https://digital.slub-dresden.de/werkansicht/dlf/60594/1/
http://digital.slub-dresden.de/fileadmin/data/358423678/358423678_tif/jpegs/358423678.pdf
http://digital.slub-dresden.de/fileadmin/data/358423678/358423678_tif/jpegs/00000001.tif.large.jpg表紙
ライプニッツは初期の法学論文で係争案件の籤引きによる解決を否定しているらしい(『ライプニッツの普遍計画』44頁)。
ただし結論を述べるとくじ引きを否定してはいるが確率論的な見方をライプニッツは取った。
ライプニッツは法学を幾何学になぞらえ、籤引きや裁定者の個人的見解等による解決ではなく、法の中に解決があるとした(後年の
法学は『弁神論』に近くなる)。
松尾訳:
正義の共通概念についての省察
https://justitiacumcaritate.jimdo.com/%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%97%E3%83%8B%
E3%83%83%E3%83%84%E3%81%AE%E8%91%97%E4%BD%9C%E3%81%AE%E7%BF%BB%E8%A8%B3/
https://sfa065b028cecd465.jimcontent.com/download/version/1242998455/module/167705251
5/name/%E6%AD%A3%E7%BE%A9%E3%81%AE%E5%85%B1%E9%80%9A%E6%A6%82%E5%BF%B56jimdoHP%E7%94%A8.pdf
該当論文であるDisputatio De Casibus Perplexis in Jure(「法律に於ける紛糾せる事例」)の扉には、以下の図版が掲載され、フランシス・イエイツは『記憶術』の一種として指摘している。
ラテン語がわからないのでだいたい見当をつけると、以下のような図式だろう。[後記:全然間違っていた]
場所I
/\
事前
住宅ローンの暗黙の了解
/ \
位置3 / \位置1
/〜対して 〜によって\
/ \
事後 媒介
/持参金 住宅ローンを表明
/___________________\
場所 Ill 〜によって 場所II
位置2
1666年11月5日。
あるブログから引用すると正確には以下の内容らしい。
< …ライプニッツの『条件論』は法学の学士号取得のための研究の一部をなす。哲学的色彩がきわめて強いことが特徴で、法律に条件が付けられる場合を検討している。もし条件が不可能か不確実(偶然的)か必然であるなら、結論として法律は無効か条件付きか絶対的である。ここでライプニッツは無効・不確実・絶対的ということを0・1/2・1と表記している。*1
その実際の典拠がおそらく以下の部分です。引用してみましょう。
114.それらは互いに次の等しい関係を持つ。すなわち、
無効な法律Jus nullum 条件付き法律Jus Cle 純粋な法律Jus purum
不可能な条件Co impossibilis 不確実incerta 必然necessaria
ゼロcyphra 分数fractio 全体integrum
というのも、不可能な法律は無効な法律であり、必然的条件は法律を純粋にし、不確実な条件は法律を条件付きにするからである。ところで条件付き法律は純粋な法律と無効な法律の中間である。それは後者より大であり、前者より小である。すなわち、無と全体のあいだの分数である。
*1:酒井潔、『ライプニッツ』、人と思想191、清水書院、2008年、24頁。>
http://d.hatena.ne.jp/theseus/comment?date=20090416
(その後この条件論は先の判例論とは別のものだとわかったが、共に大きな法論のなかのひとつと考えられないこともない。)
さて、ようやく本題だがライプニッツはできるだけ籤引きや偶然性(両者は同一ではない)によらない解決策を模索しているが、それは条件によっては籤引きによる解決が適当である場合を必ずしも否定していないことになるのではなかろうか?(上記の図はヘーゲルの法論と似ているが、ヘーゲルのように国家や官僚を絶対視している訳ではない。)
アテネ、ヴェネチアで実践され、アリストテレス、モンテスキュー、スピノザ、ルソーに賞讃された籤引きは、ある特殊な条件のもとではやはり有効なのではないだろうか?
その条件は、柄谷の言うように最初に選挙を行い決選投票を籤引きにするといったものかも知れないし、陪審員のように性別が均等になるようにしたり年齢等で条件づけるという前提になるかも知れない。
追記:
ライプニッツの予定調和はリスボン大地震のあと、ヴォルテールらに楽観論という烙印を押された。
しかし、ライプニッツは法律が絶対視できない条件も仮定している訳だから、そうした楽観論というレッテルを払拭する可能性が、当人の法学論考にはあることになる(この辺りの解釈はゲーデルの定理を人間の可能性を広げるものと捉えるか、閉ざすものと捉えるかの違いと似ている)。該当論文の邦訳が待たれる。
参考:
画像を見やすいように回転させてみた。
追記:
その後、外枠と内枠はアエネーイスの引用だと言うことがわかりました(オウィディウスもあるようですがこちらは未確認)。以下参考までに作業メモです。
外枠
Ut quondam Creta fertur labyrinthus in alta:
Parietibus textum caecis iter, ancipitemque
Mille viis habuisse dolum, qua signa sequendi
Falleret indeprensus, et irremeabilis error. 590
A
Ut quondam Creta fertur labyrinthus in alta: Parietibus textum
B
caecis iter, ancipitemque Mille viis habuisse dolum, qua signa
C
sequendi Falleret indeprensus, et irremeabilis error. 590
「そのさまたとえばその昔、
由々しき島のクレータの、ラビュリントスがその内に、
盲(めくら)の壁が織り上げる、網のような道すじの、
無数のために人びとを、惑わす詐術を打ち払い、
足跡綴ってそのあとを、しるす糸さえかしこでは、
出口もわからず帰る道、さえも知られぬ迷い地に、
無益(むやく)となるというごとく、」アエネイス第五巻 岩波上320頁
別訳:
アエネーイス杉本正俊訳
2013年12月20日 新評論
《それはさながら険しいクレータ島の迷宮[ラビュリントゥス]のよう。
謎の壁が1000の通路を取り囲み、途中にはどんな邪悪な仕掛けが隠れているかわからぬ。
それはどんな印をつけても帰路のわからない、脱出不能な迷路だという。》142~3頁
内枠
A
ter frustra comprensa (PER)manus effugit imago. 701
「三たび空しく腕はずれ」アエネイス第六巻 岩波上p406
《しかし三度とも、幻影は彼の手から逃れ去った。》杉本訳183頁
B
変身物語?
del mibisa f??? (adZoilum) mci ed cu widone??
追記:
https://la.m.wikisource.org/wiki/Metamorphoses_(Ovidius)/Liber_XII
Det mihi se: faxo, triplici quid cuspide possim, Sentiat.
《やつがわたしの領分までやって来さえすれば! そうすれば、この三つ叉の鉾の威力を
思い知らせてやれように。》
オウィディウス『変身物語』巻12岩波文庫下186頁
C
ubi mille rotam (CONTRA)volvere per annos, 748
「千年の、時(の輪)がめぐったその時に」アエネイス第六巻 岩波上p410
《千年の年輪が回り終わると、》184頁
三角内
positionem
A
anterior
hypotheca tacita
B.
Hypotheca expressa intermedia
C.
dos posterior
付記:
「出口もわからず帰る道、 「そのさまたとえばその昔、
さえも知られぬ迷い地に、 由々しき島のクレータの、
無益(むやく)と ラビュリントスがその内に、
なるというごとく、」 A の壁が織り上げる、」
(都市、壁の中の迷宮)
(自然) 3 条
<千年の、時の輪 件 件 <三たび空しく腕はずれ>
がめぐったその時に> 条 1
条 件 2
C B
<変身物語?>
(蛇)
「網のような道すじの、無数のために人びとを、
惑わす詐術を打ち払い、
足跡綴ってそのあとを、しるす糸さえかしこでは、」
sequendi Falleret indeprensus, Ut quondam Creta fertur labyrinthus in alta:
et irremeabilis error. Parietibus textum
「出口もわからず帰る道、 「そのさまたとえばその昔、
さえも知られぬ迷い地に、 由々しき島のクレータの、
無益(むやく)と ラビュリントスがその内に、
なるというごとく、」 A の壁が織り上げる、」
(都市、壁の中の迷宮)
(自然) 3 条 ter frustra comprensa (PER)manus effugit imago.
<千年の、時の輪 件 件 <三たび空しく腕はずれ>
がめぐったその時に> 条 1
ubi mille rotam (CONTRA)
volvere per annos, 条 件 2
C B
del mihi se f?(adZoilum) mci ed cu widones?
<変身物語?>
(蛇)
caecis iter, ancipitemque Mille viis habuisse dolum, qua signa
「網のような道すじの、無数のために人びとを、
惑わす詐術を打ち払い、
足跡綴ってそのあとを、しるす糸さえかしこでは、」
(三角内の構成=「暗黙→媒介→究極」は見れば見るほどヘーゲル=「意識→対他→絶対精神」に似ている。)
locus I
/\
anterior
hypotheca tacita
/ \
positionem3 / \positionem1
/contra per \
/ \
posterior intermedia
/ dos hypotheca expressa
/___________________\
locus Ill per locus II
positionem2
d.5 Mens. Nov. A. MDCLXVI
Place I
/\
antérieur
hypothèque tacite
/ \
position3 / \position1
/contre par \
/ \
postérieur intermédiaire
/dot hypothèque expresse
/___________________\
Place Ill par Place II
position2
5e jour du mois de Novembre de l' année 1666.
場所I
/\
事前
住宅ローンの暗黙の了解
/ \
位置3 / \位置1
/〜対して 〜によって\
/ \
事後 中間
/持参金 住宅ローンを表明
/___________________\
場所 Ill 〜によって 場所II
位置2
1666年11月5日。
『
追記:
ライプニッツの法論Disputatio De Casibus Perplexis in Jure(法律に於ける紛糾せる事例)1666、
https://digital.slub-dresden.de/werkansicht/dlf/60594/1/
http://digital.slub-dresden.de/fileadmin/data/358423678/358423678_tif/jpegs/358423678.pdf
その口絵に引用された変身物語、
https://la.m.wikisource.org/wiki/Metamorphoses_(Ovidius)/Liber_XII
Det mihi se: faxo, triplici quid cuspide possim, Sentiat.
《やつがわたしの領分までやって来さえすれば! そうすれば、この三つ叉の鉾の威力を
思い知らせてやれように。》
オウィディウス『変身物語』巻12岩波文庫下186頁
間に挟まれたad Zoilumはホメーロスを批判した批評家の名か?正確にという意味に解釈できる。
変身物語第12巻には三つに分かれた口絵に似た世界観を示している部分があり興味深い。
全体はこれ以上ない暴力描写に溢れているが。
口絵がどこまでライプニッツの意図を反映しているかはわからないが(本文にはアエネイス、
変身物語への言及はない)結合法論的志向が興味深い。真ん中の三角形は回転するのではないか?
その三角内の構成=「暗黙→媒介→究極」はやはり見れば見るほどヘーゲル=「意識→対他→
絶対精神」に似ている。
ヘーゲルはライプニッツのこの著作を知っていただろうが、ケインズが受け継ぐことになる
確率論的な部分は重視しなかった
絶対精神は確率論を排除するからだ
https://digital.slub-dresden.de/werkansicht/dlf/60594/1/
http://digital.slub-dresden.de/fileadmin/data/358423678/358423678_tif/jpegs/358423678.pdf
法の諸例』に関しては林知宏『ライプニッツ 普遍数学の夢』(2003)に詳しい記述がある。確率論への志向が指摘されている。また人間知性新論4:16との関連も指摘される。