ビル・ミッチェル「日本式Q&A – Part 5a」(2019年12月3日)
Bill Mitchell, “Q&A Japan style – Part 5a“, Bill Mitchell – Modern Monetary Theory, December 3, 2019
これは、現代金融理論(現代貨幣理論、MMT)と、日本やオーストラリアなどの通貨発行を持つ政府の国債発行オプションに関する議論だ。こうした政府が持つ3つのオプションを検討し、MMTの観点からそれぞれを検討する。 MMTの理解によって、各オプションの結果を完全に理解できるようになる。我々が到達した結論は、主流派マクロ経済学で提示された結論とはまったく異なる。これは主に我々が、税収を超える政府支出を賄うにあたって国債発行が必要とは考えず、中央銀行と商業銀行のオペレーションを(主流派の架空の世界のやり方ではなく)現実のやり方に一致するよう構成するためである。今回の議論はまた、MMTで我々がしばしば検討する技術的な方法よりも、政府の政治的側面を明らかにもする。これは木曜日に締めくくる2部構成の回答の第1部である。今回我々は、日本経済を悩ませていた「大停滞」の解決策として大規模で非標準的な金融政策を1990年代後半に提唱したいわゆる「リフレ派」(’reflationists’)の日本での出現について考察する。
国債発行にあたって政府が直面する主な選択肢は3つある。
1.通貨の発行能力を認識した上で、とりわけ、財政赤字に対して(訳注:国債発行によって)「資金調達」を行うことは不要とみなす。このため、国債発行が何か他の目的に役立つ可能性について探ることとなり、その結論としては、(圧倒的多数の市民の幸福を促進するという観点から見て)継続的発行の有意義な目的は存在しないということになる。
2.政府は、中央銀行の会計的一致のために中央銀行に対して国債を発行し、政府の赤字支出を円滑に進めるために銀行の準備預金口座に入金することができる。このオプションでは、中央銀行は、政府の財務側 [訳注:財務省の意] から利払いを受け取って保有政府債務を蓄積する。連結政府会計では、当該負債と資産は相殺されてゼロになる。
3.政府は、何らかの制度の下で、非政府部門に国債を発行する。現代では通常、オークション形式を介して行われる。そこでは、選択された金融機関が「市場を形成する」ライセンスを取得し、額面と価格(利回り)に入札することで、各発行国債の全体の利回りを決定する。
これらのオプションは、日本の教授からの次の質問に繋がった。この質問は、MMTの理解に役立つ多くの興味深い側面を含むため答える価値がある。
質問:
- 日本では、オプション3が望ましいという政治的コンセンサスがあります。これは、主に債務についての主流の神話に誘惑された結果として、進歩的左派と右派の保守政党の両方が取った立場です。
- しかし、この場合中央銀行がすべきことについては意見の相違があります。
- (A)中央銀行は、もし彼らが望むなら、流通市場における国債購入(これは利回りを統合政府部門に移転しつつ金利を操作する効果がある)によって金利をゼロに保つべきなのでしょうか?
- あるいは:
- (B)中央銀行は、流通市場でこれらの国債を購入することを控え、国債保有者が利息と満期時の元本返済を得るために非政府部門に国債を残存させておくべきですか?
- 日本の進歩主義者の多くは、オプションAに反対します。なぜなら彼らは、準備預金を創造することで、1990年代後半から2000年代初頭の「大停滞」論争で著名ないわゆるニューケインジアン「リフレ派」の政策アプローチの術中にはまってしまうと考えているからです。
- 一方、競合する別の見解は、オプション(B)の下で中央銀行が金利のコントロールを失い、最終的に利回りが市場で決定され、金利の上昇につながる可能性がある、というものです。
- そうなると、現在の状況で生き残っている多くの限界企業は、金利の変化によって悪影響を受け、投資と総需要を削減する結果になります。
- 他の観点でいくと、オプション(A)の下で、(流通市場での中央銀行の需要圧力のため)債券の価格が上昇し、(期待将来利子収入の割引後の合計を反映して)国債保有者がキャピタルゲインを享受すると認識されています。
- したがって、流通市場での中央銀行による政府債務の購入は、とにかく利子収入と、この点でのオプション(B)との同等性を意味します。
- MMTはこの議論について何と主張しているのでしょうか?
- 政府は財政赤字に合わせて非政府部門に国債を発行し続ける必要があるという日本の政治的現実を考えると、本質的なMMTの立場は、オプション(B)よりもオプション(A)を選好し、ゼロ金利環境を維持することなのでしょうか?
ニューケインジアン型「リフレ派」と日本
第一に、日本の文脈における「リフレ派」という用語の意味を理解しておこう。
1990年代初頭の日本での商業用不動産の大規模暴落の後、日本は財政赤字の支援を受けて成長トレンドに復帰した。
ただし、1990年代には、物価の動きが抑制され、1994年に卸売物価指数が低下し始め、1997年にCPIが同様に低下したのである。
その後、保守派の圧力を受けて、日本政府は1997年5月に消費税を導入した。これにより、経済活動が停滞し、「大停滞」として知られるようになった持続的な経済的不調が生じた。
当時の日本での議論は、デフレ対策に焦点が当てられていた。
この議論は、ブレトンウッズ体制から移行中、当時の通商産業大臣である中曽根康弘が、通貨ペッグ破棄による円高を相殺するために、インフレ率を上げる政策の使用を提唱したという日本の経験に基づいていた。
これについては、1972年初頭に日本で活発な議論が行われた。このことは、現在の日本銀行副総裁である若田部昌澄の優れた著書、”Japan’s Great Stagnation and Abenomics: Lessons for the World” (Palgrave Macmillan、2015年) に記されている。
この本の巻末注は、さらなる情報がある。
- 1972年8月9日、中曽根はそれを提案した。「円再切り下げを防ぐためには調整インフレも」 朝日新聞、1972年8月10日、9)。
- 17.朝日新聞は、中曽根の「調整インフレ論」に対して「調整インフレ論に反対する」という題名で批判した(朝日新聞、1972年8月13日、5)。
「調整インフレ論」と名付けられたこの政策は、リフレ戦略が提起されるたびに喧伝されることになる。
多くの経済学者は、日本の政策立案者が拡張的なマクロ経済政策を使用することを否定しようとし、代わりにデフレと戦うための「規制緩和およびその他の構造改革措置」を提唱した。
典型的な新自由主義的アプローチである。
若田部昌澄氏は、デフレの議論は、「海外からかなりの注目を集めた」ため、本当に「日本にとって最初の熱烈な経済的議論」であったと指摘している。
多くの外国人経済学者が議論に加わった一方で、若田部昌澄は「リフレに対する最も強力な議論は、ポール・クルーグマンから来た」と考え、中央銀行に対して「中央銀行はゼロ・インフレを目指している」と批判した。
このように、「リフレ派」として参戦したのは、より穏健なニューケインジアンであった。
1990年代初頭に(主に1991年の景気後退によって)OPECの石油危機から生じたインフレ時代が終わり、多くの経済学者は中央銀行がゼロインフレ目標を採用することを主張した。
1996年にクルーグマンは、日本は「3〜4%といった、かなり低いがゼロインフレではない水準の長期目標を採用すべきだ」と主張した。
彼の(欠陥のある)論理は、名目賃金の下方硬直性を考えると、市場は名目賃金の伸びよりも先にインフレを実行する能力を望み(実質賃金を削減する)、ゼロのインフレ率はこれを不可能にするというものであった。
クルーグマンは、基本的に名目金利がゼロの場合、デフレ期待があると、実質金利(名目金利とインフレ率の差)が高すぎて、投資を刺激せず停滞を解消できないと主張した。
これは、クルーグマンのいわゆる「流動性の罠」の議論であり、マクロ経済刺激策でインフレ期待を押し上げると、実質金利が完全雇用水準に低下するという彼の主張の根拠となるものだ。
クルーグマンはまた、QEタイプの国債購入が望ましいインフレを刺激するのに役立つと主張した。
これは明らかに、貨幣数量説の含み(QEからのインフレ)を伴う、貸付資金説の議論(実質金利の問題)である。
それは誤りであり、この論点については後ほどすぐに戻ってくる。
若田部昌澄が指摘しているように、クルーグマンは、「大停滞」が供給側の要因の結果だと考えている人々を強く批判した。
彼の議論は、誤った根拠(実質金利など)を根拠にしているものの、以下のようなものである:
- 日本の問題はマクロ経済の需要不足だったのであり、必要な救済策は拡張的なマクロ経済政策だった。
クルーグマンの考えは、インフレ率引き上げに基づく拡大政策を提唱するために、ラース・スヴェンソンやベン・バーナンキを含む多くのニューケインジアン経済学者に結びつけられた。
そして彼らは「リフレ派」と呼称されたのである。
当時、この議論は、日本の主要なケインズ経済学者(例えば、東京大学教授の吉川洋)によって強く批判された。
彼の主張は以下の通り:
1.問題は、(ケインズ流の)有効需要の不足であった。
2.「需要の飽和」があるため、拡張政策は機能しない。
3.以前は利用できなかった新しい商品で新しい市場を作成することによってのみ、家計や企業による新しい支出が促進される。
4.クルーグマンの議論は、(1930年代にケインズがその誤りを暴露した)欠陥のあるニューケインジアン型分析 — 貸付資金仮説と貨幣数量説 — に基づいていた。
若田部昌澄が指摘するように、それでも吉川教授は、1997年の消費税増税によるメルトダウンの後、1990年代後半に財政拡大を支持した。
「リフレ派」による「流動性トラップ」としての日本の問題の描出は誤りであり、1930年代に流動性トラップ現象を分析したケインズの洞察を反映したものではなかった。
私は(中でも特に)以下のブログ投稿でその問題について論じた:
1. Whether there is a liquidity trap or not is irrelevant (July 6, 2011).
2. The on-going crisis has nothing to do with a supposed liquidity trap (June 28, 2012).
またさらに、ニューケインジアンあるいは「リフレ派」が論じた因果関係(これはクルーグマンらやその同類をモチベートした)には大いなる欠陥があった。
この主張についての問題については、以下のブログ投稿 — Q&A Japan style – Part 1 (November 4, 2019) [邦訳] — でも論じた。
関連する論点を要約すると:
1.リフレ派は、インフレの過程を理解するにあたって、古典的な貸付資金説の原則、ヴィクセリアンの実質金利リンク、および貨幣数量説の妥当性を信じているため、金融政策が日本でリフレーションを起こせると信じてしまっていた。
これらの概念はいずれも、現代の金融経済において有効な理論ではなく、1930年代以降にケインズやその他によって明確に誤りを暴かれた。
2.自然利子率は、貸付資金説(貸付資金市場が貯蓄者と投資家をマッチングさせるとする理論)の中心概念であり、自然利子率は、投資資金の実質需要が貯蓄の実質供給に等しい値とされている。
これは、ニューケインジアン型マクロ経済学の中核概念のままだ。
したがって、金利が自然利子率を下回ると、投資は貯蓄を上回り、総需要は総供給を上回ることになる。銀行融資(貯蓄を投資家にシフト)は、新しい貨幣を生成して投資ギャップに資金供給し、インフレを発生させる(逆の場合、つまり自然利子率よりも金利が高い場合は逆のことが起きる)。
主流派の立場は、金利が何らかの形で投資と貯蓄のバランスを取り、投資が貯蓄の事前貯蔵を必要とするというものであるが、そのどちらも間違っている。
現代では、ニューケインジアンは以下のように説明する — 中央銀行は、銀行の準備預金と銀行間市場を管理することにより、名目金利を制御する、と。
中央銀行は金利を操作して所与のインフレ率を目標とし、それによって実質金利に影響を与える。これは、貸付資金市場の通貨システムの外で決定され、貯蓄と投資の選好を仲介する。次に、貯蓄と投資の選好は生産性や、現在消費に対する将来消費の優先度といった要因を反映する。
これらの選好と実物経済が安定していれば、自然利子率は安定する。そのため、政策レジームは、適切な自然利子率を提供する名目金利設定を介して、インフレ率をターゲティングしようとするものとなる。
同じアプローチのもとでは、財政政策の拡大が金利に上方圧力をかける(「クラウディング・アウト」)と主張されるため、財政政策は不安定な力と見なされ、忌避される。
実際には、投資は所得調節を通じてそれ自体の貯蓄を生み出す。
貯蓄は所得に依存する金融変数だからだ。
さらに、銀行は信用に値する顧客に融資を行うのであって、利用可能な貯蓄に制約されるなどということはない。
融資は預金を創造する。預金が支出されると、支出後の余韻として所得と貯蓄を刺激する。財政赤字の増加から生じる金融的なクラウディングアウトは存在しない。
3.「リフレ派」は、日本銀行が大規模な国債購入キャンペーンを通じて銀行の準備預金を拡大すると、銀行が融資を拡張する能力を高め、それが経済成長を刺激し、インフレ率を押し上げると信じていた。
彼らは、中央銀行のマネー(銀行の準備預金)の増加が幅広いマネーの成長の増加につながり、貨幣数量説を介してインフレ率を引き上げると考えていた。
インフレへの期待が高まると、これによりインフレ率が自律的に上昇し始める。
低い名目金利の中でインフレ率が上昇すると、実質金利が引き下げられる。これは、貸付資金モデルによれば、投資と経済全般を刺激することになる。
上記のような、融資に先んじて準備預金の積み上げが必要であるとする銀行のサプライサイド・モデルは、現実を描写するものではない。これは、主流派金融理論のフィクションの1つである。
さらに、貨幣乗数というアイデアは誤りだ。
現実の世界では、銀行が借り手に信用を供与し、融資が預金を創造するため、中央銀行は、「金融の安定性を保つ」という綱領の一貫として、決済システムの整合性を保証する十分な銀行準備預金を確保しておく義務を負っている。
このため、準備預金は広義貨幣量に対して調節されるものなのであって、その逆ではない。
現実には、中央銀行にはマネーサプライを管理する能力はないのである。
したがって、銀行は、中央銀行から常に準備預金を取得可能であることを認識した上で、別のプロセスとして法律に則った準備預金水準を確保する。
こうした環境で中央銀行が信用創造に影響を与えることができる唯一の方法は、需要に応じて商業銀行に提供する準備預金の価格(訳注:銀行間市場金利のこと)を通じたものである。
「リフレ派」が理解していなかった(今も間違っている)のは、量的緩和が中央銀行による民間部門の資産スワップ(金融資産→準備預金)を意味しているということだ。
民間部門の純金融資産は実際には変化しないが、これらの資産のポートフォリオ構成は変更され(満期変換)、これにより利回りと収益が変化する。
こうして、投資資金のコストが低下する可能性があるため、総需要増加を齎し得る。しかし、一方で、より低い金利は、貯蓄者の利子所得を減少させ、それに応じて消費(需要)を減少させるであろう。
これらの相反する効果がどのようにバランスするかは明らかではないが、エビデンスは大したインパクトがないことを示唆している。
貨幣の総計(ベースマネー以外)が増加するためには、銀行が融資を増やして預金を創造する必要がある。これが主流派の信条の核心であり、量的緩和は経済を刺激して、生産減少と失業増加の下降スパイラルにブレーキをかけるということになっている。最近の経験(および2001年の日本の経験)は、量的緩和が上記を達成できないことを示すものとなった。
驚くべきことだが、絶対にあり得ないのである。主流派の見解は、銀行が貸し出す前に準備預金が必要であり、量的緩和がそれらの準備預金を提供するという誤った信条に基づいている。これは銀行システムの実際の運営方法についてのよくある誤解だ。しかしながら主流派は、銀行が事前準備を持っている場合にのみ貸し出すと(間違って)主張しているのである。
銀行の準備預金を構築しても、銀行の融資能力は増加しない。融資は預金を創造し、創造された預金が準備預金を導くのである。銀行融資は「準備預金による制約」を受けるものではない。
より詳細な議論については私のエントリをお読みいただきたい:
1. Money multiplier – missing feared dead (July 16, 2010).(*邦訳)
2. Money multiplier and other myths (April 21, 2009).(*邦訳)
3. Bank of England finally catches on – mainstream monetary theory is erroneous (June 1, 2015).
同様に、こうした失敗は、貨幣数量説という”まじない”(invocation)が虚偽であることを意味する。
貨幣数量説はMV=PQという数式に象徴され、この式はマネーストックに期間あたりの回転率(V)を掛けたものが、価格レベル(P)に実際の出力(Q)を掛けたものに等しいことを意味する。主流派は、Vは固定され(実証的には大きく変動しているにもかかわらず)、Qは市場調整の結果として常に完全雇用状態を保つと仮定している。
一般に、この恒等式が利用可能なものとなるには、VとQが固定であると想定する必要がある — つまり、経済は常に完全雇用状態にあると想定するわけだ(新古典派経済学者は、価格柔軟性が完全雇用状態を維持すると考える)。
こうした仮定の下では、Mの変化はPの変化を引き起こす — これは『マネーサプライの拡大はインフレ促進的である』という基本的な「リフレ派」の主張と同じだ。 彼らは、過剰な貨幣成長によって多すぎるお金が少なすぎる商品を追いかける状況が作り出され、それに対して可能な調整は名目(つまりインフレ)だけだと主張している。
ケインズは、物価水準変動が貨幣供給の変動に影響されていない(その逆も然り)ということを観察した上で、金融システムの運営方法についての考え方を変え、彼のマーシャリアン的(貨幣数量説的)基礎から決別したのである。
さらに、さまざまな時期においてキャパシティと労働力の多くが未活用であることから、Qが固定されているという見解を本気で維持することはほぼできない。総需要の名目成長に合わせた実物的調節範囲(つまり、産出の増加)が常にある。したがって、信用の増加が可能となり、融資によって創造された預金を使用して借り手が商品やサービスを購入した場合、キャパシティ余剰のある企業は価格ではなく生産量を増やすことで対応する可能性がある。
1990年代後半に日本の商業銀行が融資を減らしたのは、潜在的な借り手がリスク回避的になり、銀行に自らを融資先として提示しなかったからだ。
「準備預金」の不足とは何の関係もなかったのである。量的緩和による準備預金の追加が悲観的な見通しを変えることは決してなかっただろう。
「リフレ派」は、大停滞を需要側の問題と論じ、構造改革(賃金削減、雇用保護の削減、民営化、福祉削減など)をいくらやっても解決することはできないと主張した点においては正しかった。
しかし、彼らは大停滞が実質金利が高すぎることと関係があると信じていたのは間違いだった。
名目金利がゼロかその付近に近づいたため非標準的な金融政策(QEなど)が必要になるのだという彼らの信条もまた、間違いだったのである。
より詳細に論じているその他の関連エントリについては以下の通り:
1. Investment and interest rates (August 10, 2012).
2. The natural rate of interest is zero! (August 30, 2009). (*邦訳)
3. Why investment expenditure is insensitive to monetary policy (June 22, 2015).
4. Monetary policy is largely ineffective (April 8, 2015).
5. Building bank reserves is not inflationary (December 14, 2009). (*邦訳)
6. Printing money does not cause inflation (March 17, 2011).
7. Modern monetary theory and inflation – Part 1 (July 7, 2010).
8. Modern monetary theory and inflation – Part 1 (January 6, 2011).
結語
重要なのは、MMT派経済学者は、1990年代後半に日本で「リフレ派」が主張したような物語を支持しないということだ。
それは明らかに虚偽であり、実施されたとき、上述の理由でその目的は達成できなかった。
日本が政治的に制約された環境であったとはいえ、オプション(A)の価値を認めるために「リフレ派」のビジョンや因果推論に同調したりはしない。
木曜日に、こうした知見を検討中の特定の質問に関連付け、そして最後の声明を論じる。
今日はここまで!


小浜逸郎『まだMMT理論を知らない貧困大国日本 新しい「学問のすゝめ」』(2020)では
福沢諭吉の『通貨論』1878が重視されている。
《それ(通貨)が大切なのは、その質にあるのではなくて、働き(機能)にある。金銀と紙とは質が
異なっていても働きに何の違いもない。だから紙でも大丈夫であることには異論のさしはさむ余地はない》
《しかりしこうしてその大切なる由縁は、 品の質にあらずして その働きにあるものなり。 今、金銀と紙とその質は異なれども、 これを貨幣に用いて 働きに異なる所あらざれば、 紙を大丈夫なりと言いて 毫も異論あるべからず。》
通貨論1878
近年の福沢諭吉著作集では〈第6巻〉民間経済録・実業論に所収。
ただし福沢諭吉がMMTと最も接近するのは表券主義的信用貨幣論においてではなく
https://dl.ndl.go.jp/view/jpegOutput?itemId=info%3Andljp%2Fpid%2F979059&contentNo=36&outputScale=1
該当48頁
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/979059/37
https://dl.ndl.go.jp/view/jpegOutput?itemId=info%3Andljp%2Fpid%2F979059&contentNo=37&outputScale=1
https://nam-students.blogspot.com/2020/04/blog-post_22.html@
https://nam-students.blogspot.com/2020/04/blog-post_30.html
まだMMT理論を知らない貧困大国日本 新しい『学問のすゝめ』 Kindle版 2020/02/28
小浜逸郎 (著)
https://www.amazon.co.jp/dp/B0855L3763/
まだ M M Tを知らない貧困大国日本 ─ ─目次
はじめに
第 1章日本に迫りくる衰退の兆候
Ⅰ .貧困化する日本
Ⅱ .日本の科学技術が衰弱している
Ⅲ .国防の脆弱さ
Ⅳ .領土侵略に対しても無力
Ⅴ .情報戦における敗北
Ⅵ .少子高齢化のどこが問題か ?
Ⅶ .若者の生活不安定
第 2章なぜインテリは思考停止するのか
第 3章安倍政権はなぜ大失敗しているのか
第 4章よい学問と悪い学問の違い
終章日本の凋落を克服するたった一つの方法
あとがき
5つ星のうち5.0 MMTと福沢諭吉、小浜逸郎さん渾身の良書です。
2020年3月4日に日本でレビュー済み
Amazonで購入
平成30年間の日本の衰退は緊縮財政とグローバリゼーションがもたらした政策的人災であることは明白です。
福沢諭吉は130年も前にMMT現代貨幣論の一歩手前まで自力で理論構築していた、と目の覚める論理構成です。
緊縮財政とグローバリゼーションで失われた国力を取り戻し、将来に希望を持てる日本国に再生させたい、そういう思いがふつふつと湧き上がり元気になりました。
この本や令和の政策ピボットメンバーの著書、講演、動画などで、緊縮財政脳から目を覚まして、正しい政治を選択しませんか。
16人のお客様がこれが役に立ったと考えています
【小浜逸郎】福沢諭吉は完璧な表券主義者だった(その1)
『福沢諭吉 しなやかな日本精神』
を上梓する運びとなりました。
宣伝を兼ねて、
その一端を紹介させていただきます。
欧米列強の餌食にならないよう、
日本の自主独立を切に願っていたことは、
よく知られています。
しかし、彼が経済に対して
どういう考え方をしていたかは、
ほとんど知られていません。
世の福沢論者も、あまりこの領域には
手を染めてこなかったようです。
このたび福沢論を書くにあたって、
彼の一連の経済論文にも
丁寧に目を通してみたのですが、
驚いたことに経済に対する彼の見識は、
現代の凡百の経済学者やエコノミストより
はるかに高いものがありました。
ことに、明治11年に発表された
『通貨論 第一』では、
まだ本位貨幣制度も整っていない時代に、
それを飛び越して、
現代の管理通貨制度と完全に等しい考え方を
採っているのです。
それは単なる品物の預かり手形と同じであると
言い切ります。
これは最近、三橋貴明氏が強調している、
「貨幣は債権と債務の記録であり、借用証書である」
という本質規定とまったく同じです。
また、その「預り手形」として
金銀を用いようが紙を用いようが、
その機能において何ら変わるところがない
とも言い切ります。
こちらも、最近、中野剛志氏が、
貴金属に価値の本源があると
錯覚してきた長きにわたる慣習(金属主義)
が無意味であって、
貨幣はただ価値を明示する印(表券主義)
と指摘した、
その議論とぴったり一致しています。
たいへんわかりやすい例で説明しています。
これを綿に易えんと思えども、
差向き気に叶う綿の品物もなし、
さりとて、所持の米は不用なるゆえ、
まずこれを近処の綿屋に渡して
代金を受け取りおき、
追ってその店に綿の上物あるときに至りて
先に受け取たる代金をもって綿を買えば、
つまるところは米と綿と交易したる訳にて、
その代金はしばらくの間綿屋より受け取たる
米の預り手形に異ならず。(中略)
この預り手形に金銀を用いれば
何程の便利あるや、
紙を用いれば何程の不便利あるや、
いささかも区別あるべからず。
ただ、その約束の大丈夫なるとしからざる
との一事心配なるのみ。
この一段に至りて、金銀は人の苦痛の塊
(掘り出して精錬し鋳造する労働力
が込められている――引用者注)
なるが故に、
これを質に取りて大丈夫なりと言わんか、
決して頼みにするに足らず。
紙にてもまた大丈夫なる訳あり。》
互いの需要を満たすために
必ず時間差や空間差が介入してくるので、
そのために「預り手形」(約束の証書)が
どうしても必要とされるというところに
通貨の本質を見ているわけです。
中略部では、それが不特定多数との間で
流通性を持てば、
通貨となるのだと説いています。
ふつう貨幣のはたらきとして列挙される、
支払いの手段とか、蓄財の手段とか、
価値の尺度とか、富を誇示するためなどは、
あくまでその「機能」であって、
「本質」ではありません。
それでは紙でも大丈夫だという信用
はどこから得られるのか
という問いが出てきます。
福沢はこれに対して、
商売取引が現に繁多に
行われていさえすれば
世人はみな貨幣を大切に思うので、
その現実こそが信用を実現させている
と答えます。
品の質にあらずして
その働きにあるものなり。
今、金銀と紙とその質は異なれども、
これを貨幣に用いて
働きに異なる所あらざれば、
紙を大丈夫なりと言いて
毫も異論あるべからず。》
品質の如何ではなく働きにこそある
というこの指摘は、コロンブスの卵です。
真理を鋭く簡潔に言い当てていますが、
なかなかこううまくは
表現できないものです。
この論考の後の部分にも出てきます。
世間の人々は千両箱が積まれていると
すごい金持ちだというが、
本物の商人はそういう見方をせず、
千両が運用されずに一年間寝かせてあると
百両か二百両は損してしまうと考える。
活発に商取引や事業が行なわれている
その実態こそ、
金持ち(豊か)である証拠なので、
だから元気旺盛な商人ほど、
帳簿を調べてみれば
たくさん借金をしていることがわかる、と。
帳簿では貸方、借方のダイナミズムに
目をつけなくてはならないという、
当然と言えば当然の指摘ですが、
これなどは、
財政収支の黒字化ばかり気にして、
日本経済をひどい不活発に追いやっている
現在の財務省にぜひ
聞かせてやりたいくだりです。
第一に、そもそも一つの閉ざされた
共同体市場(たとえば一国内)で
紙を使って商売取引が繁多になるためにこそ
まず紙に対する信用が先立つのではないか。
それはどうして得られるのか。
第二に、貴金属に対する尊重の感情は
根深く人情として根付いているので、
簡単に金属主義を超えることは
難しいのではないか。
それは後述しましょう。
●『福沢諭吉 しなやかな日本精神』(仮)を脱稿しました。PHP新書です。
出版社の都合により、刊行は5月になります。
中身については自信を持っていますので(笑)、どうぞご期待ください。
●『表現者』76号「同第29回──福沢諭吉」
●月刊誌『Voice』3月号「西部邁氏追悼」
●『表現者クライテリオン』第2号「『非行』としての保守──西部邁氏追悼」
(4月16日発売予定)
●現在、『日本語は哲学する言語である』(仮)という本を執筆中です。
●ブログ「小浜逸郎・ことばの闘い」
http://blog.goo.ne.jp/kohamaitsuo
【小浜逸郎】福沢諭吉は完璧な表券主義者だった(その2)
便利さを列挙していきます。
再び「苦痛の塊」を苦労して作らなくてはならないが、
紙ならば、本人の損害だけで、
経済活動全体には影響がない。
それは印刷技術を高めればよいので、
金銀の場合も同じ偽造の危険はいくらでもある。
浪費乱用の危険があるという人がいるが、
それは習慣の問題で、
すべて紙幣を用いる習慣が定着しさえすれば、
それを大切にするようになる。
福沢は、まだ中津にいた少年時代の
面白い経験を記しています。
一分銀か二朱金で支払おうとすると、
店の主人から、暗くて真贋を見極めにくいので、
札(藩札)の方がありがたいと言われたというのです。
札を両替して銀で取引したのでしょうが、
中津藩内では、藩札が重宝されて出回っていたわけです。
ここから、一藩(一国)の統治が安定していれば
信用が生まれてくるということが示唆されます。
むやみに通用させることはできないが、
紙幣の場合、政府の都合でいくらでも増刷できるから、
物価騰貴を抑えられないという反論に対して、
いかにももっともだが、と断ったうえで、
次のように答えます。
初めから政府を疑うなら、紙幣の発行に限らず、
いくらでも疑いの材料はある。
年貢のつり上げ、小判の質の悪化、新紙幣の発行、
私有地の官有化など、
現に旧幕府は人民の信用を落とすことを
いくらでもやってきた。
紙幣発行がいかに便利かという論点で議論を進める。
このように、議論の原則をはっきりさせるわけです。
という議論が蒸し返されます。
それを国民が現金紙幣で納めることを
政府が承認しているという事実が、
一国の紙幣信用を生み出す要因である
という説を打ち出しています
(『富国と強兵』東洋経済新報社)。
旧藩時代と違って今日は全国一政府の時代なのだから、
そこが発行する紙幣は拒むも拒まないも、
安心するも信用しないも、
現に毎日盛んに商取引が行なわれている以上、
その紙幣を使う以外他に方法がないのだという点を
強調しています。
合意が遅滞なく成立している「事実」のほうを
信用成立の原因としてやや重く見ているわけです。
二人の議論は対立しているのでしょうか。
そうではありません。
政府が承認しているという事実は、
全国一政府の下に、経済人としての人民の
国民意識が統合されていることそのものの証しです。
商取引が行なわれていることは、
人民がその国の統一性を信用していることの証しです。
預金通帳からの引き落としという
書類上の納入の場合でも同じです。
AがBを信用することだけを意味するのではなく、
常にそれを受けるBの側からもAを信用する
という相互性の上に成り立つものです。
Bに対するAの信用は、
現にBが発行した通貨を用いて
盛んに経済活動をやっているという
事実によって示され(福沢説)、
Aに対するBの信用は、
現金紙幣を租税徴収の手段として認めているという
事実によって示されます(中野説)。
国際的取引では金銀が本位通貨となるので、
紙幣の発行に関して警戒すべきことを、
実例を挙げて示しています。
不換紙幣の名目として高くなっているだけで、
金銀との関係では、
逆に低いこともありうると注意を促します。
もしそういう時期に輸出をすると、
その輸出品は、より少ない量の金銀としか
交換できないので、
それで得た金銀は、国内で紙幣と両替すれば、
値打ちの低い物品と同じということになります。
つまり損をしてしまうわけです。
(少ない額のドルとしか交換できない時期)
の輸出と似ていますね。
わが国で紙幣と同じ名目価値しか持たない
一分銀を通用させ、
金と銀との実質的な割合について
おろそかだったからだと指摘します。
万国普通の相場に従って金と銀との価値の比率を定め、
その貨幣の名目に準じて紙幣を発行するしかない
という提案をします。
癪な話ではあるが、開国してしまった以上、
通貨問題は国際標準に合わせざるを得ない
というわけですね。
●『福沢諭吉 しなやかな日本精神』(仮)を
脱稿しました。
PHP新書です。
出版社の都合により、刊行は5月になります。
中身については自信を持っていますので(笑)、
どうぞご期待ください。
●『表現者』76号「同第29回──福沢諭吉」
●月刊誌『Voice』3月号「西部邁氏追悼」
●『表現者クライテリオン』第2号
「『非行』としての保守──西部邁氏追悼」
●月刊誌『Voice』6月号
「自殺幇助はどこまで許されるのか」(仮)
(5月10日発売予定)
●現在、『日本語は哲学する言語である』(仮)
という本を執筆中です。
●ブログ「小浜逸郎・ことばの闘い」
http://blog.goo.ne.jp/kohamaitsuo
https://38news.jp/economy/11850
【小浜逸郎】福沢諭吉は完璧な表券主義者だった(その3)
言及しています。
紙幣と同時に少し金貨銀貨を混ぜて通用させ、
これを通用の目安とします。
そして絶えず通貨量に対する監視と
コントロールを怠らないようにします。
金銀の一円と紙幣の一円とがだいたい同様に
通用している時には通用している紙幣量は
適切であると判断し、
紙幣の相場が金銀に比べて下落した時には、
紙幣過多とみて回収するというのです。
ただの商品として扱われていることになります。
これは当時のインフレ対策としては、卓抜に思えます。
現在は当然とされている管理通貨制度の考え方を
先取りしていたと書きました。
簡単に説明を加えておきましょう。
通貨量を決める制度で、
商品価値もこれによって決まります。
本来は金を通貨として流通させる建前ですが、
実際には一国の経済活動にとって
金の量が十分とは限らないので、
金と交換可能な兌換紙幣や補助貨幣を発行して
間に合わせる形を取ります。
そのため政府は常に相当量の金を
準備しておかなくてはなりません。
それが政府に対する国民の信用を保証するからです。
国際取引は普通、金で行われます。
すると、金の保有高の多少が一国の経済力にとって
決定的となり、それによって物価は
常に不安定にさらされます。
稀少にしか存在しない金の争奪戦も起きます。
こうした貴金属に価値決定の基準を置く考え方で、
人々の経済的価値観は、
金銀という「モノ」に依存することになります。
この社会心理に支配されてきましたが、
これは、貨幣というものの本質を
理解しない間違ったあり方です。
経済学者のケインズは、
福沢がこの論考を書いてから約50年後に、
金本位制復活を唱えたチャーチルを批判して、
「金本位制度は未開の遺物だ」と喝破しました。
「モノ」の保有にいっさい依存せず、
通貨当局(政府及び中央銀行)が、
物価、経済成長率、雇用状態、国際収支など、
自国の経済情勢を常ににらみながら、
それに応じて通貨の発行量を決める制度です。
「モノ」に拘束されるのではなく、
経済活動をする人々(政府も含む)の
相互信用にかかっているという考え(表券主義)
を徹底させたものです。
いくらでも通貨を発行できます。
国民が政府・中央銀行を大筋で信用し、
政府・中央銀行が極端なバカ政策に走らない限り、
この制度が揺らぐことはありません。
人間どうしの関係のあり方に宿っている
という正しい経済哲学が基本になっています。
展開していたばかりではありません。
本当は金準備は必要ないのだが、
長きにわたる習慣からくる民衆の人情を忖度して、
若干の金準備は必要だとまでことわっているのです。
そのフォローの手厚さには舌を巻かざるを得ません。
当時の政府の財政事情の苦しさに鑑みて、
楽観主義と批判する経済学者もいるようですが、
楽観主義かそうでないかといった政策論的な批評は
問題になりません。
福沢がここでなしていることは、
通貨とこれを管理する政府との関係に関する
「原理」の展開であり、
それゆえ、普遍的に当てはまる理論なのです。
少し長くなりますが、
ここはぜひ原文を味わっていただきましょう。
紙幣と金銀貨との間に大なる差もなくして
いよいよ安心の点にあれば、
準備金はほとんど不用のものなり。
元来通貨の行わるるゆえんは、
前にも言えるごとく、
開けたる世の中に欠くべらざるの効能あるに
よってしかるものなれば、
今世間の商売に定めて入用なる数の紙幣を
発行するときは、
その通用は準備の有無に関係あるべからず。》
と言えり。
このほとんどの字は、
ことさらにこれを用いたるものなれば、
等閑に看過すべからず。
準備の正金は、経済論において事実不用なれども、
いかんせん今の不文なる通俗世界においては、
千百年来理屈にかかわらずして
金銀を重んずるの習慣を成し、
ただ黄白の色を見て笑みを含むの人情なれば、
いかなる政府にても、
紙幣を発行して絶えて引き替えをなさざるのみならず、
公然と布告して政府の金庫には一片の正金なし、
この紙幣は百年も千年も金銀に替えること
あるべからずと言わば、
人民は必ず狼狽して、
事実入用の紙幣を厄介のごとくに思い、
様々にこれを用いんとして無用の品物を買入れ、
物価これがために沸騰して紙幣も
いわれなく地に落つることあるべし。
これを西洋の言葉にてパニクと言う。
根も無きことに驚き騒ぐという義にして、
はなはだ恐るべき変動なり。
ゆえに愚民の心を慰むる為には
多少の準備金なかるべからず。
これ即ちそのほとんど不用にして
全く不用ならざる由縁なり。》
福沢は、不時の災害や飢饉、戦争などのために
物資が不足して輸入に頼らなければならない時
を挙げています。
①紙幣発行額の目安として市場に少し混入させるため、
②金属主義に取りつかれた「愚民」の不安を鎮めるため、
③不時の異変に遭遇した時の輸入のため、
の三つということになります。
①は主として日銀の公開市場操作
(公債の売り買いによる金利の調整)、
②は不要、
③は外貨(ドル)準備残高の維持
によってそれぞれ保障されているわけです。
この段階では、金銀などの貴金属は、
貨幣としての特権的地位を保てず、
ただの「商品」に下落しています。
経済の専門家でもない一人の思想家が、
貨幣の本質と妥当な通貨制度のあり方について、
ここまで考えていたのです。
福沢は、経済に関しては、
おそらくアダム・スミスとJ・S・ミル
くらいしか読んでいなかったでしょう。
しかもこの二人はいずれも金属主義者でした。
「経済学」など学ばなくても、
社会を正確に見る目さえあれば、
経済についてこれだけのことができるのです。
現代にも多くの福沢が甦ってほしいと
切望するゆえんであります。
●新著『福沢諭吉 しなやかな日本精神』
(PHP新書)は5月15日に発売です。
どうぞご期待ください。
●『表現者』76号「同第29回──福沢諭吉」
●月刊誌『Voice』3月号「西部邁氏追悼」
●『表現者クライテリオン』第2号
「『非行』としての保守──西部邁氏追悼」
●月刊誌『Voice』6月号(5月10日発売)
「西部邁氏の自裁死は独善か」
●現在、『日本語は哲学する言語である』(仮)
という本を執筆中です。
●ブログ「小浜逸郎・ことばの闘い」
http://blog.goo.ne.jp/kohamaitsuo