シュンペーター再考
「生産性を巡る議論ーD. Atkinson氏の議論の評価ー」ー議員連盟「日本の未来を考える勉強会」ー令和2年10月29日 元内閣官房参与・前駐スイス大使 本田悦朗
40:00
参考:
「イノベーターのジレンマ」の経済学的解明 [単行本] 伊神 満 2018
https://nam-students.blogspot.com/2019/03/blog-post_21.html
NAMs出版プロジェクト: ティンバーゲン、シュンペーター、カレツキ
http://nam-students.blogspot.jp/2017/01/blog-post.html
NAMs出版プロジェクト: 景気循環論:メモ
http://nam-students.blogspot.jp/2015/10/blog-post_6.html
120年周期説
http://nam-students.blogspot.com/2015/10/120.html
NAMs出版プロジェクト: 競争の型
http://nam-students.blogspot.jp/2017/02/blog-post_28.html
2016 money world 1/3:
《…拡大を生み出すような一次的変化…これらの変化のすべてがもたらされる道筋を一般的な言明にすることは容易である。…それは、既存の生産要素の新しい結合によっておこなわれ、それは新しい工場や、典型的には新しい商品を作ったり、まだ試みられたことのない新しい方法を導入したり、新しい市場に向けて生産を行ったり、新しい市場で生産手段を調達して生産を行う新しい企業中に具体化される。われわれが非科学的に経済的進歩と呼んでいるものは、 基本的には、これまで実際に試みられなかった用途に生産資源を投入し、それまで貢献してきた用途からそれらを 引き上げることである。これがわれわれのいう「イノベーション」である。》
「資本主義の不安定性」1928『資本主義は生きのびるか』#4邦訳124~5頁より
Schumpeter, Joseph A. (September 1928). "The instability of capitalism".
新結合とは、具体的には何なのか。シュンペーターは、その例として、次の五つを挙げている。すなわち、
(1) 新しい財貨の生産
(2) 新しい生産方法の導入
(3) 新しい販路の開拓
(4) 原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得
(5) 新しい組織の実現(例えば、トラストの形成や独占の打破)
J・A・シュムペーター『経済発展の理論』上巻、塩野谷祐一・中山伊知郎・東畑精一訳(岩波文庫、一九七七年)183頁参照☆
「新結合」は、のちには、「イノヴェーション」innovationという言葉によって置き換えられた
根井シュンペーターより
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シュンペーターの冒険編|ダイヤモンド・オンライン
シュンペーターによるイノベーションの5分類について…
1)新しい財貨すなわち消費者の間でまだ知られていない財貨、あるいは新しい品質の財貨の生産。
2)新しい生産方法、すなわち当該産業部門において実際上未知な生産方法の導入。これはけっして科学的に新しい発見に基づく必要はなく、また商品の商業的取扱いに関する新しい方法をも含んでいる。
3)新しい販路の開拓、すなわち当該国の当該産業部門が従来参加していなかった市場の開拓。ただしこの市場が既存のものであるかどうかは問わない。
4)原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得。この場合においても、この供給源が既存のものであるか――単に見逃されていたのか、その獲得が不可能とみなされていたのかを問わず――あるいは初めてつくり出さねばならないかは問わない。
5)新しい組織の実現、すなわち独占的地位(たとえばトラスト化による)の形成あるいは独占の打破。
(J・A・シュムペーター『経済発展の理論』上巻、塩野谷祐一・中山伊知郎・東畑精一訳(岩波文庫、一九七七年)183頁)
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May 11, 2014 12:00 経済・金融・財政ノート
「経済発展の理論」は初版が1912年、第2版が1926年に出版された。シュンペーターは生前、非常に優秀な経済学者として認められていたが、その独創的な理論体系はあまり高い認知は受けず、1950年に彼が死去すると、一旦は忘れ去られた。しかし1980年頃から、一方でケインズが否定され、他方でドラッカーの経営論の中でシュンペーターの提示した「イノベーション」「企業家」の重要さが強調されるにつれ、独創的な理論家としてのシュンペーターが再発見され始めた。
シュンペーターは本書でその独創的な理論を初めて提示した。本書で「新結合」と呼ばれるものは1939年の著作「景気循環論」では「イノベーション」と言い換えられ、本書の2章や6章で扱われる、旧結合が市場で淘汰されていく過程は、1942年の著作「資本主義・社会主義・民主主義」の中では「創造的破壊」と呼ばれている。
第1章 一定条件に制約された経済の循環
われわれの目的は経済発展について語る事であり、本章では、経済理論の根幹に当るものを示す。
一つの孤立した国民経済を想定する。生産する側は経験によって生産物がどの値段でどれだけの数量が消費されるかを知っている。
生産とは、技術的にも経済的にも我々の領域内に存在する物及び力を結合することである。
経済主体が行動を決めるものが経験という同じ現実ならば、働く人は同じくその経験によって判断し行動し、その中には何の創造的役割も存在しない。
ある生産物の全価値(A)と、もしAが生産されなければ同じ生産手段によってできる消費財(B)の関係について。ここで、BはAの費用であり、AからBを引いたものがAの収益であるが、完全に均衡した経済においてはA=Bであり、Aの純収益たるA-Bは0である。もし完全に均衡した経済の中でA(費用)以上の値段で売ろうと思えば競争に負けてしまう。
個々の財価値は価値体系の中で決まる。我々が描く価値体系は一つの経済的均衡状態に対応するものであり、それに変化のない限り、商人や生産者は常に一定の慣行状態に基づき行動し、条件が変化した時だけ行動を変え適応していく。
経済活動で唯一の本質的な骨組は「労働および土地」と「消費財」との間の交換活動であって、あらゆる生産収益は労働用役および自然用役を貢献した人々に帰する。個々の経済は他の人々の必要に対する生産の場所であり、そこには労働用役と土地用役の結合機能があるだけで、消費財から得られる収益はこれらを提供した人の間で分配される。
ここでは、貨幣は商品の流通を容易にすること以外の役割をまったく持たない。
ここまで我々が見てきた静態的経済は現実をよく説明しているが、その一方で、すでに存在する財、その蓄積については、地理的・社会的環境や技術的知識などの経済外的要因と同じように与件として扱い、それらがなぜ存在するのかは以上の静態的経済理論では説明できない。また、経済人の類型の中で、利益や損失を被る企業者や資本家も登場しない。これらは偶然によって存在するのでなく、よって静態的理論では説明できない経済的現象が確かに存在するのである。
経済学と呼びうるものは18世紀以降に登場した。封建社会から市民社会に移行する際、経済的要因が重要になったためで、当時目立った問題となっていた貨幣制度、租税制度、商業政策が経済学の最初期の関心事だった。経済循環の観察が始められ、この静態的な循環を叙述する事が今日に至るまで純粋経済学の目標であり、動態的なものはほとんど扱われて来なかった。
第2章 経済発展の根本現象
歴史は循環運動でも振り子運動でもなく、不断に変化している。経済も同様である。従来の経済理論は、経済は均衡を保ちながら循環し、発展は経済外的な要因であるとされてきた。しかしそれだと、たとえば駅馬車から汽車への移行を経済学的に説明できない。我々の目的は、第1章で示した静態的な経済理論に増築を加えて内発的な経済発展を説明できる動態的な理論を示すことである。本質を鋭く洞察するために、あえて発展を無発展の状態から生起させる。
発展は、最終消費の場面ではなく、産業や商業の場面に現れるのが常である。生産するという事は、我々の利用しうる色々な物や力を結合することである。新結合が非連続的に行われる時、我々が扱う「発展」になる。「発展」とは「新結合の遂行」であり、その遂行のためには生産手段を購入しなければならない。そのための信用を供与するのが「資本家」の機能である。銀行はそのような信用を創造し企業者に供与する。
新結合の遂行を自らの機能とするのが「企業者」である。企業者は慣行から抜け出しゼロから創造するというリスクを引き受け実行するだけの能力を身につけた特別で稀な人間類型に属する。彼の動機は欲望充足のための財貨獲得ではなく、私的帝国を建設したり、スポーツ的な勝利や創造の喜びのために活動をすることである。
第3章 信用と資本
生産に信用供与されるようになったのは近代的発展以降であり、それは銀行の本来の役割である。資本とは、発展を起こす新しい生産のための手段を循環経済から引き抜くための購買力である。資本という言葉は古く、きわめて多義であり、近代以降も経済理論家たちがさまざまな資本概念を提示してきたが、これまで充分なものはなかった。我々の見解はそれを充分に説明するもので、長い間定式化が待たれていたものである。資本主義経済の中央本部と言うべきものが金融市場で、発展に不可欠なものである。
第4章 企業者利潤あるいは余剰価値
循環では事業者経営に於ける収入と支出の間に差が出ないが、発展では差額が生じる。例として、繊維工業が手工業のみの経済に、力織機を導入して新規参入する企業者を考えてみる。当初はコストが下がったぶん収支の差額による余剰が生じる。それが企業者利潤である。その成功をみて同じやり方で生産する競争者が現れると、価格競争で収入は下がる一方で、労働者や生産手段の獲得競争でコストは増え、収支の差額は再びゼロに近づき、企業者利潤は消滅し、新しい均衡に達する。
このように企業者利潤は永続しないため、経済的成功者として社会の上層部に留まり続ける者は稀であり、我々が思うよりはるかに入れ替わりが激しい。世論や社会闘争のスローガンはこのことを見落としている。
第5章 資本利子
ある種の人たちに資本利子というものが持続的に流れ込んでいるが、この財貨の流れの源泉は何で、どんな根拠から、何のために存在し、この流れはなぜ持続的なのか?
まず我々の利子理論の基本命題5つを提示する。
★命題1.大きな社会現象としての利子は発展の産物である。
★命題2.その利子は企業者利潤から流出する。
★命題3.その利子は具体的財貨には結びついていない。
★命題4.共産主義的に組織された共同体や流通のない共同体には利子は存在しない。
★命題5.流通経済でも、企業者がすでに生産手段を支配している時は生産は利子なしに行われる。
つまり他人から生産手段を調達する時に資本家から信用供与を受ける時にのみ企業者利潤から利子が発生するのである。
消費的貸付利子は古代からあったが、生産的貸付利子が認知され始めたのは近代資本主義経済が進展して以降である。
非連続的な企業者利潤を源泉としながら資本利子が持続的になるのは、金融市場で多数の企業者と資本家が参加し需給バランスが図られる過程を通じてである。これは既存の購買力についても、銀行が創造する信用支払手段についても同様である。一旦、企業者への信用供与により利子が得られるようになると、利子現象が経済全般の慣例となり、我々の利子理論の対象を超えた場所にも広がる。すると時間経過それ自体が費用要素となる。そして土地のように持続的な所得源泉を持つものが資本利子と比較され、やがてその持続的所得がが利子であるかのように表現され、それが非持続的な収益しか生まないものにも広がってきている。それだけ利子が経済の全状況の尺度になっているという事だが、非持続的収益が利子のように持続的収益であるかのような表現は誤解であり、有害である。
第6章 景気の回転
恐慌には戦争などのように経済外的要因で起こるものもあるが、純粋に経済的な要因で起こる攪乱、恐慌も存在し、それが本章で扱うものである。
発展が連続的に行われず、好況と不況が起こるのは必然的、不可避である。この唯一の原因は、企業者が時間的に均等に現れないことにある。均衡した循環経済の中に企業者が参入することで経済発展が起こる一方で、生産手段、生産物、信用の価格が変動し、経済攪乱による不確実性が増し、また企業者利潤も減少していくため新しい企業者の参入が減っていき、経済は新しい均衡へと向う。このような吸収、整理過程のうち正常なものを不況、異常なものを恐慌と名づける。不況には企業者利潤が労働者の所得に換わるなど、好況の成果が国民経済全体に広がるという良い面もある。しかし恐慌は単なる異常であり、予防や治療を必要とするものである。
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収穫逓減法則(リカード):
o o
生| o_____|←生産量1単位
産| | ↑ 生産要素1単位
量| o |
| |←生産量1単位
| o_____|
| ↑ 生産要素1単位
| o
|
|o_____________________
生産要素(時間)
ll
\/
イノベーション(シュンペーター、ロジャーズ):
成| 新しいS字曲線
果| ______
率| /
・| 古いS字曲線 軌道変更➡︎/
満| ______/_
足| / /
度| / _/
| ____/ イノベーション
|/_______________________
努力(資金)
●移行はひとっ飛びに行われる=創造的破壊
経済学者デヴィッド・リカード85らは収穫逓減法則を提唱しました。これは、1単位の生産要素を投入に対して、1単位あたりの生産量86が減少するという法則を指します(次図上のグラフ参照)。 一方、新結合の遂行によるイノベーションは、従来の成長軌道の変更を意味します。つまり、過去の収穫逓減法則は中断され、新しい法則に置き換えられます。古い収穫逓減曲線から、新しい収穫逓減曲線への移行が「ひとっ飛びに行われる87」わけです。
●創造的破壊
次図下のグラフはその様子を単純化して示したものです。イノベーションによる新しい軌道への移行により、過去の停滞をよそに発展が急激に進むことがわかります。これこそ「駅馬車から汽車」のような非連続的な発展に他なりません。そして、シュンペーターは、この「不断に古きものを破壊し新しきものを創造88」するイノベーションの特徴を創造的破壊(Creative Destruction)と称しました。そして創造的破壊の過程こそが、資本主義の本質だと喝破しています。
おそらく現在の日本は、次図上グラフの右側、成長のなだらかな地点にあるのでしょう。この点からも、さらなる経済発展を実現するには、従来とは異なる軌道への移行、すなわちイノベーションが欠かせないことがわかります。
(動態的に経済を見る必要がある。)
「革新(イノベーション31)は要素を新しいやり方で結合する。または、革新は新結合を遂行することにある32」。
シュンペーター理論の3要素 以上のように見てくると、シュンペーターの経済発展の理論では、
①経済発展の原動力としてのイノベーション
②イノベーションを担う企業者
③企業者と生産手段を結び付ける銀行
これら3要素が重要な位置を占めることがわかります。中でもイノベーションを引き起こすには、企業者の役割が極めて重要になります。
31 括弧内は筆者による注。原文では「革新」とのみ表記されている。 32 『景気循環論』P126
:中野明カフェより
ケインズは、シュンペーターの言う企業家による「イノベーション」を、やがて『一般理論』で自らが「アニマル・スピリッツ」と呼ぶことになるものと同じようなものだと理解したに違いない。
『貨幣論』で…「交換方程式」ないし「ケンブリッジ方程式」に替わるものとしてケインズは自らの「基本方程式」を提案する。「基本方程式」はケインズの用いた記号とは少し違う記号であるが次のように書くことができる。
P=E/O+(I-S)/C
この式でPは消費財の価格、Eは名目所得、Oは実質総生産量、Cは実質消費財生産量を表す。またSは名目所得のうち消費財に支出されなかった部分、Iは投資財の生産によって生まれた名目所得(付加価値)である。
『貨幣論』におけるケインズの分析は、消費財/投資財の「二財モデル」であり、「基本方程式」は消費財の価格水準Pを説明する式である。この式は(消費財の)価格は「投資」Iが「貯蓄」Sを超過するとき上昇し、逆のときには下落することを表している。 しかし「投資」「貯蓄」の定義からして『貨幣論』の分析は実にゴチャゴチャした見通しの悪いものだ。
:吉川洋『今こそ…』より
イノベーション:
…社会の断絶は、ある価値や制度に基づいた社会はべつの体制を持つ社会に引き継がれ、不連続ながら継続していくことになります。断絶を経験しながら連綿と続いてきたともいえます。この様な観点から新製品や新技術の採用者の累積数と時間の関係を示したグラフ“ロジャーズのS字曲線”を思い浮かべてください。
ロジャーズのS字曲線
o o
普| o
及|
率| o
|
| o
|
| o
| o
|o_____________________
時間
成| 新しいS字曲線
果| ______
率| /
・| 古いS字曲線 軌道変更➡︎/
満| ______/_
足| / /
度| / _/
| ____/ イノベーション
|/_______________________
努力(資金)
S曲線グラフの縦軸を成果「社会で生活する人への効用、生活する人の満足度」、横軸を資金(努力)「社会資本を整備するために投じた労力や資金」と考えると、
・勾配が急な箇所は高度経済成長期
・右側の勾配が緩やかな箇所は成熟し、停滞する過程
グラフの右側に行くほど、同じ1単位の努力(資金)を投じても得られる効果(満足度)は小さくなります。これは、ケインズ理論の投資の限界効果が逓減することに当てはまります。こうして社会は停滞することになります。
この停滞を克服する原動力が従来存在したものに新たものを結合すること“イノベーション”に他ありません。そして、その成長軌道は従来のS曲線の延長線上にあるのではなく、全く新たなS曲線が描かれなければならないでしょう。
設備投資の収益性について強気と弱気のケース
期待実質長期
利子率
|\
| \
| \
| \
| \
| ̄-_ \
|  ̄-_\
10%|______ ̄-_
| |\ ̄-_
| | \  ̄-_
| | \  ̄-_
5%|_______|___\______ ̄-_強気
| | |\ | ̄-_
| | | \弱気 |  ̄-_
| | | \ |  ̄-_
|_______|___|___\____|_________
0 A B C 投資
岩波新書『金融入門』岩田規久男226頁より
弱気のケースでは、期待実質長期利子率が10%から5%に低下しても、設備投資はA
からBまでしか増えないのに対して、強気のケースではCまで増える。
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| 資本主義は生きのびるか―経済社会学論集 (名古屋大学出版会古典翻訳叢書) (2001/11) J.A. シュンペーター
資本主義は生きのびるか
経済社会学論集
書籍の内容
資本主義の本質を、透徹した視野で語り尽くした刺激的論集。企業家、貨幣制度、恐慌、社会主義をめぐる議論、また時々の経済状況を分析した的確な診断は、経済社会学の観点からなされたシュンペーターの理論的探究の方向性を示唆するとともに、その人と思想をも浮かび上がらせる。
2001年邦訳
書籍の目次
目次:
解説 シュンペーターの経済学と社会学 第1章 社会科学をいかに学ぶか 第2章 利子率と貨幣制度 第3章 企業家の機能と労働者の利害 第4章 資本主義の不安定性 ☆ 第5章 所得税の経済学と社会学 第6章 今日の世界不況――試論的診断 第7章 価格システムの本性と必要性 第8章 資本主義は生きのびるか 第9章 社会科学における合理性の意味 第10章 われわれの時代の経済的解釈――ロウエル講義 第11章 現代の社会主義的傾向のもとでの私企業の将来 第12章 企業家精神の研究のためのプランへの論評 第13章 社会の過渡的状態における賃金および課税政策 第14章 アメリカの制度と経済進歩
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イノベーションという言葉は、経済ニュースに慣れ親しんでいる読者であれば自然に耳にしている表現かもしれないが、概念としてはシュンペーターが創出したものである。
彼が1927年に発表した「資本主義の不安定性」(『資本主義は生きのびるか――経済社会学論集』所収)にその定義が明晰に記されているので紹介したい。
それによれば、「イノベーションとは、既存の生産要素の新しい結合によって、新商品を作ったり、新しい生産ルートを作ったりするという、新しい企業に見出される技術的な革新」である。
それは、産業の新しい拡大を創出するような革新だ。
イノベーションにはポジティブな意味が込められており、「それ自身が主導して、生産を拡大し、需要を拡大し、結果的には雇用や人口増加を創出する」までに至るものである。
シュンペーターは、この「資本主義の不安定性」の中で、明らかにイノベーションに「美学」を見出している。
企業による新しいテクノロジーの創出、それによる経済・産業界の躍進は、彼にとって偉大な美であった。
イノベーション(innovation/革新する)の語源は、innovare(リニューアルする)に遡る。
先の定義にあるように、イノベーションとは、「既存の生産要素の新しい結合によって」生み出される点で、いわばレディ・メイドな発明の産物を、新しい理論や視座に基いて組み合わせ、更新させ創出する運動そのものである。
Schumpeter - The Instability of Capitalism - Documents
366p.
Innovations in productive and commercial methods, in the widest sense of the term-including specialisation and the introduction of production on a scale different from the one which ruled before-obviously alter the data of the static system and constitute, whether or not they have to do with " invention," another body of facts and problems.
…
376~8
If we do this for the period of predominantly competitive capitalism, we meet indeed at any given time with a class of cases in which both entire industries and single firms are drawn on by demand coming to them from outside and so expanding them automatically; but this additional demand practically always proceeds, as a secondary phenomenon,2
from a primary change in some other industry-from-textiles first, from iron and steam later, from electricity and chemical industry still later-which does not follow, but creates expansion. It first-and by its initiative-expands its own production, thereby creates an expansion of demand for its own and, contingent thereon, other products, and the general expansion of the environ- ment we observe-increase of population included-is the result of it, as may be visualised by taking any one of the outstanding instances of the process, such as the rise of railway transportation. The way by which every one of these changes is brought about lends itself easily to general statement: it is by means of new combinations of existing factors of production, embodied in new plants and, typically, new firms producing either new com- modities, or by a new, i.e. as yet untried, method, or for a new
market, or by buying means of production in a new market.
“What we, unscientifically, call economic progress means essentially putting productive resources to uses hitherto untried in practice, and withdrawing them from the uses they have served so far. This is what we call "innovation."
《われわれが非科学的に経済的進歩と呼んでいるものは、 基本的には、これまで実際に試みられなかった用途に生産資源を投入し、それまで貢献してきた用途からそれらを 引き上げることである。これがわれわれのいう「イノベーション」である。》
「資本主義の不安定性」1928『資本主義は生きのびるか#4』邦訳125頁より
実際には未実用の生産的資源を本質的に投入し、これまでのところ使用から撤退させることを意味します。これが「イノベーション」と呼ばれるものです。
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ヨーゼフ・シュンペーター - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/ヨーゼフ・シュンペーター
1942年 『資本主義・社会主義・民主主義』発表。
シュンペーターは、レオン・ワルラス流の一般均衡理論を重視した。初の著書『理論経済学の本質と主要内容』は、ワルラスの一般均衡理論をドイツ語圏に紹介するものであった。しかし、古典派が均衡を最適配分として捉えているのに対して、シュンペーターは均衡を沈滞として捉えている。シュンペーターによれば、市場経済は、イノベーションによって不断に変化している。そして、イノベーションがなければ、市場経済は均衡状態に陥っていき、企業者利潤は消滅し、利子はゼロになる。したがって、企業者は、創造的破壊を起こし続けなければ、生き残ることができない。
イノベーション編集
イノベーションは、シュンペーターの理論の中心概念である。ちなみに、シュンペーターは、初期の著書『経済発展の理論』ではイノベーションではなく「新結合(neue Kombination)」という言葉を使っている。これは、クレイトン・クリステンセンによる「一見、関係なさそうな事柄を結びつける思考」というイノベーションの定義と符合する。なお、日本語では「技術革新」と訳されることが多いが、イノベーションは技術の分野に留まらない。
シュンペーターは、イノベーションとして以下の5つの類型を提示した。
- 新しい財貨の生産
- 新しい生産方法の導入
- 新しい販売先の開拓
- 原料あるいは半製品の新しい供給源の獲得
- 新しい組織の実現(独占の形成やその打破)
また、シュンペーターは、イノベーションの実行者を「企業者(entrepreneur)」と呼ぶ。この意味における企業者とは、一定のルーチンをこなすだけの経営管理者(土地や労働を結合する)ではなく、まったく新しい組み合わせで生産要素を結合し、新たなビジネスを創造する者である。この点を明確にするために、近年[いつ?]は「起業者」と訳されることがある。
資本主義経済ではイノベーションの実行は事前に通貨を必要とするが、起業者は既存のマネーを持たないから、これに対応する通貨は新たに創造されるのが本質であるとシュンペーターは考えた。すなわちイノベーションを行う起業者が銀行から信用貸出を受け、それに伴い銀行システムで通貨が創造されるという信用創造の過程を重視した。貨幣や信用を実体経済を包むだけの名目上の存在とみなす古典派の貨幣ヴェール観と対照的である。
「銀行家は単に購買力という商品の仲介商人なのではなく、またこれを第一義とするのではなく、なによりもこの商品の生産者である。……彼は新結合の遂行を可能にし、いわば国民経済の名において新結合を遂行する全権能を与える」とシュンペーターは語っている。
シュンペーターによれば、起業者が銀行からの借入を受けてイノベーションを実行すると、経済は撹乱される。そして、その不均衡の拡大こそが、好況の過程である。そして、イノベーションがもたらした新しい状況では、独占利潤を手にした先行企業に対して、後続企業がそれに追従することで、信用収縮(銀行への返済)が起こり、それによって徐々に経済が均衡化していくことで、不況になるとした。なお、これは、初期の『経済発展の理論』における基本的な見方であり、後の大著『景気循環の理論』では、景気循環の過程がより緻密に考察されている。
資本主義・社会主義編集
シュンペーターは、社会学的アプローチによる研究も行っている。この分野の主著である『資本主義・社会主義・民主主義』では、経済が静止状態にある社会においては、独創性あるエリートは、官庁化した企業より、未開拓の社会福祉や公共経済の分野に革新の機会を求めるべきであるとした。そして、イノベーションの理論を軸にして、経済活動における新陳代謝を創造的破壊という言葉で表現した。また、資本主義は、成功ゆえに巨大企業を生み出し、それが官僚的になって活力を失い、社会主義へ移行していく、という理論を提示した。マーガレット・サッチャーは、イギリスがこのシュンペーターの理論の通りにならないよう常に警戒しながら政権を運営をしていたといわれている。
また、シュンペーターは、カール・マルクスを評価していた。『経済発展の理論』[3]日本語訳(1937年)に寄せられた「日本語版への序文」では、「自分の考えや目的がマルクスの経済学を基礎にしてあるものだとは、はじめ気づかなかった」「マルクスが資本主義発展は資本主義社会の基礎を破壊するということを主張するにとどまるかぎり、なおその結論は真理たるを失わないであろう。私はそう確信する」と述べている。
ほか、経済学史家としても仕事をしており、初期に『経済学史』を著し、晩年に大著『経済分析の歴史』を執筆、没後に遺稿を元に出版されている。
シュンペーター門下の日本人経済学者としては、ボン大学時代の留学生である中山伊知郎、東畑精一、同じくハーバード大学時代の柴田敬、都留重人などがいる。なお、伊東光晴によると、「日本の経済学者でシュンペーターのもとを訪れた者のうち、シュンペーター自身が、来る前から異常に高く評価したのは柴田敬であり、来た後に高く評価したのが都留重人であって、これ以外の人についてはほとんど評価していない」とされている[4]。
小室直樹は、シュンペーターの業績は経済学界ではさほど継承されておらず、むしろ経営学によって、その発想や視点が旺盛に摂取されていると述べている[5]。また小室は、シュンペーター自身は数学は得意ではなく、弟子のポール・サミュエルソンの数学の講義を聴いて勉強したと書いている[6]。
- Wesen und Hauptinhalt der theoretischen Nationalökonomie, 1908
- 『理論経済学の本質と主要内容』大野忠男・安井琢磨・木村健康訳
- Theorie der wirtschaftlichen Entwicklung, 1912
- 『経済発展の理論(ドイツ語版) : 企業者利潤・資本・信用・利子および景気の回転に関する一研究』 塩野谷祐一・中山伊知郎・東畑精一訳
- "Epochen der Dogmen-und Methodengeschichte",Wirtschaft und Wirtschaftwissenschaft, p19-124, 1914
- 『経済学史 : 学説ならびに方法の諸段階』中山伊知郎・東畑精一訳
- Die Krise des Steuerstaats, 1918
- 『租税国家の危機』木村元一・小谷義次訳
- 『景気循環論 : 資本主義過程の理論的・歴史的・統計的分析』 金融経済研究所訳
- Capitalism, Socialism, and Democracy, 1942
- 『資本主義・社会主義・民主主義』中山伊知郎・東畑精一訳
- History of Economic Analysis, 1954
- 『経済分析の歴史』東畑精一訳
- ^ Joseph Alois Schumpeter (FORVO)
- ^ 馬場宏二 (2003). “"経済成長" の初出”. 大東文化大学経済学会経済論集 81: 79-87.
- ^ 「シュムペーター経済発展の理論」1937年、中山伊知郎、東畑精一共訳、岩波書店
- ^ 宮崎義一、伊東光晴「忘れられた経済学者・柴田敬」経済評論53/8月号
- ^ 小室直樹 『経済学をめぐる巨匠たち』 ダイヤモンド社、2004年、170頁
- ^ 小室直樹 『経済学をめぐる巨匠たち』 ダイヤモンド社、2004年、217頁
外部リンク編集
以下、抜粋:
前半生と対照的だった
ケンブリッジでの静かな後半生
19世紀末のハプスブルク帝国から始まったシュンペーターの冒険旅行は、1932年9月、米国のケンブリッジ(ハーバード大学)で終着駅に到着した。亡くなったのは1950年1月8日だから、17年余りをハーバード大学で過ごしたことになる。
米国の後半生は、前半生ほど波乱万丈に富んでいたわけではない。よく知られているのは、大恐慌下の1936年にケインズが発表した『雇用、利子および貨幣の一般理論』(★注1)を契機にして、サミュエルソンらハーバードの弟子たちの多くがケインズ派に走ってしまったことだが、これは多くの評伝に書かれているエピソードである。
シュンペーターが独自の理論である「企業者のイノベーション」について、ボン大学でもハーバード大学でもまったく講義で話さなかったという(★注2)。したがって、弟子がシュンペーターの経済学を継承して理論を彫琢し、後任の教授として教える、ということもまったくなかったのである。
その代わり、シュンペーター・ゼミナールは新古典派の数理経済学者からケインズ経済学者、そしてマルクス経済学者まで、多彩な人材を輩出するインキュベーターとなる一方、欧米各地や日本からAクラスの学者が多数訪れ、滞在していた。
1933年にハーバード大学に入学してシュンペーターに師事し、1942年に帰国するまで学生、院生、講師として過ごした都留重人先生(1912-2006)の自伝から、当時のゼミ生や訪問経済学者を抜き書きしてみよう(★注3)。
学生・院生(のちの主たる勤務先、ジャンル)
・ポール・スウィージー(1910-2004)ハーバード大学准教授 マルクス経済学
・ポール・A・サミュエルソン(1915-2009)MIT教授 新古典派総合
・ジョン・K・ガルブレイス(1908-2006)ハーバード大学教授 制度学派
・リチャード・マスグレーヴ(1910-2007)ハーバード大学教授 公共選択
・エーブラハム・バーグソン(1914-2003)ハーバード大学講師 ソ連経済論
・ジェームズ・トービン(1918-2002)エール大学教授 マクロ経済学
・ロバート・ソロー(1924-)MIT教授 新古典派総合
訪問学者
・ 柴田敬(1902-1986)京都帝国大学助教授 数理経済学(★連載第63回参照)
・オスカー・ランゲ(1904-1965)ポーランド シカゴ大学教授 マルクス経済学
・アバ・ラーナー(1903-1982)マクロ経済学
・ニコラス・カルドア(1908-1986)英国 ケンブリッジ大学教授 マクロ経済学
・フリッツ・マハルーブ(1902-1983)プリンストン大学教授 理論経済学
・ オスカー・モルゲンシュテルン(1902-1976)プリンストン大学教授 ゲーム理論
他にもまだ多くのエコノミストの名前が登場する。同時期に同じ場所にいたのだから驚かざるをえない。
シュンペーターの経済学は数学モデルにしていないので、のちの教科書で紹介されることはなかった。教え子だったロバート・ソローに始まる内生的成長理論(endogenous growth theory)にシュンペーターの思想の影響はあるが、主に新古典派経済成長論の補強に使われることになった(★注4)。この点は後述する。
第2の例外。ジョセフ・E・スティグリッツ『スティグリッツ マクロ経済学』(1995、東洋経済新報社 ★注11)。原著は1993年に出版されており、当時の話題は旧ソ連・東欧諸国の資本主義への移行だったため、この有名な教科書の第1版第16章「経済体制」に、スティグリッツはこう書いている。
「ハーバード大学の偉大な経済学者、ジョセフ・シュンペーターは、資本主義の本質を旧式の仕事と企業が排除され、新しい改良された仕事と企業が創造されていくという『創造的破壊』の不断の努力の過程である、と述べた。この創造的破壊を受け入れようとする一般的な意欲が社会になければならないのである」。はたして旧社会主義諸国にあるのだろうか、という文脈だ。
また、教科書ではないが、スティグリッツは最新の論考『フリーフォール』(徳間書店、2010★注12)ではシュンペーターを持ち出し、新古典派経済学に対するアンチテーゼとして第9章「経済学を改革せよ」で次のように書いている。
「シュンペーターが重きを置いたのは、イノベーションをめぐる競争だ。各市場では一時的に独占者が支配権を握るが、イノベーションを導入した別の主体がすぐに取って代わり、新たな独占者になる。市場の内部で競争があるのではなく、市場を手に入れようとする競争があるのであり、この競争はイノベーションを手段として繰り広げられた。」
これは動態的なシュンペーターの資本主義観だが、続けて経済学への影響を述べる。
「シュンペーターの分析には少なからず真実がふくまれていた。シュンペーターがイノベーションに重きを置いたことは、広く使われている経済理論(ワルラス一般均衡理論で、イノベーションを無視した)に大きな改善をもたらした。」
スティグリッツの言う「大きな改善」が「内生的成長理論」であろう。新古典派の一般均衡モデルはイノベーションを無視する。常識的に考えてイノベーションは経済成長のカギを握っているわけだが、一般均衡論では、イノベーションはあくまでも外生的な衝撃である。1990年代にポール・ローマー(1955- スタンフォード大学教授)がイノベーションを経済の内生的な動きとしてとらえ、モデル化してみせた。これを「シュンペーター型成長モデル」(C.I.ジョーンズ★注4参照)ともいう。
第3の例外。ポール・クルーグマン、ロビン・ウェルズ『クルーグマン マクロ経済学』(東洋経済新報社、2009 ★注13)。現在もっとも有名な経済学者であるクルーグマンによる初学者向けの教科書である。クルーグマンは第IV部「事件とアイデア」第17章「現代マクロ経済学の形成」でこう書いている。
「技術革新の重要性を先見した学者として有名なハーバード大学のジョセフ・シュンペーターは、1934年に、拡張的な金融政策によって大恐慌を押さえつけようとする試みは、結局のところそれが救済すべき不況よりももっとひどい経済破綻をもたらすことになると警告した。」
http://diamond.jp/articles/-/7881?page=6
まず、第1章でシュンペーターの命題を紹介する。すなわち、「彼(シュンペーター)は、最適配分や均衡よりも、企業家によるイノベーションがもたらす動的な不均衡こそ経済の正常な姿であり、経済理論と経済行動の中心に位置づけるべき現実であるとした」と要約する。
シュンペーターはイノベーションを5つに分類し、技術革新だけではなく、販路の拡大、物資の調達、組織改革まで含めた概念であることを主張しているのだが、ドラッカーはシュンペーターを受けて、イノベーションの体系を知ることが必要だとする。すなわち「変化に関わる方法論、企業家的な機会を提供してくれる典型的な変化を体系的に調べるための方法論である」とする。
そして、「イノベーションの七つの機会」を論ずる。『イノベーションと企業家精神』は七つの機会を全面的に展開した面白い本なので、ぜひお読みいただきたい。ここでは七つの機会の項目と、ドラッカーの提案を1つずつ紹介しよう。
第一の機会 予期せぬ成功と失敗を利用する
【外部の予期せぬ変化といえども、自らの事業の性格を変えてはならない。多角化ではなく展開でなければならない。】
第二の機会 ギャップを探す
【四つに分類する。(1)業績ギャップ (2)認識ギャップ (3)価値観ギャップ (4)プロセス・ギャップ】
第三の機会 ニーズを見つける
【(1)プロセス上のニーズ (2)労働力上のニーズ (3)知識上のニーズ】
第四の機会 産業構造の変化を知る
【変化以前の市場へのアプローチや組織や見方が正しいものでありつづけることはほとんどない。】
第五の機会 人口構造の変化に着目する
【予測は容易であり、リードタイムまで明らかである。】
第六の機会 認識の変化をとらえる
【見極めは困難。小規模かつ具体的に着手するべき」
第七の機会 新しい知識を活用する
【リスクが最も大きいため、マネジメントが重要になる】
これらを実行するのが企業家(企業者)だが、シュンペーターは『経済発展の理論』で企業家が管理者に堕すると資本主義は滅亡すると説き、英雄的で超人的な企業家像を描いている。ケインズは根拠のない動物的な精神(アニマル・スピリット)を重視した。まったく相容れない二人の大学者だが、この点については少し似ている(★注15)。
さて、ドラッカーは「イノベーション 第七の機会 新しい知識の活用」と書いたが、全体を通して最も重要なのは「知識」だとした。生産要素の土地、資本、労働力ではなく、知識だ。ドラッカーは『ポスト資本主義社会』(★注16)で、「知識は企業の最も大事な生産資源であり、知識労働の生産性が重要」とした。生産要素に「知識」が加わり、ポスト工業化社会は「知識社会」だと予言し、そのとおりになったのである。
ドラッカーの『イノベーションと企業家精神』以降は、主に日米の経営学者によるイノベーション論が大量に出版され、経営管理技術がビジネススクールで発達した。理論経済学では痕跡をほとんど残していないシュンペーターだが、経営学ではドラッカーなどを経由して実に巨大な影響を与えたのである。
エリザベス・ブーディ・シュンペーター夫人が亡くなったのは1953年だが、夫人は遺言でシュンペーターの蔵書の一部を一橋大学に寄贈した。1955年に寄贈式が行なわれ、書籍1353、雑誌2835、小冊子1513、計5701点が一橋大学附属図書館に収蔵されている。1961年に3500点の書誌を掲載した目録が作成され、現在は同図書館のウェブで公開されている(★注17)。
一方、エリザベス夫人は『資本主義・社会主義・民主主義』の生原稿1128枚、タイプ原稿772枚、他に講義メモ373枚を東畑精一に贈っている。これらの貴重な資料は三重県立図書館に所蔵され、「東畑精一関係資料目録」(★注18)に記載されている。
(終わり)
注1:J.M.ケインズ『雇用、利子および貨幣の一般理論』上下巻、間宮陽介訳、岩波文庫、2008)
原著 J.M.Keynes,General theory of employment, interest and money,1936
注2:都留重人『近代経済学の群像』(現代教養文庫、1993)による
注3:都留重人『いくつもの岐路を回顧して』(岩波書店、2001)による
注4:チャールズ・I・ジョーンズ『経済成長理論入門――新古典派から内生的成長理論へ』(香西泰監訳、日本経済新聞社、1999) 内生的成長理論については本書を参照した。
注5:年譜は以下の文献、ウェブを参照した。
注6:エリザベス・ブーディはスウェーデン出身の両親のもと、1898年にマサチューセッツ州ローレンスで生まれた。ラドクリフ大学(ハーバード大学の女子大部門)で経済学を学び、1920年に卒業。いったん就職後、大学院へ。18世紀英国経済史を専攻し、ハーバード経済協会で働く。その後、全米経済調査局とスタンフォード食糧調査研究所で貿易統計を研究。1926年から1927年、英国へ留学し公文書館と大英博物館で英国貿易統計の研究に従事した。帰国後はヴァッサー女子大学准教授資格を得た。同時にモーリス・フィルスキと結婚(まもなく離婚)。1934年に博士号を取得し、気鋭の経済史家として活躍を始める。1930年代後半には日本の産業構造の研究を始めた。これはハーバード大学国際調査局の委嘱によるもので、国策だったのだろう。研究のために日本語も学んでいる。このころ、シュンペーターに出会う。エリザベスはシュンペーターの非公式、あるいは特別ゼミナールに参加していた。1937年、二人でニューヨークへ行き、コミュニティ・チャーチで結婚した。1950年1月のシュンペーター急死後、エリザベスは二つの大きな課題があったという。第一に、シュンペーターの『経済分析の歴史』を編集して刊行すること。第二に、自分自身の研究である英国貿易統計史をまとめることであった。第一の課題については、1952年に編集を終えたが1953年に急死、刊行は1954年になった。第二の課題は残されたが、1960年に刊行されている。
エリザベス・ブーディ・シュンペーターの著書は以下のとおり。
・ Elizabeth Boody Schumpeter, The Industrialization of Japan and Manchukuo 1930-1940, The Macmillan Company, 1940
・ E.シュムペーター編著『日満産業構造論』(雪山慶正、三浦正訳、慶應書房、1942)前掲書の邦訳(第一部)
・ E.シュムペーター編著『日満産業構造論 第二巻』(雪山慶正、三浦正訳、栗田書店、1943)前掲書の後半邦訳
・ Elizabeth Boody Schumpeter, English Overseas Trade Statistics 1697-1808, Oxford 1960 本書はエリザベス・ブーディ・シュンペーター没後に英国で出版されたもの(邦訳はない)。なお、上記のエリザベスの略歴は、本書に収録された評伝を参照した(Elizabeth Waterman Gilboy, Elizabeth Boody Schumpeter 1898-1953)
注7:シュムペーター『景気循環論 : 資本主義過程の理論的・歴史的・統計的分析』(全5巻、金融経済研究所訳、有斐閣、1958-1964)
原著 J.A.Schumpeter,Business cycles : a theoretical, historical, and statistical analysis of the capitalist process, McGraw Hill,1939
本書の詳しい分析については、吉川洋『いまこそ、ケインズとシュンペーターに学べ』(ダイヤモンド社、2009)を参照
注8:シュムペーター『資本主義・社会主義・民主主義』(中山伊知郎、東畑精一訳、東洋経済新報社、1995)
原著 J.A.Schumpeter, Capitalism, socialism and democracy, Harper & Brothers, 1942
注9:シュンペーター『経済分析の歴史』(全3巻、東畑精一、福岡正夫訳、岩波書店、2005-2006年)
原著 J.A.Schumpeter, History of economic analysis, edited from manuscript by Elizabeth Boody Schumpeter, Allen & Unwin, 1954
注10:R.ハイルブローナー、L.サロー、J.K.ガルブレイス『現代経済学』(中村達也訳、上下、TBSブリタニカ、1990
原著 R.Heilbroner, L.Thurow, James K.Galbraith, The Economic Problem, 1985,1987 訳書はハイルブローナー、サローによる第7版と、ハイルブローナー、ガルブレイスによる第8版を合わせて訳出したもの。現在は絶版。後継として、ジェームズ・K・ガルブレイス、W.A.ダリティJr『現代マクロ経済学』(塚原康博、太田耕史郎ほか訳、阪急コミュニケーションズ、1998)がある。
注11:ジョセフ・E・スティグリッツ『スティグリッツ マクロ経済学』(藪下史郎、秋山太郎ほか訳、東洋経済新報社、1995)
原著 Joseph.E.Stiglitz, Ecomics, 1993
注12:ジョセフ・E・スティグリッツ『フリーフォール』(楡井浩一、峯村利哉訳、徳間書店、2010)
原著 Joseph.E.Stiglitz,Free Fall, 2010
注13:ポール・クルーグマン、ロビン・ウェルズ『クルーグマン マクロ経済学』(大出道広、石崎孝次ほか訳、東洋経済新報社、2009)
原書 Paul Krugman, Robin Wells, Economics, 2006
注14:J.A.シュンペーター『企業家とは何か』(清成忠男編訳、東洋経済新報社、1998)「編訳者解説」による。
注15:ローレンス・クライン(1920-)は、ケインズとシュンペーターの景気理論は、実は似ているとして次のように書いている。「事実シュンペーターの企業新機軸(イノベーション)の理論は、ケインズによって資本主義的変動の起動力として無条件に受けいれられた。」そして脚注で続ける。「シュンペーター教授は自分の見解が100パーセント非(反?)ケインズ的なものだと信じこませようとするだろうが、両者の景気理論のあいだには大きな相似性があることを、彼は認めねばなるまい。」(R.L.クライン『ケインズ革命(新版)』篠原三代平、宮沢憲一訳、有斐閣、1965)
注16:P.F.ドラッカー『ポスト資本主義社会』(上田惇生訳、ダイヤモンド社、2007)
原著 P.F.Drucker, Post-Capitalist Society, 1993
今回をもって、当連載『めちゃくちゃわかるよ経済学 シュンペーターの冒険編 』は終了となります。
景気循環:
シュンペーター景気循環論1,1939^1958
景気循環論 資本主義過程の理論的・歴史的・統計的分析 1
著者名等 シュムペーター/〔著〕
著者名等 金融経済研究所/訳
出版者 有斐閣
出版年 1958.12
大きさ等 22cm 326,4p
注記 Business cycles : a theoretical, histori
cal, and statistical analysis of the cap
italist process./の翻訳 吉田昇三/監修
NDC分類 331.72
件名 経済-歴史-1750~1918
件名 景気変動
件名 経済学-限界効用学派
1939年に刊行された景気循環論だが1937年には準備段階にあったとは言え、カレツキの方が早いし(1933年)正確だったのではないか?
NAMs出版プロジェクト: ティンバーゲン、シュンペーター、カレツキ
http://nam-students.blogspot.jp/2017/01/blog-post.html
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- 在庫増
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A
B D
C
在庫循環の図は右が生産の増加過程、左が生産の減少過程である。そして、上が在庫の増加過程、下が在庫の減少過程である。これにより生産と在庫の組み合わせが四つできる。
- 生産増在庫増
- 生産が増加し出荷を上回るために在庫が増加する状態で景気拡張の末期である。
- 生産減在庫増
- 生産過剰が調整され生産減少が始まるが、依然出荷を上回るため在庫は増加する。景気後退の初期である。
- 生産減在庫減
- 生産が減少し出荷を下回るため、在庫が減少する。景気後退の末期である。
- 生産増在庫減
- 出荷が回復し在庫水準がさらに低下したために生産が回復するが、出荷を下回るために在庫が減少する。景気拡張の初期である。
- このように、生産が出荷に遅行する傾向があるため、在庫循環は左回りになる。
- 秋夏
- 冬春
キチン循環編集
1999.1Q-2005.3Qの日本の在庫循環
右図は1999年第一四半期から2005年第三四半期までの、日本における在庫循環である。横軸が鉱工業生産指数の前年比変動率、縦軸が在庫指数の前年比変動率である。青線が循環の一周期である。赤線は次の周期の途中である。青線は1999年第一四半期から、2002年第二四半期まで14四半期(3年半:42ヶ月)である。
図の説明と循環(青線)の展開について述べる。
- 図の説明
- 在庫循環の図は右が生産の増加過程、左が生産の減少過程である。そして、上が在庫の増加過程、下が在庫の減少過程である。これにより生産と在庫の組み合わせが四つできる。
- 生産増在庫増
- 生産が増加し出荷を上回るために在庫が増加する状態で景気拡張の末期である。
- 生産減在庫増
- 生産過剰が調整され生産減少が始まるが、依然出荷を上回るため在庫は増加する。景気後退の初期である。
- 生産減在庫減
- 生産が減少し出荷を下回るため、在庫が減少する。景気後退の末期である。
- 生産増在庫減
- 出荷が回復し在庫水準がさらに低下したために生産が回復するが、出荷を下回るために在庫が減少する。景気拡張の初期である。
- このように、生産が出荷に遅行する傾向があるため、在庫循環は左回りになる。
- 循環(青線)の展開
- 1999.1Q-1999.2Q 生産減在庫減
- 1999年始めは、1998年における世界的な経済変調と日本の危機的な経済状況(金融危機)を抜け出し、景気後退の最終段階にあった。
- 1999.3Q-2000.3Q 生産増在庫減
- 1999年後半から2000年の間は世界的なITバブルの絶頂期にあり日本の生産は回復基調に乗った。
- 2000.4Q-2001.1Q 生産増在庫増
- 2000年秋にはITバブルが崩壊して失速し、在庫が積みあがった。
- 2001.2Q-2001.3Q 生産減在庫増
- 在庫調整で生産は減少に転換した。
- 2001.4Q-2002.2Q 生産減在庫減
- 生産はさらに減少し、出荷の低下を上回ったため在庫は減少に転じた。日本の景気は最も厳しい時期にさしかかった。
- 2002.3Q - (赤線)生産増
- 生産は緩やかな回復を続ける。