http://www.freeassociations.org/
(リンク::::::::::、ドゥルーズ体系)
創造行為とは何か?Qu'est ce que l'acte de creation Gilles Deleuze 1987
http://nam-students.blogspot.jp/2017/05/blog-post_54.htmlGilles Deleuze on Cinema: What is the Creative Act 1987 (English Subs)
https://youtu.be/a_hifamdISsドゥルーズ@FEMIS 「創造行為について」(予告編) - niconico
http://sp.nicovideo.jp/watch/sm1904971Qu'est ce que l'acte de creation
https://youtu.be/AWnN0rUySwwドゥルーズ 黒澤明を語る 1987「創造行為とは何か」より
https://youtu.be/gdFk5wfhEfoQu’est-ce que l’acte de création ? par Gilles Deleuze » le peuple qui manque - a people is missing
http://www.lepeuplequimanque.org/acte-de-creation-gilles-deleuze.htmlhttp://www17.plala.or.jp/tozanji/teisyou/hekiganroku/hekigan8.html
第七十九則 投子一切仏声
見ずや僧問ふう、如何なるか是れ仏。投子云く、仏。如何なるか是れ道。投子云く、道。如何なるか是れ禅。云く、禅。
http://www17.plala.or.jp/tozanji/teisyou/hekiganroku/hekigan8.html
第七十九則 投子一切仏声
本則・挙す、僧、投子に問ふ、一切声は是れ仏声と。是なりや否や。(也虎鬚を撫ずることを解す。晴天霹靂を轟かす。自尿臭きを覚えず。)投子云く、是。(一般の人をれんー貝に兼ー殺す。身を売りて汝に与へ了れり。一辺に拈放す。是れ什麼の心行ぞ。)僧云く、和尚とくー尺に豚の月なしー沸碗鳴声すること莫れ。(只錐頭の利を見て、鑿頭の方を見ず。什麼と道ふぞ。果然として敗缺を納る。)投子便ち打つ。(著。好打。放過せば則ち不可。)又問ふ、そー鹿三つー言及び細語、皆第一義に帰すと、是なりや否や。(第二回虎鬚を撫ず。臓を抱いて屈と叫んで什麼か作ん。東西南北、猶ほ影響の有る在り。)投子云く、是。(又是れ身を売りて汝に与へ了れり。陥虎の機。也是れ什麼の心行ぞ。)僧云く、和尚を喚んで一頭の驢と作し得てん麼。(只錐頭の利を見て、鑿頭の方を見ず。逆水の波有りと雖も、只是れ頭上に角無し。血を含んで人にそそぐ。)投子便ち打つ。(著。放過す可からず。好打。柱杖未だ折るに到らず、什麼に因ってか便ち休し去る。)
投子山大同、青原下三世。一切声はこれ仏声と、そ言及び細語皆第一義に帰す=涅般経に出ずと、声という声は仏の声であると、ただこう知って本当には知らぬ、それじゃなんにもならぬ、釈迦牟尼仏の声と姿とと知れるときに、一切ものみな無音に消えて、正に成仏とも云わず、かつて省みるなし、涙することわずかにあり。是非のらち外です。是なりや否やと聞く、すでにしてそ言、敗北。(虎の鬚をなでる、知らぬが仏ですかあっはっは。知ってなずるはかつて未だし。青天の霹靂を轟かす、うっふっふそりゃまたご苦労さん、自分の小便臭さを弁えずとさ、打つによし。)投子云く、是と、そうだよと云って、わなを仕掛けるんですか、是であるから是と、わなにはまるのは向こうの勝手、是にあらずの分をひっかかる。(一般の人をれん殺す、乗り合いバスの全員を馬鹿にした、是というすべからく是、知らぬまんまの三百代言を量産ですか、まあさ。身を売りて汝に与え了れり、さあどうするっていうんです、虎がおっかぶさった、寸毫の隙なし、命ないんです。)僧云く、とく沸は下痢のびちびち、碗鳴はお碗に熱湯を注ぐとじゅうじゅう鳴る、仏声という乙にすましやがって、かくの如くをなんとするってんです、はい、とく沸碗鳴声という代わりにぶっ叩いた、(錐の頭だけを見て、鑿の頭を見ず、のこぎりの談というのがある、我のこぎりの山、汝のこぎりの谷、どこまで行ってもらちあかんというのへ、我はさにあらずとだけ。敵をやっつける気鋭という、そんなものが仏教じゃないんです、敗缺これ。)投子便ち打つ、(根本に出直せという、壁立万仞です、わかりますか、うっふわかったら三十棒。)又問ふ、そー鹿が三つで騒々しいんですか、言、細語愚にも付かぬ2チャンネル語ですか、たいてい意味をなさんです、蚊の泣くようなぴいぴい声、第一義廓然無聖ですか、これが他にはなく、是なりや否や。(二回虎の鬚をなでる、どあほ。臓物を抱いて屈託です、人間みなこれをやっている、坐って姿勢をまっすぐにして矯正も、わがものと身心をよこしまにするあれば、不自然屈託です、仏に帰す、彼岸にわたって下さい、ぱーらみーたー。東西南北、猶ほ影響の有る在りでは不都合。)投子云く、是。(また身を売って与え了る、陥虎の機、心行なしほど恐ろしいんです、間髪を入れず。)僧云く、和尚を喚んで驢となし得てんや、そんじゃ馬鹿と呼んでもいいんかいって、うっふっふこの僧けっこう面白いや、馬鹿顔ぬうっと差し出そうか。(逆水の波、帰り打ちするには頭上に角なし、虎退治には龍だってのにさ。血を含んで人にそそぐ、太公望云く、風に因って火を吹く、力を用いること多少。血を含んで人にそそぐ、先ずその口汚れと。まあさ、はいご苦労さんてこと。意図ありゃおしまいなんですよ、見え見え。)投子すなわち打つ。(よく見よという、こは何事か、放過すべからず、まさにもって悟るによし。だがこれ未だ決着つかず、打ってのち如何、タレントの記者会見じゃないんだよってさ。)
頌・投子投子。(灼然。天下這の実頭の老漢無し。人家の男女を教壊す。)機輪阻無し。(什麼の他を奈何ともする処か有らん。也些子有り。)一を放って二を得たり。(汝が眼晴を換卻す。什麼の処にか投子を見ん。)彼に同じく此に同じ。(恁麼に来るも也棒を喫し、不恁麼に来るも也棒を喫す。闍黎他に替るも、便ち打たん。)燐むべし限りなき潮を弄するの人。(叢林の中一箇半箇を放出す。這の両箇の漢を放出す。天下の衲僧恁麼に去らんことを要す。)畢竟還って潮中に落ちて死す。(可惜許。争奈せん這の圏簣を出で得ざることを。愁人愁人に向かって説くこと莫れ。)忽然として活せば、(禅床震動。山僧を驚殺して、也倒退三千ならしむ。)百川倒流して閙かつー活のまんなかに耳ーかつたらん。(嶮。徒に佇思するに労す。山僧敢て口を開かず、投子老漢也須らく是れ柱杖を拗折して始めて得べし。)
投子尋常道ふ、汝総に道ふ、投子実頭なりと。忽然として山を下ること三歩せんに、人有りって汝に問ふうて、如何なか是れ投子実頭の処と道はば、汝作麼生か抵対せんと。見ずや僧問ふう、如何なるか是れ仏。投子云く、仏。如何なるか是れ道。投子云く、道。如何なるか是れ禅。云く、禅。また問ふ、月未だ円ならざる時如何。投子云く、三箇四箇を呑卻す。円なる後如何。七箇八箇を吐卻すと。投子かくの如くとは如何、こりゃものすごい、舌を巻いてわずかに投子投子と、こんな師家と倶に有る、他何をか云わんや、ぶった切られて死す。(灼然、真っ赤っかです、天下箇の実頭の老漢なし、かつてもまさに無し、今の世さらに皆無、もって人家の男女を教壊す、人あり家ありのぬるま湯ですか、どうしようもないです、首くうくる縄もなし年の暮れ、ちったあ爪の垢。)機輪阻てなし、だれがどうだから、道の進捗を思慮ってなどいう紆余曲折ないんです、もとまったく紆余局曲折なし。(些子有り、ちったあ効き目ありってね、どうです、効いたか。)一を放って二を得たり、是と応じて、相手の臓物屈託をさらけだす、もはや元へ復さず、痛烈一回に知る。(いずれの処にか投子を見ん、ぶち抜くとはこれ。)彼に同じく此に同じ、細言そ語も驢となしえてんやも、まったく同じ、臭い懐総まくり、払い切るんです。(投子にもの云う、てめえのことをさらけ出すだけなんです、醜悪もってする、棒を喫す、その醜悪をしゃっ面に貼り付け。)あわれむべし限りなき潮を弄するの人、潮ですか、とくふつ碗鳴声すること莫れ、一頭の驢と作し得てんやと、噂の問題、仏の話題ですか、もとそんなものないんです、投子便ち打つ、投子投子と、雪竇ならずも舌を巻く所以、(叢林にあって一箇半箇を放出す、うさんくさいのを追い出す、湊泊し難し、さあやって下さい、真正面ついに投子を見ず。)畢竟かえって潮中に落ちて死す、噂の中に溺れ死ぬ連中ばかりが、うっふ。(惜しいかなって云うんです、けんきはわな、わなにはまらずに死ぬんなら、大往生。てめえの仕掛けた罠ですか、そりゃあ本望ってね。)忽然として活せば、大死一番です。(禅床震動、わしを驚殺して、倒退三千ならしむ、はいまさにかくの如く。)百川倒流して閙かつかつたらん、いっぺんに世界中の音声です、かつは流水の声、閙はさわがしい。おっちでつんぼが人間満足に返るさま。(嶮。だからさ佇思することなかれ、行けったら行けばいい、投子柱杖を折って始めて得べし、ものみな叩く要なし、さあて仏とは何か、糠に釘ですか、だったら道へ。)
第八十則 趙州初生の孩子
本則・挙す、僧、趙州に問ふ、初生の孩子還って六識を具するや也無しや。(閃電の機。什麼の初生の孩子とか説かん。)趙州云く、急水上に毬子を打す。(過也。俊鷂趁へども及ばず。也験過せんことを要す。)僧復投子に問ふ、急水上に毬子を打すと、意旨如何。(也是れ作家同じく験過す。還って会す麼。過也。)子云く、念念不停流。(葛藤を打するの漢。)
六識は眼耳鼻舌身識を前五識とし、意識を六識とす。八識は第七末那識=能く去って世間一切の影事を執持して、人をして煩悩して自由自在ならしむと。大八識阿頼耶識=一切善悪の種子を含蔵すと。これ人の意識のありようまさにかくの如く、仏教のたとえというより、かくの如く行なわれていることを知るによく、心理学だろうが別に尽くさず、これを用いるにしたがい不便です、滞り醜悪、百害あって一利なしですか、心理分析や一覧表じゃないんです、科学という観察被観察の無益を知って下さい。この故にこの僧殊更に聞く、初生の孩子、生まれたての赤ん坊です、かえって六識を具するやまた無しや。(八識を了じ終わるんですか、なんのとらわれもないんです、つうと云えばかあ、元の木阿弥これ、機という大機大用そのもの、塵芥なし他なしになって閃電です、これをもってん什麼の初生の孩子とか説かん、生まれたての赤ん坊に返れという、無眼耳鼻舌身意、無色声香味触法、面倒な言い種いらんです、まずはこれを知って下さい、本来のありようこれ、通幻寂霊禅師、路傍の石に生爪を剥がし、痛いことは痛い、どこが痛いか解からない、玉露宙に浮かぶ、命の向こうっかわに行っちまったようです、赤ん坊に返って、八識の由来を知る、仏教の始まりです、みなこれここに到って始めて得るんです、しゃしゃらくらくという、清澄の万倍これ、筆舌に尽くし難し、まさに命を知る、浮き世に生まれて200%ですか、生まれ本来=生まれる以前、なんという歓喜済々ですか。)趙州云く、急水上に毬子を打す。急流に毬をなげる、意識としてまったく滞るなしを云う、自然とはこれ。(はやぶさが追っても及ばずとさ、験してみりゃいいです、でなきゃ意味ないです。)僧また投子に問ふ、急水上に毬子を打すと、意旨如何、どういうこったと云うんです。(こやつちゃーんと知ってたな、もっともどこまでやったか、さあてわからん。)子云く、念念不停流。念というもととどまらず、そいつを停めようとするから不都合、あらゆる一切の苦厄を生ず、苦しみ悩みのこれが原因です、念念不停流に任せ切ることをしてごらんなさい、坐禅の根本です、容易なこっちゃできないです、(葛藤を打する漢、こやつができればボーディサットバ修菩薩行、そうそう初関を透るんですよ、さあおやり下さい。)
頌・六識無功一問を伸ぶ。(眼有って盲の如く耳有って聾の如し。明鏡台に当り明珠掌に在り。一句に道尽す。)作家曾て共に来端を弁ず。(何ぞ必ずしもせん。也箇の緇素を弁ぜんことを要す。唯証して乃ち知る。)茫茫たる急水を打す。(始終一貫。過也。什麼と道ふぞ。)落処停らず誰か看ることを解せん。(看ば即ち瞎す。過也。灘下に接取せよ。)
六識功無くです、無眼耳鼻舌身意、無色声香味触法、元の木阿弥こうあって元の木阿弥大用現前です、功と数える、どこまで行こうが尽くさず、この平地から一問を伸ぶ、これ仏教です、あるときこありあるときこうある、ついに無心に返る、如何なるか是れ道、道は籬の外に在り、狗子に仏性有りや、云く無、そうしてまた云く有と、功なく仏なく六識六塵まったくに付くなし、まさにこれを知る。(眼あって盲の如く耳有って聾の如し、眼無うして知り耳無うして現前です、もとかくの如しは、明鏡また台にあらず、菩提本樹にあらず、形影あい見るが如く、一句に道尽す、なにさ朝打三千暮打八百、毎日坐って下さい、俳句は行きて返る心の味という、これは行きて返らぬ無心です、そうさなあ万物宇宙を恋人ですか、せっかく口説く勢いがないとねずみ一匹、あっはっは油断大敵、大安心これ。)作家は趙州と投子と、来端はまるっきり云い得るんです、仏以外になし、ほかただもう曖昧の我田引水、無始劫来過ちのもと、有耶無耶世界からどうぞ一歩踏み出して下さい、はじめて人生、(これ選仏場なりと知って、緇素を弁ず、よしあし黒白の判断が付くんです、よくよく看て取って下さい、ただし証せずんば露われず。)茫茫たる急水、はーいさ、まったく知らんのです、知っている分が嘘です、いやらしいですかはっはっは、醜悪、師家と雖ど卻って堕地獄。(終始一貫すればかえって過つ、何と云うべき、さあどうです、云うてみりゃいい。(落処停まらず誰か看ることを得ん。行って帰らぬ無心、口説くには結果を知らず、(見りゃ瞎漢、死人ですよ。灘下に接取もはあて余計ごと。ついに知らんのです。)
出師表」(すいしのひょう、「出師の表」)とは、臣下が出陣する際に君主に奉る文書のこと である。「出師」とは文字通り「師(=軍隊)を出す」ことであり、「表」とは公開される上奏 文を指す。「出師表」自体は一般的な文書名であるが、歴史上、三国時代蜀の丞相で ...
部下の諸葛亮が言っちゃうよ。
前の皇帝がやりたいこと半分もやらずに死んじゃった・・・んで天下が3つに分かれてて「ウチ」(蜀)はボロボロなの!
コレ、マジやばいみたいな!?
ぶっちゃけ、蜀のみんなが頑張ってんのはさ、あんたのためじゃなくて親父さんに恩返しするためだから。
だからさ、あんたも親父さんみたいに頑張らなくちゃだめなのよ。
あんたさあ、よく「どーせ俺なんか」って言うでしょ、あれマジでやめなよ。
屁理屈こねて他人のアドバイス無視したり、よくないよ。
出師の表とは、諸葛亮(字は孔明)が北伐(魏への遠征)に出発する前に、国に残す若い皇帝劉禅を心配して書いたものである。
以降は実際に諸葛孔明が記した表を写したものであり、原文、訳文、現代語訳を載せてある。
臣亮言
先帝創業未半 而中道崩殂
今天下三分 益州疲弊
此誠危急存亡秋也
然侍衛之臣 不懈於内 忠志乃士 忘身於外者 蓋追先帝之殊遇 欲報之陛下也
誠宜開張聖聴 以光先帝遺徳 恢弘志士之気
不宜妄自菲薄 引喩失義 以塞忠諫之路也
宮中府中 倶為一体 陟罰臧否 不宜異同
若有作姦犯科 及為忠善者 宜付有司 論其刑賞 以昭陛下平明之治
不宜偏私使内外異法也
侍中侍郎郭攸之 費褘 董允等 此皆良実 志慮忠純
是以先帝簡抜以遺陛下
愚以為 宮中之事 事無大小 悉以諮之 然後施行 必能裨補闕漏 有所広益也
将軍向寵 性行淑均 堯暢軍事 試用於昔日 先帝称之 曰能
是以衆議挙寵以為督
愚以為 営中之事 事無大小 悉以諮之 必能使行陣和穆 優劣得所
親賢臣 遠小人 此先漢所以興隆也
親小人 遠賢臣 此後漢所以傾頽也
先帝在時 毎与臣論此事 未嘗不歎息痛恨於桓霊也
侍中尚書 長史参軍 此悉貞亮 死節之臣也
願陛下親之信之 則漢室之隆 可計日而待也
臣本布衣 躬耕於南陽
苟全性命於乱世 不求聞達於諸侯
先帝不以臣卑鄙 猥自枉屈 三顧臣草盧之中 諮臣以当世之事
由是感激 遂許先帝以駆馳
後値傾覆 受任於敗軍之際 奉命於危難之間
爾来二十有一年矣
先帝知臣謹慎
故臨崩 寄臣以大事也
受命以来 夙夜憂歎 恐付託不効 以傷先帝之明
故五月渡濾 深入不毛
今南方己定 兵甲己足
当奬率三軍 北定中原
庶竭駑鈍 攘除姦凶 興復漢室 還於旧都
此臣之所以報先帝 而忠陛下之職分也
至於斟酌損益 進尽忠言 則攸之褘允之任也
願陛下託臣以討賊興復之効
不效則治臣之罪 以告先帝之靈
若無興徳之言 則責攸之褘允等之咎 以彰其慢
陛下亦宜自謀 以諮諏善道 察納雅言 深追先帝遺詔
臣不勝受恩感激 今当遠離 臨表涕泣 不知所云
臣亮言(もう)す。
先帝創業未(いま)だ半(なか)ばならずして、中道に崩殂(ほうそ)せり。今、天下三分し益州は疲弊す。
此れ誠に危急存亡の秋(とき)なり。
然れども待衛(じえい)の臣、内に懈(おこた)らず、忠志の士、身を外に忘るるは、蓋(けだ)し先帝の殊遇を追い、これを陛下に報いんと欲すればなり。誠 に宜しく聖聴(せいちょう)を開張し、以(もっ)て先帝の遺徳を光(かがや)かし、志士の気を恢弘(かいこう)すべし。宜しく妄(みだ)りに自ら菲薄(ひ はく)し、喩(たと)えを引き義を失い、もって忠諌(ちゅうかん)の路(みち)を塞ぐべからず。
宮中府中、倶(とも)に一体と為(な)り、臧否(ぞうひ)を陟罰(ちょくばつ)するに、宜しく異同あるべからず。
若(も)し姦(かん)を作(な)し科を犯し、及び忠善を為す者有らば、宜しく有司(ゆうし)に付して、其の刑賞(けいしょう)を論じ、以て陛下平明の治を昭(あき)らかにすべし。
宜しく偏私(へんし)して、内外をして法を異にせしむべからず。
侍中・侍郎郭攸之(かくゆうし)・費褘(ひい)・董允(とういん)等は、此れ皆良実にして志慮(しりょ)忠純なり。
是(ここ)を以て、先帝簡抜(かんばつ)して以て陛下に遺(のこ)せり。
愚以為(おも)えらく宮中の事は、事大小と無く、悉(ことごと)く以てこれに諮(はか)り、自然(しか)る後に施行せば、必ずや能(よ)く闕漏(けつろう)を裨補(ひほ)し、広益する所有らんと。
将軍向寵(しょうちょう)は、性行淑均(しゅくきん)、軍事に曉暢(ぎょうちょう)す。
昔日に試用せられ、先帝これを称して能と曰(い)えり。是れを以て衆議寵(ちょう)を挙げて督と為す。
愚以為(おも)えらく営中の事は、事大小と無く、悉く以てこれに諮らば、必ずや能く行陣(こうじん)をして和穆(わぼく)し、優劣をして所を得しめんと。
賢臣に親しみ、小人を遠ざくる、此れ先漢の興隆せし所以(ゆえん)なり。
小人に親しみ、賢人を遠ざくる、これ後漢の傾頽(けいたい)せし所以なり。
先帝在(いま)しし時、毎(つね)に臣と此の事を論じ、未だ嘗(かつ)て桓・霊に嘆息(たんそく)痛恨(つうこん)せずんばあらざりしなり。
侍中・尚書、長史・参軍は、此れ悉く貞亮(ていりょう)死節の臣なり。
願わくは陛下これに親しみこれを信ぜよば、則(すなわ)ち漢室の隆んなること、日を計りて待つ可(べ)きなり。
臣は本(もと)布衣(ほい)、南陽に躬耕(きゅうこう)す。
苟(いや)しくも性命を乱世に全うせんとし、聞達(ぶんたつ)を諸侯に求めず。
先帝、臣の卑鄙(ひひ)なるを以てせず、猥(みだ)りに自ら枉屈(おうくつ)し、臣を草盧の中(うち)に三顧し、臣に諮(と)うに当世の事を以てせり。
是に由(よ)りて感激し、遂に先帝に許すに駆馳(くち)を以てす。
後、傾覆(けいふく)に値(あ)い、任を敗軍の際に受け、命(めい)を危難の間(かん)に奉ず。
爾来(じらい)二十有一年なり。
先帝、臣が謹慎を知る。故に崩ずるに臨んで臣に寄するに大事を以てせしなり。
命を受けて以来、夙夜(しゅくや)憂歎(ゆうたん)し、付託(ふたく)の効あらずして、以て先帝の明を傷(そこな)わんことを恐る。
故に五月瀘(ろ)を渡り、深く不毛に入れり。
今、南方已(すで)に定まり、兵甲已に足る。
当(まさ)に三軍を奨率(しょうすい)し、北のかた中原を定むべし。
庶(こいねが)わくは駑鈍(どどん)を竭(つく)し、姦凶(かんきょう)を攘除(じょうじょ)し、漢室を興復(こうふく)し、旧都に還(かえ)さん。
此れ臣の先帝に報いて、陛下に忠なる所以の職分なり。
損益を斟酌(しんしゃく)し、進んで忠言を尽くすに至りては、則ち攸之(ゆうし)・褘(い)・允(いん)の任なり。
願わくは陛下臣に託するに賊を討ち興復するの効(こう)を以てせよ。
効あらずんば則ち臣の罪を治め、以て先帝の霊に告げよ。
若(も)し徳を興すの言無くんば、則ち攸之・褘・允の咎(とが)を責め、以て其の慢(まん)を彰(あらわ)せ。
陛下も亦(また)宜しく自ら謀り、以て善道を諮諏(ししゅ)し、雅言(がげん)を察納(さつのう)し、深く先帝の遺詔(いしょう)を追うべし。
臣、恩を受けて感激に勝(た)えず。
今、遠く離るるに当り、表に臨んで涕泣(ていきゅう)し、云う所を知らず。
部下の諸葛亮が言っちゃうよ。
前の皇帝がやりたいこと半分もやらずに死んじゃった・・・んで天下が3つに分かれてて「ウチ」(蜀)はボロボロなの!
コレ、マジやばいみたいな!?
ぶっちゃけ、蜀のみんなが頑張ってんのはさ、あんたのためじゃなくて親父さんに恩返しするためだから。
だからさ、あんたも親父さんみたいに頑張らなくちゃだめなのよ。
あんたさあ、よく「どーせ俺なんか」って言うでしょ、あれマジでやめなよ。
屁理屈こねて他人のアドバイス無視したり、よくないよ。
みんな仲間じゃん、そこらへんグダグダだとダメだと思うんだよね。
ヤバいことやる奴とか、いい人とか、いろいろいるけど、みんな区別してけじめつけなきゃさあ。
えこひいきして、筋曲げちゃだめってこと。
郭ちゃんや費ーさんや董くんは真面目で使えるからって親父さんが残してくれた部下なんだから わかんないことはなんでもこいつらに聞けばいいよ。
こいつらがOKだしたんなら何やっても大丈夫。
将軍の向さんも真面目で、親父さんが「こいつマジ使える」って言ってたから、 うちらが遠征した後の軍事面はこいつに任せておけば大丈夫。
きっと役に立つよ。
賢くて善良な人を採用してたから前の前の国家は大発展したけど、バカばっかり採用してた前の国家はつぶれちゃったよね。
「前の皇帝はバカばっか」って親父さんと二人で嘆いてたもんですよ。
さっき名前出した連中はみんな賢くて善良だから、こいつらは使いなさい。いいから使いなさい。
私なんかもともと片田舎のニートで終わるはずだったんだけど、 あんたの親父さんは「いやお前さんはすごい人だから」って三回もスカウト来てくれた。
そりゃもう感激して社会人なるっきゃないでしょ。
ま、負け戦ばっかりだったからわらにもすがる思いだったかもね。もう二十一年前だよ。
親父さん、亡くなるときに「息子バカだから後頼むわ」って言ってたよ。あ、バカってのはオフレコ。
とりあえず田舎のほうが騒がしかったから、なんとか親父さんのやってたこと立て直そうと 南蛮まで行ってきて騒動を治めてきましたよ。
あ、どっかのエロゲでロリ王国になってるらしいですがあれはデマです、デマ。
で、南蛮も落ち着いて、兵隊もずいぶん強くなりました。
とっとと軍隊出して、首都とか奪還しましょう。親父さんの悲願だし、これが私の仕事だから。
国の中でいろいろやるのはさっきの連中の仕事。
私は軍隊率いて戦ってきますから、とっとと許可出してくださいな。
もしダメだったら親父さんの墓の前で「孔明は口先だけだからぶっ殺した」って墓参りしてOK。
さっきの連中がサボってるなら、ついでに処罰してくれてOK。
あんたもちゃんと仕事して、身は慎んで、親父さんの期待に背かないように。
親父さんは私の恩人でしたよ。
あの人のためなら異国の地で戦うのも本望ですよ。
はわわ、ご主人様、なんだか泣けちゃいます。