%AE%E5%9B%BD%E5%88%B6-%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%86%E3%83%AC%E3%82%B9/dp/4003360478/sr=1-4/qid=1169475746/ref=sr_1_4/249-9681056-2452320?ie=UTF8&s=books


参考:
転載、書評、アリストテレス『アテナイ人の国制』(岩波文庫)

結局、現代政治はここから始め直した方がいいのではないだろうか?

断片的な全67章のうち20章近くに抽選(くじ引き)が言及されるこの古典(索引がありがたい)は、
アリストテレスが記述したものとされている。同著者の「政治学」(大文字の政治体制について論じ
たものだが、ヴェネツィアが模範にしたであろう選挙プラスくじ引きの詳細な記述を含む)にくらべ
るとこちらはアテナイの実際の政治の具体的な描写のみを記録しており、読みやすく、その分、著者
の謙虚な姿勢がうかがわれる。

アリストテレスは決してアテネを理想だとは考えなかったようだが、それでもここに見習うべきもの
を見い出しているようだ。

実際のくじ引きのやり方(器具の記述を含む)など、後の研究者の研究成果も全集(邦訳第16巻)
にまとめられた時からさらに追加されているようである。

抽選器に関しては、年代や使い道によって、木製のポータブルなものだったり、石作りの抽選器だっ
たり、使い分けていたようだ。とくに評議会選出を解説した第43章、陪審員制度を解説した第63・64
章が興味深い。その他、道路建設係や会計監査官選出にもくじ引きが使われたようだ(第54章)。

資料的には、脚注にあるスターリング・ドゥ博士による抽選器復原図(p283)が貴重だと思う。「丘のう
えの民主政」(東大出版)にも転載された図だが、訳者が同博士から図を提供してもらったいきさつ
もあとがきに書かれており、こうしたくじ引きを含んだ民主主義のあり方が研究途上であることをう
かがわせて興味深い。

研究者以外の一般の人が読む機会は少ないだろうが、民主主義のあり方に興味のある人には、ぜひ一
度は参照して欲しい本である。




写真3




(写真3は2002年のNAM代表くじ引き選挙時のもの)→2002年NAMくじ引き選出(4分)




写真4


写真4はmixiコミュニティ「NAM再建準備会」管理人選出で使用した<黒ひげ危機一髪・スターウォーズバージョン>。工具を挿し、ライトセーバーが飛んだ人間が勝ち(ジョージ・ルーカス公認のおもちゃだが、オーソドックスなタイプの黒ひげが一番が使いやすい)。



アテネと同じく「球」を使ったヴェネティアのくじ引きに関しては前出の『ヴェネツィア歴史図鑑』(東洋書林)が図版入りで詳しい。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4887216882/sr=1...
追記:ヴェネツィアに関してはその後資料を以下に追加しました。
http://yojiseki.exblog.jp/d2008-01-22



ヴェネツィアのくじ引き


以前も書きましたが(くじ引き関連資料)、『ヴェネツィア歴史図鑑』(東洋書林、pp.32-33)によるとヴェネツィアではドージェ(Doge)と呼ばれる総督を決めるときに銅球と金の球を使ってくじ引き(+選挙)をしていたようです。
アリストテレス、スピノザ、モンテスキュー、ルソーも、ギリシアのアテネで確立し近代資本主義それ自体が「くじ引き的」に不安定化するまでは重宝されたこの方式に注目していました。
現代ではようやく柄谷行人がくじ引きを再発見しましたが()、日本でも始まる裁判員制度の実施に伴い、参加者の自覚を促す効用のあるこの方式は今後再評価されるべきでしょう。


以下前出書より

総督の選出は最初は市民大集会に委ねられていたが、後に限られた人数の選挙人で行うようになった。選挙の仕組みは徐々に整えられ、1268年の法で明確に規定された。不正を防止するために、抽選と投票を交互に繰り返して総督選挙会議のメンバーとなる41人を指名したのである。まず、「バッロッティーノ(抽選係)」と呼ばれる少年が球を無作為に選んで、大評議会の30歳以上の議員に一つずつ手渡した。金色の球を受け取った30人は、抽選により9人にまで減らされ、この9人が40人の議員を推薦した。この時、9人は投票で40人を選んだが、7票以上を獲得しないと選出が承認されなかった。その後、抽選を行って40人を12人に減らし、この12人が新たに25人の選挙人を選んだ。再び抽選でこれを9人に減らし、この9人が投票で45人を選んだが、抽選でもうー度11人に減らした。この11人が総督の選挙人の選挙人となり、総督選挙会議の41人のメンバーを選出したのである。そして、最後に選ばれた41人が最終的に総督候補者を指名した。候補者の数だけ用意された投票箱に、深紅色の球を入れて投票するという方法をとった。この投票で25票以上を獲得した者が総督に選ばれた。

下:選挙の複雑な仕組みを象徴的に図解した版画。


下:1709年の選挙で使用された投票用紙。この時はジョヴァンニ・コルネールが総督に選出されている。


下:選挙の仕組みを解説した印刷物。参考:http://digilander.libero.it/venexian/ita/elezioni.htm 左記サイトgoogle翻訳




「大評議会の間」の見取り図と投票の様子。↓



最終投票で球を数える際に使用した木製の手。↓




「バッロッティーノ(抽選係)」と呼ばれる少年の絵。↓




補記(2011/12/14):

先日のヴェネツィア展にも組合(スクオーラ,Scuola)の民主的運営に使った投票用(抽籤にも使用した?)の壷が出展されていたようだが、以下のサイトなどを見るとヴェネツィアでは国家運営だけではなく同業者組合の運営にまでくじ引き(むろん投票も)が浸透していたことがわかる。
(一緒に展示されたカルパッチョの絵にはタルコフスキーが指摘するように民主主義〜それは複数の視線の交差で表現される〜が内在している。)
Scuola Grande di San Rocco
http://www.scuolagrandesanrocco.it/it/gallery.html?start=135



Ambito Veneto, Urna per l'estrazione della "Bala d'oro"
Sec. XIX
Genere: Tesoro
Collocazione: Scuola Grande



Ambito Veneto, Urna per ballottazione (votazione a "bossoli" e "ballotte")
Sec. XVIII, legno dipinto,33x25 - 14
Genere: Tesoro
Collocazione: Scuola Grande



Ambito Veneto, Urna per votazioni
Sec. XVI, alt. 25,5 larg. 31 - larg. piede 15
Genere: Tesoro
Collocazione: Scuola Grande

なお、投票及び抽籤用の球にはヴェネツィアンビーズが使われていたのではないかと推察するが、確証はない。


追加資料:

以下、『図説古代ギリシア』(東京書籍2004)より





参考:
サウル、サムエル前書より:口語訳聖書(旧約)
http://nam-students.blogspot.jp/2015/12/blog-post_6.html
口語訳聖書 - サムエル記上
http://bible.salterrae.net/kougo/html/1samuel.html
サウル、イスラエル最初の王はくじ引きで決まった。
(というよりも正確には預言で決まっていて、民を納得させるために(サムエルが)くじ引きを使った。)